2013年12月31日

京洛逍遥(299)錦市場と新規開店の回転寿司屋

 奈良に住んでいた頃から、年末は大阪日本橋の黒門市場か京都四条の錦市場へ、お正月の買い出しに行っていました。
 母と子どもたちを連れて、車で黒門や錦へ1日がかりで行ったものです。

 今年も、自宅からバスで河原町四条へ。
 錦天満宮にお参りしてからスタートです。

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 今年の錦市場には、


      祝
    [和食]
ユネスコ無形文化遺産登録


という横断幕が揚がっています。ここの食材が、今の和食を支えているのです。

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 雑踏の中を、すれ違うのも困難な錦市場の狭い通りを、人を掻き分けながら、何か楽しいものを、おもしろいものを、と物色しながら歩きました。

 料理人の息子は、念願の「へそ大根」を今年もついに見つけられず残念がっていました。
 この大根は、息子がバイブルとする『美味しんぼ』の第75巻に出て来るそうです。
 いつも行くという乾物屋さんの話では、宮城県から届かなかった、とのことでした。

 河原町通りに戻ったところで、10日前の12月21日に新しく開店した回転寿司屋さんを見つけました。その店の隣には、「坂本龍馬 中岡慎太郎 遭難之地」という史跡の石碑が建っています。

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 この直前に、いつも行く三条の回転寿司屋「むさし」でお腹いっぱい食べた後だったので、また次の機会に入ることにします。

 京都は日々変化しています。至るところで、毎日のように新しいお店が開店しています。この新陳代謝の激しさに、その熾烈な開店合戦の中に、今も続く京都の活気の秘密があるのです。
 一見古そうでいて、その実、時代の最先端を追う、シビアな街なのです。
 日本で初めて、というものが多いのが、その証明でしょうか。

 今年は私自身が予想外の忙しさの中にあって、あまり洛中を散策する暇がありませんでした。
 これは、しばらく続きそうです。それでも、折々に街の魅力などを記録していきたいと思います。

 来年も、これまでと変わることなく、折々にこのブログ「鷺水亭より」をよろしくお願いいたします。
posted by genjiito at 23:59| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2013年12月30日

井上靖卒読(174)「富士の見える日」「冬の月」

■「富士の見える日」
 ことわるつもりの見合いの話から始まります。タクシーを使い、富士の見える所へ行こうとする話のパターンは、井上靖の作品によくあるものです。プロポーズのシーンが、ほのぼのとしています。【3】
 
 
初出誌:週刊サンケイ
初出号数:1964年1月6日号
 
集英社文庫:火の燃える海
井上靖全集6:短篇6
 
時代:昭和、戦後?
舞台:東京都(渋谷駅、多摩川)、神奈川県(多摩川)
 
 
 
■「冬の月」
 同窓会の話で始まり、亡くなった友の話が主体となります。最後に、月光の下の隅田川で、亡き友の愛人と友を偲びます。穏やかに死者を弔う場面で終わります。【3】
 
 
初出誌:週刊文春
初出号数:1964年1月6日号
 
集英社文庫:冬の月
井上靖小説全集31:四角な船
井上靖全集6:短篇6
 
時代:昭和20年代
舞台:東京都(隅田川)、新潟
 
 
 
〔参照書誌データ〕
 「井上靖作品館」
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | 井上靖卒読

2013年12月29日

宅配便で届いた荷物の損壊は歳末の怪

 東京から宅配便で送ったノートパソコンが、何とも悲惨な状態で京都に届きました。
 キーボードの左側面が、ぼっこりと凹んでいます。

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 ちょうど、モニタとUSBのコネクタを差し込む部分です。
 スピーカーのメッシュ部分も湾曲しています。

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 写真左側のUSBのコネクタは、中まで変形していて使えません。
 ただし、パソコンとしては稼働しています。
 CD−ROMの挿入口の不具合については、インストール作業が今のところはないので、当面は不都合はありません。

 このパソコンは5年前の製品なので、まだハードディスクを内蔵するレガシー・タイプです。物理的にモーターで円盤を回転させていることと、その近くが大きくひしゃげた影響もあってか、心なしかアクセスがないはずの時でも、チリチリ、コリコリ、カリカリという小さな音が断続的にしています。

 現今の形式である、モーターのないフラッシュメモリを使ったSSDに入れ替えておきべきでした。

 配達業者に電話をしたところ、箱の損傷状態を聞かれました。
 梱包されていた段ボールの外見は、と聞かれました。特にめだった破損が確認できません。この梱包がどれだけ損傷しているかということが、保障の上で大きな要件となるそうです。

 業者の方が現物確認にお出でになる前に、ノートパソコンが入っていた箱をよく見ました。すると、中には明らかな損壊が確認できました。

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 外からは何も変わったことはないのに、中は衝撃で段ボールに大きな亀裂が入っています。箱の底部と側壁に、強い力がかかったことが明らかです。

 東京から京都までの道々、この箱の中で一体何があったのでしょうか。
 発泡スチロールと紙類で、しっかりと梱包されていたはずです。
 しかし、開梱したときには、発泡スチロールはいくつかに割れていました。

 このノートパソコンは、アップル自慢のアルミダイキャストの削り出しです。鉄板の組み合わせでも樹脂でもない、軽くて丈夫で美しいフォルムの、特殊な造りです。それが、こんなに変形しているのです。実際には、この写真よりも酷い状態です。余程ものすごい力がかかったとしか思えません。しかも、この部分をピンポイントで強大な圧力がかかったようです。それでいて、梱包材である段ボールには、外見上の損傷はほとんど目視できません。

 業者としては、最初に商品を購入した時の箱か、有料だが用意している衝撃を吸収する箱を使ってもらうように、お願いをしているそうです。しかし、今回の場合は、中身がパソコンと明記されており、「ガラス・ビン・セトモノ」というシールも貼ってあります。「精密機器」というシールは貼ってありません。しかし、とにかく中身はパソコンなのです。
 受付時に、梱包材に関する確認はなかったのです。

 持ち込んだのがコンビニだったことに関して、コンビニの店員への指導が徹底していなかったことを、我が家にお越しになった業者の方は認めておられました。また、年末の繁忙期でもあり、混載便で搬送せざるを得ない状況も、その背景にはありそうです。

 しかし、それにしても、このダメージは酷いと思います。

 いずれにしても、受け付けた東京が保障の窓口になるそうです。後日、連絡があるとのことです。修理代金をどちらが持つのか、結論は年越しです。

 歳末の怪として、記録に残しておきます。
posted by genjiito at 23:40| Comment(0) | ◆情報化社会

2013年12月28日

映画『利休にたずねよ』をみました

 年末の慌ただしい中を、久しぶりに映画館へ行きました。
 師走に入ってからは、これまでに増して忙しい日々となり、なかなか観に行けなかった山本兼一原作の映画『利休にたずねよ』を、やっと観ることができたのです。

 原作については、【3.0-読書雑記】「読書雑記(58)山本兼一『利休にたずねよ』」(2013/1/7)に記した通りです。

 そこで述べたように、小説としては懲りすぎていたように思いました。
 それが、映画化によって時間軸が明確になり、高麗の女と木槿の花がクローズアップされ、スッキリとまとまったように思います。
 文字と映像による違いがあります。当然のことながら、比較できないことです。しかし、敢えて較べるならば、私は映画の方が作者の意図は観る者に伝わってきたと思います。

 もっとも、これは小説と映像化されたものを較べた場合のことです。
 それを映画単独のものとして見た場合には、その完成度は高くなかったように思います。
 海老蔵の演技に凭りかかりすぎていた、と思えるからです。さらには、中谷美紀は私が抱いていた利休の妻宗恩のイメージとは異なっていました。

 後半になると、高麗の女との話に焦点があてられています。しかし、私は妻の宗恩を中心とした展開にしてほしかった、と勝手に思っています。原作と作者からもっと離れてもよかったのでは、と。

 どなたか、また別の視点からこの『利休にたずねよ』を映像化してもらえないでしょうか。

 山本氏は、井上靖の小説『本覚坊遺文』における利休の捉え方に同意できない、と言われます。
 「井上靖卒読(161)白神喜美子『花過ぎ−井上靖覚え書』」(2013/3/24)参照。

 井上靖は、「利休の死」など、お茶に関する作品をいくつか書いています。大阪の茨木の自宅には、書道全集を揃えていました。

 茶道の静と動、その歴史と人間等々、そこには日本を知るテーマとして、興味深い要素がふんだんにあります。
 それぞれに対象や視点が異なるにしても、茶道を扱った作品には、今後とも目を配っていきたいとの思いを強くしました。
posted by genjiito at 22:36| Comment(0) | ブラリと

2013年12月27日

読書雑記(87)伊坂幸太郎『オーデュボンの祈り』

 今年は、中盤からスペインに関する勉強に終始しました。特に、支倉常長たちの慶長遣欧使節団派遣400周年の記念事業の一環でスペインへ行く話が進展しだしてからは、さまざまな本を読み漁りました。

 専門外のことになると、「ウィキペディア」を見ることがあります。
 人には勧めません。しかし、重宝する情報が盛られている記事の集合体であることは確かです。
 そこに、『オーデュボンの祈り』について次のように書いてあります。


『オーデュボンの祈り』(オーデュボンのいのり、a prayer)は、伊坂幸太郎による推理小説。作者のデビュー作であり2000年に新潮社から出版され、同年の第5回新潮ミステリー倶楽部賞を受賞した。
2004年にラジオドラマ化、2009年に漫画化、2011年には舞台化された。
(中略)
仙台との関わりが深く、話の中にこまめに登場する(支倉常長など)。これらの仙台近辺を利用した語り口は、伊坂の後の作品にも受け継がれている。


 また、「支倉常長」についての記述の中で「支倉常長が登場する、あるいは彼をモデルにした作品」という項目に、遠藤周作の『侍』と共に、この『オーデュボンの祈り』もあがっています。

 それなら、と思って読んだのがこの本です。

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 私は、伊坂幸太郎の作品を読むのは初めてです。
 この手の本を読むことはなかったので、なかなか話に入っていけませんでした。しかも、私の意識の中では、支倉常長を追いかける意図で読むことにした小説なので、なおさら読み方に先入観が先行しています。
 この小説は、私の期待をすっかり裏切ってくれました。新潮文庫で456頁もあり、それなりに時間がかかりました。ただし、期待外れでも、伊坂流のおもしろさが伝わってきたので、途中で本を置くこともなく読み終えたのだと思います。

 数カ所、物語の舞台との関連で「支倉常長」という単語が出てきました。しかし、それは内容とは直結しません。あてが外れた、というのが正直な感想です。しかし、めったに読まないタイプの作品なので、それなりに楽しみました。

 以下、ピンボケの読書体験を伴っての、個人的な読書メモです。

 仙台沖の牡鹿半島の南にある荻島が、この物語の舞台となっています。
 この島は、150年も外界と交流を絶った孤島です。支倉常長が、ヨーロッパとの交流に利用しようとしたという島だといいます。ここでの、現代日本と日常を切り離された世界における、おもしろい話が展開します。

 リアリティに欠けるところがこの物語の特徴だ、と作者は言っています。
 確かに、思いがけない話題と仕掛けが楽しめます。ただし、私はこの手の作品が苦手なのか、後半は読み飛ばしてしまいました。
 いかにも作り話の域を出ていないからでしょうか。
 さらには、私がこの本を手にしたのが、支倉常長の話が書かれていると思い込んで読み始めたせいもあります。

 とにかく、支倉常長のことは、数カ所で触れられているだけで、物語とは特に接点を持っていません。この、私が勝手に期待したことと、あまりにも違う作品だったので、肩すかしを喰った思いです。
 機会を改めて別の目で読むと、というよりも素直に読み進めると、伊坂幸太郎流のおもしろさが伝わってくるかも知れません。【1】
 
 
注︰巻末に以下の注記があります。

この作品は平成十二年十二月新潮社より刊行され、文庫化に際し改稿を行った。
posted by genjiito at 22:31| Comment(0) | 読書雑記

2013年12月26日

2013年のブログ掲載写真10選《後半》

 昨日に続き、今年度《後半》の10枚を選びました。

 今年1年を振り返り、私にとって印象的な画像を10枚ほど選びました。
 折々に思い出すことになりそうな写真や、貴重な画像を並べてみます。
 
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(1)河内高安散策
 
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「お盆の法要の後に河内高安へ墓参」(2013/8/13) 
 
 
 

(2)亡き仲間を偲んで蓮の葉蓋でお茶会
 
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「亡き仲間を偲んで我が家でお茶会」(2013/8/15)
 
 
 

(3)隅田川の仲秋の名月
 

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「江戸漫歩(67)隅田川から観る仲秋の名月」(2013/9/19)
 
 
 

(4)台風一過の賀茂川の植物園側
 

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「京洛逍遥(291)台風一過の賀茂川散歩」(2013/9/23)
 
 
 

(5)英文を表示しながら日本語で語り終えて
 

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「英文を表示しながら日本語で語り終えて」(2013/10/29)
 
 
 

(6)マドリッドの回転寿司「ぎんざ」
 
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2013/11/post-6492.html

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「待ちに待ったマドリッドの回転寿司」(2013/10/31)
 
 
 

(7)イベリコ豚の生ハム
 

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「学生さんとマドリッドを散策」(2013/11/2)
 
 
 

(8)マドリッドで洗礼を受ける支倉常長
 

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「松島町の「みちのく伊達政宗歴史館」へ行って」(2013/11/14)
 
 
 

(9)京大病院がある神宮丸太町あたりの銀杏並木
 

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「京洛逍遥(297)賀茂川の鷺たちと色付く木々」(2013/11/23)
 
 
 

(10)架蔵『源氏物語』の翻訳本のミニ展示
 

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「自分の成長が実感できる国際日本文学研究集会」(2013/11/30)
posted by genjiito at 23:52| Comment(0) | 回想追憶

2013年12月25日

2013年のブログ掲載写真10選《前半》

 今年1年を振り返り、私にとって印象的な画像を10枚ほど選びました。
 折々に思い出すことになりそうな写真や、貴重な画像を並べてみます。

 まずは、今年度《前半》のものから。

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(1)2013年元旦にお茶のお稽古
 
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「京洛逍遥(246)お茶の後に上賀茂神社へ」(2013/1/1)
 
 
 

(2)NPO法人〈源氏物語電子資料館〉が京都で勉強会をしているワックジャパン
 
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「京洛逍遥(249)ワックジャパンで京町家と文化体験」(2013/1/12)
 
 
 

(3)女子駅伝での奈良チーム
 
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「京洛逍遥(250)都大路を走る女子駅伝」(2013/1/14)
 
 
 

(4)NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の法人印
 
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【9.1-NPO】「NPOの法人印を精魂込めて彫っていただく」(2013/2/4)
 
 
 

(5)下鴨中通りに舞う雪
 
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「京洛逍遥(259)鷺が飛ぶ夕焼けの後に雪が」(2013/2/27)
 
 
 

(6)京大病院がある神宮丸太町あたりの桜並木
 
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「京洛逍遥(268)川端通りから冷泉通りの桜と十石舟」(2013/3/31)
 
 
 

(7)比叡山越しの日の出
 
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【4.1-京洛逍遥】「京洛逍遥(271)良好だった検診2日目と京洛の桜」(2013/4/5)
 
 
 

(8)娘夫婦が得た賀茂御祖神社流鏑馬神事当的
 
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「京洛逍遥(273)上賀茂の競馬競馳の準備風景」(2013年5月 3日)
 
 
 

(9)第2回池田亀鑑賞授賞式
 
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【3.6-池田亀鑑】「第2回池田亀鑑賞授賞式と記念講演会」(2013/6/22)
 
 
 

(10)インドのみなさんと新宿歌舞伎町
 
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「インドのみなさんと『十帖源氏』を読む「紅葉賀」(その4)」(2013/6/26)
posted by genjiito at 23:55| Comment(0) | 回想追憶

2013年12月24日

尾州家河内本『源氏物語』の新聞記事に掲載されたコメント

 多くの方に待ち望まれていた『尾州家河内本 源氏物語 全10巻』(原本所蔵・監修:名古屋市蓬左文庫/解題:岡嶌偉久子、八木書店、2010年12月〜2013年12月)が、遂に今月完結します。慶事です。
 この本は、尾張徳川家に伝えられて来た貴重な写本で、今は名古屋市蓬左文庫が所蔵する、重要文化財の『源氏物語』です。
 今回の精緻なカラー版によって、その実態が徐々に明らかになっていきます。

 昨日の朝日新聞(平成25年12月23日(月)、名古屋本社版、社会欄、31頁)に、この尾州家河内本の記事が掲載されました。6段抜きで、大きく扱われています。
 関西と関東は、後日掲載されるかと思われます。

 その記事の見出し語を引用します。

尾張徳川家伝来の写本 蓬左文庫所蔵

源氏物語「河内本」原本か

研究者調査 膨大な修正跡 確認


 本記事には、岡嶌偉久子さんが尾州家本を丹念に調査研究された内容が、簡潔に記されています。
 そして後半に、岡嶌さんが今回の収穫だとする見解が、次のように引かれています。


過去の調査では目立たなかったが、膨大な修正が極めて綿密に行われており、大変な労力と並々ならぬ執念が伝わってくる。親行校訂の稿本との結論に行きつかざるをえない。


 最後の「親行校訂の稿本との結論に行きつかざるをえない。」というのは、岡嶌さんらしい非常に慎重な物言いです。この点について、その可能性は大だといえるでしょう。

 なお、本記事の最後に、大阪大学の加藤洋介先生と私のコメントが紹介されています。
 この、朝日新聞名古屋本社・都築和人氏の取材を名古屋駅で受けたことは、先日の本ブログで紹介した通りです。
 今、参考までに、そのコメントの部分を引いておきます。

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 「河内本源氏物語」の成立に詳しく、「尾州家河内本」を以前調査した加藤洋介・大阪大学教授は、「とても魅力的な仮説だと思う。校訂した親行自身がどのように源氏物語と取り組んだのかが手に取るように読み取ることが可能になる」。
 「源氏物語」の本文を研究する伊藤鉄也・国文学研究資料館教授は「尾州家本の素性が固まることで、他の写本との比較検討が容易になる。貴重な研究成果だ」と評価した。
             (都築和人)


 最近の『源氏物語』の研究は、もっぱら活字による校訂本文によってなされています。現代の混態異本とでもいうべき本文で、『源氏物語』がこれでもかと精緻に読み込まれています。これは、憂うべき時代にある、という認識を私は抱いています。
 古典から離れた活字本だけによる研究の域から1日も早く脱し、これを機会に、若手研究者がこうした古写本にも興味をもち、それを読解する楽しさを体得してほしいと願っています。

 なお、本新聞記事を入手するにあたっては、都築さんから送られてくる前に、中部大学の本田恵美先生とその知人の方のご理解とご協力が得られたために、こんなに早くお知らせすることができました。みごとな連係プレーに感謝します。

 また、中部大学の蜂矢真郷先生からは、「河内本原本であるかも知れないとは驚きました。そうであるとすると、声点の時代設定も変わってきます。」というコメントをいただきました。
 この尾州家本『源氏物語』が、さまざまな分野でその存在意義を示し、研究に資するものとなることを言祝ぎたいと思います。
posted by genjiito at 23:20| Comment(0) | ◆源氏物語

2013年12月23日

2013年の十大出来事

 早いもので2013年も残すところ1週間となりました。
 今年も元気に多くの仕事をし、国内外を飛び回りました。
 折々に気遣いをしていただいた方々に、感謝しています。
 東京と京都で、年越しと来年の仕事の準備を始めました。
 片付けついでに、今年1年の出来事を整理してみました。

 まずは、恒例となった今年の十大出来事から。


(1)NPO法人〈源氏物語電子資料館〉を設立
(2)京都ワックで『十帖源氏』を読む会が始動
(3)京都でハーバード本『源氏物語』を読む会
(4)『もっと知りたい池田亀鑑〜第2集』刊行
(5)27年来の仲間を追善供養するお茶会開催
(6)スペインで翻訳本『源氏物語』について話す
(7)ハーバード大学本『源氏物語・須磨』刊行
(8)新規採択された翻訳本に関する科研費(A)
(9)『源氏物語』の写本と翻訳本のミニ展示会
(10)中部大学で翻訳本源氏や海外情報の話
posted by genjiito at 22:44| Comment(0) | 回想追憶

2013年12月22日

「天声人語」で紹介された島根県のこと

 先週の「朝日新聞」(2013年12月16日、朝刊)の「天声人語」で、島根県のことが話題に取り上げられていました。
 島根県生まれの1人としては、心穏やかではいられない内容に驚きました。


7年前のネット調査の結果がある。日本地図の上でどの位置にあるかわからない都道府県の1位になったのだ。


 これによると〈日本で47番目に有名な県〉なのだそうです。
 内心、複雑です。
 記事にもある通り、「出雲大社」や「宍道湖」があるのに。
 そうなのだろうか? とも。
 いや、この調査なるものが、どのような意図で、どのような方法で、誰が誰を対象に、何時、どれ位の期間、そして何人中何人の回答が得られたのか?

 それが「7年前」の「ネット調査」とあるだけに、記事に引用されるにあたって、その根拠の信憑性に疑念を抱きました。
 しかも、この不確かな情報を引いて、「天声人語」が私にとって不愉快な記事を書いているのです。

 私は、結婚するまで東北地方の地図が曖昧でした。
 妻の生地が、東北を身近な地域にしてくれました。
 人の意識は、地域により、時期により、さまざまに変化します。
 多様な人々の意識調査を、個人的な都合で引用するのも問題です。
 手元の資料をもとにして、それをひとしなみに日本人の意識としていいのか、などなど。

 島根県が「自虐カレンダー」によって認知度を高めようとしていることにも、複雑な思いを持ちました。
 知られていないことから、「認知度が最低。これはわかりやすい。逆手に取って売りにしよう」ということなのだそうです。
 しかし、それにしても、「自虐」とはあまりにも惨めな紹介のされ方です。
 日本人特有の「自虐史観」に結びつける意識が、この天声人語子にはあるようです。

 この「天声人語」の結びは、次のようになっています。


自虐戦略は功を奏しつつある。よそでも「おしい! 広島県」が話題になったりした。自分で自分を笑う。心に余裕のある大人でないとできることではない。自慢よりずっと上等である。


 私は、この意見に与することはできません。
 島根県人を侮蔑しているとしか思えません。
 天声人語子の本意はともかく、結びの言葉を急いだがための失態と言えるでしょう。
 ひいては、朝日新聞の失態です。
 
 以下に、私が本ブログで紹介した、出雲に関する記事を抜き出してみました。
 島根県を理解していただく一助にでもなれば幸いです。
 
【4.3-江戸漫歩】「江戸漫歩(42)お江戸日本橋へウォーキング」(2011/6/26)
 
【2-源氏物語】「手銭記念館の源氏絵屏風で教示を乞う」(2009/12/18)
 
【5.1-回想追憶】「50年前の自分に会う」(2009/12/19)
 
【1-古典文学】「アンビカさんへ−出雲の阿国レポート」(2009/12/20)
 
【5.1-回想追憶】「千家のおじさんの訃報を聞いて」(2013/8/30)
 
 
 なお、かつて朝日新聞を配達していた新聞少年の一人としては、これまでにいろいろな形で朝日新聞をとりあげています。
 その一端も、以下に抜き出しておきます。
 
「源氏千年(34)低次元の朝日新聞の記事に溜め息」(2008/4/27)
 
「源氏千年(35)朝日の「みだし」への疑問解消!」(2008/4/27)
 
「源氏千年(50)朝日新聞の文化欄に」(2008/6/24)
 
「学問とは無縁な茶番が再び新聞に」(2009/8/11)
 
 先日、朝日新聞の取材を受けたばかりなので、こうしたことが気になり、過去の記事を読み直してみました。
posted by genjiito at 23:02| Comment(0) | 健康雑記

2013年12月21日

『源氏物語』の本文に関する研究会のために渋谷へ

 今朝方は、大きな地震で目が覚めました。といっても、時間は午前1時10分過ぎでした。
 ドンと大きく揺れ、後はしばらく波打つように揺れていました。震度3だったそうです。
 東京で地震に遭うことは、避けられないこととして覚悟しています。ようは、その被害をいかに食い止めるかが問題です。

 様子見を兼ねて、隅田川の散策に出かけました。
 何事もなかったかのように、川は流れています。

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 さて、國學院大學の豊島秀範先生が、科学研究費補助金「基盤研究C」「源氏物語の本文関係資料の整理とデータ化及び新提言に向けての再検討」というテーマで、3年間にわたり共同研究を展開してこられました。
 今日は、その最終回となる研究会です。

 大学の入口には、早くも松竹が飾られていました。
 そして、今日は3つもの研究会の看板が出ています。
 年の瀬とはいえ、研究会活動はますます盛んです。

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 本日の会場へ向かって歩いていると、真正面の見晴らしがよくなっていました。
 ここには、体育館がありました。

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 学生時代には、この体育館で入学式や体育や卒業式をしました。その建物が取り壊されています。私の知っている國學院大學の建物は、これですべてなくなりました。
 すべての建物が私の学生時代と断ち切られたことは、爽やかさと共に一抹の淋しさをも感じさせます。新しくなっていくことへの清々しさには、私が知っている過去が取り壊されたことを意味します。複雑な思いにさせられました。

 今日は、「第三回 源氏物語の本文資料に関する共同研究会」です。
 豊島秀範先生の「開会の辞」の後、先生ご自身が「河内本の本文の特徴 ―「桐壺」「空蝉」を中心に―」という発表をなさいました。

 今日の発表の中で、私が提唱する試案にとっては、格好の傍証となる例がありました。
 それは、「いと さう/\しと 思ふ」という本行の本文があり、その「さう/\し」という語句の右横に「いとをし」という語句が傍記されていたと想定した場合に、私が提唱することが当てはまるからです。
 それは、傍記されていた「いとをし」が、当該箇所の「さう/\し」という語句の前に滑り込むと、「いと いとをしく さう/\しと 思ふ」という文になります。
 また、傍記されていた「いとをし」が、当該語句の「さう/\し」という語句の後に滑り込むと「いと さう/\しう いとをしと 思ふ」となります。

 つまり、傍記が前と後に滑り込むことによって、2つの異文が生まれる、ということです。
 ここで前に混入する前者が、私の言う二分別の〈乙類〉であり、後に混入するのが〈甲類〉なのです。この〈甲類〉は、これまで私が〈河内本群〉と言っていたものが該当します。

 この例は、それがきれいに説明できる例となっているのです。

 私が提唱している、『源氏物語』の本文の二分別試案は、少しずつ実証できる確率が高くなっています。それは、『源氏物語』の本文は内容から見ると〈甲類〉と〈乙類〉の2つに分かれ、〈甲類〉は傍記が後に混入し、〈乙類〉は傍記が前に混入することを立証するのに適した例に、数多く出会うようになったからです。
 『源氏物語』の異文は、まずは傍記が前後に混入することによって発生する、と考えて間違いないと思います。

 『源氏物語』の本文は、池田亀鑑が本の形態から分類して言った〈いわゆる青表紙本群〉〈河内本群〉〈別本群〉の3つに分かれるのではなくて、物語の内容から〈甲類〉と〈乙類〉の2つにしか分かれない、という考え方が間違っていないことの確証を得る例に、よく出会うようになったのです。

 いつか、誰かが、この試案をもっと手堅く証明してくれることでしょう。
 それまで、さまざまな例示を公開する中で、この自説を言い続けていきたいと思います。

 続いて、中村一夫氏の「仮名文テキストの文字遣 ―語と表記の関係性―」、上原作和氏の「方法としての池田亀鑑 ―『校異源氏物語』の成立と桃園文庫―」、上野英子氏の「覚勝院抄の本文と註釈」、田坂憲二氏の「神宮文庫本『紫明抄』について」、そして私の「新規採択の科研基盤(A)・海外における源氏物語研究と各国語翻訳について」と続きました。

 私のものは、研究発表というよりも報告です。しかし、翻訳本をめぐる取り組みなどの話がおもしろかった、と好意的に聞いてもらえたことは収穫でした。みんなと一緒に取り組む課題が楽しいということは、何と言ってもすばらしいことだと思っています。
 今回獲得した補助金を活用した研究では、みんなで楽しく取り組んでいきたいものです。

 最後に上野英子氏の「閉会の辞」があり、これで3年間続いた豊島科研は大きな成果を残して閉じられることとなりました。

 和やかで、充実した研究会に参加できたことは、貴重な体験ともなりました。
 豊島先生、お疲れさまでした。

 懇親会は、渋谷のスペイン料理屋さんでした。
 三省堂で辞典を担当なさっている方が、今もスペイン語の勉強も続けておられたのです。その方がご一緒だったので、スペインの話で盛り上がりました。

 みんなで、来年もよいお年を、と言い合って散会しました。
posted by genjiito at 23:54| Comment(0) | ◆源氏物語

2013年12月20日

アルバイト再募集(第4次・翻訳本『源氏物語』の訳し戻し)

 先般、『源氏物語』の翻訳本に関するアルバイトの募集をしたところ、予想外に多くの方々から応募をいただきました。
 ありがとうございました。

「アルバイト募集(第1次・翻訳本『源氏物語』の日本語訳)」(2013/11/19)

 ようやく、お願いする方々を決めましたので、順次連絡と確認をメールにていたします。
 対応が遅くなり、申し訳ございませんでした。

 まだ、以下の言語の『源氏物語』を訳し戻していただく方を求めています。
 上記ブログをご覧になり、やってみようとお考えの方からの連絡をお待ちしています。

【ネイティブの方】

アッサム語(インド)・アラビア語・ウルドゥー語(インド)・オリヤー語(インド)・クロアチア語・スウェーデン語・スロベニア語・セルビア語・タミール語(インド)・チェコ語・テルグ語(インド)・トルコ語・ハンガリー語・パンジャビ語(インド)・フィンランド語・ポルトガル語・マラヤラム語(インド)・リトアニア語・ロシア語

 
【日本語を母語とする方】

アッサム語(インド)・ウルドゥー語(インド)・オリヤー語(インド)・クロアチア語・スロベニア語・セルビア語・タミール語(インド)・チェコ語・中国語(簡体字)・中国語(繁体字)・テルグ語(インド)・トルコ語・ハングル(韓国)・パンジャビ語(インド)・フィンランド語・ポルトガル語・リトアニア語
posted by genjiito at 22:03| Comment(0) | ◆源氏物語

2013年12月19日

親友の手術入院の報を受けて

 大学の同窓生で、『源氏物語』を共に勉強し、研究してきた仲間から、突然手術をしたとのメールが来ました。
 ガンが再発したために急遽手術をし、今は入院しているとのことです。

 手術は無事に終わったようなので、安堵しています。
 しかし、私と同じ頃に、同じようにガンで手術をし、また今度もガンだと……
 再発したようです。
 人間の身体は厄介です。
 
 昨日、名古屋から新幹線で上京する途次、晩ご飯は名古屋駅のホームで買った「みそカツ弁当」にしました。
 ご飯だけは残し、あとは味噌カツとおかずを食べました。
 ところが、ゆっくりと食べていたのに、しだいに食道を通らなくなり、やがてお腹が痛くなりました。
 これは、私にとってはよくあることなのです。
 しばらくは、箸を休めてジッとしていました。
 しかし、それでも治まる気配がありません。
 次の停車駅である新横浜の手前まで、この腹痛に耐えていました。

 私のガンの執刀医であったO先生から、私は臓器が欠脱しているだけで、それは病気ではない、と言われています。
 そのため、食後にお腹が痛くなるのは仕方のないこと、と諦めています。
 こんな自分の身体と、末永く付き合っていくしかありません。

 研究と病気で意気投合している仲間が再発したことに、あまり動揺はありません。
 先週は、彼が刊行した『源氏物語』の古注釈書を活用して、論文を1本書いて入稿したばかりです。
 お互いに啓発し合いながら40年以上の歳月を経て来たので、いろいろなことがあるさ、との思いでいます。
 この次に会うときには、「大丈夫か」と声を掛けるだけで、いつものようにお互いの仕事の話をすることでしょう。

 そういえば、彼が構築している『源氏物語』の本文に関するデータベースを、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉で預かって次の世代に伝える約束を、今春したばかりでした。
 このデータベースは、彼の家に泊まり込んでスタートさせたものでもあります。
 これを機会に、この件についての話を詰めなければなりません。

 お互いに、自分がやってきた仕事を、次の世代に引き継いでもらう用意をする時期にさしかかってきていることを、彼の入院を機に強く意識するようになりました。

 いずれにしても、1日も早い退院を願いながら、これからのお互いのことを相談しなければなりません。
 家に帰った、という知らせを待つことにしましょう。
posted by genjiito at 23:51| Comment(0) | 健康雑記

2013年12月18日

愛知県春日井市の中部大学でお話をしてきました

 小雨の中、愛知県春日井市にある中部大学大学院国際人間学研究科で、「世界にひろがる源氏物語」というテーマでお話をしてきました。

 これは、大阪大学でご指導をいただいた蜂矢真郷先生と、一緒に勉強をした本田恵美先生が声を掛けてくださって実現したものです。

 開会前に、大学の中にある「建築資料作成室」で、池浩三先生のもとで作成された『源氏物語』に出て来る殿舎などの復元模型等を見せていただきました。

131218_fukugenmokei




 かねてより見たかったものでもあり、二条院、六条院、紀伊守邸などの復元資料を、間近に興味深く拝見しました。

 さて、今日は、『源氏物語』が世界24ヵ国、31種類の言語で翻訳されていることを踏まえ、その翻訳本の表紙等を紹介し、そこから見えてくる今後の新しい研究テーマ等をお話ししました。

 私はパワーポイントを使ったプレゼンテーションはしないように心掛けています。あれは、マスターベーション以外のなにものでもない、と思っているからです。聞いてくださる方々に、知的刺戟を与えない、電気紙芝居にすぎないからです。
 今日も、実物投影機を用意していただき、翻訳本などの実物を見ていただきながら話を進めていきました。

 イタリアの本屋で「ゲンジモノガタリ プリーズ」と言うと『源氏物語』のイタリア語訳の本が出て来る話は、本当の話だけにみなさん興味を示されたようです。
  本ブログ「ヴェネツィアから(7)イタリア本」(2008/9/14)でも紹介しています。

 また、ないはずのウルドゥ語訳『源氏物語』が、実際にはインドの図書館の中国のコーナーにあった、「ウルドゥー語訳『源氏物語』をインドで発見」(2009/3/5)ということも、先入観のない調査が成果を生む例として紹介しました。

 その他、最新情報としてのスペイン語訳『源氏物語』や、先月刊行されたオランダ語訳『源氏物語』が、ネットでは「horror」(ホラー・恐怖)に分類されていることも報告しました。

 また、現在の研究として、『源氏物語』の本文研究の実情や、海を渡った『源氏物語』の例として、「米国議会図書館本『源氏物語』」や、ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』のことも紹介しました。

 海外の『源氏物語』研究については、私が最近獲得した科学研究費補助金による研究としての「海外における源氏物語を中心とした平安文学及び各国語翻訳に関する総合的調査研究」のことも、詳しく報告しました。

 この話に関しては、外国語に翻訳されたものを日本語に訳し戻すことについて、後でいくつかの質問を受けました。これは、日本文化の伝播に関する研究テーマとなるものです。今後のおもしろい検討課題であることを、再認識しました。

 翻訳本の情報として、持参した14種類の翻訳本の表紙をスクリーンに映しながら説明しました。これは、先般国文学研究資料館で実施された、国際日本文学研究集会で展示した本のいくつかを入れ替えてお見せしたものです。

 これは、予想外の本の装訂と表紙絵のオンパレードなので、みなさんスクリーンを凝視なさっていました。終了後に、実際に本を手にとって見ていただきました。

 幅広い年齢層の方々が参集されており、気持ちよくお話ができました。
 関係者のみなさま、ご高配に感謝いたします。

 無事に終わり、中部大学がある神領駅から名古屋駅に向かう車中で、朝日新聞名古屋本社から連絡が入っていることに気付きました。国文学研究資料館の事務を通して、至急取材をしたいとのことでした。内容は、今日の海外の『源氏物語』に関することではなくて、『源氏物語』の本文研究に関することのようです。

 たまたま今ちょうど名古屋にいることを伝え、名古屋駅前で朝日新聞の記者の方と待ち合わせをしました。記者の方も、私が名古屋にいることは知らずに東京に連絡をしたら、すぐに名古屋で会うという展開に、驚いておられました。
 駅の横にあったティールームで1時間ほど取材を受けました。
 こんなことがあるのです。何とも、不思議な巡り合わせの1日となりました。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ◆源氏物語

2013年12月17日

先週の林文月先生の受賞記念講演

 先週実施された「人間文化研究機構 日本研究功労賞授賞式 及び 記念講演」で、林文月先生はご自身の翻訳体験を踏まえて、貴重なお話をしてくださいました。
 その日のことは、本ブログ【9.0-国際交流】「日本学士院での林文月先生の授賞式に参加して」(2013/12/10)で少し紹介しました。

 同行していた立命館大学大学院生の庄婕淳さんが、その時のお話と林文月先生への思いを、簡潔な文章にしてまとめたものを送ってくださいました。ここに紹介して、当日の様子を再現したいと思います。

 庄婕淳さんは、京都での「ハーバード大学本『源氏物語』を読む会」や「『十帖源氏』を読む会」に、毎回熱心に参加しています。そして、林文月先生の訳ではこうなっている、と常に参照し、その中国語訳『源氏物語』は彼女の座右の書となっているのです。

 なお、この日の授賞式と講演のことは、中国でニュースとして取り上げられました。インターネットの以下のアドレスでご覧いただけます。
 このニュースの後半で、私が会場で必死にメモを取っている姿が、大写しになって出て来ます。お見逃しなく。

http://www.chinatimes.com/realtimenews/20131211003355-260413

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 十二月十日。
 午前の雨が嘘のように晴れ上がっています。
 上野公園の銀杏の黄葉は陽射しで輝いています。
 その美しさで思わず留まって写真を撮っている人もいました。
 黄葉の並木の道を通り、右へ曲がるところは、今日の目的地である日本学士院です。
 『源氏物語』の中国語訳をなさった林文月先生の「第三回日本研究功労賞授賞式及び講演会」はここで開かれます。
 それを待ちかねている私は、一時間早く会場に着きました。

 林文月先生の文章との出会いは二〇〇八年。
 京都に行くことを夢見ていた私が、偶然に見かけた『京都一年』という散文集から始まりました。
 林先生は優美な筆調で、一九六九年に京都大学人文科学研究所の研究員として京都に滞在していた一年の思い出を、この本に綴られたのです。

 その筆で描かれていた京都の風情は私を魅了させ、京都に行きたい気持ちを強める一方、林文月先生の文章を集め、もっと読みたくなりました。惜しいことに、その時林先生の文章が大陸ではまだそれほど出版されていませんでした。しかし、その作品を調べたところ、初めて林先生が『源氏物語』を翻訳なさったことを知り、読みたいと思うようになりました。

 今年の三月に台湾に行くことを機に、やっと林先生訳の『源氏物語』を入手し、毎日のように拝読しています。まさかここ数年夢見ていることが叶い、今日林先生と実際に会うことができるとは思いませんでした。

 授賞式が始まりました。
 今日の主役である林文月先生は、舞台左手の椅子に腰掛けておられます。
 耄耋の年とは思えないほど元気なご様子でした。

 まず、人間文化研究機構長金田章裕先生からのご式辞と、今回の選考委員会委員長野家啓一先生からの選考報告がありました。
 林文月先生はその優れた翻訳で評価されただけでなく、唐代文学が日本平安文学における影響を指摘し、その比較研究の第一人者としても評価されています。
 賞状と記念品、賞金の贈呈が終わった後は、吉田大輔先生と金文京先生のご祝辞がありました。一番印象深かったのは、金文京先生が林先生の訳は中国文学を専攻する人にとって、日本語の原文よりも読みやすいと述べ、その文体が優美で漢文調であると評価し、日本人の方にもお勧めだと仰ったことでした。

 授賞式の後は、林文月先生の御講演でした。
 林先生は、今日が自分一生至福の時だとお話しされ、その生い立ちから『源氏物語』を代表とする平安文学の翻訳に携わる経緯を述べられました。

 日本の租界であった上海に生まれ、十二歳まで日本語教育を受けておられた先生は、終戦に伴い、中国籍になり、台北で中国語教育を受け始められました。
 まだ翻訳ということを意識していなかったその時からも、中国語を日本語に、日本語を中国語にというような、翻訳に近いことをなさっていました。
 大学に入った後は、少年少女向けの読み物を中国語に訳されたことがあります。

 『源氏物語』を翻訳する契機となるのは、「『源氏物語』と長恨歌」と題する論文を『中外文学』に発表された際、「桐壺」の巻を中国語に訳して付けたことからです。
 長恨歌は中国ではよく知られている名作であり、暗誦できる人も多くいますので、その影響を受けた『源氏物語』という日本文学作品の存在が読者の興味を大いに誘い、翻訳してほしいとお願いする手紙が殺到しました。
 当時、仕事と育児を両立させていた林先生は、皆の情熱に感動し、強いてそれを引き受け、五年半の間、一回も欠かずにその翻訳を連載しておられました。

 その後、次から次へと、平安文学を代表する『枕草子』『和泉式部日記』『伊勢物語』を翻訳されました。
 日本文学を中国語訳するもう一つの大きな契機は、京都大学の吉川幸次郎先生のお言葉でした。当時、吉川先生は次のように仰いました。
 「日本の漢学者は、日本で、中国の文学、楚辞、詩経から、水滸伝、紅楼夢まで一応ざっと日本語訳があります。なのに、なぜ中国人は日本の作品を無視しているのでしょう。あまりにも冷淡です。」
 林先生は、今になってもその時の吉川先生の表情が忘れられません。
 また、イギリスで偶然に『枕草子』の英訳を目にしたことも、林先生に大きな刺激を与えました。イギリスですら翻訳されているのに、同じ漢字の国でありながら、未だ中国語訳がないとは、と。

 さらに、林先生は、自分が翻訳している作品が平安女性作家によるものが多いですが、その作品が女性による作品であるがために翻訳したのではなく、日本文学の代表的な傑作であるから翻訳したのだ、と仰いました。
 紫式部、清少納言、和泉式部は同じく平安時代の才媛でありますが、それぞれの文章には個性があります。翻訳に際して、一人一人の個性を体現するために、先生は文体を選んでいます。
 また、仮名文学は漢文学と比べて、丸い感じがあります。その柔らかさを表現するために、言葉を選んでいます。

 古典を翻訳する時、一番難しいことは和歌の翻訳です。
 英訳を参考しつつ、漢訳の時によく使われている七言絶句、五言絶句などのような形を取らず、和歌の構造と意味がよりよく体現できるように、漢の高祖の大風歌の形を倣い、和歌を訳しました。
 その翻訳の工夫を示すために、林先生は桐壺更衣の和歌の英訳、漢訳などをそれぞれ例示し、説明していかれました。

 さらに、読者に背景や知識を備えてもらうために、林先生は手間を惜しまず、多くの注釈を施しました。
 また、当時の状況をわかりやすく伝えるために、『和泉式部日記』『伊勢物語』には、林先生自ら描いた挿絵を入れました。このような工夫を重ねたからこそ、現在のような大作が我々の目に届いたのだと、私は拝聴しながら思いました。

 講演会の後、激動的な気持ちを抑えきれずに、私は林先生にサインをしていただきました。
 親切な対応にすごく感動しました。
 遠い道を辿りましたが、今日のようにご会面できたのは、思いもしないことでした。
 これからも、この感動を忘れず、今日の有難いご講演から学んできたものを研究に生かしていきたいと思っています。
〈庄婕淳 記〉
posted by genjiito at 23:30| Comment(0) | ◆源氏物語

2013年12月16日

京都で『十帖源氏』を読む「須磨_その9」

 先週土曜日の京洛は爽やかな天気でした。
 出町橋の袂から葵公園越しに大文字の送り火で知られる如意ヶ岳とを臨んだ様子です。

131214_kamogawa




 さて、『十帖源氏』の「須磨」巻に関する輪読会の報告です。
 海外の方々に、現地の言語で翻訳していただくための日本語訳を、可能な限り優しい日本語で作り続けています。

 問題となったことは、以下の3点です。

(1)「御息所は私の従兄弟です。」という訳では、「従兄弟」の漢字標記が紛らわしいとして、いろいろな意見が出ました。御息所が女性なので、特に誤解を招くからです。
 そのため、原文にあるままの「いとこ」と平仮名で表記することになりました。

(2)「女は心たかくつかふべき物也」を、「女は志を高く持つべきものです。」と訳すことについて。
 「心たかく」「つかふ」の訳に拘り、ここは「女は理想を高く抱くべきです。」となりました。

(3)「あまともあさりしてかいつ物もて参る」についても、いろいろな意見が出ました。
 提示された訳は「漁師たちが漁をして貝などを持ってきます。」でした。
 「あま」を「漁師」とすることについて、貝などを捕るのは女性ではないかという意見がだされました。今年話題となった「あまちゃん」を想起してのことです。
 このことから、海外のいろいろな訳を参照しました。ほとんどがこの「あま」を男性として翻訳されていました。今、その実態がわからないので、ここは「海人」とし、「海女」にしないことになりました。
 
 次回は、新年正月18日(土)午後3時からです。
 京都新聞の「まちかど欄」に、お誘いの記事が掲載されるはずです。
 京都御所南にあるワックジャパンで開催しています。
 お気軽に足を運んでみてください。
posted by genjiito at 23:21| Comment(0) | ◆源氏物語

2013年12月15日

久しぶりにお茶のお稽古へ

 8月以来となる、大和平群でのお茶のお稽古です。
 しかも、すでに炉のお手前となっています。

 9月からの学会シーズンの後、さまざまなイベントに関わり、10月にスペインへ、そこで突然、科学研究費補助金の採択が決定したとの知らせで、帰国後はその対処に明け暮れています。

 今もその最中にあり、家で2度ほどおさらいをしたとはいえ、炉は半年以上も間が空いているのです。今日も頭の中は、思い出そうとすることと覚えようとすることで、まさにぎくしゃくとしながらもフル回転です。
 ここ数ヶ月とはまったく異なる箇所の脳みそを、思いっきり活性化させることになりました。

 私は、家にお客様をお呼びした時のことを想定して、その実践につながるようなお稽古を意識して実践しています。
 お茶を点てるという原点とどう結びつくのかは、今はおいておきましょう。
 お茶は、お客様をおもてなしする上での、日本における文化的な仕掛けの1つだと思っています。

 これまでお客様に、我が家で何度かお茶を差し上げました。その時のことを思い出すと、道具の持ち運びで話が中断したりして、お客様にせわしない思いをさせたように思います。

 それが今日は、たまたま目の前にあった棚の話から、その棚を使ったお稽古に挑戦することとなりました。
 炉の薄茶の棚手前で、丸卓(まるじょく)を使ったお手前です。
 先生は、気ままな私があまり横道に逸れないように気遣いながらも、望みが叶うように手助けしてくださいます。ありがたいことです。

 今日の、棚を使った薄茶のお稽古では、お客様に部屋へ入っていただく前に、水差しと棗をあらかじめ丸卓の棚に置いておくことを想定したものでした。これだけで、お客様を部屋に案内した時の雰囲気が違います。
 また、私の出入りも幾分抑制され、お客様に気を遣わせません。

 いつもと大きく違うことは、事前に茶巾を乗せた水次を用意しておくことでした。
 そして、運び込んだ茶碗を水差しの前ではなくて、勝手付に仮置きしました。次に、棚の上から棗を下ろすと、棚の右前に置き、仮置きしてあった茶碗をその左横に並べます。この動作は初めてのものです。ただし、その後はいつもの流れになっていました。

 また、「おしまい」の挨拶をしてから後、釜に柄杓で水を差すところで、柄杓を使って釜のお湯を汲み返したり、柄杓や蓋置きや棗を棚に飾り、水次を運び込んで水を追加したりと、新しいこともやりました。この、終わりの段階で水次を運んでくるのは、気分転換になっていいと思います。
 これまでとは異なる動作がいくつかあります。しかし、道具の持ち運びが少なくなった分、これでお客様とはゆっくり話せます。

 この棚を使ったお手前も、さまざまなパターンがあるそうです。あまりたくさんは一度には覚えきれないので、基本的なところに留めていただきました。

 今年の夏には、葉蓋とガラスの水差しを使った追善のお手前が好評でした。
「亡き仲間を偲んで我が家でお茶会」(2013/8/15)
 次は、この棚を使ったお茶を点てたいと思います。
 さて、誰を練習相手として呼びましょうか。
 このくだりを読んでビクッとした方が、次の犠牲者候補です。よろしく。

 まだまだ、茶道の基本すら充分には身に付いていない段階です。しかし、知人と一緒にお茶をいただく場を用意して、そこでいろいろな話をすることを実現すべく、こうしたお稽古をする事は楽しいものです。

 遊び心が大半のお茶のお稽古です。しかし、あたたかく人を迎える1つとして、お茶の心得を身につけたいと思っています。
posted by genjiito at 23:23| Comment(0) | 美味礼賛

2013年12月14日

京都で『源氏物語「蜻蛉」』の写本を読む(第6回)

 前回話題になった、筆順についての話から始まりました。
 「やた管ブログ(中川@やたがらすナビ管理人)」の下記の記事2本を紹介し、子どもたちに筆順を教えることの意味を語り合いました。

http://blog.livedoor.jp/yatanavi/archives/53090281.html
「教育における〈子供だまし〉」(2013年11月10日)
「筆順の話」(2013年07月11日)
 
 私は、横書き文化が浸透している今、現在の縦書きの筆順にあまり拘らない書き方を考えるべきだ、と考えています。結論の出ない問題です。しかし、一つだけの筆順を教えることで、これから日本語を習得しようとする人を縛るべきではないと思います。
 文字を書く機会が減りました。それだけに、筆順が出鱈目だと、それを崩すときにさらに読めない字になります。そのためには、ある程度の統一した筆順を覚える必要はあります。しかし、……です。このことは、また整理します。

 ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」は、2丁表の3行目から字母の確認を進めました。

 これまでに確認を終えた、巻頭から今日確認した2丁表までの字母は、次のようになります。


ハーバード本 52蜻蛉 字母版(131214補訂済)

  [1]浮舟の失踪に大騒動となり右近と侍従は浮舟が入水した思う
   【1931/12:520001】
[1]加之己尓者比登/\・遠波勢奴越・毛止免左者
个止可比奈之・毛乃可多里野/比&野・飛免幾三乃/免&飛・人尓・
奴春末礼堂良無・安之多乃・也宇奈礼八・久八
之宇毛・以比川遣須/川+川・幾也宇与利・安里之・
川可比乃・返寸・奈利尓之可葉・於保川可奈之止
天・末多・人・遠己世多里・末多・止利能・奈久二
奈无・以堂之多天左世・給部累登・川可比乃・
以不尓・以可尓・幾己恵无・免乃止与利・八之
女天・安八天末止不・事・可幾里・那之・思由留・
可多・奈久天・堂ゝ・左波幾安衣累遠・可乃・心・志礼留(1オ)」

登知那无・以三之宇・毛乃・思給部里之/之&部里・左末遠・
思以川留尓・身越・奈个・給部累可登・
於毛飛与利遣累・奈久/\・古乃・文遠・安遣
堂礼波・以登・遠本川可奈左尓奈无・思川ゝ・
末止呂末礼・八部良奴尓也・己与比八・由免尓堂
仁/多尓&尓堂・宇知登計天毛・身衣寸・越曽八礼川ゝ・
心知毛・礼以奈良須・宇多天・侍遠・奈越・以登・遠曽
呂之・毛乃部・和多良世・給八无・事波・知可ゝ
武奈礼登・曽乃・程・古ゝ尓・武可部・堂天末川利
个无/个〈判読〉=天・遣不・安免・不利奴部个礼葉奈登・有(1ウ)」

与部乃・加部利己登止毛・安計天・美天・右近・以
美之宇・奈久・左礼八与・己ゝ呂本曽幾・事八・幾
古衣・給比个利・王礼尓・奈止可・以左ゝ加・乃多末
不・己止乃・奈加利个无・於左那加利之・本止与利・
川由・己ゝ呂・越可礼・多天末川留・己止・那久・知利八
加利・遍多天・奈久天・奈良比多留尓・以末者・
可利乃/可±幾・三知尓之毛・我遠・ゝ久良加之・个之
幾越堂仁・之良世・給者左利計留可・川良支・
事止・於毛不尓・阿之寸利止・以不・己止越・之天・
奈久・左満・和可幾・己止毛乃・也宇奈利・以三之久(2オ)」


 「可・加」「止・登」「三・美」「己・古」「和・王」等が、どうやら文字列によって使い分けられているようです。その点について、書写者の意識に内在する法則性を、この確認を通して今後とも探っていきたいと思います。

 次の文字は、単独で見せられると判断停止となりかねない字形です。

131214_52p3ma




131214_52p3tiri




131214_52p3ha1




131214_52p3ha2




 順に「ま(未)」「ちり(知利)」「は(者)」「は(者)」です。
 これらは、ほとんどが行末にあり、文脈の中で読み取るしかない文字です。
 古写本を読むときに、文字としてではなくて文字列として、文の流れを意識して読み取ることが求められる例と言えるでしょう。

 また、雑談の中で、どの字母を使って文字を写し取っていくのかということで、書写者の生活や知的・人的な環境が読み取れないか、ということになりました。
 写本は親本を忠実に写し取るのが原則です。しかし、書かれている字母の揺れ具合を見ると、そこには書写者の素顔が見えるように思えるのです。そんなことにも思いを及ぼしながら、この鎌倉時代の古写本『源氏物語』を読んでいきたいと思います。

 次回は、新年正月18日(土)午後1時からです。
 毎月第2土曜日を原則としています。しかし、新年は第3土曜日になりますので、お気を付け下さい。
 前回からの持ち越しで、今日もできなかった、物語の内容の確認から進めます。
 興味と関心をお持ちの方の参加を、楽しみにしています。

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「京都で『源氏物語「蜻蛉」』の写本を読む(第5回)」(2013/11/9)

「京都で『源氏物語「蜻蛉」』の写本を読む(第4回)」(2013/10/5)

「京都で『源氏物語「蜻蛉」』の写本を読む(第3回)」(2013/9/21)

「京都で『源氏物語「蜻蛉」』の写本を読む(第2回)」(2013/8/10)

「京都で『源氏物語「蜻蛉」』の写本を読む(初回)」(2013/7/13)
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posted by genjiito at 23:59| Comment(0) | ◆源氏物語

2013年12月13日

MacBook Proに関するメモ(その6)

 これまでに、数回にわたって報告してきたアップルの新OS「マーベリック」版 MacBook Pro の不具合について、いくつか解消しました。しかし、まだのものもあります。
 時系列で列記して整理しておきます。


(1)移行アシスタントによるパソコンのお引っ越しは断念しました。
(2)突然ログアウトして文章が突然消えることは最近はありません。
(3)スリープから起き上がらない症状はまだ発生していません。
(4)ウェスタン・デジタルのハードディスクはデータが壊れることなく動いています。
(5)Gメイルが突然消失することはなくなったようです。
(6)突然スピーカーが壊れた音で警報のような耳障りな音がすることはありません。
(7)プルダウンメニューがすぐに閉じることはなくなりました。


 まだ油断のならない症状について。


(8)Proがこれまで使っていたMacBook Airを未だに頻繁に探しに行きます。


 問題が解決したこと。


(9)「iWork」については、話せば長い経過があって、ダウンロードできました。
(10)iCloud の容量を減らすことに成功しエラーは出なくなりました。


 この(9)と(10)については、アップルサポートアドバイザーであるHさんの、連日の電話による対応で解決しました。ありがとうございました。
 (9)の「iWork」と(10)iCloud については、ダウンロードができ、ストレージの中身も掃除ができたので、もう忘れます。しかし、未だに不審は拭えません。出荷時期の問題で、私の購入が早すぎたという、いつものパターンで終わっています。

 新たな問題が発生しています。


(11)アドレスブックのカードに表示される顔写真が枠外にズレます。


 マーベリック以降に作成した方のカードに関してだけ、そうした状態になります。
 該当する方には、実害はないとはいえ本当に申し訳ないので、表示されないようにしています。この顔識別は、毎日多くのメールをやり取りする私にとって、相手を間違えずに認識しやすいものなので重宝していました。

 これについても、本日長時間かけてHさんが電話でいろいろと対処をしてくださいました。しかし、まったく改善しません。今日のところは、iOS と iCloud のやりとりで障碍が発生しているのではないか、とのことでした。
 これは引き続き抱え込んでいる問題です。

 とにかく、未だにMacBook Pro が快適に使えません。
 常に危うさを抱え込んだ状態で、高速マシンらしくなく、ヨタヨタとしています。
 ハードもソフトも大きく変わったことが原因なのでしょう。気持ちよく仕事に没頭できない状態が続いています。いつものことだとはいえ、複雑な思いで片隅に MacBook Pro を置きながら、これまた調子のよくない MacBook Air で仕事をしています。
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2013年12月12日

読書雑記(86)平子義雄『翻訳の原理―異文化をどう訳すか』

 最近、『源氏物語』の翻訳について、関連する情報を整理しています。

 先月、オランダ語訳『源氏物語』が刊行されました。
 オランダの書店に注文したところ、あいにく在庫がないとのことで、1〜8週間待ってほしいとのことです。
 電子ブック版はすぐに入手できます。しかし、私は書籍というモノに拘ります。
 1〜8という長さが、まさに異文化の感覚であり、理解しがたいものです。が、とにかく、待つしかないようです。

 そんな中で、平子義雄著『翻訳の原理―異文化をどう訳すか』(1999年3月、大修館書店)を読みました。翻訳論の入門書とのことです。しかし、この手の本は初めて読む私にとって、言語学や論理学や文化学の本を読んでいるつもりになりました。まさに、翻訳という営為を通して知る、異文化コミュニケーションの実地体験とでもいうべきことが楽しめます。おもしろい本です。

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 以下の構成となっています。


第1章 翻訳者の地位
     −翻訳者はただの「仲介人」ではない
第2章 翻訳の原理
     −翻訳とは辞書をひく作業ではない
第3章 異文化コミュニケーションとしての翻訳(1)
     −異なる分節体系どうしのやりとり
第4章 異文化コミュニケーションとしての翻訳(2)
     −日本語「文」と英語「センテンス」とのやりとり
第5章 実践への応用
     −統辞構造の違いを知り、翻訳に生かす
第6章 テクストの種類
     −日常会話は専門語より訳しやすいか


 まずわかったことは、翻訳者は原典を解釈し、それを訳文として表現する人だ、ということです。この定義は明確です。

 私は、この本を、翻訳された『源氏物語』を日本語に訳し戻す、という現在直面している問題意識で読みました。今は、31種類もの言語で翻訳されている『源氏物語』を対象として、その翻訳によって日本文化がどのように変容して伝えられているか、という命題を考える資料を作成したいのです。そのためには、均質な条件で訳し戻した日本語訳でないと、研究対象とはなりません。まさに、翻訳というものに直面しています。

 著者は、次のように言います。


◆翻訳方便論と翻訳文学論
 いわゆる「流暢な訳」は、日本語として抵抗がないということである。これと反対の「逐語訳」は−訳者の日本語能力の拙さによる直訳を除外すれば−語義のもつ形式価値にこだわり、少しでも原典の言語特性を伝えようとする、原典に忠実・十分な訳で、わざと逐語訳にして日本語世界に異物をもちこむ翻訳である。この二つのどららが文学の翻訳としてよいのか。古今東西、論争されている問題である。(174頁)


 各国語に翻訳された『源氏物語』を日本語に訳し戻す上での大前提として、私は、意訳ではなくて直訳が今の用途としては必要とされると思っています。著者の言葉で言うなら、方便としての逐語訳です。

 また、「直訳」と「意訳」について、著者は次のようにも言っています。


「直訳か意訳か」とか「十分な訳か甘受できる訳か」という分け方より、原典に「忠実な訳」と、読み手にとって「読みやすい訳」という分け方がよいだろう。いわゆる直訳とは、起点言語の言語的特性をできるだけ伝えようとする翻訳のことだから、「忠実な翻訳」の一種ということになる。他方、意訳は、目標言語体系の中で違和感なく意味が通じるということだろうから、これは「目標言語における抵抗の少なさを考慮して読みやすくした翻訳」と定義できる。
 「忠実な訳」と「読みやすい訳」のどちらがよいかは一概には言えない。二つの言語の間で、より起点言語に近寄ろうとするのが前者、より目標言語に近寄ろうとするのが後者である。どちらをとるかは、原典のテクストタイプに対するテクスト美学的配慮と、読み手(受信者)の能力に対する受容美学的配慮の、いずれを優先させるかという問題なのである。(151〜152頁)


 今、『源氏物語』が訳された31言語を日本語に訳し戻すにあたっては、やはり直訳となる「忠実な訳」によるしかないのです。
 これは、ここ数年続けている『十帖源氏』の現代語訳の方針とも一致します。

 そして、次の例は、訳し戻すことによって、その表現から文化の移し替えや変容を考えるヒントを与えてくれるものとなっています。


 実用論(語用論)の視点からみれば、すべての発話が翻訳可能である。ヤーコブソンは「すべての認知経験は伝達可能である」と言っている。たとえば北東シベリアのチェクチュ人の言語には〈ねじ〉にあたる語がないが、〈釘〉にあたる語はあるので、彼らは〈ねじ〉を「回転する釘」という意味の語に訳し、それで用は足りるのだと[Jakobson 1975:60]。(54頁)


 つまり、遠回しの表現となっている箇所などを見ていくと、異文化を言葉で何とかして伝えようとする翻訳者の腕が伺えるのです。そして、その部分が、文化の変容を考える手掛かりを与えてくれることになるのです。
 当座の用にも、大いに参考となる本と出会えました。

 本書では、『蜻蛉日記』や『おくの細道』、そして『雪国』などの英訳例を提示して、具体的に翻訳の問題点を語っています。
 さまざまな例がおもしろくて、一見むつかしそうな本であっても、読み終えることができました。

 なお、次の話は、『源氏物語』における異本でよく見かける、語句の転倒を考える上でのヒントを与えてくれるものです。メモとして残しておきます。


 井上ひさしの『馬喰八十八伝』に、語順をひっくり返してしかものを言えない人物が出てくる。〈心細いことはお今さんであろうな。ことばの慰めにお今さんを言ってあげたいものじゃ。部屋のどちらはお今さんかな。〉読んでいて多少ひっかかる程度で、意味はすぐとれる。日本語では語順の乱れは読解にとってさほど破壊的には働かず、つまり逆にいえば統辞法がもつ規定力は絶対的なものではないわけである。(56頁)
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2013年12月11日

源氏物語の本文に関する研究会の案内_最終回

 今年も年末恒例となった、國學院大學の豊島秀範先生主催の研究会が来週開催されます。

 この研究会は、豊島秀範先生が推進しておられる「科学研究費補助金「基盤研究C」−源氏物語の本文関係資料の整理とデータ化及び新提言に向けての再検討−」(課題番号:23520241)を基盤とするものです。

「源氏物語の本文資料の 再検討と新提言のための共同研究」

 この科研は本年度が最終年度です。
 そのため、この研究会も今回で最終回となります。

 『源氏物語』の本文研究は、とにかく遅れています。
 本文に興味を持つ研究者も、相変わらず少数です。
 少しでも『源氏物語』の本文研究のおもしろさを知ってもらうためにも、こうした研究会で刺戟を受け、問題意識を育んでいただければ幸いです。

 自由参加です。
 啓発の場として、お薦めします。

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2013年12月10日

日本学士院での林文月先生の授賞式に参加して

 「人間文化研究機構 日本研究功労賞授賞式 及び 記念講演」が、上野の日本学士院で開催されました。

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 第三回となる今年は、『源氏物語』の中国語訳で知られる林文月先生がめでたく受賞されました。

 立派な授賞式で、機構長をはじめ文部科学省や京都大学のご来賓からのご挨拶の後、林先生の講演がありました。

 「平安朝文学の中国語訳」と題して、『源氏物語』を中国語に翻訳するにあたっての詳しい話を伺いました。そんなご苦労が、と聞き入ってしまいました。

 上海生まれで、お父さんが日系企業に勤めておられた関係で、日本語で育ったそうです。小学校6年生から台湾に帰り、台北で中国語の生活と勉強をされました。
 生活の中では、中国語と日本語を置き換えながらの日々であり、翻訳とは何かなどとは考えもしなかったそうです。このことが、後の翻訳に活かされ行ったのです。

 『源氏物語』の中国語訳については、研究論文に付した「桐壺」巻が好評だったことから、5年半で全巻を中国語に翻訳されたのです。その原動力には、京都大学の吉川幸次郎先生が「中国人は日本の古典文学に冷淡だ」と仰ったことがあるようです。それを自分でやろうと。

 林文月先生の中国語訳では、和歌の訳に特色があります。3行で訳されたのです。しかも、韻を踏みながら。また、豊子ト氏の中国語訳を知らずになさったということにも、驚きました。

 林文月先生の話は、『枕草子』『和泉式部日記』『伊勢物語』へと展開しました。
 充実したお話を伺い、多くの啓発を受けました。

 その後のレセプションで、林先生と親しくお話をすることができました。
 現在私が、海外における『源氏物語』の翻訳をテーマとして研究をしていることや、林先生の中国語訳を日本語へ訳し戻すことを終えたことなど、報告や今後のお願いをしました。

 今回お目にかかったことが、今後はどのように展開していくのか、大いに楽しみにしています。

 会場には、秋山虔先生がお出ででした。エレベータでレセプション会場までご一緒し、体調の話などを伺いました。少し足が弱くなってと仰っていましたが、非常にお元気で安心しました。
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2013年12月09日

井上靖卒読(173)「監視者」「ローヌ川」

■「監視者」
 自分から心が離れていく女の話です。20代の愛人に、ますます惹かれていく40代の男。女は女優として生きていこうとしています。一時の逢瀬もままなりません。若い女をもてあます中年の男が、心情の面から描かれるのです。女の方も、自分を監視する男がそばにいることで安心しているようです。男女の心の襞がうまく表現されています。そして、爽やかです。【5】
 
 
初出誌:小説中央公論
初出号数:1963年9月号
 
集英社文庫:火の燃える海
井上靖小説全集31:四角な船
井上靖全集6:短篇6
 
時代:昭和、戦後?
舞台:東京都(銀座)
 
 
 
■「ローヌ川」
 井上靖が好きな川の話です。中国の揚州の川、蘇州の川、そして黄河。人工が自然へと同化していく様を、川を通して語ります。揚子江も、韓国の洛東江もそうです。世界各国の川が取り上げられます。悠久がキーワードでしょうか。川を一つ選ぶとしたら、中国の珠紅だと言います。作者は、人間との接点を大事にしているのです。さらに、人間と無縁のローヌ川へと移ります。そして、巣村という男がパリで自殺する話で終わります。ヨーロッパの雪山で、ユングフラウが一番美しい、というのも心に残りました。【2】
 
 
初出誌:別冊文藝春秋
初出号数:1964年1月86号
 
新潮文庫:道・ローマの宿
井上靖小説全集18:朱い門・ローマの宿
井上靖全集6:短篇6
 
 
 
〔参照書誌データ〕
 「井上靖作品館」
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2013年12月08日

甥の葬儀のこと

 霙もようの寒い朝です。
 昨夜は語り明かしました。
 秋田の冬は、家中を大きなストーブで各部屋を暖めます。
 それでも、一歩部屋を出ると、廊下は冷え切っています。

 戒名は「清照院玉峰成真居士」。
 「成真」は「じょうしん」と読みます。
 きれいな名前です。
 
 宗派は、我が家と同じ曹洞宗です。
 しかし、葬儀の段取りは関西とは大きく異なります。
 出棺、火葬などはすでに終わっていました。
 
 若すぎる死に、たくさんの方々が弔問にいらっしゃいました。
 弔辞は、一番仲のよかった親友です。
 従兄弟のお別れのことばも、語りかけるように情の籠もったものでした。

 お斎きという会食は、正面に御師さんと伴僧の方2人が座られます
 その右側に、甥の新紀元の位牌と写真、そして骨壺と花が置かれています。
 大勢で賑やかに、おいしい精進料理をいただきました。

 東京への帰りも、秋田経由の新幹線こまちです。
 
 今回の秋田行きで、いいお酒との出会いがありました。
 いつも、秋田に行くと、「由利正宗」というお酒をいただきます。
 その「由利正宗」に、「糖類無添加」というお酒があったのです。

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 いつも家では、「月桂冠」の「糖質ゼロ」を飲んでいます。
 これからは、このお酒も加えたいと思います。
 家族からは勝手な解釈を、と言って笑われていますが、主治医の先生からは、お酒は大いに飲みなさい、とおっしゃってくださっています。
 普段は焼酎を中心とした蒸留酒です。それに加えて、糖質ゼロのお酒を飲んでいます。
 もちろん、そんなに量は飲めません。食前は身体が受け付けないので、食後にいただいています。
 これで、私が飲めるお酒のレパートリーが拡がりました。
posted by genjiito at 23:31| Comment(0) | 身辺雑記

2013年12月07日

甥の突然の訃報を受け秋田に来ました

 37歳でした。

 建築士として飛び回り、結婚し、2ヶ月前に新しく自分たちの家を建てたばかりでした。
 我が家の子どもたちの面倒を、よく見てくれました。

 東京から秋田新幹線こまちで秋田駅に行き、そこから乗り換えて羽後岩谷駅まで。
 7時間かかりました。

 羽後岩谷は、松本清張の『砂の器』の舞台となった羽後亀田の隣の駅です。
 私が島根県出雲の出身なので、この地は縁が深いところです。
 小説に出て来る国立国語研究所は、私の職場と地続きの隣にあります。
 私の父と妻の父は、共にヅーヅー弁で会話ができました。
 この秋田の地は、柳田国男の蝸牛考の世界なのです。
 息子が蒲田駅の近くに会社を設立しました。
 『砂の器』は私の周りに活きています。

 盛岡駅を出て田沢湖あたりで、雪が降っているのに気づきました。
 角館あたりでは横殴りの雪です。

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 東京駅からは2人の息子と共に、秋田駅では飛行機で来た娘と落ち合い、4人で鳥海山を目指して下りました。
 妻は、先に実家に飛んでいました。
 私が妻の実家に来るのは、4、5年ぶりです。
 村は、ほとんど変わっていません。

 私が37歳のときは何をしていたのか。
 思い出そうとしても、なかなか手繰り寄せられません。

 そう、大阪の高校で教員をしていました。
 2つ目の高校に勤務し出した時です。
 テニス部の顧問として、また授業にパソコンを導入することにも熱中していました。

 次男が生まれたのが、私が37歳のときです。
 公私にわたり、さまざまなことをしていました。

 甥も仕事柄、三陸の復興支援を手掛けていたようです。
 働き盛りの37歳だったのです。

 若さの中を走り回っていて、そして突然その時間を止められたのです。
 25トンのトラックが、センターラインをオーバーして来たとか。
 片側一車線では逃げようもなかったことでしょう。

 やりたいことがたくさんある最中に、思いがけない幕切れは悔しいでしょう。
 思い残すことが、山のようにあることでしょう。
 その無念の思いがわかるだけに、自分ではどうしようもなかった現実が事実としてあるだけに、遺影にかけることばが見つかりません。
 遺影は、結婚式の晴れ姿です。

 ただただ、冥福を祈るしかありません。
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2013年12月06日

ノートパソコンをスリープさせることの恐怖

 昨日も紹介した『MacFan』(マイナビ、2014.1)に、次のような記述があります。


Macの場合、作業終了時はシステム終了ではなくスリープが推奨されており、スリープ時の電力量は微々たるものです。また、作業を再開するときのことを考えれば、スリープから復帰のほうが当然早くなります。使わないときはスリープさせておき、使用時には一瞬で復帰というスタイルで使っていきましょう。(91頁)


 このスリープの効用はわかります。しかし、私の場合は、このスリープからノートパソコンが起き上がってくれないことが、しばしばあるので困っています。

 新品の頃は、確かにスリープから立ち上がると、操作感も快適なのは確かです。それが、日時の経過とともに、しだいに眠ったら最後、もう起きてくれなくなるのです。
 そこで、仕方なしに電源ボタンを長押しして、一端電源を落とします。そして、再起動をすることになります。
 つまり、スリープをさせるよりも、毎回終了したほうがいいことになります。

 私が使ってきたノートパソコンは、すべてがこのパターンになりました。最低でも、この電源長押ししか手段がないパソコンが、6台は屋根裏に眠っています。私にとっては、もう記念品です。
 早い機種では、半年もしないうちに、毎回電源ボタン長押しで終わるしかない、という状況になりました。

 先月末から、MacBook Pro を使い出しました。今は、スリープをさせても、起こすと起きます。しかし、いずれは起きなくなるはずです。これは、100%そうなるはずなのです。
 もちろん、私の手元に届くパソコンの場合の話です。
 全国的には、これはごく稀な例のようですが……

 さて、このMacBook Pro は、今は何かと不具合が見つかっています。
 これが一段落した頃に、スリープから起きてくれない、ということにならないように、ひたすら祈るしかありません。

 今日も、アップルのサポート担当の方から電話がありました。
 昨日の話の続きで、課題となったことについての報告と今後の相談でした。

 iCloud については、さらなる問題が発生しました。
 また、MacBook Pro の購入にあたっての問題点も浮上しました。

 何かと、問題を抱えたままに、MacBook Pro を使う状況にあります。
 来週の月曜日には、このいくつかが解決しそうです。

 それにしても、今回は何かと面倒なことが頻繁に発生しています。
 そもそも、アップルから何度も電話をいただくということが、あり得ない状況にある、ということです。
 そして今日は、私のアカウントとパスワードを教えると、アップルの専門家であるエンジニアが原因を追及してくださる、ということでした。しかし、パスワードを教えると、私のプライベートの部分をすべて捧げることになります。クレジットカード情報も含めて、私のパスワード関連の情報が真っ裸になるのです。そんな恐ろしい提案は、きっぱりとお断りしました。

 アップルとしては、現在の私の状況はあり得ないことのようです。それだけ、解決しなければ、という意気込みを感じました。ただし、個人情報のすべてをアップルに提供するつもりはありません。今回の提案自体が、常軌を逸しているように思います。

 今後とも、この件ではこのブログで報告をし続けたいと思います。続きを読む
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ◆情報化社会

2013年12月05日

MacBook Proに関するメモ(その4)

 アップルのサポート担当者から、予定通りその後の様子を確認する電話がありました。
 指示通りにシステムを入れ替えても、MacBook Air から MacBook Pro にデータの移行ができないことを伝えました。
 そして、もうデータのお引っ越しは諦めたことを宣言し、一つずつソフトをインストールし直すことにしたことを言いました。

 もっとも、3日間かかって、予定の3分の1も再インストールが終わっていません。
 何かと面倒な、マイクロソフトの「オフィス」や、アドビシステムズの「クリエイティブ・スイーツ」や「エレメント」の大物は終えました。
 特に、アドビシステムズのソフトはインストールの作業でグッタリと疲れます。私が大嫌いな会社です。しかし、会社はとんでもないと思いますが、ソフトの質は高いので、そこは我慢しながらソフトは使っています。アドビシステムズは、ユーザー軽視が甚だしい会社です。

 マイクロソフトの「オフィス」は、エクセルしか使いません。しかし、ワードで文書を渡されることや、ワードで文書を提出するように強要や脅迫されることが多いので、このワードは仕方なしにインストールします。
 それ以外のパワーポイントやアウトルック等は、インストール後に削除しています。特に、私はパワーポイントは発表という名を借りたマスターベーション用のソフトだと思っているので、これは即刻削除します。
 また、このパワーポイントで発表や報告をする人のプレゼンは、できる限り見ないか、その場から退席しています。自己完結するだけで、何の刺戟も受けない頽廃的な発表に成り下がるものだからです。
 私は、プロジェクターでスクリーンに画像を出した方がいい時には、写真のスライドショーで対応しています。これで充分です。
 もっとも、まったく専門とは関係ない方に、おもしろおかしく話をする場合には、パワーポイントも使いようによっては、効果的な時もあるかもしれませんが。いずれにしても、私には無縁のソフトです。

 さて、アップルのサポート担当者の知識は相当なもののように思われたので、率直に今回直面して困っていることを伝えました。
 それは、以下のような不具合です。
 この対処方法を聞きました。

(1)「iWork」というアップル製の「Keynote」「Numbers」「Pages」の3点セットのソフトがインストールされていないことについて。
 これは、購入後に別途アップルストアから各自がダウンロードしてインストールするものだそうです。それはどこにも書かれてもいないし、そのような指示もありませんでした。
 『MacFan』(2014.1)という雑誌の記事によると、有料になる場合があるとのこと。
 実際に検索してダウンロードしようとすると、クレジットカードから引き落としの確認画面になります。ここでOKをクリックすると、ここで支払い手続きをした分の回収に膨大な手間と時間が吸い上げられます。この怖さは嫌と言うほど経験しているので、慌ててやめました。
 このあたりは、アップルの対応が不親切で信頼できないところです。

(2)MacBook Proが頻繁に、Wi-Fi 経由で MacBook Airを探しに行くことについて。
 また、Wi-Fi が時々途切れることについて。
 これは、「ネットワーク環境設定」の「ネットワーク環境を編集」という項目で、「自動」とは別に個別の名前を付けて項目を作成したら、あるいは回避できるのでは、ということでした。
 早速このアドバイスの通りに設定したので、これで回避できることを願うのみです。

(3)Gmail が突然消失することについて。
 これは、ネットや雑誌などで盛んに報告されていることです。私も、いくつかのメールが吹っ飛んだようです。
 先月の11月25日以降、本日5日までにメールを下さった方で、まだ私が返信をしていない方は、いただいたメールが消失した可能性があります。再送信をお願いします。
 この理由は、Gmail 側にも責任があるようで、システムの改良版をインストールすればいいそうです。この対処は、すでにしました。今後は、読む前に Gmailが消えることはないと思われます。
 メールに頼ることの多い私の今の生活では、これは死活問題です。
 くれぐれも、メールは届いているものだとは思わない方がいいようです。

(4)私が外付けで使用している、ウエスタンディジタルのハードディスクは、この新しいマーベリックではハードディスク内のデータを壊すことがあるそうです。
 いつもは必ずと言っていいほど私の身に起こることが、これに関しては今のところは遭遇していません。これは、私にとっては奇跡です。
 とにかく、何事もないので、ラッキーの一言です。ただし、このWDのHDは、いつ壊れてもいいように、覚悟して使うことにします。
 これまでは、このHDの容量が2テラバイトだったことと、ファイヤワイヤで接続できたので、高速でデータのコピーや保存をしていました。
 今回手にしたMacBook Pro は、モーター駆動ではない1テラバイトの高速フラッシュストレージ(SSD)を内蔵しているものなので、外付けHDの必要性がなくなりました。タイムマシンでバックアップを取っていればいいのですから。

(5)カレンダーに予定を記入しようとしていたら、突然スピーカーが壊れた音で警報のような耳障りな音が鳴り続けました。カレンダーを終了しても駄目、他のソフトを終了しても駄目なので、仕方がないので再起動すると鳴り止みました。
 これについては、アップルのサポート担当者も、カレンダーの音量設定に関することでなければ考えられないとのことで、引き続き調べてくださるそうです。

(6)画面上段のアップルメニューは、クリックしたときにプルダウンします。しかし、それがクリックを離すと、プルダウンが閉じてしまうのです。
 つまり、クリックしたままでカーソルを下に移動してから、クリックを離すことになります。これは、なかなか大変なことです。
 これについても、担当者は初めて聞く現象だ、とのことでした。
 私は、こうした初めてだと言われることに、頻繁に出くわすので、慣れっこになっていますが。

(7)iCloud の容量が一杯になった、という警告が先月から出っぱなしです。
 今年の9月に、25ギガから5ギガにダウングレードしました。ところが、頻繁に容量が上限に達したという警告が来るので、仕方なしに先月有料の15ギガにしました。ところが、それもすぐに一杯になったと警告されるのです。これでは、イタチごっこで利用料金が嵩むだけです。
 画像もすべてアップしないようにしているので、そのような警告が来る理由がわかりません。
 そのことを聞くと、アップル側のシステムを調べて下さいました。そして、上限には達していないとのことです。しかし、私のところには、アップルから警告文が毎日のように届きます。
 これについても、さらに調査をする、とのことでした。

 以上に記した事が今後も続くようならば、ピー・ラム・クリアというキー操作をしてみては、とのアドバイスをいただきました。本体が持っている記憶の一部を初期化するものです。
 十数年前に、パソコンの草創期にはよくやったものです。
 これも、また試してみます。

 以上の不具合は、私特有のものも多いかと思います。
 しかし、今回の新OSは、これまで以上に未完成のままに出荷を急いだもののようです。
 突然のトラブル発生が予想されるOSなので、参考までに記しておきました。

 今、私の手元のパソコンで発生している不具合は、ハードウェアではなくてソフトウェアでの問題のようです。そのことがわかっただけでも収穫です。
 不具合が1日も早く修正されることを望んでいます。
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2013年12月04日

MacBook Proに関するメモ(その3)

 購入して1週間が経った、MacBook Pro(15-inch, Late 2013)についてのその後です。
 新品らしからぬ、というよりも、新製品だからこそと言うべきなのか、相変わらず今イチ冴えない状態が続いています。

 本日、本体の中に「iWork」がインストールされていないことがわかりました。
 「iWork」というのは、アップル製の「Keynote」「Numbers」「Pages」の3点セットのソフトです。マイクロソフトの「Office」に相当するものです。
 OSがマーベリックになってから、無料で使えるようになり、プリインストールされているということでした。しかし、それが見当たりません。「iLife」(「iPhoto」「iMovie」「Garage Band」)の3点セットはインストールされています。

 また、Proが頻繁に、数日前まで私が使っていたMacBook Airを、ネット上で探しに行きます。
 先日来、何度もWi-Fi経由でAirにつなげ、その中のデータを移行しようとしていた記憶が、Proのどこかに残っているのでしょう。

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 今はそのAirのマシン名「MBAir-0(2)」を、別の名前に変更しています。しかし、すでに今では変更されている名称のノートパソコンを、健気にも5分おきくらいに探しまわっているのです。必死に仲間を探す姿は感動ものです。
 しかし、その度に虹色のカラーボールが回り続けるので、Proでの作業は中断ばかりしていて仕事になりません。また、その解除方法もわからない状態です。

 はてさて、困った日々が続いています。
posted by genjiito at 23:07| Comment(0) | ◆情報化社会

2013年12月03日

MacBookAir から MacBookPro への移行は断念

 新規に購入したMacBookProが、開封早々不具合の連続で困っています。
 このことは、先日の「マックの新OSで文書が作成中に突然消えること」(2013年11月28日)で記したとおりです。

 その後、昨日も、アップルのサポート担当の方とやりとりをしました。
 しかし、やはり駄目です。もう、この欠陥商品と一週間も付き合っています。不安を抱えたマシンと共に、私の大事な時間のうちの膨大な時間が捨てられていきます。

 今回、アップルのパソコンであるマッキントッシュは、マーベリックという新しいOSを最初から搭載して手元に来ました。しかし、それに不具合があるようです。
 ハードウェアの問題ではないそうです。これは、先日ログをすべて提供したことでもあり、その解析からの結果なのでしょうか。しかし、それもどこまでが本当なのか、私にはわかりません。

 いずれにしても、エアからプロにデータの移行ができないのです。
 手作業で一つ一つを移行することも可能です。しかし、そんな、いつ終わるとも知れぬ無間地獄のような時間は持ちたくないのです。

 新規採択の科研のために、たくさんの文章を書かなければなりません。さらには、急かされている原稿を抱えているだけに、なおさら早くちゃんとしたパソコンが必要なのです。
 これまで使っていたエアは、頻繁にシステムが落ちます。しかし、この不安だらけのパソコンで、今しばらくは原稿を作成するしかありません。
 とにかく、原稿の中身よりも、いつパソコンがダウンするかが気になり、集中できないままに執筆を進めています。

 サポート担当者からの提案は、不調のプロを初期化することでした。
 そして、そこでデータの移行をしてみたら、というものでした。
 それでも駄目なら、パソコン本体を交換するというものでした。

 嫌なことが、本当になりました。またもや、私は初期不良品を渡されたようです。
 もう慣れっこです。驚きません。開封してみて、中身が段ボール製の張りぼてのパソコンであっても、それもありか、と思う大らかな心は持ち合わせています。

 とにかく、均一な品質の製品を作ることには限界があるのですから、中には欠陥品もチェックをすり抜けてユーザーの手に渡ることもあるのでしょう。
 それにしても、私はそうした希有な不良品を、なんとしばしば受け取ることか……。
 これも、持って生まれた運というものでしょうか。
 これは、人との出会いに恵まれているので、相殺されているのでしょうか。
 そう思うと、気が楽になります。

 明日の夕方、担当者からその後の様子を確認する電話があります。
 私からの答えは、やはり初期化してもだめでした、と言うことになります。
 そして、本体のマシンを別の新品と交換する、という提案があるかと思われます。

 何とも、これだけ欠陥商品を手にすることが続くと、また交換してもらっても、それが再度欠陥商品だったら、またまた私の時間が無為に捨てられるだけです。
 手元にあるマシンは、突然ログアウトします。しかし、何とか無事に動いてはいるので、交換も面倒な気がしています。一二分置きにデータの保存をすればいいのですから。
 その前に、ソフトウェアは再度CD-ROMやDVDからインストールし直すことが先決問題です。エアから移行できないのですから。

 明日、アップルの方と電話で話をしながら、どうするか最終的な1つの結論を出すことになります。今、どうするかは、まだ考えていません。
posted by genjiito at 22:16| Comment(0) | ◆情報化社会

2013年12月02日

最近お気に入りの梅酢味の「都こんぶ」

 家の仕事部屋では、よく昆布を口に入れて読書や勉強をしています。
 しかも、それは決まって「中野の都こんぶ」です。
 100円ショップにも置いてあるので、手に入れやすい一品です。

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 最近は、「梅酢味」が気に入っています。
 爽やかさがいいのです。

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 切り揃えた柔らかいこんぶではなく、固くて口の中で柔らかくしていく「おしゃぶり」タイプもあります。長い時間にわたって楽しめます。ただし、私はこれはあまり好みではありません。

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 キムチ味があるのは知っています。しかし、キムチが苦手で食べられないので、これはパスしています。

 昆布は、いろいろな会社から出ているようです。
 その中でも、中野の昆布は不思議な食感と味わいがある銘品だと思っています。
posted by genjiito at 22:36| Comment(0) | 美味礼賛

2013年12月01日

第37回 国際日本文学研究集会2日目

 午前中は、短い休憩を挟んで5人の発表がありました。
 私はこの5人の司会を担当していたので、自分とは異なる研究分野とはいえ、真剣にすべてを聞きました。

 個人的に興味と関心のある発表3本について、以下にメモとして残しておきます。

 劉穎さんの発表は、西鶴作品に関する銭稲孫氏の中国語訳についてでした。銭氏は『源氏物語』も翻訳をしている方なので、いろいろと貴重な情報がもらえました。わたしにとって専門外の分野であっても、よく調べた手堅い発表は、得るものが多くてありがたいことです。

 イムラン・モハンマド君の発表は、インドにおける俳句の受容を通して、具体的な現況が報告されました。こうした情報はなかなか日本にまでは届かないものなので、インドの実情を知るのに有益な発表でした。中でも、擬音語の翻訳には唸らされました。
 また、ワルマ先生のインドにおける日本文学の研究と啓蒙に関して、その功績について認識を改めることとなりました。

 常田槇子さんの発表は、ヤマタ・キク氏の翻訳に関して、新資料を基に論じたものでした。ヤマタ・キク氏については、『源氏物語』のフランス語訳をした方なので、その意味でもありがたい貴重な情報をいただけました。
 また、研究手法も手堅く、これまでの『源氏物語』に関する常田さんの既発表論文を読み直すことを迫られるという、収穫の多い発表でした。

 予定になかった休憩時間を途中で取ったことと、私が質問を受けすぎたこともあり、予定の午前の部が20分も超過しました。しかし、若手の新鮮な発表ばかりだったので、何とか許していただけました。

 午後は、「テクスト・ジェンダー・文体 −日本文学が翻訳されるとき−」をテーマとするシンポジュウムです。
 立命館大学の中川成美先生の名司会で進行しました。
 一見捕らえ所のないテーマが、中川先生の巧みな手腕により、見事に問題点が炙り出されました。
 小嶋菜温子先生の発表に対して、私は、英語と違ってスペイン語では主語がなくても翻訳できることの確認をしました。ラテン系の言語では、主語がなくてもいいそうです。ということは、翻訳のことを考える上で、また一つチェックポイントが出てきました。
 翻訳については、さまざまな条件を整理してから考えていかないと、まとまりがつかなくなります。これは、心してこの問題に立ち向かうことを強いられることにつながります。

 とにかく、盛会のうちに今年も無事に終了しました。
 来年の、第38回 国際日本文学研究集会は、平成26年11月29日(土)、30日(日)です。
 シンポジウムのテーマは、「図像の中の日本文学」です。
 また実り多い集会になることでしょう。
posted by genjiito at 23:47| Comment(0) | ◆国際交流