2014年07月31日

国語研の米国議会図書館蔵『源氏物語』の公開アドレス変更

 国立国語研究所の高田智和先生より、米国議会図書館本『源氏物語』の翻字校正作業が終了したとの連絡をいただきました。
 今後は、2016年3月までは、国語研究所の共同研究プロジェクト「文字環境のモデル化と社会言語科学への応用」の枠内で、公開サイトのメンテナンスを続けていくそうです。
 この翻字本文について、何かお気づきのことがありましたら、本ブログのコメント欄に連絡をいただけると幸いです。

 また、国語研究所内のサーバー移転にともない、翻字公開サイトと画像公開サイトのアドレスが変更になっています。


米国議会図書館蔵『源氏物語』翻字本文
http://textdb01.ninjal.ac.jp/LCgenji/
 
米国議会図書館蔵『源氏物語』画像(桐壺・須磨・柏木)
http://dglb01.ninjal.ac.jp/lcgenji_image/


 このサイトにアクセスしたことのある方は、お手元のアクセス先の変更をお願いします。

 この海を渡ってワシントンにある古写本『源氏物語』54巻に関することと、その翻字や画像の公開については、以下の記事にまとめています。
 
「米国議会図書館本「桐壺・須磨・柏木」の画像と翻字が公開される」(2014年02月18日)
 
 また、その後の米国議会図書館本『源氏物語』の調査については、次のブログで報告しています。
 
「米国議会図書館と新規開店のお寿司屋さん」(2014年03月07日)
 
「米国議会図書館本『源氏物語』54巻全丁に目を通す」(2014年03月08日)
 
 米国ハーバード大学にある、海を渡った古写本『源氏物語』については、昨秋と今春刊行した、次の2冊の本で容易に確認できるようになっています。

『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(伊藤編、新典社、185頁、2013年10月)

『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「蜻蛉」』(伊藤編、新典社、210頁、2014年6月)

 今回の高田先生のご努力によって、ワシントンの議会図書館に収蔵されている『源氏物語』についても、ネットで翻字と画像が確認できるようになったのです。

 『源氏物語』の本文研究は、こうして一歩ずつ前に進み、その環境も整備されています。
 一人でも多くの方々が、この本文資料を有効に活用していただけることを願っています。
posted by genjiito at 22:41| Comment(0) | ◆源氏物語

2014年07月30日

海外における『源氏物語』の論文検索閲覧システムの試験公開

 現在取り組んで科研「海外における源氏物語を中心とした平安文学及び各国語翻訳に関する総合的調査研究」のホームページ「海外源氏情報」に、研究成果としてさまざまな情報を整理して公開しています。

 過日は、「『源氏物語』翻訳史」(2014年7月8日)を公開しました。

 昨日、「海外『源氏物語』論文」(2014年7月29日)を公開しました。
 これは、世界各国で発表された『源氏物語』に関する研究論文のリストです。ここからダウンロードできる論文は、順次増やしていきますので、しばらくお待ちください。

 検索の一例として、「言語:すべての言語」「分野:源氏物語」にチェックを付けた場合の結果を表示した画面をあげます。


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 現在は、『海外における日本文学研究論文1+2』(伊藤編著、国文学研究資料館、303頁、2006(平成18)年)に収録した論文を登録しています。これは、今後とも増補していきます。

 検索機能についても順次追加強化していく予定です。

 みなさまからいただくご意見を参考にして、使い勝手のいい論文検索閲覧システムに仕上げていきたいと思います。
 遠慮なくご意見をお寄せください。
 ご協力を、よろしくお願いします。
posted by genjiito at 22:48| Comment(0) | ◆源氏物語

2014年07月29日

突然に診察打ち切りとの通告を受けて

 今日の北山は、連日の暑さが一休みとなったこともあり、きれいな山並みを見せていました。


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 京大病院での検査や治療が続いています。今日は、首から上を診ていただきました。

 特に眼科では、新しい研究テーマへの協力を依頼され、病院とは同意書を交換しています。そのような経緯があるので、自分の眼を実験台として提供していることで「何かお役にたつのならば」という気持ちから、病院との連帯意識を持っています。

 しかし、今日の診察が終わってから担当された女医さんは、特に問題もないし、これまでの観察から何も異常がないようなので、今後は町の眼科で何かあれば診てもらえばいいでしょう、とのことでした。そして、次回の予約も必要ないとのことでした。

 あれっ、と思いました。同じ言葉をかつて聞いたからです。
 その事は、「心身雑記(92)招かれざる患者となる」(2010/10/22)で書いた通りです。

 またまた、「招かれざる患者」扱いをされてしまいました。

 先生のおっしゃることは理解できます。特に問題がないのだから、これくらいなら町医者で、ということなのです。
 折しも、国からは、紹介状を持たずに来院する患者の初診の負担は増額する、という方向性が打ち出されています。大病院が混雑している現状を改善するために、町医者で十分な患者は遠ざけよう、という、無用な患者の追っ払いという方針なのです。
 大きな病気や難病及び緊急治療の成果をあげるために、緊急性を要しない患者は町医者へ、ということです。「掛かり付けの医者を推進する」という、きれいごとでごまかそうとしているのです。

 確かに、高度医療技術を持つ大病院は、町医者でも対応できる患者はあまり来てほしくないようです。しかし、安心して高度医療が受けられる権利は、誰しも持っているはずです。特に、医療が専門ではない一般の我々は、ややこしくならない内に、早期の対処をしたいのです。もし万が一大変なことになっても、大病院ならば何とか一命を取り留めてもらえる、という期待もあります。町医者の検査不足や誤診やたらい回しが一番いやなのです。

 そのこととは別に、今回の私の眼科の受診に関しては、「京大病院の未承認医療機器の実験に参加する」(2013年07月30日)で詳しく書いたように、私の身体のことだけではなくて、これからの医療に協力するということが病院側との約束の中に含まれています。

 また、この実験に協力するにあたっては、以下のような経緯がありました。


 今回の臨床研究は、新しい医療機器の有用性を調べるためのものでした。
 あらかじめ、京都大学医学部付属病院の倫理審査委員会において、参加する患者の人権の保護と安全性と科学性に問題がないかを審査し承認されたものだ、とのことです。


 臨床研究への参加を打診され、それを承諾したのです。
 しかし、今日は突然の診察打ち切り、とでもいうべきものが提示されました。

 今回は、いつもの先生ではなくて女医さんでした。私は女医さんとは相性がよくありません。東京での糖尿病の治療方針でも、女医さんは糖質制限食に関してはまったく聴く耳を持たないという姿勢だったので、胃ガンの手術を契機に病院を変えました。

 今日の眼科の先生のおっしゃることは、国の方針である、特に問題のない患者の排除という指導に従ったものなのでしょう。そうすると、昨年私が「未承認医療機器の実験に参加」という同意書を交わしたことは何だったのでしょうか。あの実験はもうなかったことにする、ということを、何の説明もなしに通告されたのです。

 よくわかりません。私は好意から、何かのお役に立つのであれば、という気持ちで、病院側からの提案に同意し協力しました。しかし、今日突然にもう来なくてもいいので何かあれば町医者に、というのは、どう考えても不可解です。

 かといって、病院に何かを言うつもりはありません。しかし、このような自分勝手なご都合主義で患者をあしらうことを続けていると、患者からの協力は次第に得られなくなることは必定です。

 患者から言うのも変ですが、もっと患者を大切にした病院経営をしてほしいと思いました。
 そんな私の気持ちがわかってか、帰りに見えた北山は、少しどんよりしていました。


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posted by genjiito at 22:37| Comment(0) | 健康雑記

2014年07月28日

転居(7)「源氏物語余情」1996年7月分

 「転居(6)」を受けての、〈旧・源氏物語電子資料館〉の記事「源氏物語余情」の引っ越しです。

 今回は、1996年7月分です。
 今から18年前の『源氏物語』に関する情報を、ここに記録として留めておきます。
 この時期は、春先の仕事が結実することもあり、盛りたくさんの報告となっています。
 
 
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◎(28)96.7.2 〈Director〉というソフトウェアをご存じですか。
 その〈Director〉のマニュアルの説明は、能楽の「野宮」をアニメーションムービーにしていく全過程を取り上げ、実際に体験しながら理解するようになっています。『源氏物語』という文字を黒木の鳥居の間に入れる方法などが書かれていて、古典に親しみながら操作方法が理解できます。
 サンプルムービーの「Noh Tale to Tell」は、『源氏物語』のエピソードを題材にした、オリジナルのストーリーブックです。テロップがすべて英語になっており、なかなか楽しめる古典教材となっています。『源氏物語』の知識もふんだんに取り入れてあります。
 文科系の人には、この手法でパソコンやこの手のソフトウェアを理解してもらうに限りますね。
 現在、『源氏物語』を中心とした、各種索引や事典を作成中です。
 マルチメディアタイトルとして、こうしたソフトを活用して背景や展開を考えることによって、またひと味ちがったものにしていきたいと思います。
 この〈Director〉は、マルチメディアタイトルを作成する時に使用するものです。Windows版とMacintosh版の両方に対応しています。プロ仕様となっている上に、20万円弱という価格なので、手にするには気後れしますが、一度ご覧になってはいかがでしょうか。
 
◎(29)96.7.12 〈源氏物語電子資料館〉のオープニングメッセージを変更しました。英文を大幅に変え、日本語は簡略にしました。
 といいますのも、最近、海外で本資料館をご覧いただいた方から、日本語が表示できないシステムなので文章は読めないが、美しい絵をありがとう、というメッセージをたくさん頂戴するようになりました。日本の古典文学である『源氏物語』に興味を持たれる海外の方は、日本語が読める方が多いようです。しかし、ご自身のパソコンに日本語を表示するシステムまでは組み込んではいらっしゃいません。
 私のホームページは日本語だけで情報を発信しているために、シャパニーズ・ランゲージ・キットをセットしておられない海外の多くの方々には、画像は表示できても文章はでたらめな記号として表示されるだけなのです。せっかく『源氏物語』に興味を示してくださったにもかかわらず、ソフト上の制約のために内容を読んでもらえないことに対して、本当に申し訳なく、何かよい方法はないものかと思案していました。
 そんな折、Waterloo大学の3年生で現在鳥取大学に留学中のKa-Ping Yee氏が、〈Shodouka〉という素晴らしい小道具をインターネット上に提供しておられることを知りました。これは、日本語に対応していないパソコンであっても、日本語のホームページをそっくりそのまま画像にして即座に表示する、というものです。
 これで、世界中の人が日本語の表記による画面を写真として見ることができます。無料で利用できるので、海外の人々とのコミュニケーションを保つ上でも、価値のある助っ人です。みなさんも、このようなサイトがあることを明示して、どしどし日本語で情報を世界に発信しましょう。
 ご教示いただいたダニエル・ロング氏に、この場を借りてお礼申し上げます。
 
◎(30)96.7.14 日本文学に関わる人の必読書とでもいうべき本が刊行されました。
 『セミナー[原典を読む]8 文科系のための情報検索入門 パソコンで[漱石]にたどりつく』(安永尚志著・国文学研究資料館編、平凡社、1996.7、\1,600)は、パソコンを活用した情報検索術を説いた、これからの人のための優しい手引き書となっています。文学とデータベースに興味をお持ちで、パソコンとの連係プレーに思いを致しておられる方のご一読をお薦めします。
 第7章の「◆文学散歩−源氏、子規、ホームズ、詩」の項では〈源氏物語電子資料館〉が紹介されています。ありがたいことです。
 本〈源氏物語電子資料館〉は、あくまでもパーソナルな立場からの情報発信ではありますが、その特性を生かしたホームページとなるように、今後とも継続して『源氏物語』情報の更改をしていきたいと思います。
 
◎(31)96.7.17 『源氏物語』のことをまとめたCD-ROMが発売されます。
 あらすじ・名文場面・国宝絵巻・六条院などが、ナレーションや写真・イラストなどで紹介される構成となっているようです。発売日は8月2日で、上下二巻、各6000円、発売元は富士通ソーシアルサイエンスラボラトリです。(ASAhIパソコン、1996.8.1号より)。
 
◎(32)96.7.19 紫式部の越前下向1000年を記念する行事として、京都府宇治市から福井県武生市への、旅と儀式の再現計画があるそうです。
 紫式部役も募集中(武生市千年祭事務局)。日程は、10月10日から2泊3日です(朝日新聞、1996.7.18付より)。
 
◎(33)96.7.27 『本文研究 考証・情報・資料 第一集』(伊井春樹編、1996.7、和泉書院、\3,605)が創刊されました。
 作品研究の根本となる本文の重要性を再認識し、さまざまな考察と読みの可能性を展開していくものとして期待されています。第一集は、『源氏物語』の特集となっています。

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■古典文学の基本である本文について、徹底的な考証を通じて、作品の新たな読みの可能性を探り、一つ一つの表現されたことぱの背景やその広がりとその意義をたどっていく。さらに、近い将来訪れるであろう、電子図書館や電子出版をも念頭におき、メディアと本文との関わりについても積極的に提言していく。(裏表紙より)
〈目 次〉
研究編
・松尾切(源氏物語歌集)考 ー抄出の方法と依拠本文 付、源氏物語和歌抄切拾遺ー 伊井春樹
・源氏釈所引「源氏物語」本文について ー「夕顔」「若紫」ー 渋谷栄一
・保坂本源氏物語の本文の一性格 ー朝顔巻の別本をめぐってー 中村一夫
・陽明文庫本源氏物語青表紙系本文の仮名遣い ー「お」と「を」の仮名遣いー 井藤幹雄
・コンピュータ上の図書巻末索引の自動作成 谷口敏夫
資料編
・国冬本源氏物語1(翻刻 桐壷・帚木・空蝉) 伊藤鉄也・岡嶌偉久子

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posted by genjiito at 22:36| Comment(0) | ◆源氏物語

2014年07月27日

大和桜井で伊井春樹先生の講演を聴く

 奈良県桜井市は、古代史ファンにとっては聖地でしょう。箸墓古墳や邪馬台国などなど、語り尽くせないほどのネタが点在しています。

 奈良に住んでいた頃、お正月になると我が家の初詣はこの桜井市にある安倍文殊院でした。子供たちの成長を願うというよりも、振る舞われるお雑煮ほしさに行っていたようにも思います。

 今日は、「第48回 茶道文化講演会」が、茶道裏千家淡交会奈良支部主催のもと、桜井市民会館でありました。この大和王朝の地に降り立つのは久し振りです。

 駅前には、仏教伝来、相撲発祥、芸能創生、万葉集発燿という、4つのスローガンを掲げたモニュメントが建っています。


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 みたらし団子屋さんの前には、こんな記念写真撮影用のパネルもありました。


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 お昼ご飯には、ご当地の名産である三輪素麺をいただき、歩いて10分ほどの桜井市民会館へ向かいました。


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 伊井春樹先生のお話は、「茶人としての小林一三 阪急文化創始者としての意義」でした。いつもの優しく語りかける口調で、時々笑いを誘いながら進みます。
 最近、島根県松江からの情報でわかった、一三(逸翁)自筆の俳句や、「一枝」と銘を付けた茶杓の話で始まりました。新鮮なネタで聴衆の心を摑まれます。

 一三最後の茶会である「第183回 芦葉会」の自筆会記が紹介されました。しかし、この茶会は、その前日に一三が亡くなったために中止となったのです。この時の道具が逸翁美術館に残っているので、それを写真で紹介しながら、一三の腹案を読み解いていかれました。
 特に、黒織部菫文の茶碗に描かれたスミレの絵を示された時、会場のみなさんはすぐに気付かれたのです。「スミレの花咲く頃〜」という、あの宝塚歌劇の歌のことです。
 それまでに、一三の功績を紹介され、阪急電車、東宝映画などなど幅広い活動の中で、宝塚歌劇団のことも詳しく述べておられたので、この茶碗のスミレは効果的でした。一三の思いが凝縮された一椀だったのです。

 来場者は600名くらいはいらっしゃったようです。みなさん、伊井先生のお話の内容が密度の濃いものだったので大満足のようでした。しかも、普段はなかなか聴けない、関西の大茶人逸翁の素顔が、わかりやすくていねいに語られたのです。茶道を心がける者にとっては、またとない機会となったことでしょう。

 伊井先生の講演の前には、檀れいさんによる逸翁美術館所蔵品などの映像紹介がありました。これは、『逸翁 雅俗の精華 小林一三コレクション』(ナビゲーター:檀れい、2,057円 税込)として、逸翁美術館で入手できます。


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 このビデオ放映も効果的だったので、明日以降、逸翁美術館に足を向けられる方も多いことでしょう。今回の講演共々、館長直々の広報活動ともなっていました。

 今日は、歴史・文化・芸道・文学・政治・経済と、幅広い分野を見渡して、小林一三という一人の男を浮き上がらせるお話でした。もっと伺いたいという思いが残りました。
 中でも、大正8年の佐竹本三十六歌仙の切断事件については、斎宮女御の話がおもしろかっただけに、みなさんもっと伺いたいとの思いだったかと思われます。時間があっての話なので、これはまたの機会に、ということです。
 私は、逸翁美術館所蔵の「佐竹本三十六歌仙切 藤原高光 伝藤原信実絵 伝後京極良経詞書」について、絵巻切断の結果、児島嘉助(古美術商)の手に入ったことに興味を持っています。それがどのような経緯で、逸翁美術館に収蔵されるようになったのか、ということです。これについては、後日調べます。

 また、今日のお話には、小林一三の政治家としての活動についてはまったく触れられませんでした。小林一三は、第2次近衛内閣の商工大臣、貴族院勅選議員、幣原内閣の国務大臣、初代戦災復興院総裁の経歴があります。こうしたことは、本日は茶人小林一三のお話なので、そのすべてを割愛なさったと思われます。このことについての伊井先生の評価を、いつか伺いたいと思いました。

 今日も、伊井先生は手元の原稿は見ずに、会場のみなさんを見て語りかけておられました。これは、いつも我々におっしゃっている、人前で話をするときの心構えであり、今も実践なさっていることです。
 そして、いつものように持ち時間ちょうどでお話が終わりました。これは、ストップウォッチで計っていてのことかと思われる、伊井先生の特技のひとつです。この、常人にはなかなか真似のできない神技は、今日も発揮されたのです。つい、私は腕時計を見ながら、心の中でカウントダウンをしていました。ちょうど90分、ドンピシャリでお辞儀をなさいました。続きを読む
posted by genjiito at 23:54| Comment(0) | 身辺雑記

2014年07月26日

京洛逍遥(333)下鴨神社の御手洗祭 -2014

 今年も、京洛の夏の風物詩となっている、下鴨神社の御手洗祭が始まりました。今日の京都市の最高気温は37.5度でした。

 平安時代以来、王朝人は季節の変わり目になると、罪や穢れを祓ってきました。今年は、7月25日から29日までの5日間、朝の5時半から夜の10時まで行われます。

 これまでに、御手洗祭のことは2度ほど取り上げました。

「京洛逍遙(95)下鴨神社の御手洗祭」(2009/7/21)

「京洛逍遙(152)下鴨神社の御手洗祭の足つけ神事」(2010/7/23)

 いつ来ても、夏の暑さを感じさせない、爽やかなお祭です。御手洗池から湧き出ずる水の清々しさが、気分をリフレッシュさせるからでしょうか。

 御蔭通りから糺の森の中を北へ伸びる表参道を望むと、出店が目に入りました。いつもとは違う賑わいがあります。


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 この期間は、静寂な森に活気が感じられます。葵祭のときの喧騒とは違う、気持ちが引き締まる緊張感とでもいうのでしょうか。さあ、今年もあと半分を無事に過ごせますように、と糺の森を歩くことになります。

 この森は、私の散策コースの一つに入っています。不思議なことに、真夏でも涼しい風が吹き通っています。千年以上もの長きにわたり、この糺の森を吹き渡る風は、古代の空気を送って来ているのです。

 馬場の横を流れる瀬見の小川越しに表参道を見ると、ひんやりとした風を受ける心地よさと共に、お祭の賑やかさも伝わってきます。


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 光琳の梅と輪橋の後ろにある御手洗池で、膝までを水に浸す「足つけ神事」がおこなわれています。これは、無病息災を祈るものです。


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 このテントの中で、灯明をいただき、そして御手洗池の浄水に足を浸けるのです。


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 右手前が細殿、その向こうに御手洗社、中央下に朱塗りの番傘がある場所が御手洗池、左端の鳥居の下に輪橋と光琳の梅があります。

 今は、一年の折り返し地点です。今年の夏もいろいろな診察を受けて、体調に気づかいながら鋭気を養い、後半へと向かって行くことになります。

 相当ペースダウンした日々を送っています。これでいいと思います。この調子を崩さずに、これ以上の無理をしないように心がけ、抱えている課題を一つ一つ着実に成果へと結びつけて行きたいと思います。

 やはり今年も、いつもの神頼みということになりました。
 鴨の御祖に、しっかりとお願いをしてきました。
posted by genjiito at 23:00| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2014年07月25日

千代田図書館の古書目録にあった古写本『源氏物語』

 千代田図書館で、古書販売目録の調査をしています。
 どのような『源氏物語』の古写本が市場に出ていたのか、楽しみにしながら目録のページを繰っています。
 しかし、『源氏物語』以外のいろいろと楽しい古典籍の市場での動きも見えるので、なかなか整理は捗りません。

 千代田図書館は、九段下にある千代田区役所の9階と10階です。その10階には、コンビニや食堂があり、小まめに栄養補給をする必要がある私には、非常に居心地のいいところです。


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 調査をしていておもしろいこととして、例えば、今日はこんな『源氏物語』が出てきました。


源氏物語 薄雲 嘉元四年古写本 一 18,000円
 巻末に嘉元四年卯月十一日の年記あり。
 書写年代明記ある源氏物語としては尾州家河内本の正嘉二年に次ぎ、現存第二位のもの。内容は流布本と差異多し(『古書大即売展目録』1948年12月)

 これは、現在は天理大学附属図書館に所蔵されている、伝津守国冬筆「薄雲」巻のことだと思われます。この即売会は、昭和23年12月15日〜19日に開催されました。収蔵の経緯については、また後日報告します。
 なお、この国冬本については、越野優子さんの「源氏物語別本―国冬本の物語世界」(2011/01/22)に、国冬本に関連する参考文献が列記されているので便利です。私も関わってきた本なので、今回の情報をもとにして、また調べてみたいと思います。
 
 次の『源氏物語』も興味深い古写本です。

源氏物語 元和寛永頃寄合書 巻二三四欠本 51帖 150,000
 弘治三年紹巴が旧友に贈る「頗可謂証本乎」といふ原跋がある。
 綴葉装黒漆塗箱入(『書林会古書綜合目録』1972年5月)

 跋文として、弘治三年の里村紹巴に関係する「頗可謂証本乎」という文言を持つ綴葉装(列帖装)の写本を、今私は思いつきません。現在どこにあるのか、もう少し調べてみます。

 昭和20年代を中心に、古典籍が流動するさまを見ているところです。終戦直後ということもあり、たくさんの古典籍が動いています。それらが今はどこにあるのか、後日その足跡を一つずつ丹念にたどってみたいと思っています。
 
 また、『源氏物語』の訳注をした本として、次のものがありました。

『新訳源氏物語』藤井柴影 二冊

 この藤井柴影は藤井紫影(本名:乙男)のことかと思われます。
 ただし、私の『源氏物語』に関する刊行書リストを見ると、次のようになっています。「柴」か「紫」かは、後で確認しておきます。

注釈:新釈源氏物語・2冊(澪標まで):藤井柴影他編:新潮社:1911.12


 また、こんなものもチェックしました。

大黒屋光太夫扇面
 ロシア文字いろはにほへと及びアラビア数字
 文政六年 美品 七十三歳書
 写真版55頁参照 一面 350,000



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 大黒屋光太夫は、井上靖の『おろしや国酔夢譚』や吉村昭の『大黒屋光太夫』でよく知っている人物です。
 この一枚の扇面から、異文化の往き来が確認できるので、おもしろい資料だと思います。

 こんな調子で、なかなか前に進めません。
 この調査に興味を抱かれた方は、ぜひ連絡をください。そして、一緒に調査をしてみませんか。気長にやっていますので、お気軽にどうぞお越しください。
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ◆源氏物語

2014年07月24日

京洛逍遥(332)京都芸術センターの中の前田珈琲

 過日、京都市内を散策していて、思いがけない休憩場所を見つけました。
 京都芸術センターの中にある、前田珈琲の明倫店です。
 昨日に引き続き、食べ物つながりで記録として残しておきます。


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 少し補足説明をしておきます。

 平成5年に明倫小学校が閉校となりました。ここがその場所です。
 明倫小学校は明治8年以来という、由緒のある学校です。その前身はさらに明治2年(1869年)まで遡り、下京第三番組小学校として開校した歴史と伝統のある学校です。現在に残るこの校舎は、昭和6年に改築されたものだそうです。

 その明倫小学校の閉校を受けて、さまざまな試行錯誤を経、京都市における芸術の総合的な振興を目指して、平成12年にこの京都芸術センターが開設されたのです。また、平成20年に、ここは国の有形文化財に登録されています。

 そんな長い時間の中を生き抜いて来た建物の中に、おしゃれで落ち着いた喫茶店があったのです。


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 しかも、さまざまな方への気遣いがなされていることが、点字メニュー一つを見てもわかります。


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 今、目の不自由な方と一緒に『源氏物語』の写本が読めないかと、いろいろと可能性を探っています。そのせいもあって、こうして点字のメニューがあると、すぐに反応してしまいます。

 ここでは、軽食も用意されています。

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 いただいたコーヒーは「龍之助」という名前のブレンドです。
 「牛若丸」というブラジルコーヒーもあったので、この次にいただいてみましょう。
 この「龍之助」も、京都のコーヒーらしくまろやかな感じでした。私が好きなコーヒーの味です。

 店内は、時代を経てきたことを感じさせる雰囲気を、そこかしこに漂わせています。


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 壁には、ちょうど街中を囃し立てている祇園祭の絵が掛けてありました。


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 校舎の中は、自由に歩いて回れます。自分が育った昭和の時代の学校を満喫できました。


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 もっとも、私が育った島根県出雲市立古志小学校は、こんなに立派ではありませんでした。もっとギシギシした造りだったと思います。しかし、今から半世紀以上も前の光景が、校舎内を歩くうちに思い出されてくるのです。不思議な体験をさせていただきました。

 突然のタイムスリップもいいものです。
 ここでは、いろいろなイベントがあるようなので、折を見て来たいと思います。
posted by genjiito at 21:56| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2014年07月23日

京洛逍遥(331)鯖街道の終点出町の「魚熊」

 先月の食べ歩きメモをアップします。

 いつか本ブログで「魚熊」さんを紹介しよう、と思っていました。
 ネットに紹介されている情報は、1階のカウンターで召し上がった方の記事ばかりのようです。
 みなさん、食べることばかりでこのお店を評価をなさっているようなので、2階がこのお店の本領発揮だと思う者として、以下に記しておきます。
 まずは2階で食べてこそ、この店のご主人の味が堪能できます。

 出町の桝形商店街を西に抜けて寺町通りを北上すると、割烹「魚熊」があります。ここは、鯖街道の終点となる住宅地にあり、鯖寿司で知られるお店です。ただし目立たないので、知らないと入る機会がないと思います。


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 私は出町からではなく、烏丸通りから相国寺の境内を東へ突っ切って門を出て、そのまま上立売通りをまっすぐ東へ進んで突き当たった、寺町通りに面したお店、という紹介をしておきます。
 この経路で行くと、すぐにお店が視界に入り、間違うことがありません。

 このお店の前は、これまでに何度も通りかかっています。しかし、入ったことがありませんでした。

 「鯖」の文字とともに「鰻」の文字が目に入ったので、絶滅危惧種に認定されて何かと騒がれている鰻を食べることにしたのです。
 店先のお品書きを見ると、意外に安かったことも入るきっかけになりました。
 私の基準は千円です。

 1階は満員だったので、2階へあがりました。
 そこでまず目に入ったのが、次の感謝状です。


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 思わず、物部さんお手柄お見事です、と下の調理場に話しかけたくなりました。

 次に、その横に積み重ねられていた新聞の切り抜きです。
 きれいにまとめて綴じてあり、丁寧にその内容が表紙に書かれています。京都新聞夕刊に連載されていた『たどり来し道』のシリーズです。10冊以上はありました。


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 店主の京都に対するこよなき愛着が、このようなレベルの高い形でまとめられているのです。
 食事が運ばれてくる間に、これは必見です。

 料理は、大満足です。お腹いっぱいいただきました。


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 ご自慢の鯖寿司も、いくつでもいいとのことだったので、一つだけいただきました。本格的な鯖寿司は、実は初めて口にしました。美味しい鯖寿司でした。

 この魚熊さんは、目立たない所にあります。
 とにかく、元気の出るお店です。
posted by genjiito at 22:35| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2014年07月22日

京都で『十帖源氏』を読む「明石_その5」

 このところ、書き残しておくことがなにかと多くて、ブログの時間が前後しています。
 先週の古写本『源氏物語』を読む会に続いて行われた、『十帖源氏』の「明石」巻を読む勉強会のことです。

 夏到来です。会場としてお借りしている京町家のワックジャパンへは、天気のいい日には自転車で来るようにしています。先日は、午前中は小雨でした。しかし、お昼前から快晴になったので、賀茂川沿いの散策路をサイクリングがてら出かけました。

 その途中、高野川と賀茂川の合流地点である出町柳の三角地帯では、子どもたちが亀の飛び石で大はしゃぎをしていました。保育園のみんなのようです。本当に楽しそうでした。


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 さて、『十帖源氏』の「明石」巻を読み進んでいます。


たゞ、いさゝかなる物のむくい也

について、時間をかけて現代語訳を考えました。
 最終的には、「小さな出来事の結果に過ぎない。」に落ち着きました。しかし、ここに至るまでには、さまざまな意見を交換しました。特に、「物のむくい」をどうするか、ということがポイントです。

 世界各国で現地の言語に翻訳していただくものなので、「むくい」に宗教的な意味合いを持たせないように配慮しました。
 専門的には異論もあることでしょう。しかし、ここは大幅に物語の本文が刈り込まれており、簡略化されています。生まれながらの罪とか因果応報などということばを使うと、前後の流れを混乱させ、かえって物語展開をわからなくしてしまうことを危惧しました。

 それに続く「あかずかなしくて」も、時間をかけました。
 「あかず」と「かなし」をどうバランスよく調合するか、ということに腐心したのです。結果的には、「たまらなく恋しくて」となりました。

 さらには、次の文章の現代語訳をどうするかも、問題となりました。

人もなく、月のみきら/\として、夢のこゝちもせず。

 「人もなく」の「人」は、普通には「誰もいなくて」です。しかし、それでは各国の翻訳者は困ることが予想されます。「夢のこゝち」も訳し難いところです。そこで、誰のことを言っているのかを補い、わかりやすくすることに注意を集中して取り組みました。

 完成した現代語訳は、次の通りです。

桐壺院の姿もなく、月だけが輝いています。光源氏は、夢を見ていたとも思われません。


 毎回痛感することは、わかりやすいと思って考えた現代語訳が、果たして海外の方々にとって本当にわかりやすいのか、ということです。
 この勉強会には、中国の留学生から貴重な意見をたくさん聴いて参考にしています。しかし、多言語翻訳を目指すこのプロジェクトでは、一つでも多くの言語の専門家からの意見を聴くことができたら、さらにこなれた『十帖源氏』の現代語訳に仕上げることができることでしょう。

 この勉強会は門戸を広く開いています。
 ほんの少しだけの参加者も歓迎します。
 世界中からの留学生の参加は大歓迎です。
 興味をお持ちの方や、紹介してくださる方は、本ブログのコメント欄を使って連絡をいただけると幸いです。

 次回の集まりは、8月はお休みをいただき、9月6日(土)の午後3時からです。
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2014年07月21日

京洛逍遥(330)お茶のお稽古をした後に祇園祭へ

 いつもの元山上口駅を降りると、「竜田川まほろば遊歩道」というプレートの付いたプランターが並んでいました。

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公共の場所を花で飾るのはいいことです。

 今日のお茶のお稽古は、昨夏もやった「葉蓋」です。
 この葉蓋のお点前は、11代家元玄々斎が考案した点前だということなので、裏千家だけのもののようです。

 ガラスの水差しに大きな葉を蓋として被せて、涼しさを演出しながらお手前をするのです。

 昨年も、ツワブキの葉を使って、お茶を点てました。
「亡き仲間を偲んで我が家でお茶会」(2013年08月15日)

 また、その葉蓋を使ったお点前のさらに詳しいことを、「葉蓋を使ったお点前のおさらい」(2013年08月26日)にまとめました。

 折り畳んだ葉に茎を突き差してから、それを建水に落とすところや、その建水を持って水屋に下がる時以外は、ほぼ運びの薄茶と同じです。

 昨日は、円卓を使った練習をしたこともあってか、お手前の流れが少しずつ見えて来るようになりました。ただし、そのぶん一つ一つの所作が雑になっているので、その点を繰り返し指導してくださいました。

 また、依然として背中が曲がっていて、老人のお手前になっているそうです。茶筅でお茶を点てるために前屈みになるあたりから、それが顕著になるようです。背筋を伸ばして、身体を大きく見せるようにしなさい、と。
 歩く姿勢とともに、なかなか難題です。

 帰りに、祇園祭の後祭の宵々々山に立ち寄りました。今年は、まだ厄除けの粽を手に入れていません。先祭では、行ったのが遅かったこともあり、すべて売り切れだったのです。

 今日はまず、今年150年ぶりに復活した、大船鉾に行きました。
 時間が遅かったこともあり、ものすごい人出でした。


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 粽のことを保存会の方に聞くと、早々と売り切れた、とのことでした。

 そこで、一方通行の新町通りを迂回して、四条通りを北に渡って、私が一番好きな、祇園囃子の響きが心地よい南観音山に行きました。


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この曳山の四囲を囲う織物に描かれた、天人天女がいいのです。


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 また、子どもたちの売り声も、節回しがかわいくていいのです。


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 ところが、ここでも粽は売り切れです。

 新町通りをさらに北に歩いて、これも祇園囃子が鳴り渡る北観音山へ行き、その北にある八幡山へ行ってもだめでした。
 一本東の室町通りに移り、鯉山でも売り切れです。この室町通は鳴り物がありません。
話を聞くと、今年は例年よりも、作った粽の数が少ないのだそうです。

 さらに北に行き、黒主山でやっと手に入れることができました。


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 念願の粽を手にすることができました。
 黒主山の粽は泥棒除けだと、売っていた女の子が説明してくれました。


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 この粽に付けられた桜は、大伴黒主の霊をシテとする謡曲「志賀」に縁のあるものなのです。
 あらためて、黒主山を見上げました。そして、露店がない今年は、あの喧騒の中のお祭とは違って、山鉾に集中できたことに気付かされました。子供たちは期待外れでしょう。しかし、大人にとってはこの方がありがたいですね。


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 今夜の夜行バスで上京する予定でした。しかし、お茶のお稽古で緊張し、この祇園祭の熱気に当てられ、さらには粽を探し求めて歩き回ったこともあり、ぐったりと疲れました。
 明日の朝一番の新幹線で上京します。
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2014年07月20日

京洛逍遥(329)お茶の特訓と黒樂茶碗

 朝から自宅でお茶のお稽古です。


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 これは、私のお稽古というよりも、婿殿のための特訓です。
 樂茶碗が大のお気に入りとなった婿殿が、秋に樂家ご当主のお茶席に行くことになり、そのために急遽お稽古をすることになったのです。


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 お茶菓子は、昨日娘が差し入れとして届けてくれた笹屋伊織の祇園祭。
 お抹茶は、昨日ワックジャパンで『源氏物語』の勉強会をした帰りに立ち寄った、一保堂の「幾世の昔」。
 茶花は、家の庭に咲いているツルハナナス(蔓花茄子)。


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 その横に、先日の「大徳寺「古田織部400年遠忌追善茶会」」(2014年6月11日)で筒井紘一先生からいただいた、山田松香木店の印香「花京香─紫野印香揃え」の中から「朝顔」を置いてみました。

 これらは、すべて初心者が遊び心で好き勝手に並べてやっていることなので、鋭い突っ込みはなしということで……

 秋の本番までは、何度もこうしたお稽古をすることになりそうです。
 お稽古とは言っても、何か正式な茶事があるとか、試験があるわけではありません。ああだこうだと、思い思いに関西流のボケとツッコミでやっているので、お気楽なものです。

 下鴨神社脇の糺の森にある生研会館へ、ハンバーグを食べに行くことになりました。すると、突然のにわか雨。下鴨中通から下鴨本通の糺の森へと、急ぎ足で向かいました。あらかじめ電話をしておいたので、4人席でゆったりといただきました。ここは、「美味しい洋食屋さん」(2012年8月29日)です。

 樂茶碗が気に入った婿殿のために、下鴨東本町にある古美術の「茶木」さんへ行ってみることにしました。
 生研会館を出ると、またまたすごいにわか雨です。タクシーで茶木さんのお店に横着けしてもらい、大雨の中を急いで入ろうとした時です。妻が玄関先で足を滑らせて転倒したのです。事無きを得ましたが、濡れたタイルには気をつけなければいけません。大騒ぎをしていたので、茶木さんが表まで出て来られました。

 茶木さんは、抹茶を煎茶で点てるという、おもしろいお茶を入れてくださいました。さっぱりしていました。お菓子は、「かぎ隆三」の和菓子(2014年7月 1日)です。

 婿殿は、樂茶碗をいろいろと品定めした後、長次郎の黒樂茶碗の写しで茶木さんがお薦めの一品に心を摑まれたようです。娘とも相談した結果、一大決心をしたようです。私も、色といい形といい手触りといい、大事に使い続けられそうな茶碗だと思いました。逸品との気持ちのいい出会いとなり、ご機嫌の娘たちです。


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 お店の前に留まった京都駅行きのバスに乗ったのを確認してから、我々は歩いて自宅へと急ぎました。

 慌ただしいことに、帰るとすぐに妻は私を残して一足先に上京です。
 賑やかだった我が家も、急に潮が引いたような静けさとなりました。

 夕方、一人で賀茂川を散歩しました。
 大雨の後にもかかわらず、まだ水嵩は増していません。
 鷺や鴨たちは、夕食の最中でした。


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 妻からの連絡によると、東京地方に大雨洪水警報が出ていて、新幹線は稲妻の中を新横浜駅で立ち往生している、とのことでした。このところの天候不順により、各地に被害のないことを祈るのみです。
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2014年07月19日

京都で『源氏物語「蜻蛉」』の写本を読む(第12回)

 地下鉄丸太町駅からすぐの、京都御所の南にあるワックジャパンの京町家「わくわく館」で、古写本『源氏物語』を読む会を続けています。


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 今日は前回に引き続き、ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「蜻蛉」巻の、第6丁表と裏を確認しました。

 字母を確認しながら読み進むにあたり、同じくハーバード大学にある「須磨」巻の字母の傾向を整理した資料を配布しました。
 これは、「須磨」巻の約2万字の仮名の字母を確認したものです。

 例えば、ハーバード大学本「須磨」には、「あ」が305例あります。その字母の内訳は、「安」が300例、「阿」が5例です。
 ほとんどの「あ」が、現在のひらがなの字母である「安」であることが容易にわかります。

 この調査結果で興味深いことは、前半と後半で出現比率が異なるものがいくつかあることです。
 1冊の写本の中でも、出現数が前後のどちらかに偏ることが確認できる例を、次に参考までに抄出します。

  字母=前半/後半
(1)幾=292/274
  ●支=23/ 2
(2)之=421/440
  ●新=27/ 9
(3)世=67/44
  ●勢= 6/40
(4)多=212/220
  ●堂=144/83
(5)奈=291/342
  ●那=99/61
(6)留=250/266
  ●累=29/ 3

 これらは、いずれも現在のひらがなと違う字母(●印付)において、前半と後半の出現数が違うことが顕著なものです。
 ただし、次の例はその逆で、現在使っている「わ」の字母「和」の出現数が前半に偏っているものです。

(7)王=35/47
   和=28/4

 また、次の「侍」と「物」は、漢字として用いられている場合です。
 これも、前半と後半で出現回数が異なります。

(8)侍=25/6
   物=9/18

 こうした傾向について、今の私には説明がつきません。専門家のご意見を伺いたいと思っています。

 今日は、こうした「須磨」における字母の傾向を確認しながら、「蜻蛉」の字母の確認をしました。
 次回は、「蜻蛉」巻の内容を確認する予定です。

 休憩時間には、娘が送り届けてくれていた、季節の和菓子をいただきました。

 まず、七條甘春堂の季節工芸菓の一つである「清滝の流れ」です。


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 寒天の中に、嵐山の上流の清滝川と、その涼しげなせせらぎの川面を再現しています。緑の魚が、清涼感を伝えています。

 もう一つは、笹屋伊織の祇園祭をテーマにした生菓子でした。


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 まさに今の京洛の賑わいそのものを、写真右の「巡行」と左の「宵山」とで表現しようとしているようです。

 目で季節感と風物が楽しめました。

 なお、今週16日(水)の京都新聞の「まちかど」覧に掲載された記事には、間違った開催日が記されていました。


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 実際には、今日19日なのです。ただし、今回この新聞記事を見てお出でになった方はいらっしゃらなかったので、実害はありませんでした。
 今後は、掲載前に新聞社からいただく確認の電話で、日時のことは十分に気をつけます。

 次回の会は、8月はお休みをいただき、9月6日(土)の午後1時からです。興味をお持ちの方は、お気軽にお越しください。ただし、資料やお菓子の準備がありますので、事前に参加の旨をお知らせください。
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2014年07月18日

京洛逍遥(328)冷房攻めから逃げるように祇園祭へ

 連日、職場では会議室詰めの日々です。エアコンが効いた部屋と節電で蒸し暑い廊下を、頻繁に出たり入ったりしています。その温度差で体調がおかしくなりそうです。

 東京の宿舎にはエアコンがなく、今も扇風機だけの生活をしています。建物が隅田川の河口にあるので、ビル群の中の生活とは違うために可能なのでしょう。
 そんな日常の中で、長時間の通勤電車で冷やされ、汗をかきかき歩いて行き着くと、また建物の中で煉獄の思いをすることになるのです。この寒暖の人体実験は、本当に堪えます。

 会議が終わってからすぐに、冷凍庫状態の新幹線で帰洛の途につきました。この車中で、いつも思います。人間の身体をこんなに冷やす必要があるのだろうかと。新幹線に弱冷車はないのでしょうか。

 祇園祭は、平安前期の疫病退散という御霊会に由来するものです。清涼剤としての祇園囃子を神様に届けることで、荒御魂を鎮めようというのです。
 このお祭りを、私は自分の生活の中では暑気払いにいい機会だと位置づけています。
 また、「京洛逍遥(193)祇園祭と鱧-2011」(2011/7/16)に記したように、私が命拾いした想い出が詰まったお祭りの日でもあります。
 小さい時から、今は亡き両親に連れられて、何度もこのお祭りを見に来たことも思い起こされます。

 その祇園祭が、今年はこれまでとはまったく違うものになりました。後祭が復活することになったのです。
 17日の前祭(さきまつり)に23基の山鉾が巡行し、24日の後祭(あとまつり)で、残る10基の山鉾が巡行するのです。
 加えて、四条町の大船鉾(おおふねほこ)が150年ぶりに復帰します。
 今年の祇園祭は、まったく新しい姿で生き返ることになったのです。

 都人は、改革に積極的です。いろいろな情報によると、保守的な考えの方からの反対も強かったようです。しかし、粘り強い話し合いの末、新たな取り組みに着手することになったのです。
 千年以上も都であった町は、常に変革して来たからこそ、今の輝きがあるようです。またこれからも変わり続けることでしょう。柔軟な対処と地元への愛着が、こうした変化に見え隠れしているように思えます。

 山鉾巡行が7月17日に一本化されて合同巡行となったのは、今から49年前のことだとか。信仰か観光か、という論争の果てに、観光が最優先された社会的な事情もあったのです。
 それが、最近は異常に人出が多くなり、危険でとてもゆっくりとは見て回れないほどに、混雑が激しくなってしまいました。マスコミが絵になるというので、調子に乗って煽ったことも一因です。

 誰のためのお祭なのか、ということへの問いかけもなされたのです。経済的な得失はあるでしょう。しかし、祇園祭を本来の姿に戻すのは、原点に立ち戻って新たに文化を伝えていくためには、いいことだと思います。

 京都駅の構内では、祇園祭のパネル展示がなされていました。


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 ただし、ミニチュアなどを並べて、小さな文字で解説をする展示は、あまりにも稚拙でした。日本人でさえ細かな文字は読めないし、スペースは狭いしで、間に合わせの展示であることがわかります。ましてや、海外からおいでの方にメッセージを伝えて、そして理解の一助にしてもらおうという気持は、この展示の担当者には皆無です。
 祇園祭は、ユネスコの無形文化遺産に登録されています。それを、こんな手抜き展示でごまかすとは、もったいないことです。

 京都駅から地下鉄で四条に出て、真っ先に行った室町通の役行者山、黒主山、鯉山や、新町通の八幡山、北観音山、南観音山などが、今年からは後祭の組に入ったこともあり、姿が見えず通りがひっそりとしていました。いつもと雰囲気が違います。
 これら後祭の10基は、今年からの新しい取り組みにより、今週末からその姿を見せることになったのです。先祭のグループである新町通の放下鉾は、無事に昨日の巡幸を終えたので大工方のみなさんによって解体中でした。


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 今年の目玉となる大船鉾は、ちょうど組み立てが進んでいるところでした。


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 写真の左端に写っているのは、四条町大船鉾保存会理事長の松居米三さんです。道具が運ばれてくるのを、楽しそうにご覧になっていました。


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 四条通りの月鉾も、今年の役割を終えたせいか、骨組みの一部が残っている状態です。


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 記念すべき49年ぶりに復活した後祭は、何とかして21日に見てから上京しようと思っています。
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2014年07月17日

井上靖卒読(186)「桃李記」「壺」

■「桃李記」
 四季の感懐から語り起こされ、井上靖の季節感がよくわかる小品です。郷里の伊豆を舞台として、花を求めての家族旅行をエッセイ風に綴っています。妻の足立家の墓参などを通して、妻の家系のことが詳しくしるされており、足立家代々の話は自伝風です。おだやかな伊豆で、生活の安定した家族の様子がゆったりと語られています。【3】
 
 
初出誌:すばる
初出号数:1970年6月創刊号
 
新潮文庫:道・ローマの宿
井上靖小説全集32:星と祭
井上靖全集7:短篇7・戯曲・童話
 
 
 
■「壺」
 本作を読んだのは、ちょうど私用で文芸家協会に電話をした直後でした。協会の会長だった広津氏の訃報についての語り出しに、驚きながら読み進めました。内容は、個人的な回想録です。話は、特に詰められてはいません。【1】
 
 
初出誌:中央公論
初出号数:1970年12月号
 
新潮文庫:道・ローマの宿
井上靖小説全集32:星と祭
井上靖全集7:短篇7・戯曲・童話
 
 
 
〔参照書誌データ〕
「井上靖作品館」
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2014年07月16日

読書雑記(104)中津文彦『塙保己一推理帖 観音参りの女』

 江戸川乱歩賞作家の中津文彦氏が70歳でお亡くなりになったのは、2012年4月24日でした。
 中津氏の作品では、以下の推理物を本ブログの読書雑記で取り上げる予定でした。
 その機会を逸したままだったので、これから順次とりあげます。

(1)『塙保己一推理帖 観音参りの女』
(2)『移り香の秘密 塙保己一推理帖』
(3)『つるべ心中の怪 塙保己一推理帖』
(4)『千利休殺人事件』


 まずは、『書下ろし連作時代小説 塙保己一推理帖 観音参りの女』(2002年8月、光文社。、カッパ・ノベルス)からです。

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■「観音参りの女」
 手際よく、同郷で幼馴染みの保己一と善右衛門のことが紹介されます。
 折しも近所で火事があり、後妻と子供が焼死しました。その状況に疑問を持った保己一は、ことの真相に挑みます。
 江戸市中の組織のことが克明に描かれており、松平定信が『群書類従』を支援したことも、丁寧に語られます。『群書類従』の校訂事業の中で保己一の女性とのことも、しっかりと書いてありました。よく目の行き届いた物語です。
 『群書類従』刊行のありようが、詳細に語られていて、集書と出版に対する意識が高まります。
 後半で、深川が舞台として出てきました。本書を読むのは2度目です。前回は横浜の宿舎にいた頃に読みました。今回は、江戸深川に宿舎を移してから読んだこともあり、住まいの周辺が物語展開の中で出て来ると、イメージが具体的になっておもしろさが格段にあがりました。物語られる舞台に住んでいるとか、あるいは知っているということは、物語を理解する上では大きな影響力があるようです。
 謎解きは、保己一の嗅覚が大事な役割を持っていました。ただし、母親の子への想いに関して、中途半端なままで描ききれなかったように思えます。表題も生きていないようです。【2】
 
 
■「五月雨の香り」
 聖徳太子の十七条憲法が『群書類従』の雑部に入っていることの説明について、興味深く読みました。第2条の「篤く三宝を敬え」とは、実は「三法」のことで、神・儒・仏のことではないかと。その疑念が残るので、律令の部ではなくて雑部に分類しておくのだ、というのです。資料に対する見識の問題です。
 また、お香の話は、最近興味を持っていることなので、おもしろく読みました。推理に関して、話は次第に高まります。いいラストシーンでした。盲目の女性が上手く描かれています。【4】
 
 
■「亥ノ子の誘拐」
 江戸時代の寛政期の市井が、裏面史も含めて活写されています。特に、出版界の事情は、『群書類従』の話にも関連するので、おもしろく読めました。また、学者保己一の話も、よくわかりました。興味深い話に仕上がっています。
 ただし、謎解きのキレが悪くて、説明口調になってしまったのが残念でした。【2】
 
 
 巻末に掲載されていた、EYEマークに注目しました。
 こうしたことは、初めて知ったからです。

「EYEマーク」&「許諾文」

この本をそのまま読むことが困難な方のために、
営利を目的とする場合を除き、「録音図書」「点
字図書」「拡大写本」等の製作をすることを認め
ます。製作の後は出版社まで、ご連絡ください。

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2014年07月15日

転居(6)「源氏物語余情」1996年6月分

 「転居(5)」を受けての、〈旧・源氏物語電子資料館〉の記事「源氏物語余情」の引っ越しです。

 今回は、1996年6月分です。
 今から18年前の『源氏物語』に関する情報を、ここに記録として留めておきます。

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◎(25)96.6.2 『YAHOO! JAPAN INTERNET GUIDE 7月号』(1996.6、ソフトバンク刊)に、この〈源氏物語電子資料館〉が紹介されています(104頁)。
 「学術・教育」のコーナーの巻頭に、「すべての絵がとてもきれいで楽しめる 本格的な源氏物語資料館」として、レギュラー・ライターの吉田智子氏より、たいへん好意的な評価をいただいています。
 紹介・評価記事の末尾で、「単なるデータベースとしての情報提供だけでなく、趣もあるページである。」と記してくださいました。
 『源氏物語』の本文と、それが読まれた歴史に眼を向ける中で、文学的な香りをも伝えることを心がけている私にとって、こうした視点で評価していただけたことに感謝しています。
 
◎(26)96.6.11 『源氏物語研究』(平成2年5月〜不定期、概刊5冊、源氏物語別本集成刊行会)について問い合わせがありました。
 これまでの掲載内容は下記のとおりです。私宛に電子メイルかお手紙をいただければ、郵送させていただきます。1冊500円の実費頒布となっています。

 ・創刊号(平成2年5月)
  「本文研究の新時代」室伏信助
  「源氏釈における人物呼称について」渋谷栄一
  「源氏物語別本の性格ー敬語から見たー」中村一夫
  「澪標巻の別本ー東大本を中心にしてー」伊藤鉄也

 ・第1号(平成3年5月)
  「源氏物語麦生本ーその基礎的研究ー」岡嶌偉久子
  「源氏物語の本文と「けり」」中川正美
  「『仙源抄』事項索引」田坂憲二
  「若き日の池田亀鑑先生ー心に滲みる思い出のかずかずー」岡本正

 ・第2号(平成4年5月)
  「保坂本源氏物語(文化庁蔵)の伝来と書誌」伊井春樹
  「「心にかかる」の敬語表現ー『源氏物語』を資料として」井藤幹雄
  「桐壷における別本諸本の相関関係」伊藤鉄也

 ・第3号(平成5年10月)
  「中山本源氏物語の本文ー若紫におけるー」中村一夫
  「桐壷の第二次的本文資料集成ー伝阿仏尼筆本・伝慈鎮筆本・従一位麗子本・源氏釈抄出本ー」伊藤鉄也

 ・第4号(平成6年10月)
  「源氏物語陽明文庫本の敬語ーその運用と表現価値ー」中村一夫
  「源氏物語別本の踊り字の起筆位置」井藤幹雄
  「源氏物語字母考ー玉鬘十帖の「けしき」と「けはひ」」伊藤鉄也
 
◎(27)96.6.21  (20)96.4.26で紹介した『源氏研究』は、朝日・毎日・日経・東京新聞等、各紙で取り上げられ、好評のようです。掲載内容は下記のとおりです。
 『源氏研究』へのご質問・ご意見は、(中略)宛にお願いします。

 『源氏研究(GENJI KENKYU)1996 No.1』
   Theme −王朝文化と性(翰林書房 \2500)
    編集 三田村雅子・河添房江・松井健児
 ・座談会 物語の論理・<性>の論理
       橋本治+三田村雅子+河添房江+松井健児
 ・特集論文 藤井貞和「などようの人々」との性的交渉
       三田村雅子「黒髪の源氏物語」
       原岡文子「『源氏物語』の子ども・性・文化」
       松井健児「『源氏物語』の小児と筍」
       河添房江「蛍巻の物語論と性差」
       安藤徹「会話の政治学・序説」
       与那覇恵子「結婚しない女たち」
       島内景二「豊饒なる不毛」
 ・インタビュー 千野香織「王朝美術とジェンダー」
 ・特別寄稿 高橋亨「アメリカにおける源氏物語研究」
 ・自著紹介 中山真彦『物語構造論』(岩波書店、1995・2)
       永井和子『源氏物語と老い』(笠間書院、1995・5)

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2014年07月14日

井上靖卒読(185)『暗い平原』

 画家である私と詩人の高原風作は、奇妙な関係の友人です。高原の発する言葉に、作者は何度も「それ詩か?」と問い返します。
 人間観察がきめ細かく、言葉に詩を求める姿勢が内在する、井上靖にとっては新しいスタイルを求めた中編作品だと思います。この背景には、詩を求める作者の思いと、それを詩としてどのように表現したらいいのか、思いあぐねる作者の求道者としての心理があるのではないでしょうか。そのような思いの中から紡ぎ出された言葉が、一見とりとめもないこうした形で書きつけられていくのです。
 画家仲間の菅谷弥太とのエピソードは、平凡な生活の中での一声が相手を不快にさせるものでした。言葉の持つ力が語られています。
 本作の中心は、瀬戸内海の小島で村長をする友人香取又五郎に無人島を30年間借りるための旅の話です。その契機となる妻への思いは詳しくは語られません。しかし、井上靖の作品を読む上で、この妻への思いの吐露は、大事な問題だと思いました。今後のためにも、「復讐」という言葉をメモとして残しておきます。そうしたことはここではさっと流され、語られません。しかし、日比谷のビルの屋上から見た東京という都会に対する思いは、繰り返し言及されます。
 瀬戸内の香取のもとへ向かう途中、寝台車の中で出会った少女に彫刻のような静的な美しさを見たのも、芸術に対する目が意識されているからです。見るもの聞くものの中に、満たされない思いを持つ中で、少しずつ美しいものを摑み出そうとしています。小島でのエピソードや帰りの旅でのことなど、すべてがとりとめもなく作者の不機嫌な思いで見たものとして語られます。いつもの、明るい話を好む作者は、ここにはいません。
 箱根での野生少女矢辻京子のことも、現実とは切り離された話です。作者の中の詩心を探し求めて、話題が転々とする過程で生まれた物語に仕立てあげようとしています。日比谷のビルから見下ろした風景と、箱根の暗い平原から見える風景をダブらせます。心象風景を、言葉で描こうとするのです。井上靖の作品を読み慣れてきた者にとって、これは不自然というべきか不思議な感じのする印象を残しました。自然と都会の中に、都と鄙の間に、新しいものを求めて彷徨う作者を、この作品から見つけることとなりました。【3】
 
 
初出誌:新潮
初出号数:1952年7月号〜8月号
 
中公文庫:暗い平原
角川文庫:貧血と花と爆弾
井上靖小説全集4:ある偽作家の生涯・暗い平原
井上靖全集9:長篇2
 
 
 
〔照書誌データ〕
「井上靖作品館」
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | 井上靖卒読

2014年07月13日

転居(5)「源氏物語余情」1996年5月分

 「転居(4)」を受けての、〈旧・源氏物語電子資料館〉の記事「源氏物語余情」の引っ越しです。

 今回は、1996年5月分です。
 今から18年前の『源氏物語』に関する情報を、ここに記録として留めておきます。

 関弘子さんの朗読CD−ROMは完結し、すばらしい資料となっています。

 『源氏物語別本集成』は、この時から版下をMacintoshによる作業に移行し、すべてを手元で作成できるようになりました。ただし、『源氏物語』の古写本を読んでいただける方々が減少したために、今は刊行が止まっています。
 現在は、古写本が読める方が育ってくださることを願って、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉を通して「古写本を読む会」を展開しているところです。京都では御所南のワックジャパンで実績をあげつつあります。東京では今秋10月より、日比谷図書文化館でスタートします。共に、ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』をテキストにして、鎌倉時代の仮名文字を読む勉強会というスタイルをとっています。古写本が読めるようになることを目指した活動に、ご理解とご協力をいただけると幸いです。

 1996年頃から、インターネットという通信環境の話が一般的にできるようになりました。
 現在から思えば、隔世の感があります。技術に牽引されるインフラ整備が、社会の仕組みを変革することを、身をもって体験したことになります。
 しかし、コンピュータは私が思ったようには進化しませんでした。もっと人間が考えるためのツールとなり、「情報文具」として育つと考えて、文学の分野でさまざまな実験をしてきました。ところが、コンピュータはパーコンからパソコンという名前になり、情報を収集し、整理する事務用品で留まったままです。今も、情報をネットワークの中で使い回すレベルで停滞しています。
 20年前に目指した、考える上で人の手助けをする道具にできなかったことは、悔やんでも悔やみきれません。マイクロソフトという会社が、人類の進歩を停めてしまったのです。ゼロかイチか、ONかOFFかでしか動かないコンピュータでは、人間の思考をアシストする文具にはなれません。
 若者たちが、二者択一ではない、第三の選択を容認するシステムを開発してくれることに期待したいと思います。

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◎(21)96.5.16 関弘子さんによる『源氏物語』の原文を全巻朗読(CD100枚)という壮挙が、順調に進んでいます。
 1994年11月から5年計画でスタートし、今月は第7回分が発送されました(非売品)。年4回約5枚宛発送となっています。
 私は有志の寄付という形で、一口1万円を毎年振り込んでいます。朗読のテキストは『完本源氏物語』(阿部秋生、小学館)です。
 連絡先は、(中略)です。
  ・第1回 '94.11 01桐壷〜03空蝉 ・第2回 '95.2 04夕顔〜05若紫
  ・第3回 '95.5 06末摘花〜08花宴 ・第4回 '95.8 09葵〜10賢木
  ・第5回 '95.11 12須磨〜13明石 ・第6回 '96.2 14澪標〜18松風
  ・第7回 '96.5 19薄雲〜21少女
 
◎(22)96.5.25 『源氏物語別本集成 第八巻』(1996.5.25発行、おうふう)が刊行されました。33番目の「藤裏葉」と34番目の「若菜上」が収録されています。
 「若菜上」の底本は保坂本になっています。陽明文庫本と麦生本が共に別本ではないために、第三の底本として、今注目の保坂本に諸本を対校しました。
 また、「若菜上」は文節数が1万を越えたため、1万番以上の文節番号を〈34A234〉というようにABを含んだ表記とすることにしました。
 なお、今回から版下作成の手法を全面的に改めました。これまでは、DOSマシンで作成した版下に、おうふうの編集部の方が頁数と柱を張り込んでいました。校異編の頁は、こちらが渡した版下を、縮小して4段組にしてもらっていました。
 それを、今回からは印刷までの工程のすべてをMacintoshを使用して刊行会のメンバーで行いました。素人が作成した組版・版下作成ですが、ほぼ完璧な仕上がりではないかと自負しております。書店で一度手にして、印字紙面をご覧いただければ幸甚です。
 
◎(23)96.5.31 西日本国語国文学データベース研究会(DB-West)の6月の会合は、6月2日(日曜日・13:00〜17:00)です。場所は、大阪樟蔭女子大学2F円形ホールとなっています。
 発表内容は、
  1.「歌物語」使用語彙の数量的研究 志甫由紀恵氏
  2.北原白秋童謡語彙の数量的研究  加藤妙子氏
  3.データベースの作成と利用に関する試み
    方言音声データベースJCMDを例として 田原広史氏
  4.電子社会での暮らし方 臼井義美氏
です。デモンストレーションは、
  1.新潮文庫100冊 中村一夫氏
  2.インターネット体験 伊藤鉄也
  3.日本語教育教材作成のための語彙検索システム 大谷晋也氏
などです。
 恒例のおみやげフロッピーディスクには、「国語国文学関連のホームページ一覧」などが入っています。
 なお、受付で資料代500円をいただきます。ご協力ください。本会は、会費をいただかずに運営する研究会です。年二回の研究発表・講演会は、公開で自由参加となっています。次回は、12月1日(日)です(会場未定)。
 
◎(24)96.5.31 〈斎王ファン倶楽部〉をご存じですか。
 斎王とは、神に仕えた未婚の姫君です。『源氏物語』に登場する斎宮としては、六条御息所の娘(梅壷女御、後の秋好中宮)がいます。物語では、三十六歌仙の一人である斎宮女御徽子女王の史実を念頭においてのことでしょう、御息所が娘について共に伊勢に行きます。
 こうした斎王にまつわる歴史秘話や浪漫を学び楽しもうというのが〈斎王ファン倶楽部〉です。年会費千円で、年四回発行の情報誌『斎王プレス』などがもらえます。詳しくは、三重県多気郡明和町大字馬之上945明和町観光協会内 斎王ファン倶楽部事務局へどうぞ。
 なお、6月1日・2日には、斎宮歴史博物館(近鉄斎宮駅)周辺で、いにしえの王朝絵巻とでもいうべき斎王群行で知られる〈斎王まつり〉が開催されます。

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posted by genjiito at 22:25| Comment(0) | ◆源氏物語

2014年07月12日

読書雑記(103)平和学博士のロンドン案内は辛口の英国論

 中村久司著『観光コースでないロンドン イギリス2000年の歴史を歩く』(高文研、2014年7月、272頁)を、一晩で一気に読みました。おもしろかったのです。


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 前回の『「読書雑記(53)中村久司『イギリスで「平和学博士号」を取った日本人』」(2012年11月15日)以上に、著者の筆鋒は英国と日本を鋭く突いて来ます。
 観光ガイドかと思いきや、しだいに中村久司ワールドへと引き摺り込まれて行きます。イギリス2000年の通史と人権や自由を求める人々の姿が活写されているので、圧巻の読後感を残します。予想通りと言うべきか、非常に重たい問題をソフトに語る内容でした。

 ロンドンへ行ったことのある人は、ぜひ読んでください。もう一度行きたくなること請け合いです。
 これから行く方は、他のガイドブックと一緒に本書も持って行かれたらいいと思います。ロンドン通の方々と、楽しいロンドン話ができるに違いありません。
 とにかく、極上で質の高い、そして奥の深いロンドンへ誘ってもらえます。

 ロンドンを中心とした語り口の端々に、英国の歴史、文化、政治、経済、宗教、思想、戦争などのエッセンスが鏤められています。著者の視線は、弱者に向いています。筋の通らないことには、いささかもゆるがせにしない精神が横溢しています。格調高い辛口の英国紹介であり、さらには英国論になっています。

 読み出してまず、英国では国歌を教えていないので歌えない、という、英国国民の考え方にぶつかります。日本から見た異文化に直面するのです。

 ロンドンは歩き回ったつもりでした。しかし、ビッグベンの直下にあるブーディカ女王像のことは知りませんでした。
 また、ハイドパークの中のダイアナ・メモリアル・ファウンティンのことも知りませんでした。娘が小学6年生の時、ロンドンに連れて行きました。ハイドパークで一日中、リスと遊びました。街中の公園も、いろいろと変化しているようです。ロンドン初のコーヒーハウスも知りませんでした。
 そんな意外な観光ポイントが、さまざまな切り口で続々と紹介されます。その歴史や文化の奥深い事情や背景を知り、さらに興味を持つことになります。

 『源氏物語』を例にして説明される箇所では、英国史が相対化されてよくわかりました。日本の古典文学に精通しておられる著者ならではの、読者への心遣いです。


・クヌート王の即位により、イングランドは、スカンジナビア諸国を統治するバイキング王国の一つとしてその勢力下に置かれる。その状況は、一〇三五年にクヌート王が亡くなった後も、王位を継承した彼の二人の息子によって、一〇四二年まで維持された。
 この時代の日本は、平安中期の摂関政治が絶頂期を迎えた時期にあたる。
 「源氏物語」はすでに宮廷で広く読まれ、一〇一八年には、藤原道長が、「この世をばわが世とそ思ふ望月の欠けたることもなしと思へば」と、その栄華を詠んでいる。だが、クヌート王は、藤原道長以上の広域圏を同時代に掌握していたのである。(52頁)
 
・ザ・シティは、今日まで継続して存在している世界最古の地方自治体である。この自治継続期間を日本の歴史に当てはめると、鎌倉幕府が樹立されたころから今日までに該当する。(64頁)
 
・「真夏の夜の夢」を女王が観たのは彼女の晩年であったが、女王は一六〇三年に亡くなった。その年に日本では、徳川家康が征夷大将軍になっている。(94頁)


 本書を一気に通読して著者らしさを痛感したのは、黒人奴隷と大学の自治の話の件です。差別に対する平和主義者としての鋭い視線は健在です。ハイドパークのスピーカーズコーナーにおける言論の自由や出版の自由も、わかりやすく述べてあります。
 労働者、貧困者、女性への差別と偏見にも、毅然とした態度で切り込んであります。人間が平等である空間として、日本の茶室を思い出すという箇所に、著者が日本人の心も大切にしておられることが伝わってきます。

 本書の後半は旅人の視線ではなく、英国在住27年の日本人平和学者の素顔が前面に出てきます。ロンドンを歩きながら、本書で語られていることを想起するとおもしろいと思います。観光ガイドブックでことさらきれいに楽しそうに書いてあることが、あまりにも浅薄な視点で語られていることを実感するはずです。本書から、2000年の歴史を背負った英国が新たに見えてきます。

 例えば、ピカデリーサーカスの中心にある像は、キューピッドでもエロスの像でもないのです。アンテロス像という、裸の若い男性像だそうです。そして、その社会的歴史的な背景を知り、英国を見る目が変わりました。
 女性マッチ労働者組合の話もそうでした。
 イーストエンドにある庶民のマーケットに、私はよく行きます。本書でその背景を知り、ロンドンへの理解を深めました。
 セツルメント運動とトインビーホールの話も新鮮でした。
 私はラッセルスクエアが好きです。ホテル・ラッセルには何度も泊まりました。ブルームス・ベリーのことはいろいろと調べました。しかし、タビストック・スクエア・ガーデンズにある良心的兵役拒否者の碑と広島の桜や、そこにガンジー座像があることは知りませんでした。

 本書は、知らないことを教えてもらえることに留まりません。その歴史的・文化的・思想的・政治的な背景を教えてもらえるのです。並の旅行ガイドブックではないのです。

 第X章以降の語りは、平和学博士としての著者の独壇場です。これは、他の誰にでも語れることではありません。

 日本の外から英国の平和を語り、そしてその言葉が日本にも向かってきます。さまざまな味のする読み物です。そして、平和学からの一本の筋が確りと通った話となっています。

 本書には、「もっと深い旅をしよう」という角書きがあります。考える機会を与えていただいた一冊となりました。
 
 版元の高文研がネットにあげている目次には、少し異同があります。
 参考までに、本書の目次をあげておきます。

 また、本書の編集担当者である真鍋かおる氏の「●担当編集者より」は、本書の性格を理解するのに資するところがありますので、参照されることを奨めます。


はじめに
T 英国とロンドンの素描
 イギリスという国家は存在しない
 連合王国の誕生と「イギリス」の語源
 議会・王室・教会
 英国国旗と三人の聖人
 教育現場で用いられない国旗
 学校で教えない国歌「神よ女王を救い給え」
 ロンドンは北国の首都
 グレーター・ロンドンと東京二三区
 ロンドンの中心はチャーリング・クロス駅前
 テムズ川が語るロンドン二〇〇〇年の歴史
 七五〇〇台の赤いバスと平等思想
 ロンドンのタクシー規制は一六三六年から
 世界一取得が難しいタクシーの運転免許
U 異民族支配の一五〇〇年
 古代ローマ軍の侵略
 ブーディカ女王の反乱
 ロンドンに残るロンディニウム
 ローマ軍占領の「遺産」
 アングロ・サクソンの侵入
 イングランド国王に即位したバイキング王
 フランス系「ノルマン」の征服
 ウィリアム征服王のイングランド統治
 薔薇戦争
 ドラゴンと赤い十字架の紋章
 独自警察を持つザ・シティ
 六八六代目のザ・シティの市長
 マグナ・カルタ(大憲章)は英国人の誇り
 今日に生きるマグナ・カルタ
 マグナ・カルタを否定したローマ教皇
 国会議事堂周辺とウェストミンスター特別区
 イングランド議会の誕生
 古くて新しいウェストミンスター大聖堂
 キリスト教のイングランドへの渡来
V 国家アイデンティティーの確立
 イングランド国教会の創設──妻二人を斬首刑にした国王
 レディー・ジェーン・グレイの処刑
 「ブラディー・メアリー」と呼ばれた女王
 「バージン・クィーン」=エリザベス一世
 イングランド初の世界一周航海
 スペイン「無敵艦隊」を排撃したエリザベス一世
 王立取引所と東インド会社
 女王が観た「真夏の夜の夢」
W 清教徒革命と王政復古
 バグパイプとキルト
 「ガイ・フォークスの夜」と国会爆破未遂
 「メイフラワー号」と清教徒
 清教徒革命の二人のブロンズ像
 革命への道
 清教徒革命
 禁止された女性の化粧やクリスマス
 王政復古──処刑されたクロムウェルの埋葬遺体
 王立協会の創立──「誰の言葉も信じ込むな」
 科学革命──占星術から天文学へ
X 奴隷貿易から産業革命へ
 ロンドン・砂糖と奴隷制度
 三角貿易と国王の奴隷貿易会社
 ロンドン大火と冤罪
 ザ・シティの再建と個人主義
 ロンドン初の「コーヒー・ハウス」
 「コーヒー・ハウス禁止令」を出した国王
 「コーヒー・ハウス」と男性ビジネス文化
 結婚持参品だった紅茶とボンベイ
 ロンドン初の紅茶専門店
 名誉革命と「オレンジ・オーダー」
 名誉革命の結果──「王は君臨すれども統治せず」
 英語を知らなかった国王と最初の内閣首相
 産業革命と陶磁器のウェッジウッド
 なぜ英国で産業革命が起きたのか
Y ナショナリズムと自由・平等
 トラファルガー広場のライオン像
 「鉄の公爵」とナショナリズム
 ロンドンにもいた黒人奴隷
 論文出版が契機となった奴隷解放運動
 結社・労働組合活動の自由
 自由・平等の大学創立
 カトリック教徒差別の撤廃
 大英博物館とカール・マルクス
 マルクスを守った「表現の自由」
 ハイド・パークと自由権
 労働者・貧困階級と紅茶
 焼失した「クリスタル・パレス」
Z 政治・社会改革の時代
 ビクトリア女王と「ミセス・ブラウン」
 バッキンガム宮殿
 起きなかったロンドン革命
 ピカデリー・サーカスの「アンテロス」像
 グラッドストン首相の立像と女工の鮮血
 歴史に火を点けた「マッチ女工たち」
 セツルメント運動
 スラム街へ入った若者と知識人
 婦人参政権と「ホロウェイ監獄」
[ 二つの世界大戦
 第一次世界大戦
 秘密情報機関創設 
 婦人参政権運動を分断した第一次世界大戦
 良心的兵役拒否
 第一次世界大戦とシルビア・パンクハースト
 ロンドンの労働者の国際連帯
 「セノタフ」=空の墓
 赤いポピーのファシズム
 ジェームズ・ボンドの虚像と実像
 ロンドンとファシズム
 第二次世界大戦
\ 福祉国家・世界都市へ
 「揺りかごから墓場まで」
 反核運動とレディー・ガガの刺青
 国際都市を象徴する国際バス駅
 「鉄のレディー」サッチャー首相の登場
 サッチャー政権の有形遺産
 新労働党=「サッチャーの息子たち」
おわりに
posted by genjiito at 23:54| Comment(0) | 読書雑記

2014年07月11日

江戸漫歩(83)三鷹駅前で見た2橋の虹

 仕事帰りに三鷹駅で途中下車しました。
 これまでに学生時代以来、折々に関東で生活して来ました。そこで、想い出深い所を散策しようということで、妻とあちこち経巡る小さな旅をすることにしたのです。
 あと2年強で東京を離れることもあり、今のうちに行けるところには行っておこうということです。お互いの仕事帰りに待ち合わせをして、都内周辺を歩くことにします。

 三鷹駅周辺については、すでに4年前に書きました。
「江戸漫歩(23)懐かしの三鷹駅前」(2010/6/15)
 しかし、いろいろと想い出が詰まった街なので、何度も行きたくなります。
 中央線沿線は、我々の生活の原点でもあるのです。

 立川では曇っていたのに、三鷹駅に着くと大雨でした。台風一過。お天気は気ままです。
 駅前は、再開発中ということもあってか、店じまいが目に付きました。
 かつて妻が住んでいた駅前のアパート周辺も変貌していくようです。

 一緒によく行った、懐かしい三平ストアで晩ご飯の買い物をしました。


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 よく行ったディスカウントストアも健在のようです。


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 恩師の小林茂美先生が大手町の産経学園で社会人講座をなさっていた頃、そのすべてを毎回録音するため、この店で特価品のカセットテープを大量に買っていました。いまでも、京都の自宅に数百本が残っています。

 三鷹駅南口で、東の空に2本の虹がたっているのに遭遇しました。


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 ちょうど、虹を数える単位が「橋」であることを知ったばかりです。早速、「虹を2橋」見かけた、と書いておきます。

 駅前の中華屋さんで、軽く夕食にしました。かつてよく行ったお店は、もうなくなっていました。入ったお店は、常連の年配客が来る店のようです。お店の方との会話が弾んでいます。
 若い子たちは、駅前の通りやビルの中の、おしゃれなお店に出入りしているのでしょうか。再開発の狭間で、まだこうして営業しておられるのです。さて、今後はどうなさるのでしょうか。他人事ながらも気にしつつ、お店を後にしました。味が濃すぎたように思います。これも、東京の味です。
posted by genjiito at 22:05| Comment(2) | 江戸漫歩

2014年07月10日

読書雑記(102)足羽隆著『松本清張と日南町』の奨め

 先月、池田亀鑑賞の授賞式のために鳥取県の日南町に行った折、いつも参加してくださっている足羽隆先生から自著『松本清張と日南町 ─父の故郷への熱い思い─』(私家版、2013年10月1日)を拝受しました。143頁の冊子です。


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 その中身は、ご自身の足で集め、町内外のみなさんから聴き回って収集された情報で組み立てられた、松本清張と父峯太郎の人間像を浮き彫りにするものです。松本清張と日南町のつながりの輪を探索する中で、独自の視点で清張親子の歴史が綴られています。

 私と日南町との縁は、一面識もなかった久代安敏さんからメールをいただいた時からです。まず、そのことから確認しておきます。

 2009年11月4日に「予期せぬ夜の祝祭」と題する記事をブログに書きました。それをご覧になった日南町の「池田亀鑑文学碑を守る会」の事務局長である久代安敏さんから、11月3日に池田亀鑑の碑の除幕式をしたというコメントをくださったのです。「わたしの町には井上靖と松本清張と池田亀鑑の文学碑があります。」とも。

 このことは、「日南町議の久代氏と思わず握手」(2009/12/15)に詳細に記しています。

 この時、足羽先生に大変お世話になりました。これまた、「松本清張ゆかりの日南町」(2009/12/11)に記した通りです。

 松本清張との縁で日南町とつながり、そして井上靖、さらに池田亀鑑へと、この町は私にとって赤い糸なくしては語れません。

 その、最初の日南町訪問の折にお世話になった足羽先生が、待ちに待ったご本『松本清張と日南町 ─父の故郷への熱い思い─』を刊行されたのです。

 本書の内容について、現在の学会でどのように研究が進められ、本書の調査結果と足羽説がどのような評価を受けるものなのか、今の私には専門を異にすることもあり、まったくわかりません。
 しかし、こうして現地を歩き回り、聴き回ってまとめられた調査は、確かな重みを持っていると思います。そして、非常に興味深いことが語られており、私は一気に読みました。

 ここでは、その概要や私感を記すよりも、この本の主要部分を抜き出すことで紹介に代えます。

 まず、「はじめに」において、足羽先生は次のようにおっしゃっています。
 矢戸は日南町にある、清張の父峯太郎が生まれた地名です。


 峯太郎にとっては、不遇な人生のスタートになった矢戸でありながら、生涯矢戸のことが心から離れず、いつか必ず矢戸を訪れることを夢見ながら生き抜いたことに驚きました。そして、清張もまた、「私の故郷は日南町である」と言い切るほどまでに日南町に強い愛着をもっていたことに感動しました。
 この本は、いろいろな機会に書いてきたこと、県内の研修会などで発表してきたこと、さらには最近になって新たにわかったことなどを含めて、雑多な内容を個人的な思いのままに一冊にまとめたものです。
 私もすでに八〇歳を過ぎましたが、少しでも元気な今のうちに手元の資料をまとめておきたいという個人的な思いと、清張の作品や講演を通して強く感じた峯太郎と清張の「日南町に寄せる熱い思い」を広く町民のみなさんに知っていただき、さらに理解の輪を広げていきたいという思いを込めて書いたものです。
 検証も不十分なために、今後の研究によって修正されるところが多いと思いますが、「文豪松本清張と日南町のつながり」について理解を深めていただく上で、少しでも役立つことができれば幸いです。


 そして、次に本書の目次のすべてを揚げます。
 これによって、本書の内容がわかると思います。


はじめに
一、日南町で生まれた父峯太郎
   松本清張の父峯太郎は日南町矢戸の出身
   峯太郎の父雄三郎は田中家の二男
   田中家と松本峯太郎・清張のつながり
   松本家に「里子」に出された峯太郎
   「里子」から「養子」へ
二、注目される田中家の嫁と姑
   カギをにぎる嫁と姑の関係
   峯太郎の母はなぜ一時実家に帰ったのだろうか
   母とよの復縁を知らせた手紙の謎
   田中儀一郎の遺言『心得書』が問いかけるもの
三、峯太郎の母とよの弟は、霞の足羽家の婿養子に
四、峯太郎の心に焼きついた矢戸
五、松本清張の誕生と作家への歩み
   北九州市で生まれた松本清張
   文学に心を惹かれた少年時代
   やがて朝日新聞社の広告部へ
   『或る「小倉日記」伝』で芥川賞を受賞
   思いがけない井上靖との出会い
六、清張の作品にみる事実と仮構
七、四回に及ぶ矢戸訪問
   初めて見る父の故郷「矢戸」
   二回目は米子での文化講演会のあと
   三回目は日南町中央公民館の落成記念講演会
   「私の故郷は日南町である」
   四回目は文学碑の除幕式と記念講演会
   「日南町を舞台にした小説」を約束
   この他にも矢戸訪問があったのでは
八、峯太郎の生家「西田中家」の墓地
九、松本清張直筆の文学碑
   何回も断られながら実現した文学碑の建立
   文学碑の建立にあたって二つの要望
   全国でも数少ない清張直筆の文学碑
   文学碑のそばに立てられた案内板
   国道の改修で大きく変わった松本清張記念公園
一〇、「日南町を舞台にした小説」の夢
   「日南町を紹介したい」という強い思い
   『数の風景』は日南町も舞台に考えていたのでは
   清張が書こうとしていた日南町の小説は
   日南町の「たたら製鉄」にも強い関心
一一、矢戸の「かえで」
一二、晩年まで続いた井上靖との交流
   心を許してつきあった間柄
   「日南町名誉町民」では異なる対応
一三、松本清張資料館の夢
   「蔵書は日南町に寄贈する」と言われていたが
   「井上文学展示室」と「松本文学展示室」
   日南町図書館には「特設コーナー」を置く
   日南町美術館には書と色紙が
一四、松本清張と日南町のつながりを大切に
一五、日南町が出てくる松本清張の作品
   日南町のことが出ているもの
   日南町のことが背景にあると思われるもの
   身近な地域が舞台になっているもの
終わりに

主な参考文献
松本清張略年譜
矢戸ガイドウォークマップ
写真・図版・資料等提供者一覧


 この中でも、特に松本清張と井上靖とのことは、自分のためのメモとして、あらためて書き出しておきます。


 井上靖は、松本清張の芥川賞受賞より三年前に小説『闘牛』で第二二回芥川賞を受賞していて、小説家としても活躍していました。それだけに、同じ芥川賞を受賞した清張を特別な思いで見ていたのでしょう。
 清張は、まだ小説だけで家族の生活を支えていく自信がなくて、今後の活動のありかたに迷っていましたが、この井上靖のことば(伊藤注:「わたしの顔を見て、もう新聞社に居る必要はないでしょう」)で自分の迷いがふっきれ、一九五六(昭和三一)年に朝日新聞社を退職して、本格的に小説を書くことになりました。(48頁)


 本書の最終章に「日南町が出てくる松本清張の作品」という項目があります。松本清張と日南町のことを考える上で非常に参考となるものなので、その内容も抜き出して資料としておきます。



  一五、日南町が出てくる松本清張の作品

 日南町のことを中心に書かれた作品はありませんが、作品の中に日南町のことが出ているものがいくつかあります。また、直接日南町のこととして書かれていなくても、日南町のことが背景にあるものもあります。次に、その作品名をあげてみましたので、ぜひ読んでみて下さい。


    日南町のことが出ているもの

『父系の指』一九五五(昭和三〇)年
 「私の父は伯耆の山村に生まれた。……生まれた家はかなり裕福な地主でしかも長男であった。それが七カ月ぐらいで貧乏な百姓夫婦のところに里子に出され、そのまま実家に帰ることができなかった。……」で始まる自分のことを中心に書いた自伝小説です。故郷矢戸への熱い思いとともに、豊かな暮らしをしている親せきの人たちへの恨みゃ憎しみの気持ちも読みとることができます。

『ひとり旅』一九五五(昭和三〇)年
 大阪からの出張の帰り道に、ふと思い立って父の故郷を訪ねることになりました。広島から芸備線に乗りかえ備後落合の駅前で一泊し、翌日伯備線で生山駅に降りるまでのようすが書かれているエッセイです。

『山陰』一九六一(昭和三六)年
 文化講演会で井上靖らと米子を訪れた翌日、一人で父の故郷矢戸を訪ねました。このときの矢戸のようすや、親せきの人たちが集まってご馳走してくれたことなどが書かれているエッセイです。

『山陰路』一九六三(昭和三八)年
 これも米子での文化講演会のあとに矢戸を訪れたときのようすが書かれています。昭和三六年に書かれた『山陰』と同じような内容のエッセイです。

『半生の記』一九六六(昭和四一)年
 書き出しが「父の故郷」から始まる、自分のことを中心に書いた自伝小説です。父峯太郎が日南町矢戸で生まれたことと、里子に出されたいきさつから、小説家として独立するまでの四〇年間の自分の半生を振り返りながら書いたものです。これは、清張の生き方と作品を考える上で大変貴重な記録として注目されているものです。
 最初は『回想的自叙伝』として雑誌に連載されましたが、後に単行本として出版するときに『半生の記』に改題されました。

『碑の砂』一九七〇(昭和四五)年
 昭和三六年に矢戸を訪問したときのことと思われますが、親せきの人たちの案内で祖父母の墓詣りをしたようすから書き始められているエッセイです。

『雑草の実』一九七六(昭和五一)年
 広島県出身の母のことを中心にしながら、清張自身の歩みをたどったものです。最初のページに父峯太郎のことが書かれていますし、最後のところでは、清張が井上靖と出会って励まされ、小説家として独立する決意をしたときのことが書かれています。

『骨壺の風景』一九八〇(昭和五五)年
 祖母カネは、清張が一七、八歳のころ亡くなりましたが、その骨壺はお寺に預けたままになっていました。祖母の夢がきっかけでそのお寺を探し歩くことから物語は始まります。この中に、ほんの少しだけ父の生い立ちのことが出てきます。

『数の風景』一九八六(昭和六一)年
 小説の最初に日野郡や日南町のことが数ページにわたって書かれていますが、中心になるのは石見銀山から始まって鳥取県の南部町で終わる推理小説です。


    日南町のことが背景にあると思われるもの

『田舎医師』一九六一(昭和三六)年
 小説の舞台は島根県になっていますが、日南町における峯太郎と清張の姿が作品の背景にあります。物語は、地主の家に生まれながら幼い時によその家に養子に出され、若い時に家を出たまま一度も帰ることなかった父の故郷を、主人公の杉山が出張の帰り道に訪ねるところから始まります。

『暗線』一九六三(昭和三八)年
 新聞記者の主人公が、父の故郷を訪ねて父の出生の秘密をさぐる物語で、島根県の奥出雲が舞台になっています。

『夜が怕い』一九九一(平成三)年
 胃の治療のために入院した主人公が、夜一人になるとよく亡き父のことを思い出します。島根県が舞台ですが、父峯太郎の生い立ちが背景になって書かれています。


    身近な地域が舞台になっているもの

『砂の器』一九六〇(昭和三五)年
 「砂の器」は松本清張の社会派推理小説の代表作の一つとして高く評価され、これまで何回となく映画やテレビドラマ化されています。
 事情があって住みなれた土地を離れていく親子をめぐる物語です。東京で起きた殺人事件の被害者が島根県奥出雲町で巡査をしていたことから、奥出雲町亀嵩も作品の重要な舞台になっています。事件は迷宮入りかと思われましたが、今西刑事の執拗な追求で解決に向かい、一人の若い芸術家の隠された足跡が浮きぼりになってきます。
 世の中にある偏見と差別が父と子を引き離していきますが、そんな社会に対する清張の怒りの気持ちを読みとることができる作品です。
(129〜135頁)


 最後に、巻末の「終わりに」の全文を引用します。
 足羽先生の人柄がにじみ出ているあとがきです。
 ますますのご活躍とご健筆をお祈りしています。


 終 わ り に

 松本清張没後二一年になりました。できれば二〇年の節目にまとめたいと思っていましたが、資料の確認や執筆とその整理に時間がかかり発行が遅れてしまいました。しかし、そのために収録できた貴重な資料もいくつかあります。「文学碑の建立にあたって二つの要望」もその一つです。年を経るごとに新しい資料の発掘はなかなか難しくなってきましたが、日南町での研究や啓発活動はまだまだこれからだと思います。
 私は、清張文学の愛読者でもなければ研究者でもありません。たまたま読んだいくつかの作品や日南町での講演を通して、清張自身の「父の故郷日南町への愛着と熱い思い」を知って心を動かされ、このことを町民のみなさんに伝えたいとの思いで、いくつかの活動に参加してきたに過ぎません。
 この本は、「松本清張の日南町に寄せる熱い思い」を伝えたい一心でまとめたものです。自費出版のために、苦手なパソコンに向かい失敗を重ねながら自分で編集しましたので、読みにくく誤字や脱字も多いと思いますが、松本清張と日南町のつながりを考える材料の一つに加えていただければ幸いです。
 最後になりましたが、松本清張と日南町のつながりをまとめる過程で資料の提供や助言をいただいた多くのみなさんと、出版にあたって格別のご指導とご支援をいただいた今井印刷の古磯宏樹さんとスタッフのみなさんに、心からお礼申し上げます。

   二〇一三(平成二五)年八月四日

                  足羽 隆


 なお、本書は自費出版のために書店での購入はできません。
 しかし、日南町総合文化センター(http://culture.town.nichinan.tottori.jp)に問い合わせることで、2,000円以内(送料込)で入手可能とのことでした。本書に興味をお持ちの方は、連絡を取ってみてください。
posted by genjiito at 22:02| Comment(0) | 読書雑記

2014年07月09日

江戸漫歩(82)台風襲来前に新宿の岐阜屋へ

 大きな台風の襲来が全国的に影響しているようです。
 台風情報が気になります。

 じめじめした気分を一新するため、仕事帰りに妻と新宿で待ち合わせて、行きつけの思い出横丁にある岐阜屋へ行きました。
 相変わらず中高年のサラリーマンで満席です。
 そして、この一角は雨にもかかわらず、大勢の人でごった返しています。

 学生時代から立ち寄っている店なので、かれこれ40年以上のお馴染みさんです。
 天井から太い蛇腹の筒が、強烈な冷気を身体に吹き付けて来ます。
 この爽快感が、疲れを吹き飛ばしてくれます。

 狭くて汚いと言う人もいるでしょう。
 しかし、これが元気で安くて美味しい岐阜屋なのです。
 そして、お客さんも店員のみなさんも、みんな明るいのがいいのです。

 使い古した俎板があることに気付きました。
 十年は使っていると思われる一枚の分厚い板です。
 周りは黒ずんでいました。
 トマトを注文したら、その俎板でスライスしておられたので、今でも現役です。

 今日も、千葉から来ておられた笠智衆にそっくりのおじさんは見かけませんでした。
 お元気でしょうか。
 またお目にかかり、お話ができることを楽しみにしています。
posted by genjiito at 22:17| Comment(0) | 江戸漫歩

2014年07月08日

歯医者さんから受けた再三の警告

 歯を噛みしめる生活が続いています。依然として改善されません。
 これまでに何度か書いたように、私は歯を食いしばって生きているそうです。その影響が、心身の至る所に出て来ます。

 自分ではあまり実感がありません。しかし、歯医者さんへ行くたびにそう言われます。そして、このままだと大変なことになりますよ、と脅されています。

 今日もそうでした。歯が痛くなるのは、ぐっときつく噛みしめるため、歯が骨に食い込んでいくからだそうです。こんな生活を続けていると、歯が下顎に食い込み砕けるとも。そのうち大手術になると、再三きつい警告を受けています。

 そう言われても、自分ではどうしようもありません。
 できるだけ、症状を緩和させるために、特注のマウスピースを嵌めて生活をしています。それでも、まったく改善されません。

 今回の先生からの提案は、食事の仕方を変えたら、というものでした。
 もの凄い力で咬み、すり潰しているので、その軽減を図っては、ということです。

 歯で噛んだりすり潰す回数を減らすために、(1)野菜を摂りすぎないこと、(2)肉は小間切れにしたものを口にすること、等々。
 食材を上手く工夫して口にするようにしたらどうか、ということです。すり潰した物や、適度に小さく切った物を口にすることを勧められました。

 ただし、この提案は、糖質制限のために取り組んでいる今の食生活と真逆の、相反する食事方法です。

 ここ数年は、血糖値を急激に上げないために、野菜を積極的に食べ、炭水化物を必要最小限に抑えています。自ずと、肉類中心になります。なおかつ、時間をかけてゆっくりと食べ、しかもよく咬んで、等々、食事を楽しみながら日々実行しているところです。

 それに引き換え、咬まなくてもいい食事は消化吸収がいいので、血糖値が上がりやすくなりがちです。

 昨日の京大病院では、食生活はこれまで通りでいいので、とにかくしっかりと寝るように言われました。それが、ストレスから来る逆流性食道炎を回避する方法だと。それは大丈夫です。
 睡眠時間をたっぷりとることは、今日から早速実行します。

 それにしても、食事は難題です。
 さて、困りました。
 頃合いを見計らって、適度に両立させることを考えます。
 世の中、なかなか上手くいきません。
posted by genjiito at 22:24| Comment(0) | 健康雑記

2014年07月07日

京洛逍遥(327)ストレス解消の課題を抱えて見る西山の夕焼け

 朝のうちは小雨でした。しかし、すぐに上がったので自転車で京大病院へ急ぎました。
 今日は糖尿病栄養内科の定期検診の日です。
 北山はまだ雲に覆われています。


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 来月中旬には大文字の送り火の主舞台となる如意ヶ岳の「大」の字も、今日はまだ霞んでいます。
 草刈りが終わると、「大」の輪郭もはっきりとしてきます。


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 最近、京洛逍遥のための足を、新しく買い替えました。ドイツの外車のマークが付いています。ただし、折り畳みが出来て、車輪は2つです。これまでの無国籍の輸入品と違い、快適に走ることができます。年齢と体力に合わせて、負担の少ない自転車にしたのです。
 そのせいもあってか、いつもより少し早くて、15分ほどで京大病院に着きました。

 今日も、診察の1時間前に血液と尿の検査があります。その結果を元にして、主治医と面談をします。

 結果が出るまでは、これまたいつもの秘密のエリアで、職場から矢継ぎ早に送られて来る仕事の、打ち合わせや指示のメール連絡の対応に追われます。関係書類を作成し、また用務に直結する指示を出したりもします。

 24時間、国内外どこにいても、ネットを通して仕事をすることになります。休む暇などは、その間隙を突いて確保しています。
 身体に良くないことは承知しつつも、いつしかこんな生活になってしまいました。

 さて、今日のヘモグロビン A1cの値は「7.2」でした。
 今年のこれまでの推移は、次の通りです。

1月20日 7.1
4月14日 7.3
7月07日 7.2

 「6.2」までが安全圏内なので、大きくはみ出ています。しかし、その他の検査に問題がなく、栄養状態も良好なので、先生は少しずつ下がればいい、という大らかな対応をしてくださっています。

 懸案の体重も、最近は50キロを越え、51キロあたりを往き来するようになりました。そのため、血糖値は多少犠牲にしても、体重が増えるような食事をしてきました。
 一番厄介だった体重が目標値に達したので、一安心です。これからは、もっとヘモグロビン A1cの値をさげることに専念します。

 このところ、逆流性食道炎で苦しむことが増えました。朝起き抜けに、食道からノドにかけて、胃酸のようなものが突き上がってくるのです。これは、非常に苦しくて不快な気分になります。

 このことを先生に伝えると、間髪を入れず「最近仕事が忙しくないですか」と問われました。私に関する情報はすでに掌握なさっているので、最近の私のストレスを疑われたのです。
 まさに、今年に入ってからは、これまでにも増していろいろな仕事をしています。この逆流性食道炎は、ストレスによる発症がほとんどだそうです。私も、その典型的な例だとのことでした。

 そのための方策は、睡眠時間をたっぷりととることだ、と断言なさいました。

 このところ私が、リストバンドで体調管理をしている「UP24」によると、この2週間の私の平均睡眠時間は「5時間37分」だと表示されます。
 加齢とともに睡眠時間は8時間である必要はなくて、私の年齢では6時間くらいでいいそうです。しかし、そうであっても、私はもっと睡眠時間を確保するように、という指導を受けました。

 また、薬物療法として、いつもの糖尿病に関係する薬以外に、消化管粘膜を保護修復する「アルサルミン細粒」と、胃酸の分泌を抑える「ランソブラゾールOD錠」も投与されました。共に、十二指腸潰瘍や胃潰瘍の薬です。これで様子を見てくださるようです。

 私は、45年前に十二指腸が潰瘍で破れたために、胃の3分の2とともに切除しています。また、残った胃も、4年前にすべてを摘出していて、もう消化管はありません。しかし、それでもどこかの臓器から酸が出ているようです。人体は不思議なものです。

 主治医の先生とは、その後は iPhone やウェアラブルコンピュータの話などをして診察室を辞しました。

 来週に迫った今年の祇園祭は大きな変革があります。前祭と後祭があり、大船鉾も復活します。その準備状況が気になっていたので、いつも行く室町通りと新町通りに立ち寄って見ました。

 鉾などの組み上げはまだのようです。しかし、電線を黄色いネットで保護する作業は進んでいました。


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 今年は連日会議が組まれているので、装いも新たになる祇園祭は断片的に見に来ようと思っています。

 自宅で身体を休めた後、夕方から賀茂川へ散歩に出かけました。
 夕日がちょうど西加茂に落ちるところで、茜色が川面を朱に染めていました。


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 何かと慌ただしい日々が続きます。
 体調管理をこれまで以上に気遣い、一日も長く元気に仕事を続けたいと思います。
posted by genjiito at 23:49| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2014年07月06日

京洛逍遥(326)三条河原町からバスで帰宅

 早朝、京阪三条駅前に着きました。昨夜渋谷を23時半に発ったので、6時間ほど揺られていたことになります。楽しかった懇親会で麦焼酎のお湯割りを2杯も呑んだこともあり、快適でした。
 ただし、車中で横の席の方の鼾が断続的に聞こえていたので、夜中に何度か目が覚めました。

 最近「UP24」というリストバンドをしています。これは、睡眠、運動、食事などをチェックする、ウェアラブルコンピュータの一つです。無線で iPhone にデータを送信する健康維持のための小道具です。
 今日で16日目です。まだ試用段階なので、1ヶ月後には詳しく報告する予定です。


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 その「UP24」による今回の車中での私の睡眠については、次のような情報が記録されています。


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 このグラフによると、渋谷から三条までの6時間ほどの間で、5回目覚めていたようです。やはり、いつもの私の睡眠パターンとは違います。

 眠りに落ちたのが11分後だということなので、寝つきは良かったと言えるでしょう。これが、麦焼酎2杯の影響かもしれません。

 浅い睡眠と深い睡眠を繰り返し、その間で何度か目覚めています。午前4時前から浅い睡眠となり、5時過ぎに起きたこともわかります。
 こうした日常とは異なる睡眠状況が、今後とも自分の体調管理に貴重な情報を齎してくれます。

 今回の路線の場合、次の停留所となっている京都駅前で降りるよりも、この一つ手前の三条の方が早く家に帰れます。少し頑張れば、歩いてでも帰れるのです。

 三条河原町で朝食を摂りました。これも、「UP24」の記録によると、651キロカロリーで糖質0グラムとなっています。この記録は出来合いのデータベースを利用しているものなので、実際に口にしたものとは誤差があります。しかし、おおよその見当をつけるのに役立ちます。私は管理栄養士ではないのですから、おおよそで大丈夫です。

 三条大橋の下は、ゴミ捨て場みたいになっていました。カラスの大群が食い散らかしています。
 昨夜から、この河原で飲み食いした方々が、ゴミを放置して帰られたようです。困ったことです。それにしても、三条河原町周辺は早朝にもかかわらず、多くの若者たちがいるのには驚きました。

 三条河原町のバス停で、家の前まで行くバスを待ちました。かれこれ40分ほど待ってから、やっとバスが来ました。夜行バスよりも市バスを待つことに疲れます。家まで歩けばよかった、と後で思い返しました。

 また、中年以上の市バスの運転手さんの不愛想さは相変わらずということはともかく、バスの車内に流れる案内のアナウンスに、最近は特に違和感を抱いています。フレーズを巧みにつなげた女声のアナウンスです。そのイントネーションが平板なので、語尾が微妙に間抜けの印象を受けます。
 このあたりは、慎重に専門家のアドバイスを取り入れてのものだと思われます。しかし、まだまだ人間らしさに近づける努力が必要です。
 こんな調子では、私の知り合いで海外からお出でになった方を、市バスには乗ってもらいたくありません。この奇妙な案内を、笑われるのが明らかだからです。
 海外の知人と、こんな恥ずかしいことで会話を盛り上げたくないと思っています。
 省力化や自動化はいいとしても、やはり絶えることのない日々の改良改善は大事なメンテナンスです。一日も早く、この市バスの車内アナウンスのイントネーションを改善してください。

 今日は、街のそこここに浴衣姿の男女が多いことが目立ちました。浴衣は、若者らしくて好きです。若者の着崩した洋服で、だらしなさが目立たつ昨今なので、この浴衣姿は男女共に気持ちがいいものです。襟元と足下さえ気をつけていれば、爽やかさが引き立ちます。
 東京のビル群の中はともかく、京都は視線が低く、三条や四条でも背景が和風を基調としているので、和装に違和感がありません。

 私もお正月には着物を着ます。しかし、日常的には着ないので、機会を見つけては着たいと思っています。東京では違和感があっても、京都では周りが和と調和しやすい環境があるので、折々にチャンスを狙ってみましょう。

 午後から家の周りの草花の水遣りをしたのにもかかわらず、夕刻までには雨となりました。丁寧に水をかけたので、その甲斐がなくなりがっかりです。

 そうこうするうちに、娘から樂吉左衛門さん直々のお茶会に行かないか、との誘いがありました。本物の樂茶碗に触れられるとのことです。しかし、あいにくその日は、鳥取県の日南町に行って、ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「蜻蛉」の古写本を読むイベントがあるのです。
 残念ながら無理だと伝えると、10月を設定してくれました。

 こんな時に着物を着て行けたらいいのに、と思いながら、自分のお茶の腕前と手持ちの着物のことを考えると、なかなか思うように日本文化を身に付けて出かけられないのが残念です。
 日常的に和風の準備をしていないので、今後はこうしたことも気にかけておくことにします。
posted by genjiito at 21:28| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2014年07月05日

出版法制史研究会の例会に参加して

 「出版法制史研究会」の第10回例会が、國學院大學で開催されたので、中京大学の浅岡邦雄先生に誘われるままに初めて参加しました。今回は、出版学会との共同開催でした。参加者は三十数名と盛会で、研究発表のみならず、質疑応答でも貴重な刺激をいただきました。


日時: 2014年 7月 5日 (土) 午後1時30分〜6時
会場:國學院大學 渋谷キャンパス若木タワー5F 0509教室
発表論題
 中野綾子(早稲田大学大学院生)
  「戦場での読書行為―陸軍発行慰問雑誌の比較を通して―」
 
 大津直子(日本学術振興会特別研究員(PD))
  「谷崎源氏と時局―〈旧訳〉の削除から透かし見えるもの―」


 過日、研究仲間の安野さんから冨倉徳次郎のエッセー「陣中に源氏物語を講ずる話」(『北の兵隊』青梧堂、昭和17)の存在を教えていただきました。すぐに読みました。これは、日中戦争の際、北満国境警備部隊の兵士が兵舎で『源氏物語』の文庫本をもとにして勉強会を開いていたというものです。
 それを読んだばかりだったので、中野さんの発表は興味をもって聞きました。

 本日の発表は、戦時下の学徒兵及び兵士の読書行為を調査研究したものです。知らないことだらけということで、おもしろく聴きました。
 慰問のための雑誌の再利用に留まらず、1939年5月を機に「陣中倶楽部」と「兵隊」の2誌が同日に創刊されたそうです。その歴史の背景は今後の課題のようです。

 また、ドイツの「塹壕文庫」が前線の塹壕及び野戦病院に寄付されたことを例にして、日本でも「前線文庫」の計画があったそうです。これについては、その他、各国で本や雑誌が読み物として戦地に送られていたのです。日本は、この点では遅れていたようです。
 戦地での読書体験に関しては、兵士たちが何を読もうとしていたのか、何を読みたかったのかを含めて、興味深い問題です。先の、『源氏物語』の輪読会をしていた兵士たちは、古典文学に関する素養があったのではありません。日本の文学の中で『源氏物語』というものに対しての憧れがあり、死ぬ前にどうしてもその日本文化の精華を知りたいという、非常に純粋な動機があったのです。

 そんな問題意識をもって臨んだ本日の発表から、さらに知りたくなったことを列記しておきます。

・海外の国では慰問雑誌のような性格の読書行為についてどこまで解明されているのか?
・慰問雑誌で女性の文章が果たした役割は?
・慰問雑誌に掲載された文章の内容の検討は?
・兵士が求めていた、読みたかった内容は?


 なお、昭和13年の『銃後の横浜』に谷崎潤一郎の「港の人々」が再録されているそうです。なぜこの作品を、ということも含めて、後日確認してみます。

 また、『銃後の京都』という、戦地慰問のための雑誌もあったらしいのです。この『銃後の京都』を探してみようと思います。
 中野さんがお持ちだった雑誌の写真を紹介します。
 まだその存在が確認されていない『銃後の京都』の表紙は、この『銃後の大阪』の表紙から想像するに、やはり京都の神社仏閣や伝統文化を取り上げたものだったかと思われます。
 この件に関して、何か情報をお持ちの方がいらっしゃっいましたら、ご教示をお願いします。


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 次に、大津さんの研究発表は、かねてより楽しみにしていた研究内容なので、いろいろと教えてもらうことになりました。

・昭和9年の谷崎源氏着手の確認から始まりました。
・谷崎源氏は、嫁入り本として豪華本を意識したものだったこと。
・谷崎源氏プロジェクトの解明は急務である。
・旧訳の削除は山田孝雄ではなく、谷崎自身が相当着手していたこと。
・訳文削除については、谷崎主体説が支持されるようになってきている。
・玉上琢彌は旧訳で削除された箇所を丹念に補う役割を果たした。
・新訳は原文重視で忠実に訳している。
・谷崎は逐語訳を目指した。

 旧訳の削除は、そこに規範意識がある、とする、この指摘は重要だと思いました。ただし、訳者が読者をどう意識しているかが大切ではないか、と思いました。
 さらに、谷崎旧訳の削除箇所は禁忌3箇条以外が6割もあるということなので、それをどう見るかが問題です。
 この問題は、結論は急がない方がいいと言えます。
 そして、なによりもこれは、学祭的な共同研究のテーマです。
 大津さんの今後の活躍が、ますます楽しみになりました。

 そんなこんなを、感想交じりで最後に質問しました。

 終了後は、渋谷での懇親会にも参加しました。
 非常に楽しい会でした。専門を異にするメンバーが集まっているからでしょう。
 二次会は、学生時代から恩師に連れられて行った呑み屋でした。

 先ほど散会し、これからこのまま渋谷発の夜行バスで京都に帰るところです。
 今、渋谷マークシティ5階にある、夜行バスの待合室です。
 パソコンをとり出し、ベンチで拙文を認めています。
 充実感を手応えとして、慌ただしく東西の移動を繰り返す日々です。
posted by genjiito at 23:18| Comment(0) | ◆源氏物語

2014年07月04日

井上靖卒読(184)「川村権七逐電」「一年契約」

■「川村権七逐電」
 細川忠興の妻が、人質として大坂城へ入るのを拒んで自害しました。そのことが、多くの武将とその家族たちに衝撃を与えます。伊予松山の加藤嘉明の家臣だった川村権七は、大坂の留守屋敷から忠興の妻を連れ戻す大役を帯びます。誰も志願しない中を、自ら申し立てたのです。大きな身体と力持ちであることから、合戦必定の大坂へ出たかったこともあります。大坂で忠興の妻に仕え出した権七は、生き甲斐が変わります。合戦から女人へと。そして逐電。15年間の荒行を経て、加藤の家老となる権七。人間が持つ不可思議な運命と魅力と生き様が、読者にさまざまなことを想起させます。逐電中の15年間に何があったのかは、ここでは語られていません。そこに思いを馳せるとき、この権七に代表される人間としてのありようが、波乱の時代を背景にして読者にあらためて考えるヒントをくれます。【4】
 
 
初出誌:週刊朝日別冊
初出号数:1958年8月
 
旺文社文庫:真田軍記
ロマンブックス:楼蘭
井上靖小説全集11:姨捨・蘆
井上靖全集5:短篇5
 
 
 
■「一年契約」
 別れるための最後の旅行に出かける男女。井上靖が好んで設定するドラマです。妻正子は伊豆の療養所にいます。その妻が退院するのが、酒場で知り合ったみさ子と一年契約を終える時と重なるのです。毎月一回という契約は、みさ子から持ち込まれたものでした。みさ子は外国航路の船中にある婚約者との結婚資金を調達することから、「一年間買って戴きたいんです」という申し出を大植にしたことがきっかけでした。割り切った考え方で、社長をしている大植は月に一度旅行する関係を続けてきました。最後の行き先は諏訪湖です。旅館で別れる朝、潔い女と未練が残る男が描かれます。
 この物語の閉じ方は中途半端だと思いました。本当に書きたいことを語っていないように思われます。この点について、私は、実話が背景にあるために作者なりの心遣いがなされたからではないか、と思っています。言い足りない気持ちのままに筆を置いた印象が残ります。【2】
 
 
初出誌:小説新潮
初出号数:1958年10月号
 
集英社文庫:青葉の旅
講談社文庫:北国の春
潮文庫:傍観者
井上靖小説全集27:西域物語・幼き日のこと
井上靖全集5:短篇5
 
時代:昭和、ある年の9月頃
舞台:東京都(築地、京橋)、神奈川県(箱根)、千葉県(大洗、調子)、静岡県(沼津)、長野県(上諏訪、諏訪湖)
 
 
 
〔参照書誌データ〕
「井上靖作品館」
posted by genjiito at 23:55| Comment(0) | 井上靖卒読

2014年07月03日

藤田宜永通読(20)『孤独の絆』

 藤田宜永の『探偵・竹花 孤独の絆』(2013.2.10、文藝春秋)を読みました。「探偵・竹花」シリーズの4作目です。
 数年前の作品を集めたものです。私はこの時期の作品が好きです。


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 これまでの3作は以下の通りです。

(1)「探偵・竹花 ボディ・ピアスの少女」(1992年、双葉社)
(2)「探偵・竹花 失踪調査」(1998年、光文社文庫)
(3)「探偵・竹花 再会の街」(2012年、角川春樹事務所)


 ある時から恋愛物に宗旨替えした藤田宜永に、私は大いに失望していました。しかし、最近は少しずつではあるものの、かつてのテンポのいい作品を発表するようになりました。藤田宜永らしさは、このスリリングで軽快な展開にあると思っています。この軌道修正を歓迎しています。
 読者が作者の作風に拘るのも、現役として活躍する作家だからこそ要求出来ることなのです。

■「サンライズ・サンセット」
 藤田宜永の探偵物は、テンポのよさが特徴です。今回も快調です。人間関係の説明は、相変わらずうまくありません。本話は、一幕ものの芝居として、よくまとまっていると思います。欲を言えば、スパイスをもっと、という勝手な思いを抱きました。【3】
 
(初出誌『オール讀物』2010年2月号)
 
 
■「等身大の恋」
 探偵が、些細なしぐさに目がいっているところがおもしろいと思いました。昔の音楽や車の話は、作者が得意とするネタです。この車のことが活かされています。話はテンポよく、会話も生き生きとしています。ただし、人間関係の設定が雑です。もったいないことです。人間をじっくりと見据えて語ることは、どうやら苦手のようです。【2】
 
(初出誌『オール讀物』2010年8月号)
 
 
■「晩節壮快」
 認知症の老人を扱った話です。美術ギャラリーでの詐欺や、競馬の大当たり等は、稚拙な設定に留まっています。しかし、人間の温かさが描けています。その意味では、雑ながらもまとまった作品に仕上がっています。【3】
 
(初出誌『オール讀物』2011年2月号)
 
 
■「命の電話」
 孤独に生きることがテーマとなっています。理屈っぽい展開です。藤田にしては、めずらしい構成です。キルケゴールのポジティブな発想を、もっとわかりやすく、明るく語ってほしいと思いました。
 話の構成に無理があるように思えます。しかし、人間が炙り出される手法を身に着けた藤田は、新しい小説の世界を見つけたようです。今後の活躍が楽しみになってきました。【4】
 
(初出誌『オール讀物』2012年2月号)
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | 藤田宜永通読

2014年07月02日

藤田宜永通読(19)『女系の総督』は次作を期待させるか?

 藤田宜永の新刊である『女系の総督』(2014年5月、講談社)を読みました。


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 この小説の舞台は、東京で私が生活の起点としている宿舎がある深川一帯です。富岡八幡宮や深川不動尊、そして門前仲町界隈など、いつも歩いている地域が出てくるので親しみを感じながら通読しました。

 最近の藤田宜永は、私が好んだ恰好良いハードボイルドから遠ざかり、ふにゃふにゃした恋愛物に移っていたので、その評価を低くしていました。
 作家も変化して成長しないといけません。しかし、私は藤田宜永の恋愛観はともかく、その恋愛物の筆致に馴染めません。

 今回の作品は、まだ中途半端です。だらだらとお喋りが続き、軽さを狙って半身を装ったスタイルが、どうも手抜きにしか思えませんでした。

 それでも、テンポがよくなったので、素直に入っていけました。しかし、しだいに話が弛れてきます。

 この作品は5章仕立てです。私は、この第1章と第5章だけで十分だと思います。第2章から第4章は、家族の問題や主人公の恋愛と母の認知症などの健康問題がだらだらと語られます。このスタイルは、藤田宜永が手を付ける手法ではないと思います。

 次作への変化を期待しながら、本書におつきあいしました。
 まだまだ、藤田宜永は自分探しの旅をするのでしょうか。私には、藤田宜永に求めるものが明確にあるので、余計な回り道をしなくても、と思っているところです。ほっといてくれ、と言われればそれまでですが。

 さて、第1章は女同士の会話がテンポよく交わされていて、快調に始まります。肩の力を抜いた語り口が、読みやすくしています。どこでその脱力感から緊張した場面に転換するのかを、楽しみにしながら読み進めました。
 東日本大震災と原発やガンのことにも、今どきの話題として言及されます。しかし、それは表層をなぞるだけに終始するので、もっと語ってほしいところでした。母の認知症に関しては、最後まで主人公やその家族に関わる問題として取り上げられています。社会問題としての目が加われば、いいテーマになりそうです。
「親の一生は、子供にとっては謎だらけなのだ。」(67頁)
と言うことばには納得しました。
 しかし、それをとことん突き詰めないで、傍観者的に取り込まれていたのが残念でした。これは、今後のテーマにしたいのでしょうか。

 第2章に入ると、途端におもしろ味が薄れます。恋愛感情を語らせると、どうも流れが淀みます。語り手が逡巡していては、それを読まされる方は疲れが倍増します。恋愛感情の絢は、今は他の作家にまかせればいいのに、と感じます。ここでは、下手な恋愛話をする一人の男に成り下がっています。
 また、女と距離をもとうとし、引き下がる男を語る段になると、筆の弱さが露呈します。もったいないところです。
 この章から第4章にかけては、早く終局になってほしいと望みながら読みました。無理に話を盛り上げようとしてか、不倫相手の女が家へ押し掛けて来たりします。
 ご丁寧に、作者が自分で次のように言って、予防線を張っています。まさに、テレビドラマの台詞が並んでいるところです。自分で書き続けながら、その陳腐さに自分で気付いたのでしょう。

安手のテレビドラマにありそうな台詞。この手の台詞を平気で書く作家のものは読みたくもないが、現実面においては、侮れない一言である。(168頁)

 この章は、低俗な会話と屁理屈が続いています。

 第3章でも、酒場でのとりとめもない会話を長々と読まされます。主人公の恋愛マイスターぶりにも飽きます。
 頭を切り替えて、話を転換してほしてところです。

 第4章も、何ということもない、たわいもない話が展開します。気を抜いた文章です。
 人間の心の細かな動きを追うことが中心となっています。ただし、それが些細な心の中の動きなので、全体の流れとバランスがとれていません。もっと展開をおもしろくし、事件を呼び込んでほしいところです。
 丹念に人と人との心の襞を描こうとしています。それは伝わってきます。しかし、そこにもっと膨らみと余裕があったら、読者は疲れと飽きを感じないはずです。
 後半で、主人公の妻が幼い娘に手をかけようとした件は、久し振りに緊張感が漂います。私が望む、藤田らしい描写となっています。この話題を出し惜しみせずに、もっと早く前半で扱うと、全体的に引き締まった作品になったのではないでしょうか。それを躊躇した作者の思いに興味を持ちました。

 第5章で、娘の事故によりやっと話が活気を帯びます。第1章のテンポの良さが戻ってきました。藤田宜永は、情に訴える話は諦めたほうがいいと思っています。
 この第5章の勢いで次作を書いてもらいたいと思います。藤田宜永は、筆のパワーと息もつかせぬ展開が信条の作家だと思っています。それを楽しみにして、私は読んでいます。女心の訳知り顔の分析は、他の人に任せればいいのです。
 最終章に見られるように、話の最後の盛り上げ方はまだまだ健在です。いや、もっと盛り上げられます。抑圧された恋愛を描く練習をした時期の影響が残っているのか、自制的に話を閉じようとしています。【3】

 がんばれ、藤田宜永!
 
 
 初出は、2011年12月から2014年2月の間に、学芸通信社より以下の新聞に配信されたものです。
 「信濃毎日新聞」「熊本日日新聞」「高知新聞」「秋田魁新報」「北國新聞」「神戸新聞」「中国新聞」
posted by genjiito at 22:52| Comment(0) | 藤田宜永通読

2014年07月01日

京洛逍遥(325)詩仙堂下の京菓子司「かぎ隆三」

 北大路通り沿いの下鴨東本町に、小さいながらも上品な茶道具を置いておられる「古美術 茶木」さんがあります。いいものも多い中に、私のような素人でも手の出せる小物が時々あります。ご主人の茶木さんも気さくな方なので、ふらりと入ってしまいます。

 茶木さんはお話し好きです。そして、お店に立ち寄るといつも、さっとお茶を点て、お茶菓子を出してくださいます。
 あるとき、お茶と共に出されたお菓子を妻がいたく気に入りました。

 先月、東京でお茶を嗜んでおられる方へのお土産を探しに、妻と自転車で詩仙堂周辺を散策しました。確か、茶木さんのところでいただいたお菓子が、詩仙堂に近いところのお店のものだったことを思い出したからです。そのお菓子は、あっさりとした上品なお菓子だったのです。

 その折のことを、本ブログにアップする暇のないままにバタバタしていて、つい書いたままになっていました。忘れないうちに、文書保管箱から取り出してここに紹介します。

 詩仙堂周辺といっても、うろ覚えでした。一乗寺近辺だったかもしれません。
 京都には、お菓子屋さんが至る所にあります。
 最初は違うお店に入りました。お店の方に聞くと、私たちが探しているお菓子をご存知のようでした。しかし、しりまへんな、と口を濁しておられます。

 仕方がないので、思い切って茶木さんに電話をして、あの時にいただいたお菓子屋さんの住所と電話番号をあらためて聞く、ということになりました。道順も、詳しく教えてくださいました。京福電鉄の詩仙堂と一乗寺周辺というよりも、高野川と東大路通りに挟まれた旧大原街道だったのです。

 目指すお店は、詩仙堂丈山寺御用達の京菓子司「かぎ隆三」さんです。


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 お店は落ち着いた雰囲気で、お店のご主人は、茶木さんがいつも求めておられるお菓子をよくご存知でした。
 そこで、先だってお茶請けにいただいたお菓子と同じ、焼き菓子の「花びら」と「そばつくね」をいただきました。


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 京洛を逍遥しながら手にするお菓子は、ささやかな贅沢を楽しめるものとなっています。
posted by genjiito at 22:58| Comment(0) | 美味礼賛