2013年12月15日

久しぶりにお茶のお稽古へ

 8月以来となる、大和平群でのお茶のお稽古です。
 しかも、すでに炉のお手前となっています。

 9月からの学会シーズンの後、さまざまなイベントに関わり、10月にスペインへ、そこで突然、科学研究費補助金の採択が決定したとの知らせで、帰国後はその対処に明け暮れています。

 今もその最中にあり、家で2度ほどおさらいをしたとはいえ、炉は半年以上も間が空いているのです。今日も頭の中は、思い出そうとすることと覚えようとすることで、まさにぎくしゃくとしながらもフル回転です。
 ここ数ヶ月とはまったく異なる箇所の脳みそを、思いっきり活性化させることになりました。

 私は、家にお客様をお呼びした時のことを想定して、その実践につながるようなお稽古を意識して実践しています。
 お茶を点てるという原点とどう結びつくのかは、今はおいておきましょう。
 お茶は、お客様をおもてなしする上での、日本における文化的な仕掛けの1つだと思っています。

 これまでお客様に、我が家で何度かお茶を差し上げました。その時のことを思い出すと、道具の持ち運びで話が中断したりして、お客様にせわしない思いをさせたように思います。

 それが今日は、たまたま目の前にあった棚の話から、その棚を使ったお稽古に挑戦することとなりました。
 炉の薄茶の棚手前で、丸卓(まるじょく)を使ったお手前です。
 先生は、気ままな私があまり横道に逸れないように気遣いながらも、望みが叶うように手助けしてくださいます。ありがたいことです。

 今日の、棚を使った薄茶のお稽古では、お客様に部屋へ入っていただく前に、水差しと棗をあらかじめ丸卓の棚に置いておくことを想定したものでした。これだけで、お客様を部屋に案内した時の雰囲気が違います。
 また、私の出入りも幾分抑制され、お客様に気を遣わせません。

 いつもと大きく違うことは、事前に茶巾を乗せた水次を用意しておくことでした。
 そして、運び込んだ茶碗を水差しの前ではなくて、勝手付に仮置きしました。次に、棚の上から棗を下ろすと、棚の右前に置き、仮置きしてあった茶碗をその左横に並べます。この動作は初めてのものです。ただし、その後はいつもの流れになっていました。

 また、「おしまい」の挨拶をしてから後、釜に柄杓で水を差すところで、柄杓を使って釜のお湯を汲み返したり、柄杓や蓋置きや棗を棚に飾り、水次を運び込んで水を追加したりと、新しいこともやりました。この、終わりの段階で水次を運んでくるのは、気分転換になっていいと思います。
 これまでとは異なる動作がいくつかあります。しかし、道具の持ち運びが少なくなった分、これでお客様とはゆっくり話せます。

 この棚を使ったお手前も、さまざまなパターンがあるそうです。あまりたくさんは一度には覚えきれないので、基本的なところに留めていただきました。

 今年の夏には、葉蓋とガラスの水差しを使った追善のお手前が好評でした。
「亡き仲間を偲んで我が家でお茶会」(2013/8/15)
 次は、この棚を使ったお茶を点てたいと思います。
 さて、誰を練習相手として呼びましょうか。
 このくだりを読んでビクッとした方が、次の犠牲者候補です。よろしく。

 まだまだ、茶道の基本すら充分には身に付いていない段階です。しかし、知人と一緒にお茶をいただく場を用意して、そこでいろいろな話をすることを実現すべく、こうしたお稽古をする事は楽しいものです。

 遊び心が大半のお茶のお稽古です。しかし、あたたかく人を迎える1つとして、お茶の心得を身につけたいと思っています。
posted by genjiito at 23:23| Comment(0) | *美味礼賛