2015年05月20日

読書雑記(127)琳派400年で鳥越碧『雁金屋草紙』を読む

 鳥越碧氏の『雁金屋草紙』(講談社文庫、1993.9)は、1994年4月に読み、力作だったとのメモを記していました。

 今年は、琳派400年。本阿弥光悦が京都洛北鷹峯に「光悦村」をひらいてから400年です。
 さらには、尾形光琳没後300年でもあります。
 再来週の6月2日には、光琳300年を記念して、ゆかりの妙顕寺で「大光琳祭」が開催されます。

 こうした催しの詳細は、小冊子『琳派四百年記念祭イベントガイド・初夏号』(琳派400年記念祭委員会、2015.4)をご覧ください。


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 本阿弥光悦、俵屋宗達、尾形光琳・乾山、酒井抱一等々。
 京都ではさまざまな催しが行われています。
 そのような中で、鳥越氏のデビュー作『雁金屋草紙』が印象深い作品だったことを思い出し、急遽再読しました。


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 本作は、第1回時代小説大賞(1990年)の受賞作です。満票で受賞が決まったということなので、作者は最初から幸運な作家として始動したのです。
 本作を読み終わってすぐに、第3作である『後朝 和泉式部日記抄』(講談社、1933.10)を読んでいます。これは、また後日取り上げる予定です。

 さて、『雁金屋草紙』です。
 「うなじに雨を感じて、奈津は顔をあげた。」
と始まり、しっかりとした文体で綴られる物語です。
 情感豊かな語り口に、次第に引き込まれていきました。

 この第一章第一節が、最後までこの物語の通低音として響いていました。
 感動とともに本作を読み終わってから、また、この巻頭部分を読んでしまいました。完成度の高い仕上がりです。

 最初は巻末の家系図を見ながら読み進みます。しかし、次第に人間関係がわかると、後は一気に読めました。表現力のある、筆の力を感じる文章で語られていきます。

 寛文11年端午の節句の夜、青い月光を浴びながら市之丞(後の光琳)と奈津が、築山の心字池で夜空を見上げて言葉を交わす場面が、ことのほか印象深く残っています(74〜76頁)。


「奈津、起きとるのか」と、庭の方から低く呼ぷ声がした。
 急いで小袖を重ねて戸を開けると、まだ白装束のままの市之丞が、青い月光を浴びて立っていた。
「なんや、眠れへんのや」
「はあ、うちも」
「そこら、歩いてみいへんか」
 そう云って、市之丞は築山の方へ背を向けた。
 奈津は縁下の庭草履を履き、小走りに追った。
 老松の上にゆったりと夜の雲が流れ、心字池には月の光をうけて、小波がきらきらと光っていた。
(中略)
 奈津は夜空を見上げた。
 小さな星がいくつも煌めいていた。
「奈津、儂、約束するわ。いつかきっと光悦に負けん仕事したやるわ」(74〜76頁)


 感動的な話の背後に、秋の夜の月の光が配されているのです。

 全編、奈津の思いと生きざまが、市之丞(光琳)を背景に置いて克明に語られます。温かい眼差しで、寄り添うように言葉で紡がれる奈津という女性の内面が、大事なものを届けるように読者に伝わります。

 人真似ではなくて、自分というものを探し求める奈津です。

 光琳のことばに、「狩野派の血筋でもない一介の町絵師」(159頁)とあり、そこにかつて私がこの文庫本に引いた赤線が、何箇所かにありました。


「町絵師云うんはな、幕府の御抱えの狩野派の人らとは違うんや、じっと待ってて仕事のくるもんやないんやで」(183頁)
 
「町絵師云うんは、お抱え絵師と違うて不安なもんやなあ」(203頁)
 
「『躑躅図』も狩野探幽への尊敬が露わに出て、兄様も江戸で何かを捉えはったようや、と見るお方もおいでやそうどすけどな。先日は、狩野尚信の『瀑布図』に竜を加筆し、今は時間をみつけては『波濤図』をお好きなままに描いてはるようどすけど」(218頁)
 
「光悦に宗達に、探幽、山楽にかて勝ってやるぞ、」(247頁)


 前回本作を読んだとき、ここに赤線を引いたのは、その年の春に「パリで『探幽筆 三拾六哥仙』を見つけた」直後だったことが関係しています。
 狩野派の絵のことが頭にあり、その視点で本作を読んでいたのです。今回は、琳派の視点から読んでいるので、それこそ本筋を読もうとしている自分を意識して読み進めました。
 琳派400年だからこそ、こうして読んでいるのでした。

 また、お茶を教えるシーンなどは、自分が茶道を実際にするまでは、何にも考えずに読み飛ばしていたところです。それが、そのくだりを何度も読んでは、お作法を確認している自分がいるのに驚きました。
 本の読み方が変わってきたようです。


 茶筅を茶碗から出して、水指の前に置き、お衣音は両手を膝に揃えて、思案している。
「お茶碗をお引きやして」
「ああ」と、はにかんで笑う。
「……回半……」と、思わず声に漏らして茶碗を拭き、棗に手を伸ばしかけて、急いで茶巾を釜の蓋へ置き、茶杓を取る。その両手の右往左往するのも、そこに、少女なりの一生懸命な様が見てとれてほほえましい。
 ようやくお茶を点て、お茶を出した後に両手を膝に八の字に開いて、背筋を伸ばし正面を視つめている様子は、幼い清潔感が表われ出て、奈津は「ああ、市さまのお小さい頃にそっくりや」と眼を細めた。
 お衣音の中に、一樹院をお佐和を光琳を回灯籠のように見て、それが現実に、一人の少女として存在することが不思議な気がした。
 仕舞にかかったお衣音は、茶杓を清めた後で、建水を下げるのに気がついた様子で、
「忘れていましたわ」と笑いながら、舌先をちょっと見せる。
「お舌などお出しになって、あきまへんえ」と、奈津が注意すると、
「へえ」と、素直に頷いた。
 奈津はこうしてお衣音にお茶を教える機会の与えられたことを、つくづく感謝していた。(206〜207頁)


 光琳といえば、『燕子花図屏風』が有名です。その話を、確認しておきます。


「奈津、行こうか、弁当持って来たんやろ」振向いた笑顔は屈托がなかった。
「奈津、儂なあ、この小川のせせらぎのように燕子花を描いてみるわ」
 先を歩きながら光琳が云う。
「せせらぎのように?」
「西本願寺はんへお納めする屏風絵にな、伊勢物語の八つ橋のな、燕子花を描きたい思て写生してたんやが、今ひとつ位置づけに迷うてたんや」
「…………」
「それがな、こう波のようにな、右から左へ右から左へずうっと調べを奏でるように流してみるんや、どうや」
「へえ」
「こう、こう流れていくんや」
 右手を高く低く、高く低く丘陵を描くように泳がせる。
「紫の風の調べどすな」
「そうや、そうやで、紫の風や、なんやうずうずしてくるなあ」
「爽かな調べどすやろなあ」
「うむ、早よ弁当食うて、描きたいわ」(189頁)


 続いて、下鴨神社と関連してよく知られる『紅白梅図屏風』が完成した場面も引いておきます。


「どうや」光琳が奈津を振り向く。
「あかんか?」と、光琳が笑う。
 悪感が奈津を襲った。奈津は狼狽えた。光琳が手の届かぬ、遠い彼方へ行ってしまったと。
 それは、奈津が今までに一度も見たことのない斬新な構図で描かれた、紅白梅図であった。金箔の上に、向って右に紅梅、左に白梅が力強く根を張る。その間を中央に、早春の雪解け水を集めて、銀地に群青の水流がえも云われぬ迫力でうねり流れる。そのうねりに負けじと、左から右から、白梅の老樹が紅梅の若さが存在を競う。白梅の幹の確かさ、紅梅の枝の鋭さ、水流の豊かなうねり、水紋の激しさ、一つ一つが己れを主張しながら、いつしか、紅梅、白梅、水流は自然に一体となって見る者を稔らせる。
 たらし込みの技法で描かれたあくまでも写実的な紅白梅図に、図案化された水流が、互いに効果をあげて迫り、その中に、紅梅、白梅の花弁が優しさを誇る。かつてどの絵師が、このような勝負を挑んだであろう。
「どうや?」と光琳がまた聞く。
 両眼が愉しそうに動く。
「光琳様……どす」
「うん?」
「……これは……光琳様どす」
 そう呟いて、奈津は頷いた。(273〜274頁)


 読み終えて思い返し、各章各節の結びがきれいに語り納められていることに思い至りました。
 丁寧に語っている傑作の1つです。【5】
posted by genjiito at 23:40| Comment(0) | ■読書雑記