2014年03月31日

京洛逍遥(311)祇園白川の書道展で長唄三味線を聴く

 学生時代に書道を教わっていた吉田佳石先生が、今年も京都の展覧会に作品を出品なさっています。また、今日は会場にお出でになるということです。昨夏の東京銀座での展覧会に行けなかったので、お目にかかるだけでもと思って出かけました。

 昨春のことは、「新年度の朝日と白川の書道展」(2013/4/1)に書いた通りです。
 今年も、祇園白川にある「ギャラリー門前」です。小雨の中を、京大病院からもう少し南に下った、知恩院前でバスを降りてすぐの会場に行きました。

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 字に関して私は、下手くそを自認しています。今も恥を掻きながら、手書きの文字を遠慮がちに書いています。早くからワープロに飛びついたのも、このことが関係しています。
 吉田先生のお世話になったのは、大学の2年生の時だったと思います。ミミズのような字に同情してくれた同級生の薦めを受けて、書道を習うようになったのです。

 生来の悪筆なので、上手くなるはずがありません。それでも、工夫した墨で文字を掠れさせながら、何とかごまかした渇筆で「蘭亭序」を連落ち一枚半に書いたところ、何と何と毎日展で入賞、という奇跡を体験しました。

 ただし、その後も時間を見つけては書道のお稽古に行っていました。ついでと言ってはなんですが、山田流の箏曲も、ほんの少しだけ。
 やがて大学院の修士課程を終えて大阪に転居すると共に、しばらくは通信教育で続けていたものの、しだいに遠ざかっていきました。それでも、先生から書道展の案内などが来ると、時間がある時に立ち寄り、作品を拝見して来ました。

 昨年は、東京からいらっしゃる先生とはすれ違いだったために、2年ぶりにお目にかかりました。相変わらずお元気で、現役として作品を書き続け、教え続けておられるお姿を拝見し、嬉しくなりました。そろそろ喜寿のはずです。

 今日は、ちょうど会場で長唄三味線の演奏会があり、お言葉に甘えて参会させていただきました。今藤佐志郎社中の七名の女性のみなさんでした。
 本日の演目は、「松の緑」「都鳥」「元禄花見踊」です。「元禄花見踊」は、時代劇の映画でよく耳にしたメロディーでした。日頃こうした音楽に縁のない私も、目の前でのバチ捌きを見つめながら、緩急和合の合奏に親しみをもって聞き入りました。

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 日頃の練習の成果を、こうした機会に発表なさっているのです。いい成果発表会になっていたと思います。
 横に控えておられたお師匠さんは、曲を先導しながら、お弟子さんたちの調弦に励んでおられました。天気がよくなかったので、しだいに音がズレるようです。特に、象牙を使った三味線は、扱いが大変そうでした。

 なお、写真の後方中央に掲げられている「遠翔」とある書が、吉田先生の作品です。

 帰りは、祇園白川沿いの桜を見ながら、雨も上がったのでのんびりと三条河原町に出ました。

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2014年03月30日

京洛逍遥(310)京洛の桜はちらほらです

 賀茂川周辺の桜の様子を見るため、早朝散歩に出かけました。
 我が家に一番近い賀茂川沿いの桜は、まだ蕾です。

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 また、私が1番好きな、トントンと我が家で言っている飛び石のそばの桜も、まだまだです。

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 ただし、その少し下流には、早々とみごとに咲いて楽しませてくれている桜もあります。

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 川縁に、あまり見かけない鷺がいました。
 新人なのでしょうか。落ち着きがありません。よそ者の雰囲気を漂わせています。

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 賀茂川沿いに下って行き、出雲路橋から下鴨神社へと足を向けました。
 西の鳥居から入ってすぐの三井社の前に「擬雪」と呼ばれる椿の花が咲いていました。

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 その前の説明板には、次のように書かれています。


  「擬雪」
 光格天皇は、江戸時代寛政五年(一七九三)三月、御親拝になり御祭料を御奉献になった時、御遺愛の白玉椿の大樹を御神前に御奉献になりました。
 花は中輪で、半八重咲き、花色の白さは格別で雪にもまがうさまで「擬雪」と名付けられました。
 しかし、長年の風雪に耐えず枯淡に達し、この度平成平成二十七年第三十四回式年遷宮により、三井社の御修理が完成しましたので、奉祝記念として三井グループの三井物産株式会社、株式会社三井住友銀行、三井不動産株式会社より同種を旧地に植栽奉納になりました。
 また、同椿は当神社社家鴨脚家と金工の名手であった後藤祐乗の屋敷(新町鞍馬口・擁翠園)にも下賜され、三井家に保存されていました。


 この説明文の後半の意味が、私には正確に読み取れません。しかし、とにかくありがたい椿のようです。確かに、ちょうど満開だったこともあり、真っ白で清らかな花でした。
 これからしばらくは、この椿の花が見頃のようです。

 境内の東側にある御手洗川に架かる輪橋の右には、尾形光琳の「紅白梅図屏風」で有名な梅があります。
 その輪橋と鳥居のそばに佇む桜も、咲き出すとなかなか趣があります。

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 ちょうど、かわいい小鳥が一羽やってきて、花と枝の間をチョンチョンと飛び交っていました。春を感じます。

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 その足で京大病院へ行き、その後に烏丸御池の病院へと、慌ただしく身体のチェックをする1日となりました。

 京大病院の東側を南北に走る川端通りと賀茂川の間の小径は、私がよく桜や紅葉を撮影するところです。京都大学稲盛財団記念館のある地点です。
 今日は、手前の桜は咲き出していましたが、下鴨に向かう道々の木々は、ちらほらという状態です。

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 また、烏丸御池にある、柳池小学校跡の早咲きの桜は見事でした。

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 柳池小学校は、日本で最初に開校された番組小学校の一つです。ここに今は、御池中学校が建っています。
 この場所についてはあまり知られていないようなので、「京都通百科事典」からこの「柳池小学校跡(りゅうちしょうがっこうあと)」に関する「経緯」の項目を引いておきます。
(なお、「京都通百科事典」はボランティアの協力により執筆されたものであり、ここからの引用は、登録メンバの一人として自分のブログに転載するものです。)


 明治維新
 1868年(皇紀2528)明治元年9月
 京都市の町組改正が行われ、上京33・下京32の65番組ができ、それぞれの町組に1校の小学校兼町会所が開設されることになる

 1869年(皇紀2529)明治2年5月21日
 富小路御池角守山町の仮校舎で、上京第二十七番組小学校として日本最初の小学校が開校される
 同日に、下京第十四番組小学校(修徳小学校(しゅうとくしょうがっこう)でも開校式が行われた
 その後、同年内に、全国に先駆け64の番組小学校が開校される

 1873年(皇紀2533)明治6年
 現在の地に、新築校舎が建設され移転する

 1875年(皇紀2535)明治8年
 校舎の一角に、幼稚遊嬉場(ようちゆうぎじょう)が創設される
 (後の幼稚園となり、その後、閉園される)

 1947年(皇紀2607)昭和22年
 新学制施行により、柳池中学校となる

 2003年(皇紀2663)平成15年4月
 京都城巽中学校(じょうそんちゅうがっこう)と統合して、京都御池中学校となる


 この一画にオープンカフェがあるので、食事をしながらお花見ができます。
 京都市役所から歩いて5分ほどのところです。今が一番の見ごろです。
posted by genjiito at 00:15| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2014年03月29日

お釣りを受け取る時に聞こえた舌打ち

 昨夜は、立川での送別会の後、八王子に出て横浜線に乗り換え、新横浜を経由して京都に帰りました。

 いつもは、立川から東京駅へ出て、自由席でゆったりと帰ります。しかし、時間的に新幹線の最終に近かったので、東京に出る余裕がありません。また、中央線は人身事故が多いので、何かあると最終の新幹線に間に合いません。
 立川から京都まで直行の夜行バスも、何度か利用しました。しかし、最近は夜行バスの事故の不安が付きまとうようになったために、しばらく控えています。職場を出てすぐにバスに乗り込み、寝ている間に自宅周辺に着くのは、非常に便利な移動手段なのですが……

 新横浜駅の構内でお弁当を買った時のことです。ちょうどご飯の少ない、おかず中心の弁当がありました。それをいただいて大きなお金を渡したところ、お釣りのお札を丁寧に数えて手渡された後は、いつまで待っても小銭をくださいません。
 目と目が合っても、お店の方にその気配がなく、しゃがんで弁当を並べ直す仕草をされたので、「あのーお釣りを……」と言うと、しばらくしてから、「あっ、まだでしたね。」と言って、やおらレジに手を伸ばして百円玉を2枚渡してくださいました。明らかにこの方は、私に小銭を渡す、という意思がなかったのです。「まだ」であったことをすぐに口にされたので、確信犯だと感じました。

 お店でお釣りをいただく際、先にお札を数えて渡されることが多くなりました。その後に、小銭をレシートで包むようにして渡してくださいます。この新横浜の売店では、お札とレシートが一緒でした。それを受け取って、私の身体はホームに上がるエスカレータに向きかかっていました。

 私が小銭を催促したところ、その方は慌てた振りを装っておられました。しかし、新幹線に乗る直前でもあり、みんな急いでいるのをいいことにして、こうしてお釣りを渡さない癖を、アルバイトの日々の中で身に付けてしまわれたように思えました。その態度と目付きが、小銭を失念していた、というものではないことは明らかだったのです。「しまった」という目と舌打ちを聞いてしまったのです。
 あれは、お釣りを渡し忘れた自分の失態に対してではなくて、指摘した私に対する舌打ちのように思えました。

 海外ではよく経験することです。しかし、ダメで元々ということで、やってみる、言ってみる、というやり方は、日本ではやらない方がいいと思います。
posted by genjiito at 23:51| Comment(0) | 身辺雑記

2014年03月28日

気分一新、3年後を見据えたスタート

 今年も、国文学研究資料館の送別会が行われました。

 私を国文学研究資料館に温かく導いてくださった先生、40年も古典籍を整理して来られた専門員、専任教員として巣立っていく若手研究者、科研のことで無理難題を持ちかけて困らせた事務の担当者、などなど。お世話になった方々が去って行かれます。

 しかし今年は、再任用になる方がお2人もおいでなので、あまり寂しくはありません。また、館内で教えてもらう機会があるからです。

 あと数日で迎える来年度になると、新しい方がいらっしゃいます。人の離合集散が周りに活気を産み与え、いい方向に展開することでしょう。

 私も3年後の今頃は定年を迎え、皆様に見送られることになります。
 そして、科研も同じく3年後に終了となります。
 その日が無事に来るように、このまま突っ走って行くしかありません。

 桜が咲く頃になると、毎年新たにスタートする気持ちになります。
 この春のスタートは、私にとっては3年後のゴールを見据えたものとなります。
 その意味では、大事な日々の始まりとなるのです。

 あらためて、新年を迎える気持ちになってきました。
 気分一新、気持ちを引き締めて始動します。
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | 身辺雑記

2014年03月27日

気が付けば各種カードが一杯に

 いろいろな機会に携帯できるカードを作り、作らされ、また受け取って来ました。
 新年度に向けて身辺整理をしていて、持っているカードの多さにあらためて驚いています。

 まず、病院の診察券が14枚もありました。
 私の生活圏であった、大阪・奈良・京都・神奈川・東京のものです。
 もう行かない病院の診察券も、捨てるのではなくて保管はしています。
 身体にいろいろと問題を抱える身として、これはどうしようもないものです。

 「京都地域連携医療推進協議会(まいこネット)」のように、カルテデータの共有が進めば、診察券をいちいち携帯しなくても診察や治療が受けられる環境になる可能性はあります。もっとも、個人情報や民間医療機関との関係で、問題は山積していることは理解できます。
 「まいこネット」については、以下の本ブログでも紹介しました。

「心身雑記(88)手術後の回復情報と「まいこネット」」(2010/9/30)

「京大病院でCT検査を受ける」(2013/8/22)

 個人で治療内容をネットで確認できる時代です。そのことを思うと、診察券代わりに病院や医院の受付でこの種のネットに接続して本人確認をして受診する、という活用の実現は、意外と近いように思えます。
 もっとも、高齢者がIDやパスワードをどのようにして管理し、受診時に正確に病院に通知するかが、大きな問題として立ちはだかるかもしれません。その時には、指紋認証という方法もあります。

 さて、手元にあるカードのことでした。
 病院以外のカードでは、金融機関・交通機関・図書館などの公共施設、そして大手商業施設・スーパーマーケット・小売店などなど、合わせて35枚ものカードがありました。これには、テレホンカードは除いています。それでも、競合する電気店などは、他店と区別するためにも、共通化するわけにはいかないでしょう。
 中には、JAL・WAON・ビックカメラの3種類を1枚のカードに合体させているものもあります。これには、クレジットカードは切り離しています。
 こうした各種カードの合体を心掛けても、火に油を注ぐように今後とも増えていくことは明らかです。

 また別に、さまざまな教育研究機関の会員カードもありました。
 最近作ったカードは、先日行った米国議会図書館のカードです。これは、2年ごとの更新で切り替えたものです。
 海外のカードは、大英図書館のカードと共に、新規で作る時の手続きが面倒なので、大切に保管しています。日常は使いません。しかし、海外出張の折には持参するものです。

 私の場合は、多いのか少ないのかわかりません。
 ポイントカードを有効に使っておられる方は、さらに多くのカードをお持ちのことでしょう。

 はてさて、これらを常時持ち歩いているわけではないにしても、大変な環境の中に生きていることを実感します。

 数日後に消費税が8%にあがります。ポイントカードを上手く使い、賢い消費対策を練っている方もいらっしゃることでしょう。二重三重にポイントを溜める方法など、親切なアドバイスを見かけます。しかし、それもなかなか面倒なことです。
 かといって、ポイントが付いているカードを捨てる勇気もありません。
 何かこれらを統合するシステムはないものでしょうか。
posted by genjiito at 23:49| Comment(0) | ◆情報化社会

2014年03月26日

「桐壺」巻の小見出し試案(72項目版)

 現在、「桐壺」巻の翻字本文と校訂本文の整理をしています。
 校訂本文は、大島本(古代学協会蔵)ではなく、池田本(天理図書館蔵)で試案を作成中です。
 その過程で、物語の内容が把握しやすいように、詳細な小見出しを作成しました。
 諸伝本との違いや、現代語訳や外国語訳本との違いなども、この詳細な小見出しを単位として比較して見ていくと、それぞれの違いがわかりやすく一覧できるという利点があります。
 その他にも活用できそうなので、参考までにここに掲載します。
 問題箇所やお気づきの点をご教示いただければ幸いです。

 なお、この一覧は以下の順番に列記されています。

(1)■ No. 伊藤小見出し
(2)校訂本文(最初の数文字)+参照資料情報
(3)[伊井小見出し(29項目)]


 (1)の「伊藤小見出し」は、72項目に細分化されています。
  これまでの流布本では、小見出しは以下のような数になっていました。

『日本古典全書』(朝日新聞社)【18】
『日本古典文学大系』(岩波書店)【8】
『源氏物語評釈(玉上琢彌)』(角川書店)【15】
『新潮日本古典集成』(新潮社)【19】
『新編日本古典文学全集』(小学館)【17】
『新日本古典文学大系』(岩波書店)【21】
『角川古典大観 源氏物語』(角川書店)【29】

 このことから見ても、今回の「伊藤小見出し」の試案が詳細なものであることがわかると思います。

 (2)の参照資料情報としては、次の3種類を「/」で区切って掲載しました。


・『源氏物語別本集成 続 第1巻』(伊井春樹・伊藤鉄也・小林茂美編、2005(平成17)年、おうふう)の分節番号

・『源氏物語大成 第1巻』(池田亀鑑編、1953年(昭和28年)、中央公論社)の頁行数

・『新編日本古典文学全集20 源氏物語@』(1994年(平成6年)、阿部秋生・秋山虔・今井源衛・鈴木日出男編、小学館)の頁数


 (3)の[伊井小見出し(29項目)]とは、『角川古典大観 源氏物語<CD-ROM>』(伊井春樹編、1999年(平成11年)、角川書店)に収載されている、伊井版デジタル校訂本文に付された小見出しです。該当する箇所に引きました。
 これは、これまでに伊井春樹先生のご許可をいただいて、『源氏物語別本集成 続』(おうふう、各800頁、2005(平成17)年〜刊行中)や、『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(新典社、2013(平成25)年)などに、再編集版として有効に使わせていただいているものです。

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■1ある帝の御代に、身分は高くない更衣への帝寵を女御方は憎悪する
  「いづれの御時〜」(0001/五@/一七)
    [1桐壺更衣の寵愛と楊貴妃の不吉な例の噂が広まる]

■ 2帝から寵愛される桐壺更衣は、周囲からの嫉妬が集中し病弱となる
  「朝夕の宮仕〜」(0031/五C/一七)

■ 3中国の楊貴妃まで引き合いに出される桐壺更衣は、帝の愛情に頼る
  「唐土にも〜」(0073/五G/一七)

■ 4桐壺更衣は父大納言の没後に入内し、孤立無援の宮中で心細い生活
  「父の大納言〜」(0103/五K/一八)
    [2桐壺更衣は父の没後入内し、宮中での心細い生活]

■ 5美しい玉の男御子が誕生し、帝は第一皇子よりこの弟宮を寵愛する
  「前の世にも〜」(0136/六@/一八)
    [3若宮の誕生と桐壺帝の私ものとしての寵愛ぶり]

■ 6帝は桐壺更衣を厚遇し、弘徽殿女御は我が皇子の立坊に疑いを抱く
  「はじめより〜」(0184/六F/一九)
    [4弘徽殿女御の若宮立坊の疑いと桐壺更衣の心労の重なり]

■ 7帝は弘徽殿女御を気遣うも桐壺更衣を寵愛し、更衣の気苦労は増す
  「人より先に〜」(0248/六L/一九)

■ 8更衣の局は東北隅の淑景舎で、参上の折毎に酷い嫌がらせを受ける
  「御局は桐壺〜」(0288/七B/二〇)
    [5帝は桐壺更衣への執拗ないじめをいたましく思い、後涼殿に移り住まわせる]

■ 9帝は桐壺更衣への虐待を不憫に思い、局を淑景舎から後涼殿に移す
  「ことにふれ〜」(0344/七H/二〇)

■ 10若宮は三歳で袴着の儀式をし、成長と共に憎しみが賞賛へと変わる
  「この御子三つ〜」(0378/七J/二一)
    [5帝は桐壺更衣への執拗ないじめをいたましく思い、後涼殿に移り住まわせる]

■ 11若宮が三歳の夏に桐壺更衣は重病になり、御子を宮中に残して退出
  「その年の夏〜」(0439/八A/二一)
    [7若宮三歳の夏、桐壺更衣は病となり、御子を宮中に残して退出する]

■ 12帝は絶え入らんばかりの桐壺更衣をご覧になるにつけ途方に暮れる
  「限りあれば〜」(0488/八F/二二)
    [8桐壺更衣の里邸への退出と桐壺帝との離別]

■ 13輦車の宣旨を受けた桐壺更衣は、帝に歌を残して里邸へと退出する
  「輦車の宣旨〜」(0537/八M/二二)

■ 14心塞がる帝は眠れぬ夏の短夜に、桐壺更衣の死を聞き悲嘆に暮れる
  「御胸つと〜」(0608/九F/二三)
    [9桐壺更衣の死の知らせにより、桐壺帝の悲嘆]

■ 15三歳の若宮は母君の死により、服喪のため宮中から里邸へ退出する
  「御子は〜」(0644/九J/二四)

■ 16桐壺更衣の葬送は鳥辺野で行われ、母は娘と一緒にと泣き焦がれる
  「限りあれば〜」(0684/一〇A/二四)
    [10桐壺更衣の愛宕での葬送と三位の追贈]

■ 17気が動転している母は、火葬の現実も受け入れられず諦めきれない
  「「むなしき〜」(0712/一〇D/二四)

■ 18桐壺更衣に三位追贈の宣命がくだり、女御更衣たちは憎しみを増す
  「内裏より御使〜」(0741/一〇G/二五)

■ 19聡明な女房たちは桐壺更衣の美質を追想し、思慕の情をもって偲ぶ
  「もの思ひ知〜」(0775/一〇J/二五)
    [11桐壺更衣への女房たちの思慕の情]

■ 20秋となり帝はただ涙の日々の中、弘徽殿女御は桐壺更衣を許さない
  「はかなく〜」(0809/一一@/二六)

■ 21帝は若宮を恋しがり、野分だつ夕暮に靫負命婦を更衣の里に遣はす
  「一の宮を〜」(0850/一一D/二六)
    [12桐壺帝は桐壺更衣母の邸に、女房や乳母、靫負命婦などを遣はす]

■ 22帝は夕月夜の美しい折に催した管弦を思い出し、更衣の面影に浸る
  「夕月夜の〜」(0877/一一H/二六)

■ 23命婦は亡き更衣の邸に入り、八重葎で荒れた庭には月影が差し込む
  「命婦かしこ〜」(0907/一一K/二七)

■ 24更衣の母は命婦と対面し感極まり涙し、命婦は帝の仰せ言を伝える
  「南面に〜」(0937/一二A/二七)
    [13帝は祖母君に文を遣はし若宮とともに参内するよう促す]

■ 25命婦は帝の心意を更衣の母に伝え、涙にむせぶ帝からの手紙を渡す
  「「『しばしは〜」(0987/一二F/二八)

■ 26帝からの文は、若宮と共に参内するようにと懇ろに促すものだった
  「「目も見え〜」(1043/一二L/二八)

■ 27母君は桐壺更衣の入内のいきさつを語り、横死のようなさまを嘆く
  「「命長さの〜」(1094/一三E/二九)
    [14祖母君、桐壺更衣入内のいきさつを語り横死のようなさまを嘆く]

■ 28若宮が就寝した後、勅使役の命婦は役目を終えたために帰参を急ぐ
  「宮は大殿籠〜」(1149/一三K/三〇)

■ 29亡き更衣の母君は、横死した我が子への尽きせぬ思いを命婦に語る
  「「くれ惑ふ〜」(1163/一三M/三〇)

■ 30命婦は帝が悲涙の内に更衣との因縁を偲ぶさまを語って帰参を急ぐ
  「「上もしか〜」(1256/一四J/三一)
    [15靫負命婦の帰参に際して祖母君は桐壺更衣の形見の装束などを贈る]

■ 31月が沈む頃、命婦の歌を受け祖母君は惜別の情を車中の命婦に伝える
  「月は入り方〜」(1315/一五C/三二)

■ 32靫負命婦の帰参に際して、祖母君は桐壺更衣の形見の装束等を贈る
  「をかしき御贈〜」(1358/一五I/三二)

■ 33亡き更衣の女房たちは若君の参内を促すも祖母君は手放し難く思う
  「若き人々〜」(1378/一五K/三二)

■ 34桐壺帝は女房と語り明かし長恨歌の絵を見ながら命婦の帰参を待つ
  「命婦は〜」(1420/一六B/三三)
    [16桐壺帝は長恨歌の絵を見ながら靫負命婦の報告を聞き若宮の将来を思う]

■ 35帝は里邸の様を命婦から聞き、とり乱した祖母君の返書に心を遣う
  「いと細やか〜」(1469/一六G/三三)

■ 36悲嘆を隠せない帝は更衣入内の頃を思い出し祖母君をも不憫に思う
  「いとかうしも〜」(1504/一六K/三四)

■ 37帝は若宮の将来を約束し、贈物から長恨歌の釵に思いを重ねて歌う
  「「かくても〜」(1543/一七B/三四)
    [17桐壺帝は祖母君の贈り物から玄宗皇帝と楊貴妃との物語を連想する]

■ 38帝は玄宗と楊貴妃の物語から、更衣との尽きぬ愛情を恨めしく思う
  「絵に描ける〜」(1572/一七F/三五)

■ 39帝の心を踏みにじるように、弘徽殿女御は傍若無人な遊び事に耽る
  「風の音〜」(1615/一七K/三五)
    [18弘徽殿女御の傍若無人なふるまいと、帝の政治までもおろそかにしかねない悲しみ]

■ 40更衣の里邸に思いを馳せて悲しみ歌う帝は、眠ることすらできない
  「月も入りぬ〜」(1660/一八B/三六)

■ 41帝は政治まで疎かにしかねない悲しみの中で食事も召し上がらない
  「朝に起き〜」(1693/一八F/三六)

■ 42帝に奉仕する者たちも政道放棄を嘆き楊貴妃の例まで引合いに出る
  「「さるべき契〜」(1731/一八K/三七)

■ 43若宮参内で不吉な予感、弘徽殿女御は息子が四歳の春に立坊し安堵
  「月日経て〜」(1762/一九A/三七)
    [19若宮参内した翌年の春、立坊の定め、若宮六歳の年、祖母君の死]

■ 44祖母君は期待も虚しく潰え若宮六歳の年に無念さを残したまま死去
  「かの御祖母〜」(1805/一九E/三七)

■ 45若宮七歳の読書始めの後は、その聡明さと美貌に弘徽殿女御も感服
  「今は内裏に〜」(1844/一九J/三八)
    [20若宮七歳の読書始め。学問はもちろん音楽などの才能のすばらしさ]

■ 46若宮は二人の皇女方より優雅で学問や音曲にも秀でる超人さを発揮
  「女御子たち〜」(1904/二〇A/三九)

■ 47高麗の相人は鴻臚館で右大弁の子として来た若宮を観て不思議がる
  「そのころ〜」(1955/二〇E/三九)
    [21高麗人の相人による若宮の観相もあって、帝は源氏にすることを決意]

■ 48博識の右大弁と高麗人が漢詩を作り交わし若宮も興深い詩句を作る
  「弁も、いと〜」(2019/二〇L/四〇)

■ 49帝は若宮を臣籍降下させ朝廷の補佐役にと決めると学問に励ませる
  「帝、かしこき〜」(2075/二一D/四〇)
    [22帝は若宮を源氏にすることを決断する]

■ 50帝は宿曜道の判断も参考に、若宮を皇位継承権のない源氏にと決断
  「際ことに〜」(2120/二一I/四一)

■ 51更衣が忘れられず世を疎ましく思う帝に、先帝の四の宮の噂が届く
  「年月にそへ〜」(2147/二一L/四一)
    [23桐壺更衣に似ているという先帝の四の宮の入内、藤壺と称し帝の寵愛はまさっていく]

■ 52典侍は先帝の四の宮を亡き更衣に生き写しだと奏上し帝の気を引く
  「母后世になく〜」(2173/二二A/四一)

■ 53帝を巡る女たちの怖さを言う四の宮の母が死ぬと、入内の道が開く
  「母后、「あな〜」(2233/二二G/四二)

■ 54不思議なほど更衣に似る四の宮は周りに押され入内し藤壺と称する
  「さぶらふ人々〜」(2264/二二K/四二)

■ 55藤壺は皇女の身ゆえに誰に気兼ねもなく、帝の寵愛もしだいに移る
  「これは人の〜」(2295/二三A/四三)

■ 56源氏の君は常に父帝の傍にいて、若く美しい藤壺の姿を透き見する
  「源氏の君は〜」(2327/二三D/四三)
    [24若宮は藤壺を母のように慕う、世の人二人を光る君とかかやく藤壺とたたえる]

■ 57三歳で母と死別した源氏の君は、母に生き写しだという藤壺を慕う
  「母御息所も〜」(2370/二三H/四三)

■ 58帝は藤壺と源氏を愛し、更衣の形代である藤壺に源氏は好意を示す
  「上も、限りなき〜」(2396/二三J/四四)

■ 59弘徽殿と藤壺が険悪な中、世の人は光る君とかかやく日の宮と賞讃
  「こよなう〜」(2433/二四@/四四)

■ 60光源氏は十二歳で兄東宮に劣らぬ元服の儀式を帝の主導で執り行う
  「この君の〜」(2483/二四D/四四)
    [25源氏十二歳で元服、帝そのすばらしさに感嘆する]

■ 61清涼殿で左大臣が光源氏に冠を被せ、帝は更衣がいたらと感極まる
  「おはします〜」(2537/二四I/四五)

■ 62加冠の儀の後、光源氏の拝舞にみなは感涙し帝も更衣を想い感無量
  「かうぶり〜」(2580/二五@/四五)

■ 63左大臣は娘を春宮ではなく光源氏の元服の添い臥しに心積もりする
  「引き入れの〜」(2623/二五E/四六)
    [26源氏、元服の添い臥しとして左大臣娘の葵上と結婚]

■ 64祝宴で左大臣から娘葵の上との結婚を仄めかされ光源氏は恥じらう
  「さぶらひに〜」(2658/二五H/四六)

■ 65左大臣は帝から二人の結婚を催促されると返歌で応諾して拝舞する
  「御盃のついで〜」(2703/二五M/四七)

■ 66左大臣や親王たちは禄を賜い、この日の元服の儀式は春宮より盛大
  「左馬寮の〜」(2730/二六C/四七)

■ 67元服した光源氏は左大臣邸に迎えられ、娘の葵の上と初々しく結婚
  「その夜〜」(2768/二六G/四七)

■ 68左大臣は帝の信頼に加えて光源氏まで加わり右大臣家を凌ぐ勢いに
  「この大臣の〜」(2800/二六K/四八)
    [27左大臣家の世のおぼえと蔵人少将の四の君との結婚]

■ 69左大臣家の蔵人少将は右大臣家の四の君と政略結婚して牽制し合う
  「御子ども〜」(2833/二七@/四八)

■ 70光源氏は藤壺を理想の女性として慕って想い悩み、葵の上とは疎遠
  「源氏の君は〜」(2863/二七C/四九)
    [28源氏は藤壺を慕い、宮中での生活をもっぱらとする]

■ 71宮中での光源氏は藤壺の存在を慰めとし、左大臣家は温かく気遣う
  「大人になり〜」(2912/二七H/四九)

■ 72後の二条院を修築し、そこで理想の女性と暮らしたいと望む光源氏
  「内裏には〜」(2976/二七M/五〇)
    [29二条院の修築と、そこに理想とする女性を置きたいとの望み
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2014年03月25日

東京で『十帖源氏』を読む「若紫」(その3)

 東京は、コートがいらないほどに暖かくなりました。桜の開花はもうすぐです。

 『十帖源氏』の輪読会は、新宿から荻窪に会場を移してからも、順調に回を重ねています。
 今は、「若紫」を読んでいます。
 今日は、北山で若紫が雀を逃がしたと言って泣いていた場面の後からです。

 今日は、1カ所の訳で時間をとりました。それは、北山で僧都が、光源氏に次のように語る場面です。


僧都打わらひて、「うちつけなる御夢語
かな。故按察大納言世になくなる。其北方はなに
がしがいもうとにて、世をそむきしが、大納言のむす
め一人をもてあつかひしを、兵部卿宮かたらひ給ひ
しがなく成て、物おもひにやまひづく」など申給ふ。(48丁表)


 ここで、「兵部卿宮かたらひ給ひしがなく成て」とある部分の訳に苦しみました。「なく成て」をどう訳すか、ということです。

 この部分は、『源氏物語』の原文では、次のように語られています。
 こんなに長い原文の文章が、『十帖源氏』では上記のような短いことばに縮約されているのです。


うち笑ひて、(僧都)「うちつけなる御夢語りにぞはべるなる。尋ねさせたまひても、御心劣りせさせたまひぬべし。故按察大納言は、世に亡くて久しくなりはべりぬれば、えしろしめさじかし。その北の方なむ、なにがしが姉妹にはべる。かの按察隠れて後、世を背きてはべるが、このごろわづらふことはべるにより、かく京にもまかでねば、頼もし所に籠りてものしはべるなり」と聞こえたまふ。(源氏)「かの大納言の御むすめものしたまふと聞きたまへしは。すきずきしき方にはあらで、まめやかに聞こゆるなり」と推しあてにのたまへば、「むすめただ一人はべりし。亡せてこの十余年にやなりはべりぬらん。故大納言、内裏に奉らむなどかしこういつきはべりしを、その本意のごとくもものしはべらで過ぎはべりにしかば、ただこの尼君ひとりもてあつかひはべりしほどに、いかなる人のしわざにか、兵部卿宮なむ忍びて語らひつきたまへりけるを、もとの北の方やむごとなくなどして、安からぬこと多くて、明け暮れものを思ひてなん亡くなりはべりにし。もの思ひに病づくものと目に近く見たまへし」など申したまふ。
(『新編日本古典文学全集 源氏物語(1)』212〜213頁、小学館)


 この2つの文を比べると、『十帖源氏』の111文字に対して、原文は460文字もあります。つまり、『十帖源氏』は原文を4分の1という、大幅に省略した説明文になっているのです。

 詳しく見ると、僧都のことばを受けて光源氏が語る部分が省略され、尼君の娘が亡くなって10年になることや、故大納言が娘を入内させようと思っていたこと、さらには兵部卿宮の正室が娘の気苦労の種であり、その心労もあって娘が亡くなったことなどが、すっかり省筆されているのです。

 『十帖源氏』のここは、こうしたダイジェスト化が著しい部分なので、その文章もうまく通じません。問題となった「なく成て」についても、『十帖源氏』のように大幅に省略されてできあがっている文章からは、娘が兵部卿宮の正室への心労から亡くなった、という意味では受け取れません。この『十帖源氏』の文章だけを素直に読むと、兵部卿宮が娘の元に来なくなった、という意味にとるのが自然です。つまり、ダイジェスト化に伴って、文章の意味がズレてしまっているところなのです。

 ということで、『十帖源氏』のこの部分は、次のような現代語訳になりました。


「僧都」は笑いながら、「突然夢語り
ですか。(ずいぶん前に)「按察大納言」が亡くなりました。その妻(尼君)が私の
姉で、出家して尼になり、「按察大納言」との間に生まれた娘
一人の世話をしていました。その娘の家に兵部卿宮が通っていたのに来なくなったので、
娘は物思いから病気になってしまったのです」などと言います。


 『十帖源氏』は、『源氏物語』を簡略にして、女性や子どもにわかりやすいようにしました。しかし、このダイジェスト化にも無理があり、こうした文意が捻れてしまった部分もあるのです。

 まだまだ、こうした例は多いことでしょう。
 一口に梗概本といっても、その内容を確認すると、さまざまな問題点を抱えた、無理やりとでも言うべき簡略化の手法がとられているようです。

 ここでは詳しくは検証する暇がありません。機会をあらためて、こうした問題をまとめたいと思います。

 次回は、4月22日(火)午後6時半より、場所は同じく荻窪駅前の「あんさんぶる荻窪」です。
 突然の参加も歓迎です。いろいろな言語を使っておられる留学生の方の参加も、楽しみにしています。
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2014年03月24日

江戸漫歩(75)まだ蕾の越中島の桜 -2014.3-

 今年の東京は、例年よりも寒かったように思います。
 昨年のこの時期に桜は満開でした。

「江戸漫歩(62)越中島の桜も満開です」(2013/3/23)

 あれから1年。
 朝の隅田川を散歩しても、一輪も咲いていません。
 越中島公園で昨年と同じ桜の幹を見上げました。
 まだしっかりと蕾が肩を竦めています。
 今週末には開花しそうなので、昨年よりも1週間遅れのようです。

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 紅枝垂れ桜も、昨年よりもずっと固い蕾です。

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 スカイツリーは、春を迎えるようなうっすらとした靄の中に立っています。

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 宿舎の隣のマンションの前だけは、太陽の反射によるものなのか、早咲きの桜が咲き誇っていました。

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 今年は、宿舎の管理組合が作る自治会の役員をしていました。緑化担当だったので、花好きの妻が積極的に樹木の伐採や草花の世話をし、個人花壇の割り振りや掃除などの手配もしていました。まさに、適材適所の典型です。

 宿舎の敷地に入ってすぐの小さな花壇には、いつも花が出迎えてくれるようになっていました。
 今月初旬から今日までにかけて、花がこんなに育っています。

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 春の日射しになってきたことが、花にも知らされているようです。
 この緑化委員も、あと1週間で次の方にバトンタッチとなります。
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2014年03月23日

NPO設立1周年記念公開講演会を終えて

 昨日、東京国立博物館からの帰りに、夕食は外食でした。しかし、一口二口ほど肉を口にした直後から食道が詰まった感じになり、まったく喉を通らなくなりました。

 今朝からも、状況は変わりません。しかし、イベントは待ってはくれません。
 非常によくない状態で、本日の「NPO設立1周年記念公開講演会」に臨みました。
 それでも、みなさんに迷惑をかけることもなく、無事に終えることができました。
 スタッフのみんなに感謝しています。

 私の開会の挨拶の後は、山本典子先生から『絵入源氏物語』と『古今類句』の寄贈を受ける儀式です。

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 続いて、私がモデルとなり、直衣着装の実演です。これは、畠山大二郎氏の平安文学研究者としての視点から、装束の変遷を踏まえての解説を交えて進みました。
 千年来、現代に継承されてきた装束を通して、平安時代の衣装ないしは『源氏物語』の衣装を知る手掛かりを得よう、という趣旨での実演です。

 私が白小袖を着た状態で、舞台の幕が開きました。

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 まず、単を着ます。

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 次に、指貫を穿きます。文様がある指貫は公卿以上だそうです。今回使用したのは引上式で、文様は八藤丸、鳥襷です。

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 そして、上着としての直衣の袍。今日は冬の直衣で、表白・裏二藍浮線綾です。
 冠をかぶり、桧扇を持つと、もう三位以上の公卿です。

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 実演の後は、渋谷栄一先生の渋谷版データベースの過去・現在・未来についての講演です。
 明日から入院して手術を控える身での、これまでのデータベース作成にまつわる講演でした。
 この膨大なデータベースを、大切に守り伝えていきたいと思います。

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 最後は、神野藤昭夫先生からの挨拶です。
 NPOへの期待と共に、組織の基盤をしっかりと作ることの大切さも語ってくださいました。

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 今日は、盛りだくさんの充実した楽しい会でした。
 また、こうした企画を立案し、ご案内いたします。

 NPO法人〈源氏物語電子資料館〉も、今回の本文データベースと『源氏物語』の版本という財産ができ、活動が具体的に見え出しました。このNPOの組織をさらに意義深いものとするためにも、研究資源を次世代へとバトンタッチをするシステムを確立したいと思います。
 まだヨチヨチ歩きの集団です。より一層のご理解とご支援のほどを、よろしくお願いいたします。
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ◆NPO活動

2014年03月22日

東京国立博物館で「支倉常長像と南蛮美術」を見る

 東京国立博物館で開催中の「特別展 支倉常長像と南蛮美術−400年前の日欧交流−」は明日23日(日)までです。
 行きたい観たいと思っていた展覧会だったので、何かと多忙な日々の中を、思い切って今日行って来ました。

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 支倉常長と慶長遣欧使節に関する展覧会は、昨秋からスペイン・マドリッドの美術館に始まり、松島町のみちのく伊達政宗歴史館や石巻市のサン・ファン館、そして仙台市博物館と、場所や趣向を変えたイベントとして観てきました。

「美術展でスペインと日本のつながりを知る」(2013/10/30)

「松島町の「みちのく伊達政宗歴史館」へ行って」(2013/11/14)

「石巻市の「サン・ファン館」へ行って」(2013/11/15)

「「仙台市博物館」へ行って」(2013/11/16)

 それが、今年は東京の上野で開催されたのです。
 小規模な展覧会です。しかし、じっくりと観ると、いろいろと考えさせられる問題点が得られました。

 今回の目玉でもある「支倉常長像」の展示の照明は、有機 EL という照明器具が使われていました。絵を傷めない照明なので、絵を明るい画面として観ることができました。これは、科学の発展が美術鑑賞において、直接恩恵に浴することを実感させられる一例だと言えます。つい、学芸員の眼で見ています。

 今回は、この支倉像の細部にわたる解説があったために、さらに興味を搔き立てられました。
 カーテンの紋章・髪の生え際や歯・聖人・装束のモティーフとしての鹿と薄・左足元の犬の意味するもの、などなど。
 絵は見る度に新たな疑問を投げかけてきます。

 「南蛮人渡来図屏風」(重要文化財)では、その解説文を読んでいて、立ち尽くしました。
 その最後に、次のように書かれていたからです。

400年前の日本が見た「憧れの異国」の姿が、ここに留められています。

 屏風絵は、ヨーロッパ人が日本に上陸したところを描いています。
 とすると、素直に言えば、

400年前の日本【人】が見た「憧れの異国【人】」の姿が、ここに留められています。

と表現した方が収まりがよさそうです。
 異国人が日本に上陸して歩き廻る様を《「憧れの異国」の姿》としても、それでは《400年前の日本が見た》の「が」との親和性に欠けます。もってまわった言い方によって、よくわからない表現になっていると思いました。
 些細なことへの拘りはこれくらいにします。

 もう一つの「世界図屏風」(重要文化財)の中の日本の姿には感動しました。よくぞここまで描けたものだと。

 今回の展覧会は、記憶を再確認し、400年という時間の流れの中における、歴史や人物を再構成する上で、意義深いものでした。
 支倉常長が400年前にヨーロッパへ渡ったことの意味を、私は昨秋までは考えてもみませんでした。
 国際交流というものについて、この支倉の渡欧のことは非常に大きなヒントを与えてくれそうです。
 結果的には、幕府は、そしてなによりも仙台潘は、彼を見捨てたと言わざるをえないからです。
 歴史的事実の検証を経て、支倉が担ったその意味と国際交流とは何か、ということについて、再度考えるべきだと思いました。

 帰りがけに、入口近くにある表慶館の前に桜が咲いているのを見ました。
 手前の紅色の桜には、「カンヒザクラ」と書いたプレートが幹に巻かれていました。

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posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ◆国際交流

2014年03月21日

海外における『源氏物語』に関する情報を募っています

 平成25年秋よりスタートした科研「海外における源氏物語を中心とした平安文学及び各国語翻訳に関する総合的調査研究」のホームページ「海外源氏情報」では、日々成長するサイトを目指して少しずつ情報を追加しています。


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 このサイト「海外源氏情報」から紹介できる、国内及び海外での[翻訳][研究集会][講演会][イベント][刊行物][研究論文][情報誌の記事・コラム]等々、ご存じの《海外源氏情報》をお寄せいただけると幸いです。

 連絡は、本ブログのコメント覧をご利用ください。この件に関してお寄せいただいた情報は、コメントとしては公開せず、有意義な情報はホームページに掲載させていただきます。

 なお、謝礼はお渡しできないことをご了解の上で、ご協力のほどを、よろしくお願いいたします。

 ご教示いただいた内容をホームページ「海外源氏情報」に掲載するにあたっては、末尾にお名前を明記させていただきます。
 ペンネームやハンドルネームではなく、実名(国名+氏名)でお願いします。

 みなさまからの新鮮な《海外源氏情報》の提供を楽しみにお待ちしています。
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ◆源氏物語

2014年03月20日

メガネ屋さんの専門職の方の存在

 先週、京大病院の眼科で検査を受けた際、メガネの度が合っていないとの指摘を受けました。
 視力が出ていないので、メガネを作り替えることを検討してみては、というアドバイスをいただきました。

 さて、どこでメガネを作ろうか、と思ったとき、思い付いたのは、やはりこれまでに何度もお世話になっている、立川駅南口にあるメガネのミキです。

 これまでの対応がよかったのです。ここ数年分の私の眼の情報が、ここには保管されているはずです。
 同じような動機で、同じようにしてメガネを作った経緯が、2年前にこのメガネ屋さんへ行った時の話として書いていました。

「斜位を見逃されメガネを作り直す」(2012/12/28)

 今回は眼科で指摘されたので行きました。このミキにしたのは、最近のデータがあるからです。それにしても、我が思考回路の単純なこと。ワンパターンで生きていることに、我ながら驚きます。

 対応してくださったのは、この前と同じ方でした。眼が合った瞬間、お互いが覚えていました。

 30分ほど、いろいろな角度からのチェックを受け、その結論は、前回とほとんど変化がないとのことでした。
 乱視の度合いをワンランク上げると、もっとよく見えるそうです。しかし、今あえてメガネを作り替えるほどではないと思います、とのことです。
 レンズもフレームも、いいものが使われていますし、とも。

 よほど体調が悪い時に病院の検査を受けられたのでしょう、と、お医者さんの弁護もなさっていました。

 先週、病院の眼科では、今にでもメガネ屋さんへ、という口振りでした。処方箋は半年後になる、と言われたのは不可解だとしても、慌てて来た私は拍子抜けです。あのお医者さんのことばは、いったい何だったのかと。

 今後、何か眼の不調を自覚するようになったら、また見てもらうことになりました。
 何かと物入りな時期でもあり、私としては助かりました。
 丁寧に調べてくださったメガネのミキのお兄さん。丁寧なアドバイスと、的確な対処をしていただき、ありがとうございました。

 お医者さんではない、メガネの技術者という専門職の方の存在を、あらためて再認識させられました。
posted by genjiito at 23:21| Comment(0) | 健康雑記

2014年03月19日

NPO法人〈源氏物語電子資料館〉のニューズレター第1号発行

 NPO法人〈源氏物語電子資料館〉は、昨春2月に設立してちょうど1年が経ちました。
 年度末に合わせて、初年度となる平成25年度の活動報告と、今週末に東京・築地で開催される「設立1周年記念公開講演会」に関するお知らせをまとめた『ニューズレター 第1号』(A5版、全4頁、平成26年3月18日)を発行しました。

 目次は以下の通りです。


《1頁》ご挨拶 −支援者のみなまさへ−
《2頁》渋谷版『源氏物語本文データベース』の継承
   『絵入源氏物語』と『古今類句』の寄贈
《3頁》NPO法人の印鑑
    法人設立で京都市内を奔走
《4頁》NPO法人ご支援のお誘い
    設立1周年記念 公開講演会


 各頁を画像でここに掲載します。
 また、『ニューズレター 第1号』のPDF版(表裏面と中見開き面)も、ダウンロードできるようにします。

『ニューズレター 第1号』PDF版(表裏面)をダウンロード 

『ニューズレター 第1号』PDF版(中見開き面)をダウンロード

お知り合いの方に回覧していただけると幸いです。
 
 
 
《1頁》

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《2頁》

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《3頁》

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《4頁》

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posted by genjiito at 23:24| Comment(0) | ◆NPO活動

2014年03月18日

第3回池田亀鑑賞の募集は平成26年3月末日が〆切りです

 第3回池田亀鑑賞の募集期間は平成26年3月末日です。
 応募の〆切りまで、あと2週間となりました。

 第1回受賞作は杉田昌彦氏の『宣長の源氏学』(新典社)が、第2回受賞作は岡嶌偉久子氏の『林逸抄』(おうふう)でした。
 弛まぬ努力が結実した、すばらしい成果に対して贈られたのです。

 募集内容や選定に関する詳細は、「池田亀鑑賞のホームページ」をごらんください。

 応募対象は、平成25年4月1日〜平成26年3月末日の間に刊行された奥付のものと発表分です。自薦他薦を問いません。

 この「池田亀鑑賞」の趣旨は、ホームページに以下のように明記されています。


文学の研究基盤を形成する上で、顕著な功績のあった研究に対して贈るものです。
その地道な努力を顕彰し、さらなる成果の進展を期待する意味を込めています。
「池田亀鑑賞」は、伝統ある日本文学の継承・発展と文化の向上に資することを目的として、池田亀鑑生誕の地である日南町と池田亀鑑文学碑を守る会が創設しました。


 選定にあたっては、「前年に発表された『源氏物語』を中心とする平安文学に関する研究論文や資料整理及び資料紹介に対し、学界に寄与したと評価されるもの1作品を選定します。」とあります。
 つまり、「研究論文や資料整理及び資料紹介」が対象であることが、この池田亀鑑賞の特色です。

 応募先は以下の通りです。


〒101-0051 東京都千代田区神田神保町1-44-11
新典社内 池田亀鑑賞事務局
TEL:03-3233-8051  FAX:03-3233-8053
e-Mail︰info@shintensha.co.jp


 選考は、以下の6人の委員があたります。


伊井春樹(会長)
伊藤鉄也(委員長)
池田研二
妹尾好信
小川陽子
原 豊二


 今年もすばらしい作品の応募があることでしょう。
 選考委員の一人として、池田亀鑑賞のホームページに私は次のコメントを寄せています。


文学研究の基礎を支える資料を整理し、成形し、提供する営為には、多大な時間と労力と根気が必要である。そして、こうした作業や仕事にこそ、弛まぬ努力と継続への理解と応援が必要である。池田亀鑑賞は、日頃の地道な調査研究活動に光を当て、さらなる励みと新たな目標設定を支援するところに意義があると思っている。達成したものばかりではなく、進行しつつあるものも含めて、研究環境の整備に貢献した仕事を顕彰したいと思っている。


 コツコツと研究を続けて歩んで来られた成果が、今回も応募作として並ぶことを、大いに期待し、楽しみにしています。

 池田亀鑑賞についてのお問い合わせは、上記「新典社内・池田亀鑑賞事務局」にお願いします。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | 古典文学

2014年03月17日

米国議会図書館本『源氏物語』の付箋跡の報告

 過日、ワシントンにある米国議会図書館本『源氏物語』の調査を終えました。
 今回の調査の1つに、54帖全丁に残されている付箋跡の確認がありました。
 これまでの調査で、この点については詳細に調べていなかったことなので、ここにその結果の報告を記します。

 現在、議会図書館本『源氏物語』は、3つの中性紙の箱に収納されています。
 今後の調査と確認を容易にするために、各箱ごとにその現状を記します。


(第1箱)
2帚木=12丁表25行目上
    14丁裏5行目上
6末摘花=7丁表4行目上
7紅葉賀=1丁表7行目上
9葵=16丁裏6行目上
   21丁裏7行目上
   28丁裏4行目上
   29丁表7行目上

(第2箱)
38鈴虫=3丁裏4行目上

(第3箱)
40御法=2丁表1行目上
        2行目上
     6丁表1行目上
44竹河=13丁表3行目上(要再精検)
48早蕨=1丁表3行目上(要再精検)


 ここに挙げた、付箋跡のある箇所に貼られていた付箋がどのようなものであったのかは、よくわかりません。付箋断片が残っているものと、糊の跡だけが確認できるものなどが確認できるだけです。「竹河」巻と「早蕨」巻の場合は、糊の跡と認めていいのか判断に迷う紙面の状態です。これは、あらためて光学機器を用いて調査すべき箇所です。

 この付箋に何が書かれていたのかについて、今は、諸伝本や諸注釈書を手掛かりにして、おおよその見通しは立つものの、それはあくまでも推測の域を出るものではありません。
 このことについては、後日あらためて報告したいと思います。

 なお、「米国議会図書館蔵『源氏物語』について −書誌と表記の特徴−」(高田智和・斎藤達哉、『国立国語研究所論集6』2013年11月、272〜294頁)は、調査の結果を詳細にまとめた労作です。この本の実態がよくわかる報告書となっています。ただし、今回の再調査で、いくつかの誤植が確認できました。このことは、細部にわたることなので、これも後日まとめて報告します。

 取り急ぎ、忘れない内にとの思いから、関係者への連絡を含めての報告とします。
posted by genjiito at 23:54| Comment(0) | ◆源氏物語

2014年03月16日

京洛逍遥(309)下鴨神社と北野天満宮で梅を見る

 京洛では、昨日よりも随分と温かくなりました。
 下鴨神社への散策の途次、これまで気付かなかった石碑を目にしました。
 下鴨神社への参拝の近道となる、下鴨中通りから少し東に入って下鴨本通りの少し手前の右側に、こんな空き地を見かけたのです。

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 これまでに、何度もここを通っています。しかし、この写真の右側が空き地になっていることに気付きませんでした。設置されたばかりと思われる新しいフェンスには、「下鴨神社 所有地につき 立ち入り禁止」と書いてあります。さらに、その中に、「齋院御在所[E:#x26F94]地」と刻まれた石碑が1つぽつねんと建っています。

140316_gozaisyo




 結界の標は新しく、最近張られたものであることを示しています。
 突然のことなので、これがどのような謂われのある地で、そして石碑なのか、今はわかりません。また調べてわかったら報告します。

 下鴨神社へ行くと必ず、御手洗川にかかる輪橋の前の「光琳の梅」を見ます。尾形光琳が描いた「紅白梅図屏風」(国宝、MOA美術館所蔵)の梅はこの梅だと伝えられているものです。

 今月初めに蕾が開き始めた時の写真は、「京都で『源氏物語「蜻蛉」』の写本を読む(第8回)」(2014/3/1)に掲載したとおりです。
 それが、今日はほぼ満開です。

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 その後、街中を一直線に横断して、北野天満宮の梅を見に行きました。
 途中で、上七軒歌舞練場に立ち寄り、その裏の庭つづきにある「喫茶 茶ろん」で食事をしました。外を見ながら、ゆったりと食事ができました。

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 ここの庭には、裏千家十四世淡々斎宗匠が「絃好庵」と名付けられたお茶室がありました。機会があれば、中を見たいものです。

 北野天満宮は、日曜ということもありたくさんの人出でした。みなさん観梅のようです。参道には屋台も出ています。

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 境内の梅は満開です。

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 1本の枝に白梅と紅梅が咲いている木もありました。

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 淡い紅色が春の訪れを感じさせてくれます。

 帰りに、上七軒の老松で、紅梅と菜の花のお茶菓子をいただきました。そして、家で早速、昨日教えていただいたばかりの、丸卓にお茶道具を並べたところから始めるお点前の練習をしました。

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 赤土色の茶碗は、北野天満宮からの帰りに立ち寄った骨董店で求めたものです。少し小さめで手に馴染むものを探していた妻が、ちょうどいいものを見つけました。ご主人は、詩仙堂の「そばつくね」と「花びら」をお茶菓子にして、話をしながら、その場でさっとお茶を点ててくださいました。
 このお店のご主人はよく勉強していらっしゃいます。行くたびに、お茶道具の話をうかがっています。こんな時間が持てることに、歳を重ねていることを実感します。しかし、心地よい時間の流れの中に身を置くのも、楽しみの1つになりつつあります。
 日頃の慌ただしさを逃れるようにして、ゆったりとした時間が経っていくままに身を任せました。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2014年03月15日

今年初めてのお茶のお稽古に平群へ

 大和平群へお茶のお稽古に行きました。
 駅前を流れる竜田川は、まだ冬から春への準備をしているところです。

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 バタバタと走り回るだけの日々を送っています。去年は思うようにお稽古に行けなくて、8月の次は12月と、ほとんど何もしていないに等しい半年でした。
 そして、今年も、あろうことか今日が初めてなのです。
 またまた、3ヶ月以上も間が空いてしまいました。

 歳とともに忘れることの多い日常の中で、これではお稽古をしても、思い出す暇もありません。身体が覚えるまでには、気の遠くなる時間が必要です。

 お茶をいただく機会は、茶道資料館やワックジャパンでの勉強会の折々にあります。忘れないようにしています。しかし、自分で点てるとなると、なかなかチャンスがありません。
 とはいえ、とにかく今は機会を見つけては続けることを心掛けています。

 今日は、平花月のお稽古に僭越ながら、少しだけ参加させていただきました。そして、折据の使われ方を知りました。もっとも、私は途中からの参加だったので、全体の流れは理解できていません。
 それでも偶然ですが、ちょうど同志社大学の矢野環先生のグループがまとめられた源氏香の実践報告書を読んだばかりです。源氏香では、遊びの要素が強いだけに、折据が使われているのです。その香道の折据が、茶道でどのように取り入れられているのか、その実際の使われ方を知り、ますます興味を持ちました。ゲーム的な要素がふんだんに盛られた花月は、おもしろいと思いました。

 折据は、見たことはありましたが、実際に手にするのは初めてです。
 折り紙の入れ物に小さな竹の札が入っています。それを参会者が順番に回して札を取ります。
 裏に花が書いてある札を取った人がお点前をします。月が書いてある札を取った人はお茶をいただけます。一巡目で、私は月でした。早速、薄茶をいただきました。
 遅れてやってきたのに、末席の私が最初にいただくことになったのです。
 もし、私が花の札を引いていたら、私がみなさんの前でお点前をすることになったのです。ロシアンルーレットのようなスリルがあります。

 香道で使う道具を、茶道でも使うのです。しかも実際に自分も参加したので、忘れられない体験となり、いい勉強になりました。茶道といっても、いろいろな仕掛けが用意されていて、飽きないような配慮があるようです。何百年も続く芸事の、奥の深さなのでしょう。

 今日の私は、丸卓を使った薄茶のお稽古をしました。
 これは、昨年末に教えていただいたものです。お客さんとお話をしながらお茶をいただくとき、亭主である私が部屋を出たり入ったりしては落ち着きません。そこで、できる限り部屋に一緒にいてお話ができるようなお点前として、教えていただいたものです。
 何もない部屋にお茶道具が置かれているだけで、お客様にはお迎えしている気持ちが伝わるように思います。

 昨年末は、すぐに丸卓を手に入れ、お正月に娘夫婦が来たときに練習を兼ねてやりました。その後も、妻を相手に何度か家でやってみました。

 今日は、さらに細かなことをいろいろと教えていただきました。
 最後に、柄杓・蓋置を飾る方法と、柄杓・茶碗・棗・蓋置・帛紗も飾る方法など、楽しい趣向を覚えました。早速、5月の連休にお客さんが来たときにやってみます。
 と私が言うと、すかさず先生から、5月は風炉になってます、とやんわりと……
 いやはや、四季折々に楽しい趣向ができるので、これは飽きません。

 そして、さまざまなバリエーションが、楽しさの演出としてあるようです。基本は大事にするとして、その時、その場に応じたお作法やお点前があるので、新しい発見がいつもあります。
posted by genjiito at 23:40| Comment(0) | 美味礼賛

2014年03月14日

京洛逍遥(308)通院途中に見かけた鷺たち

 今朝は、昨日とは打って変わって、爽やかな好天です。朝日に照らされながら、自転車で京大病院へ向かいました。

 空気の冷たさが頬を掠めます。目に飛び込む光の束が、眼科を受診するために走っているせいか、ことのほか眩しく感じます。

 賀茂川縁では、いろいろな鷺たちが春を待ちわびているようです。
 水が温む季節になるせいか、いつもより多くみかけました。

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 昨年末の健康診断で、今のメガネでは視力が出ていない、という指摘を受けました。そういえば、文字を読むのに苦労しています。2つのメガネを取っ替え引っ替え、落ち着きません。資料を見ながらパソコンを操作するのが、しだいに億劫になっています。首を突き出したり、眼をこらしたりと、忙しいことです。
 また、外でも遠くのものが見えにくかったり、ピントが合わないことが多くなっています。

 数年前に九段坂病院で処方箋を書いていただき、立川の眼鏡屋さんで作ったメガネは、どうも不調です。3度も作り替えているのです。私の眼が退化していくのか、眼科診断や眼鏡技術が未熟なのか……。血糖値の変化による異常、ということも考えられます。眼も、なかなか思うように働いてはくれません。

 病院では、予約はしていても、小刻みに呼ばれます。
 診察前も後も、事前の検査などで、結構時間がかかります。まさに、1日仕事です。
 毎月何回か通院する私は、この京大病院の中で過ごす時間が多くなりました。しかし、ここが好きなので、嫌ではありません。
 勝手知ったる院内です。私なりに、本を読むエリア、文章を書く場所、原稿を校正するスペース等々、秘密の仕事空間を隠し持っています。
 私の身体に何があっても、ここにさえいられたら、何事もなかったかのように生きていけます。命を助けていただいた場所が、自分の仕事空間の一部になっています。
 毎月大変ですね、と同情される通院も、楽しく快適な通勤の1つだと思っています。
posted by genjiito at 23:33| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2014年03月13日

京大病院は私のリフレッシュルームです

 昨日は、職場で思いがけない成り行きに対処することとなり、非常に疲れました。

 現在、科研の本年度の報告書である『日本古典文学翻訳事典』の作成を終えたところです。
 ホームページのデザインをしていただいたデザイナーさんに、報告書の表紙や扉もおしゃれなデザインにしてもらいました。
 また、2人の科研スタッフも、情報を整理し、版下作成ソフトであるインデザインを駆使して、いい本の原版を作ってくれました。私も、ワシントンに旅立つ日までに初校の校正を終えました。

 ところが、インデザインで作成したデータを印刷業者に入稿したところ、使われているフォントを持っていないのでPDFで印刷したい、とのことです。
 私の方は、何も特殊なフォントなど使ってはいません。インデザインさえあれば、フォントがどうのこうのなど論外です。無料で使えるヒラギノや小塚というフォントです。それがないので、入稿データの印刷ができないのだそうです。わけがわかりません。

 昨年も、ある業者にインデザインで作成したデータを渡しても、ワードか一太郎で入稿してもらえないかと言われました。
 また、納品にあたり、印刷物と印刷に使用したインデザインの最終データをもらうはずが、インデザインのデータはないとのことでした。そこで、ワードのデータをインデザインに流し込んだと思われるファイルをもらいました。ところが、そのインデザインのデータには文字化けがいくつかありました。本末転倒です。印刷屋さんが、プリントゴッコ屋さんになっています。

 昨日もそうでした。せっかくいい印刷をしようと取り組んで来たのに、PDFで印刷するのだというのですから。素人の印刷屋さんには、今年もがっかりです。安かろう、悪かろう、の典型的な話です。せっかくすばらしいデザインをしてくださったデザイナーさんにも、本当に申し訳ないことです。

 今回の印刷業者は、一昨年のこの時期に製本ミスをして慌てふためいた時と同じ業者でした。
「科研の報告書に製本ミスが見つかる」(2012/4/7)
 いやな予感がしていました。
 さて、今回の結末はどうなるのでしょうか。
 今から、気持ちは晴れません。

 とにかく、今回の報告書の印刷に関して、これからどんなことが出来するかわかりません。今後の対策を2人のスタッフと慎重に打ち合わせをしてから、急いで新幹線に飛び乗りました。翌朝、京大病院で検診があるためです。

 ぐったりとしてお弁当を食べ出したときです。急に食道が詰まり、まったく食べられなくなりました。
 私はお弁当を買っても、炭水化物を避ける生活をしているので、半分以上は口にしません。もったいないのですが、糖質漬けの社会では、はっきりとした意思をもって食べないようにしないと、血糖値が上がりっぱなしの生活になります。

 胸の支えがますます酷くなる中、しばらく座席でじっとしていました。しかし、状況はしだいに悪くなり、席を外して吐き出しました。とにかく、苦しい1時間半を、車内で過ごしました。

 これと同じことが、昨秋、スペインから帰りの飛行機の中でありました。
「スペイン拾遺−帰路の機内での腹痛−」(2013/11/18)
 あれの再現のような苦しさでした。

 京都駅についてから、市バスで河原町通り沿いに帰ろうとしていたら、ちょうど駅北口前で、軽快な音楽と共に虹色の噴水ショーが始まりました。

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 ロウソクのような京都タワーとこの光のショーを見て、少し胸の息苦しさが軽くなりました。これまでにも何度も見た光景です。しかし、ちょうど苦しい思いをしている時だっただけに、一息つくことができました。音と光には、気持ちを静める効果があることを実感しました。

 ゆったりとした気持ちになってからバスに乗って自宅に帰り、日付が変わらないうちに昨日のブログを書きました。

 今朝は、早朝から京大病院へ行きました。生憎、昨夜来の雨で、いつものように自転車で行けません。
 今日は、私のガンをきれいに切除していただいた岡部先生の定期検診です。いつも穏やかな対応をしてくださるので、岡部先生の診察の後は気持ちが安らぎます。

 今日は、昨夜の新幹線でのことをお話しし、何か対策を聞くことにしました。しかし、私の場合は消化管がないので、食道と腸のつなぎ目でさまざまなことが起こるのはどうしようもないのだそうです。昨夏も、そう言われたように思います。私は、病気ではなくて臓器が欠損しているだけなのです。

 消化管を切除した人によっては、食事時に胸が支えて苦しくなるというので、山芋を最初に食べる方もいらっしゃるそうです。ただし、この苦しさがいつ起きるかわからないので、予測ができないだけに、これもなかなか大変なことです。

 いろいろと参考になるお話を聞き、今後の予定や検査の予約などの手続きをして帰りました。
 その後、烏丸御池の歯医者で面倒な治療をしてもらいました。
 身体の至る所に問題を抱えて生きています。しかし、それも小まめに通院しているので、大事には至らない所で持ちこたえているようです。

 明日も朝早くから京大病院です。
 私はこの病院が好きです。気持ちが落ち着きます。命を救ってもらったことと、この病院内の環境が心地よい気持ちにしてくれるのです。こう言うと、家族はいつも笑います。しかし、こうして何も違和感なしに行ける病院があることは、無事に日々の生活を支える大切な一つになっていると思っています。この安心感があるからこそ、スペインにも、ベトナムにも、アメリカにも行けます。

 先生にそんなことを伝えると、いつものように (^_^) と笑っておられました。
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | 健康雑記

2014年03月12日

NPO設立1周年記念公開講演会のご案内

 NPO法人〈源氏物語電子資料館〉を京都市に設立して1年が経ちました。

 NPO法人創設1周年を記念するイベントのことを、あれこれと思案していたときでした。院友で同級生の渋谷栄一氏と交わしていたデータベースをNPOで預かる話が、にわかに進捗し出しました。そして、渋谷氏のウェブサイトの内、「渋谷版 源氏物語の世界」とでも言うべき本文データベースのすべてが、本NPOへ委譲されることになったのです。
 このことは、すでに本ブログの「渋谷版ウエブサイトのNPO法人〈GEM〉への譲渡契約が成立」(2014/2/19)で報告した通りです。

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 渋谷氏のホームページ「源氏物語の世界」は、この18年間に230万(1日400)アクセス以上もある人気のサイトです。これをNPO法人〈源氏物語電子資料館〉で預かり、さらに若手研究者の手によって成長させていくことは、非常に意義深いことだと思います。

 今月23日(日)に、このデータベースに関連する話を、渋谷氏からうかがいます。

 また、山本典子氏からは、『絵入源氏物語』と『古今類句』の寄贈を受けました。この山本春正編『絵入源氏物語』は漆山文庫旧蔵本で、江戸時代の慶安3年(1650年)版です。旧蔵者山本節氏は、説話文学、記紀神話の専門家で、山本春正のご子孫に当たられます。約50年以上、茶箱に保管されていたものです。

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 山本氏には、この本についてのお話をうかがいます。

 その間に、私が直衣姿になる着装をご覧いただきます。
 これは、服飾を研究している畠山大二郎氏が解説しながら行なうデモンストレーションです。

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 畠山氏は、すでに室伏信助先生、神野藤昭夫先生、鈴木淳先生への着装に当たるなど、この分野では多彩な研究者です。上掲の写真は、神野藤先生に狩衣の着装をしているところです。

 今回は、渋谷氏と山本氏のNPO活動へのご理解とお気持ちに感謝して企画した、記念としての公開講演会です。
 会場は、東京の銀座から築地寄りのところにあります。参加はどなたでも自由です。難しい話はありません。文化を次の世代につないでいくことの意義が、参加者のみなさんと共有できる会になれば、と思っています。本文データベースも和古書も、次世代に引き継ぐ、大切な文化資産なのですから。
 この時期は、地方から東京にお出での方々も多いかと思います。午前中に開催する会です。ぜひ気軽にお立ち寄りください。多数の方々にお越しいただけると幸いです。
 

■■ 設立1周年記念 公開講演会■■
  −− プログラム −−
 特定非営利活動法人
 〈源氏物語電子資料館〉
 設立1周年記念 公開講演会

 日時︰3月23日(日)9〜12時
 会場︰築地社会教育会館 3階 第三和室
   URL:http://chuo-shakyo.shopro.co.jp/tsukiji
 内容︰
  挨拶 伊藤鉄也(代表理事)
  贈呈式︰山本春正編『絵入源氏物語』『古今類句』
      寄贈挨拶 山本典子
  休憩
  着装実演︰畠山大二郎(副代表理事)
         直衣着装(伊藤鉄也)
  休憩
  披露︰渋谷版源氏物語本文データベース(神田久義)
  記念講演︰渋谷栄一(高千穂大学)
  閉会挨拶︰神野藤昭夫(放送大学)
 参加対象︰広く一般の方々
 資料代︰500円


 なお、現在、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉では、以下の6つの活動を進めています。

 ・『源氏物語別本集成 続』第八巻のため、藤裏葉巻と若菜上巻の翻字。
 ・ハーバード大学本『源氏物語』「蜻蛉」の公開輪読会(京都会場)
 ・『十帖源氏』「末摘花」「須磨」の現代語訳の公開検討会(東京・京都会場)
 ・『源氏物語』の古写本の現存所蔵先確認とそのデータベース化
 ・尾州家河内本『源氏物語』のカラー版による翻字データの確認
 ・大島本に並ぶ校訂本文として池田本「桐壺」と「若紫」作成

 いずれもゼロから取り組んでいるため、まだ成果をお示しできません。しかし、着実に進んでいますので、今後の報告をお楽しみにお待ち下さい。続きを読む
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ◆源氏物語

2014年03月11日

新刊︰日向一雅編『源氏物語注釈史の世界』の紹介

 『源氏物語注釈史の世界』(日向一雅編、青簡舎、2014年2月)が刊行されました。
 その帯には、次のように書かれています。

注釈史の研究は、千年を生き延びた古典のそれぞれの時代の読みと記憶を掘り起し、現代と対話することである。


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 私も、諸先生方のお仲間に入れていただけましたので、本書の紹介かたがた、拙稿における考察の結論と見通しを、最後に記しておきます。

目次は、以下の通りです。

はしがき・・・・・・・・・・・・・・・日向一雅

T 注釈と本文
源氏物語注釈の形態・・・・・・・・・・・・伊井春樹
『源氏釈』桐壺巻に抄出された本文の性格・・伊藤鉄也
三条西家源氏学の本文環境・・・・・・・・・加藤洋介

U 注釈書と注釈史
内閣文庫蔵三冊本(内丙本)『紫明抄』追考・田坂憲二
河内本「源氏物語」の巻頭目録と書入注記をめぐって・渋谷栄一
『百詠和歌』における破鏡説話の改変・・・・芝崎有里子
『源氏物語』と漢語、漢詩、漢籍・・・・・・河野貴美子
注釈史のなかの『河海抄』・・・・・・・・・吉森佳奈子
『覚勝院抄』にみる三条西実澄の源氏学・・・上野英子
架蔵『光源氏抜書』に関する考察・・・・・・堤康夫
湯浅兼道筆『源氏物語聞録』について・・・・湯淺幸代
『玉の小櫛』注釈部と『源註拾遺』・・・・・杉田昌彦

V 注釈と読みの世界
藤原定家と「高麗人」の注釈・・・・・・・・袴田光康
藤壺像はどのように読まれてきたのか・・・・栗山元子
源氏物語古注釈史における『尚書』と周公旦注・日向一雅
源氏物語「御簾のうち」をめぐって・・・・・中西健治
宇治十帖のうち第一の詞・・・・・・・・・・横井孝

編者・執筆者 紹介


 私は、久しぶりに『源氏物語』の古注釈書としての『源氏釈』の抄出引用本文を再検討し、その本文の分別を試みました。
 拙稿では、次の見取り図を示し提言しています(41頁)。

┌〈甲類〉┬第一群(従来の〈河内本群〉等)
│    └第二群(〈別本群〉の一部等)
└〈乙類〉┬第一群(いわゆる〈青表紙本群〉等)
     └第二群(陽明文庫本、源氏釈抄出本文等)

 そして、結論としては次のことに行き着きました。

『源氏釈』に抄出された物語本文は〈乙類〉第二群に相当する


 このことを踏まえて、最後は次の「まとめ」を記しています。

 些細な本文の異同も含めて、諸本の書写状態を確認した。その検討を通して、〈甲類〉と〈乙類〉の内、〈乙類〉を〈第一群〉と〈第二群〉の二群にわけて考えると、『源氏釈』が抄出する本文の位相が明確になることがわかった。本稿では触れる機会がなかった〈甲類〉についても、二つの群にわけると諸本間の位相が整理できることもわかっている。
 『源氏物語』の本文は、内容から分別すると二つにわかれ、その〈甲類〉と〈乙類〉とするものも、それぞれがさらに二つにわかれる傾向を確認できている。今後は、この例証と検証を進める中で、諸伝本間の相関関係を明らかにしていきたい。(70頁)


 これは、まだほんの一例にしかすぎません。今後ともこうした手法で、1つでも多くの巻の本文分別を続けていきたいと思っています。
 ご教示のほどを、よろしくおねがいします。
posted by genjiito at 23:27| Comment(0) | ◆源氏物語

2014年03月10日

京都いちひめ雅楽会の定期公演会へのお誘い

 京都いちひめ雅楽会の藤井友子さん(篳篥)が、以下の情報を送ってくださいました。
 3月22日(土)は、何かと多忙な年度末のため、私はおそらく京都へ帰れないと思います。
 ぜひとも参加したいと思いつつ、私のところで留めるには惜しい情報なので、ここに引用してお知らせいたします。

 また、英文付きなので、現在科研で取り組もうとしている平安文学関連のグロッサリーに、可能な範囲で活用させていただこうと思っています。

 取り急ぎ、昨日からの時差ボケで覚束ない指先で、ご報告まで。


We would like to inform about the 26th regular concert of Gagaku by Kyoto Ichihime Gagaku Ensamble. Gagaku is traditional court music and dance of Japan. You will find Karyobin, Kocho and Seigaiha which were scribed in the Genji Tale. We are very happy if you as academic researchers of the Genji Tale could come to our concert.

京都いちひめ雅楽会、第26回定期公演会のご案内をお送りします。今回は、源氏物語に描写されている迦陵頻・胡蝶・青海波(輪台・青海波)を奏します。源氏物語を研究なさっています皆様に是非ご覧頂きたいと存じます。

The 26th regular concert of Ichihime Gagaku Ensemble
(Access: http://www.kyoto-ongeibun.jp/kyotoconcerthall_e/map.php)
MARCH 22. 2014. (SAT) 6 - 8 pm.
At the Ensemble Hall MURATA / Kyoto Concert Hall

いちひめ雅楽会 第26回定期公演
2014年3月22日土曜日18時-20時
京都コンサートホール・アンサンブルホールムラタ
(アクセス:http://www.kyoto-ongeibun.jp/kyotoconcerthall/map.php)

Kangen: Orchestra music by brass, string, percussion and voice.
Etenraku (most popular music of Gagaku) / Kashin (Voice with brass and string instruments)/ Konju (music of drinking foreigner)

管絃:
平調 越殿楽(雅楽でもっとも代表的な曲)/朗詠 嘉辰(めでたい席で奏する歌と器楽演奏)/壹越調 胡飲酒破(異国の人が酒を楽しむ様子を曲にしたもの)

Bugaku: Dance with music by brass and percussion.
Enbu (Purify of the stage with spears) / Karyobin (Birds of paradise) / Kocho (Foreign butterfly) / Seigaiha (Waves in blue ocean) Chogeishi (Music for public leaving from the hall)

舞楽:
振鉾(鉾を振って、舞台を清めます)/迦陵頻(極楽にいる人面鳥の姿を舞にしたもの)/胡蝶(異国の珍しい蝶の姿を舞にしたもの)/青海波(4人舞の輪台と2人舞の青海波からなる組曲)
長慶子(観客の退出時に奏する曲)

Entry ticket (free of charge) is needed. Please let me know how many tickets you will have. You can get them with your name at the Lobby of the concert hall. I'm looking forward to seeing you on March 22th!

入場無料、ただし入場整理券(自由席)が必要です。
必要枚数をお知らせ下さい。公演当日、受付に入場整理券をご用意します。
みなさんの、ご来訪心よりお待ち申し上げます。

Tomoko Fujii (Member of Kyoto Ichihime Gagaku Ensamble / Hichiriki)
藤井友子(京都いちひめ雅楽会会員・篳篥)

posted by genjiito at 22:12| Comment(0) | 古典文学

2014年03月09日

ユナイテッド航空は社員教育をすべし

 アメリカに来てからは、毎日の起床時間が深夜の2時半頃になりました。眠くないので、そのまま一日が始まります。

 お陰で、持参していた多くの仕事が、ホテルの部屋でできました。もっとも、自分の身体には相当の負担がかかっているはずです。日本に帰ってから影響が出そうです。

 ダラスの空港から帰国の途につきました。パスポートへの出国のスタンプは省略されています。

 日本に向かって飛行中、アテンダントの方が後方の溜まり場(配膳エリア)に集まって大騒ぎをなさっていました。さらには、4人での大笑いがうるさかったので、なかなか眠れません。陽気なおばさんを通り越して、まさに騒音公害です。
 この人たちは何のために機内にいるのか、以下の状況を反芻するに、はなはだ疑問が残ります。

 食事の前に、ドリンクのサービスがあります。その時、ドリンクの缶を乗客の方に差し出しながら、顔は反対側の席の方から注文を取っておられます。まさに、あっち向いてホイです。相手が受け取ったかどうかは、すべて勘のようです。神業です。相手の顔を見て受け渡し、という会社側の教育はなされなかったのでしょうか。

 ドリンクを聞かれたので、コーヒーを頼みました。しかし、にゅっと差し出されたのはジンジャーエールの缶です。再度コーヒーだと伝えると、わかったという顔で、さっとポットからカップに入れて渡してもらえました。ところが、飲んでみると、それは紅茶でした。このCAさん、心ここに非ず……。

 私が事前に電話でリクエストした機内食は、糖尿病食(DBML)でした。ところが、往路ではそれとは別の「GFML(グルテン・フリー・ミール)」というアレルギー食でした。なぜこれだったのか、未だにわかりません。

 帰路もまた「GFML」では困るので、今回の帰りのチェックインでは、「DBML(ダイアベック・ミール)」に変更してほしい旨を空港職員にお願いしました。ところが、24時間前でないと受け付けられない、と、にべもなく一蹴されたのです。今どういう状況なのかという問い合わせすらせずに、通り一辺の対応です。

 JALやANAでは、搭乗当日であっても、一応念のために問い合わせをしてくださいます。そして、食事が残っていれば配膳してもらえます。何度もその経験をしています。
 ここでは、そんな職務外の対応は考えられないことなのでしょう。今、どんなスペシャルミールが予約されているのかなど、彼女にとってはどうでもいい、預かり知らないことなのです。

 日本の航空会社は、至れり尽くせりのサービスをします。しかし、それと海外の航空会社のサービスを比べることは、国際化の時代になった今は、してはいけないことであることは、十分に承知しています。あまりにも違うので、日本が基準にはならないのです。しかし、そうであっても、もてなしの心は、人類共通の心地よいコミュニケーションを生む原点だと思います。

 機内食のことは諦めて搭乗したところ、離陸して1時間後に配膳された食事を見ると、何と糖尿病食なのです。「DBML」と印刷されたカードが乗った食事が、目の前に置かれたのです。目を疑いました。ラップの上に置かれたカードには、糖尿病食の略号「DBML」と私の名前が印刷されています。

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 しかし、主菜を包むアルミ箔には、別の調理名の「VGML(ビーガン・ベジタリアン・ミール)」という初めて見ることばと、「PA……」という名前を印刷したシールが貼られていました。この食事は本来は「PA ……」さんのもので、ベジタリアン向けのようです。どのような経緯で私に回されたスペシャル・ミールなのかは不明です。しかし、それにしても、糖尿病で血糖値の上昇を気にしている者に、ベジタリアン向けの食事でごまかしておこう、ということのようです。
 そして、私の糖尿病食というリクエストは、どの特別食として今回のフライトで受け付けられていたのでしょうか? 興味のあるところです。

 不思議なこともあるものだ、と思いながら、温められた主菜のアルミ箔を外しました。中身はカレーでした。ただし、私にとっては辛いカレーだったので、これまた、あまり手を付けず、持参のチーズとカロリーメイトとソイジョイで今日の昼食としました。
 私は、刺激の強い食事は、すぐに腹痛を起こすのです。難儀な身体です。よりによって、こんな辛いカレーを私に当てなくてもいいのに……

 終わった食事を片付けるときのことです。アテンダントの方は、おどけながら食器を回収してまわっておられます。もう一人の方もそうです。しかも、口中に何か入っているようで、くちゃくちゃ、もぐもぐと、不快な音をさせながら……。

 こうした下品な態度は、公衆の面前では謹んでほしいものです。あなたは楽しいのでしょう。しかし、私は非常に不愉快でした。見たくもないことだし、聞きたくもない音であり、会話なのですから。

 トイレに立ったときでした。最後部でくだんの方たちが、歌いながら踊っておられました。乗客に配膳したものと同じ食事を、ゲラゲラと大声で笑いながら食べている方もいらっしゃいます。男性のアテンダントの方も混じって、ペットボトルの水をラッパ飲みしながら……。まさにリオのカーニバル状態です。

 客室のほとんどの方は、室内灯も消されているし、この便ではこの時間帯に少しでも寝ておかないと、日本に着いてから身体がきついのです。
 そんなことなどお構いなしの、アテンダントの方のバカ騒ぎ。ここがどこなのか、今がどんな状況なのか、こちらの頭が混乱します。

 その後、この最後部エリアへ気分転換にストレッチをしに行ったところ、またまた見てはいけないものを見てしまいました。アテンダントの方たちが立食パーティー中だったのです。一人は、先ほどエコノミークラスのみんなに配膳された食事を。別の二人は、和食材が何個かの小鉢に分けて入って並んでいるトレーを前に箸を付け、立ち歩きして大声で喋りながらの食事中です。おにぎりを頬張った方もおられました。
 この和食セットは、どこから持ってこられたのでしょうか。
 さらには、別のケースの前の布製のバッグの中から、バナナとおかきを出して食べ出されました。この布袋は、個人持ちなのか業務用なのか、私にはわかりません。アテンダントの方は、個人的に私物として食べ物を機内に持ち込み、好きな時に食べてもいいようです。何が持ち込まれているのか、それ以外は見えませんでした。バナナという、生の食べ物を素手で皮を剥いておられただけに、不潔だと思いました。

 また、アテンダントの方は、カート上のテーブルにおいてあるスナックや飲料は、いつでも自由に口にしていいようで、常時これを食べたり飲んだりして、大声で談笑しておられました。

 それ以外にもいくつか。

 座席のモニタは、初歩的な調整ミスのようで不調でした。この飛行機のモニタは、タッチパネル方式の液晶モニタです。しかし、画面の感知ポイントとなるはずのX軸とY軸の接点設定がずれているためか、なかなか思うところをクリックできません。ここと定めてパネルを押しても、思ったところとはまったく異なるボタンが認識されるのです。

 これは、予想外に難しい操作が求められました。ターゲットポイントがランダムに変化します。あちこちを、際限もなくクリックさせられるだけで、偶然にしか、思うようにボタンをクリックできないのです。最初は、その原因と対策がおもしろくて、原因を探っていました。しかし、あまりにも大変なので、早々に諦めました。ゲーム好きな方は、これで何時間も遊べることでしょう。

 私の座席のテーブルが壊れていて、引き出すと左側が肘掛けに当たって傾斜します。置かれたドリンクが、しばらくすると移動します。ガタガタするテーブルを左手で押さえながら、右手一本で食事をしました。これも、大変な技術を要することでした。
 よく見ると、左側のアームが曲がっていて、テーブルのスライダーもがたがたです。

 とにかく、JALやANAでは考えられない、ユナイテッド航空の客室乗務員の悪態ぶりであり、サービス内容でした。
 往路では、横柄な態度の人たちだな、と思っていました。しかし、復路では、もう常軌を逸した不作法の限りが展開しています。マンガの一シーンのようで、またまた自分の立ち位置がわからなくなります。

 アメリカでは許されても、日本では考えられないこうしたキャビンアテンダントの方の態度は、まさに文化の違いですむことなのでしょうか。人間の品位を超えたところにある問題であり、これは教育で解決できるものだと思いました。

 関西のおばちゃんは、陽気でアホで世話をしたがるのがモットーです。愛すべきおばちゃん、というキャラクターが、私も好きです。
 しかし、ここは畿内ではなくて機内なのです。アテンダントの方が、陽気でアホで世話をしない、というキャラクターを前面に出していい場ではありません。
 職場で楽しく仕事をする事はいいと思います。しかし、私にとっては、見たくもない不快になる光景であり、聞きたくもない下品な笑いと大声は、何としてもご免でした。

 いやはや、世界にはこんな飛行機が飛んでいるのです。
 また1つ、貴重な体験が増えました。

 成田で飛行機から降り、パスポートコントロールに行く途中に、百人一首の歌人のディスプレイを見かけました。

(1)小野小町

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(2)持統天皇

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(3)紫式部

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(4)山辺赤人

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 これが壁に掛かっていること自体に、文化レベルの高さを知らされます。

 時差ボケが始まったようです。月曜日は大事をとって、自宅でゆっくりと静養し、火曜日からまた忙しい年度末の超多忙業務に邁進します。
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2014年03月08日

米国議会図書館本『源氏物語』54巻全丁に目を通す

 昨日は、3分割されて紙製ボックスに収められた古写本『源氏物語』(54巻)の内、2箱分を見終えました。今回は、すべての巻のすべての紙面を、書写後に人為的に加えられた痕跡に注意しながら確認しています。

 今日は、無事に残り1箱の確認を終えました。一気に『源氏物語』54巻の全冊に目を通したのは初めてのことです。
 ひたすら紙をめくっていたので、指紋が消えていないか気になり、親指と人差指をよく見つめました。特に変化がなくて安心しました。

 大量の文字と紙面を目で追いかけた成果は、疲労感の中に確実に染み込んでいます。写本に残されたさまざまな人の思いが、私の身体に直に伝わって来たように思います。いい体験となりました。

 昼食は、リーダーズカードの更新をしたマジソンビルの6階にある、スカイラウンジへ行きました。一旦外へ出てから隣のビルに行くと、また入館時にボディチェックを受けることになります。その煩雑さを避ける意味で、地下の迷路を使って隣のビルに移動することにしました。ただし、あまりにも複雑に張り巡らされた地下通路なので、ここに長年勤務なさっているライブラリアンの清代さんに、恐縮ながら道案内をしていただきました。

 ここのバイキングは、多彩なメニューで楽しませてくれます。
 今日は、こんなおかずにしました。

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 アボガドロールは、おいしい一品です。まぐろとアボガドは、糖質制限食にはもってこいです。お米は、この際は許容範囲です。野菜もたっぷりで、健康的なお昼となりました。

 午後には、思ったよりも早めに全冊の調査が終わりました。満足感とともに、どっと疲れも出てきました。
 最近、レア・ブックと呼ばれる貴重書などの閲覧は、今回私が使わせていただいたコーナーに限定されていました。これまでのように、衝立と読書灯のある横長のテーブル席ではなくなったのです。

 帰りに、館内を少し散策しました。館内ツアーの人々の多さに驚きました。この図書館の中は、観光名所にもなっていたのです。

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 せっかくワシントンに来たので、ホテルに帰る途中にあるナショナル・ギャラリー・オブ・アートへ立ち寄ることにしました。
 議会図書館から歩いて行けます。途中、国会議事堂を見上げました。こんなに近くまで来るのは初めてです。

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 池の周りも、のんびりしています。

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 ナショナル・ギャラリーは膨大な美術品の館で、彷徨うように目と足で異空間に遊びました。

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 後で、モネの「日傘を差す女」とフラゴナールの「読書する娘」があったことに気付きました。壁面にズラリと並んだ絵画に圧倒され、目に印象的に飛び込んでくる作品を中心にして、ただ呆然と見ていたのです。下調べも何もせずに行ったために、どんな絵があるのかさえ知らないままに、ひたすら歩き続けていました。やはり身心は、長時間にわたって写本に傾注していたために、疲れ果てていたようです。他人が見たら、夢遊病者の態だったかもしれません。
 おかげで、またここに来る楽しみができました。

 すべての日程を無事に終えたので、明朝は14時間を要する帰国の途につきます。
 アメリカから帰った際の時差ボケが、私にとっては一番辛いものです。10日くらいは体調がすぐれません。

 関係者のみなさまへ、反応が鈍くて気怠そうにしていても、ご寛恕のほどをお願いします。続きを読む
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2014年03月07日

米国議会図書館と新規開店のお寿司屋さん

 今朝は、米国議会図書館へタクシーで行きました。
 メーターは12ドルほどです。しかし、運転手は15ドルだと言います。
 ここがインドであれば、徹底抗戦します。そして、所定の料金を渡して、さっさと車を離れます。
 しかし、ここはアメリカです。インドの民主主義とはまったく異なる自由個人主義なので、勝手が違います。また、護身用と称して銃を所持してもいい社会なので、自ずと対応の自制を迫られます。心に急ブレーキをかけ、素直に15ドルを払いました。

 議会図書館は、米国議会の目の前にあります。
 日本の国会図書館が国会議事堂の横にあるように、まさに首都の中心地にあるのです。

 この図書館を利用するためには、リーダーズ・カードを所持する必要があります。それは、議会図書館のマディソンビルの1階(地上レヴェル)にある、 LM-140という部屋で手続きをして作成します。インデイペンデンス通り側の正面入り口から入ると、厳重なセキュリティチェックがあります。私は3度もピーッと鳴り、最後にはベルトから何から取り外して、ようやく入れてもらえました。空港よりも厳しいボディーチェックです。

 無事にセキュリティを通ると、左手通路の左側に LM-140があり、そこで登録手続きをします。現在は、すべてパソコンの入力画面にパスポートに記されているような情報を入力すると、面談と顔写真の撮影を経て、すぐに顔写真入りのクレジットカードのようなプラスチックカードが渡されます。そのためには、パスポートなどの写真付き IDが必要です。これは、2年間有効です。

 私は一昨年に切れていたので、再手続きをすることになります。よく連絡をとっている議会図書館の司書の中原さんから、あらかじめアドバイスをいただいていました。その通りに、前回の期限切れのカードを提示したら、顔写真を新しくするか、と聞かれました。そのままでいい、と答えると、そのプラスチックカードを無造作に折り曲げて、右手後方にあったゴミ箱にポイと投げ捨てられました。唖然とする間もなく、新しいカードが出てきました。何とも拍子抜けです。

 リーダーズカードを作成したら、図書館本体が入っているジェファーソンビルのLJ-150(アジア部閲覧室)へ向かいます。地下道でもつながっています。しかし、前回その地下道が迷路になっているのを知っていたことと、議会図書館の中原さんからも一度マジソンビルを出て、米国議会に面して建つジェファーソンビルの正面から入るのが間違いない、というアドバイスをいただいていました。

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 教えられた通りに玄関を入ると、また厳しいセキュリティチェックがありました。前回は、裏口からも入ったように思います。いずれにしても、チェックの厳しさは、出入りを躊躇わせます。
 アジア部は1階の南西角に入り口があります。ジェファーソンビルでは、地上階がG-レベルで、1階はその上階になります。

 クロークに荷物を預けると、やっと内部の装飾のみごとさが目に飛び込んで来ます。

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 閲覧室では、議会図書館本『源氏物語』の本文の書写状況の調査をしました。
 今回も、伊東司書のお世話になりました。2年ぶりの懐かしさに、共に闘ってきた仲間としての感覚があるせいか、つい頬が弛みます。またお目にかかれたことは、本当に嬉しいものです。

 折しも今朝、ロンドンにある大英図書館の大塚司書からメールが来ていました。「コーニツキ版欧州所在日本古書総合目録データベース」についてでした。大英図書館日本部のトッド先生が今月下旬に、米国フィラデルフィアで開催される北米東亜図書館協会(CEAL)で、欧州における日本古典籍資料へのアクセス方法について研究発表をなさるそうです。そのための情報を教えてほしいということに加えて、いくつかの関連する質問が記されていました。

 そのメールの返信で大塚さんに、今ワシントンに来ていて、今日から議会図書館に調査で入ると伝えると、伊東司書にも中原司書にも以前お世話になったとのことで、よろしくお伝え下さい、とのことでした。

 早速、突然ながら大塚さんから受けた質問の対応をして、すぐにこの議会図書館に来ました。そのことを伊東さんに伝えると、大塚さんのことをよく覚えておられ、また伊東さんもその CEAL で、資料のデジタル化のことを発表するとのことです。
 なんと、世界は狭いものです。

 さて、今回は、紙面の上に貼られた付箋を確認することも、国語研究所の高田智和先生から依頼されています。
 付箋は、こんな感じで残存しています。

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 第2巻「帚木」巻の12丁オモテ5行目の上に、薄い紙がひょろひょろとした状態で貼られているのです。この意味するところを、今後は考えておく必要がありそうです。
 それにしても、この2日間で『源氏物語』54冊のすべてのページをめくり、書き込みやこうした付箋の跡をチェックすることになります。気の遠くなるような作業です。しかし、今日一日だけでも、相当の枚数のページをめくり、誌面に施された人為的な跡を確認しました。

 お昼に、議会図書館の司書のパイファーさんとラージソンさんが閲覧席にお越しになりました。
 かねてよりお知らせいただいていた、昨年末に開店した寿司屋でお食事をすることになっていたからです。パイファーさんは76歳だとのことですが、とてもそんなお年には見えません。定年は自分で決めるので、まだ仕事を続ける、と力強くおっしゃっていました。

 「SUSI CAPITOL」は、狭いお店でしたが、お客さんは一杯でした。
 お二人とは、たくさんのお話をしました。

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 現在、私が1度に食べられるお寿司の分量は、これくらいが限界です。これでも、ご飯は半分にしていただいています。
 今日、新たに得られた情報としては、この先のユニオン・ステーションに回転寿司屋さんがあるそうです。また、デュポン・サークルに「すし太郎」があるそうです。ここは、以前行ったような気がしますが、記録を見ても名前が出てきません。これは、次回に行くしかないようです。

 午後も、写本の調査を続けました。
 午後からは、閲覧カウンターに中原さんがいらっしゃいました。
 中原さんとはメールを何度もやりとりしているので、異国で会った気がしません。
 白髪が増えて、とおっしゃっていましたが、いえいえますます大活躍のご様子です。
 こうして、海外で多くの方が『源氏物語』の本文の研究に理解を示してくださることには、大いに感謝しています。日本よりも海外の方が、『源氏物語』の本文研究に関する理解が得られるのは、大変おもしろいことです。これは、具体的に写本や版本という資料がある図書館に私が行くことが多いことも一因です。また、そこに語られている物語の内容ではなくて、本という資料に関係する研究への理解がしてもらいやすい、ということなのではないでしょうか。

 いずれにしても、海外においてこうした方々が図書館で仕事をなさっていることは、もっと顕彰しなくてはいけません。さらには、みなさんのお仕事を知らなければならない、とあらためて思いました。

 なお、以前ここに来たときに撮影した写真が掲載されているブログは、以下のものがあります。

「議会図書館での調査開始」(2010/1/27)

「米国議会図書館での調査」(2010/1/29)
 この29日の記事の中に、タクシー代で余計に取られた話を書いていました。今日もそうだったので、これは常態となっているようです。

「ワシントンを発つ前に」(2011/1/27)
 
 また、お寿司の話としては、以下のものがあります。

「ワシントンのお寿司(1)」(2010/1/26)

「ワシントンのお寿司(2)」(2010/1/28)

「ワシントンのお寿司(3)」(2010/1/29)

「議会図書館のラウンジのお寿司」(2011/1/26)続きを読む
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2014年03月06日

フリーア美術館とサックラーギャラリー

 ワシントンのスミソニアンは、19もの博物館や美術館などが集まっている地域です。
 今日は、その中のフリーア美術館とサックラーギャラリーに行きました。
 諸外国と同様に、国立の施設なので入館料はいりません。
 ここには、日本の美術品がたくさんあります。

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 フリーア美術館で絵画資料の閲覧と調査をする前に、館内の美術品を一通り拝見しました。中で、サックラーギャラリーと自由に往き来できます。そのためもあって、まさに迷路です。館内の至るところにいらっしゃるアシスタントの方に現在位置を聞きながら、一通りすべての部屋を見て回りました。

 中庭が雪を被っていたので、爽やかさを感じました。

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 私がしばらく足を留めたのは、鶴の絵が意匠として用いられていた尾形乾山の茶碗と茶入れと角皿でした。図案がおもしろいと思いました。
 ここは、撮影禁止の表示がない限り、原則カメラは自由です。日本も、そうなってほしいものです。後で曖昧になった記憶をたどるときに、写真は思い出す手掛かりを与えてくれます。

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 さらに地下へ行った奥には「Chigusa and the Art of Tea」という部屋があり、「千種」の茶壺が目を惹きました。
 この部屋には、さまざまなお茶道具があり、ここで一番時間を取りました。 
 いくつか天目茶碗があり、これもじっくりと拝見しました。
 最近、茶碗に少し興味が湧いてきたのです。こうした、銘品と言われるものを数多くみていると、いつかはその良さがさらにわかるようになることを楽しみにしています。

 この展示の図録を買おうと思い、そのつもりで歩き廻っている内に、ミュージアムショップへの行き方がわからなくなり断念しました。またの機会にします。

 午後は、フリーア美術館のコレクションを管理しておられる専門員の方のご配慮をいただき、5巻もの絵巻物をすべて拡げてくださいました。拡げては巻き戻し、拡げては巻き戻しという、大変なことなのです。一応私も学芸員の資格は持っています。しかし、他所様の所蔵品に手を出すことはできません。すべて、面倒なことはお任せして、貴重な絵巻を拝見しました。

 これまで一般には公開されていないものなので、一期一会の気持ちでじっくりと目をジグザグに動かしながら見ました。やがて、目頭がじんじんとしてきました。

 こうした良いものは、若いときに見るに限ります。しかし、若いときには、なかなかこのような機会に恵まれません。
 いつチャンスが来てもいいように、見る目を養い、見方の勉強をして準備をしておくといいでしょう。チャンスは、突然にやって来るのですから。
 また、若いときと歳をとってからとでは、格段にその重みが違います。若いときにいいものを見るに越したことはありません。ピークレベルメーターの、振れ幅が違うのですから。

 午後はすべての時間を、絵巻物と睨めっこに費やしました。中腰になって見ていたので、帰ろうとした頃には腰の周りに違和感を感じながら歩くこととなりました。

 地下鉄で帰り、晩ご飯はホテルの近くにあったアフリカ料理のレストランに入りました。
 思ったよりも優しい味で、おいしくいただきました。
 
 その向かいにあるワイン専門店で、日本のお酒を見つけました。

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 店内と壁一面にワインを中心としたお酒が、これでもかというほどに並ぶ、楽しいお店でした。昨夜ここで買ったフランス産のワインを、今夜も飲みながら拙文を綴っています。

 タイ料理とお寿司が一緒になったお店もありました。

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 入って食べてみたいのはやまやまです。しかし、今回は短期滞在なので、これもまたの機会に、ということになります。
posted by genjiito at 12:51| Comment(0) | ◆国際交流

2014年03月05日

機内食が間違って出てきたワシントン行き

 私としてはめずらしいことに、乗った飛行機が成田空港を定時に離陸しました。
 アメリカのワシントンまで、直行便で14時間の旅の始まりです。
 着陸も、予定よりも少し早めでした。

 今回は、あらかじめ電話で、機内食は糖尿病食をお願いしていました。
 しかし、出てきた料理の覆いには、GFML(グルテン・フリー・ミール)と書いてあります。
 調べると、これは小麦などのグルテンアレルギーの方のための食事です。たんぱく質を摂取することでアレルギー等が発症する方の食事であって、血糖値のことに配慮した糖尿病の食事はDBML(ダイアベティック・ミール)です。

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 久しぶりに美味しくない食物を口にしました。GFMLがどうの、ということではなくて、味付けが変でした。4分の1ほど食べて、後は残しました。
 わざわざ前日にユナイテッド航空に電話をして、糖尿病食をお願いしたのに、がっかりです。

 着陸前には、こんな機内食がでました。
 これにも、GFMLと書いてあります。

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 とにかく、炭水化物はたくさん盛りつけてあるは、味は微妙だわ、卵焼きは油が古かったようです。これまた、たくさん食べ残しました。

 スペシャルミールと言われているものは、少しいい加減な対応がなされているようです。スペインからの帰りには、予約をしたのに予約が入っていませんでした。
 航空会社にしたら、わがままを聞いてやっているのだから、文句を言うな、ということでしょうか。とにかく、残念でした。帰りは何が出て来るのか、楽しみです。

 今回の往路では、2回の食事が共に私が食べられるものではありませんでした。そこで、食事は持参していたソイジョイやカロリーメイトでお腹を満たしました。

 機内の映画もおもしろそうなものがなかったので、「The book Thief」を観ただけでした。これは、ドイツのナチを背景に持つ作品です。日本語吹き替え版で、興味深く観ました。

 今回は、機内で起きている時間が長いので、面倒な仕事を持参していました。そして、その1つはやり終えることができました。

 ワシントン・ダレス空港は、滑走路に雪が積もっていました。

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 ホテルの前の教会が、いい雰囲気を醸していました。

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 夕食には、ホテルのフロントで教えてもらった「タイタニック」というタイ料理屋さんへ行きました。私は、豆腐入りの野菜スープだけをいただきました。
 この2階には、「ツナミ」という寿司屋がありました。嬉しくなります。

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posted by genjiito at 13:14| Comment(2) | ◆国際交流

2014年03月04日

大雪だというワシントンへ行ってきます

快晴の成田からワシントンへ向かいます。
天気予報では、ワシントンは氷点下で大雪だそうです。

昨日のニュースでも、ワシントンからの中継画面の背景に、雪のホワイトハウスが映っていました。

先日は、大雪の成田から34度のベトナムへ行きました。
人体実験もここに極まれり、という感じです。

これだけ寒暖の差で身体を刺激していると、加齢や老化などとはまったく無縁な、楽しい生活環境の中を泳いでいることになります。

前回ワシントンの議会図書館へ行ったのは、2011年1月末でした。
アメリカは、3年ぶりとなります。

今回は、フリーア美術館と議会図書館での調査です。

日本の古典籍や美術品の多くが、海外に移出し保存されています。
幸か不幸か、今は海外で保護されて、その命を次の世代に伝えています。それぞれが、数奇な運命の中を生き延びてきたのです。その姿を確認する旅も、手間と時間を惜しまずに、今後とも続けて行きたいと思います。

さて、今日はうまく雪のワシントンに着陸できるのでしょうか。
ただただ運を天にまかせて、行ってきます。
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2014年03月03日

京洛逍遥(307)寒風の賀茂の川原でお茶を点てる人

 一仕事終え、地下鉄烏丸線の北大路駅からの帰途、北大路橋を渡っていると見慣れぬ光景に出くわしました。

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 どう見ても、お茶を点てておられる様子です。横には、若者が2人、ぎこちなく正座で畏まっているところです。

 橋の袂からよく見ると、確かに野点(?)のようです。それにしても、寒風吹きすさぶ中でのことなので、目が離せなくなりました。

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 本格的な用意がなされています。お茶道具は一通り揃っているようです。お茶の流派もお作法の流儀も、何というお点前をなさっているのかも、私には皆目わかりません。
 とにかく、3人ともに真剣です。

 横の茶釜からは、湯気がたち上っています。

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 ことばは聞こえてきません。しかし、亭主は学生にいろいろと説明をしておられます。それを、学生2人は食い入るように聞いているところでした。

 賀茂川では、オーケストラの楽器に始まり、尺八、三味線、鼓などなど、さまざまな練習や訓練が見られます。しかし、お茶のお稽古は初めて見ました。しかも、お遊びではなくて、これは本格的なのです。

 この川がみなさんに愛されていることが、こんな光景からよくわかります。
 憩いの場ではなくて、賀茂の川原は四季を問わず、まさにフリーゾーンなのです。
posted by genjiito at 23:53| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2014年03月02日

京都で『十帖源氏』を読む「須磨_その11・明石_その1」

 「須磨」も今日で最後となりました。

 「龍王のみいれたる」という文を、担当者は「龍王が魅入ったのであった」と訳しました。
 ここで、「魅入る」ということばを外国語に訳すのは難しいのでは、ということになりました。いろいろな意見を出す中で、結局「龍王が、光源氏自身を気に入ったのだな、と思います。」としました。「光源氏自身を気に入った」とした所が、工夫の跡だといえます。

 また、「すまゐたへがたく」という所も問題となりました。
 おもしろかったのは、「須磨」と「居堪へ難く」とに切ってはどうか、という提案でした。そして、これで「須磨に住んでいることが堪え難くなった」という意味にとるのです。ただし、どうも馴染めない、こじつけのような語句の区切り方になるので、これは採用されませんでした。
 結局、ここは「この場所に住むことが堪え難く」とすることにしました。

 また、「須磨」の最後に付された絵についても、楽しい話に展開しました。
 この絵は、前回の報告である「京都で『十帖源氏』を読む「須磨_その10」」(2014年1月21日)に引用したものです。

 ここで、光源氏や共人が腕を上げて雷雨を避けながら走っている様子は、日本人がかつては手を上に上げて走っていたことを証明する絵にならないか、というものです。
 袖で頭を覆うような仕草をしているので、腕を上げて走る例とは言い切れないものです。しかし、狂言をなさっている方から、狂言では両手を挙げて走るという例を見せてくださいました。これには、みんな響めきました。
 確かにオーバーに演じて見せるためだとは言っても、やはり目の前で実演していただいた、この狂言のポーズは、かつての日本人が両手を挙げて走っていた例としていいようです。
 一堂納得しました。これは、また改めて検討することにします。

 次に、第13巻「明石」に入りました。

 早速、「かしらさし出べくもあらず。」で立ち止まることになりました。
 頭を差し出す、ということが、中国とスペインの留学生から疑問が出されたのです。
 担当者は「頭を覗かせることもできません。」と訳していました。そこで意見を闘わせた末に、「嵐が激しくて、外へ出ることもできません。」と、わかりやすい現代語訳になりました。

 今回も、さまざまな意見を交わしながら、よりわかりやすい現代語訳を作ることができました。
 海外からの参加者が疑問点を示されると、問題点が具体的に浮かび上がります。
 今後とも、こうした現代語訳作りに興味のある留学生の方々の参加を待ち望んでいます。
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ◆源氏物語

2014年03月01日

京都で『源氏物語「蜻蛉」』の写本を読む(第8回)

 今朝は曇り空ながら、気持ちのいい朝でした。
 鴨たちも、散策路の所まで上がって来て遊んでいます。

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 賀茂川散歩の途中、下鴨神社の光琳の梅の咲き具合を見て来ました。

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 紅梅が鮮やかに咲き出しています。これから、日々一輪ずつ蕾が花開くのが楽しみです。

 2月は何かと多忙だったこともあり、一と月半ぶりにワックジャパンに集まりました。
 まずは、『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「蜻蛉」』です。

 今日は、男性4人と女性7人の11名で、賑やかに読み進みました。
 新しく書道がご専門の方が参加されたので、ハーバード本の文字の字母を確認しながら読んでいても、いつもより文字を見る眼が慎重になり、ますます楽しくなりました。

 前回の「京都で『源氏物語「蜻蛉」』の写本を読む(第7回)」(2014/1/18)の続きの字母として、4丁表と裏までを以下に掲載しておきます。


於保之安者春留・己止奈止也・八部良无・止己/〈ママ〉・呂奈宇・
左者可之久人・之个宇奈止・者无部良无毛乃越止・支
己由・左利止天・以止於保川可奈宇天也/△&天・阿良无・奈
遠・止可久・左留部幾・左末尓・加末部天・礼以乃・
心・之礼留・之ゝ宇奈止尓阿比天・以可奈留・
己止遠・加久・以不曽止・安无奈以世与・計寸八・比可
事毛・以不奈利止・乃多末部八・以止遠之幾・
  [3]時方は匂宮の命により宇治で侍従と会い浮舟の急死を知る
    【1933/24:520321】
御个之幾毛・加多之計奈久天・由不可多・由久・[3]可也
寸幾・人八・止久・由幾川幾奴・安女寸己之・不利也美多
礼止/△&止・王利奈幾・美知尓・也川礼天・計寸乃・左万尓(4オ)」

天・幾多礼八・人・於保久・川止比天・己与比・也
加天・於左女・多天末川留奈止・以不越幾ゝ・心毛・
安左満之宇・於保由・右近尓・世宇曽己・之太
礼止・衣・安者春・太ゝ以末・毛乃・於保衣春・遠
幾安可良无・心知毛・世天奈无・左留八・己与比者
加利己曽・加久毛・多知与利・給八女・衣・幾己衣奴・己
止ゝ・以者世太利/△&者・加久・於保川可奈久天八・以可ゝ・加部
利末以利・侍良无・以末・飛止所太尓止・世知尓・
以者世太礼八・之ゝ宇曽・安比多留・以止・安左末
之宇・於保之毛・安部奴・左万尓天・宇世・給尓太(4ウ)」
 
【4ウまでの字母数_140301】 総文字数1499/使用文字数102
止 76/奈 63/之 57/可 54/以 47/利 44/天 43/多 41/乃 42/毛 41/幾 39/八 36/尓 36/己 33/久 30/左 30/礼 29/留 28/於 28/川 28/加 27/末 26/良 26/无 25/比 24/部 24/宇 23/安 21/ゝ 20/不 20/世 17/保 17/遠 17/个 16/者 16/与 15/也 15/給 14/越 13/登 12/衣 12/奴 11/曽 10/計 10/知 10/寸 10/美 9/呂 9/由 9/人 9/三 9/堂 8/太 8/御 7/心 7/女 7里 7/万 7/春 6//阿 6/事 6/免 6/波 6/本 5/王 4/侍 4/仁 4/古 4/思 4/那 4/累 4/須 4/遣 4/飛 4/満 3/武 3/和 3/二 3/支 2/近 2/右 2/文 2/身 2/志 2/葉 2/返 2/所 1/入 1/下 1/殿 1/将 1/大 1/祢 1/申 1/佐 1/我 1/遍 1/有 1/程 1/恵 1/能 1/無 1/野 1/勢 1

 
 写本を読み終わってから、気分転換の意味もあって、1階のお茶室でみんなでお茶をいただきました。
 ちなみに、今日出されたお菓子は、お雛祭りに関係するものです。亀屋良永と笹屋伊織のもので、「ひちぎり」と言う名の和菓子です。亀屋良永の方のお菓子の写真を掲載します。

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 「ひちぎり」という和菓子は、どうやら最近お茶席でも出されるようになったお菓子のようです。これを漢字で書くと「引千切」です。これは、餅と餡でできています。別名は「あこや餅」とも。白餅を伸ばして窪みをつくり、そこに餡を乗せます。忙しい時の間に合わせに作ったものからの命名のようです。

 餅の端を千切り取った形をしています。元は平安時代の公家などが宮中行事で使っていたようです。しかし、今の形は江戸時代からでしょう。茶人も好んだお菓子のようです。
 ちょうど、雛祭りのころに出されるようなので、菱餅と共によく知られるようになりました。2つ並べると、内裏びなのように見えます。
 春先にふさわしいお菓子でした。

 このお菓子をいただきながら、みんなで抹茶をいただきました。
 足が痺れた人がいたようです。それも日本の文化です。
 なかなかいい体験の場ともなりました。

 次回は、4月12日(土)の午後1時からです。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ◆源氏物語