2015年09月22日

京洛逍遥(377)正義感に溢れたお年寄りのお節介

 今年のシルバーウィークは、法事と賀茂川散歩と仕事に終始しました。
 私がのんびりと京洛を逍遥できるのは、秋が深まってからとなりそうです。
 そこで、今日は鷺と鴨たちのシルバーウィークの様子からです。


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 仕事が山積していることもあり、早々に新幹線に乗るためにバスで京都駅へ向かう時のことです。
 自宅前で乗ったバスが、「下鴨神社前」を過ぎて「糺ノ森」に近づいた頃でした。

 一人の総白髪の70歳過ぎと思われる男性が、優先シートから今にも降りようと腰を浮かせ気味のアベックに対して、人差し指で「後ろを見ろ」と指図されました。一瞬私は、ここが下鴨神社だと教えておられるのかと思いました。

 しかし、実はそうではなくて、「ここは優先座席だから立て」と言いたいようです。そのお年寄りの睨みつけるような顔を見て、若い2人はちょうど降りようとしておられたこともあり、さっと立たれました。怪訝そうな、不愉快な思いをおし隠した様子で、次の「糺ノ森」のバス停で降りられました。

 2人を優先座席から追い出したからといって、その方は自分が座るわけでもないのです。席はしばらく空いていました。私は、その方と並んで吊革をつかんで立っていました。

 おそらく、正義感に満ち溢れた方なのでしょう。憤慨した面持ちで、一言も喋られませんでした。
 もし私と目でも遭えば、「今どきの若い者は」と呟くか、仰ったことでしょう。

 若者たちは、おそらく大徳寺からバスに乗り、糺ノ森、下鴨神社、河合神社、へと観光で移動中だったのでしょう。楽しそうに2人旅を楽しんでおられた物静かなアベックには、本当に気の毒なことでした。
 京都の旅の印象が、このお年寄りの要らぬお節介によって、悪くならなかったらいいのですが。心配です。

 公共交通機関には、確かに優先座席が設けてあります。しかし、旅の人ならば、気付かないこともあります。旅行中には、体調が悪くなることもあります。

 四角四面にマナーを押し付けず、ケースバイケースの判断があっていいように思います。

 もう15年以上も前のことです。
 1番下の息子が小学校6年生になったとき、イギリス、ドイツ、スイスの旅に連れて行きました。ドイツとスイスはレンタカーで走り回り、楽しい旅を満喫しました。

 シティ・オブ・ロンドンのセントポール大聖堂の前のスーパーマーケットで、私が買ったお酒を息子が嬉しそうにレジに持って行った時のことです。お店の親父さんに、子供がお酒を持ち歩いてはいけないと、手厳しく注意を受けました。

 ウィンブルドンへテニスをしに行く電車の中で、息子が靴を履いたままでシートに足を上げたところ、目の前に座っておられた女性が、それはだめだと優しく言い聞かせてくださいました。

 海外で我が子の躾となり、文化の違いを実感すると共に、ありがたいことだと思いました。

 しかし、今日のお年寄りの注意の仕方は、不快感を露骨に示した意地悪さがありました。それが、正義感から発したものであることがわかるだけに、なおさら、何もこの2人に嫌味たらしくしなくても、という思いが残りました。

 他人に注意をすることは、間違ったことではないのです。しかし、時と場合があるように思いながら、その方と一緒に京都駅までバスに揺られていました。
posted by genjiito at 21:55| Comment(0) | ◎京洛逍遥