2014年06月03日

読書雑記(100)山本兼一『利休の茶杓 とびきり屋見立て帖』

 山本兼一の新刊『利休の茶杓 ─とびきり屋見立て帖』(2014/5/29、文藝春秋)を読みました。これは、本年1月に急逝した山本兼一が遺した、シリーズ第4弾です。幕末の京都を舞台として、若夫婦の真之介とゆずが茶道具の見立てで奮闘します。


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■「よろこび百万両」
 初秋の東山で、蔵に収蔵されている茶道具の目録作りが進んでいます。真之介とゆずは快調に整理をしています。そして、大変なものを預かることになり、話が俄然おもしろくなります。ここでは、茶道具の値打ちが1つのテーマとなります。唐物のすごさが、読む者にも伝わってきます。千両の値をつけた盆に、お茶菓子を盛って薄茶をいただくシーンがあります。満ち足りた心のゆとりが語られている場面です。
 なお、「三条大橋のたもとを左に曲がった。(改行)ゆるい坂をすこしくだって……」(18頁)とあります。山本氏は、三条通りが秀吉によって築き上げられたものであり、寺町通りの鴨川寄りが南北方向に盛り上がっていることを、よくご存知のようです。よく調べておられます。【5】
 
(初出誌『オール讀物』2011年8月号)
 
 
■「みやこ鳥」
 桂小五郎、三条実美、近藤勇などが御所での騒乱に登場します。風雲急を告げる世相が活写されます。文久3年(1863年)のことです。『伊勢物語』や『古今著聞集』の和歌が出てきて、教養話となっています。三条公らの七卿都落ちです。話は静かに次へとつながっていきます。【2】
 
(初出誌『オール讀物』2011年11月号)
 
 
■「鈴虫」
 長次郎の黒楽茶碗の話です。お茶道具のいい勉強になります。作者は、よほどよく調べたものと思われます。長次郎の鈴虫と2代目常慶の春雷という黒楽茶碗が、入れ替わっていたという話でまとまります。きれいに収められています。【4】
 
(初出誌『オール讀物』2012年2月号)
 
 
■「自在の龍」
 自在置き物の龍の首を、あるサインで向きを変えながら飾ることが、幕末の京都の政情とリンクしています。ミステリーじみた展開に、読み進む楽しみが殖えます。幕末という社会情勢がいろいろと顔を見せ、おもしろいのです。桂小五郎が龍の首の向きを確認して立ち去る場面などは、いかにも三条近辺でのできごととして見てきたようなので、非常に楽しめます。芹沢鴨は、このサインが見破れないのもおもしろいところです。【3】
 
(初出誌『オール讀物』2012年6月号)
 
 
■「ものいわずひとがくる」(単行本化にあたり改題)
 11個の楽茶碗と東西の家元の話が、おもしろく展開します。そして、タイトルともなる「ものいわずひとがくる」ということばに、道具や人間だけでなく、意外な意味を持たせることになるのです。味わい深い小品です。【4】
 
(初出誌『オール讀物』2012年9月号)
 
 
■「利休の茶杓」
 日本一の茶道具屋を目指す真之介たちは、茶杓簞笥に入っている茶杓をめぐって勉強会に精を出します。芹沢鴨と若宗匠とが茶杓をめぐる目利き勝負をする様子が、おもしろおかしく語られます。利休と織部の朝顔の茶事の逸話が、この話の背景にあるのも、物語の奥行きを感じさせます。
 さて、利休が削った茶杓「しのゝめ」はどこに消えたのか。楽しい推理物ともなっています。茶杓、筒、箱、添状が揃い、めでたしめでたしとなるお話です。書名にふさわしい最終となっています。【5】
 
(初出誌『オール讀物』2013年12月号)
 
 
 なお、この〈とびきり屋見立て帖シリーズ〉に関して、これまで本ブログでは以下の3本の記事で取り上げています。
 本年1月に山本氏が急逝されたことにより、この第4作目が最後となったことは、返す返すも悔やまれます。

(1)「読書雑記(56)山本兼一『千両花嫁 ─とびきり屋見立て帖』」(2012年12月18日)

(2)「読書雑記(57)山本兼一『ええもんひとつ −とびきり屋見立て帖』」(2012年12月19日)

(3)「読書雑記(63)山本兼一『赤絵そうめん』でお茶のイメージトレーニング」(2013年04月17日)
posted by genjiito at 22:39| Comment(0) | ■読書雑記