2014年06月10日

読書雑記(101)谷津矢車『洛中洛外画狂伝 狩野永徳』

 『洛中洛外画狂伝 狩野永徳』(谷津矢車、2013年3月、学研パブリッシング)を読みました。これは、作者の小説デビュー作です。


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 先日、山本兼一の『花鳥の夢』を読んだばかりだったので、狩野永徳の人生や洛中洛外図屏風などが頭の中で錯綜しました。ただし、小説作法も作風もまったく異なるものなので、きれいに読みわけられました。

 狩野のお家芸は、粉本をそのままに描くことでした。その手法への疑問と抵抗を強く示す源四郎(後の永徳)が語られています。絵の注文主は、絵師個人の絵ではなくて、狩野工房に代々伝わる絵を求めている、ということへの反発です。

 土佐家から預かった蓮という娘が、生き生きと源四郎に絡んできます。物語を背後で支え、雰囲気を明るく鮮やかにしています。妻となってからよりも、それまでの描写がいいと思います。

 粉本に依る狩野の絵の先を見る源四郎と、その粉本を守る父松栄との確執は、何度も迫力をもって語られます。ものまねからの脱却を心に秘めた源四郎が強調されていきます。
 父松栄の生き様は、その描き方に意地の悪い視線を感じました。ここまで醜く描かなくても、と思ったほどです。それだけ巧い語り口だ、ということです。
 源四郎がこれまでの狩野を越えることを強調するためには、この父への反発が必要だったとしても、父をこのように扱うことには納得できない思いが、読後の今も残っています。人間に対する作者のまなざしに、もう少し温もりを、と思いました。

 読み終えて、最終章である「5業火」が一番力強い文章になっている、と思いました。それまでは、妻の蓮を丁寧に描いていました。最後に一番弟子の平次を看とる場面で、作者の筆の冴えを感じました。

 なお、山本兼一の『花鳥の夢』(2013年4月刊、初出誌:『別冊 文藝春秋』2009年11月号〜2012年9月号)では、参考文献と取材先への謝辞が明記されています。ただし、洛中洛外図屏風の絵は掲載されていません。
 それに対して、本作『洛中洛外画狂伝 狩野永徳』(2013年3月刊)では、表紙と裏表紙の見返しに、上杉本洛中洛外図屏風の全体図と拡大図が掲載されています。しかし、参考文献などの明記はありません。
 こうしたあたりに、この2冊の本の性格の違いがうかがわれます。

 洛中洛外図屏風絵について、私はあったほうがいいと思いました。読み進みながら、絵にどのように描かれている話なのかがイメージしやすいからです。もっとも、これは絵画の知識をあまり持ち合わせていない一人の読者からの注文です。

 もし再読する場合には、山本兼一の『花鳥の夢』では当初の通りに、屏風絵はいらないと思われます。語られることばで、十分に屏風絵のイメージが描けそうだからです。
 その点から言えば、本作はどうしても屏風絵の拡大図が必要です。
 歴史物における地図や系図の要不要に関係するものです。主人公である狩野永徳が洛中洛外図屏風を描く顛末を語るこの2冊の小説の場合に、挿し絵としての参考資料の有無は、その要不要を考えるだけでも楽しい一時を過ごせます。【3】続きを読む
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ■読書雑記