2014年01月31日

清水憲男先生のペルー版スペイン語訳『源氏物語』の連載記事

 早稲田大学の清水憲男先生が、タイムリーな記事をお書きになりました。
 清水先生とは、昨夏、早稲田大学で始めてお目にかかりました。そして、1941年のスペイン語訳『源氏物語』を見せていただいたことが、今も瞼に焼き付いています。
 その時のことは、次のブログに書いています。

「スペイン語新訳『源氏物語』の話を聴きに早稲田大学へ」(2013/7/23)

 さて、清水先生がお書きになった文章を、PDFして送ってくださいました。私が読んで終わりではあまりにももったいない文章なので、先生のご了解をいただいたこともあり、広くお読みいただけるように画像にして以下に紹介させていただきます。

140131_shimizugenji




 この後半でご指摘なさっている問題は、「海外における源氏物語を中心とした平安文学及び各国語翻訳に関する総合的調査研究」という科研で取り上げるつもりです。
 また、あらためてこのことを広く問いかけたいと思います。

 清水先生からは、以下のコメントをいただいています。


 ペルーで出版された『源氏』のスペイン語訳を、ごく限られたスペースでご紹介させていただく機会を得ましたので、恥を忍んでお送りさせていただきます。
 発表場所は『Salmantino』と題する年に2〜3回発行の小誌・パンフレットで、「日本サラマンカ大学友の会」なる非営利組織が出しているものです。
 以前より小生が、ここにスペイン語から日本語、もしくはその逆について連載記事を書いており、たまたま今回18回目の連載で、本訳書を取り上げた次第です。紹介ましてや訳評にもなっておりませんが、ご笑納いただければ幸甚です。


 まずは清水先生によって、ペルー版スペイン語訳『源氏物語』にはじまる翻訳の問題について、共同討議をするきっかけを用意していただきました。

 今年度2月に予定していたスペイン語訳『源氏物語』に関するシンポジウムは、諸般の事情で来年度にと延期となりました。来年度には、まずはこのテーマを取り上げることにします。
 今後とも、みなさまからの翻訳に関する情報の提供を、お待ちしています。
posted by genjiito at 23:35| Comment(0) | ◆源氏物語

2014年01月30日

アップルのマッキントッシュ30周年に寄せて

 久しぶりに『MacPeople 3月号』というパソコン雑誌を買いました。
 いつもは『MacFan』を毎月読んでいます。もう10年以上も読み続けているので、パソコンの雑誌が書架の相当部分を占めています。
 そんな中で、今月は気分転換というよりも、『MacPeople』の表紙に書いてあった特集の「Macintosh 30周年」ということばに惹かれて、手にしてしまったのです。

140130_macpeople3




 『MacPeople』の背表紙を見ると、発行が「KADOKAWA」となっています。「アスキー」ではないのです。
 ネットで調べたら、

2013年10月1日、「株式会社KADOKAWA」は、アスキー・メディアワークス、エンターブレイン、角川学芸出版、角川書店、角川プロダクション、角川マガジンズ、中経出版、富士見書房、メディアファクトリーの9社と合併いたしました。

とあります。
 かつて角川書店の仕事をしたことがありました。自分の情報収集能力と問題意識が低減したことによるものなのか、この吸収合併のことはまったく知りませんでした。出版業界も多様に変化しているようです。

 さて、雑誌をパラパラと見ていると、自分が使ってきた Macintosh が勢揃いしています。
 ついつい、写真と記事に見入ってしまいます。

 1984年1月24日は、アップルが Macintosh を発売した日だそうです。
 この年、私は大阪の高校で教員をしていました。毎日、仕事帰りに日本橋や難波に立ち寄り、電気屋さんの店頭で、子どもたちからコンピュータのプログラム(マシン語と呼ばれていたもの)などを教えてもらっていた頃です。
 あの、「パーコン」と言われた熱気の中で、コンピュータを使い熟そうとしていた頃が懐かしく甦ります。

 私が始めてMacintosh と出会ったのは、今から25年前の1989年です。
 ちょうど、『源氏物語別本集成 全15巻』(伊井春樹・伊藤鉄也・小林茂美編、桜楓社・おうふう、1989年〜2002年)の刊行がスタートした時でした。
 それまで、MS−DOSといわれる世界でコンピュータを使っていた私は、職場である高校の理科室で Macintosh を触って驚きました。画面にトースターの絵が飛びまわっていました。スクリーンセイバーだったのですが……
 私にとっては、まったく異次元のマシンだったのです。

 その年の秋、当時編集していた『人文科学データベース研究 第4号』(1989年11月、同朋舎出版)に、同僚で理科の先生だった森英男氏に「マッキントッシュの日本語環境」と題する文章を寄稿していただきました。
 コンピュータが人間の想像力を刺激する情報文具になる、という確信を、この頃に抱いたのです。

 その2年後の1991年に、私は着任早々の大学での授業にエプソンのノート型MS−DOSマシンを導入しました。学生にノートパソコンを持参してもらい、ソフトウェアと文学関係のデータを扱う授業に取り組みました。
 さらに翌年の1992年には、 Macintosh LCU を大学に50台導入し、ネットワークにつなげて教育に活用し出しました。文学の分野での取り組みに対して、物珍しさも手伝ってか、多くの取材を受けました。

 そして、私も晴れてマックユーザーとなりました。
 自費で最初に購入したMacintoshは、1992年秋の発売で、MacintoshUシリーズの最後のモデルとなったVXです。これは、Macintoshで始めてCD−ROMドライブを搭載したパソコンでした。もっとも、注文した後も長く入荷を待たされ、手にした1ヶ月後にはQuadoraやCentrisというシリーズの新製品が出たために、ショックが大きかったことも記憶しています。
 そして、歴代のMacintoshを買い続ける習性が加速しました。

 今世に広まっている Windows は、1993年に遡るOSです。それ以前の1985年に登場していたものは、とても使えたものではありませんでした。そんな中で、私は Macintosh と出会ってしまったのです。私が Windows をパスして今に至っているのは、こうした経緯があるからです。
 これは、ものを考える用途にパソコンを使う私にとっては、大正解でした。あのまま、MS−DOSからWindowsの世界に留まっていたら、脳味噌は涸渇したままだったはずで、今の私はありません。仲間の中村一夫君のアドバイスを得ながら、いいタイミングでMacintoshの世界に転向できたことを幸せに思っています。そして、彼が常によき相談相手だったことも、私のMacライフにおいて幸いでした。

 しかし、今は私にとって、次にどんな新製品が出て来るのか胸をワクワクさせる、あのときめきの時代ではなくなりました。歳をとったせいか、コンピュータというものが電子デバイスとして変質する時代になっているせいなのか、とにかくコンピュータの進化は別の方向へと展開していきそうです。

 確かに、iPhone と iPad があれば、いつでも、どこでも、それなりの仕事ができます。また、データもハードディスクという円盤上にではなく、クラウド領域に置いておけるので、ハードウェアとしてのパソコンの役割が限定的になっているのは確かです。パソコンの使命が終わったというよりも、データの編集と転送をする情報文具という道具だと考えるべきなのでしょう。

 この調子でいくと、パソコンはまったく違う形に化けそうです。それが何なのか、私にはわかりません。

 今、こうして文章を入力しているノートパソコンである MacBook Pro は、1テラのフラッシュストレージを搭載し、メモリは16ギガバイト、画面はレティナディスプレイと、一般のデスクトップパソコンと遜色のない、というよりもそれ以上に高性能です。とにかく、ハードディスクがなくなり、メカニカルな動きをするのはキーボードだけ、というのが今のパソコンです。このキーボードも iPhone や iPad では画面をタップして文字を入力するので、30年前とは隔世の感があります。

 もっとも、このアップルの戦略の一環として、私が日々愛用する「かな入力」ができなくなっています。この切り捨ては、何とか思い留まってほしいものです。
 みなさん「ローマ字入力」をなさっているようです。しかし、まだ「かな入力」をしているのは、私をはじめとして身辺に何人かいます。アップルに切り捨てられた人間となった今、この点に関しては哀しくて寂しい思いをしています。
 さらなる新しい文字入力方式が提案されるのでしょうか。「親指シフト」など、さまざまな選択肢があったように。

 こうしたハードウェアやソフトウェアの動向がどう発展し、進化していくのか、本当に楽しみです。というよりも、もう私が認識しているノートパソコンの領域を遥かに超えたマシンを使う時代が予感できます。今のパソコンはまったく違うものとなり、新しい概念と操作による情報文具がそろそろ出てもいい雰囲気が充満しています。

 そんな目で見るせいか、パソコンの雑誌に掲載され情報が、別の意味で新鮮に思えてきます。
 どの記事が、どのライターが、次の情報文具や研究を支援するツールを予見しているのか、などなど、大いに楽しみにして日々雑誌を読んでいます。
posted by genjiito at 23:53| Comment(0) | ◆情報化社会

2014年01月29日

タイへ行けないこと

 来月2月上旬に、ベトナムからタイへ行く現地調査を組んでいました。
 しかし、慌ただしく情報が変転する中で、タイへは行かないことにしました。

 今回は、ベトナムで何人かの方とお目にかかり、『源氏物語』に関する最新情報を確認し、資料などを調査収集した後は、そのまま帰ってくることにします。

 昨年末に、タイの政情が不安となった際、タイへは行かないことにしました。
 ところが、年明けにバンコック市内のデモ隊がストによる封鎖を緩めそうだ、との情報を得たので、行けるのではと思ったりもしました。
 しかし、やはり今は控える時期だとの判断で、行程を見直し、タイへは立ち寄らないで帰ることにしました。
 タイは、またの機会にします。

 仲間に、お願いしたい仕事がたくさんあります。
 しかし、当分はメールでのやりとりに留め、具体的なことは落ち着いてから足を運んで、話を詰めたいと思います。
 その折には、またよろしくお願いします。
 お詫び方々、この場を借りてのお知らせといたします。
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ◆国際交流

2014年01月28日

読書雑記(93)柴田よしき『桜さがし』

 柴田よしき氏の作品は初めて読みます。
 『桜さがし』(2012年3月、文春文庫)は、京都を舞台にした青臭さの残る話となっています。

140121_sakurasagasi





 安定した語り口で、安心して読み進められました。人が死ぬことを、上手く引き出して始まります。

 吉田神社の節分祭を扱った「夏の鬼」は、話のうまさを感じます。会話が自然で、語り合う場面が眼に浮かびます。吉田神社の姫だるまは、いつか手に入れましょう。

 女性の心の中の変化を描く筆致がいいと思います。反面、男性の心理は理性で解釈した表面的なものに留まっているのが、惜しいと思いました。

 登場人物の言葉遣いについて、女性はなめらかな関西弁です。しかし、男たちの言葉遣いはとってつけたような大阪弁です。このことが、読んでいるときから気になりました。

 作者が得意としている小ミステリーは、手が込んでいる割にはおもしろ味にかけます。しかし、話の持っていき方はうまいのです。人間をうまく描けるからでしょう。

 「梅香の記憶」は、雰囲気は上品でも、出来はよくありません。このギャップは、作者の構想力と構成力が不足しているからだと思われます。

 「翔べない鳥」は、京大病院やゴイサギが出てきて、それらと縁の深い生活をしている私にとっては、親近感をもって楽しめました。内容は、これも芳しくなかったのが残念です。

 一番いいと思ったのは「片想い猫」です。ただし、東寺の弘法市をもっと詳しく書いてほしいと思いました。ここの描写力の貧困さはいただけません。しかし、完成度は本作の中では一番です。

 「思い出の時効」で下鴨神社を出すなら、縁結びの相生社をなぜ話題にしなかったのでしょう。ここの御神木は、京の七不思議の一つでもあります。このことに触れないのは、作者の調査不足と想像力の貧困さを露呈させています。

 この小説には、京都の観光名所がたくさん出て来るので、旅行気分にも浸れます。そのお得感をさらに増すためにも、舞台の下調べは充分にしておくべきでした。京都という地を物語に生かし切れず、その名前に負けてしまったようです。

 そうした難点は多いものの、若者たちは元気です。
 中学時代の仲間が夢を追いかける姿には、好感を持って読めました。この登場人物達の青臭さが、この作品の持ち味となっています。教員を辞めて作家になった先生も、いい役どころを果たしています。
 作者が意図したものなのか、構想力の足りなさが生んだ偶然の産物なのかは、私には判断しかねます。

 文章が明るくて、しっかりと人間が描かれています。ネタがいいので、もう一捻りできるようになれば、柴田氏の作品は読ませるものになっていくはずです。機会があれば、また別の作品を手にしてみたいと思わせました。【2】

*単行本 2000年5月 集英社刊
・一次文庫 2003年3月 集英社文庫
posted by genjiito at 22:25| Comment(0) | 読書雑記

2014年01月27日

国文研の「新・論文目録データベース」のこと

 国文学研究資料館では、広報誌『国文研ニューズ』(国文学研究資料館広報出版室編)を年4回発行しています。
 その『国文研ニューズ No.34(WINTER 2013)』(平成26年1月24日発行)に、「研究ノート 『新・国文学論文目録データベースについて』」と題する拙文が掲載されました。

140127_nijl_news




 最近7年ほどは、このデータベースを担当しています。
 昭和16年から昭和52年までは書籍形式の『国文学研究文献目録』として、それ以降、平成19年までは『国文学年鑑』として刊行され、多くの方々に利用されてきました。しかし、時代の波と共にウェブ対応のデータベースとしての需要が高まり、平成17年度版(2007.10)をもって書籍版は休刊となりました。

 これは、「国文学論文目録データベース」として一般に公開されています。研究者や学生にとって、今や必要不可欠な論文検索ツールとなっています。日本文学や日本語学関係の研究状況の調査や、研究論文を執筆するにあたっては、これなくしては一歩も前に進めないという情報検索ツールです。これをあらかじめ調べておかないことには、研究論文はまったく執筆できない、というのが現状です。

 現在は、明治21年から平成23年までに一般に公表された、国文学関係の論文[約53万件]が検索できます。この「国文学論文目録データベース」が、平成26年1月末をもって、つまり今月末から装いも新たな形で公開されることになりました。

 外見上はあまり変化がありません。しかし、制作主体である国文学研究資料館内部では、これまでのデータ作成から公開までの流れを再検討し、システム部分から作り直したものです。これによって、論文情報を公開するスピードが飛躍的に速くなります。

 このデータベースの特徴は、検索結果の精度にあります。
 論文のタイトルやサブタイトルに記述がないのに、的確に知りたい論文の情報がヒットします。その理由は、大学院生が実際に登録する論文にあらかじめ目を通し、専門的な目で分類し、キーワードを付けているからです。さらには、専門員といわれる10人以上の大学の先生方が、そのデータの1点1点をチェックしておられます。

 とにかく、目に見えないところで、手間暇をかけた贅沢なまでの至れり尽くせりの環境で、論文目録データベースは作成されているのです。他の論文データベースとは、格段に質の違う検索結果が利用者のお手元に届けられるのには、こうした背景があるからです。
 たかが論文リストではないか、と思わないでください。その制作過程に、プロの技が潜んでいるのです。

 来週には、新しいデータベースとして公開されます。
 当面は、新しいシステムになったということから、当然ながら不具合も見つかることでしょう。しかし、すべてのデータベース構築の過程を見直し、よりよいシステムを作り上げたものなので、すこしずつ不具合を直していく中で、理想に近い論文目録データベースに育っていくことでしょう。

 使っていただく中で、いろいろなご意見をいただきたいと思います。
 それが、さらにデータベースを成長させることにつながるのですから。
 国文学研究資料館の柱の一つともなっている、重要な公開データベースです。
 非常に地味なデータベースです。
 しかし、使っていただかないと、その良さは理解していただけません。
 来週からのリニューアル公開を、どうかお楽しみにしてください。
posted by genjiito at 23:25| Comment(0) | 古典文学

2014年01月26日

江戸漫歩(72)古石場川親水公園の鷺

 古石場川親水公園では、富岡八幡宮と深川不動尊の南を流れる大横川から水を取って、散策のできる水路を作っています。

140126_botankouenmap




 地図の左上がそこです。

 ここには牡丹園があり、50種・359株のボタンが4月から5月にかけて咲き誇ります。

 ここを牡丹と言うのは、江戸末期から明治にかけて、このあたりで栽培していたことに関係するようです。
 また、古石場と言うこのあたりは、江戸時代には越中島の一部でした。その後は石置き場になったことからの命名だそうです。
 なお、この水路の先、右下にある小津橋は、映画監督の小津安二郎に由来する橋です。

 さて、大横川からの取水口にあるポンプ室の下に、一羽の鷺がいました。

140126_sagi1




 小さいので子供なのでしょう。ただし、狭い水路で、おまけに水が汚いので、つい、賀茂川の自然の中の鷺たちと比べてしまいます。
 牡丹園と古石場橋の方を見ながら、じっとしています。

140126_sagi2




 賀茂川の鷺たちとは顔立ちが違います。
 お江戸の鷺は小綺麗で、都会的な雰囲気を漂わせています。
 ここの鷺は、哲学的な思索に耽っています。

 京洛の鷺は、何も考えずに日がな一日立ち尽くしているか、何か食べ物を探しています。

140126_sagi3





 この違いは、誰の目にも明らかです。
 そんな目で、東西の鷺を見比べたらおもしろそうです。
posted by genjiito at 23:13| Comment(0) | 江戸漫歩

2014年01月25日

江戸漫歩(71)畠山記念館の利休展

 東京・白金台にある畠山記念館では、現在「冬季展 千少庵没後400年記念 利休とその系譜」(平成26年1月18日〜3月16日)が開催されています。

140125_hatakeyama




 今年が利休の子息少庵(1546〜1614)の没後400年にあたることから、それを記念しての展覧会です。

 千家(表千家・裏千家・武者小路千家)に縁のある道具類が展示されていました。
 ゆったりとした展示室なので、時間をかけて見ることができました。
 まだ、その良さはよくはわかりません。しかし、桃山から江戸時代にかけての銘品と言われる品々なので、とにかく今はお茶道具を見ることだと思い、脚を運びました。

 つい、利休の消息などは読んでしまいます。いつもと違う書写形式と字体なので、ガラスに貼り付いて文字を追うことになります。私は漢字が苦手なので、これもいい勉強になります。

 興味をお持ちの方は、ウェブで「展覧会チラシ」「出品目録」が見られますので、参考になさってください。

 なお、京都にある茶道資料館副館長の筒井紘一先生が、「利休を語る」(2月9日)と題して講演会をなさいます。この日は、ちょうど私はベトナムにいる時なので、お話をお聞きできないのが残念です。
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | 江戸漫歩

2014年01月24日

私のパソコンの不具合が暫定的ながら解消

 MacBook Pro を購入後、というよりも昨秋リリースされた新OS「マーベリック」になってから、パソコンを使う日々の中で相変わらずさまざまなトラブルに直面しています。

 「住所録」で顔写真が一部しか表示されない件については、10日前の以下の記事で報告した通りです。

「アップルの丁寧なサポートに好感を持つ」(2014/1/13)

 この件は、その後もずっと保留となっていました。
 そして、サポートを担当してくださっているアップルのスペシャリストのOさんと、電話で90分以上の長きにわたる対応を複数回にわたって受けることにより、暫定的ではありますが急場を凌ぐことになりました。

 私のユーザーアカウントとiCloudが関係することや、ジャストシステムの「ATOK」の問題、そしてグーグルドライブ等々、さまざまな原因が突き詰められたのです。

 今日の結論としては、グーグルドライブを削除することにより、画面が頻繁に点滅して作業をやり直すことの繰り返しは避けることができました。
 これによって、コピー中に画面がリフレッシュされてコピーが1分ほどで中断されることの繰り返し現象は回避できるようになりました。これは、ストレスの溜まる現象でした。

 「連絡先」というアドレス管理ソフトの顔写真については、iCloudの「連絡先」なら画像がズレないので、当面はこのウエブ版で登録すればトラブルは回避できることがわかりました。面倒なことですが、一つの対処ではあります。
 ただし、アプリケーションの「連絡先」では、依然として顔写真が左下4分の1になるので、これはさらに今後の課題として残っています。

 とにかく、私のパソコンの画面共有をしてもらい、考えられる限りのことをしてもらってのことなので、後はアップル以外のアプリケーションとの相性の問題を突き止めるしかないようです。

 毎日、どうにかならないものかと気になっていたことが、こうして少しずつ解決されていきます。

 それにしても、今回の新OSは、今までで一番不出来なもののように思えます。
 20年ほどアップルの製品と付き合っています。特に今回の新OSでは、問題を抱えながらユーザー側がそのトラブルに振り回されるのですから、機械運の悪い私にとってはとんでもない日々を送っていることになるのです。
 かといって、さらに使い勝手の悪いウインドウズに転向する気はまったくないので、アップルさん酷いですよ、と言いながら使い続けるしかありません。一日も早くさらに新しいOSの出現を待つしかありません。

 コンピュータというハードウェアは、未だに未成熟な分野なので、その不完全なマシンをいかに日々の中で騙し騙し使い熟すか、ということが問われます。
 そのためにも、そうしたハードウェアやソフトウェアを提供するメーカー側も、粘り強いサポートをサービスとして提供することが、今後とも大事な問題となっていくのです。

 私が直面している、手に負えない問題点のすべてが解決したわけではありません。しかし、今回の対処で、スペシャリストの方が諦めることなくサポートしてくださったことに、あらためて感謝したいと思います。

 私のシステムは、ちょうど1週間前にもどして、今は何とか使い出しました。ということは、この1週間のものは、そのすべてが完全に復元はされていません。
 例えば、「iBooks」に登録していた書類やPDFはすべてが消えているので、再度登録し直しです。こうした面倒なことを、これから数日かけてやるつもりです。

 このことで、いろいろとご迷惑をおかけする方々がいらっしゃるかと思います。
 このような状況にあることをご理解いただき、行き違いなどについては気長にお付き合いいただければ幸いです。

 なお、今回のトラブルまみれの日々の中で、予想外に大きな収穫がありました。それは、さまざまな情報や書類を何でもかんでもEvernoteに登録していたことです。データを復元するにあたり、自分が作ったり収集した情報がこのEvernoteの中にあったために、大いに助けられることになりました。あらためて、Evernoteの有り難さを再認識することとなったのです。
posted by genjiito at 23:55| Comment(0) | ◆情報化社会

2014年01月23日

読書雑記(92)浅田次郎『活動寫眞の女』

 昨日の記事「京洛逍遥(304)京都府立鴨川公園と目玉の松ちゃん」を受けて、京都の映画草創期を扱った作品を取り上げます。

140119_katusou





 本作品では、映画の全盛期から衰退の様子について、次のように語っています。


「映画少年」という言葉は今や死語であろう。だが、テレビの普及する以前の邦画全盛期に育った僕らは、およそ何入かに一人がまちがいなく「映画少年」だった。
 なにしろ町なかにはやたらと映画館があり、東宝、東映、日活、松竹、大映という邦画五社がこぞって週替わり二本立ての映画を上映していたのだ。
 もっとも、僕が京都に行ったそのころには、そうした隆盛の時代もうたかたのごとく去り、映画館は続々と閉業していたのだが。
 東映は伝統の時代劇からヤクザ路線へと転換し、東宝は時代におもねったグループ・サウンズの歌謡映画を作っており、日活は青春アクション映画を見限って、ロマンポルノの時代に突入していた。大映は最後の力をふりしぼった大魔神の像とともに消え去ろうとしており、とりわけ金看板の市川雷蔵がその年の夏に三十七歳の若さで死んだことは、邦画の凋落を象徴する出来事だった。(54頁)


 ちょうど私の青春時代と一致している頃の話です。

 そもそも日本に映画を持ち込んだのは、京都の実業家であった稲畑勝太郎です。1896年のこと。稲畑はリヨンで学んだ後、エミュエールが発明した技術と機器を、京都に持ち帰ったのです。京都電灯会社の庭で映写会をしたのです。

 本作品の中に出て来る京大北側の進々堂でのシーンは、いかにも京都らしい設定です。

 京都府立鴨川公園に、尾上松之助の銅像があることはすでに書きました。その松之助のことは、本書にはほんの少しだけ、それも一カ所で触れているだけです。

 本作の恵まれなかった女優の話は、私には中途半端な作り事に思え、退屈な思いをして読み進めました。この話の中では、プラスには働いていない設定のように思えるのですが。

 話の幕間に置かれた映画史とエピソードが、おもしろい味付けとなっています。
 この作品は、小説としての出来は評価できません。しかし、映画興亡史をわかりやすく知ることができる点では、少しは意味があるかもしれません。もちろん、小説としてではなくて、単なる読み物として。
 とにかく、彷徨える霊魂の話は説得力に欠けるため、作品全体が読者に迫ってくる迫力はありません。

 後半は話に真実味がなく、オタクの映画ネタに頼って展開するだけでした。
 一応、京都と映画史を扱った読み物がある、という意味で紹介しておきます。
 駄作です。【1】

書誌情報︰1997年に双葉社から単行本として刊行
     2000年に文庫版として双葉社から刊行
posted by genjiito at 23:51| Comment(0) | 読書雑記

2014年01月22日

京洛逍遥(304)京都府立鴨川公園と目玉の松ちゃん

 京都は、映画と縁の深いところです。
 真如堂を訪れた時の話の中でも、境内の一角に建てられていた映画に纏わる碑文のことを書きました。

【4.1-京洛逍遥】「京洛逍遥(66)真如堂」(2009/5/4)

 日本で映画が最初に上映されたのは、明治30年(1895)の京都だそうです。
 真如堂の「京都・映画誕生の碑」は、明治41年(1908)に京都で歌舞伎の劇映画が創られて100年目を記念してのものでした。

 もう一つ、目玉の松ちゃんの愛称で知られる尾上松之助の銅像が、京都府立鴨川公園の葵地区にあります。

140119_matunosuke




 この銅像は昭和41年2月に、明治から大正にかけての映画・舞台・歌舞伎俳優だった尾上松之助(1875-1926、中村鶴三)の寄進によって建てられた住宅が老朽化で取り壊されることになり、その功績を後世に遺すために当時の京都府知事蜷川虎三の提案で建てられたものです。(「京都通」より)
 銅像の裏側に、蜷川虎三の名が刻まれています。

 歴史を見ると、1897年2月に四条河原の鴨川の堤防(河原町の電灯会社の庭)で、映写機による「ルミュエール・シネマクラブ」の試写会が行われたとされています。「松竹下賀茂スタジオ」では、田中絹代、長谷川一夫、高田浩吉、市川右太衛門などの往年の映画スターが鴨川で撮影をしています。

 これに関連した話は、浅田次郎の『活動寫眞の女』で語られています。
 その読書雑記で、このことについては触れる予定です。

 なお、この銅像が建つ公園の入口には、こんな風情のないパイプが取り付けられています。この右手が賀茂川です。京都の景観を壊すものなので、大至急撤去してほしいものです。

140119_kamopark1




 このスチールパイプの出迎えを受けて公園の中に入ると、しばらく歩いた左手に、かわいいタヌキが迎えてくれます。

140119_kamopark2




 なぜこの公園にタヌキなのかは、今もってよくわかりません。
posted by genjiito at 23:17| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2014年01月21日

京都で『十帖源氏』を読む「須磨_その10」

 遅ればせながら、先週土曜日に開催された『十帖源氏』を読む会の報告です。

 今回はいつもより多くの参加者で盛り上がりました。
 さまざまな年齢層の方からの意見は、非常に参考になります。
 現代語訳の検討も、いろいろな言葉で提案されると、ああでもない、こうでもない、と考えるのが楽しくなります。

 先週保留した「船にこと/\しき人がたのせて」というところの現代語訳から始まりました。
 担当者の訳は「船に大掛かりな人形を乗せて」でした。この「大掛かりな」という訳では、各国の方々が困るだろう、ということから再検討となった言葉です。
 「こと/\しき」は、単なる大きな人形ではないことを踏まえて、「工夫した人形を船に乗せて」となりました。

 この場面は、『十帖源氏』(早稲田大学本)ではこんな挿絵が付されているところです。
 早稲田大学のサイトの画像をお借りしたのは、国文学研究資料館から公開されている画像には裏写りが明瞭で例示に適していないものだったからです。

140119_sumae




 「ひぢかさ雨とかふりて、あはたゞしければ、みなかへりなんとするに、かさもとりあへず。」とある文については、時間かけて検討しました。まさに、異論百出です。

 「ひぢかさ雨とか」は「急に大雨が」となり、「かさもとりあへず」は、「笠を取る暇もありません。」となりました。ここは、「肘笠雨」という言葉は海外の方々に伝える言葉としては残さずに、言い換えてしまうことにしました。
 「かさ」は今の傘とは違って「箕笠」なので、「笠」になりました。立命館大学の所在地を指す「衣笠」の「笠」です。

 続く「海はふすまをはりたらんやうにひかりみちて、神なりひらめく。」も、時間をかけて熱い討議となりました。

 「ふすま」については、建具の「襖」ではなくて、夜具の「衾」であることの確認から始まりました。直後に「ひかりみちて」とあるので、ここの現代語訳は「絹の夜具を一面に拡げたように」となりました。

 「神なりひらめく。」も、おもしろいく展開しました。
 発端は、中国で雷はその音だけが意識され、光は雷には伴わない、ということでした。「風神雷神図」のことが思い起こされます。
 中国の雷はサンダーであって、ライトニングの意味はないのだ、と言われると、日本の文化に馴染んでいる者としては困惑します。同じことが、英語やドイツ語にも言えそうだ、ということになりました。このあたりは、文化の違いの問題となります。

 結局は、「雷鳴がとどろき、稲光が走ります」となりました。
 みんな、これで納得し、大満足です。

 次回は、3月1日(土)午後1時から、場所はワックジャパンです。
 あと数行で「須磨」巻が終わります。次は、「明石」巻に入ります。
posted by genjiito at 23:55| Comment(0) | ◆国際交流

2014年01月20日

予約を入れていない日の病院の診察

 上京前のお昼過ぎまでは、京大病院の診療棟の中で長い時間が過ぎていきました。
 朝一番に受付へ行きました。当初入っていた診察日に行けなくなったため、当日の診察に変更してもらうのです。
 電話でも予約の変更はできます。しかし、電話などの正規の手続きでは、次の診察は1ヶ月後になることがわかっていました。そこで、当日の受付で診察をしてもらうことにしたのです。
 ただし、予約が入っていない診察なので、患者さんの隙間に入れてもらうことになり、待ち時間が長くなるのです。

 しかたがありません。私の予定が立て込んでいるため、京大の診察日に当てている月曜日と金曜日が、主治医の先生とうまくシンクロしないのです。

 今日は、夜に荻窪で『十帖源氏』を読む会があります。京大病院がある聖護院から荻窪までは、4時間あれば行けます。そんな時間計算のもとに、思い切って病院に飛び込んだのです。

 ただし、2つの診療科を掛け持ちするので、余計に時間がかかります。
 そんなこんなで、朝8時から午後2時までの6時間を、診療棟で過ごすことになりました。
 私はこの病棟の雰囲気が気に入っているので、長時間でも気になりません。また、勝手知ったる病院でもあります。くつろげるスペースは熟知しています。

 待ち時間は、次から次へと入ってくる仕事のメールへの対処で潰れました。
 途切れることなく国内外からメールでの連絡が入って来るので、24時間いつも仕事の待ち受け状態の日々です。かつてのドリンクの宣伝そのままに、24時間働いているのです。
 今日は、院内にいた6時間で20通ほどの返信メールを出しました。ノートパソコンとiPhoneを駆使しての孤軍奮闘です。

 無事に診察が終わり、おなかが空いたので院内のレストランで健康食のハンバーグをいただきました。ここのレストランの方々は、実によく気の利くメンバーです。何か用事があって席を中座された方の料理には、さっと調理場へ持ち帰り、ラップをかけて元のテーブルに置かれるのです。見ていて、気持ちがいいほどです。
 京都府立医科大学病院の中にあるシェフのレストランといい、今や大学病院のレストランは様変わりしています。

 食事も終わり、さあ上京するために京都駅へとバスに乗って座った時、上着のポケットに入れていた病院内呼び出し機(ポケットベル)が圏外にあることを知らせていることに気付きました。
 しまった!
 機器を返却するのを忘れていたばかりか、まだ清算をしていなかったのです。

 慌てて次のバス停の東大路二条で降り、東大路通りを北に向かってまっしぐらに走って病院まで引き返しました。

 新幹線では、職場からのメールに8通の返信をし、文庫本を1冊読み終え、東京駅の連絡改札を出ようとしたときです。突然メールが飛び込んできました。この会をとりまとめてくれている畠山君からです。本日の『十帖源氏』を読む会の参加者は、風邪のために欠席が多いとのことです。

 しばらくして、さらに欠席者が増えたとのことで、急遽本日の勉強会は休会にすることとなりました。
 今日は、荻窪駅前の「あんさんぶる荻窪」で6時半から始まるはずでした。時間は開始1時間前の5時半です。私はそのまま、地下鉄かJRで荻窪駅に向かうところでした。

 今日から参加するインドの留学生と、中国の留学生に大至急電話とメールをしました。
 間一髪、なんとか連絡がつきました。

 今日も、慌ただしい1日でした。
 東京は風邪が流行っているようです。
 今夜は早めに温かくして休むことにします。
posted by genjiito at 23:54| Comment(0) | 健康雑記

2014年01月19日

京洛逍遥(303)賀茂川に出現したかまくら

 今朝は雪です。寒い京洛です。
 午後には雪も解け出しました。
 玄関の横のタヌキも、その姿を現わし出しました。

140119_tanuki




 賀茂川散歩に出かけると、なんとかまくらが北大路橋の手前に聳え立つようにして置かれています。

140119_kamakura1




 あたりには雪がまったくないので、何となく不思議な存在となっています。
 背景となっている北山では、もう雪は消えています。

 かまくらには、まだ人が入っていて、中から雪を掻き出しておられます。

140119_kamakura2




 どうやら、朝から雪を集めて来て、ここまで形を作ったもののようです。
 賀茂川とは珍しい取り合わせで、楽しませてもらいました。

 すぐ目の前の中洲では、鷺がそれを無視するかのように、じっと下流を見やっています。

140119_sagi2




 川岸には、束の間の日向ぼっこを楽しむ鷺がいました。水の冷たさを避けるように、のんびりしているさまは、ペンギンを思わせます。

140119_sagi1





 賀茂川で、寒気と陽気を、期せずして同時に感じることができました。
posted by genjiito at 22:33| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2014年01月18日

京都で『源氏物語「蜻蛉」』の写本を読む(第7回)

 京都では、ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』の「蜻蛉」巻を読み進めています。

 ワックジャパンはどんなところですか、とよく聞かれます。
 中庭から町家の母屋を見ると、風情のある建物であることがわかります。

140118_wak1




 この2階の和室をお借りして、月に1度の勉強会をしています。
 今日は、男性2人と女性6人の8名で、いろいろと意見を言い合いながら読んでいきました。

140118_wak2




 休憩時間に出た今日のお茶菓子は、ちょうど今の季節にふさわしい椿餅でした。これは、平安時代からある古い餅菓子です。
 今日の椿餅は、三十三間堂の向かいにある七條甘春堂の和菓子でした。しかし、私が食べることに夢中になり、写真を撮るのを忘れてしまいました。そこで、「とらや」ホームページの「紫式部と椿餅」(掲載日︰2001年4月1日)にあった、きれいな写真をここに引かせていただきます。

140118_tubaimoti




 『源氏物語』の第34巻「若菜上」に、蹴鞠の後の饗宴でこの椿餅が出てきます。『河海抄』によると、現在の道明寺粉のようなものを甘葛の汁で練って団子のようにして、それを椿の葉の間に俵形の餅を挟んだもの、とあります。今日みんなで食べた椿餅は餡が入っていました。しかし、平安時代は餡もなく、味ももっとさっぱりしていたのではないでしょうか。現代が砂糖漬けの食生活なので、この味から平安時代に想いを及ぼすのは難しそうです。
 京都のお茶席では京菓子として、冬から初春にかけて出されるようです。関東のお茶席ではどうでしょうか。いつか調べてみたいと思います。

 ひとしきり和菓子談義に耽った後、今回も字母の確認から進めていきました。
 参加者のみなさんも、字母に関する感覚が、少しずつわかってきたこともあり、順調に進みました。

 私があらかじめ作成して配布した資料に関して、説明を要する箇所がありました。それは、行末の右横に記された文字をどうするか、というものです。

140118_ni_2




 3丁ウラ2行目行末と、後から2行目行末の「ニ」という文字は、補入か、傍記か、一行に書ききれなかった文字の書き添えか、ということです。

 結論としては、行末の追い込みとしての文字だと判断し、補入とも傍記とも異なるものだとしました。
 今日は、3丁ウラまで字母の確認を終えました。

 ここまでの本文の字母は、次のようになります。前回の資料に付け加えたものとして掲示します。
 また、末尾に字母別出現回数も添えておきます。


ハーバード本 52蜻蛉 字母版 その4(140118_確認済)

  [1]浮舟の失踪に大騒動となり右近と侍従は浮舟が入水した思う
                    【1931/12:520001】
[1]加之己尓者比登/\・遠波勢奴越・毛止免左者
个止可比奈之・毛乃可多里野/比&野・飛免幾三乃/免&飛・人尓・
奴春末礼堂良無・安之多乃・也宇奈礼八・久八
之宇毛・以比川遣須/川+川・幾也宇与利・安里之・
川可比乃・返寸・奈利尓之可葉・於保川可奈之止
天・末多・人・遠己世多里・末多・止利能・奈久二
奈无・以堂之多天左世・給部累登・川可比乃・
以不尓・以可尓・幾己恵无・免乃止与利・八之
女天・安八天末止不・事・可幾里・那之・思由留・
可多・奈久天・堂ゝ・左波幾安衣累遠・可乃・心・志礼留(1オ)」

登知那无・以三之宇・毛乃・思給部里之/之&部里・左末遠・
思以川留尓・身越・奈个・給部累可登・
於毛飛与利遣累・奈久/\・古乃・文遠・安遣
堂礼波・以登・遠本川可奈左尓奈无・思川ゝ・
末止呂末礼・八部良奴尓也・己与比八・由免尓堂
仁/多尓&尓堂・宇知登計天毛・身衣寸・越曽八礼川ゝ・
心知毛・礼以奈良須・宇多天・侍遠・奈越・以登・遠曽
呂之・毛乃部・和多良世・給八无・事波・知可ゝ
武奈礼登・曽乃・程・古ゝ尓・武可部・堂天末川利
个无/个〈判読〉=天・遣不・安免・不利奴部个礼葉奈登・有(1ウ)」

与部乃・加部利己登止毛・安計天・美天・右近・以
美之宇・奈久・左礼八与・己ゝ呂本曽幾・事八・幾
古衣・給比个利・王礼尓・奈止可・以左ゝ加・乃多末
不・己止乃・奈加利个无・於左那加利之・本止与利・
川由・己ゝ呂・越可礼・多天末川留・己止・那久・知利八
加利・遍多天・奈久天・奈良比多留尓・以末者・
可利乃/可±幾・三知尓之毛・我遠・ゝ久良加之・个之
幾越堂仁・之良世・給者左利計留可・川良支・
事止・於毛不尓・阿之寸利止・以不・己止越・之天・
奈久・左満・和可幾・己止毛乃・也宇奈利・以三之久(2オ)」

於保之多留・御个之幾八・三・多天末川利王
多礼登/波&登・加計天毛・加久・奈部天奈良須・於止呂/\
志幾・事・於保之与良武・毛乃止八・美衣給
者左利川留・人乃・御心左万越・奈越・以可尓・之
川留・己止仁可止・於保川可奈久・以美之・女乃止八・
奈可/\・毛乃毛於保衣天・太ゝ・以可尓・世无・/\止乃三
  [2]浮舟を心配して匂宮が文を遣わし従者は浮舟の死を伝える
                  【1932/18:520174】
曽・以者礼个留・[2]三也仁毛・以止礼以奈良奴御个之
幾奈利之・御返・以可尓・於毛不奈良无・王礼遠・佐
寸可尓・安以遠毛比多留左末奈可良・安多奈
留・心奈利止乃美・不可久・宇多加比多礼八・本可部(2ウ)」

以幾加久礼奈无止尓也・阿良无止・於保之左者幾
天・御川可比・阿利・安留・可幾利・奈幾万止不・本止二
天・御文毛・三・太天万川良須・以可奈留曽止・計
寸遠无奈尓・止部八・宇部乃・己与比・尓八可尓・宇世
左世・給比多礼八・毛乃毛・於保衣左世・給八春・多乃
毛之幾・人毛・於者之満左奴・於利奈礼八・多ゝ左不
良比・給・人尓八・毛乃尓・安多利天奈无・万止以・給
止・以不・己ゝ呂毛・不可久・之良奴・於乃己尓天・久者
之宇毛・止八天・末可利奴・加久奈无止・申左世多留二・
由女止・於保衣天・以止・安也之宇・以多宇・和川良不(3オ)」

止毛・幾可春・比己呂・奈也末之止乃三・阿利之
加登・幾乃不乃・加部利己止波・左利計毛奈久天・
川祢与利毛・於可之計尓加幾多利之毛乃越止・
於保之也留・可多・奈个礼八・止幾可多・以幾天・个之
幾美与/与〈ママ〉・多之可奈留・己止・止比幾个止・乃多末
部八・加乃・大将殿・以可奈留・己止可・幾ゝ・給・己止・八部
里个无・止乃以・寸留・毛乃・於呂可奈利奈无止・以
末之女・於保世良留止天・下人乃・万加利入遠・
美止可免止比・侍奈礼八・川久留/±己止・己止・奈久天・
止幾加多・末加利多良无越毛乃ゝ幾己衣侍良八(3ウ)」

【3ウまでの字母数】 総文字数,1114/使用文字数,65
止,53/奈,50/可,45/之,43/乃,37/利,35/多,34/毛,33/以,32/天,30/尓,28/幾,28/八,27/己,23/川,22/礼,22/留,21/良,21/於,20/久,20/左,20/末,18/比,18/加,18/部,17/无,17/不,15/ゝ,14/宇,14/个,14/登,13/越,12/安,12/給,12/遠,12/与,11/世,10/也,9/三,9/者,9/呂,8/衣,8/保,8/奴,8/美,7/計,7/堂,7/里,7/免,7/御,6/曽,6/知,6/寸,6/人,6/波,6/本,5/万,5/事,5/\,5/心,4/由,4/思,4/女,4/累,4/須,4/遣,4/阿,4/王,3/武,3/和,3/侍,3/古,3/那,3/二,3/春,3/仁,3/太,2/満,2/文,2/身,2/志,2/葉,2/返,2/飛,2/入,1/下,1/殿,1/将,1/大,1/祢,1/申,1/佐,1/支,1/我,1/遍,1/近,1/右,1/有,1/程,1/恵,1/能,1/+,1/無,1/野,1/勢,1


 次回は、3月1日(土)午後1時から、場所はワックジャパンです。
 本文異同の確認と、ここまでの解釈をすることになります。
 体験してみたい方は、いつでもお立ち寄りください。
 ただし、資料の準備がありますので、あらかじめ本ブログのコメント欄を利用して参加の希望をお知らせください。

 なお、ここワックジャパンの代表者である小川美和さんが、現在『京都新聞』の「オピニオン・解説」欄に「私の京都新聞評」として執筆中です。
 今日、1月12日付け紙面をいただきました。これは、第二回だそうです。第三回は来月2月9日に掲載されます。入手可能な方は、ぜひご覧ください。
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ◆源氏物語

2014年01月17日

あてにならないインターネットセキュリティ対策

 インターネットにおける個人情報が、世界各地に漏洩しているようです。
 また、メールなども、ある機関が勝手に悉皆的に収集しているようです。

 つまり、個人メールはもちろんのこと、パスワードなどのさまざまな個人情報が、しかるべき組織や人が見ることのできる状況にあるようです。言葉を変えると、あらゆる個人情報がウェブ上に公開されていることが、インターネットの世界では常識だと言えるのです。

 自分は大丈夫だろう、被害には遭わないだろう、と思っていました。しかし、不安を煽るような事態に直面したことから、真剣に身を守ることを考え始めました。

 私は、1984年に、PC-9801F2と音響カプラを使ってコンピュータ通信を開始したので、もう30年もネット社会に身を置いています。恥ずかしながら、今頃になって本当に危機感を感じ出しました。注意はしていたのですが、しょせんは他人事だったのです。

 さて、どの程度、個人情報が世界中にばらまかれているのかは、疑心暗鬼になってもしかたがありません。オンラインでデジタル信号を流すのですから、考えてみれば当たり前のことなのです。個人情報はすべてが公開されていることを前提にして、問題が発生したときの対応をしっかりと考えておくしかない、ということになりそうです。

 さて、そのインターネットのセキュリティソフトを導入するにあたり、脳天気なソフト会社に出くわしました。ここまで無頓着なのか、と呆れるよりも、ネットビジネスの現場での感覚がマヒしている状態を知り、あらためて自分自身の守り方を思案するようになったのです。

 ことの発端は、インテゴという会社の「Intego Mac Premium Bundle2013 - 3Mac - 1year protection -」をアクト・ツーという会社を通して導入した時です。

 インストール後に、入力を促されるパスワードが、どうしても一致しないのです。
 そこでパスワードを忘れたということにしてクリックすると、すぐに以下のメールが届きました。


大切なIntegoのお客様

NetUpdate をご使用のユーザ様へ。
あなたの登録した Email アカウント ●@●.● とともに登録されたパスワードは以下です:
●●●●
サーバは以下の間違ったパスワードを受け取りました:
■■■■

以下の手順で NetUpdate を再度設定することをお勧めします:
- NetUpdate 環境設定から「Email / パスワード」タブを選択します
- フィールドを変更するためにカギをクリックしシステム認証を行います 現在設定されているパスワードは以下と思われます:
■■■■
- 「パスワード」および「確認」フィールドに以下の正しいパスワードを入力してください:
●●●●
- 「今すぐ確認...」ボタンをクリックしてください


痒いところに手が届くほどの、懇切丁寧な説明が、こうして登録していたメールアドレスに届きました。
そこまであからさまに、具体的にパスワードを文面に書かなくても、と思いました。

指示通りにすることで、うまく手続きが終わりました。そこで、パスワードが古いものだったので、新しいものに更新しようとしました。しかし、それがうまく更新できないのです。

あらためて、メールで以下の質問をしました。


NetUpdate の環境設定でパスワード入力欄があります。
ここに設定しているのは4、5年以上も前の昔のもののようです。
どうすればパスワードが変更できるのでしょうか。
この点での本アプリのユーザー側でのセキュリティ対策に疑問を持ち出しました。
数年前から御社の製品を使わなくなったのは、こうした点での不快感からでした。
また使おうと思ったのですが、また不信感を抱き出しました。


これに対するサポート担当者からの返信は以下のものです。これは、驚くべき内容です。


インテゴ・サポート (Intego Support)
01月17日 06:18

お問い合わせありがとうございます。
NetUpdateに登録いただいているパスワードを、お客様自身で変更することはできません。
変更を希望される場合は、当方にて変更いたしますので、NetUpdateに登録されている電子メールアドレスとパスワード、そしてご希望の新しいパスワードを返信いただけますでしょうか。
よろしくお願いします。

インテゴ・サポート


送られて来たメールのタイムスタンプを見ると、15時間の時差があります。
日本語のサポートは長野県安曇野市とありますが、ここから類推すると、この返信は以下の国から発信された可能性が高のです。


アメリカ【中部】(シカゴ)
カナダ【中部】
メキシコ(メキシコシティ)
ルサルバドル(サンサルバドル)
グアテマラ(グアテマラシティ)
ニカラグア(マナグア)


それはともかく、この、パスワードを自分たちで管理し、変更も自分たちでしかできない、というのですから驚愕です。実際にはそうであっても、これは言ってはいけないことだと思います。

感謝の気持ちを込めて、以下の返信をしました。


インテゴ・サポート 担当者さま

パスワードについて了解しました。
パスワードに関しての理解が、御社と私の間で相当乖離するようなので、私自分の身を守るためにパスワードの変更はしません。パスワードが意味がをなさないからです。
私の購入履歴を調べたところ、「4、5年以上も前の昔」と書いたのは勘違いで、8年前の「インターネットセキュリティバリアX4」からでした。
さらに、昨春より「ウイルスバリアX6」も購入していました。
パスワードがこんなに粗末に、無頓着に扱われているとは、今初めて知りました。


後で詳しく自分の購入履歴をしらべたところ、私はこの会社のセキュリティソフトを8年も前から使っていたのです。
「インターネットセキュリティバリアX4」
「BackupEdition」
「AntiSpamEdition」
「Internet Security Barrier X5 Antispam Edition Upgrade」
「ウイルスバリアX6」

このソフト以外に、私はシマンテック社の「ノートンインターネットセキュリティ」も使っています。これは、1980年代から「ノートン ユーティリティーズ」として開発発売されていた、ピーター・ノートンの流れを継ぐものです。いわゆるノートンさんに愛着があり、最近まで使っていました。しかし、サポートが悪いので昨春からインテゴのソフトにすべてを統一したのです。

とにかく、自分の情報を守るためのソフトを開発販売している会社が、こんな低いセキュリティ意識しか持ち合わせていないのですから、本当に困ったことです。
posted by genjiito at 23:54| Comment(0) | ◆情報化社会

2014年01月16日

『源氏物語』の写本と800年の時空に遊ぶ

 今西裕一郎館長の科研(A)のお手伝いをしています。
 今年度の報告書には、国文学研究資料館に収蔵された通称「榊原本」全16巻の翻字を収録する予定です。この鎌倉時代に書写された写本「榊原本」の正確な翻字が、多くの方々の協力によって完成しました。ただし、それは1年前に刊行された写真版(国文学研究資料館影印叢書4)をもとにしたものです。また、国文学研究資料館のホームページからは、「榊原本の全丁のカラー写真」が公開されています。

 この3日間は、実物の写本を見て、あらかじめチェックされた疑問箇所などの確認を、原本をもとにして精査しました。写本の翻字は、やはり原本を見ると多くの疑問が氷解します。

 朝早くから写本漬けの日々は、久しぶりです。
 勢いよく取り組んだものの、予定の3分の1のところで時間切れとなりました。
 今回の報告書に収録する翻字資料に、原本で丹念に確認したものは間に合いません。
 用意されている翻字データは、ナゾリや削除された箇所について少し不正確な部分はあります。
 しかし、写真版からの翻字とはいえ、経験豊富で優秀なアルバイトの方々が丁寧に翻字してくださったものなので、利用に際しては何ら問題のない、質の高い資料です。

 今回の原本による確認作業は未完となったので、次は夏までに完了させるつもりです。

 この確認調査を進める中で、おもしろい例にたくさん出会えました。
 その内の一つを紹介します。

 第4巻「夕顔」(21丁オモテ8行目、写真版125頁)で、「ほをえまれ」(字母は「本遠衣万礼」)という字句があります。

140116_sakakibarahon




 この「を」という文字の下には、元の文字が少し見えます。その文字は、書き出してすぐに筆を止め、その文字を鋭利な刃物などで削り、そしてその上から「を」となぞり書きされています。

 眼を凝らしてよく見ると、「を」の下の文字は「保」と書こうして途中で止めたものであることがわかります。つまり、この写本の筆者は、「ほほえまれ」と書こうとしたのです。しかし、2文字目の「ほ」を書き出してすぐに、親本が「を」となっていることに気付き、慌てて「ほ」を止めて「を」と書き、そのまま「えまれ」と続けていったのです。

 今から見れば、「ほほえまれ」の方が表記としてはいいのです。筆者者の語感は正しいのです。しかし、そこをあえて「ほをえまれ」としたところに、この筆者が書写にあたって見ている親本に忠実であろう、という姿勢が見て取れます。

 文字をなぞった1文字から、ささやかながらも書写者の書写態度が見える例です。書き写された文字から、それを書いた人の姿勢や性格まで推測していると、800年以上も前にこの写本を写した人が身近な存在に思われます。その人の息づかいまで伝わってくるのですから、原典を読む楽しさというのは、時空を超えた世界に遊ぶことにもなるのです。

 こうした思いを、一人でも多くの若い方たちと共有するために、今回も初日は何人かの若手にも見てもらいました。800年前の筆者と対話できることの楽しさを、今後とも多くの方と共感をもって追認していこうと思っています。
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ◆源氏物語

2014年01月15日

井上靖卒読(175)「褒姒の笑い」「テペのある街にて」「古代ペンジケント」

■「褒姒の笑い」
 中国の説話を題材とした話です。幽王の褒姒に対する思いが背景にあります。褒姒が笑ったか否かが、歴史を動かしたのです。しっかりとした文章で、ナレーションのように語られています。ドラマチックに展開する要素を多分に含んだ小品です。【3】
 
 
初出誌︰心
初出号数︰1964年11月号
 
新潮文庫︰楼蘭
旺文社文庫︰洪水・異域の人 他八編
井上靖小説全集18︰朱い門・ローマの宿
井上靖全集7︰短篇7・戯曲・童話
 
 
 
■「テペのある街にて」
 沙漠の国である中央アジアへ行った時の紀行文です。その中に、ミハエルの話がおもしろく出てきます。旅先での実話を、少しずつ思い出すようにして語ります。その語り口に、ゆったりとした悠久の時の流れを感じさせます。異国の人との出合を楽しみ、慈しむ眼がいいと思いました。血が入り交じった民族と島国日本の違いについても、納得する内容でした。カスピ海に流れ込むアムダリアの川の水を見つめる井上靖の姿が、絵として浮かんで来ます。【2】
 
 
初出誌︰文学界
初出号数︰1966年1月号
 
新潮文庫︰道・ローマの宿
井上靖小説全集18︰朱い門・ローマの宿
井上靖全集7︰短篇7・戯曲・童話
 
 
 
■「古代ペンジケント」
 西トルキスタンの紀行文です。これは、アマチュアの考古学者が語るという形式で構成されています。巧みな語り口に、古代ペンジケントの様子が活写されています。それ以上に、その歴史を語る若者が印象的です。【2】
 
 
初出誌︰オール読物
初出号数︰1966年4月号
 
文春文庫︰崑崙の玉
井上靖小説全集18︰朱い門・ローマの宿
井上靖全集7︰短篇7・戯曲・童話
 
 
 
〔参照書誌データ〕
「井上靖作品館」
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | 井上靖卒読

2014年01月14日

読書雑記(91)高田 郁『ふるさと銀河線 軌道春秋』

 高田郁の『ふるさと銀河線 軌道春秋』(双葉文庫、2013年11月17日)は、これまでの時代小説とは一転して現代小説で構成されています。前作の「高田郁『あい 永遠に在り』」(2013/11/22)よりもさらに現代を舞台としています。新しい分野を開拓しようとする作者の、意欲的な作品群となっています。
 もともとは、川富士立夏というペンネームで漫画の原作を書いていた頃の作品群を、小説に書き改めたものだそうです。女性向けコミック誌『YOU』(集英社)に、「軌道春秋」として28回連載された、その漫画原作から8編を選んで小説にしたものなのです。「返信」だけは「あかぞえ」に寄稿したものだとか。
 双葉社を媒体にして、また新たな高田郁の作品群が拡がることは楽しいことです。

■「お弁当ふたつ」
 心温まる話です。平和そのものの日々が、意外な展開となります。そして、夫と妻の別々の行動が、一つに交わります。新しい高田郁のスタートです。元気が出る話となっています。【5】

■「車窓家族」
 人それぞれに、自分の過去を照らしてものを見ているのです。車窓から見える文化住宅の一室が、人々にさまざまな思いをさせていました。その話の仕掛けが巧みです。車窓をめぐる一コマが、朗らかに語られています。【3】

■「ムシヤシナイ」
 1本の包丁を通して、心の交流が描かれます。オジイチャンと孫の心温まる話です。そして、駅の蕎麦屋の存在が、大写しになります。【3】

■「ふるさと銀河線」
 関寛斎つながりで『あい 永遠に在り』が思い起こされます。北海道の雄大な自然の中で、星子の心の中が語られています。夜の空を見上げながら、星子が思う「羽ばたく勇気」が伝わってきます。【5】

■「返信」
 亡き息子の面影を抱いての陸別への旅をする夫婦。家族というものを考えさせられます。そして、「何もないところですが、そこがいいのです」という言葉が印象的でした。星空が残影として心に滲み込んできます。【5】

■「雨を聴く午後」
 「みっともなくても生きる」というセリフが心に残りました。また、セキセイインコが印象的です。内容は変化がなくて、不自然な設定です。しかし、人の心情は丁寧に描かれています。【2】

■「あなたへの伝言」
 前作「雨を聴く午後」をなぞるように展開します。アルコール依存症を扱う物語です。しみじみと、決意の固さが伝わってくる作品です。【3】

■「晩夏光」
 しだいに記憶をなくしていく母親の気持ちがよくわかります。そして、その母を見つめる息子が、感動的に描かれています。【4】

■「幸福が遠すぎたら
 学生時代の思い出が交錯する3人の待ち合わせ場所は嵐山です。充実した日々を振り返りながら、今の苦悩がお互いを慰めます。心が弱った時に読むと、勇気をもらえます。【3】続きを読む
posted by genjiito at 22:59| Comment(0) | 読書雑記

2014年01月13日

アップルの丁寧なサポートに好感を持つ

 昨秋からずっと困っていたことで、先般サポートを受けてから連絡が途絶えていました。
 早々に解決したかったので、ネットから申し込んで電話サポートを受けました。
 これが、なかなか迅速な対応で好感が持てました。
 いちいち銀座のアップルストアへマシンを持っていかなくても、居ながらにして問題が解決するのです。
 これは便利なサービスです。

 今回は、以下の2点についてのサポートを受けました。
 
(1)住所録で顔写真が一部しか表示されない件。
 アップルの住所録である「連絡先」の項目の中には、連絡相手の顔写真を表示させることができます。
 その写真が、新しい MacBook Pro にしてから、登録した顔の右下しか表示されません。


140113_kao




 これは、2ヶ月前にもサポート担当者に対処をお願いしたことです。その後、何も返事がないので、こちらからネット経由でサポートの依頼をし、対応してもらいました。
 ネットで電話による対応を希望すると、確かに2分以内にこちらが指定した番号に電話連絡がありました。これは便利です。

 ただし、途中で待っている内に電話が切れ、その後何も連絡がないので、またこちらからネットで再度のサポートをお願いする、ということになりました。
 そして、すぐにつながった次の方との話で、先ほど待ってくれと言われた件の内容が記録に残っていないとのことで、またまた説明することになりました。
 そして、電話口の方では問題解決ができないとのことで、アップルのスペシャルチームの方に変わられました。これは、昨秋と同じです。

 そして、アップルの専門家チームの方が私のパソコンと画面共有する中で、いろいろとやりとりをしました。これも、昨秋と同じです。

 その結果、これは「連絡先」に読み込まれた写真が4分の1になっていることから、その原因が推測される展開となりました。
 私のパソコンは、最新の高解像度レティナディスプレイです。そのことに起因する問題と思われる、という結論に至りました。つまり、レティナタイプのディスプレイは、通常の4倍の表示が可能なので、そのために、写真の表示が4分の1になっているのであろうと。
 確かに、レティナディスプレイではないパソコンでテストをすると、そこでは正常に写真が読み込まれます。
 とにかく、技術スタッフに確認して、後日結果を教えてもらえることになりました。
 これがレティナモデルの仕様によるものであれば、現在のところ対処できないそうです。
 他に私と同じ問い合わせがないかと訊ねると、そのような情報はないとのことでした。
 何とも不可思議なことです。とにかく、後日の報告を待つしかありません。
 
(2)iPad mini のシステムをバージョンアップできない件。
 どうしても iPad mini のシステムのバージョンアップができません。メモリの容量が足りないとのことです。
 iPad mini に保存した画像が18ギガもあるので、それを削除して対処しようとしました。しかし、何をやってもメモリが足りなくてできない、との表示がでます。そこで、マックのパソコンにつなげたりと、いろいろなことをしました。それでも、画像を消してメモリを減らすことができません。
 電話によるサポートの結果、結局は、これまでに複数のパソコンで同期を取っていたことに起因する問題でした。つまり、同期したパソコンからでないと、新しいパソコンでは以前に送り込んだデータが消せないのだそうです。不可解な話です。
 そこで、パソコンのアプリである「iTunes」から iPad mini を初期化することによって、新しいシステムをインストールすることができました。そして、iPad mini にあった画像も、そのすべてを消去できました。
 
 デジタルデバイスは、まだまだ発展途上です。
 何か不都合な事態に巻き込まれると、個人では対処できないことが多いのです。
 その時に、しっかりしたサポート態勢が確保されていれば、当座は安心です。
 その意味からは、アップルのサポートは時間がかかることが難点だとはいえ、とにかく解決まで丁寧に、根気強く付き合ってもらえる点は評価できます。

 デジタル機器をはじめとして、私はいつもトラブルに遭遇します。そんな私にとって、このアップルの窓口は、貴重な時間が大量に消費されることには目を瞑るとして、これはこれで有意義で貴重な存在であることを実感しました。
posted by genjiito at 23:42| Comment(0) | ◆情報化社会

2014年01月12日

PDF版『スペイン語圏における日本文学』の公開

 今から10年前、『スペイン語圏における日本文学』(伊藤鉄也編、67頁、2004年9月23日発行)という小冊子を作成し配布しました。
 これは、科学研究費補助金(基盤研究B)「外国語による日本文学研究文献のデータベース化に関する調査研究」(課題番号︰15320034)の、2004年度研究成果報告書として少部数を印刷したものです。非売品だったこともあり、関係部局などに配布しました。

 また、これは以下に引用する「まえがき」で記したように、スペイン・サラマンカ大学で開催された日本資料専門家欧州協会(EAJRS)の研究発表資料でもありました。
 それが、出発直前に母親が突然意識不明になり、私がスペインへ行けなくなったのです。そこで、この冊子を参加者の人数分をサラマンカ大学に送りました。そのためもあり、日本国内にはあまり配布できませんでした。

 その後、地方の図書館の方々や、この冊子を図書館などで見かけたという方々から、残部があればもらえないか、との問い合わせをたくさんいただきました。ほとんどが、国文学研究資料館の総務課を通してのものであり、可能な限り手元にあった冊子を送っていただきました。

 昨年の夏以来、スペイン語訳『源氏物語』のことを本ブログに書き、昨秋には私がスペインへ行って『源氏物語』のスペイン語訳の話をしてきたこともあり、この『スペイン語圏における日本文学』がもらえないか、との問い合わせがまたまた増えてきました。

 多くの方々に、もう残部がないことを説明してお詫びしてきました。それでも、年末年始に残部の問い合わせがありました。
 増刷をしようか、と思案していたところ、PDF版で公開する方法を思いつきました。
 以下に、『スペイン語圏における日本文学』のPDF版をダウンロードしていただけるようにしました。冊子名をクリックしていただけると、ダウンロードできます。
 
PDF版『スペイン語圏における日本文学』(1.5 GB)のダウンロード
 
 これは、10年前にまとめたものです。あれから10年。情報は古くなってはいないとしても、新たな情報もあり、また補訂すべきものも多いかと思います。
 今回、PDF版で公開することにより、多くの方からの新たな情報や訂正のご教示をいただければ、この冊子の増補版を作成する契機にもなるのでは、と願っています。

 少し、この冊子の補足説明をします。

 カバーデザインは、研究協力者であったカーシャ・ガンデルスカさんの手になるものです。
 表紙には、スペインの国花「カーネーション」が置かれています。

140112_spanish1




 裏表紙には、私が当時母や妻子たちと住んでいた、河内高安に通じる業平道沿いの大和平群山中に咲いていた日本の国花「さくら」を配しています。

140112_spanish2




 表紙に浮かぶ文章は、Jesus Gonzalez Vallesによる夏目欺石『YOSOYUNGATO(吾箪は猫である)』(清泉女子大学人文科学研究所、1974)のスペイン語訳(冊子番号2参照)の冒頭部分です。

 目次は以下の通りです。


     目次

まえがき
1.解題編
2.資料編
  スペイン語圏における日本文学の研究論文一覧
  スペイン語圏における日本文学のサイトー覧
  スペイン語圏における日本文学の翻訳・研究書年表
あとがき
編集メンバー
人名索引


 小冊子ながら、今通読しても、なかなか充実した内容です。
 この冊子作成の経緯を記した「まえがき」も、ここに再現しておきます。


     まえがき

 2003年12月6日に開催された全国大学国語国文学会は、大阪大学の日本文学国際研究集会との共催でした。国文学研究資料館もこのイベントに共催参加しました。その国際集会のテーマが「海外における源氏物語の世界 翻訳と研究」であったことから、館蔵の海外出版本群〈福田文庫〉の中から『源氏物語』に関連する翻訳書を厳選して公開展示しました。そして、展示書目の解説書として、『海外における源氏物語』(非売品)を作製して配布したところ、幸いにもこれが予想外に好評をいただき、後日、多数の方々から入手方法の問い合わせをいただくこととなりました。図書館関係の方からの連絡がたくさんありました。しかし、作製部数が限られていたために、すべてをお断りすることになったのが悔やまれます。あらためて、司書の方をはじめとする多くの方々に、心よりお詫びを申し上げます。

 今回、スペイン・サラマンカ大学で開催される日本資料専門家欧州協会 (EAJRS)で、伊藤鉄也・岩原真代・菅原郁子が、「海外における日本文学研究に関する情報の共有化」(Sharing the information of Japanese Literary Studies throughout the world)と題する研究発表を行うことになりました。スペイン語圏における日本文学の受容状況を、翻訳書の解題やウェブサイトの情報を提示する中でその問題点を考察し、併せて海外における研究情報の提供の呼びかけをすることにしました。本書は、そうした意義を支える具体例の一つとして作製したものです。

 改めて強調しますが、海外における日本文学に関する情報が整理されていません。本書の編者である伊藤は、文部科学省科学研究脅補助金対象の研究として、こうしたテーマに取り組んでいます。平成13年から2年間は、萌芽的研究「外国語による日本文学研究文献のデータベース化に関する予備調査」と題して、基礎的な部分に着手しました。平成15年から3年間は、実 際に情報を収集・整理し、公開し、そして継続的に情報が流せるような仕組みを構築する予定でいます。

 『海外における源氏物語』に続いて、今回も、国文学研究資料館の名誉教授である福田秀一先生より寄贈された、日本文学作品に関する資料整理と各点の解題作成から着手しました。本書は、あくまでも現時点での試行版です。本書作成チームの責任者となって、前回同様にその役割を果たした菅原郁子さんの「あとがき」にもあるように?、解題作成や各種資料の整理は、大変な労力と試行錯誤があってのものです。まさに、チームワークの成果といえましょう。とくに、今回は対象がスペイン語であったこともあり、本書の内容には不備や遺漏が多々あろうかと思われます。ご教示や新たな情報提供を受ける中で、よりよいものに育て上げていきたいと思います。

 なお、本書の最終校正段階で、古家久世氏の「スペイン語に翻訳された日本文学」(『スペイン語世界のことばと文化』京都外国語大学イスパニア語学科編、行路社、2003.11)および「日本文学作品のスペイン語翻訳目録(『京都外国語大学研究論叢』62、2004.3)の存在を知り、情報の確認補訂ができました。貴重な労作を公開された古家氏にお礼を申し上げます。

 本書は次の文部科学省科学研究費補助金の成果の一部をなすものです。

 2004年度文部科学省科学研究費補助金 基盤研究B
 「外国語による日本文学研究文献のデータベース化に関する調査研究」
  課題番号[15320034]研究代表者︰伊藤鉄也
  研究分担者︰伊井春樹(人間文化研究機構・国士舘大学)
        鈴木淳(国文学研究資料館)
        入口敦志(国文学研究資料館)
        海野圭介(大阪大学)
  海外共同研究者︰ピーター・コーニツキ(ケンブリッジ大学)

 外国語による研究論文のデータベース化は、以下のホームベージで試険版を公開しています。
 →http://www.nijl.ac.jp/~t.ito/HTML/kaken01/houga1.html

 順次データを更新追補しています。最新情報の追加などにつきましては、お申し出いただければ幸いです。また、本書解題作成で用いた資料も、まずは伊藤の上記ホームベージから公開し、修正増補を繰り返す中で、しかるべき発信場所を定める予定です。

 日本では知ることの困難な情報などを皆様方からいただければ、リアルタイムに、より多彩な分野の情報群として発信できます。それが、日本文学に間する広範な情報の共有として活性化され、海外における日本文学研究も、さらに加速することになると思います。本書の記載内容に限らず、海外における日本文学の研究に関してお気づきの点などを、折を見てご教示をいただければ幸甚です。海外からの新鮮な情報の提供を心待ちにしております。

               平成16年9月23日 伊藤鉄也


 なお、本冊子には、解説した当該書籍の書影を掲載しています。
 各書籍のブックデザインにも権利があるという見方と、純然たる図書の解説・紹介に付す場合は諸権利の許容範囲である、という2つの見方があるようです。
 いちおう、日本の出版社の方々からのご教示を得て、ここに公開しています。ただし、もし何か問題があるようでしたら、ご連絡をいただければ対処するつもりです。
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ◆国際交流

2014年01月11日

国際シンポジウム「日本文学のフォルム」が開催されたこと

 国文学研究資料館では、国際連携研究の事業として、本年度から「日本文学のフォルム」という国際シンポジウムを開催することになりました。
 これは、毎年実施していて今年度で37回目となった国際日本文学研究集会とは別に、海外諸機関や大学との新たな共同研究の創出をめざすものです。

 今日はその第1回目で、「もう一つの室町 ―女・語り・占い」というテーマのイベントがおこなわれました。

 プログラムは、次の通りです。


【研究発表】
1 恋田知子(国文学研究資料館)
  「物語草子と尼僧」
2 マティアス・ハイエク(パリ第7大学)
  「『うらやさん』―占いからみる専門知識の庶民化」
3 ハルオ・シラネ(コロンビア大学)
  「女性・語り・救済 ―東西の視点から」
【コメンテーター】
 崔 京国(明知大学)
 田中貴子(甲南大学)
【コーディネーター】
 小林健二(国文学研究資料館)


2014forms




 みなさん、準備万端だったこともあり、事前の打ち合わせのときから、パネルディスカッションの内容で活発な意見が出されて盛り上がりました。

 その勢いのままにスタートしたこともあり、充実したシンポジウムとなりました。
 中身の濃い3人の研究発表だったので、会場からもいい質問がたくさん出ました。
 時間の都合で発言者が制限されたことは、次回以降の参考になります。

 私は、このプロジェクトの責任者ということもあり、最後の挨拶で次のことをお知らせしました。


・第2回は今年の7月で、テーマは「男たちの性愛」を予定
・第3回は来年の夏で、テーマは「日本文学はどう訳されているか」を予定
・第3回終了後、本日を含めてそれまでに発表され、ディスカッションした内容を、一冊にまとめて刊行する予定


 無事に終わったこともあり、館長をはじめゲストの先生方や主だったメンバーで懇親会を持ちました。
 その帰りの電車の中で、ハルオ・シラネ先生から『源氏物語』の翻訳についてのお話を伺う貴重な機会を得ました。英訳源氏のウェイリー、サイデンステッカー、タイラー訳について、シラネ先生のご意見は非常に参考になります。
 また、シラネ先生は、昨夏スペイン語訳『源氏物語』の「桐壺」巻を完成させたアリエル君(現在、博士論文執筆中)の指導教授でもあります。今後とも折々に、シラネ先生から貴重な情報やお話を伺えることが楽しみです。
posted by genjiito at 23:51| Comment(0) | ◆国際交流

2014年01月10日

神野藤先生からの中国語訳『源氏物語』に関する情報

 中国語訳『源氏物語』について、先日、庄さんからの情報を掲載しました。

「中国における『源氏物語』の研究に関する報告」(2014/1/6)

 これに関して、神野藤昭夫先生から貴重な資料をご提供いただきました。
 日中文化交流と古典文学研究に関して、大いに参考にすべきご意見が盛られています。
 幅広く情報を共有するためにも、ここに紹介します。

 なお、この資料については、神野藤先生から次のようなコメントをいただきました。
 次の世代へと、語り継いで行きたいと思います。


 これ(1998年)は二度目の北京赴任の時のものです(1回目は1993年)。
 中国語が読めない人間の書いたものですから、見当はずれもあろうかと思いますが、二度目の赴任で抱いた気分が反映してもいましょう。
 この本に、賞を与える情況を考え合わせると、現在の中国における源氏物語の中心とする研究がいかに飛躍的な伸展を遂げたか驚くほどです。
 張龍妹さんの『源氏物語の救済』はもとより、李宇玲さんの『古代宮廷文学論』などは、きわめてすぐれた著書と存じます。


199821_2




199822_2


posted by genjiito at 23:50| Comment(0) | ◆国際交流

2014年01月09日

京洛逍遥(302)進々堂のパンと短編小説『毎日のパン』

 京都の老舗パン屋さんである進々堂は、昨年ちょうど創業100周年を迎えたそうです。その記念として小冊子を作り、店頭で配布しておられます。

 『毎日のパン』(いしいしんじ著、非売品、平成25年12月24日発行、進々堂刊)と題する文庫本サイズで35頁ほどの小さな冊子は、京都市内の同店12店舗に置いてあります。レジなどでお願いすると、無料で手渡してもらえます。2万部印刷されたとのことなので、まだ入手できるはずです。

131231_sinsindo




 私は、三条河原町店でいただきました。レジの下の開き戸の中に入っていたものを出してくださったので、カウンターを探しても見当たらない店が多いと思います。臆せずに、『毎日のパン』をください、と言ってみることです。

 この中身は、いしいしんじさん(織田作之助賞受賞作家)による書き下ろしの短編小説です。
 この作品が、どのように読まれていくのか、畑違いの私には皆目わかりません。
 お店の中に犬が入って来ることをはじめとして、洪水による被害の話は、谷崎潤一郎の『細雪』を連想させ、東日本大震災の時の津波を思い起こす方もいらっしゃることでしょう。


家屋のほぼ八割が、二階の高さまで水没(22頁)


とか、


水が襲いかかり、すべてを泥の下にかくしてしまう直前。(22頁)


など。さらには、


家が真っ黒い水にのみこまれつつある、その最中、おばあちゃんはからだをなげうち、まちがいなく、もろともに溺れたのだ。(23頁)


とあります。

 こういう表現に出くわすと、このような場面や表現が必要だったのか、私には疑問が湧きました。

 きれいごとで紹介すれば、ふんわり柔らかな食パンの感触が伝わってくる、心優しい話に出会えます、という紹介の仕方になります。その方が無難な紹介です。しかし、それでいいのか? 正直言って悩みます。

 この作品をどう読むか、という意味で、とにかく手にする価値はあると思います

 進々堂の続木創社長は、本冊子巻末の「ごあいさつ」で、次のように言われます。


百周年を記念していしいしんじさんにパンを題材に小説を書いていただくことを思い立ったのは、しんじさんのどの小説からも溢れ出る、人間の毎日の営みに対する温かいまなざしが大好きだったからです。毎日のパンと、人々と、白い犬の物語、お楽しみいただけたことでしょう。(34頁)


 また、この冊子を紹介した京都新聞(2013年12月26日発行)では、次のような記事になっています。


 いしいさんと家族ぐるみで交流のある続木創社長(58)が、デイリーブレッドに込められた思いも踏まえ、パンを題材にした小説の執筆を依頼した。

 「毎日のパン」は、主人公が働くパン屋に毎日来る1匹の白い犬を通して、当たり前すぎて普段見落としている大切なものに気付かせてくれる物語。1斤のパンは、家族ごとに異なる幸福の形として象徴的に描かれている。

 いしいさんは作品に関して「いろんなことがあっても、食べることは必ず毎日ついてくる」と話し、パンに限らない食の営みについて掘り下げている。

 続木社長は「それぞれのパンの楽しみ方をかみしめてほしい。パンには命をつなぐ社会的使命があることも伝えている」と喜ぶ。


 このように紹介されても、私には素直にこの作品を創業記念として祝福して紹介できないことを申し訳なく思います。
 こんな心得違いも甚だしい感想を持った者がいる、ということを記してもいいかと思い、記念のお祝いにはふさわしくないかもしれない駄文をしたためたしだいです。

 お前にはこの良さがわからないのだ、と言われれば甘受します。

 この短編小説をどう読むのか、1つの問題提起をしたいと思います。

 なお、私のブログ「読書雑記(80)続木義也『カレーの海で泳ぎたい』」(2013/9/26)で紹介した続木義也氏は、この進々堂の4男であることを付記しておきます。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | 読書雑記

2014年01月08日

読書雑記(90)宮尾登美子『松風の家』

 今回、宮尾登美子の『松風の家』(上下2巻)は、文春文庫(1992年9月版)で読みました。
 明治、大正、昭和と、京都の茶道家元が貧苦の中から家を興すまでの物語です。

140108_matsukaze




(上)明治初年の京都における芸道三家の内、後之伴家の話がきめ細やかに語られます。
 もちろん、これは裏千家のことを意識しての仮名でありフィクションです。ここで物語られることと、実際の裏千家の盛衰が知りたくなります。
 芸道を継承する世界の内実を、赤裸々に語っています。人としてのありようが、道の中に埋没しながらも、あくまでも人間が描かれていきます。
 作者の問題意識と視点は、しっかりとしています。さらには、主人公である由良子の秘密が、最後まで読者を惹き付け、物語世界に引き込みます。由良子の父である恭又斎が隠居したことなど、由良子の謎は続くのです。
 物語は、母を恋い求める気持ちが伏流していて、読者の心を掴みます。
 産みの親と育ての親に対して、その思いを二分される時の由良子の逡巡の気持ちが、言葉巧みに描かれています。
 この由良子が実の母に逢おうとし、一大決心をして山崎の父のもとを訪れる場面が感動的でした。うまいと思いました。
 苦しい生活の中から編み出した円諒斎のお茶は、一般の人々に普及させるものでした。盆略手前などです。ただし、それには20年もかかった、とあります。
 業躰の不秀と結婚した由良子は、佐竹本三十六歌仙の小大君の和歌を通して、夫へ心を閉じて行きます。うまい設定です。
 後半の不秀の語りは、この作品を文学に押し上げています。
(下)芸道の家の隆盛が、ダイナミックに、ドラマチックに語り続けられます。人情の機微も丹念に描かれていきます。
 後之伴家に寄り添い、情勢を敏感に見据えて立ち回る人々も活写されています。
 一つの流派の家という群れを描くのが巧いと思います。家の動きが、個人から炙り出されているからです。家の存続にかける人々の心の内と、秘められた願望が滲み出ています。
 下巻の半ばで仙台の話になると、途端に読む速度が落ちて私は飽きだしました。話があまりに広がりすぎたからです。瑣末な話題になったと思ったのは、加藤家の話のあたりからです。
 折角のテーマが惚けて来たと思えたからです。その話が次第に14代家元に結び付きます。
 やがて、本流と合体して、またおもしろくなります。この遠回りは、余分な道草とも思えました。
 このことは、物語の構成に基因するものかもしれません。読む立場から言うと、作者の思いが強引なように思えました。最終的には、しっかりとした物語に紡がれたからよかったのですが……
 終盤は、辰寿が主役に回ります。そして、宗家を支えることになり、紗代子を浮かび上がらせます。
 仙台と京都の文化や生きざまの違いも、おもしろく書かれています。そして、由良子が包み込むように後之伴家とその家の人々を見守ります。
 最後の作者の語り口はすばらしいと思いました。話をぐっと盛り上げるのは、芸術的ですらあります。
 もっとも、人の情に寄りすぎる気がしないでもありません。しかし、長編を読み通し、人間の生き方を見聞きした読者の1人として、感情移入のできる展開ととじめになっていると思いました。
 義母と実父との死別に由良子の一生が立ち上がります。人それぞれの歩みが、走馬燈のように廻り来ます。【4】
 
□初出︰「文藝春秋」1987年1月号〜1989年3月号
□単行本︰1989年9月文藝春秋刊
posted by genjiito at 23:55| Comment(0) | 読書雑記

2014年01月07日

読書雑記(89)片桐洋一著『伊勢物語全読解』

 お正月に、片桐洋一先生が刊行されたばかりの大著『伊勢物語全読解』(和泉書院、2013年12月)を、気の向くままに頁を繰り、拾い読みですが目を通しました。

 1118頁もの分厚い本に、先生のこれまでの『伊勢物語』の研究の精髄がぎっしりと詰まっています。その一端を、好きなときに好きな箇所が読め、確認できるのですから、贅沢この上ないことです。

 私は、『伊勢物語』の中では、「筒井筒」と言われる第二十三段が一番好きです。
 これは、私が小学生から中学生の頃に、その舞台となる河内高安で育ったことにあります。この話は、その物語られる世界に親近感をもって読むことができるのです。

 その後、東京の大学から帰ってまた、この高安に住みました。さらに、高安山から業平道を通って奈良側に転居し、信貴山のある生駒郡平群町で子どもたちを育てたのです。
 高安・信貴・生駒の山脈を挟んで、大阪側と奈良側の両方で生活をしたのです。よくよく縁のある「筒井筒」の段は、私にとって殊の外愛着のある話となっているのです。

 片桐先生の本でも、最初にこの段を開きました。
 そして、片桐先生が藤原定家の校訂になるとされている箇所を、興味深く一つ一つ確認しながら目で追いました。
 以下に、その部分を抜き出しておきます。
 

【校異の問題点】
7(前略)古い時代には「らしも」が一般的であったと言ってよさそうである。
(中略)非定家本はもちろん、定家本でも「すぎにけらしも」が一般的であったのだが、本書の底本に用いている天福二年本の段階になって、定家は「すぎにけらしも」よりも「すぎにけらしな」をよしとする何らかの根拠を得て、「すぎにけらしも」を「すぎにけらしな」に校訂したのであろう。(197頁)

 

【校異の問題点】
10の「ひとりこゆらん」と「ひとりゆくらん」の相違は、掲出した三本の非定家本だけではなく、真名本や七海本・天理為家本などの初期の定家書写本や時頼本・最福寺本などの別本に至るまで「ひとりゆくらん」となっていて、「ひとりこゆらん」は定家が、ある時期に「ひとりこゆらん」をよしとする根拠を得たゆえに校訂を加えたのではなかったかと思われるのであるが、『古今集』の場合はおおむね「ひとりこゆらん」になっているから、『古今集』による校訂の可能性も大きい。【和歌の他出】と【研究と評論】参照。(201頁)

 

【和歌他出の問題点】
(四九)(前略)『伊勢物語』の場合は、定家本以外は、おおむね「ひとりゆくらん」とあることを思えば、『伊勢物語』の方を「ひとりこゆらん」の形にしたのは、おそらく藤源定家その人ではなかったかと思うのである。【研究と評論】参照。(202頁)

 
 ここで先生は、定家が「何らかの根拠」とか「根拠を得た」ことから、本文を校訂したと言っておられます。その「根拠」について、想像を逞しくして自分勝手に考えています。
 この訓練が、『源氏物語』の本文を定家はどのように校訂したのか、ということを考える上で参考になっていくと思っています。

 さらに頁を繰っていて「考説篇」に収録されていた「三、『業平集』再説」の最後で、次のように言っておられることも、ここに引いておきます。


 他の作品の本文研究でも同じだが、校訂や増補を繰り返すことが普通であった私家集の本文を研究する場合においては、その写本が書写された時点に研究の焦点を固定させてしまうのではなく、その写本に至る過程、すなわちその「写本の歴史」を透視する姿勢が必要であるように思うのである。人間にそれぞれの歴史があるように、写本にも、それぞれに歴史がある。写本によって伝えられる本文にもまたそれぞれに歴史がある。それを遡及してゆく姿勢が今後の本文研究に必要なのではないかと思うのである。(1051頁)


 〈「写本の歴史」を透視する姿勢〉ということばに釘付けとなりしました。
 写本を追いかけ、本文を確認する作業に明け暮れる自分の日々に、また元気をいただきました。
posted by genjiito at 23:20| Comment(0) | 古典文学

2014年01月06日

中国における『源氏物語』の研究に関する報告

 立命館大学の庄婕淳さんが、中国における『源氏物語』の研究に関連した現状を報告してくださいました。
 このことに興味を持ち、情報を求めておられる方がいらっしゃるので、ここにとりまとめてお知らせします。

(1)朱秋而氏の論文原稿
 2013年9月5・6日、台湾大学で開催された国際シンポジウム
 「林文月先生學術成就與薪傳國際學術研討會」
 未刊のものであることから、その論文の中国語訳も庄婕淳さんからいただきました。
 しかし、これについては執筆者の了解が必要かと思われます。
 その詳細は後日に。

(2)『源氏物語』の中国語訳
 2013年吉林大学から博士号を取得された李光澤氏の博士論文
 「源氏物語の中国における伝播と受容」
 十数万字の論文のため後日報告。

(3)陶力氏の学術論文集「紫式部と彼女の『源氏物語』」
 1994年3月、北京言語学院出版社から刊行
 中国外国文学会東方分会の一等賞を受賞
 現在、当該本を取り寄せ中とのこと。
posted by genjiito at 22:31| Comment(0) | ◆源氏物語

2014年01月05日

読書雑記(88)「忘れ去られた「ニッポン」にならないために」

 年末年始に、日頃はあまり目を通さない冊子などをまとめて読む機会がありました。
 その中で、一番興味深かったものをまとめておきます。

 石塚修氏(筑波大学人文社会系准教授)の「リレー連載 世界の中の日本研究16 忘れ去られた「ニッポン」にならないために」(『鴨東通信 2013.12 No.92』思文閣出版)は、私にとってまだよくわからない世界を垣間見させてもらい、日本の文化についてあらためて考えるヒントが得られるものでした。

 以下、石塚氏が述べておられることを引きながら、簡単にまとめます。

 まず、石塚氏の研究対象である「茶の湯」にまつわる話として、〈大寄せ茶会〉が取り上げられます。これについて、茶道評論家の佐々木三味氏(1893〜1969)がそれを〈三され茶会〉として批判しておられたことへとつながっていきます。
 〈大寄せ茶会〉とは、「いくつかの茶席を持つ茶寮などを借り、濃茶や薄茶の席主を決めて茶席を運営し、軽い食事〈点心〉も出し、参加者から会費を集める」(12頁)ものだとのことです。

 そして、これについて佐々木氏は、次のように言われたそうです。


(1)茶席に入るのを「待たされ」
(2)水屋からの点てだしの茶を「飲まされ」
(3)飲み終わると次の席を待つ人のために席を「追い出され」


 〈三され茶会〉とは、この三つの「され」から命名されたものなのです。

 こうしたお茶会の盛行を見て、次の感想を持つ方がいらっしゃるようです。


「茶の湯は日本でどうしてこんなに流行っているのだろう」
「茶の湯愛好者は日本にはまだまだたくさんいるので、今後もこうした会は続けられる」


 こうし風潮に対して、石塚氏は世界の中の日本研究の現状とこの茶会のことが似ていることから、警鐘を鳴らしておられます。

 そして、次のような感想を記されます。


 そうしたセッションやプログラムの席が満席になっているからといって、世界が「ニッポン」に注目しているかのように思いこむこと自体がははなはだ危険な思いあがりではなかろうか。果たして世界の総人口のどれほどの人々が、この「ニッポン」という国に強い興味関心を抱いているのかを考えてみると、はなはだ心もとないのが実態であるような気がしてならない。
(中略)
 つまりは、たまたま目的を同じくした愛好の人々が群れているからといって、そこに来ていない人までもがその目的を共有していると思いこんではならないのである。


 確かに昨秋スペインへ行った時も、多くの方々が日本文化や日本文学に深い理解と興味を示しておられました。日本のすばらしさを、あらためて実感して帰国しました。
 しかし、これを「目的の共有」という視点で見ると、スペインの方々の何パーセントがその理解に至っておられたか、ということを考えるざるをえません。はなはだ心もとない、裏打ちのない、個人的な手応えにしかすぎないものなのです。
 その手応えも、たまたま、イベント会場に集まった方々の反応からの印象でしかないのですから。

 石塚氏は、さらにこう続けておられます。


 オリンピック招致の成功や日本食文化の世界遺産登録はもちろん「ニッポン」を忘れ去らせないための「点」として大きな役割を果たしている。しかし、「点」は数多く連ねていかないと「線」にはならない。「線」にならなければ世界地図には存在が残せまい。
 では「線」にするにはどうすべきか。日本の次世代に正統な伝統文化の継承を確実にして、そのうえで世界に送り出すことであろう。外国での日本文化紹介の場で、外国語の流暢さの裏でよくよく中身を吟味すると、日本人の常識としてかなり怪しいことを自信ありげに話している新進の研究者を見かけることがある。小学校から英語教育をするのと同時に、日本の食文化や和装の基本、畳の上での立ち居振る舞いの基礎などについても、もはや家庭教育に期待すべくもない現状のなかで、生活科と同じように「日本文化科」として学ばせていく時期を迎えていると考える。


 海外における日本文学の研究状況を『源氏物語』という作品から見ようとする私にとって、この石塚氏の小文は私の痛点を突く内容です。
 「点」から「線」へということは、言い古されていながらも新しい意識改革につながることです。

 今私が取り組んでいる科研のテーマは、「海外における源氏物語を中心とした平安文学及び各国語翻訳に関する総合的調査研究」です。
 また、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉は、これまでに作りあげた『源氏物語』に関するデータや資料を再確認し、次の世代に引き渡す役割を担っています。
 個人個人の取り組みが積み重なり、より多くの若者の手を経て、次の世代に引き継がれることの意義を、新年を迎えて自覚を新たにしました。

 昨年と変わらぬご理解とご支援をいただく中で、こうした目的を一歩ずつ実現していくつもりです。今年もコツコツと歩んでいくことになります。

 健康でさえあれば、あと3年はこうした課題に身を置いて取り組めます。
 まずは、昨年から引き続くいくつかの課題から実行していくことにします。
posted by genjiito at 00:06| Comment(2) | 読書雑記

2014年01月04日

映画「かぐや姫の物語」を観ました

 我が家の梅の開花は、例年よりも遅いようです。
 昨日は白梅が少し花開きました。

140102_ume




 今日は、紅梅が一斉に咲き出しました。

140103_ume




 この紅梅白梅の様子は、毎年お正月の楽しみとなっています。
 
 箱根駅伝で、我が母校である國學院大學が、あと数秒というところでタスキが途切れました。
 タスキを渡すのにあと数十歩という、目と鼻の先に次のランナーがいました。しかし、そのタスキを渡そうとしているのに、号砲と共に自動的にスタートとなり、引き離されるように視界から仲間が消えていくのです。ルールとはいえ、非情な世界を目の当たりにし、身の引き締まる思いで見入ってしまいました。

 2011年にも、シード権争いのデットヒート中に、國學院大学はゴール寸前にコ-ースを間違えたのです。幸いにもすぐに気付き、何とか10位に入って事なきを得ました。
 それにしても、箱根駅伝での応援は、ハラハラドキドキのタスキ渡しのレースです。
 
 夕刻から、京都駅南にある映画館で「かぐや姫の物語」を観ました。
 年末に「利休にたずねよ」を観たT・ジョイ京都です。
 ここは、バスで京都駅北口中央で降りてから、JR駅を渡り都ホテルの先という、相当離れたところにあります。しかし、開演時間の関係で、よく行く三条の映画館はパスして、ここにせざるを得なかったのです。

 「かぐや姫の物語」は出色のできばえでした。
 背景がない映像に引き込まれます。
 改めて、背景とは何だったのか、と考えさせられました。
 物語展開の緩急も絶妙です。帝からの求婚場面の後しばらくは、とにかく目が釘付けです。

 疑問もありました。
 5人の貴公子の話です。
 製作スタッフの皆様には申し訳ないのですが、あまりにも詰まらなくて、つい瞼がくっつき、睡魔から逃れるのに大変でした。少し微睡んだようです。

 ここは、どのような趣向があるのだろう、と期待していました。しかし、それがあまりにもありきたりで、本当に失望しました。
 3人の話でも充分だったと思います。なぜ5人の話にして、わざわざ退屈にしたのか。
 教育関係者に配慮せざるを得ない裏事情でもあったのでは、と邪推したくもなります。
 今はその真意を理解できないままにいます。

 また、捨丸の存在は中途半端でした。なぜ捨丸に結婚をさせ、子供までいる設定にして、かぐや姫と邂逅させたのでしょうか。私には、その俗悪趣味がよく理解できません。
 そのような人物設定にしておいて、最後にかぐや姫と一緒にどこまでも逃げようとします。
 結婚をせず、子供もいない男としなかったのはなぜなのでしょうか。
 これも、教育関係者と妥協した引き替えに強引に残した、という穿った見方をしたくなります。

 このあたりは、ご覧になった多くの方が、気持ちの中にシコリとして残ったはずです。

 制作者側には、それなりの意味をもたせてのことなのでしょう。
 なぜこんな成り行きにしたのかという点については、また後日の楽しみとしておきます。

 そうは言っても、現代の文明社会への厳しい目と、自然への眼差しの優しさが伝わってきたのが、この映画の一番のよさでしょう。特に、若い方々へ、日本的な心情と文化と風物のすばらしさを伝えようとしていると思います。

 また、最後に、かぐや姫を迎えに来る阿弥陀さまの一群が、紫雲と共に降りてくるシーンも圧巻でした。何と言っても、そのバックグラウンドミュージックが軽快でおしゃれなのです。心浮き立つメロディーの中で、阿弥陀さまの無表情さが気に入りました。

 細かな点では、なぜ? が多い映画でした。
 しかし、全体としてはよくできた作品だと思います。
posted by genjiito at 00:07| Comment(0) | 古典文学

2014年01月03日

京洛逍遥(301)上賀茂神社の卯杖と神馬鬣守

 お正月2日目は、賀茂川を歩いて遡り、上賀茂神社へ行きました。
 いつもの賀茂川散歩とちがうのは、川縁で凧がたくさん揚がっていたことです。

140102_takoage




 我が家でも、子どもたちが小さかった頃、お正月になると平城京跡や法隆寺の裏手や竜田川の河原で、空に高々と凧を揚げて遊んだことを思い出しました。

 上賀茂神社の鳥居前には、午年らしく神馬に人気が集まっていました。

140102_jinba




 本殿前では、邪気を払う縁起物としての「卯杖」を見かけました。
 名前だけ知っていて、実物を見た記憶がなかったので、しばらく見つめていました。
 去年もあったのでしょうか。気付きませんでした。

140102_uzue




 上賀茂神社だけが「初卯神事」を奉仕しているとのことです。
 説明文には、花山天皇御製が記されていました。


朝まだき祈る卯杖の験あらば
  千歳の坂も行かざらめやは


 今年は、昨日の下鴨神社もそうだったように、参拝客が少ないように思いました。

 国宝の本殿の横で、「神馬鬣守」を見つけました。

140102_strap




 これは、馬の鬣(たてがみ)に見立てた御守りです。馬の鬣には、目に見えない物を感じ除ける力があるそうです。
 今年もこうした物に見守られながら、多くのいい仕事をしたいとの思いを強く持ちました。

 なお、昨日の下鴨神社で疑問に思った厄年の件は、今日の上賀茂神社では次のような表示がなされていました。
 やはり、両社で違っていました。

140102_yaku


posted by genjiito at 00:06| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2014年01月02日

京洛逍遥(300)初春のお茶の後は下鴨神社へ初詣

 娘夫婦が来たので、新春のお茶のお稽古です。
 先月始めたばかりの丸卓を使ってのお点前です。
 娘の鋭いツッコミを受けながら3人に点てました。
 一保堂の「駒昔」という、午年らしい銘の抹茶です。
 今年も自宅での、賑やかな楽しいお茶席となりました。

140101_sidou






140101_hisyaku






140101_tetsuyaotemae





 その後、氏神さまである下鴨神社へ初詣に出かけました。

140101_ema




 何げなく厄年の表を見ていたら、すでに終わったはずの昭和26年生まれの私が、また今年も厄年だというのです。

140101_yakudosi




 不思議に思って近くにおられた巫女さんにお聞きすると、これは当社でのものであり、他の所ではわかりませんが、とのことでした。
 この表を見ると、確かに大厄とは違う厄年があるようです。しかも、3年おきに厄年が来ることになっています。67歳と70歳がないのはなぜでしょうか。
 今年の最初の疑問となりました。
posted by genjiito at 00:07| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2014年01月01日

平成26年(2014)のおせち料理

 おだやかなお正月です。
 やさしい姿の比叡山が窓から見えます。

140101_hiei




 今年も、妻と息子がおせち料理を造りました。
 味付けは本格的な京料理になっています。

140101_oseti



 
 

140101_ebi


posted by genjiito at 15:16| Comment(0) | 美味礼賛