2015年08月31日

京洛逍遥(375)嵯峨野で「点字付百人一首」を楽しんだ後は時雨殿へ

 JR嵯峨嵐山駅に隣接するトロッコ嵯峨駅のロビーには、牛車と撮影用パネルがあります。
 この地に立つと、もう平安朝気分になります。


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 この駅の目の前に、「ホテル ビナリオ嵯峨嵐山(コミュニティ嵯峨野)」があります。
 昨日は朝からここで、「百星の会」主催の「点字付百人一首」のイベントが行なわれました。


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 会場に入ると、カルタ取り競技の準備中でした。
 27名の参加者の内、全盲の方は12名です。
 京都ライトハウスや京都小倉かるた会からも、応援と支援のためにお出でです。

 特製のカルタ台に、点字付百人一首の札を、1ケース10枚をセットにし、2セット20枚が自分がこれから取る札となります。時間を惜しんでは、自分の札を暗記し、その位置を確認しておられます。


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 自分用の勉強用点字シートで、札と和歌の確認をしながら、作戦を練っておられる方もいらっしゃいます。


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 この点字付きカルタ取り競技は、『五色百人一首』を元にして各人の力量に合わせて行なわれるのです。

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 手元のカルタは、横に2枚のカルタ台を並べる方と、縦2段に配置される方がいらっしゃいました。これは、自由に組んでいいようです。


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 上級者の相対札の取り合いでは、各自20枚の札を守りながらも、相手の陣地にも攻め入ります。指もぶつかり合います。
 まさに、私がよく見る競技カルタと同じ迫力があります。


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 この上級者用の札には、対面するお互いが札の和歌が両方向から読めるように、点字が工夫して打たれています。
 また、カルタ台の札を固定する所にも、どちらからも持ち上げられるように、上下に溝があります。


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 初級、中級、上級と、それぞれの札で色分けされたグループが、和やかに、そして熾烈な局面を見せながら会場は盛り上がります。

 4つのテーブルに分かれ、各テーブルに選手3人ずつと1人の審判がつきます。
 和歌が読み上げられて、札を取って上に掲げると、審判は挙手で知らせます。


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 休憩を挟んでテーブル毎の対抗戦など、いろいろなゲームが組まれていました。
 みなさん、取り遅れた悔しさからか、次第にヒートアップしていかれる様子がわかります。

 いろいろなお話を伺いました。
 カルタ取りのルールは、まだ確定していないところがあります。特に、札を取ったらカルタを持ち上げるのですが、その早さの判定がまだ改良の余地があるそうです。
 ルールは、これから実践を通して見直されていくことでしょう。

 カルタ取りが終わると、全員で松花堂弁当をいただいてから、歩いて渡月橋の手前を桂川沿いに上り、百人一首の殿堂として知られる時雨殿へと移動しました。


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 時雨殿の常設展示室では、室内の周囲を百人一首を刻んだチタンパネルが貼り巡らされています。みなさんは、展示品を見ることができないので、説明を聞くしかありません。しかし、優しくなら触ってもいいとのご許可をいただき、このパネルに刻まれた文字を触読しておられました。


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 変体仮名で和歌が書かれているので、みなさんが読めるわけではありません。しかし、何人もの方が読める文字を見つけては大喜びをしておられました。これは、私が進めている触読研究の原点に出会った気がしました。

 2階に上がり、別室で平安朝の文香の体験です。
 今回は、「からくれなゐ香」「よはのつき香」「さねかずら香」の3種類を袋に入れて持ち帰ることになりました。


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 その後は、大広間で平安装束の体験となり、この着付けショーを、みなさん大いに楽しんでおられました。

 帰りは、みなさんとご一緒に、元来たJR嵯峨嵐山駅から電車に乗りました。

 私は、この点字付きの札が、変体仮名の立体コピーにしてもできる、という確信を得ました。
 ルールは「点字付百人一首」に倣いながら、墨字の仮名で書かれた札も取れるようになると、視覚障害者の興味と関心はさらに脹らむことでしょう。
 これから、その可能性を探っていきたいと思います。

 特に、点字を付けたカルタの場合には、古文の表記に問題が生じます。これは、点字と墨字で、日本語の表記体系が異なるからです。
 墨字で仮名文字の古文を読む場合には、点字とは異なる表記の問題が発生します。また、覚える文字の種類も多くなります。

 しかし、こうしたことは、『源氏物語』の触読を通して少しずつ解決する方向を探っているので、『百人一首』の場合もいずれは問題の解決に至ると思っています。

 京都駅に向かわれるみなさんとは、再会を楽しみにして、私は二条駅で電車を降りました。
 みなさまとの出会いに感謝しています。
posted by genjiito at 00:03| Comment(0) | 古典文学

2015年08月30日

「触読研究」のHPに「触読レポート(1)(2)」を公開

 先月末の、福島県立盲学校の渡邊先生が古写本『源氏物語』を触読された報告は、以下のブログに記した通りです。
 
 
「古写本『源氏物語』が触読できる全盲の渡辺さんとの一日(1)」(2015年07月30日)
 
「古写本『源氏物語』が触読できる全盲の渡辺さんとの一日(2)」(2015年08月01日)
 
「科研のHP〈『源氏物語』の触読研究〉に渡辺寛子先生の報告文を掲載」(2015年08月05日)
 
 
 その時に同席した科研運用補助員の関口祐未さんが、記録をもとにした「触読レポート」をまとめ、「「挑戦的萌芽研究」古写本『源氏物語』の触読研究」の「触読通信」を通して公開を果たしてくれました。

「触読レポート(1)(2)」(2015年8月29日)

 触読の様子と、今後の問題点がよくわかるレポートとなっています。
 お読みいただき、ご意見ご感想をお寄せいただけると幸いです。
 今後の調査研究に役立てたいと思います。
posted by genjiito at 07:05| Comment(0) | ◆源氏物語

2015年08月29日

京洛逍遥(374)目が不自由な方々と京都駅構内を安全に移動

 福島県立盲学校の渡邊さんをはじめとする関東からの目が不自由なお客人14名を、京都駅に出迎えに行きました。
 新幹線でお出でになった視覚障害者のみなさんを、京都劇場がある場所まで案内しました。
 参考までにここでは、今日歩いた、人混みと階段を避けてゆったりと行く経路を紹介します。

 京都着の新幹線に合わせて、私は京都駅の新幹線中央口改札で待ちました。近鉄電車と向かい合わせの改札口です。


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 八条東口は、改札口までに階段があります。エスカレータは上り1機なので、外に出る時には使えません。八条東口改札を出てから、北に向かう地下自由通路には階段しかありません。
 つまり、この経路は、エレベータもエスカレータもないので、京都劇場への近道ではあっても避けました。また、時間によっては人が多く行き交います。無用な接触を避けることに越したことはありません。

 駅から京都劇場まで行くのに、段差と人混みを考えて一番安全なのは、ホテルグランビア京都へ行く廊下を使うことです。

 まず、京都駅新幹線中央口を出ると、すぐ右側に見えるエスカレータで1つ上の階(3階)に上がります。そのまま、南北連絡通路を京都タワー方向に直進します。ここは、いつも旅行客が多く、キョロキョロしながら、携帯を見つめながらの雑踏なので、人とぶつからないかと一番気を使います。
 広い通路の真ん中が、白杖を持った方は往き来しやすいと思います。旅人の動きは不規則で、予測が難しいからです。

 通路左側に京都総合観光案内所が見えたら、その向かいに京都グランビアホテルへ入るエスカレータがあります。


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 そのエスカレータで上がったら、ホテルの廊下を直進します。吉兆や浮橋という名店を横目に歩きます。
 ただし、この廊下は鍵型に2回曲がるので、その点だけは要注意です。


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 後は、その入口にある案内図の通りに行くことになります。太いピンクの矢印は、今、私が付けたものです。


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 途中のエレベータで1つ下の階(2階)に降り、ホテルのフロントを通って外に出ると京都劇場に行き着きます。その隣に、今日の昼食会場である「がんこ」(京都駅ビル店)があります。

 今回お出でになったのは7組14名です。
 1人ずつに介助の方がついておられるので、あらかじめその方におおよその道を説明しました。
 みなさん、2人ペアで整然とついて来られたので、気持ちのいいほどスムースに移動できました。

 「がんこ」の店内は、和風で感じのいい雰囲気のお店です。予約の段階から、お店の方の対応は親切で丁寧でした。
 ただし、エントランスとなっている通路の両側が溝になっているので、目が不自由だと足を踏み外す危険性があります。そのことへの配慮が必要です。私は、介助の方が木橋の左側を、目が不自由な方は橋の真ん中を歩かれるように声をかけました。


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 このお店は、まだユニバーサルデザインに対する意識はないようです。
 曲がり角も溝になっているので、目が見えていても、下をよく見ていないと足を落とします。
 今回を機に、このお店が危険な設計になっていることに気付かれたらいいと思いました。

 今回、昼食に「がんこ」をセッティングしたのは、いろいろと調べての結果です。
 京都駅では、伊勢丹の上階も含めて、ランチタイムに予約できるお店がほとんどありません。
 その中で、この「がんこ」だけは個室(20名)の予約が取れたのです。

 ここで紹介した歩くコースは、他の旅行客と行き違うことがほとんどありません。その上に、ホテルの通路ということで、絨毯や大理石のフロアを歩くので、足元も軽やかにゆったりと京都の第一歩を踏んでいただけます。天井から流れる和風の音楽で出迎えてもらえます。

 私は別の用事があるので、目的地である京都劇場と「がんこ」までご案内して、今日はこのお店でお別れです。
 お店の方には、料理を説明していただく時に、形と色を丁寧に、とお願いしました。
 淡いピンクの着物を着た中居さんが説明を始められたのを潮に、お店を後にしました。

 明日は、嵯峨野で開かれる点字の百人一首にご一緒することになっています。
 みなさん、京都の初日を存分に味わってください。
 明日は嵯峨野で爽やかな目覚めと共に、渡月橋や天龍寺の散策を楽しまれることでしょう。
posted by genjiito at 23:33| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2015年08月28日

再録(21)お粗末なコナミ・集英社のイベント〈1999.08.29〉

 今から16年前の、ちょうど今の時期の記事を、再録データとして残しておきます。
 「遊戯王」というカードにはまっていた、現在20歳代後半の方々は、非常になつかしい話かと思います。

 この元データは、〈大和まほろば発 へぐり通信〉の【ハイテク問はず語り】というコーナーから発信していた情報の内、1999年8月29日に公開した記事です。
 この一連の「再録」は、過去に発信した情報を本ブログに取り込み、アーカイブズの一環とするものです。
 昨日の記事は、書籍や資料という、物の都移りについての話題でした。
 本日の内容は、ウェブに公開したコンテンツのお引っ越しです。
 
 
----------------- 以下、再録掲載 ---------------------
 
〔再録(21)お粗末なコナミ・集英社のイベント〈1999.08.29〉〕
 
 東京ドームでの「遊戯王」公開イベントの顛末
 
 1999.8.26に東京ドームで開催された「遊戯王デュエルモンスターズ決闘者伝説 in TOKYO DOME」では、マスコミで報道された以上に大変な出来事がありました。

 何ヶ月も前から楽しみにしていた小学五年生の息子は、限定版のプレミアムカードを求めて、遠路奈良から、わざわざ一人で上京して来ました。そして、四万人以上もの親子の大混乱に巻き込まれ、いろいろな被害に遭遇しました。
 私は、早朝に東京ドームへ息子を連れていき、夕方迎えに行く役目を負っていました。
 以下に、息子の夏休みの作文の一部をまとめながら、ことの顛末を記しておきます。

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・入場するのに、炎天下、三時間半もかかった。

・ジュースを二本も飲んだ。トイレにも行けなかった。

・『少年ジャンプ』を持っていないと、入場が後回しになるというので、たくさんの子と親が本屋さんへ走っていった。会場に連れていってくれた父は、すぐに本を買いに猛スピードで走ってくれた。入場するために『少年ジャンプ』がいるとは知らなかった。こんなことなら、持ってきたらよかった、と思った。

・水道橋周辺の本屋はすべて売り切れとかで、父はなんと神保町まで買いに行ってくれた。

・会場に入って最初に、「遊戯王」に関するお店などの配置を書いた東京ドームの案内の紙を渡された。

・午後一時に販売予定だったカードが、二時からになるとの放送があった。

・二時になると、一斉にたくさんの親子が詰めかけて、販売が始まると押し合いで並んだ。後ろからドンドン詰めてきて、みんなに押されて息苦しくなった。パイレーツのダッチューノの状態が三十分以上も続いた。

・僕の足は、ずっと宙に浮いていた。

・メガネは外れ、前にいたどこかの知らないお兄ちゃんがメガネを持っていてくれた。自分の手では、メガネをどうしようもない状態だった。

・財布が落ちそうになり、必死でポケットを守った。

・怪我をした子がたくさんいた。コナミの人が、倒れた子のそばにいた子は手をあげてくれ、と言っていた。でも、息苦しくて、とても手を上げられる状態ではなかった。

・救急車が何台か来た。けが人を運びにやってきたようだった。

・僕が抱えていた『少年ジャンプ』は、押されて将棋倒しになる時に、どこかへ飛んでいった。もらった案内の紙や、持っていた紙袋も、どこかへ飛んでいってしまっていた。

・将棋倒しになって横に倒れた後は、メガネをしていた人たちのメガネが散乱していた。たくさんの『少年ジャンプ』も踏みつぶされていた。床に血も見かけた。

・将棋倒しの中を這うようにして進んで行ったら、財布も落ちていた。必死に逃げようとしていたので、何をどうしようもなかった。

・大人の人が僕を助け起こしてくれた。

・人の隙間を見つけて、その場から逃げ出した。

・身体がふるえていた。恐怖の体験だった。

・カードの販売は、三時ごろに一旦中止になった。

・しばらくして、また販売された。

・しばらくして、また中止になった。

・カードを買えた子がカードを見せびらかして目の前を通り過ぎた。みんな、むかついていた。

・知らない子のお母さんの一人が、目の前でコナミの人を殴っていた。左足をテーブルにかけて乗り越え、右手を前に出してジャンプをして、コナミの人を捕まえて顔を殴っていた。

・すぐに警備の人が来て、押さえつけ、警察が来て肩を掴んでどこかへ連れて行った。(テレビのニュースで放映されたのは、男性がコナミの社員を殴っているシーンだったそうです。社会的な影響を配慮して、女性ではなくて男性の暴行場面にしたのでしょうか。息子いわく、興奮して汚い言葉を発し、見たくもない態度を示していたのは大人たちだったとのこと。その後、子どもたちが大人の鬱憤晴らしを見て、つられるようにして暴れ出したようです。)

・まわりの子は、あのお母さんは手錠をかけられていた、とかしゃべっていた。

・僕は左足首を捻挫し、そして胸が苦しかったので、翌日は東京見物を中止して、休養した。

・翌日の新聞に、コナミからのお詫びの記事が載っていた。入場者プレゼントと限定カードについてのお知らせがあるとのことなので、載っていた番号に電話をすると、「ただ今でかけております。またお電話ください。」というテープが何度も流れているだけだった。

・次の日に電話が繋がり、出てきた男の人に事情を話すと、入場の時に渡された紙を持っていると、カードがもらえることがわかった。しかし、将棋倒しで転倒したときにそれはなくなったと言うと、「それでは、しょうがないですね。」と言われたので、あきらめることにした(コナミの状況認識は、今もって甘いのではないでしょうか)。

・来週号の『少年ジャンプ』に詳しいことが載っています、とその人は言っていた。

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 以上が、息子のいた会場内の様子です。
 子どもの視線での物言いなので、実際とのズレもあることでしょう。

 朝日新聞の1999.8.27朝刊によると、「気分が悪くなって倒れたりする人まで出た。」とあります。しかし、この記事を書いた記者は、徹底した現場での情報収集を怠っていたのではないでしょうか。

 自分が想定する情報を取材し終えてこと足れりとし、あらかじめ予定していたシナリオの記事に仕上げた、という印象の新聞記事です。記者の姿勢は、この出来事を「レア物」を求める社会現象の一つとしてとらえ、いかにもデスク上でまとめたという作文です。息子は、実際はもっと酷かったと訴えています。朝日新聞の記事は、与えられた課題をどうにかこなしたという高校生のレポートレベルの、なんとも無責任な作文記事になっています。報道姿勢の低俗化を痛感します。

 こうした出来事については、もっと主催者側の無責任さとプランニングの杜撰さを、そしてその事後処理のお粗末さを、マスコミはもっと鋭く指摘すべきではないでしょうか。新聞記者が、一般大衆を批判的に見てしまってはいけないと思います。社会現象としての文化は、大人たちによって創られるものなのですから。

 また、コナミが前面に出ていますが、『少年ジャンプ』の発売元である集英社も、その責任の一端を負っていると思います。『少年ジャンプ』を持参していないと、優先的に入場させてもらえないのですから。そしてその集英社は、混乱と被害の当事者となった読者である親子には、一言もお詫びの姿勢を示していません。責任をコナミに擦り付けて知らぬ存ぜぬで通そうとする、出版社の特権意識と奢りを感じます。
 ほとぼりの冷めた来週号で、誠意を身にまとった通り一遍のお詫びの記事が掲載されるのでしょう。

 それにしても、将棋倒しに巻き込まれなかった子どもたちはコナミの救済処置の恩恵に浴し、被害にあった子どもにはカード入手の権利がないという処置については、どうしても理不尽さが残ります。結果的には、子どもに、不運を不幸中の幸いと思わせ、妥協と諦めということを教えることになりました。

 これも、息子にとっては一つの夏休み貴重な勉強だったとしましょう。本人は、意外と冷静に出来事を観察していました。そして、貴重なカードを入手した子と友達になり、すごいカードを何枚か安く売ってもらったそうです。カッカする大人たちをよそに、自分たちはカード交換にいそしむという姿を想像すると、なんとなく楽しくなってきます。

 大人が辻褄を合わせながら作り上げている社会とは別に、逞しく育っていく子どもたちの一端をかいま見ることができました。こうした子どもたちが作る二十一世紀は、きっと頼もしい社会となるに違いありません。楽しみが増えた思いがしています \(^_^ )( ^_^)/
 
----------------- 以上、再録掲載 ---------------------
posted by genjiito at 23:15| Comment(0) | 回想追憶

2015年08月27日

都移りは部屋の模様替えから

 月末に向けて、終えなければならない仕事がまだ残っています。
 終わった資料や書類と、次の資料や書類と、溜まったままの資料や書類が、東西に分散する自分の部屋で混在し出しています。

 こんな時には、部屋の模様替えが一番です。

 私の仕事空間は3ヶ所にあります。
 立川の職場、深川の宿舎、京都の自宅です。

 それぞれに、仕事に応じた書類や資料を置いています。
 宿舎と自宅は、自分の研究用のものが中心です。
 そのために、仕事が入り乱れるとその棲み分けがしだいに怪しくなりました。

 この夏で、いくつかの仕事のメドが立ったことを機に、思いきって部屋の模様替えです。
 特に東京の宿舎は、あと1年半で定年と同時に引き払うことになります。
 そのために、ここを資料と書類の仮りの置き場所とし、少しずつ東京から京都へという流れを作り出すことにしました。

 これにより、京都が最終の資料や書類の溜まり場所となるので、そのことを意識して物を移動することにします。
 その中で一番悩ましいのは、3ヶ所それぞれに置いている同じ書籍です。
 大事な本は、同じものが3冊あるので、これから宿舎に溜める2冊を来年度中に処分することになります。
 その際、処分することになる2冊の本に書き込んだメモをどう統合するか等々、何かと悩ましいことです。

 最終収容先となる自宅の勉強部屋の配置は、おのずとその目的に合ったものに変えることとなります。
 とにかく、3ヶ所に散らばる机と書棚と資料置き場を1ヶ所に集中させるためには、大胆な発想の転換が必要です。

 京都の家は、古い町家に手を入れた木造です。
 東京の鉄筋コンクリートの部屋にあるものを、木造の京間の、しかも2階に移すのです。
 分量も重量も、相当制限されます。
 これは難題です。

 生まれてこのかた、出雲→難波→河内→大和→京都(+東京)→東京(+京都)と、住まう都を転々と移してきました。
 今日から、東京を中継地点とする、最後となるはずの都移りの開始です。
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | 健康雑記

2015年08月26日

銀座探訪(31)書道展で左から右への横書きを見る

 今夏も、「慶山會書道展」(会場:東京銀座画廊・美術館 銀座貿易ビル8階)に行ってきました。


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 学生時代に書道を教わっていた吉田佳石先生が代表として、長年にわたり事務局を引き受けておられる息の長い会の展覧会です。

 私は相変わらずの、自他共に認める悪筆にもかかわらず、書作品を見るのは好きです。
 特に吉田先生の文字は、その迫力にいつも圧倒されています。

 昨年のことは、「銀座探訪(28)書道展へ行ってから帰洛の途に」(2014年08月20日)に記しました。
 もろもろの背景は、その記事に譲ります。

 今回の吉田先生の作品は、「皇甫冉詩(山館長寂寂〜)」「禅語(花開無根〜)」「石川啄木歌(アカシヤの〜)」の3点でした。
 このうち、「皇甫冉詩」の作品で「寂〻」と書かれている箇所の印刷物での釈文が、「寂寂」となっていました。


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 このことについて先生に伺ったところ、原典のことや印刷の都合もあり、一般的にこのようにしている、とのことでした。そういえば、他の方の作品も、「深〻」が釈文では「深深」となっています。
 書の世界には素人の身で思うことなので、読み流してください。作品と同じように釈文の表記も「寂〻」としていただいた方が、落ち着いて見られます。
 『源氏物語』の古写本を読んで「変体仮名翻字版」を作成しているところなので、ついこのように些細なことが気になってしまうのです。

 私の目を引きつけた大作が2点ありました。

 1つは、最初の部屋にあった、横3.8m、高さ1.7mの6曲屏風仕立ての作品です。青い和紙に鶴が飛ぶ様が印刷されたその上に、堂々と「自然は 静寂〜」と書いてあったのです。
 書家の関良法氏と写真家の佐和賢爾氏とのコラボレーションです。
 単彩の墨とあざやかなカラーと飛ぶ鶴が、うまくまとまっていると思いました。

 写真を取り入れた作品は、近年の流行のようです。

 また、もう一つの部屋には、写真に縁取られて表装された作品が、大きな額装として掲げられていました。横3.6m、縦1m弱なので、見る者に迫ってきます。しかも、ここには「慎之莫怠」という倭姫命の言葉が、左から右へと横書きで大書してあります。

 額などで、漢字の文字を左から右へと横書きしたものを、私は見たことがありませんでした。
 横書きは右から左へだと思い込んでいたのです。

 会場に入ってすぐの時に、吉田先生から、この大作の作者である臼井南風氏を紹介されました。
 『源氏物語』の「須磨」巻の巻頭部分の立体コピーを見てもらい、こうした写本の触読に興味を持たれる方がいらっしゃったらご紹介を、という話はしました。しかし、臼井氏の作品を見たのがその後だったので、この左から書くことについて、ついご本人に聞きそびれてしまいました。

 先生に伺うと、これも最近の傾向で、世の中が何かと横書きになったことに合わせて、書道でも横一文字に書く際に、左から右へと書いたものを時々目にするようになった、とのことでした。

 私にとってまったく知らないことだったので、いろいろな分野での社会を反映した変化を知るいい機会となりました。

 この慶山會の書道展は、男性がよく出展しておられるように思っています。
 今回も、そのように感じたので、そのことを先生に尋ねると、出品者16名の内で男性は7名だったので、確かにそうだと納得してくださいました。

 書道の世界もお茶と同じように、女性が8割から9割という状況にあるようです。
 そのような中で、この慶山會は、先師続木湖山先生の影響なのか、男性陣が元気に活躍しておられるようです。
 吉田先生の書の力強さも、そうした流れを継承しておられることと関係するかもしれません。
posted by genjiito at 23:52| Comment(0) | 銀座探訪

2015年08月25日

しゃべるペン(音筆)で絵本の中の漢字と遊ぶ

 この本を開いて、紙面にペンを当ててスライドさせると、ペンがしゃべります。
 不思議な体験ができる『おとがでるえほん かいてみよう きいてみよう かんじ1』(桜雲会編、2015年3月)という本で、漢字と遊んでいます。



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 これは、視覚に障害のある子どもが、漢字の形を学習する本です。小・中学生向けに刊行されています。立川市中央図書館の調査資料係で、ハンディキャップサービスを担当なさっている福島さんと早坂さんに、この本のことを教えていただきました。いつも貴重なご教示を、ありがとうございます。


イラスト:たかはし こうこ
デザイン・DTP : Unison
音筆データ・作成:今人舎
朗読:益田沙稚子(おはなしピエロ劇団)
音声ペン:セーラー万年筆

製品の仕様
製品名 セーラー音声ペンAP-1B
外形寸法 長さ130mm、最大直径35mm
重量 35g(本体のみ)
使用電池 単4電池2本
メモリーカード マイクロSDカード(最大8GB)
USB USB2.0(データ転送に使用)
対応ファイル AP4
耐用温度 0°c〜+60°c
保管湿度 5〜95%RH
スピーカー 直径28mm、出力05W
イヤフォン出力 直径3.5mmステレオミニジャック
ストラップ 付属
稼働時間 4〜5時間
*AP4は、オーディオブック対応データフォーマットです。



 これは、目が見えない方々と一緒に変体仮名を読むことに挑戦している私にとって、いろいろなアイデアが湧き出ずる、非常に刺激的な道具です。

 触読研究で支援者として協力してもらっている淺川さんが最初に使ったので、その報告を以下に引用します。


さっそく使ってみました。
使い方は大変簡単で説明も丁寧でした。
上部にマイクがついているせいか音も大きめです。
電源を入れるときと切るときは、それぞれ異なる音が鳴ります。

左側のページは絵が主体の本で、学習する漢字を使った例文が書いてあります。
右側のページでは、学習する漢字の書き方が書いてあります。

例えば「九」という字を学習する場合、左側のページのイラストや文章にペンの先を当てると、例文をゆっくり読み上げます。



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 次に右側のページにいき、「九」の一画目の「はらい」にペン先をあてると「い・ち」、隣に書いてある方の文字にペン先をあてると「にーっい」と発音してくれます。


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 誰かが手を持って一緒に書いてくれるような感じがする本です。


 なお、ミニ USB 端子は、電源供給用として使用できます。
 いろいろな方に使ってもらい、さまざまな意見を聞いて、新たな活用方法を考えたいと思います。
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | 視聴覚障害

2015年08月24日

読書雑記(141)内田康夫『孤道』の新聞連載中断のこと

 今日(平成27年8月24日(月))から、毎日新聞(夕刊)の連載小説『津軽双花』(葉室麟)が始まりました。陸奥弘前藩の津軽信枚に嫁いだ2人の姫の物語だということです。

 今日の初回では、2人の姫君の内の1人目として、徳川家康の姪である満天姫が登場しました。
 もう1人の石田三成の娘である辰姫は、明日以降にどのようにして登場するのか楽しみです。

 今後どのような話として展開するのか、いつもの癖で新聞紙面をハサミで切り抜きながら読みました。
 しばらくは切り抜いて行きます。おもしろくなかったら、縁がなかったものとして止めます。


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 葉室麟氏の作品は、これまでに、「読書雑記(135)葉室麟『山月庵茶会記』」(2015年07月04日)を読んだだけです。
 違う作品も読んでみようかと思っていたので、これを機会に、この新聞連載小説で様子をみます。

 今日から連載小説が新たにスタートしたのは、それまで連載されていた内田康夫の『孤道』が、作者の健康上の理由から突然終了したためです。

 先週20日の新聞には、葉室作品が24日からスタートするにあたってのインタビューが掲載されました。

 その中で、「夕刊連載小説「孤道」が内田康夫さんの病気で中断した後を受けて急に登板を願ったため、中編小説となる。」とあります。
 編集者の背後での慌ただしさが想像できます。

 中継ぎ役は、私の得意とするところです。代打、中継ぎ、代走は、仕事を含めてこれまでにも、私のお家芸となっています。
 葉室氏は、それだけに大変やりにくい役目を負われたのですから、その意味からも葉室作品を読んでみようか、と思っています。

 新聞小説は、井上靖や松本清張や筒井康隆がそうであったように、書きながら形を整えることができます。読者からの反応も、作品に反映させる作家もいます。
 新聞社から単行本として刊行することを前提にして書くのですから、その意味では他の小説とは作品の形成過程が異なります。作品が生み出される「今」が垣間見えるので、私は興味のある作家や作品の新聞連載を読むのが大好きです。

 特に、昭和46年から47年の朝日新聞(朝刊)に連載された井上靖の『星と祭』と、昭和48年から49年(夕刊)の松本清張の『火の回路』(後の『火の路』)は、今も思い出深い作品となっています。毎日食い入るようにして読んだものです。
 作者と共に生きた感触は、作品に親しみを持たせてくれます。

 その当時も、毎日毎日、新聞の連載小説を切り抜いていました。しかし、それがいつしか散佚しています。『星と祭』だけは過去の新聞をコピーして、新聞連載当時の作品の文章が刊行された時にどのような手が入って変質したのか、しなかったのかを調べる資料としています。

 最近では、昨年4月から始まった夏目漱石の『こころ』を切り抜いていました。しかし、私が朝日新聞の購読を断念したために、これは全110回分のはずが103回(2015年9月15日)までで打ち止めとなりました。
 新聞購読中断については、「朝日新聞の講読を解約する決断」(2014年09月11日)をご笑覧いただければと思います。
 ゴール直前で、『こころ』の切り抜きは中断となったのです。デジタル版で読めるので新聞連載時の本文の内容はいい、とはいうものの、中断した事情が事情なので、これについては、またあらためて書くつもりです。

 さて、内田康夫の連載小説が毎日新聞に掲載されたのは、2014年12月1日(月曜日、夕刊)からでした。それが、今月8月12日(水曜日)で連載終了となりました。
 またもや、全回分の切り抜きが達成できませんでした。


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 手元の新聞で確認すると、次の記事が急遽終了する告知の最初かと思われます。


小説「孤道」は12日で終了します

   内田康夫さん病気療養のため
 内田康夫さんの小説「孤道」は、作者の病気療養のため連載の途中ではありますが12日をもって終了します。内田さんは7月26日に軽い脳梗塞を起こし、入院治療しています。今後、「孤道」は書き下ろしで単行本にまとめ、毎日新聞出版から刊行する予定です。内田さんは「連載が続けられなくて申し訳ありません。症状は軽いので心配しないでください」と話しています。毎日新聞社(2015年8月5日 夕刊第1面)


 また、翌日の朝刊(第1面)には、「小説「孤道」」が「夕刊小説「孤道」」として、また「今後、」を削除した同じ文章が掲載されました。

 さらに、連載終了時には、次の文章が掲載されました。


小説「孤道」は終了します

 内田康夫さんの小説「孤道」(5面に掲載)は、作者の病気療養のため連載の途中ではありますが今回をもって終了します。読者の皆様におわびします。内田さんは7月26日に軽い脳梗塞を起こし、入院治療しています。今後「孤道」は書き下ろしで単行本にまとめ、毎日新聞出版から刊行する予定です。
 内田さんは「『孤道』は藤原鎌足の謎に迫ろうとする非常に面白い題材なので、ぜひ完成させたいと思います」と話しています。(2015年8月12日 夕刊第1面)


 連載開始にあたっては、次の紹介がなされていました。


名探偵・浅見光彦シリーズが大ヒットしている人気作家です。今夏「浅見光彦最後の事件」と銘打った新刊「遺譜」で文字通り最後の事件を執筆し、話題をさらったばかり。本作は“最後の事件後の初めての事件”となる注目作です。
 熊野古道で観光客に愛される牛馬童子像の頭部が盗まれる事件が発生します。誰が何のために……。不可解な事件と共に壮大な歴史ロマンの幕が開きます。最後の事件後の浅見がどう再登場するのかも見どころの一つ。(毎日新聞 2014年11月17日 夕刊)


 私は、妻が内田作品のすべてを持っていて読破しているので、そのうち、古代史を扱った10冊くらいは読んだでしょうか。『源氏物語』と関係するのでは、と思って、『「紫の女」殺人事件』(73年)、『「須磨明石」殺人事件』(82年)、『斎王の葬列』(84年)なども読みました。いずれも、今その内容を思い出せません。あまり好きな作家ではないので、真剣に読んでいないのかもしれません。
 手元には『壺霊』が読みかけのままに、上巻が京都に、下巻が東京に放置されています。

 今回、この毎日新聞に連載された『孤道』を、毎日切り抜いて読みました。
 しかし、読みながら、おもしろくないと思っていました。いつかおもしろくなるだろう、と期待しながら。というよりも、この話を作者はどうまとめて行くのだろう、と思いながら。
 運良くと言うべきか、204枚目で打ち止めとなりました。
 この時点での評価は記せないので、単行本になった時にまた再読したいと思います。

 あまりのつまらなさに、切り抜きはボケ防止のためのハサミを使った運動だ、と思うことに重点が移っていたように思います。たしかに、毎日せっせと紙を切り抜くのです。横にまっすぐに切るので、そんなに大変ではありませんでした。そのことが、今となっては楽しい思い出です。

 この作品の終了を惜しむ声は、毎日新聞朝刊の「みんなの広場」の「8月13日」「8月20日」「8月24日」に寄せられていることを、記し留めておきます。
posted by genjiito at 22:42| Comment(0) | 読書雑記

2015年08月23日

米田先生からいただく残暑見舞いのお電話

 昨夜、長崎県美術館の米田館長からお電話をいただきました。
 しかし、あいにく私は科研の研究会の後で、ちょうど立川駅前の懇親会場へ移動する時でした。
 先生からの電話に気付いたのは、宿舎への帰り道でした。

 今日、先生にお電話を差し上げて、何か急なご用でもあったのでしょうか、とお尋ねしました。
 すると、「元気にしているかと思ってな。体調はどうだい?」と明るい声でおっしゃいます。
 ご丁寧に気遣っていただいていることに感謝しつつ、最近は逆流性食道炎に困っていることをお話しました。

 「それは、どうしようもないな」との一言。
 同病者というよりも、私よりももっと厳しい病気を潜り抜けて来られた、病気の大先輩の慰めのことばに、私としてはそれだけで救われます。

 私からは、報告を一つだけしました。
 それは、目の見えない方々と一緒に、『源氏物語』の写本を読んでいることです。
 先生は、千葉県立美術館の館長をしておられた時に、美術館のユニバーサルデザインに取り組んだとのことでした。本にも書いているし、筑波大学の先生のお世話になったので、何かあったら連絡をしなさい、とのことでした。

 これまで、視覚障害者のことと米田先生のことが、なぜか結びついていませんでした。
 先生がなさってきた活動を、もう少し調べてみます。
 身近に、こうしたその道のエキスパートがいらっしゃる幸せを噛みしめています。

 「暑いから気をつけて、頑張っていい仕事をしろよ。」との励ましの言葉と共に、電話はさっと切れました。

 米田先生とは、次のブログに書いたように、ほんの一年間だけ授業を受けただけです。

「長崎県美術館の米田館長と」(2012年10月28日)

 しかし、先生のお人柄なのでしょう。こんなに永く、折々に気遣っていただけるのですから、ありがたいことです。

 私などが知り合いに突然「元気?」と電話でもしようものなら、また仕事の依頼かと警戒されるだけです。
 温かい、思いやりの心をもって人には接して行くべきであることを、米田先生から毎年夏の終わりにお電話をいただくたびに、しみじみと思います。

 私の品物との出会いには、いつも欠陥品を摑まされるため、買い物運が悪いと自認しています。しかし、そんな私でも、人との出会いには恵まれています。多くの方々との幸運な出会いに支えられて、今もたくさんの仕事ができています。

 米田先生との電話を置いてから、あらためて人と人とのつながりに感謝の思いを強くしました。
 先生こそご無理をなさらずに、マイペースで仕事をなさり、教え子に声をかけ続けてください。
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | 健康雑記

2015年08月22日

自由討議が楽しかった伊藤科研A第6回研究会

 立川駅前では、秋祭りの太鼓の音が鳴り響いていました。


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 その残暑の中を、多くの方々の協力を得て情報収集と調査研究を進めている、伊藤科研(A)「海外における源氏物語を中心とした平安文学及び各国語翻訳に関する総合的調査研究」の第6回目となる研究会が、国文学研究資料館で開催されました。

 本日参加してくださったのは13名。
 いつもは科研のメンバーだけです。しかし、今日は、各国語訳『源氏物語』の訳し戻しや、『十帖源氏』の多言語翻訳に協力してくださっている方や、各種言語に興味をお持ちの方々も出席してくださいました。
 得難い仲間が集まったということもあり、幅広い視点からの意見の交換ができました。

 内容は、以下の通りです。


伊藤科研A 第6回研究会
日時:2015年8月22日(土)15:00〜18:00
場所:国文学研究資料館 2階 第一会議室

プログラム
・挨拶(伊藤鉄也)
・2014年度の研究報告(淺川槙子)
・本科研のHP「海外源氏情報」についての報告(加々良惠子)
・2015年度の研究計画(淺川槙子)
・モンゴル語訳『源氏物語』について(伊藤鉄也)
・各国語訳『源氏物語』『十帖源氏』の「桐壺」について(淺川槙子)
・各国語訳『源氏物語』『十帖源氏』の翻訳データに関するディスカッション(全員)
・連絡及び打ち合わせ


 興味深い内容が満載の内容で、予想通り刺激に満ちた研究会となりました。

 詳細な議事録は、後日科研のホームページである「海外源氏情報」に掲載されますので、今ここには個人的なメモを記すに留めます。

 前半の研究報告や研究計画を聞きながら、この科研が多方面に多彩な活動を展開していることが実感できました。協力してくださっている皆様に感謝しています。

 私のモンゴル語訳『源氏物語』に関する発表は、副題を「刈り込まれた場面と描写」としました。
 モンゴル語訳の「桐壺」巻を、母語話者と非母語話者による2種類の日本語に訳し戻すことにより、日本語のレベルでその内容を比較検討しようとするものです。
 これは、続く各国語訳に関するディスカッションへと、話題をバトンタッチをする役目も負うものです。
 本日発表した内容は、電子ジャーナルの第3号に掲載しますので、後日のご教示をよろしくお願いします。

 そして、今回のメインである、各国語訳『源氏物語』『十帖源氏』の翻訳データに関する報告と、それを踏まえたディスカッションは、さまざまな意見が交わされて、実に楽しい時間をみんなで共有できました。

 今日取り上げたのは、以下の言語に関する問題点です。


『源氏物語』→スペイン語・イタリア語
『十帖源氏』→英語・スペイン語・イタリア語・ロシア語


 今日話題となった中で、私は「初冠」と「元服」についての討議の中で、スペインは15歳、イタリアは18歳、中国は20歳だというやり取りに、この問題のおもしろさを感じました。
 また、翻訳されたものを日本語に「訳し戻す」という手法について、その意味するものと限界についての指摘は、この問題に取り組んだ当初から抱え込んでいるものでした。このことは、またあらためて考える必要があります。
 ただし、32種類の言語で翻訳されている『源氏物語』の場合にどのような対処策があるのかは、今後の検討課題として残ったままです。

 本日配布された、各言語による翻訳を比較検討するための資料は、内容が充実し、しかもずっしりと重いものでした。この資料の意義と価値は、後日明らかになって行くことでしょう。

 資料作成にあたった研究員と補佐員のお2人に、労いのことばをここで伝えたいと思います。
 そして、さまざまなご意見をディスカッションの中でいただいた参加者のみなさまに、あらためてお礼をもうしあげます。

 閉会後、立川駅そばのお店で、懇親会を持ちました。
 ここでも、研究を離れての話題満載で、楽しい一時をみなさまと共に持つ機会となりました。
 なかなか出会うことのない、得難いメンバーの集まりは、多くの刺激をいただけます。

 本科研のテーマについては、より多方面からの参加を得ることにより、さらに話題が盛り上がり、ユニークな展開をすることでしょう。次回は、もっと広く宣伝告知をして、間口を広げて行きたいと思っています。積極的なご参加を、お待ちしています。

 次回第7回の研究会は、明年2月を予定しています。
 プログラムが決まり次第に、ホームページとこのブログでお知らせします。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ◆源氏物語

2015年08月21日

読書雑記(140)井上ひさし『國語元年』

 井上ひさしの『國語元年』(2002年4月、中公文庫)を読みました。元はテレビドラマのために書かれた戯曲仕立てです。


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 明治7年に「全国統一話し言葉」の制定・取調に奔走する南郷清之輔の動向が活写されます。
 その南郷邸に奉公で入ったふみは、全国各地の言葉が入り乱れる環境の中で、意味不明のやりとりでさまざまな悲喜劇が巻き起こります。

 この南郷邸では、薩摩、長州、会津、南部、津軽、山形、名古屋、京都、そして江戸と、実に多彩な方言が飛び交います。その意味がわからないなりにも、わかったこととして進みます。
 それを、清之輔は丹念に記録していきます。

 「イ」と「エ」、「シ」と「ヒ」など、発音がお国によって違うことや、「モモ」と言っても瓜、西瓜、柿、アケビ、梨、李なども同じ言葉で呼ぶ地域があることなどが出てきて、話がなかなか通じない様子が語られます。

 「褌」は、おもしろい例です。
 ツイダナ、ハダマキ、シタオビ、シタノモノ、ヘコジャ、ヘコシ、マワシ、フンドス、ケツワリキンカクシ。

 全国統一話し言葉を考える上で、こうしたお国訛りや単語の違いは、もう統制も、制御も不可能です。

 また、政治的な判断も加わります。

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清之輔 ヂャガ、秋田訛りはドガーいたしましょうかノー。
公民 秋田……?
清之輔 ウム。秋田はノータ、奥州でただひとつの官軍でアリマシタヨ。維新の奥州征伐ではホンマにヨー働いた。ヂャガ、明治二年の維新論功行賞では、一枚の毛布すら貰っとらん。気の毒なことヂャ。そこでせめて、全国統一話し言葉に秋田訛りを加えて差し上げて、維新のときの手柄にむくいたいと思ッチョルでアリマスガノー。
公民 秋田訛りはアカシマヘン。
清之輔 わしもべつにそうはこだわっちょりやアせんが……。
公民 秋田訛りは他の奥州訛りとヨー似たところがおます。ソヤサカイ、秋田訛りを仲間に入れるユーのは、会津若松やら仙台やらの賊軍のお国訛りを仲間に入れるのと、同じことになってしまいますのや。
重左衛門 ン、ソイヂャ、ソイヂャ。
清之輔 成程。ウム、秋田訛りは諦めた。
公民 ときどき秋田音頭でも歌ってあげたら、それでエーのとちがいますか。秋田のお人もそれで充分浮ばれますがな。
重左衛門 ハ、ソイヂャ、ソイヂャ!

  ト扇で膝を叩いたのが、公民には「秋田音頭」のお囃子になったらしく、

公民 []︎コラ、秋田良い所
    美人がギョーサン
    奥州一番ヂャ

重左衛門、合いの手。「ア ソレ ソレ」

公民 []︎ソヤケド訛りが
    エライ強くて
    誰にもワカラヘン
(後略)
(217〜219頁)
--------------------------------------

 こうして、清之輔は『全国統一話し言葉文法』と『全国統一話し言葉語林集成』の完成を目指します。

 『全国統一話し言葉語林集成』には、日常生活に必要な888語を集めました。これは、京言葉、東京山の手言葉、鹿児島言葉、山口言葉が、それぞれ200語ずつ入っていました。

 ただし、清之輔が最終的に考案して提出した『全国統一話シ言葉 文明開化語規則九ヶ条語』は、半紙一枚に言葉遣いの大枠を示したものだったのです。


   全國統一話シ言葉
     文明開化語規則九ケ條
       文部省學務局四等出仕
         南郷清之輔 考案
一 作用ノ詞ハ一切ソノ活用ヲ廢シ言ヒ切リノ形ノミヲ用ヰルコト
二 文末ハ言ヒ切リノ形二「ス」ヲ付スコト
三 言ヒ付ケルトキハ文末二「セ」ヲ付スコト
四 可能ヲ現ハサントスルトキハ文末二「─コトガデキル」ヲ付スコト
五 否定セントスルトキハ文末二「ヌ」を付スコト
六 物ヲ訊クトキハ文末二「カ」ヲ付スコト
七 丁寧ノ意ヲ現ハサントスルトキハ文末二「ドーゾ」ヲ付スコト
八 語彙ハ誰モガ知ツテ居サウナ言葉ヲ用ヰルヤウ務ムルコト
九 物ノ言ヒ方、聲ノ出シヤウハ本江戸山ノ手言葉ヲ手本トスルコト


 これを実践するとどうなるか、というのが最後の場面へと導かれます。

 日本語の多彩さと言葉の面白さを目で見て耳で聞く芝居です。
 これは、実際に舞台で見ると、もっとおもしろいことでしょう。【3】
 
 
初出誌:『日本語を生きる─日本語の世界10』(1985年6月、中央公論社)
posted by genjiito at 23:59| Comment(0) | 読書雑記

2015年08月20日

日比谷でハーバード本「蜻蛉」巻を読む(その18)

 朝から雨が降ったり止んだりの、少し涼しくなったとはいえ湿っぽい1日でした。
 それでも、日比谷公園に着いた頃には、雨もすっかり上がり蒸し暑い夕べとなりました。

 日比谷図書文化館で『源氏物語』を読むのは、22日前の7月30日に、福島からお出での渡邊さんが一緒に参加されて、みごとに触読してくださった時以来です。

 少し日にちが開いたので、変体仮名の字母の確認から始めました。
 「変体仮名一覧」というプリントを配り、それを元にして、鎌倉時代の写本であるハーバード大学本に出てくる変体仮名を中心にして説明しました。

 特に、次の変体仮名(85種)を覚えておけば、鎌倉時代の仮名写本の文字は、ほとんど読めるはずです。覚える文字の数量がわかると、意外と気持ちも負担も軽くなるものです。


【あ】阿 【い】伊 【う】有 【え】江(盈) 【か】可・閑 【き】支・起 【く】九・具 【け】个・遣・希・気 【こ】古 【さ】佐 【し】志・新 【す】須・春・寿 【せ】勢 【そ】所・楚 【た】多・堂 【ち】地・遅 【つ】徒・津 【と】登 【な】那 【に】尓・耳・二・丹 【ね】年 【の】能・農 【は】者・盤・八・半・葉 【ひ】飛・悲・日 【ふ】布・婦 【へ】遍 【ほ】本 【ま】万・満 【み】見・三・身 【む】無・无・舞・牟・六 【め】免 【も】无・母・裳 【や】夜・屋・野 【ゆ】遊 【ら】羅 【り】里・理・梨・李 【る】類・累・流 【れ】連 【ろ】路 【わ】王・() 【ゐ】井 【ゑ】衛 【を】乎・越


 続いて、前回の触読体験を共有したブログの記事をもとにして、その内容を確認しました。
 今日配布したプリントの元となる記事は、以下の通りです。


(1)「古写本『源氏物語』が触読できる全盲の渡辺さんとの一日(1)」(2015年07月30日)

(2)「日比谷でハーバード本「蜻蛉」巻を読む(その17)」(2015年07月31日)

(3)「古写本『源氏物語』が触読できる全盲の渡辺さんとの一日(2)」(2015年08月01日)

(4)「科研のHP〈『源氏物語』の触読研究〉に渡辺寛子先生の報告文を掲載」(2015年08月05日)

(5)「わかる喜び再び ─古写本『源氏物語』触読体験─」(触読レポート 2015.8.3)


 これに意外と時間を費やしたために、「蜻蛉」を実際に読む時間はほんの僅かに限られてしまい、どうにか15丁裏を確認するに留まりました。

 いつものことながら、寄り道の多い話しぶりで恐縮です。

 終了後に、多くの質問や確認を受けました。疑問が生まれたり、確認したくなるのは、変体仮名が読めるようになったからです。文字を見つめる目が成長した証なので、大歓迎です。
 さらに変体仮名を読むおもしろさを体得していただけたら幸いです。
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ◆源氏物語

2015年08月19日

バス停で体験した整然と乗車するマナー

 昨夜は、立川駅付近の高架下で火災事故があり、自宅に帰れない人々で大混乱しました。
 それにもかかわらず、今日の立川駅はいつもと何も変わらず、何事もなかったかのように、人混みで溢れるターミナル駅の姿を見せていました。
 関係者の勤勉さと回復に対する熱意のすごさには、だだただ驚くばかりです。

 その立川駅前のバス停でのことです。
 到着したバスが、並んでいた人の列の一番前に、横付けするように止まりました。
 始発のバス停なので、乗客のみなさんが降りられるのを待つことになります。

 今、京都では、この降車待ちの時間が話題になっています。
 降りる時に乗客は、バスの出口で一旦立ち止まります。
 バスカード、ICカード。回数券、現金等々、1人ずつが料金を払うためです。
 しかし、降りる人は全員がこの運転席の横に設置されている料金箱に対して、何らかのアクションを起こすのですから、バスの降り口が混雑するのは必定です。
 特に世界一の観光地である京都では、国内外からの旅行者が降り口で支払いのために立ち止まるので、この停滞問題は無視できないものとなってきました。

 バスのスムースな運行のためには、先ず乗客にバスから降りてもらう、という名案があります。
 そして、バス停で待機していた職員が降りてきた乗客から料金を受け取る、というシステムが、その解決策の一つとして検討されているようです。

 これなら、降りる人の困惑の中で、発車ができずに長時間待たされたり、乗客が降りるのをしばらく待ってから乗り込むという、回りくどい現状は回避できます。
 降りるお客さまがまず車外に出てもらえたら、乗る人は暑い中をジッと降車が終わるのを待たなくてすみます。

 もちろん、新しい取り組みにはいろいろと問題が発生します。
 それを、これから考えていこう、ということです。
 ここに記したのは、あくまでも降車時に料金を支払う場合です。
 前から乗って、まず料金を払う方式の場合は、こうした問題は起きません。ただし、乗るために待ち行列ができる、という問題は発生しています。
 これらは、乗り降りの多い観光名所のバス停を中心にして、試行錯誤の実験を進めたらいいと思います。

 私の小さい頃には、バスには首から小さなカバンをぶら下げて、車内で切符を売る車掌さんが乗っていました。今でも、海外では見かけます。
 バスガールという言葉もありました。
 2人乗務が、ワンマンカーの普及と共に、運転手さんだけになり、こうした降車口での混乱という問題が発生しているのです。
 その点、電車のワンマン化は、駅の改札口で料金のやりとりが完結しているので、こうしたバスのような問題は発生していません。

 それはともかく、今朝のことです。
 前のドアから乗客が全員降りてから、バスが少し前に移動し、真ん中にある乗車口が列の前列につけられるのかと思いきや、バスは動かずに真ん中のドアが開いたのです。
 ちょうど列の前から5人目の位置にいた私の目の前で、乗車口のドアが開いたのです。

 一瞬、反射的に足を踏み出して、バスのステップにかかりそうになりました。
 周りの方が先頭の方に、どうぞどうぞ、と言っておられ、みんなは列に並んでいた順にバスに乗り込みました。

 目の前でドアが開いたので、乗ろうと反応した自分を反省するとともに、みなさんのマナー遵守の姿勢に感服しました。
 整然と列を乱さずに乗り込まれる方々を見ながら、これが関西だとどうだっただろうか、と思い比べてしまいました。

 今日の場合は、乗客のほとんどが年配の方でした。
 高齢化社会となり、ますますルールを守る人と守らない人が目に付くようになりそうです。
 ルールを守らないのは、自己中心的ではなくて、加齢による思考力の低下や忘却という要因が多々想定できます。
 これからは、自分の意思とは別にルールを守れない人との、なかなか微妙な共存社会となっていくことでしょう。

 その基本には、思いやりであり譲り合う心があると思います。
 かといって、人のことばかりに気遣っていては、自分をなくしてしまいます。
 その平衡感覚を保つようにすることと、その感覚をなくした人に対する接し方について、自分の反省を踏まえて、少し考えてしまいました。続きを読む
posted by genjiito at 23:52| Comment(0) | 身辺雑記

2015年08月18日

藤田宜永通読(23)『ダブル・スチール』

 藤田宜永の『ダブル・スチール』(1995年7月、光文社文庫)は、長編ハードボイルドとされる作品です。かつて読んだ本を取り出してきて通読しました。ワンシーンとして、まったく話を覚えていないのは、私の注意力が散漫だったのか、この分野の小説が持つ特徴なのか、こうした読み直しをする中でわかるのかもしれません。今は、読み捨てされる性格の分野の小説だから、ということにしておきます。


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 パリを舞台にした、ヤクザの世界が荒々しく活写される中で、殴る蹴るの場面や、銃弾が炸裂します。体言止めの文章が各所に見られ、テンポよく活劇が展開します。

 主人公は本多陽一郎。渾名はヨヨで47歳。オペラ座近くに日本料理店「スバル」を経営しています。ただし、これは仮の姿です。

 本多の相棒は、3つ若いサティ。
 仲間のルイジが殺されたことで、ボスのコロンボやその手下たちに疑念を抱きます。誰が内通しているのか、謎解きがアクションドラマに絡んで展開します。

 パリを知り尽くした作者だけに、街中を自在に移動し、郊外へも案内してもらえます。生活感のある描写は、人物を活き活きと立ち回らせているのです。藤田宜永の筆が冴えわたるところです。

 本作では、ヤクザの抗争と野球への思い入れが、共におもしろく展開するものの、うまく絡み合っていないように感じました。
 2つの話は、共に読み応えのある力作と言えます。しかし、その2つがバラバラなのです。うまく1つの話として絡み合いません。その間をつなぐ女性の役割も描写も、中途半端です。

 特に野球に関しては、無理に手荒な男の世界に取り込もうとするところが気になりました。
 野球の八百長という話題も、発表当時はともかく、今では色褪せていて背景で主人公を突き動かす原動力としては読めません。その八百長に関連して点描される元妻も、その存在が曖昧です。

 藤田宜永が描く女性に、私は興味を持っています。後に恋愛小説に手を染めます。しかし、それが純愛を求めたこともあり、ことごとく失敗するのは、こうした初期の描写に胚胎しているように思っています。この点は、この「藤田宜永通読」を通して考えていきます。

 それでも話はおもしろいので、藤田の作品は一気に読めます。本作も、まさに作者が書名にしたダブルスチールの意図とは別の意味で、2つの話題が織りなすダブルスチールは成功します。ただし、得点には結び付かなかった、と言えるでしょう。

 最後のドラマチックな終わり方は、藤田宜永が初期に示した、切れ味のよさを代表するものです。【3】

※参考書誌情報
 1988年8月 角川文庫/1995年7月 光文社文庫
posted by genjiito at 22:02| Comment(0) | 藤田宜永通読

2015年08月17日

読書雑記(139)コーヒーを片手に『京都075』をパラパラと

 昨年来、月に何回かは、起き抜けに逆流性食道炎で苦しむことがあります。
 主治医の先生からは、消化管がないのだから腸液が食道まであがってきてもしかたがない、と言われています。対処策としては、寝る時に枕を高くするように心がけています。

 「ランブラゾール」という酸分泌抑制薬を処方していただいていて、荒れた食道や胸焼けと不快感を和らげています。1日1回、朝食後に1錠を飲んでいます。
 これに加えて、先週の診察で処方された「フオイパン(カモスタットメシル酸塩錠)」を毎食後に当座は服用することになりました。

 この逆流性食道炎については、コーヒーやアルコール等の刺激物は、胃酸の分泌が活発になるので控えめに、とされています。
 もっとも、私は胃がないので胃酸のことはあまり神経質になる必要はありません。それでも、刺激物とストレスが腸液に影響を与えるようなので、気をつけてはいます。

 コーヒー好きの私は、1日にカップ10杯は飲んでいました。今は、少し抑え気味にして、5、6杯にしています。
 お酒は、血糖値を上げないように蒸留酒を飲みます。焼酎のお湯割りを飲んでいました。最近では、ウィスキーを1杯ほど飲むことが多くなりました。それでも、晩ご飯の時に水割りのグラス一杯がせいぜいです。

 何かとストレスを溜めるタイプの私には、嗜好品は要注意です。
 しかし、それがかえって息抜きにもなるので、うまく共存するようにしています。
 手術をしてくださった岡部先生からは、私が呑めないことを承知の上で、お酒はいくら飲んでもいいとおっしゃいます。しかし、そんなに呑めるものではありません。

 コーヒーは、仕事にかかる前に必ず飲みます。
 最近は自宅で、自分で豆を適当に調合して挽いたコーヒーを、その日の気分に合わせた香りと濃さでいただいています。
 そのせいもあって、街中で喫茶店に入ることはほとんどなくなりました。
 それでも、京都の街を歩くと、喫茶店のたたずまいや店の雰囲気と共に、そのお店なりのコーヒーの香りが気になります。

 そんな折に、こんなにおっとりとした雑誌があることを知りました。
 075号室編『京都075 第二号 特集 喫茶』(2008.11、サンクチュアリ出版)です。


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 書名の「075」の意味がわかる方は少ないかと思います。
 京都の電話の市外局番です。
 大阪が「06」、東京は「03」のあれです。
 地域に密着した視線で、日常の自然な暮らしや街を炙り出そうとする本です。


目次


珈琲対談 猪田彰郎×奥野修
珈誹対談 オオヤミノル×中川ワニ勇人
喫茶観察室 燐寸 吾郷結
600-8815 宅間恵一
三つのお茶の話「一保堂茶舗 喫茶室「嘉木』」
       「李朝喫茶 李青」
       「バーバチカ」
京都の喫茶店主 いつものカップとお茶時間
私のおみやげ話 いがらしろみさん
パン調査室 「スマート珈琲店」 松尾綾
〇七五閲覧室 cafe de poche
京都小径探検 的場通りあたり ナカムラユキ
融合飯 ケルン「ケルツァー黒豆シュトーレン」大林ヨシヒコ
京都からの小旅行 近江八幡 門田えり子
room no.北9 yusuke


 京都を歩いて、または自転車で散策された方はお気付きでしょう。
 なんと喫茶店が多いことか、と。
 大通りを外れた小路にも、ひょいと喫茶店があります。
 三条周辺では、イノダコーヒーやスマート珈琲店、そして前田珈琲店はよく知られています。
 我が家の近くにも、北大路駅の伊藤珈琲店や下鴨本通りのベルディなど、いいお店がたくさんあります。

 気に入った喫茶店に出会うと、うれしいものです。
 よそよそしいお店に入ると、次はもう来ないだろうな、ということがすぐにわかります。
 京都には、とにかく至るところに喫茶店があります。
 自分で淹れたコーヒーだけでなく、外のコーヒーも楽しむ余裕が持てると、さらに日常がリラックスするかもしれません。
 この夏の課題としてみます。
posted by genjiito at 22:51| Comment(0) | 読書雑記

2015年08月16日

京洛逍遥(373)雨間に6万人が見上げた大文字 -2015-

 夕方から雨が降り出しました。昨年の豪雨直後の京都五山の送り火を思い出します。

「京洛逍遥(335)大雨の後の如意ヶ岳を焦がす大文字」(2014年08月16日)

 それでも今年は、午後8時の点火の時には奇跡的に雨が止み、いつものように如意ヶ岳に「大」の字が描かれる炎のショーを見ることができました。

 今年も、出雲路橋を南に下った河原の芝生にビニールシートを敷いて、のんびりと点火から消えゆくところまでを見ました。

 最初に、「大」の字の交点に点火されます。この如意ヶ岳には75基の火床があります。そこに積み上げられた護摩木に次々と火がつけられ、次第に「大」の文字が夜空に浮かび上がるのです。その大きさは、左右160m、高さ80mもあります。


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 どでかい大文字が夜空を焦がすと、徐々に火の勢いは納まります。
 私は、消えゆく大文字も好きです。


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 今日は、松ヶ崎西山の「妙」と東山の「法」もはっきりと見えました。
 「妙法」は低い山に文字を刻むので、場所によっては見えないのです。


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 帰りの出雲路橋では、西賀茂船山の船形も見えました。


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 この船形が消えゆく頃には、雨がまた強く降り出しました。
 ちょうど送り火が焚かれる時に、雨はあがってくれていたのです。
 天の心遣いに感謝します。

 ちょうど帰ろうとしていた時に、河原を走る一団を見かけました。
 送り火をめぐって走っておられるのでしょうか。
 これには、私も参加したくなりました。


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 帰ってからニュースを見ると、大雨の昨年よりも2万人多い、6万人の人々がこの送り火を見送ったそうです。海外からの観光客も、年々増えているのがわかります。市内各所から見られるので、たくさんの方々に見ていただきたいものです。
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2015年08月15日

京洛逍遥(372)養林庵の庵主さんと墓参のこと

 鷺も鴨も思い思いのお盆を迎えています。
 明日の送り火が待ち遠しいのか、落ち着かない雰囲気で川面を飛び回り、遊んでいます。


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 今年も、養林庵の庵主さんが、お昼前に来てくださいました。


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 両親が命からがら満州から持ち帰った木魚は、今年もいい音を響かせています。

 読経の後、いつものように世間話です。私の病気のことや、子どもたちのことなど、庵主さんは何でもよく覚えておいでです。
 失礼ながらお年をうかがったところ、なんと94歳だとのことです。

 来月、父の33回忌と母の13回忌をするための打ち合わせをしました。その時も、決まった日のことなどのメモを渡そうとしました。しかし、覚えているから大丈夫だと、きっぱりとお断りになりました。

 そのお姿は、ドナルド・キーン先生に日記をつけていらっしゃるかどうかをお尋ねした時に、すべて覚えているから書いて記録しておく必要がない、とおっしゃったことを思い起こさせるものでした。

 私などは、すぐに忘れるので、いつもメモをします。もっとも、そのメモをゴソゴソ探すことも多いので、なおさらお恥ずかしい限りです。

 庵主さんをお見送りしてから、墓参のために河内高安へ向かいました。

 毎年書いているように、あの『伊勢物語』の「筒井筒」で知られる、生駒山の麓の高安の地です。

 我が家のお墓がある信貴霊園には、新しく山門や龍の手水場などが出来ていました。
 背後に、八尾市の向こうの大阪市街が見えます。霞んでいるのが大阪湾です。
 こうして、墓地の整備が進むことは、これからお世話になる身(?)としては大歓迎です。


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 今日は、出町柳から河高安までを往復しました。
 京阪の特急は、特急料金が不要にもかかわらず快適な乗り物です。

 帰りに出町柳駅前の賀茂大橋から、如意ヶ岳の「大」の字を見上げました。
 明日の送り火の準備が進んでいるようです。


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 賀茂大橋から北の松ヶ崎方面を臨むと、「法」の字が見えます。
 こちらも、明日の送り火は準備万端のようです。


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 明日の夜、今年の京都五山の送り火について報告します。
posted by genjiito at 21:01| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2015年08月14日

京洛逍遥(371)下鴨神社の御手洗池が休憩所に早変わり

 お盆ということで娘夫婦が来てくれました。
 昨夕はみんなでオガラを焚いてご先祖さまをお迎えです。


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 私の完治祝いも兼ねて、ささやかな宴会となりました。

 今朝は、娘の厳しい指導の下にお茶のお稽古です。
 なかなかお稽古に行けないので、こうした機会を見ては忘れないようにお茶を点てています。
 いつものように、丸卓を使ったお点前です。


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 先日行った五条坂の陶器まつりでは見つけられなかった夏らしい茶碗を、娘たちが持ってきてくれました。京都生まれの中村真紀さんというガラス工芸家の作品だそうです。お茶の先生もこの方の作品はお気に入りの一つだとか。


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 お抹茶は福寿園の「栄松乃昔」。
 お菓子は清閑院の「京鴨川 涼清水」で、錦玉羹の中を泳ぐ鮎が見るからに涼しそうな茶菓です。

 その後、下鴨神社に出かけました。
 これまでにも何度か紹介した御手洗池が、今日は無料休憩所となっていました。なかなか粋なはからいです。境内には案内がないので、ほとんどの方が気付いておられません。
 涼味満点の休憩所なので、お越しになった折には、ぜひ足をつけて涼んでください。


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 ひんやり、ほかほかの足で、糺ノ森の納涼古本まつりに向かいました。


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 約80万冊といわれる古書のほとんどを見終えました。
 今年の収穫は1冊だけ。3冊千円となっていたものを、1冊だけを500円にしていただきました。定価が8000円の本なので、大満足です。

 連日の猛暑を忘れさせる、いにしえの森での別世界を堪能してきました。続きを読む
posted by genjiito at 21:00| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2015年08月13日

私のガン治療は今日で卒業となりました

 5年前の祇園祭の日に、電話で突然、胃ガンの告知を受けました。
 すぐに京都大学付属病院に入院し、消化管をすべて摘出されました。
 あれからもう5年が経ったのです。

 今月はその京大病院で、術後の経過観察の最終年度となる、5年目の検査を受けていました。
 CTスキャンや胃カメラ等々。

 その結果をもとにして、今日は検査結果の説明をしていただきました。
 結果はすべて良好とのことです。
 ガンの治療は今日で卒業となります、と先生が言ってくださいました。
 転移はまったく認められないそうです。

 ひ弱なこの身体を、何かと気遣ってくれた家族や周りの方々に、あらためて感謝しています。
 5年間ありがとうございました。

 儲けものとでも言えるこの5年間に、いろいろなことをしました。
 4つの科研を運用、NPO法人の設立、池田亀鑑賞の設立、妻の早期退職と上京、娘の結婚、視覚障害者との共同研究等々。
 手応えのあるものが目白押しの5年でした。

 業務はもちろんのこと、個人的な研究もそれなりに進展しました。
 すべてが、生きていればこそできた出来事です。
 そして、それらは今も引き続き取り組んでいるものです。
 健康が一番だということを、あらためて実感しているところです。

 今後は、糖尿病と鉄分欠乏症と逆流性食道炎を抱えての生活となります。

 いつまで走り続けられるのか、私には皆目わかりません。
 しかし、抱えている調査研究課題を少しでも前に進めることだけを、これからも考えて行くつもりです。

 今、多くの方々に手助けしていただいて着手していることを、最後まで見届けることは無理です。
 襷を渡し、バトンタッチをしながら、設定した目的に向かって歩んで行きます。
 変わらぬご支援を、よろしくお願いいたします。
posted by genjiito at 22:41| Comment(0) | 健康雑記

2015年08月12日

簡易型立体コピー作成機による触読実験を始める

 「立体コピー作成機 PIAF」(ピアフ)を、国文学研究資料館の事務を通して発注していました。
 その本体が、無事に手元に届きました。


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 卓上型なので、置き場所に困らず、移動も簡単です。研究室でも作業部屋でも、いつでもどこでも使えます。
 これは、先月うかがった共立女子大学でも使用しておられた、同型の機械です。

 これまでは、立川市中央図書館がお持ちの立体コピー機を、本研究に対するご理解とご協力をいただく中でお借りしていました。

「立川市中央図書館で源氏写本を再度立体コピー」(2015年03月17日)

 しかし、順調に触読研究が進展する中で、急遽立体コピーを作成する事態も発生し出しました。
 そこで、立川市中央図書館にある精巧な仕上がりではなくても、簡易版で当座の役を果たすようにと、科研費によって「立体コピー作成機 PIAF」を購入することにしたのです。

 これは、本科研を昨秋申請した時点から、研究計画調書に初年度の「設備備品費」による購入予定物品として計上していたものです。
 立川市中央図書館のご協力が得られたので、当面の購入は見送っていました。しかし、研究成果が顕著になったこの時点で、即応性のある対処をする必要性に迫られたこともあり、予定通りの発注となりました。
 これで、精細版と簡易版の2種類の資料が作成できる環境が整いました。

 届いたばかりの「立体コピー作成機 PIAF」で、試しに『絵入源氏物語』の「若紫」の図を浮き出してみたところ、次のように思い通りの立体図形が出来上がりました。


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 これで、古写本の変体仮名を読むための立体コピーも、必要になったら即座に少部数なら作成できます。調査研究のフットワークが、これで格段に軽くなることでしょう。個別の限定的な要望にも、これならすぐに対応できます。

 この「立体コピー作成機 PIAF」を活用して、まずは、触読用の「変体仮名字体集〈立体文字版〉」を作成することになります。ハーバード大学本と歴博本の『源氏物語』から、さまざまな文字を切り出すのです。そして、切り出した文字を編集して、変体仮名を触読する上での学習練習帖の役割を持った、字書と参考書を作成したいと思います。

 現在、次のようなプロジェクト(案)を考えています。


(1)触読体験プログラム(案)
 ・使用教材
   ■ハーバード大学本『源氏物語』「須磨」〈立体文字版〉
     A4用紙/5行分/縦長いっぱいに拡大
   ■触読用「変体仮名字体集〈立体文字版〉」
     今夏より編集開始
   ◇翻字テキスト(すでに作成済)

(2)学習システム(案)
  ・失明時期と古典理解度により3パターンを用意
  ・初級は平仮名と変体仮名の学習から始める
  ・中級は『源氏物語』「須磨」本文の触読から始める
  ・上級は『源氏物語』「蜻蛉」本文の書写から始める
  ・気分転換に『百人一首』の〈触読版かるた取り〉に挑戦


 もちろん、この科研は「挑戦的萌芽研究」なので、思うようにいかないことがあっても、とにかくチャレンジをすることに意義があります。調査・実験・研究の方針は、その折々に判断して変更も自在にすることになります。その意味では、現在は順調に前に進んでいます。

 幅広くアイデアを募り、効果的な立体文字触読資料の作成と、学習システムの構築を実現したいと思います。
 これまで同様に、淺川さん、加々良さん、関口さんの3名の研究協力者の若い力を借りながら、研究計画を推進していくことになります。
 変わらぬご理解とご協力を、どうかよろしくお願いいたします。
posted by genjiito at 20:36| Comment(0) | 視聴覚障害

2015年08月11日

京洛逍遥(370)下鴨納涼古本まつり -2015-

 京都五山の送り火が近づいて来ました。
 如意ヶ岳の大文字では、「大」の字が輪郭を見せています。
 草刈りなどの整備が進んでいる頃でしょうか。


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 京都古書研究会が主催する、恒例となった下鴨納涼古本まつりが、今日から16日までの6日間、下鴨神社を包み込む太古の森である糺ノ森を会場として開催されました。


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 本部の方にお聞きしたところでは、会期中に80万冊もの古書が出品されるのは、屋外での古書市としては国内最大級だとのことでした。そして、常時50万冊は手に取って見られるそうです。

 今日は初日にもかかわらず、すでにお昼には、本棚に隙間が目立ちました。多くの方が早めに本を買い求めておられるようです。

 私は、ネットショッピングは意識的にしないことにしています。ネットでの買い物は、街中の小売り店の廃業を促進させる行為に直結していると認識しているからです。そして、いずれは利用者が困る事態に追い込まれるのでは、と危惧しています。

 もちろん、世の中の流れが小売り業を切り捨ててネットでの売り買いに移行していることは承知しています。社会の仕組みが弱者排斥の論理で動いていることは、もう止めようがないのでしょう。しかし、実際に物を見ないで、人との会話もなくて物を手に入れることには、どうしても馴染めません。

 若者にとっては、というよりも高齢者も含めて、人との関わりという煩わしさがない方がいいのでしょう。また、加齢を重ねてくると、面倒なことを避けたいがために、相手に頼りがちになります。不本意なままに、騙されていてもしょうがないと諦めて、不承不承ものを手にする立場に身を置く人も多いようです。

 老若男女、煩わしくない人生を送るために、人との関係性を捨象したネット社会は快適でしょう。しかし、私はそれを快適とは思わなくなりました。不便でも、面倒でも、自分で触り、言葉を交わして、自分で確認しながら手に入れる楽しみを、これからはさらに大事にしていきたいと思っています。

 書籍も、決してネットでは買いません。全国の善良な小売り書店を潰す破壊行為に加担したくないのと、本との直接の出会いを楽しみにしているからです。


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 自分が求めている本は、本の方からおいでおいでをしてくれる、と信じています。
 今日は、1時間半ほどで会場の約4分の1を見て回りました。数冊の本が、私に囁きかけて来ました。しかし、もう家の中に本を置けない状況なので、家を傾けかねない本を、しかも他の本を処分して置き換えるだけの価値を天秤にかけて、結局は等価交換に値しないと判断して見送りました。

 一生の内に読める本の数は知れたものだと思います。そのような中で、今後私が読む順番の中に入るかどうかも、今回購入を断念した理由でもあります。

 もちろん、これは自分で所有することを見送ったということであり、国文学研究資料館はもとより国会図書館や京都府立図書館にもなさそうな本は積極的に買うようにしています。それも、今日のところは出会いがありませんでした。

 下鴨神社の参道と馬場に沿って流れるのが瀬見の小川です。その瀬見の小川の左側の馬場一帯で、今回の古書市が開催されています。


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 言い伝えによると、玉依媛命が瀬見の小川で遊んでいると川上から丹塗りの矢が流れてきたという、その小川のせせらぎを耳にしながら古書を探すのですから、この上もなく贅沢な時間を持つことになります。
 今年は、まだまだ見切れていないので、もう一度行くことになるでしょう。

 なお、京都古書研究会は毎年「京の三大古本まつり」を開催しています。
 いただいた団扇の裏面を掲示して、宣伝とします。


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posted by genjiito at 21:55| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2015年08月10日

京洛逍遥(369)半木の道沿いの川中に石積みアートが出現

 植物園に併行する半木の道では、今朝も木陰の小道に涼しい風が吹き抜けています。


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 いつもの飛び石トントンを渡って北大路橋に向かおうとしたところ、右岸のあまりの暑さに足が萎え、トントンを引き返すことにしました。朝早いので、左岸にはまだ木陰が続くのです。
 今日も、猛暑の1日となりそうです。
 近年とみに暑さが厳しくなっています。

 賀茂川の中洲は、先般の大洪水の後に広さを拡大し、川幅が狭くなってきました。
 その狭くなった中洲の間に、水鳥たちが流れに沿って一列に仲良く並んでいます。


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 そんな中、河原に目をやると、石がいつもと違う姿を見せています。
 縦に積まれた石は、どう見ても自然の力や水鳥たちの仕業ではありません。


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 先週末には気付かなかったので、昨日、中洲に降りられる場所で誰かが遊んだ名残りのようです。

 もう少し上ると、浅瀬に組まれた石積みがアートとして見えます。


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 流木の小枝には、2足の赤い運動靴が掛けられています。
 その左には、大きな石が載っています。
 誰かの創意と作為によるものであることは、もう明らかです。

 さらに上流では、水上の石組みが禅寺の石庭を思い起こさせます。


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 作者の気分の高まりが伝わってきます。
 お盆を迎える中で、賀茂川を賽の河原に見立てた遊び心を、存分に楽しめました。
posted by genjiito at 22:22| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2015年08月09日

京洛逍遥(368)五条坂陶器まつりと六道珍皇寺と東山フェスタ

 五条坂の陶器まつりは、猛暑にもかかわらず賑わっていました。


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 この陶器まつりについては、この前に行った時のことを、「五条坂の陶器市とおけそくさん」(2012年08月10日)に詳しく書いていますのでご笑覧を。

 また、五条坂の陶器まつりで見かけた源氏絵については、上の記事でもリンクを貼っているように、次の2つの記事で紹介しています。

(1)「京洛逍遥(98)五条坂陶器まつりの源氏絵-2009」(2009/8/10)

(2)「五条坂陶器まつりと源氏絵陶器」(2008/8/10)

 今日見かけた源氏絵の陶器の中に、(1)の2009年の記事で紹介した箸置きと角皿がありました。
 値段もほぼ同じです。


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 次の角皿も、以前に見かけたように思います。値段が70万以上なので、このセットは写真撮影をお願いするのを躊躇った記憶があります。今回はショーウィンドーに飾られていたので、参考までに揚げておきます。


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 五条坂の中ほどにある若宮八幡宮社(陶器神社)では、京都造形芸術大学の学生さんが中心となって取り組まれた、陶器人形が展示されていました。
 今年のテーマは「戦後70年×琳派400年×風神雷神」です。
 入口には、こんな説明がありました。


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琳派400年に想いを込めた作品です

地元の窯元及び陶栄会が提供した
陶器を使い、製作は京都造形芸術大学の
学生が中心になり地元人々と共に
陶器入形を50年ぶりに復活させました

(陶磁器提供音)
京都府陶磁器協同協会
京都日吉製陶協同組合
京青窯会
宇治炭山の陶芸家
陶栄会陶器祭運営協議会



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 その右には、オリジナルのハレ神、自転車妖怪が並んでいます。

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 このイベントは、昨年半世紀ぶりに復活したものなので、今年は現代版第2回目です。
 今後ともますます人々が楽しみにする作品展に育ってほしいと思いました。

 その裏手にある六道珍皇寺にもお参りしました。
 ここも、上記「五条坂の陶器市とおけそくさん」で紹介した通りなので、詳細は略します。

 東門から入ると、迎鐘の横から長蛇の列で、外の小道まで延々と続いていました。


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 みなさん、鐘楼から出ている縄を引いて鐘を鳴らしておられました。


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 この六道珍皇寺は、『源氏物語』の「桐壺」巻や「夕顔」巻などで、参考地として紹介されます。
 桐壺更衣を葬った「おたぎ」は、このあたりにあった愛宕寺だと。その愛宕寺は、珍皇寺や建仁寺と関連して説明されたりもしています。
 『源氏物語』において、この鳥辺野のあたりを葬送の地とするのは、桐壺更衣、夕顔、葵の上、紫の上、柏木などが思い当たります。
 小野篁に縁の深い珍皇寺に関連して、堀川通りと北大路交差点を下ったところにある、篁と紫式部が並ぶお墓のことなどなど、また機会をあらためて書きます。

 お昼になると熱風が身体を包むようになりました。
 ひと休みを兼ねて、珍皇寺のすぐ南にある東山図書館で調べ物をしました。
 『京ひがしやま 文学散歩』(京都市東山区関連文学マップ 2015年、2015年7月7日)ができていたので、一部いただいて帰りました。


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 2013年版については、「京洛逍遥(285)東山図書館が配布する文学散歩マップ」(2013年08月17日)に書きました。東山区の寺社、地名、通りが登場する74点の文学作品が紹介されていました。今回は、40頁にわたって137点の図書に増補されています。着実に成果が見える資料集となっています。今後が楽しみです。

 その帰りに、同じ敷地内にある東山区総合庁舎の中で、「東山フェスタ2015」をやっていたので立ち寄りました。
 これは、「食×器 アートギャラリー 〜えらぶ・たべる・えがお〜」という企画展です。
 若手のアーティストが作った食器に、京都女子大学の学生さんによるお手製のスイーツをのせていただく、という、視覚と味覚のコラボレーション企画です。


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 まず、「食×器 アートギャラリー」に展示されている器を自由に1つ選びます。そして500円を支払い、選んだ器を持って2階の工作室のような部屋に行くと、持ち込んだ器にケーキをのせて運ばれて来ます。
 ケーキは「抹茶チーズケーキ」と「かぼちゃチーズケーキ」があり、私は「抹茶〜」の方をいただきました。


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 飲み物は、コーヒーが100円だったので、600円でケーキとコーヒーがいただけ、しかもお皿を持ち帰ることができるのです。お得な息抜きの一時となりました。

 京都の大学生のみなさんは、こうしたイベントを通して、地元の方や企業と一緒にコラボレーション企画を展開しておられます。京都にお越しの節には、このような若者たちの遊び心も楽しんでください。
 京都新聞の「まちかど」欄や「情報ワイド」欄などに、日々さまざまなイベントが掲載されています。
posted by genjiito at 22:00| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2015年08月08日

京洛逍遥(367)猛暑の中の鴨と鷺たち

 出雲路橋越しに、夏の北山が山並みをきれいに見せています。


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 身体も大きくなり、みんなで仲良く遊ぶ鴨たち。


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 暑さを凌いでポーズを決める鷺たちも見られます。


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 うまく魚を捕る鷺が撮れました。


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 大雨の後で土石が川に堆積し、広い中洲が点在するようになりました。
 そして、猛暑のために水量が少なくなり、鷺たちにとっては獲物が捕りやすくなったようです。続きを読む
posted by genjiito at 22:05| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2015年08月07日

京洛逍遥(366)一瞬を楽しむ下鴨神社の矢取神事

 京都では、6月30日に「夏越祓神事」が行われます。
 これは前半年の穢れを祓い、後半年の健康を祈願する行事です。
 先月あった、下鴨神社の夏越神事「足つけ神事」のことは、「京洛逍遥(364)下鴨神社のみたらし祭 -2015-」(2015年07月19日)で詳しく書いた通りです。

 下鴨神社の夏越神事のもう一つのイベントである「矢取神事」は、裸になった氏子の男たちが御手洗池で水しぶきを上げて斎串(斎竹)を奪い合う、勇壮な行事です。

 日没になると、三々五々この境内に人が集まってきます。


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 お祭りの起源は、丹塗りの矢伝説にあります。下鴨神社のご祭神である玉依媛命が、川を流れてきた矢を持ち帰ったところ懐妊し、上賀茂神社の祭神となる賀茂別雷神を産んだという故事にちなむ、立秋前夜の無病息災を祈願する伝統行事です。
 大和三輪山の丹塗りの矢伝説と同じ類型の神婚譚なので、ご存知の方も多いことでしょう。

 午後6時半より、神事が催行されます。
 神職をはじめとして祭りの中心となられるみなさまが、楼門の茅の輪を潜って本殿に向かわれます。


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 その茅の輪の横には、茅萱があり自由にいただけるというので、私も数本頂戴しました。


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 本殿では、ちょうど神事が行われています。


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 御手洗池の中央には、50本の矢である斎串が立てられており、それを持ち帰ると厄除けや長寿などの御利益がいただけます。


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 次の写真の正面が井上社・御手洗社です。この祭神は、祓戸大神の内の神様で、禍事・罪・穢れを川から海へ流すと言われる瀬織津比売命です。


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 午後7時過ぎに、本殿から御手洗池へと、神職の方や上半身裸で白装束になった氏子さんたちが、雅楽の音に導かれて池のほとりに進まれます。この裸男たちは、2002年まではフンドシ姿だったそうです。


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 権禰宜さんの、平安時代から変わらない長い大祓の祝詞が始まります。
 今年は、見学場所を輪橋の横に確保していたので、その奏上の声を耳にするだけで、じっと御手洗池の50本の斎串を見つめていました。

 御手洗池付近で神事が行われ、井上社の前で神職さんが御手洗池と斎串のお祓いをなさいます。
 神事が終わると、7時半頃に神職さんが厄払いを終えた紙人形を持ち、御手洗池のまわりに立たれました。白装束の氏子さんたちは、御手洗池の左右で人形が撒かれるのを今か今かと待ちます。

 合図と共に人形が神職さんの手によって御手洗池に撒かれると、男たちは一斉に御手洗池に飛び込み、体をぶつけ合いながら斎串を取り合うのです。
 あまりにも激しいぶつかり合いのため、うまく写真に収まりませんでした。


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 参考までに、昨年の写真を掲載します。


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 これがこのお祭りの一番の見せ場です。
 ただし、この人形の取り合いはほんの数十秒で終了します。斎串が全て男たちに抜かれると終了です。

 この瞬間を見るためだけに、多くの方が集まっておられるのでした。

 今年のこの人形の中には、我が家が奉納したものが5枚含まれています。
 先月中旬に、町内会の世話方が人形を届けてくださいました。


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 この1枚1枚に名前と年齢を書き、身体を撫でて息を吹きかけてから、町内会の世話役さんにお渡ししました。今年は、我が家の向かいのお宅がお世話をなさっていました。

 今日撒かれた人形は、参拝者のものも一緒になっています。全国各地から、約2万枚の人形が集まったそうです。

 その後、松明を先頭に神職さんたちと祭りに奉仕なさったみなさんが、楼門の前の茅の輪をくぐって退場されます。


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 一瞬の驚喜乱舞を楽しむ、爽やかな夏越神事でした。
posted by genjiito at 23:54| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2015年08月06日

今西館長科研で作成した翻字データの一部をHPから公開

 平成22年度から26年度までの5年間、科研の基盤研究(A)で実務上のお手伝いをした今西館長科研が、本年平成27年3月で終了しました。

 科研の成果は、なかなか一般的には表に出ません。
 しかし、この科研では成果を公表しながら進展していたので、あらためてここにその確認をしておきます。

 「科学研究費助成事業データベース」では、本科研の概要は「日本古典籍における【表記情報学】の基盤構築に関する研究」の項目で公開されています。

 この科研では、その成果を4冊の報告書で公表してきました。


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 また、ホームページでも、逐一その活動内容を報告してきました。


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 この科研が、本年3月で終了したことに伴い、これまでに公開していた情報を整理し、新しいホームページとしてまとめ直しました。活動と成果の記録として、文字列中心の成果報告書に準ずるものとして再構成したものです。


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 この科研を推進していく中で、報告書に添付したDVDがほしいとの要望が寄せられていました。
 しかし、印刷部数の関係で、あらかじめリストアップしていた所に発送したために、個人の方々のお手元にはお届けできませんでした。

 その成果の中でも、正徹本のデータについての問い合わせが多かったので、今回その一部をダウンロードしていただけるようにしました。

 今回ダウンロードできるデータとして用意したのは、高等学校の授業で扱われることの多い巻です。
 「桐壺」「若紫」「葵」「須磨」「御法」の翻字データ(PDF)

 「翻字データのダウンロードについて」をお読みいただき、そこに記された手順でデータをご活用いただければ幸いです。
posted by genjiito at 23:45| Comment(0) | ◆源氏物語

2015年08月05日

科研のHP〈『源氏物語』の触読研究〉に渡辺寛子先生の報告文を掲載

 福島県立盲学校の渡辺寛子先生から、古写本『源氏物語』を触読した体験を通してのレポートを送っていただきました。

 前代未聞の取り組みにもかかわらず、積極的に鎌倉時代の古写本『源氏物語』の触読に挑戦していただきました。本邦初とも言える、貴重な報告となっています。

 科研での試行錯誤はまだ道半ばとは言え、この成果は視覚障害者(触常者)にとってはもちろんのこと、晴眼者(見常者)にとっても、夢と希望をつなぐ新しい世界が拓けてくる画期的な出来事です。

 寄稿していただいた全文は、科研のホームページである「古写本『源氏物語』の触読研究」の中の「触読通信」というコーナーに掲載しています。

 「わかる喜び再び ─古写本『源氏物語』触読体験─ 渡辺寛子」(平成27年8月5日)

 お読みいただき、ご意見及び感想などをお寄せいただけると幸いです。
 反応があることが、我々はもとより、渡辺先生にとっても、何よりの後押しとなることでしょう。

 また、身近に全盲の方がいらっしゃったら、『源氏物語』に対する興味の有無にかかわらず、ご紹介ください。幅広い方々の触読体験を通して、古写本を読む学習環境を構築し、読書環境を整備していきたいと思っています。

 この成果の一部は、昨日紹介した「第4回 日本盲教育史研究会」で報告する予定です。
posted by genjiito at 21:28| Comment(0) | ◆源氏物語

2015年08月04日

日本盲教育史研究会(第4回)のご案内

 日本盲教育史研究会(第4回)が、「日本最初の盲唖院」である京都府立盲学校で今秋開催されます。

 研究会の案内が届きましたので、速報としてここに紹介します。

 私は報告者の一人として、「『源氏物語』を触って読む─700年前の写本に挑戦する─」と題するレポートを担当します。これまでの触読の成果を、広くみなさまにお知らせするものです。

 以下、この研究会の要点を摘記しておきます。
 さらに詳細な情報は、末尾の案内文(画像)をごらんください。
 
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日時:2015年10月24日(土)9時半〜16時半
会場:京都府立盲学校花ノ坊校地 多目的教室
  (〒603−8302 京都市北区紫野花ノ坊町1)
◎第4回研究会(11時〜16時30分)
 ○公募報告(11時15分〜12時)
  1. 「盲教育の支援基盤(仮)」 足立洋一郎氏
  2. 『源氏物語』を触って読む─700年前の写本に挑戦する─ 伊藤鉃也氏
  3. 小西信八が見た欧米の盲・唖教育(仮) 西野淑子氏
 ○記念講演(13時〜14時30分)
   「日本の視覚障害者を支え続けた点字出版と点字図書館」
       全国視覚障害者情報提供施設協会参与 加藤俊和氏
 ○研究報告(14時45分〜各30分)
  1. 「大阪における明治期盲唖教育史」
       近畿聾史研究グループ 新谷嘉浩氏
  2. 「インクルーシブな学校秩序の構築過程に関する社会学的探求
     ―小学校における全盲児の学級参画と支援の組織化を中心に」
       大阪市立大学都市文化研究センター研究員 佐藤貴宣氏
  3. 「中村京太郎と普選−昭和3年の『点字大阪毎日』によるアンケート調査を中心に」
       関西学院大学人間福祉研究科研究員 森田昭二氏
    参加費 1000円(当日徴収) 
    主催  日本盲教育史研究会 
    後援  (予定)全国盲学校長会・日本盲人福祉委員会・毎日新聞社点字毎日
 
 
 

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posted by genjiito at 22:00| Comment(0) | 視聴覚障害

2015年08月03日

目にも止まらぬ早業でパスポートの写真を転送

 多忙を極める息子のパスポートを、代理人となって申請しに行きました。

 あらかじめインターネットで提出物を確認し、旅券事務所にも電話をして、必要な書類はすべて整えて行きました。

 順調に確認が進み、なんとかなりそうなので安堵しかけた時でした。すべてのチェックが終わらない内に、写真に不備があるので受理できないとのことです。

 申請の案内パンフレットに記されている、次の項目に該当するためだそうです。


(不適当な写真例)
眼鏡のフレームや髪が目にかかっている


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 これくらいで?、と言っても聞き入れてはもらえません。
 確かに、眼鏡のフレームが黒目に被さっています。

 今日の受理だと今週7日(金)の受け取り、明日だと10日(月)の受け取りです。
 何としても、今日中に申請を終えたいのです。
 気持ちは逸ります。

 問題は、写真をどうするか、ということ1点です。
 写真アプリのフォトショップを使って、眼鏡のフレームをずらそうかと思いました。しかし、手元にパソコンがありません。今日の受付終了まで、あと2時間です。

 人間、追いつめられると名案が浮かぶものです。
 すぐに息子にメールを送りました。
 事情を説明して、私のiPhoneのメッセージ宛に、眼鏡を外した写真を送るようにと。

「png データでいい?」
「いや jpeg で!」

 こんなやりとりをしながら、写真が届くまでに、私は駅前にあるヨドバシカメラに移動して、プリントサービスコーナーで待ちました。

 やがて手元の iPhone に届いた写真を見て、ヨドバシカメラの方いわく、余白がもっとほしい、とのことです。急いでいる時なのに、わがままな注文です。

 再度撮影して送られて来た写真は、今度は大丈夫でした。
 すると今度はヨドバシカメラの方が、この写真をiPhoneのカメラロールに保存してほしい、とおっしゃいます。
 これまでにやったことのない操作だったので、戸惑っていると、目の前にあるスマホ売り場で教えてもらえるので今すぐどうぞ、とのことでした。
 この担当者は、iPhoneの操作は得意ではないようです。

 それにしても、ここは本職がカメラやパソコンやネットワーク屋さんなので、何でも教えてもらえます。総合病院に入って意味不明の病気を診てもらっている気分です。

 走って携帯電話売り場へ行き、暇そうにしている店員さんを捕まえて聞きました。すると、即座に、メッセージに届いた写真を「画像を保存」にするとカメラロールに収納される、とのことです。
 確かに、無事にカメラロールに保存されました。

 またプリントサービスコーナーに走って戻り、ずらりと並んだ端末の一つでプリントの操作をしてもらいました。このコーナーには、こんなマシンが30台近くも並んでいました。


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 実際に操作をするマシンには、iPhone の端子が取り付けられています。
 iPhone からのプリントが多いのでしょう。それなら、店員さんもしっかりと iPhone の操作方法を覚えておいてほしいものです。
 もっとも、コンマ秒を争う事態に直面している私は、とても面と向かっては言えないことです。


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 読み込まれた写真データは、お店の中の別の部署で画質調整や大きさを、手作業で微調整されるようです。特注扱いです。
 しばらくすると、パスポート用のサイズで出来上がってきました。

 印画紙に2枚印刷されていて、料金は540円でした。

 それを持って、旅券センターへと走って戻ります。とにかくスピーディーに対処できたこともあり、楽々間に合いました。
 もっとも、受付が長い行列となっており、大分待たされましたが。

 申請書の最終確認をしていただいていたとき、それまでにいろいろと相談に乗ったり、心配してくださった2人の職員の方が、間にあってよかったですね、と優しい微笑みを投げかけてくださいました。お2人共に、とても今日間に合うとは思っておられなかったのです。
 よくぞ間に合いましたね、やったね、という顔で一緒に喜んでくださっていることがよく伝わってくる、満面笑みのお2人でした。優しいお気遣いに感謝です。

 隣で申請書類のチェックを受けておられた学生さんは、前髪が目にかかった写真なので撮り直しを指示されていました。また明日ということになり、がっくりとうなだれて帰って行かれました。
 パスポートの写真は、なかなか厳しい基準で見られているようです。

 それにしても、電光石火の早業とはこのことです。
 ネットが使えるからこその離れ業です。
 私も息子も、ネットワーク活用が仕事の中心なので、こうして不可能が可能となったのです。
 便利な時代になったものです。
 そして、何事も諦めてはいけない、ということを学びました。
 努力はきっと報われるのです。続きを読む
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ◆情報化社会

2015年08月02日

啓発と刺激を後で思い起こすための会合メモ

 このところ、多くの方のお話を伺う機会に恵まれています。
 研究発表や講演やシンポジウムを聞くと、その内容を理解しようとして真剣に耳を傾けます。
 自分が知らなかったことや、物の見方や考え方の開陳は、後に新たなひらめきにつながることが多いので、積極的に参加するようにしています。
 新たなネタの獲得や論理構築において、外部から注入されて啓発を受けた快感は知的刺激に満ちています。折々に思い出すことで、自分の栄養となっています。

 この猛暑の日々の中で、そうした場に身を置くことが重なったので、充実した夏となっています。
 もっとも、すぐに語られた内容を忘れてしまいます。
 ふっと断片を思い出しては、いつ、どこで、誰から受けた情報に端を発していることなのか、あれこれと思いをめぐらすことも多くなりました。一応自分では、加齢に伴う思考と情報の混乱だ、と思うことにしています。

 そんな時のためにも、発表題目や講演題目、そしてディスカッションのテーマなどを記録しておくことが、意外と後日役立つことがあるのも事実です。
 そんな意味からも、先週参加した集まりのプログラムを摘記して、備忘録の1つとしておきます。
 あまりにも多くの情報が行き交ったので、今ここに整理する暇がないことも一因です。
 あくまでも自分自身のための、文字を羅列しただけの無粋な情報です。
 

「表記の文化学 第2回 研究会」
 研究代表者:入口敦志
■日時 平成27年7月31日 午前10時半〜12時
■場所 国文学研究資料館・第4会議室(南館3階)
■研究発表
  金子祐樹 「全一道人と行実図系教化書の比較研究」
 
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第1回 日本語の歴史的典籍国際研究集会
「可能性としての日本古典籍」
■日時:平成27年7月31日(金)〜8月1日(土)
■場所:国文学研究資料館大会議室
 
◎7月31日(金)
13:30 開会の挨拶 今西祐一カ
13:35 機構長挨拶 立本成文
13:40 来賓挨拶 文部科学省
13:45 趣旨説明 谷川惠一
14:00〜15:00 基調講演「古典籍共同研究とオープンサイエンス」有川節夫
15:20〜16:50 パネル1「古典籍研究の近未来」
 座長 山本和明
  報告1 寺沢憲吾
  報告2 橋本雄太
  報告3 北本朝展
  報告4 永崎研宣
 討議司会 後藤真
 
◎8月1日(土)
10:30〜12:00 パネル2「総合書物学への挑戦」
 座長 谷川惠一
  報告1 陳捷
  報告2 落合博志
  報告3 入口敦志
 ディスカッサント ルーカ・ミラージ/飯倉洋一/小林一彦
13:00〜13:50 講演「国際共同研究の意義--古活字版の終焉に向けて」
       ピーター・コーニツキー
14:00〜15:30 パネル3「紀州地域と寺院資料・聖教--延慶本『平家物語』の周縁--」
 座長 大橋直義
  報告1 宇都宮啓吾
  報告2 中山一麿
  報告3 牧野和夫
 ディスカッサント 佐伯真一/藤巻和宏/舩田淳一/牧野淳司
15:40〜17:10 パネル4「キリシタン文学の継承:宣教師の日本語文学」
 座長 郭南燕
  報告1 李梁
  報告2 陳力衛
  報告3 李容相
  報告4 ケビン・ドーク
 ディスカッサント 北原かな子/申銀珠/谷口幸代
posted by genjiito at 23:40| Comment(0) | 古典文学

2015年08月01日

古写本『源氏物語』が触読できる全盲の渡辺さんとの一日(2)

 福島県立盲学校の渡辺先生に、日比谷図書文化館の翻字者育成講座に参加していただきました。

 最初の1時間は、私が昨日のブログに書いたように、ハーバード本「蜻蛉」の14丁裏から15丁表の見開き1丁分を読みました。

 この講座は、鎌倉時代の写本を翻字することに眼目があるので、読むというのは物語本文の内容ではなくて、書写されている本文である変体仮名の文字だけです。しかし、これがなかなかコツが必要なことなのです。

 渡辺先生は最後列にいらっしゃいました。しかし、私の科研を手伝ってもらっている関口さんが隣で介助をしてくれていたので、いつもの速さで、いつもの調子で文字を判読する上での注意事項などを説明していきました。
 まさに、昨日のブログの通りです。

 1時間ほどで見開き1丁分を確認してから、渡辺先生に前に出て来ていただきました。そして、自己紹介をしていただいてからは、私が質問をしたり、渡辺先生に今日の感想などを話していただきました。

 なかなか聞く機会のない話なので、受講生のみなさんも興味深く聴いておられました。
 多分に、渡辺先生の語りがうまかったこともあります。
 何人かから、積極的な質問も出ました。

 それにしても、一口で古写本が触読で読める方だと紹介しただけでは終わらない、一人の人間として魅力に満ちた話でした。
 これからも末長くお付き合い願える、得難い仲間であることの確証を得ました。

 3人の子育てで右手が生活の手となってしまったために、触読する際には左手が貴重だ、という話は共感をもって伺いました。生活の中に触読があるのです。趣味の世界ではないのです。
 そこに、今回のように思いもしなかったとおっしゃる古写本の触読を体験され、渡辺さんにとっても大きな一歩を踏み出されたことになります。

 こうしたことを教えていただき、私もお役にたったことを知り、またお話を伺うことで少し成長したように思います。

 横で介助をしてくれていた関口さんは、私が翻字を進めている間、指はしっかりと該当する文字を押さえておられたことを語ってくれました。
 しっかりと、私の説明のペースに合わせて、手が動いていたとのことです。

 これは、ご本人も、説明を聞きながら触読していたので、非常にわかりやすかった、との感想を述べておられました。
 やはり、この触読の習得システムには、音声によるガイドは必要不可欠のようです。

 私の字母についての説明を聞きながら、しだいにさまざまな変体仮名の字母を思い出した、ともおっしゃっていました。変体仮名に関する知識というよりも、書道をなさっていたことが効果的に習熟を早めているようです。

 渡辺先生は、日に日に変体仮名を触読する精度も速度も向上なさることでしょう。
 そして、ますます古写本を触読する楽しさを獲得なさることでしょう。
 文化の共有ということでも、貴重な心強い仲間の参加となりました。

 とにかく、全盲とはまったく思われない姿でありお話でした。
 前向きに生きておられるからこそ、こうした姿勢が私どもに伝わってくるのでしょう。
 それがひいては、受講生のみなさまに、強烈なインパクトをもって受け入れていただけたようです。

 講座が終わってから、受講者の方から、録音をしておられなかったのですか、という問い合わせをいただきました。残念なことに、そのような準備をしていなかったのです。
 受講生の多くのみなさまには、多大な好ましい影響があったようです。

 またとない、得難い時間をみんなで共有できたことは、企画した者としても嬉しいことでした。
 また、機会があれば、このような場を設定したいと思っています。

 その後、何人かの方からのメールで、啓発される貴重な時間であったことを伝えてくださいました。受講生のみなさまにとっても、翻字の勉強を続けて行かれる上で、いい刺激となったようなのでほっとしています。
posted by genjiito at 22:44| Comment(0) | ◆源氏物語