2014年02月28日

冨田大同先生の訃報を知って

 冨田大同先生がお亡くなりになったことを、奥様からいただいたお葉書で知りました。
 本年1月12日に、88歳での急逝だったそうです。
 1度だけ、兵庫県小野市のご自宅に伺いました。
 あの風雅なお宅の佇まい、そしてお部屋、お庭は、今も鮮明に覚えています。
 お茶を点て、書をなさるのにふさわしいお宅でした。

 冨田先生には、大阪明浄女子短期大学文芸科(現・大阪観光大学)で大変お世話になりました。

 私が大阪府立高校で国語科の教員をしていた平成3年(1991)3月のことです。
 伊井春樹先生の仲立ちを経て、文芸科長だった冨田先生とお目にかかりました。
 私が40歳になる年のことです。

 阪急梅田の地下街にある、小さな喫茶店の一角でした。
 愛知教育大学に転任される井爪康之先生と3人で、今後のお話を伺いました。
 研究者としての道を用意してくださったことに感謝しています。
 また、新しいことへのチャレンジに、意欲を搔き立ててくださいました。

 初見から、豪快な先生であることがわかりました。
 気持ちがいいほどに、大きく包み込んでくださる先生でした。
 幾度となく叱られました。
 しかし、褒めてもくださいました。
 お名前の「大同」を「もとあつ」とお読みすることは、ずっと後に知りました。

 私が科研費の採択を受けて公費による研究をスタートさせることになった時は、大学で初めてだったこともあり、本当に喜んでくださいました。
 私も、着任後すぐに申請した課題だったこともあり、冨田先生に励まされながら『源氏物語』の古写本のデータベース化に取り組みました。

 次の2つの科研費研究は、研究者としてはヨチヨチ歩きだった私にとって、冨田先生に研究環境を整えていただきながら取り組んだ、思い入れのある研究です。

※「源氏物語古写本の画像データベース化と別本諸写本の位相に関する研究」(一般研究(C)、1992〜3年)

※「源氏物語古写本における異本間の位相に関する研究」(特定領域研究(A)、1997〜8年)

 また、大学へのコンピュータの導入にあたっても、深い理解を示してくださいました。
 私が、今も『源氏物語』の本文の整理をコンピュータでやっているのは、この冨田先生の理解が得られたからこそ可能になったことだ、と思っています。

 私は、大阪明浄女子短期大学に8年半在職しました。
 後半は、大阪大学大学院の博士後期課程にも社会人として在籍し、平成11年(1999)に東京の国文学研究資料館に身を移しました。

 先生には、語彙や助詞の研究があります。
 「泉州語彙稿」
 「続々・係助詞の、いわゆる終助詞的用法について。 : 源氏物語のコソ・ナムを中心に」
 「続・係助詞の、いわゆる終助詞的用法について」
 「係助詞の、いわゆる終助詞的用法について : 源氏物語のナムを中心に」等々

 私が上京してから、冨田先生はいつかいつかと思っていたとおっしゃり、当時は品川にあった国文学研究資料館にお出でになりました。
 必要な論文の複写をお手伝いし、夕刻から大井町の居酒屋で遅くまで飲みました。

 それ以降は、お目にかからないままに刻が過ぎて行きました。
 あの居酒屋での、「あんた、がんばりや」という大きな声が、今も甦ります。
 あの慈愛に満ちた眼が、今も忘れられません。

 ご冥福を心よりお祈りします。
posted by genjiito at 23:52| Comment(0) | 回想追憶

2014年02月27日

『源氏物語』に関連する最新情報3つ

(1)来月下旬に、パリで『源氏物語』に関するシンポジウムが開催されます。
 昨日の伊藤科研の研究会の後、清水婦久子先生から詳細な情報をいただきました。
 後で、科研のホームページ(http://genjiito.org)に、プログラム等の詳しい情報が掲載されます。

パリ国際シンポジウム「詩歌が語る源氏物語」
 日時︰2014年3月21・22日
 場所︰パリディドロ大学

 
 
(2)本日の「京都新聞」(2014年2月27日)の「まちかど」欄(22面)に、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の活動の1つである、『源氏物語』の古写本を読む会のお知らせが掲載されました。

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 「京都新聞」には、折々に掲載していただいています。すでに、この記事を見て参加して下さっている方が数人いらっしゃいます。また新たな方々との出会いがあれば幸いです。

 京都御所南にある京町家「ワックジャパン」で、毎月1回のペースでかな文字を読んでいます。鎌倉時代に書写された、ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「蜻蛉」巻を読み続けています。
 私は、このハーバード本は『源氏物語』の中でも最も古い書写本の1つだと思っています。

 興味のある方は、資料を用意する都合がありますので、事前に連絡をお願いします。
 
 
(3)次も本日の「京都新聞」(2014年2月27日)に、「市川海老蔵”新・光源氏”誕生」と題する、京都南座の広告が掲載されていました。
 「市川海老蔵特別公演 歌舞伎×オペラ×能楽 源氏物語」とあるので、コラボのようです。
 期間は、2014年4月5日(土)〜21日(月)まで。
 場所は、京都四條南座です。
 これについても、後で科研のホームページ(http://genjiito.org)に、海老蔵が製作発表会見で語ったことなどをまとめた詳しい情報が掲載されます。
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2014年02月26日

伊藤科研の第2回研究会を京都で開催

 海外における『源氏物語』と平安文学をテーマとする伊藤科研では、本日、第2回の研究会を京都駅前の「キャンパスプラザ京都」で開催しました。

 第1回については、「伊藤科研の第1回研究会を国文研で開催」(2014/2/3)で報告したとおりです。

 本日の第2回研究会は、以下の要項で実施しました。


日時:2014年2月26日(水)
場所:キャンパスプラザ京都・第2演習室(5階)
内容︰
 ・挨拶(伊藤鉄也)
 ・自己紹介
 ・科研の趣旨説明(伊藤鉄也)
 ・2013年度の研究報告(淺川槙子)
 ・2月3日開催の第1回研究会の報告(伊藤鉄也)
 ・当科研のホームページの説明(加々良惠子)
 ・2014年度の研究計画(伊藤鉄也)
 ・連絡及び打ち合わせ


 関西のメンバー10人全員が集まりました。
 内容は、前回の東京開催とほぼ同じです。

 回覧した『日本古典文学翻訳事典1〈英語改訂編〉』(試作版)は、前回よりも完成度を上げたものです。現在、すでに印刷に回っており、初稿待ちの状態にあります。

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 また、「伊藤科研のホームページ」がほぼ完成しました。

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 これは、日本学術振興会に一昨年提出した申請書類に記載した事項を、現在はそのまま流し込んだ状態です。まだ暫定版です。
 これで、情報発信の入れ物はできました。今後は、ここに新しい情報や研究成果を盛り込んでいくことになります。

 このホームページのデザインは、プロの方にお願いしました。すっきりとしたいいデザインなので、私は気に入っています。これからは、中身の充実に専念します。

 このホームページを活用して、海外の方々と情報を共有する中で、コラボレーションを展開していくことにします。
 折々にご覧いただき、コメントをお寄せいただければ幸いです。さらには、情報を提供していただくことにより、より多くの方々に平安文学の情報をお知らせする役割も果たしていきたいと思っています。

 年の時を温めて、本科研も本格的にスタートできました。
 今後発信する情報を、楽しみにお待ちいただきたいと思っています。
posted by genjiito at 23:55| Comment(0) | ◆源氏物語

2014年02月25日

東京で『十帖源氏』を読む「若紫」(その2)

 東京会場では、「若紫」を読み始めました。
 第1回目は2013年11月12日でした。

【9.0-国際交流】「東京で『十帖源氏』を読む「若紫」(その1)」(2013/11/12)

 その後、12月はみなさん多忙な時期でもあり休会となり、今年の1月はみなさん風邪のために急遽休会となりました。

 そんな経緯があり、今日は東京での久しぶりの『十帖源氏』を読む会となりました。
 いつものように、荻窪駅線路際にある「あんさんぶる荻窪」に集まりました。

 インドからの留学生であるイムラン君が参加してくれました。
 また、中国から来ている研究生の趙君も常連として参加です。
 中国とインドからの意見には、さまざまな場面で文化の違いが対照的に現れ、非常に楽しい時間となりました。

 今日は、『源氏物語』の中でも最も有名な、雀が逃げたと言って若紫が泣いている場面です。

 「しろきゝぬ、山ぶきゝて」というところは、若紫の着物について異論百出です。
 担当者の訳は、「白と黄色の着物を重ね着して」でした。

 「しろきゝぬ」について、『新編日本古典文学全集』(小学館)では下着扱いです。しかし、下着なら「きぬ」ではなくて「ひとえ」だということです。つまり、ここは白の袿になるはずなのです。
 「山ぶき」も、単衣ではなくて袿です。
 とすると、白の衣と山吹の衣と、どちらが上に羽織っていたのか、ということになります。これは、どちらの可能性もあり、ここでは決めかねる、ということになります。進行役の畠山君は、『源氏物語』における衣服を扱ったテーマを博士論文に設定して執筆中なので、こうした衣装に関しては鋭い指摘が続出します。非常にいい勉強になります。

 結局、担当者の訳を踏襲しながら、「重ね着」としていたところを「重ねて着て」とするに留めました。

 若紫が雀が逃げたと言って泣いている場面に、「かほあかくすりなしてたてり」とあります。「顔赤く擦りなして立てり」と表記すべきところです。

 ここを担当者は、「顔を赤くこすって立っています。」としています。しかし、これでは言葉の並びが不自然です。また、インドでは、顔を赤くするのは怒っている時と受け取られかねない、との指摘がありました。恥ずかしさから、顔を赤らめることでもありません。

 涙を拭うかわいい仕草とその様子を、なんとかうまく訳したいのです。顔を擦ったために赤くなることを、どう訳で表現するかに苦心しました。その結果、「(零れる涙を)擦って顔を赤くして立っています。」という訳に落ち着きました。ここは、まだ一工夫できそうです。

 「やり水」についても、中国ではわからないと言うのに対して、インドでは対応する言葉があるそうです。そこで、ここは「庭を流れる水」としました。

 今日は、服飾に関する豊富な話題と、日本・インド・中国における微妙な文化の違いについて、学ぶことの多い時間となりました。

 次回は、3月25日(火)18時半から2時間です。
 またその次は、4月22日(火)18時半から2時間、ということも決めました。
 共に、場所は荻窪駅そばにある、杉並区の「あんさんぶる荻窪」です。

 興味のある方は、自由に参加していただけますので、事前に本ブログのコメント欄を通してお問い合わせいただければ、折り返し詳細をお知らせいたします。
 特に、英米語以外のネイティブの方は大歓迎です。
 古典文学の知識は不要です。
 参加者のみなさまの知恵をお借りしながら、海外で翻訳してもらいやすい『源氏物語』の現代語訳を作っている集まりです。
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ◆国際交流

2014年02月24日

井上靖卒読(176)「胡姫」「崑崙の玉」「海」

■「胡姫」
 自伝的な話です。胡姫なる女性は意外な素性の娘でした。読後感が爽やかな作品に仕上がっています。女性の素朴さがよく伝わってきます。あるがままに、そして誠意ある生きざまのよさを見せてくれます。気難しい伯父も、印象的に語り納めています。【3】
 
 
初出誌︰小説新潮
初出号数︰1967年2月号
 
集英社文庫︰冬の月
井上靖小説全集31︰四角な船
井上靖全集7︰短篇7・戯曲・童話
 
時代︰昭和初期
舞台︰石川県(金沢)、静岡県(伊豆)
 
 
 
■「崑崙の玉」
 行間のさらに奥に、一定のリズムがある文章です。また、沙漠の乾いた空気も伝わってきます。この井上の文章には独特の語り口となっています。話は、黄河の河源を探し求める男たちの物語。ただし、物語としてのおもしろさはありません。それは、話に意外性などの読者を惹き付けるものがないからです。静かに、黄河の水源について語り納めたという終わり方です。男たちが夢を果たせなかったことは、歴史の事実に基づくとこから来る、井上流の歴史物の特徴でもあります。【1】
 
 
初出誌︰オール読物
初出号数︰1967年7月号
 
文春文庫︰崑崙の玉
井上靖小説全集18︰朱い門・ローマの宿
井上靖全集7︰短篇7・戯曲・童話
 
 
 
■「海」
 40年ぶりの同窓会での失態を、ユーモラスに語ります。会場で、前日までの疲れから、酩酊して眠ってしまったのです。しかし、もう一人、酔いつぶれた友がいたのです。翌朝、この友と語る内に、一人だけであれ同窓生の姿がわかったのが収穫とも言えるものでした。そして、2人で新幹線「ひかり」が走り去るのを見るのです。友の娘さんが新婚旅行で大阪に行くのを、熱海の近くの駅から、その車窓を見送ったのです。
 肩の力を抜いた文章で、場面が絵のように描かれています。【3】
 
 
初出誌︰小説新潮
初出号数︰1968年2月号
 
集英社文庫︰冬の月
井上靖小説全集31︰四角な船
井上靖全集7︰短篇7・戯曲・童話
 
時代︰昭和40年代?
舞台︰静岡県(熱海)
 
 
 
〔参照書誌データ〕
「井上靖作品館」続きを読む
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2014年02月23日

江戸漫歩(74)『みをつくし料理帖』の舞台を歩く

 先日書いた「読書雑記(95)高田郁『美雪晴れ―みをつくし料理帖』」(2014年2月20日)の舞台を歩いてみました。
 本の巻頭に掲載されている地図は、次のようになっています。

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 この中央部分を、今回は歩きました。

 図面の左下にある「つる家」と「俎橋」のあたりからスタートしました。
 今は、地下鉄九段下駅を上がってすぐのところです。
 緩やかな九段坂を左手に上った正面に、靖国神社の鳥居が見えます。その左が皇居です。

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 この写真中央に聳え立つビルのあたりに、『みをつくし料理帖』で主舞台となる「つる家」があったことになります。
 もちろん、架空の話です。しかし、ここに立つと、あたかもつい最近まで「つる家」があったかのような思いにさせられます。そして、澪が飛び出してくるような。

 女主人公の澪が「つる家」を出て東方向の神田神保町に向かうすぐのところに「俎橋」があります。そこを渡ったあたりから、この九段下を撮りました。

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 信号機のある高速道路の下に飯田川が流れています。そこに架かるのが「俎橋」です。
 折しも、「東京マラソン2014」が開催されているときでした。東京マラソンの警備のために交通が遮断されているので、幸いこうして道の真ん中から撮影できました。

 振り返って、神田神保町を向くと、たくさんのランナーが走っていく姿が見えます。

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 主催者の発表によると、3万6千人が走っているのだそうです。応募は30万人もあったとか。
 とにかく、蟻の大群が押し寄せるようにして、さまざまな衣装の人々が走り抜けていきます。とにかく、みなさん楽しそうです。外国人の方が多いのに驚きました。

 神田の方に道を渡れないので、飯田橋へと大回りして神田明神を目指しました。
 途中で、飯田橋から西神田へと向かう地点で、大勢のランナーと出くわしました。

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 後楽園から神田川沿いに歩いて行くと、河津桜が咲き初めたところでした。

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 湯島聖堂に立ち寄り、さらに西の昌平橋に至りました。

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 ここは、上の地図の中央右端にあたります。
 写真の上手前に黄色の総武線が走っています。その向こうに赤色の中央線が走っています。
 中央線の手前下に、昌平橋が架かっています。
 写真左端からこの道路のあたりに、源斉宅や澪の長屋があったかと思われます。
 元の「つる家」は、右手のニッポンレンタカーの手前あたりと考えたらいいのでしょうか。

 すみません。あくまでも小説の中での話です。現実の風景があまりにも違うので、イメージはすんなりとは結び付きません。しかし、こうして架空と現実を結びつけながら歩くと、それがほぼそのまま再現できる京都とはちがって、微妙にズレた別の楽しみが得られます。

 ちょうど、「神田明神下御薹所町」の町の様子が、安政3年(1856)と平成15年(2003)の地図を並べて対比できるようにした掲示板がありました。

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 こうした配慮は、楽しみながら歩く者には、ありがたいものとなります。

 この「現在地」とある地点から少し北に上がって左に曲がると、神田明神があります。
 ちょうど、結婚式が始まるところでした。
 私は、国内外を問わず、よく結婚式に出会います。2週間前のベトナムのハノイでもそうでした。

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 ここから湯島天神の手前にある「化け物稲荷」を探そうとしました。しかし、予定の時間になったこともあり、今日はここで打ち切りです。

 お江戸の家並みは、たくさんの絵図に書き残されています。
 次回はもっと下調べをしてから歩くことにします。
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2014年02月22日

配送中に損壊したパソコンのその後

 昨年末の出来事の1つとして、移送中に損壊したノートパソコンの一件がありました。

 「宅配便で届いた荷物の損壊は歳末の怪」(2013/12/29)

 その後の経緯を記しておきます。

 新年早々、クロネコヤマトの担当者に電話連絡をし、修理の打ち合わせをしました。
 数日後、宿舎にパソコンを引き取りに来られました。その際、壊れた箱の現物か写真を、と言われていたので、上記ブログのプリントアウトを渡しました。

 引き取られてから1ヶ月経った今月上旬、何も連絡がないのでこちらから電話をしました。すると、その数日後に連絡があり、2月中旬には修理後のパソコンを届けるとのことでした。
 ちょうど、その時期は私が海外出張のため、家族が受け取るために待機していました。しかし、予定の日には届きませんでした。

 私が帰国してから電話連絡をすると、すぐに持参するとのことで、翌晩、担当者の方が宿舎に届けてくださいました。

 受け取ったその場で動作確認をしようかと思いました。しかし、それでは雪の後の寒い中を待ってもらうことになるので、何かあれば後で連絡をする、ということで、そのままパソコンを引き取りました。

 約2ヶ月ぶりに、完動品となったパソコンと対面です。
 モニタのカバーと裏蓋は使っていたときのままです。
 ひしゃげてしまっていた本体部分は、新品に変わっていました。

 起動すると、ハードディスクが新品に取り換えられていたため、最初からユーザー設定をしました。それまでインストールしていたソフトウェアも、すべてがありません。まったくの初期状態のシステムからのスタートです。

 そのシステムのバージョンも、購入時の「Early 2009、MacOS X 10.5.6」に戻っています。このままでは、これを使っていた時の「MacOS X 10.9.1」の「Mavericks」 に、直接はアップできません。

 そこで、使えるようになったCD−ROMドライブに、押し入れの隅で眠っていた「MacOS X 10.6 Snow Leopard」というシステムディスクを挿入し、アップグレードの作業をします。

 これまで、マッキントッシュのシステムがアップグレードされるたびに、オペレーティングシステムディスクを購入してきていました。そのおかげで、この段階で作業がストップすることはありませんでした。買ってて良かった、ということになりました。

 そしていよいよ、無料でアップグレードできる「OS X Mavericks MacOS X 10.9.1」に変身させることになります。
 やはり、古いシステムを扱う場合には、CD−ROMドライブが内蔵されているマシンは、何かと便利です。

 無事に、何のトラブルもなく、現行システムである「Mavericks」に移行できました。
 そして、最低限必要なソフトウェアをインストールしました。

 私は、抱えている大きな仕事毎に、使用するパソコンを変えています。
 特に、可搬性が高く高性能なノートパソコンである MacBook をメインマシンにしてからは、業務用2台、研究用1台、と使い分けています。もちろんそれぞれはネットワークでつながっているので、3台が連携できるようになっています。離れたところにあるマシンを、遠隔操作するときもあります。

 こうしたノートパソコンの使い方は、機械のトラブルに頻繁に出くわす私にとって、リスクを最小限に留めるための苦肉の策です。どれか1台のパソコンに不具合が発生しても、残り2台のパソコンと「AirMac Time Capsule」というワイヤレスネットワークで常時自動的にバックアップされているデータで、ほとんどカバーできます。
 1台が姿を消したことで、作業環境が変わって不便な状況に置かれるだけでした。その点では、このような使い方は、多くのプロジェクトを抱える私の仕事にとっては、効率的なパソコンの使いこなしだと言えるでしょう。

 今回、2ヶ月近くも1台のパソコンが手元を離れていました。しかし、いくつかの仕事やデータを2台のパソコンに振り分け直したことで、データの所在に多少の戸惑いは伴ったものの、なんとかやり過ごしてきました。年度末の大事な時期に、大きな機械的なトラブルがさらに発生しなかったことも幸いしました。

 ことの発端となったクロネコヤマトの宅急便について、その対応にあまり不満はありません。
 電話連絡をこちらからしなければ、アップルに持ち込まれたパソコンの修理が現在どの段階にあるのか、知ることができませんでした。しかし、それも、気を揉んでも仕方のないことであることは承知しているので、大きな問題ではありません。

 ハードディスクが真っ新になったことで、元の状態に戻すのに手間暇がかかりました。しかし、それも年度末の大掃除をしていると思えば、いい機会ともなりました。
 これを機会に仕事の整理もできた、と言うと脳天気過ぎるかも知れません。まだまだ終わっていない仕事をたくさん抱えているのですから。

 とにかく、パソコンという精密機器を移動する時には、くれぐれも慎重な対処を、という経験をしたことを書き残しておきます。
 
 なお、このパソコンは、5ヶ月前にもシステムのトラブルを抱えて、銀座のアップルストアで問題を解決してもらっています。

「アップルストア銀座でノートパソコンの不具合を治す」(2013/9/18)

 今回、ハードディスクのリニューアルとなったこともあり、2009年製の老体に鞭打ってでも、さらに働いてもらうことにしましょう。
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2014年02月21日

今西館長科研の本年度第3回研究会

 東京と言っても、多摩地区の立川市にある国文学研究資料館は、まだ庁舎周辺は雪に囲まれています。

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 本日、今西館長の科研費(基盤研究A)における、本年度最後の研究会が開催されました。
 この科研は、来年度で5年目となり最終年度を迎えることとなります。
 本年度の研究成果報告書は現在印刷中であり、来月3月に完成する予定です。
 この4年間、着々と成果を積み上げて来たことが、こうした報告書によってわかります。

 本日は、4人の研究発表がありました。
 いずれも、原本資料を元にした、手堅い発表でした。

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日時:2014年2月21日(金)15:00〜18:00

場所:国文学研究資料館・第1会議室(2階)

内容:
(1)〈ご挨拶〉 今西祐一郎
(2)〈研究報告〉今西祐一郎
    「嵯峨本の表記試論 ー平家物語の場合ー」
(3)〈研究発表〉横井孝
    かな字母による表記情報学の課題」
(4)〈研究発表〉相田満
    『蒙求』をめぐる表記情報学 ー台北故宮博物院蔵最古注本を中心にー」
(5)〈研究報告〉阿部江美子
    「「榊原本」源氏物語・「明融本」源氏物語の漢字・かな使用率について」
(6)連絡及び打ち合わせ


 私は、今西先生と横井先生の発表の中で、『源氏物語』の尾州家河内本をめぐる話題に一番興味がありました。
 古写本に書き写されていることは、まだわからないことだらけです。
 こうした集まりで意見の交換を重ねることで、少しずつ理解が深まり、新しい展望が開けるはずです。
 他の分野もそうでしょうが、文学の研究も、一つの結論を得るまでに、手間と時間がかかります。 研究会に参加するたびに、そんな思いを抱きます。

 今日も、稔り多い研究会となりました。
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2014年02月20日

読書雑記(94)高田郁『美雪晴れ―みをつくし料理帖』

 高田郁の〈みをつくし料理帖〉シリーズの第9巻『美雪晴れ』(2014年2月18日)が店頭に並んでいました。

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 前作『残月』から8ヶ月置いての刊行で、待ち焦がれるようにして一気に読みました。

■「神帰月―味わい焼き蒲鉾」
 冬の寒さが伝わってくる文章です。
 本作では、ご寮さんである芳と息子が前面に出ています。新しい展開が予想されます。
 蒲鉾の東西の違いは意外でした。芳の息子佐兵衛の妻であるお薗が、一人の女性として描かれ始めます。さらには、お臼という、相撲取りかと見紛う大女の女衆も加わります。物語に厚みが出てきました。【4】

■「美雪晴れ―立春大吉もち」
 黒豆の皺で、東西の味談義が始まります。私も関西の丹波黒のふっくらしたのが好きです。関東の、皺を長寿のしるしとする豆は、口の中がもごもするので、私はいただけません。
 物語が動いていきます。ガタンゴトンと音が聞こえます。読者の記憶を呼び覚ますように、回想シーンがところどころに配されています。作者と読者が、共にイメージを共有できるような仕掛けが用意されていることがわかります。
 そして、少しだけですが、読者である私の心の中に、何か感じるものが生まれました。このシリーズは一先ず終わりに向かっているのではないかと。【3】

■「華燭―宝尽くし」
 物語が、新たな行き先を探し求めて、ゆっくりと動き出しました。つる屋に新しい料理人の政吉が来たのです。さらに、本シリーズの前半ではほとんど姿を見せなかった、息子の佐兵衛の存在がクローズアップされます。その母の芳も、心情の描写が多くなりました。
 話が、大団円に向かって、まっしぐらに進んでいるような感覚が残りました。【3】

■「ひと筋の道―昔ながら」
 澪の新しいスタートが始まりました。独立し、外に出て、自分が作ったものを売るのです。このあたりから話が性急に感じられ、急ぐ筆の跡から、ことさらに作り話が紡がれている様が感じ取れるようになりました。そんなに先を急がなくても、という気持ちで読むことになります。
 澪は、名料理人になることと、お客の喜ぶ顔を間近で見られる料理を作り続けたい、という2つの選択肢の中で揺れ続けます。【3】

■特別付録「みおつくし瓦版」
 この最後で、次の文章に出会います。

シリーズ開始から早や五年。「みをつくし料理帖」は次でいよいよ最終巻となります。

 本書を読みながら、常に頭を過ぎった大団円へ向かう気配。まさに的中でした。
 また、巻末に「富士日和」という小品が特別収録として収めてあります。これは、朝日新聞の2013年9月22日付に掲載されたものです。なかなか爽やかな挿話となっています。

 完結となる第10巻は、2014年8月に『天の梯―みをつくし料理帖』というタイトルで刊行されるようです。これもまた楽しみにしたいと思います。
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | 読書雑記

2014年02月19日

渋谷版ウエブサイトのNPO法人〈GEM〉への譲渡契約が成立

 過日、2月4日は「NPO法人〈源氏物語電子資料館〉設立1周年記念日」でした。
 その日、会員のみなさまへのお知らせとして、代表理事を勤めている者として、「渋谷版源氏物語本文データベース」に関して「ウエブサイト事業譲渡契約」を進めている旨の報告をしました。

 そしてそれが、今週の署名交換を経て、委譲の事務的処理を終えることができました。
 以下に引用したのが、「ウエブサイト事業譲渡契約書」の全文です。

 本書作成にあたっては、先日まで行っていたベトナムでの数夜を充てることとなりました。
 不備はあるとしても、今後こうした書面が必要なことが、いろいろなケースで発生すると思われます。こうした文書を求めておられる方がいらっしゃるようなので、参考までに全文を公開します。

 これで、契約書に明記された2月28日を待たずして、実質的に譲渡が成立しました。
 この本文データベースの具体的な運用については、みなさまからのご意見などを参考にして考えたいと思います。
 取り急ぎ、契約成立の報告です。

 この契約で、以下の3つのデータベースがNPO法人〈源氏物語電子資料館〉に委譲されました。ただし、テキストファイル部分が中心であり、画像に関しては渋谷氏蔵のもの以外は対象外となっています。


1.『Genjimonogatari Cloud Computing Library by Eiichi Shibuya
 源氏物語の世界 藤原定家「源氏物語」(四半本型)の本文と資料』
 【http://www.sainet.or.jp/~eshibuya/

2.『国文学21Cプロジェクト・藤原定家の著作と平安朝古典籍の書写校勘に関する総合データベース』
 【http://www.takachiho.ac.jp/~eshibuya/kenkyukai.html

3.『古典籍古筆切複製本研究資料』
 【http://www.takachiho.ac.jp/~eshibuya/kotenseki0.html


 この渋谷版データベースの受け入れを記念して、また、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の1周年記念イベントとして、来月3月23日(日)に東京都内で記念集会を開催します。渋谷栄一氏の講演と懇談会などを予定しています。

 詳細が決まりましたら、あらためて本ブログと「NPO法人〈源氏物語電子資料館〉のホームページ」を通してお知らせします。

 NPO法人の活動や渋谷版データベースについて、情報を共有して理解を深めながら話し合う機会になるかと思います。
 興味をお持ちの方は、3月初旬に発信するお知らせをご覧になり、ぜひとも会場にお越しいただければと思っています。

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     ウェブサイト事業譲渡契約書

 渋谷栄一(以下「甲」という)とNPO法人〈源氏物語電子資料館〉(代表理事・伊藤鉄也)(以下「乙」という)とは、甲が保有するウェブサイト事業を乙へ譲渡することに関し、以下の通り契約(以下「本契約」という)を締結する。

【第1条】 (事業譲渡)
 甲は乙に対し、甲が保有する以下のウェブサイト事業(以下「本件事業」という)を譲渡し、乙はこれを譲り受ける(以下当該譲渡を「本件事業譲渡」という)ものとする。

1.『Genjimonogatari Cloud Computing Library by Eiichi Shibuya
 源氏物語の世界藤原定家「源氏物語」(四半本型)の本文と資料』
 【URL: http://www.sainet.or.jp/~eshibuya/
2.『国文学21Cプロジェクト・藤原定家の著作と平安朝古典籍の書写校勘に関する総合データベース』
 【URL: http://www.takachiho.ac.jp/~eshibuya/kenkyukai.html
3.『古典籍古筆切複製本研究資料』
 【URL: http://www.takachiho.ac.jp/~eshibuya/kotenseki0.html
以上
(以下、総称して「対象サイト」という)

【第2条】 (譲渡基準日)
 平成26年2月28日を譲渡基準日とする(以下「譲渡基準日」という)。但し、甲乙合意の上、譲渡基準日を変更できるものとする。

【第3条】 (譲渡対象)
 1.本件事業譲渡に際し、甲は乙に対し、第3条に定める譲渡基準日の時点で本件事業に属する以下の各資産(以下「対象資産」という)を譲渡するものとする。
    記
(1)対象サイト内のテキストデータの使用に関するすべての権利
(2) 対象サイト内の画像等のデータに関して、甲がウエブ公開に関して所有者及び所蔵者から承諾を得ていないデータについては譲渡対象には含まれない。
(3)対象サイトに関して甲が所有する一切のプログラム(ソースコードを含む)、デザイン、データ、コンテンツ及びこれに付随するプログラム、並びにこれらの使用に必要なパスワード等の情報(以下総称して「コンテンツ等」という。)
(4)対象サイト及びコンテンツ等に関して甲が有する著作権(著作権法第27条及び第28条に規定する権利を含む。また甲は乙及び乙の指定する第三者による対象サイト及びコンテンツの改変に関し著作者人格権を行使しないものとする)、その他特許権、実用新案権等、これらの対象となり得るが未だ登録の出願がなされていない発明、考案等に関する一切の知的財産権、甲が有する名称・意匠に関わる商標権、意匠権等一切の権利
(5) 対象サイトに関し甲が所有する会員情報及びこれに係る資料一切

 2.本条の規定にかかわらず、以下の契約関係及び各資産は譲渡の対象とならない。
本件事業に関し、譲渡基準日までに甲と会員との間で締結された売買契約、及び当該契約に基づく売掛金及び買掛金その他一切の金銭債権債務
以上

【第4条】 (譲渡代金)
 乙は甲に対し、本件事業譲渡の代金は支払わないものとする。

【第5条】 (引渡し及び検収)
 1.譲渡基準日までに、甲は乙に対し、現状有姿(対象サイトにかかる被リンクの数並びに貼付位置も含む)にて、甲と乙が協議の上、決定する方法により対象資産及び対象契約の契約上の地位を引渡す。また乙は、対象資産及び対象契約の契約上の地位の移転に必要な手続きを遅滞なく行うものとする。

 2.前項に定める引渡し後、乙は直ちにそれらの検査を行い、合格した場合のみ受け入れる(以下「検収」という)。但し、乙は甲に対し、その引渡しを受けた時から14日以内(土日、祝日を含む)に検査の合否を通知しなければならず、同期日内に通知がない場合は検査に合格したものとみなす。

 3.乙が甲に対して不合格を通知する場合、対象資産の不足、現状の運営に支障をきたす瑕疵又は欠陥、サイトの運営内容や本件事業に関連する取引業者との取引等に関する虚偽報告等、相当の理由を示して通知しなければならない。

【第6条】 (所有権等及び危険負担の移転)
 1.対象資産の所有権及び利用権は、前条に定める引渡しをもって乙から甲へ移転する。

 2.前条に定める引渡完了前に生じた対象資産の滅失、変質その他一切の損害は、乙の責めに帰すべき場合を除き甲の負担とし、引渡完了後に生じたこれらの損害は、甲の責めに帰すべき場合を除き乙の負担とする。

【第7条】 (精算並びに回収・支払の代行)
 1.譲渡基準日以降、乙が受領すべき金員を甲において受領した場合又は甲が受領すべき金員を乙において受領した場合は、甲及び乙は相手方の指定する口座に電信振込みによりすみやかに返還を行うものとする。但し、この場合の費用(送金手数料等)は相手方(本来当該金員を受領すべき者)が負担し、利息は付さない。

 2.前項に定める精算は毎月月末をもって行い、支払うべき金員が受領すべき金員を上回った当事者が、差引計算のうえ相手方の指定する口座に各精算日翌月の末日(当該日が休日の場合は翌営業日とする)までに送金手数料を控除の上送金するものとする。

 3.その他詳細については、甲乙別途協議の上決定するものとする。

【第8条】 (競業更新避止義務)
 甲は、本件事業譲渡後、当事者間の別途合意により特定の一部業務の実施が認められる場合を除き、対象サイトで取扱うブランドを用いた、本件事業及び本件事業類似の事業を譲渡基準日以降5年間、直接的及び間接的に行った場合は、どこにどのデータを更新したのかを通知して当該データを乙に送付するものとする。5年後は乙がすべての更新権利を持つこととなる。

【第9条】 (表明及び保証)
 1.本件事業に関し、甲は乙に対し、本契約締結日現在及び譲渡基準日現在において、以下の事項が真実かつ正確であることにつき表明しかつ保証する。
(1)本件事業及び対象資産の譲渡において会社法その他法令上必要となる手続を経ていること。
(2)甲及び乙は、本契約の他に本件事業及び対象資産について、第三者に譲渡する旨の契約を締結していないこと。
(3)本件事業及び対象資産について、第三者に対する担保権が設定されていないこと。
(4)本件事業又は本契約に関して、いかなる訴訟、仲裁、調停、その他の法的手続きも係属しておらず、いかなる法律、規則、命令等の違反もなく、また、甲の知る限りそのおそれもないこと。
(5)対象資産に関する契約及び対象契約は、全て有効に存続しており、甲に、かかる契約の債務不履行は存在しないこと。
(6)甲から乙に譲渡される対象資産及び対象契約に、本件事業の遂行が困難になるような重大なる瑕疵が含まれないこと。
(7)甲から乙に、譲渡基準日までに提供される本件事業に関する情報は、乙が本契約を締結するために必要かつ十分な情報を含んでおり、一切の虚偽が無いこと。また、これら以外に重要な事実は存在しないこと。

 2.甲は、本件事業譲渡後のSEO対策に関する順位、既存の顧客や広告主に関する契約継続の有無等、本件事業譲渡後に発生した事象に起因する本件事業に関する一切の責任を負わないものとする。

【第10条】 (契約締結後引渡し完了までの事業の運営)
 1.甲は、対象資産の引渡し完了までの問、善良なる管理者の注意義務をもって、本件事業を通常の状態に維持し、運営を継続する。

 2.甲は、通常の事業の運営によるものを除き、本件事業に属する資産について、譲渡、担保権設定、賃貸(対象資産についてすでに行われているものを除く)、その他一切の処分、その他の資産の取得、債務負担、及び本件事業の譲渡を制約する可能性のある一切の行為を行わないものとする。

 3.甲に前各項に該当する事由があった場合、乙は当該行為の原状を回復するために必要な措置を甲の費用をもって行うことを請求できるものとし、当該措置によっても回復できない行為があった場合、乙は本契約を解除することができる。

【第11条】 (秘密保持)
 1.本契約において「秘密情報」とは、甲及び乙が、相手方より書面、口頭若しくは磁気記録媒体等により提供若しくは開示された、相手方に関する技術、事業、業務、財務又は組織に関する情報のうち、「秘密情報」である旨書面で指定された情報を意味する。
 但し、以下の各号に定める情報は、機密情報には含まれないものとする。
(1)相手方から提供若しくは開示がなされた時又は知得した時に、既に一般に公知となっていた、又は、既に知得していたもの
(2)相手方から提供若しくは開示又は知得した後、自己の責めに帰せざる事由により公刊物その他により公知となったもの
(3)提供又は開示の権限のある第三者から秘密保持義務を負わされることなく適法に取得したもの

 2.甲及び乙は、秘密情報を相手方の書面による承諾なしに第三者に提供、開示又は漏洩しないものとする。

 3.甲及び乙は、本件の評価及び検討のため、銀行、公認会計士、弁護士その他の専門家に対して秘密情報を開示することができる。但し、事前にその旨を相手方に通知するものとする。

 4.本条に定める秘密保持義務の有効期間(本契約が解除された場合も含む)は、本契約の本件契約締結後20年間存続するものとする。

【第12条】 (解除)
 1.甲又は乙は、相手方が次のいずれかに該当したときは、催告その他の手続を要しないで、ただちに本契約を解除することが出来る。
(1) 事業を廃止し、または清算手続を開始したとき
(2) 解散の決議をし、または他の会社と合併したとき
(3) 相手方に対する詐術その他の背信的行為があったとき 

 2.甲又は乙は、相手方が本契約の各条項に違反し、相当の期間をおいて催告したにもかかわらず是正しないときは、本契約を解除することが出来る。

 3.甲又は乙が本契約を解除した場合、乙は、10営業日以内に甲より引渡された全ての対象資産を甲に返却し、複製したデータ及び印刷物は甲の指示に従い全て破棄・消去しなければならない。

 4.本条に定める解除権の行使は、次条に定める損害賠償の請求を妨げない。

【第13条】 (損害賠償)
 甲又は乙は、本契約に違反して相手方に損害を与えた場合、相手方が被った損害を賠償しなければならない。

【第14条】 (準拠法及び専属的合意管轄)
 本契約の準拠法は日本法とし、本契約に起因し又は関連する一切の紛争については、乙の所在地を管轄する裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする。

【第15条】 (特約事項)
 本契約に関する特約事項は以下のとおりとする。なお、特約事項と本契約の他の条項が矛盾、又は抵触する場合は、特約事項が優先する。

 甲は、甲の保有するサイト(以下「リンク元サイト」という)から対象サイトへのリンクを、譲渡基準日後1年間継続することを保証する。但し、甲が、リンク元サイトの運営を終了し、または同サイトの売却を行う場合の当該サイト内に存在したリンクについては継続を保証しない。
以上

【第16条】 (協議事項)
 本契約に定めのない事項及び、疑義については、甲乙双方誠意をもって協議し解決を図ることとする。

以上、本契約締結の証として本書2通を作成し、甲乙記名捺印の上、各1通を保有するものとする。

平成26年2月28日

(甲) 所在地 埼玉県……
   代表者 渋谷栄一

(乙) 所在地 京都府……
法人名 特定非営利活動法人〈源氏物語電子資料館〉
   代表理事 伊藤鉄也

posted by genjiito at 23:46| Comment(0) | ◆情報化社会

2014年02月18日

米国議会図書館本「桐壺・須磨・柏木」の画像と翻字が公開される

 『源氏物語』の写本に関する情報公開のお知らせです。

 米国議会図書館アジア部日本課所蔵の『源氏物語』を、国立国語研究所の高田智和先生が精力的に原本画像と翻字を組み合わせて公開なさっています。

 この度、「須磨」と「柏木」を追加しての試験公開となりました。

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「『源氏物語』画像(桐壺・須磨・柏木)」

 この公開画像では、「重ね」モードと「並べ」モードがあります。
 「重ね」モードでは、原本画像と翻字本文を重ねて表示させることができます。
 「並べ」モードでは、原本画像と翻字本文を左右に対照表示させることができます。

 この写本及び全巻の翻字本文については、以下をご覧ください。

「米国議会図書館蔵『源氏物語』翻字本文」

 原本は遠いアメリカにあっても、手間暇かけてでも画像データベースを作成すれば、こうしていつでも原本を確認できるのです。コンピュータ技術の進歩はもちろんのこと、こうしたことに時間と労力をかける意義を、この成果を見ると実感します。

 いまや、原本はどこにあってもいいのです。議会図書館本『源氏物語』(全54巻)はワシントンに、「米国ハーバード大学蔵『源氏物語』の写本」はハーバードにあります。
 遠く離れた異国の地に、『源氏物語』が所蔵されています。しかし、精緻な調査をして、インターネットや印刷物として公開することにより、誰でも、いつでも原本が確認できることは、すばらしいことです。
 日本にあっても、所蔵者が公開しなければ、その本を確認することができないのです。その意味からも、公開できるスキルを持っている組織が、積極的に情報やデータを公開することは大事なことだと思います。

 なお、本ブログでこれまでに取り上げた、2回にわたる米国議会図書館での調査話や、議会図書館本『源氏物語』の情報公開については、以下の記事で取り上げています。おついでの折にでも、ご笑覧いただければ幸いです。
 
 
(1)「議会図書館での調査開始」(2010/1/27)

(2)「米国議会図書館での調査」(2010/1/29)

(3)「ワシントンを発つ前に」(2011/1/27)

(4)「米国議会図書館蔵『源氏物語』の全文翻字が公開されました」(2012/12/27)

(5)「国語研から源氏写本画像の試験公開が始まりました」(2013/4/3)
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2014年02月17日

帰国前にホーチミン市博物館へ

 日本へ帰る日となりました。先週の土曜日に日本を発ったので、ちょうど1週間ベトナムにいたことになります。今日は週末ということもあってか、ホーチミンの市街では多くの欧米人を見かけました。日本人の観光客もいました。いずれも、年齢層が高いように思えます。
 若者といえば、国営デパートのマーケットで、関西弁で賑やかに買い物をする元気な集団だけでした。

 海外に行っても、私はほとんど箱物の博物館や美術館には行きません。街を歩いたり、人に会うのが好きなのです。それでも1つくらいはと思い、ホテルから歩いて行けるホーチミン市博物館へ行きました。

 1866年に建てられたコロニアル様式の博物館です。たくさんの写真や兵器などがガラスケースの中に並んでいます。
 博物館へ行くと、つい学芸員の眼で見てしまいます。内容の構成と展示の仕方に目が行ってしまうのです。

 ここでは、時間の流れがよくわからなかったことと、展示資料がどのようにグループ化されていたのかが、まったくわかりませんでした。もちろん、それは、私がベトナム語と、少しだけ添えられた英語を理解できないことによることが原因です。それでも、そこをどの国からの来訪者にもわかるように展示し、説明するのが学芸員の仕事だと思います。
 理解してもらおう、という工夫がされていたのかどうかもわからないままに、展示品のすべてを見終わりました。帰ってから、折々に思い出して、その意味を確認することになるのでしょう。

 入口正面の階段付近で、モデルさんたちが写真撮影をしておられました。
 雑誌などのグラビア写真に使われるのでしょうか。

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 また、日本の牛車や力車を思い出させる乗り物がありました。
 これがどういうものかも、今はその歴史も含めて不明です。興味さえ持ち続けていれば、しだいにわかることでしょう。

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 今回の旅では、ホーチミン市で宿泊したホテルが4つ星だったのにもかかわらず、インターネットの接続に苦労しました。
 私は5階にいました。ネット環境を調べたところ、このホテルでは2階に無線LANのためにAirMacが設置されていました。2階から5階へ電波が届いていないのです。時々接続されます。部屋から接続した場合、256キロバイトの写真を1枚サーバーに転送するのに、一番長くて3時間かかりました。これでは、つながらないよりもましだとはいえ、使い物にはなりません。メールも、1通送信するのに、酷いときには2時間かかります。毎日300通ほどのメールの遣り取りをする生活の私は、居場所が海外に移っても、メールに費やす時間は減りません。
 そこで、自然とネットがつながる1階ロビーへと移動することになります。ここでは、瞬時に画像もメールもやりとりできるのです。
 ハノイのホテルでは何も問題がなかったので、ホテルや部屋の当たり外れとしか言いようがありません。

 帰りの飛行機の中では、糖尿病食としてこんな食事が出ました。
 パンと果物以外は、ゆっくりと食べられました。

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 来るときの食事はほとんど食べられなかったので、今回は搭乗前に持参の食料をあらかじめお腹に入れていました。
 往路と復路で、共に配られた食器に「DBML」のシールが貼ってあるので、それ用の食事なのでしょう。しかし、往路の食事のパン・ジャガイモ・果物などは、どうしても血糖値を上げる食材です。糖質よりもカロリーを抑えた食事ということのようです。
 最近では、カロリー制限食よりも糖質制限食の効果がしだいに注目を浴びている情勢であり、日本糖尿病学会も無視できない状況にあることから、このメニューは近い内に再検討されて変更されることでしょう。そうでなければ、ますます糖尿病患者が増えてしまうのですから。

 今回の旅で手にした物で調査研究以外では、ハノイのベトナムコーヒーとホーチミンのリネンがあります。

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 コーヒーは、帰ってから早速いただきました。
 キャラメル味の香り豊かなコーヒーです。この香りは、ベトナムを思い出させてくれるので、いい思い出の品となりました。

 今回も、多くの方々のお世話になりました。直接に間接に、貴重な資料や情報を提供していただけたことにも、感謝しています。ありがとうございました。
 今後とも、情報交換をする中で、お互いの研究を進展させていきたいとの思いを強く持ちました。

 私自身は、人との出会いを大切にしながら、いろいろな国の方々にお目にかかるようにしています。情報収集が主体となる手法なので、それが研究かと言われれば、まだその域には達していません。しかし、最新情報を集め、それを次の世代に引き渡すことの意義はあるので、今後ともこうした交流を主体とした調査活動を続けていくつもりです。
posted by genjiito at 23:51| Comment(0) | ◆国際交流

2014年02月16日

ホーチミン大学で『源氏物語』を話題にして懇談

 サイゴン川を早朝に散策しました。

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 きれいな遊歩道が延びています。川面には浮き草が大量に流れていました。どこから来るのでしょう。上流に行ってみたくなります。

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 今日は、ホーチミン大学(人文社会科学大学)に行きました。

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 東洋学部の中の日本文学科が入っている建物の前には、整然とオートバイが並んでいます。

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 このベトナムでは、街中でもこうしてオートバイなどが整列して並んでいます。きれい好きで片付け上手な民族なのでしょう。気持ちがいいものです。

 文学言語学部の学部長である NGUYEN TIEN LUC 先生から、大学の様子や日本文学の研究状況を伺いました。ここでも、過日のハノイ大学と同じように、学生の90パーセントが女性だそうです。ただし、先生は男性が多いとのことなので、ハノイ大学のほとんどが女性の先生という状況とは違うようです。
 広島大学ベトナムセンターが、ここに入っていることも、初めて知りました。

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 ルック先生からは、親切でわかりやすい話を伺いました。
 ハノイ大学で見つけた『絵入源氏物語』などの資料から、極東学院の存在に興味を持った私は、そのことを尋ねました。第2国家保存所に、関連した資料があるのではないか、とのことでした。これも、後日確認したいと思います。

 同席されていた NGUYEN THI LAM ANH 先生は、この大学の講師であり、博士後期課程で博士論文を執筆する方でもあります。専門は『源氏物語』だとのことです。『源氏物語』をテーマにした学位論文に挑戦している方に会えて、話が弾みました。持参した『千年のかがやき 源氏物語』と、『海外における平安文学』、そして『海外における日本文学研究論文1+2』が、期せずしてちょうどいいお土産となりました。
 サイデンステッカー訳『源氏物語』をベトナム語に訳した本は、原本が手に入らないようです。ハノイの国家図書館にはあるのではないか、とのことでした。私は、その表紙が見たかったのですが、これは別の機会にしましょう。

 また、昨年末に刊行された『東アジアの中の日本とベトナム文学』(文化文芸出版社)をいただきました。この中に収録されている、中国語訳『源氏物語』に関する論文を読みたくなりました。しかし、この本はすべてベトナム語なので、手も足も出ません。後日、その内容を教えてもらうことにします。

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 この本を編集された DOAN LE GIANG 先生も同席してくださいました。一昨年の学会の成果としてまとめるにあたり、大変な苦労があったようです。しかし、後でこうして確認できることは、研究の進展のためにも大事なことだと思います。
 これには、近年の日本文学に関する翻訳文献一覧と、研究論文一覧がついています。私には、願ってもない本との出会いともなりました。今回は、非常にいいタイミングで、人と物に出会えました。ありがたいことです。

 帰りに、大学の傍の専門書店で、こんな表紙のベトナム語による日本語入門用冊子を見かけました。

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 この本は、2012年に刊行されたものです。
 この表紙を見ていて、私はタミール語訳『源氏物語』の表紙を連想しました。

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 このタミール語訳『源氏物語』(K.Appadurai 訳)は、1965年にインドのサヒタヤアカデミーが出版した本です。この表紙には、太陽と金閣寺を背景に男女の絵が描かれています。

 さらにこの表紙について私は、次の『都名所源氏合 金閣寺桜の遊覧』(孟斎画、大判錦絵・三枚続・明治八年・1875年、九曜文庫蔵)が影響を与えていると思っています。

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 今回、ベトナムで類似の発想による表紙絵を見て、こうしたイメージの類想が東南アジアで形成されていく根源は何なのか、あらためて考えてしまいました。古い時代の日本に対する、共通した意識があるように思えるからです。

 その後、ホテルの近くの大型書店に行きました。

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 日本文学の翻訳本としては、村上春樹の本が一番多く並んでいます。次に吉本ばなな、江國香織です。片山恭一や島田荘司、さらには宮本武蔵の『五輪書』まであります。ただし、古典作品は皆無です。もちろん、『源氏物語』のことを訊ねても、それは何だという対応です。日本の古典文学が翻訳などで読まれるようになるまでには、まだまだ時間がかかりそうです。

 夜は、この街に来てからずっと気になっていた「どらえもん」という和食の店にいきました。この地で20年の歴史を持つお店です。

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 確かに、緊張がほぐれて落ち着く場所です。こうした場所は、世界各地にあります。これも、日本人にとっては大切な役割を果たしているところに違いありません。

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 私は、日本酒とネギトロ鉄火と肉野菜炒めをいただきました。お酒と共に、お通しがでるのですから、日本と同じ雰囲気に浸れます。
 本格的な日本食が食べられるので、異国の地にあっても日本の時間の流れの中で、日本人の情報交換の場ともなっているようです。
 こうした場所があることは貴重です。ますますの盛況を祈ります。
posted by genjiito at 02:20| Comment(0) | ◆国際交流

2014年02月15日

ホーチミン市で泥まみれの茶碗を選ぶ

 ハノイ市から南下してホーチミン市に来ました。
 飛行機で2時間。電車で33時間とのことなので、ベトナムが南北に長い国であることを実感しています。

 ホーチミン市は温かい所で、気温は30度近くになっています。
 歩くと汗をかきます。半袖半パンの旅行者が多い街です。
 東京で雪が降っているというニュースを見ても、この温帯地方にいると余所ごととしか思えません。ベトナムに旅立つ日の東京が大雪だったことを、すっかり忘れています。

 街の中心地であるドンコイ通り沿いに建つホテルに荷物を置きました。
 首都ハノイでは、旧市街の近くの落ち着いたホテルでした。
 このホーチミンの賑やかな通りは、大都会の様相を呈しています。

 繁華街のど真ん中に建つホテルのすぐ近くを、サイゴン川が流れていて、大きな遊覧船が停泊しています。

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 街の様子に馴れるために、散策にでかけました。
 まずは、ベンタイン市場です。バスロータリーから、正面入口を撮しました。

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 ここは、1914年にフランス人によって作られた、ホーチミン市最大の市場です。2000軒以上のお店が、1万平米の場内に所狭しと並んでいます。あまりの多さに呆然とし、途中で歩き廻るのを諦めました。

 そこから少し下ったところに、骨董屋さん街があります。
 私は、顔のかわいい観音さんを探していました。しかし、おびただしい骨董品を見ている内に、しだいに目が慣れたこともあり、茶碗に目が向くようになりました。

 海から引き上げられた皿や壺に混じって、多くの茶碗があるのです。貝殻が付いていたり、泥がこびり付いていたり。ガラスケースに入れられたものや、無造作に路面にころがしてあるものなど、雑多な器物の集積場でもあります。どれがいいものやら、どれがクズ茶碗やら、判断の基準を持たない者には、さらに16世紀だ17世紀だとか言われても、さっぱり良さはわかりません。

 片っ端から見ている内に、気に入ったものが見つかったので買うことにしました。そして、値段のことを交渉している内に、さらにいくつかの泥まみれの茶碗を出して来て、目の前で洗って泥を拭い取られました。まだベタベタする泥を取り除きながら、茶碗を一つ一つ持ち、握り、底を見たりする中で、2個を1つ分の値段で買うことができました。

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 この茶碗がどのようなものであり、またどれだけの価値があるのか、素人の私には皆目わかりません。しかし、自分で気に入って選んだものなので、私にとっては貴重な道具となります。たくさんの茶碗を手にして、この2つは持った感じに暖か味があったのです。

 夜は、ホテルの20階でお酒を飲みながら、眼下のホーチミンの街とサイゴン川を見下ろしました。遊覧船が出航して行きます。

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 目を右に転ずると、高層ビルの偉容が飛び込んできます。

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 見上げると、明るい星の瞬きを従えて、満月が煌々と照っています。

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 暑かった日中を忘れさせるような夜風が、グラスを持つ手を撫でて行きます。
 今夜は、久しぶりにラム酒を飲むことにしました。インドでよく飲むお酒です。
 異国の地で、束の間の爽やかさを感じる一時となりました。
posted by genjiito at 01:24| Comment(0) | ◆国際交流

2014年02月14日

ハノイでお洒落な回転寿司屋さん発見

 ハノイ大学の次に、オワイン先生がベトナム民俗学博物館へ連れて行ってくださいました。

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 ベトナムでは、5つの言語系統の中に54の民族が住んでいます。中でもベト族(キン族)が9割近くを占めているそうです。

 民俗学博物館で、多くの民族の伝統芸能や暮らしぶりなどを、実物やビデオや写真で見ることができました。私が小さかった頃の日本と、どこかでつながる様子であり、形であり、色遣いだと思いました。特に、女性の衣装には、興味を持ちました。

 午後の会議に向かわれるお忙しい先生とお別れしてから、夕暮れの市街を散策しました。
 思いがけなくも、軒先に「居酒屋 肴 一寸一ぱい お気軽に」と書いた提灯をぶら下げたお店を見つけました。毎日ベトナム料理だったこともあり、中を覗きに行って驚喜しました。何と、期せずして回転寿司屋さんに行き会ったのです。

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 「きもの」という名前のお店でした。
 日本人が来る地域でもなさそうなので、お客さんは欧米の方々が中心のようです。

 店内には着物姿の若い女性が何人もおられます。着物の着方がおかしいので、いかにも異国という雰囲気が漂っています。

 お皿が廻る中には、日本人形がありました。

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 お皿にはカップが被されています。しかし、鮮度はいいものでした。
 キズシもしっかりと酢締めされていて、美味しくいただきました。

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 まぐろはこんな感じです。

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 あいにく、あまりの嬉しさのせいか、私のお腹が締まってきて何も食べられなくなりました。消化管のない私には、よくあることです。しかし、何もこんなときに、と思うようにならない我が身体を恨みました。それでも、野菜サラダはゆっくりと、たっぷりといただきました。

 上の階でも食事ができるようになっていて、竹をイメージしたデザインで統一された3階では、小部屋で宴会ができます。

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 料金は少し高めです。それでも、ここは仲間と来るには最適のお寿司屋さんです。
 ハノイにいらっしゃったら、ぜひともここに足を留めてみてください。
 ベトナムの印象が日本の文化と結び付いて、思い出深くなること請け合いです。
posted by genjiito at 01:16| Comment(0) | 美味礼賛

2014年02月13日

女性主導で進展するハノイ大学日本語学部を訪問

 ハノイ大学へ、日本文学と日本語教育についての現況を伺うために行きました。

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 ベトナムの首都随一の大学だけに、キャンパスにも風格があります。
 連れて行ったくださったオワイン先生は、この左側の旧校舎で勉強なさったそうです。

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 国家大学は、このハノイ大学と、明日から行くホーチミン大学の2つがあります。
 このハノイでは、男性は理系に、女性は文系に集中しているため、このハノイ大学でも教員も学生も女性中心です。

 日本語学部で、学部長のチャン・ティ・チュン・トアン先生から、現在のハノイ大学の様子を長時間にわたりお聞きしました。

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 ベトナムの日本語学最大の拠点となっているハノイ大学日本語学部は、積極的な教育をなさっています。まず、先生方30人が若いことに驚きました。2010年に修士課程が開設され、若さが魅力の学部となっています。
 学部の紹介パンフレットに掲載されていた、2012年11月20日の教師の日における記念写真を転載します。

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 学科は、日本語基礎学科・通訳翻訳学科・日本語学学科・日本文学文化学科・専門教育学科があります。
 日本文学史と日本文学講読のテキストを拝見しました。

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 先生方による自主編成の教材が集められています。『源氏物語』に関しても、共に見開き2頁を使って解説されていました。「桐壺」の冒頭文を引くなど、説明にも工夫がなされています。

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 日本から先生を招いて、集中講義もなされています。

 このハノイ大学日本語学部は、女性主導で教育が行われていることもあり、通訳翻訳学科に今後の期待をしたくなりました。ちょうど、私が行った時も、通訳の授業がヘッドセットを使いながら行われていました。
 『源氏物語』をはじめとする日本古典文学の翻訳も、この学生さんたちによって実現していくことでしょう。
posted by genjiito at 00:47| Comment(1) | ◆国際交流

2014年02月12日

本記事へのお問い合わせにお答えします

 昨日の記事【9.0-国際交流】「極東学院の委員会が集めた『絵入源氏物語』との出会い」(2014/2/12)に関して、お問い合わせをいただきましたので、さらに詳しく話を伺ってきました。

(1)ベトナム社会科学院漢喃研究所の玄関口で撮影した写真上部に、「院研究漢喃」と記された額について。

 私は、「右から読んでも左から読んでもいい表記になっている」と書きました。
 これについて、オワイン先生に再度確認しました。
 これは、右から左に読むと中国語で、左から右に読むとベトナム語になるのだそうです。

(2)ベトナム語訳『源氏物語』の出版システムについても、オワイン先生に教えていただきました。

 ベトナムでは、現在も日本で言うところの検閲が行われています。ベトナムは社会主義共和国ということから、その事情は理解できます。このことについて、もう少し詳しい説明を、私が理解できた範囲で記しておきます。

 こちらでは、2種類のパターンでの審査を経て出版されています。

 (A)まず、公的な背景を持つ出版物の場合。

 出版予定の1年前に、出版計画を著者や編者が出版社に提出します。その内容を、社会科学アカデミーの中の専門家が審査し、パスしたら、出版社が文化通信省に提出して、出版の許可を得るのです。


 (B)民間から個人的に出版する場合

 出版しようとする者が、自費で出版計画を出版社に提出します。
 それを出版社が審査をして、出版の可否が決まり、出版されます。
 文化通信省には出版計画を出さなくても、出版社が責任を持って刊行されるのです。
 文化通信省による審査はなくても、著者編者はあらかじめ社会科学アカデミーの専門家2人に推薦状を出してもらい、出版社に出版計画を申請するようです。これについては、制度ではなくて自発的に行われていると思われます。
 こうした経過を経て、出版社が文化通信省に出版リストを提出し、許可を得てから出版されているのです。


 一昨日のベトナム語訳『源氏物語』の場合、その著者(翻訳者)が明確ではなかったことは、こうしたシステムと関係するのかもしれません。
 つまり、ベトナム語訳『源氏物語』は、上記(A)のシステムで刊行されたと思われます。

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 サイデンステッカーによる英語訳『源氏物語』を翻訳者がベトナム語に翻訳した後、それをトヨタファウンデーションの支援を得て、その責任者が出版社に出版計画を提出したのが1990年3月だった、ということでしょうか。そして、その計画書が社会科学アカデミーの専門家によって審査され、合格したのです。
 それを受けて、出版社は文化通信省に書類や原稿を提出し、審査を経て、1年後の1991年3月に刊行に漕ぎ着けたのでしょう。

 ベトナム語訳『源氏物語』においては、翻訳者名が不明です。
 これは、出版社の責任者の名の下に刊行されたものであり、ベトナムの出版システムに関係することだと思われます。

 もっとも、以上のことは、出版や検閲に関してずぶの素人の私が聞き取った範囲での報告です。
 聞き違いや、思い違いがあれば、ご教示をお願いします。

 また、このシステムに関する研究なども公刊されていると思われます。しかし、今、手元で確認できない旅の途中なので、推読のほどを、よろしくお願いします。
posted by genjiito at 10:15| Comment(0) | ◆情報化社会

極東学院の委員会が集めた『絵入源氏物語』との出会い

 社会科学中心院の中にある図書館へ行きました。

140211_liblary




 ここには、フランスのアジア研究機関だった極東学院が収集した多くの本が収蔵されています。

 実は、私がハノイに着いた日に、ヴェネツィア大学のトリーニ先生がちょうど入れ替わるようにして東京に到着なさっていました。そして、東京が大雪のために移動できず、成田空港の近くのホテルに泊まっている、とのメールをいただきました。

 私が今ハノイにいる、と伝えると、以下の情報を下さいました。


今手元に資料を持っていませんが、ハノイに行ったときに「源氏物語」のタイトルを見つけたことを覚えています。
いつか先生にもお話したことがあります。
残念ながら私は見られませんでした。


 さらに追伸で、そのメモを見つけたとのことで、次の情報を送ってくださいました。


Biblioth?que de l’?cole Fran?aise d’Extr?me-Orient ...

U-83 (Vv797/2)
「源氏物語引歌」、(N.24)
紫式部、「源氏物語」、東京1650, 11 s?ch (N.22/1-5, 17-22)


 この知らせを受け取ったその日に、社会科学中心院付属図書館へ行くことになったこともあり、極東学院が作成した目録(ベトナム社会科学委員会編、1971年)で上記の本を確認した後、閲覧させていただくことにしました。トリーニ先生は、この目録に記載されていた内容を教えて下さったのです。

 出納係の方が持ってきて下さった本を見て驚きました。江戸時代に刊行された『絵入源氏物語』だったのです。しかも、国文学研究資料館が公開している承応三年の版本ではなくて、その4年前の1650年に刊行された慶安三年版なのです。

 『日本書目』(全2冊、1971年)とある目録の第2巻に、「東京1650」と記されていた意味が、実際に目の前に置かれた本を見てわかりました。その目録には、「源氏の歴史」として「10世紀に成立した日本の古典作品の傑作」という説明が、ベトナム語で付記されているのです。

 トリーニ先生がかつてこの図書館に調査でいらっしゃった時、案内をされたのは今回お世話になっている漢喃研究所のグエン・テイ・オワイン先生でした。
 トリーニ先生のメールに「残念ながら私は見られませんでした。」とあったように、その時には書籍が整理中で、直接はご覧になれなかったのです。
 トリーニ先生の代わりに、私が原本を確認したことになります。

 『絵入源氏物語』は本文編が54冊あります。しかし、この図書館の目録『日本書目』では図書番号が途切れているため、欠巻の不揃い本なのかと思いました。しかし、さらにお願いして出納していただくと、22冊に合綴された姿で全巻が揃っていることがわかりました。
 また図書ラベルの記載も、2冊分に番号の間違いがありました。しかし、54巻分が揃っていることが確認できました。

 『絵入源氏物語』は、「源氏目案」(3冊)・「引歌」(1冊)・「系図」(1冊)・「山路の露」(1冊)が付属した全60冊です。この図書館で一緒に収蔵されていた「源氏物語引歌」は、そのうちの1冊です。ということは、他の「源氏目案」「系図」「山路の露」は失われているか、収集段階の最初からなかったと思われます。あるいは、まだ別の項目に本が紛れ込んでいるのかもしれません。

 この『絵入源氏物語』には、「桐壺」と「帚木」巻には朱で書き込みがあります。講釈に使われたのでしょうか。興味深い書き込みです。
 おびただしい虫損箇所には、裏打ちなどで丁寧に補修の手が入っています。
 改装の仕方も、おもしろいと思いました。

 各冊冒頭頁の上部には、朱の横長角印で、[1967][1974][1997]の数字が捺されています。目録の書誌を確認した時のものなのでしょう。この『日本書目』は1971年に印刷されているので、1960年代にはこうした本が収集されたと思われます。
 また、下部には、角型の朱の蔵書印が認められます。これについては、国文学研究資料館の蔵書印データベースで調べましたが、該当するものが見つかりませんでした。今後とも、さらに調査を進めます。

 オワイン先生によると、極東学院では、これらの本は日本に注文して収集したものである、とのことでした。どのような経緯で『絵入源氏物語』などがベトナムに集められたのか、その背景が知りたくなります。興味深い問題が、また浮上しました。

 調査が終わってから、ハノイ北部のタイ湖へ行く途中で、共産党本部前にさしかかった時のことです。タクシーの前を、黒山のようにしてオートバイが行く手を遮りました。前に進めないので降りて歩くことにしました。するとそこには、正面衝突した自動車がオートバイに取り囲まれていたのです。

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 ハノイは、オートバイが多いので、こんな事故は日常茶飯事なのでしょうか。大混乱の中を、警察官の方は黙々とスケールで現場を計測しておられました。

 タイ湖のそばにある玄天上帝を祀る道教寺院にお参りした後、タイ湖に飛び出しているチャンクオック寺へ行きました。

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 本堂の中では、結婚式が行われていました。

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 新郎新婦が非常に高名な僧侶から説法を聞き、誓いの言葉を述べておられるところでした。
 お寺での結婚式は、大変めずらしいそうです。オワイン先生も初めて見た、とおっしゃっていました。いい場面に立ち会えました。どこのどなたかは存じませんが、お幸せにとお祈りをしました。

 その後、湖畔でベトナム料理のバイキングをいただきました。
 とにかく、食材の多いことにはびっくりです。
 豊富な魚介類に加えて、お寿司もありました。

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 こうして、今日も充実した一日となりました。
posted by genjiito at 02:11| Comment(0) | ◆源氏物語

2014年02月11日

32種類目の言語のベトナム語訳『源氏物語』と対面

 早朝よりタクシーで、同行者海野圭介氏共々、ドンダー区にあるベトナム社会科学院漢喃研究所へ行きました。
 漢喃研究所のグエン・テイ・オワイン先生より海野氏を通して、ベトナム語訳『源氏物語』があるというご教示をいただいていたため、その確認とさらなる情報を求めて訪問したのです。

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 研究所の額に記された文字は、右から読んでも左から読んでもいい表記になっているとのことです。

 2階の先生の研究室で、幻かと思われるベトナム語訳『源氏物語』と対面しました。
 首巻「桐壺」の冒頭部分は、次のようになっています。

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 ただし、これはコピー版です。原本は後日見る機会を得る予定です。それでも、とにかくこれで、32種類目の言語で翻訳された『源氏物語』が確認できたことになります。

 このような本があることは、十数年にわたり『源氏物語』の翻訳本の調査研究を進めて来た私にも、突然に降って沸いた話でした。とにかく確認をすることを最優先にして、こうしてハノイに来たのです。

 これは、サイデンステッカーの全訳を、そのままベトナム語に訳した全2巻の重訳本です。
 第1巻は676頁、第2巻は557頁の大部2巻です。
 トヨタ・ファンデーションの支援を得て、1991年にハノイで出版されています。

 また、本書は1990年3月に文化通信省に出版予定の申請を提出し、1991年3月に認可を受けたものであることもわかりました。日本で言う、いわゆる検閲に通った本なのです。

 このベトナム語訳『源氏物語』が、1991年の刊行であることに驚きました。1980年代に、ベトナム語に着手されていたことになるのですから、その社会的な背景も知りたいところです。
 オワイン先生も、この本のことは最近知ったのだそうです。
 長い間、この本の情報は外には知られないままに今日を迎えたことになります。

 この翻訳を、いつ、誰が、どのようにしたやったのかは、今は皆目わかりません。しかし、トヨタ・ファンデーションに問い合わせることで、おそらくその背景が少しでもわかるはずです。

 関係者の方で、本書の翻訳の経緯などをご存知の方がいらっしゃいましたら、どうかご教示のほどをよろしくお願いいたします。

 これまでに、『源氏物語』は以下の31種類の言語に翻訳されていたことを確認し、そのほとんどの本を手元に集めてきました。このベトナム語訳『源氏物語』の出現で、32番目の言語が判明したのです。
 
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■刊行されたもの 32種類■
アッサム語(インド)・アラビア語・イタリア語・ウルドゥー語(インド)・英語・オランダ語・オリヤー語(インド)・クロアチア語・スウェーデン語・スペイン語・スロベニア語・セルビア語・タミール語(インド)・チェコ語・中国語(簡体字)・中国語(繁体字)・テルグ語(インド)・ドイツ語・トルコ語・現代日本語・ハンガリー語・ハングル(韓国)・パンジャビ語(インド)・ヒンディー語(インド)・フィンランド語・フランス語・【ベトナム語】・ポルトガル語・マラヤラム語(インド)・モンゴル語・リトアニア語・ロシア語
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 今回の件で、世界にはまだ私が情報を得ていない言語で翻訳された『源氏物語』がある可能性が生まれました。
 さらなる情報収集のために、これまでに構築したネットワークを活用して、33種類目の言語による翻訳本『源氏物語』を探し求めていきます。
 みなさまのご理解とご協力をいただき、充実した、そして正確な情報を提供していきたいと思っています。

 このベトナム語訳『源氏物語』の巻頭・「桐壺」・「若紫」に関しては、昨秋より取り組んでいる科研費研究(A)「海外における源氏物語を中心とした平安文学及び各国語翻訳に関する総合的調査研究」でも取り上げ、このベトナム語訳を日本語に訳し戻すことによって、文化の変容の研究資料とします。

 これを日本語に訳し戻すお手伝いをしてくださる、日本語を母語とする方を探しています。このブログのコメント欄を通して、連絡をいただければ幸いです。
posted by genjiito at 02:00| Comment(0) | ◆源氏物語

2014年02月10日

ハノイの街中を気ままに歩く

 ハノイでの実質的な第1日目は、街中の散策から始まりました。日曜日ということもあり、人出は多いようです。
 前日からの疲れを忘れたかのように、ホテルからハノイの旧市街を、乗り物は一切使わずに歩き廻りました。

 ホテルから出てすぐにチャンティ通りを東へ進むと、ホアンキエム湖の南岸に出ます。
 ハノイは、自然を愛する気持ちが随所に見られます。
 動物の刈り込みが、まず目に飛び込んできました。

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 交差点では、フランスの雰囲気を感じさせる建物が迫ってきます。

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 露地から通りを抜けたところにも、ベトナムの新旧の姿が認められます。

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 歴史博物館や革命博物館へ行くことにしました。歴史博物館では、「日本の文化」をテーマにした展示をしています。しかし、ちょうど11時半から13時半までの休館時間帯だったので入ることができません。まだ来る機会があるので、今日はパスです。

 インディラ・ガンディ公園がありました。ただし、地図にそう書いてあるだけで、公園の中にはそのような表示はありません。下調べが不足していたので、このことは保留です。

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 ホアンキエム湖の回りは、色とりどりの花々が緑色の湖を背景にして目を楽しませてくれます。

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 湖に臨むカフェで、ベトナムコーヒーをいただきました。香ばしさと舌に残る少し苦い感触が気に入りました。

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 ホアンキエム湖から北に歩き、旧市街に迷い込むようにして飛び込みました。混沌とした迷宮を彷徨う感覚を楽しめます。インドのオールドデリーなどを思い起こしました。私が大好きな雑踏です。カオスのような賑わいの中で、足下がきれいなので驚きました。ゴミが少ないのです。

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 そんな中で、お寿司屋さんを見つけました。回転寿司屋さんではなかったので、入りませんでした。後で時間があれば、ここに入ってみるつもりです。

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 これは、1パックで500円しません。

 さらに北にあるドンスアン市場は、とにかく所狭しと品物が押し込められています。

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 ここで溢れるほどの商品を目にすると、圧巻としか言いようがありません。
 布地も、これでもかとばかりに、押しくら饅頭をしています。
 
 

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 半地下になっているハンザ市場は、閉めている店が多く、活気が感じられませんでした。陶器のコーナーでは、執拗に買わないかと言い寄ってこられました。自由に見て回れるドンスアン市場とは、まったく違う印象をもちました。かつて賑わっていた、という説明が必要です。

 一歩外に出ると、街角で床屋さんが仕事をしています。
 こうした街角の様子も、インドを彷彿とさせます。ただし、このあたりでも、足下にゴミがほとんどありません。歩いていても、気持ちがいいのです。もっとも、オートバイが歩道を塞ぐようにして止めてあるので、車道を歩かなければなりません。これが、散策で気をつけることでしょうか。

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 かと思うと、ブランド店界隈では、ウェディングドレスで記念撮影をするカップルの多いこと。7組みもの華やかな若者たちに出会いました。

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 歩いて廻るだけで、目にも楽しい街であることを実感しました。

 そんな中で、アップルの直営店がありました。

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 パソコンの Macintosh ではなくて、 iPad や iPhone が中心のお店でした。多くの若者が出入りしています。
 時代の最先端も、こうして確実に浸透しているようです。
posted by genjiito at 01:16| Comment(0) | ◆国際交流

2014年02月09日

4時間遅れでハノイの空港に降り立って

 昨日、成田空港からの出発が、少し遅れそうだと記して終わりました。

 その後、機体などにさまざまなトラブルがあったようで、午後6時5分発のJAL便は、結局離陸したのが午後9時50分でした。3時間45分遅れの出発となったのです。

 機内では、深夜の12時前に食事が出ました。

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 食欲もなかったことと、血糖値を上げる食材が多く使われていたメニューだったこともあり、ほとんど口にしませんでした。これが、糖尿病食(ローカーボ食)だとは思えません。カロリー制限だけを考えた、従来の糖尿病学会の方針にしたがった、血糖値を急激にあげる食事です。グルコーススパイクが恐ろしいメニューです。

 成田空港では、出発待ちでグッタリとしていたにもかかわらず、目だけは冴えていました。

 2本の映画を観ました。「スティーブ・ジョブズ」は、以前から見たかった映画です。
 アップルは1976年に設立され、今年は 名機 Macintosh の30周年記念年でもあります。興味深く観ました。スティーブ・ジョブズの素顔に迫る、ヒューマンドラマです。画面がきれいでした。導入に使われたインドが、印象的でした。人間も会社も、成長することにどのような意味があるのか、という問題を考えさせてくれます。また、夢と経営の鬩ぎ合いが、うまく描かれていました。

 2本目に、福山雅治主演の「そして父になる」を観ました。第66回カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞した作品です。
 話は、出生時に子どもの取り違えがあったことを知らされた2つの家庭における、複雑な家族間交流とその親と子の思いが描かれます。他人の子どもとはいえ、6年間にわたって注いだ愛情と血の繋がりの狭間に逡巡します。子ども同士を交換するべきか、あるいはこのまま育てていくべきかについて、わかりやすく問いかけてきます。これも、考えさせられるテーマを追った作品でした。

 2本とも、いい映画でした。

 そうこうするうちに、ハノイに着陸しました。当然、ハノイ着も遅れました。予定の午後10時半ではなくて、日付が変わった1時35分でした。気温は18度。
 生温い匂いが鼻腔を突きました。

 荷物を受け取った後、タクシーを苦労して確保し、市内のホテルに着いたのが夜明け前の3時20分。日本との時差は2時間なので、日本時間の午前5時半頃だったのです。

 ハノイの空港(ノイバイ国際空港)は、首都とは思えないほど、タクシーがありません。早朝という時間帯もあります。旧正月の土曜日、ということも関係しているのでしょう。30分に1、2台来る程度です。それを、みんなで取り合いするのです。

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 それにしても、飛行機から降ろされて放置された状態なので、みんな途方に暮れています。
 日本からの駐在員として現地ハノイに赴任しておられた人も、この待ちぼうけには怒りを押し殺しておられました。
 ハノイは、ホーチミンに次ぐ都市となっています。しかし、このノイバイ国際空港のお粗末で寂しい首都の現状には、さらなる梃子入れが必要だと思いました。また、深夜に乗客を空港敷地内に置いてきぼりにし、JALのスタッフだけはサッと消えるのではなくて、降ろした後のアフターケアもしてほしいものです。
 とにかく、長い1日の始まりでした。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ◆国際交流

2014年02月08日

大雪警報の中を成田空港へ

 大雪警報が出ている中を、地下鉄と京成線を乗り継いで成田空港へ向かいました。
 宿舎の近くの大横川は、3センチほど雪が積もっています。

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 車窓から見える街並みは、見渡す限り真っ白でした。
 こんな日に限って、遅れて来た電車にスイスイと乗り継げます。気持ちがいいほどです。

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 幸い、勝田台からの特急電車も大きく遅れることなく、予定よりも相当早く成田空港に着きました。

 ニュースによると、羽田空港は欠航が相次いでいます。
 しかし、成田空港は予定通りに飛んでいるようです。一安心です。

 成田空港でチェックインの時、糖尿病食をお願いしました。
 幸い、往復共に用意してもらえることになりました。
 24時間前までに予約をすればいいそうです。
 昨秋のスペインからの帰りの便で懲りているはずなのに、つい忘れてしまいます。

 今回預けた荷物は9.9キロでした。これまでで一番軽いことになります。

 一応、現地についてすぐに使えるように、両替は2万円をベトナム通貨にしました。
 370万ドンでした。大金を手にしたような気持ちになります。しかし、現地で混乱しそうです。
 以前、トルコでとんでもない数字の紙幣を使いました。確か0を6個なくして使ったように思います。今回も、それに近い金銭感覚の錯覚に見舞われそうです。

 現在、午後5時50分。予定の出発は午後6時5分。
 成田空港の滑走路に雪はなく、小雨に濡れています。
 アナウンスによると、出発が少し遅れそうです。
 しかし、飛ぶことは確かです。
 それでは、行って来ます。
posted by genjiito at 17:50| Comment(0) | ◆国際交流

2014年02月07日

江戸漫歩(73)大雪前夜の隅田川を行き交う屋形船

 明日の関東地方は、終日90パーセントの確立で「暴風雪」との予報が流れています。
 ちょうど明日の夕刻18時5分に、成田を出発する日本航空機でベトナム・ハノイへ行くことになっています。

 さて、無事に飛び立てるのか、運を天に任せるしかありません。
 航空各社は、早々とキャンセルの受付態勢を整えたようです。
 現地の宿泊ホテルについては、昨日キャンセルができる予約に切り替えたので、被害は最小限に留められそうです。

 それにしても、今回の旅は変更続きになりそうです。
 すでに、先月のうちに、ベトナムからタイを回って帰る日程を変更し、航空券のキャンセルをして、再度ベトナムだけの往復に切り替えました。
 明日、飛行機が飛ばないと、またキャンセルをして変更となります。
 何とも、ハラハラドキドキの慌ただしい旅となる予感がします。

 ベトナムのお正月(旧正月)を「テト」と言います。去年は2月10日〜13日、今年は1月30日〜2月3日でした。
 中国の春節は、去年は2月10日、今年は1月31日でした。
 この期間は、旅行には要注意とされています。
 まさに、この旧習が我が身に降りかかってきたようです。

 今日の夕方、隅田川を散歩しました。

 荒天前夜で空気が澄んでいるせいか、川面に映えるマンション群の灯りと、川を往き来する屋形船の灯りが、光で水玉を見せてくれていました。

 相生橋から中央区の築地の方を望むと、さすがに空が明るくなっています。

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 同じく相生橋からオリンピックの会場地を控える豊洲の方を望むと、空は薄暗く拡がっています。オリンピックが近づくと、この空もしだいに夜も明るくなることでしょう。

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 明日の雪が大事に至らないことを祈るのみです。
posted by genjiito at 22:42| Comment(0) | 江戸漫歩

2014年02月06日

藤田宜永通読(18)『ライフ・アンド・デス』

 藤田宜永の『ライフ・アンド・デス』(2012年11月、角川書店)を読みました。

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 歯切れのいい文章で、場面と人物が軽快に描かれていきます。街の様子や季節も、事細かに語られています。これは、藤田宜永の読みやすい時の作品の語り口です。

 恋愛ものの時の、あの粘ついた抑制を利かせすぎた文章を、私はあまり好みません。その点からも、本作は気持ちよく読めます。

 物語る内容が充実しているせいか、524頁の作品が予想以上に長く感じられました。読み進む醍醐味があります。ただし、人間の洞察に深みが欠けているようにも思えました。非日常的な世界でもあり、このあたりは読者と理解を共有する接点の狭さや、話題の特殊性に起因するものなのかもしれません。

 かつての軽快なテンポが感じられなくなった分、人物描写はうまくなったようです。

 この方向転換は、今後さらに藤田宜永に期待すべきことに繋がると思いました。もっとも、あの、ふにゃふにゃした藤田の純愛小説から完全に脱するには、まだもう少し時間がかかりそうですが。

 初期のように、手に汗握る、そして紙面から目が離せない展開ではありません。しかし、ゆったりとした語り口の中に、読者をしっかりと捕まえて話を進める手腕には、新たな藤田の手法を、手応えとして感じ取りました。

 頁をめくるスピードが落ちたのは、それだけ読ませる部分が増えたためだと思われます。
 冴子という女性の存在が物語の展開の中に置けたことは、作者にとっても読者にしても、よかったと思います。これまでにない女性の扱いです。抑制の利いた手法で、話を惹き付けていくのに効果的でした。

 また、男たちの動きにしても、ドタバタに留まらず、男の側の論理と思考を重ねて行動するタイプの群像として描かれています。人間の心理劇も楽しめました。物語の終わり方もおしゃれです。ゆったりとした流れの中で、安心して読み終えることができました。

 最後に一言付け加えるなら、男たちの話が2つの流れに分かれており、そのバランスの中途半端な点に、読み進みながら落ち着かない思いを持ちました。クライマックスへ持って行くところなど、相変わらずへただな、と思わせます。

 一気に1冊を読めなかったせいか、話にばらばら感が残りました。作者の意図的な構成もあるのでしょう。しかし、この作品は、出版社側の売りであるような〈サスペンス〉として読まない方が、かえって楽しく読めると思います。【4】
 
 
※『デジタル野性時代』(2011年第3号〜2012年7月号)に「魔都の殺人者」として連載。
 本書は、それを加筆・修正・改題したもの。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | 藤田宜永通読

2014年02月05日

京洛逍遥(306)角田文衞先生と出雲路橋の夕陽

 今週末にベトナムへ行くので、遅まきながら念のために、インフルエンザの予防接種を受けてきました。

 近所に、消化器関連の検査設備が整った内科病院があります。その那須医院の先生は、私の身体のことを理解してくださっているので、京大病院での継続的な診察以外は、何かあるとここで診てもらっています。

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 ついでに、私は鼻や喉も問題を抱えているので、その薬もいただきました。
 これで、旅行中の体調管理の準備は大丈夫です。

 この那須医院には、角田文衛先生もよく来ておられたそうです。奥様もいい方で、との話でした。
 写真の左側に、角田先生の邸宅がありました。今は、分譲されて民家となっています。

 角田先生は、2008年5月14日午後11時59分にお亡くなりになりました。
 そのお通夜のことは、以下のブログに書いた通りです。

「角田先生のお通夜」(2008/5/18)

 また、私が初めて先生のご自宅を訪問した日のことも、次のブログに書いています。

「源氏千年(29)朝日「人脈記」3」(2008/4/24)

 以来、角田先生のいらっしゃった、この白河疎水通りの下鴨地区が好きになりました。そんなこともあり、北大路駅前からこの地に引っ越しをしてきたのです。
 自宅から賀茂川散歩に出かける時は、いつも角田先生のご自宅があった横を通って河原に降りて行きます。

 河原に出ると、ちょうど夕陽が沈むところでした。

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 この川中の浮島がすっかり姿を消していることは、昨秋紹介した通りです。

「京洛逍遥(294)賀茂川から忽然と消えた中洲」(2013/10/12)

 河原を南に向かって少し歩くと、出雲路橋があります。
 その橋上から西方の鞍馬口通りを見霽かすと、夕陽がきれいでした。

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 この鞍馬口通りは、東は下鴨神社西門から、西の金閣寺門前を東西に結ぶ道です。
 出雲路橋から西に5分ほどこの道を歩くと、地下鉄烏丸線の鞍馬口駅に出ます。
 この道沿いに、和菓子屋さんが何軒もあります。私が好きな散策道の1つです。
posted by genjiito at 23:59| Comment(2) | ◆京洛逍遥

2014年02月04日

束の間の雪景色の中の職場

 今日の東京は、久しぶりの雪でした。
 本ブログでも、職場のある立川における、去年と一昨年の初春の雪景色のことを書いています。

「夜行バスが大幅に遅れて」(2013/1/16)

「重たいキャリーバッグを引きずって雪中行軍」(2012/2/29)

 立川では今日、お昼頃から霙交じりで降り出しました。そして、帰宅する6時半には、建物は雪景色の中にありました。ライトアップされたような風景もいいものです。

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 立川駅まで乗ることにした多摩モノレールは、雪のために30分近く止まっていて来ませんでした。空中を綱渡りのようにして走るモノレールは、非日常的なことに遭遇すると弱いものです。そう言えば、走る姿もヨタヨタしています。カーブでは、極端に減速します。

 中央線も遅れ気味です。ただし、これはいつもの人身事故ということもあるので、雪のせいだけとは限りません。

 それから2時間後、深川はすでに雪解け後の夜景を見せています。

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 都内は、すぐに雪は止んだようです。
 東京を横断していると、天気がこんなに違うことをしばしば実感します。
posted by genjiito at 23:39| Comment(0) | 身辺雑記

2014年02月03日

伊藤科研の第1回研究会を国文研で開催

 海外における源氏物語をテーマとする伊藤科研の、第1回の研究会が国文学研究資料館でありました。

 初回ということで、伊藤科研のメンバー全員が参加できる日時を模索してしていました。しかし、入試シーズンかつ年度末ということもあり、全員が一堂に会することが難しいため、関東と関西の2ヶ所で開くことになりました。

 今日は、関東のメンバーが国文学研究資料館に集まりました。7人という少人数です。しかし、新しいことに積極的にチャレンジしようというメンバーばかりなので、話し出すと止まりません。

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 自己紹介が終わったのは、すでに1時間半が経過していました。

 とにかく、初めての顔合わせを意図した会だったこともあり、思い思いに各自が自由に喋ることができました。

 翻訳事典のことや、英語表現の用語集としてのグロッサリーについては、さまざまな意見が出ました。アイデアが続出で、いい成果に結びつきそうです。
 これは、楽しくみんなで共同研究ができます。

 予定時間を大幅にオーバーし、その熱気を抱いたままに、立川駅前の懇親会場へと移動しました。そこでも、海外体験が豊富なメンバーの集まりだけに、さまざまなエピソードが噴出しました。
 とにかく、楽しい研究をしよう、ということで散会となりました。

 得られる成果が、ますます楽しみになりました。
posted by genjiito at 23:54| Comment(0) | ◆源氏物語

2014年02月02日

京洛逍遥(306)茶道資料館の後は回転寿司

 堀川通寺之内の裏千家センターの中にある茶道資料館では、「新春展 新春を寿ぐ −酒の器―」を開催していました。2階では、併設展として「新春の茶道具」も見られました。

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 まだ道具の善し悪しはわかりません。しかし、新春らしい茶器を見て何かを感じられたら、と思って出かけました。

 今年の干支である午をテーマにした展示だったので、作意が窺えてまとまりを感じました。

 わからないなりにも、小さな「織部盃」の色が気に入りました。桃山時代のものだそうです。
 また、前田青邨の「梅図」には、初春の爽やかさを感じました。

 四条に向かうバスを待つ間に、近くにあった茶道具「みやした」さんに入りました。
 多くの道具を見ては、その値段に興味を持ちました。とても手の出るものではありません。しかし、その違いがおもしろかったのです。
 2階でも展示を始められたとのことで、上がって見ました。所狭しと並ぶ道具類を見ながら、茶道資料館で見た道具を思い浮かべては、ますます違いがわからなくなりました。おもしろいものです。

 四条烏丸交差点の近くにある長刀鉾保存会の前で、賑やかな自動販売機を見かけました。
 この長刀鉾は「くじとらず」と言われ、山鉾巡行の先頭を受け持つ鉾です。

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 四条の目抜き通りでもあり、観光客の視線を釘付けにします。
 昨日の今宮神社の境内に置かれた自動販売機の控えめな佇まいとは対称的で、これもおもしろいと思いました。

 次の週末から行くベトナムの食事に親しもうと、蛸薬師通りのお店に行きました。しかし、予想外に混んでいました。
 1時間も待てないので、年末にみかけた河原町通りの新しい回転寿司屋さんにしました。「坂本龍馬・中岡慎太郎 遭難之地」という碑のある、あの「近江屋」の跡地にできたお店です。

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 清潔感のある、気軽に入れる店です。一皿130円が基本となっているのは、数百メートル北にある、私が一番気に入っている河原町三条の「むさし」の136円に対抗しての設定なのでしょう。
 海外からの方や若者は、こちらの「トンボ」が好みだと思います。しかし、注文方式がタッチパネルとなっており、しかも注文品が回ってきたことが直前にわかるため、別の人の注文品を取ったり、取り損なったりと、戸惑うこともあります。

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 ポン酢は、小さな袋詰めになっているものを何個か渡されました。目の前にポン酢がないので、これも何とかしてほしいところです。また、握っておられるところが見えません。これは、お寿司を食べる楽しみが半減です。
 いい点は、創作寿司が多いこと、サラダがあること、ゆったりとした2人がけのシート席があることです。

 「むさし」は目の前で握っておられます。特に2階席では、おじさんといろいろな話をしながら注文できるので、楽しく美味しくいただけます。
 これは、好みの問題でしょう。
 その時の気分で2つの回転寿司屋さんが選べるとは、贅沢なことです。

 河原町三条から四条にかけては、特に西側が若者向けの通りとなり、私などは無縁の地となりかけていました。しかし、こうして回転寿司屋さんが2軒もそろったことで、また出歩く楽しみが増えました。

 さらには、四条河原町オーパの8階に、大量の本が並ぶブックオフがあります。新刊書店にはない本が多いので、ここで潰す時間も楽しいものです。
posted by genjiito at 23:45| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2014年02月01日

京洛逍遥(305)今宮神社の手作り市とお神籤

 紫野の今宮神社で手作り市があったので、好天に誘われるままに自転車で行きました。

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 ここは、京都の三大奇祭である「やすらい祭」で知られています。
 これまでにも、以下の記事を書いています。

【4.1-京洛逍遥】「京洛逍遙(109)今宮神社の骨董市とあぶり餅」(2009/11/5)

 あぶり餅屋さんの前で、結婚式場へ急ぐ新郎新婦に出会いました。

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 この今宮神社は、長保3(1001)年に始まります。
 由緒ある神殿でのお祝いごとは、末永く思い出に残ることでしょう。

 境内に入ると、すぐにお寿司が目に入りました。

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 境内の手作り市では、骨董品もありました。以前は骨董市と呼んでいたのが、今は手作り市に名前が変わっています。全体的に規模が縮小されたようです。

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 蝋梅を見つけました。先日、蝋梅について書いた本を読みました。どんな花なのだろう、と思って読んでいたので、この際にと思い、写真に留めておくことにしました。

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 本社の前の拝殿には、三十六歌仙の扁額が掲げられています。
 この詳細については、いずれまた。

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 拝殿の近くにあったヤクルトの自動販売機は、その色遣いから、景観に対する心配りを感じました。

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 こうした配慮はいいものです。街中にこうした気遣いがあると、気持ちよく散策ができます。他の飲料メーカーにも、こうした企業努力を期待したいと思います。

 社務所の横に、大きな判子がありました。説明に倣って記念に捺しました

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 受付に、めずらしいお神籤があったので、今年の運をのぞき見ることにしました。
 大きな筒を振ると、19番と記した棒が出てきました。全部で24種類あるそうです。54種類ではないのはどうしてなのですか、という素朴な疑問はさておき、巫女さんに19という番号を伝えると、こんな栞のようなものを手渡されました。
 「紫野 和歌おみくじ」とあります。

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 開くと、『源氏物語』の第28巻「野分」の終盤にある、夕霧が雲居雁に宛てて紫の薄様に書いた和歌が記してあります。

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 風騒ぎ むら雲まがふ 夕にも
   忘るる間なく 忘られぬ君


 和歌の解釈からいうと、この絵の女性は雲居雁のようです。
 そして、運勢として、次のように書いてあります。


波乱ぎみですが、最後にはよい方向に物事がすすみそうです。
地道な努力が報われる年です。頑張ってください。


 嬉しいことに、「中吉」で、励ましのご託宣だったのです。

 「波乱ぎみ」とあるのは、夕霧の和歌の「風騒ぎ むら雲まがふ」から来るのでしょう。
 あまり出来映えのよくないことで知られるこの夕霧の和歌をここで引いているのは、あくまでも上の句で運勢を示したかったからなのでしょう。
 これが歌われた状況や、下の句の意味など、ここでは問題にしていないところに、このお神籤を作られた方の『源氏物語』に対する理解のありようが垣間見えます。『源氏物語』の作者も古注も、ここは批判的な立場で評価されている場面です。

 深読みするほどのことではないので、夕霧らしさが表れているところを切り取っている、と理解したらいいようです。
 「最後にはよい方向」とか「地道な努力が報われる」ということは、この和歌とは別な視点からの、今宮の神様からの希望的なお言葉だということです。

 書かれていることに対して、あまり素直になれない自分が、何となくおかしくなりました。
 何事もこれからはしだいによくなる、という占いなのですから。

 それはさておき、健康運には「波乱の兆しが見えています 注意してください」とあるので、ここは今後とも身体と体調には要注意のようです。健康運に対しては、実に素直に受け入れられます。

 お神籤にツッコミを入れてどうするんだ、とツッコまれそうなので、今日はこのあたりで。
posted by genjiito at 23:59| Comment(0) | ◆源氏物語