2015年05月06日

読書雑記(125)山本兼一『命もいらず名もいらず 下 明治篇』

 山本兼一の『命もいらず名もいらず』の後半です。


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 次の文章で始まります。


 日本の国が、混乱を深めている。
 攘夷と開国のはざまで、さまざまな軋みが生じている。
 それこそは、明治という新しい時代が生まれるための陣痛であったが、渦中にいる者は、ただ痛みを感じるばかりだ。
 時代が変転し、人々が右往左往するなか、山岡鉄太郎はまるで変わらない。日々、ひたすら剣に励み、坐禅をくみ、書をしたため、仲間と議論し、大酒を呑む。
 そして、あいかわらず貧乏である。いや、ますます貧乏になった。(10頁)


 江戸時代が明治時代となり、徳川から朝廷へと実権が移ります。それに適合できる人と、できない人の思いや動きが、丹念に描き出されています。徳川慶喜の心の中と姿も、あるがままに活写されていくのです。

 勝海舟の言葉遣いが、ことさら江戸言葉になっています。「ねえやな。」「ねえぜ。」「ねえよ。」等々。西郷隆盛も、清水次郎長も、お国なまりを強調しており、それらしい人物が浮かび上がります。作者は、この時代の多彩な人々を描き分ける上で、言葉遣いに相当気を配って描写しているようです。
 次郎長は漢字が読めないのでひらがなだけだった、という興味深い逸話も、時代背景としておもしろいと思いました。

 人間、持ち前の度胸や度量がいかに難局を救うかが、よく伝わってくる話の展開となっています。
 時代の大きなうねりが、鉄舟とその周辺を通して克明に語られていくのです。

 静岡の荒地に江戸から入植した者たちがお茶を栽培する話は、その経緯からして興味深いものがありました。明治2年の牧之原での話です。かつて私が東名高速道路を走って通りかかった時、このことにはまったく気付きませんでした。こうしたことを知れば認識が深まり、その理解が拡がっていきます。

 西郷さんが大きく描かれていました。ただし、その人間像にまでは及んでいません。作者は、桁外れに大きな人間を描くのは苦手かもしれない、と思いました。持て余し気味のように感じたからです。

 また、銀座4丁目角にある木村屋のあんぱんの話は、その前をよく通るだけに意外な接点を知りました。今度行ったら、看板をよく見てきましょう。

 巻末部で印象に残ったことは次の2箇所です。

(1)鉄舟にとって、人間がよって立つべき法は、「嘘と泥棒はせぬこと」という2つだけだった。(544頁)
(2)鉄舟は、胃に穴が開いたために腹膜炎で亡くなった。(571頁)

 (1)には私も同感です。確かに、これだけで人の交わりは円滑にいきます。
 (2)は、私が45年前に体験したことです。もし今の医療技術があれば、鉄舟もまだ活躍できたのです。

 本書は、山岡鉄舟というゆったりとした人物を据えて、明治という一大変革の時代を読み物として語ってくれます。過去を切り捨てがちな風潮に、人間を通して再評価を迫った作品として結実しています。山本兼一が描く人物は、しだいに角が取れていくところに特色があるように思いました。【4】
posted by genjiito at 23:14| Comment(0) | ■読書雑記