2013年11月30日

自分の成長が実感できる国際日本文学研究集会

 今年の「第37回 国際日本文学研究集会」も、多くの参加者を集めて、充実した研究発表と質疑応答がなされました。
 日頃は考えないテーマを、しかも海外という視点からの内容は、非常に刺激的です。
 ひたすら、教えられことばかりの展開に身を置きます。それが、少しでも理解できると、心地よい充足感を味わえます。

 今日は、パトリック・シュウェマー氏の〈有馬晴信のキリシタン語り物「日本に奇跡的に現れた十字架の事−イエズス会日本文学運動の研究序説−」〉が、私にとっては一番刺激的な発表でした。
 これまで、まったく知らなかったことが突然目の前で語られ、その一部でもあれ理解できたことは、何と言っても収穫です。

 過日スペインへ行き、支倉常長を通して宣教師や洗礼ということに興味をもっていたこともあります。江戸時代の日本のありようや、日本人の海外へのまなざしに、新鮮な気持ちを抱かされるようになりました。
 これまで、平安時代という限定された空間や時間の中で、日本の文学を考えていました。しかし、それが今は、目が国外に及び、文学の時間軸での流れも、平安時代から江戸時代にまで及ぶようになったのです。遅まきながらも、自分が少しずつ成長していることが実感できる集会でした。

 昨日記したように、『源氏物語』の翻訳本は、こんな感じで並べてみました。

131130_transbook




 今回は表紙を見てもらうだけでした。しかし、これだけでもおもしろさが伝わったようで、興味深い書籍を見せてもらったと、好意的な反応が多かったように思います。

 さて、明日は今日以上に楽しみな内容が並んでいます。
 特に、シンポジウムは、その展開が楽しみです。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ◆情報化社会

2013年11月29日

翻訳本『源氏物語』のミニ展覧会の解説

 明11月30日(土)と12月1日(日)の2日間、立川の国文学研究資料館では「第37回 国際日本文学研究集会」が開催されます。
 このことは、一昨日の本ブログで紹介した通りです。
 
 この集会の会場内に、展示ケース2台を使って、ささやかな翻訳本『源氏物語』の展示を行います。
 お誘いの意味も込めて、その説明用キャプションを以下に掲載します。
 

《さまざまな言語に翻訳された『源氏物語』》

  期 間 : 平成25年 11月30日・12月1日
  会場:国文学研究資料館2階大会議室

このミニ展示では、翻訳本『源氏物語』の表紙デザインの多彩さを楽しんでいただけるような選書をいたしました。 (展示本14冊は個人蔵)


【『源氏物語』が翻訳されている31種類の言語】

アッサム語(インド)・アラビア語・イタリア語・ウルドゥー語(インド)・英語・オランダ語・オリヤー語(インド)・クロアチア語・スウェーデン語・スペイン語・スロベニア語・セルビア語・タミール語(インド)・チェコ語・中国語(簡体字)・中国語(繁体字)・テルグ語(インド)・ドイツ語・トルコ語・現代日本語・ハンガリー語・ハングル(韓国)・パンジャビ語(インド)・ヒンディー語(インド)・フィンランド語・フランス語・ポルトガル語・マラヤラム語(インド)・モンゴル語・リトアニア語・ロシア語


【今回展示した翻訳本 14冊】

【1】アラビア語(エジプト、2004年)
   Ahmed Mostafa FATHY 訳
   瀬戸内寂聴訳『源氏物語』の抄訳をアラビア語訳

【2】イタリア語(2012年)
   Maria Teresa Orsi 訳
   イタリア語訳としては初の古文からの直訳

【3】クロアチア語(2002年)
   Naklada Ljevak 訳
   天金装訂で表紙は国宝源氏絵「鈴虫(二)」

【4】スペイン語(全2巻、ペルー版、2013年)
   Ivan Augusto Pinto Roman,Hiroko Izumi Shimono 訳
   表紙は國學院大學蔵「久我家嫁入本『源氏物語』初音巻」

【5】スロヴェニア語(1968年)
   Silvester SKERL 訳
   Herbert E. Herlitsckaのドイツ語訳からの重訳

【6】タイ語(『あさきゆめみし』全13巻、1980年)
   『源氏ものがたり』(美桜せりな、2007年)もある

【7】タミール語(インド、1965年)
   K.Appadurai 訳
   表紙は太陽と金閣寺を背景に男女の絵

【8】中国語(全3巻、2001年)
   黄锋华訳
   表紙はボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」

【9】ハンガリー語(2009年)
   Horvath LASZLO 訳
   サイデンステッカーの英訳の重訳

【10】ハングル(1999年)
   田溶新 訳
   表紙は植村佳菜子画・伊藤鉄也所蔵の源氏絵を改変

【11】パンジャビ語(インド、1961年)
   Jagjit Singh Anand 訳
   サヒタヤアカデミーが企画した内の重訳の1冊

【12】ポルトガル語(全2巻、2007年)
   第1巻は Ligia MALHEIRO訳、
   第2巻はElisabete Calha REIA訳
   表紙はOsamu Tatematsu(立松脩)のデザイン

【13】ポルトガル語(全2巻、2008年)
   Carlos Correia Monteiro de OLIVEIRA 訳
   表紙は江戸時代の侍の絵と雪月花をイメージ

【14】モンゴル語(2009年)
   Ochirkhuu JARGALSAIKHAN 訳
   谷崎潤一郎、与謝野晶子、瀬戸内寂聴らの訳を参照
posted by genjiito at 23:55| Comment(0) | ◆源氏物語

2013年11月28日

マックの新OSで文書が作成中に突然消えること

 私は、人との出会いには非常に恵まれています。しかし、機械運の悪さとなると、多くの方々によく知られている通りです。とにかく、不良品や欠陥商品をよく手渡されます。

 アップルのマッキントッシュが、今秋から「マーベリック」というOSに変わっています。どんどん進化していき、使いやすくなりました。

 こんなことがやりたかった、という要望がどんどん叶っていきます。気持ちがいいほどです。
 マッキントッシュというパソコンは、ハードウェアと一緒に、基本的なソフトウェアもアップルという会社が提供するので、そのパフォーマンスの高さは使っていると実感します。マイクロソフトがハードウェアを作らないために、ウインドウズがもたもたしていて使い勝手が悪いことと対照的です。

 ただし、その進化が劇的な分だけ、思わぬ動きに戸惑うこともしばしばです。

 この4日間、私が入手した最新のマックブック・プロは、完全にアップルのテストマシンと化しています。そして、これはあと4日も続きます。私は、いつもさまざまな会社のテスター役をさせられます。とにかく、購入して手にする製品のほとんどが、初期状態から不具合続出ということが多いのです。そのために、ついつい販売会社のテスター役させられるのです。これは、もう天職とでもいうべきものとなっています。

 いろいろな会社の機器の不具合のために、膨大な時間をその製品の改善のために提供させられています。我ながら、この献身的な奉仕活動は、私が送っているこの人生の中で、誉めていただける意義があると思っています。私が初期不良を改善する手掛かりを、自分の時間を湯水のごとく差し出して、各企業に不具合情報として提供しているのですから。

 さて、マックのOSが「マーベリック」になってから、作業中に突然パソコンがログアウトするのです。これは、これまでのマックブック・エアで頻発していたことです。パソコンのスタート時点に戻るので、また自分のアカウントでログインします。すると、当然のことながら、先程ログアウトする直前まで作成していた文書は、ことごとくが煙のごとく消えているのです。

 運がよければ、最後に保存したところまでは復元できます。しかし、ログアウトが突然、何の前触れもなしに襲ってくるので、頻繁に保存しなくてはなりません。

 私はエディタを使って文章を作成します。私が使っている「Jedit」というエディタでは、30ストローク毎に保存する設定にしています。しかし、メールやエバーノートなどに文章を入力していた時には、つい保存を忘れがちです。しかも、書くことに集中していた時などは、よく小まめな保存を忘れていて、突然のログアウトで文章を失ったことが、最近でも何回もありました。

 日本語ワープロとして有名な「ワード」も、1分毎に自動保存できるようです。しかし、これも甚だ疑問があります。
 私は、ワードで文章を作成することは皆無です。ワープロというものを使わないからです。
 だいたい、いただいたワード文書を読むときか、ワードで渡す必要がある時にエディタで作成した文書をワードに張り付ける、という使い方をしています。
 そんな使い方でも、貼り付けた直後に突然システムが終了すると、また同じ作業を再起動後にすることになります。

 いろいろと工夫はしています。しかし、突然パソコンが終了するのは困ったことです。
 このことを、アップルのサポートセンターに電話で連絡したところ、電話窓口からさらに上級のサポートチームの窓口につながれ、専門職の方が対応して下さいました。そして、挙げ句の果てには、サポートの人が私のパソコンと画面共有をして、遠隔操作によって指示をしてくださいました。いわれるままにコンピュータを操作しても、それでも不具合は改善されません。

 もう打つ手がないとのことで、コンピュータの記録であるログを取って送りました。購入したばかりのマックブック・プロと、OSを更新したマックブック・エア共に、ログを提供しました。その解析に4、5日かかるのだそうです。

 今回購入したばかりのパソコンは、まだ何もソフトをインストールしていない状態です。いわば、買ってきたままの状態です。それでも突然死をするのですから、もうユーザーの手には負えないOSの不具合です。そして、何もしていないパソコンでの不具合なので、なおさらアップルもこの不具合を認めざるをえないのです。

 なお、「マーベリック」では、移行アシスタントという、パソコンのお引っ越しソフトも、満足には動かないので、私の場合は、これまで使っていたエアの中身を新しいプロに転送することもできません。

 おまけに、スリープしたが最後、2度と生き返らせることができないので、電源ボタンを長押しして強制終了してから、再度起動します。

 こうしたことは、私だけに発生していることかもしれません。しかし、アップルの相当レベルの高いサポート担当者も認めるほど、私の手元にある2台のパソコンは、現実に不良品状態となっていることは事実です。

 マックOSのバージョン10.9「マーベリック」をお使いの方は、パソコンの突然死などに気をつけてください。
posted by genjiito at 23:17| Comment(0) | ◆情報化社会

2013年11月27日

海外における日本文学研究に関する2つのイベント

 今週末の11月30日(土)と12月1日(日)の2日間、国文学研究資料館で「第37回 国際日本文学研究集会」が開催されます。これは、日本文学に関する国際集会としてはもっとも老舗と言える、若手研究者の登竜門ともなっている国際研究集会です。

 発表内容は、次のポスターをご覧ください。
 

131127_kokusai37th_poster




 研究発表と合わせて、ロビーではポスターセッションも行われます。休憩時間などを利用して足を留め、プレゼンターに声を掛けてあげてください。意欲的な研究について、直接説明が受けられるいい機会になります。

 12月1日(日)の午前中に設定されている「第3セッション」では、日本古典文学に関する中国・インド・フランスにおける研究成果が、5名の若手研究者によって発表されます。このセッションの司会は私が担当します。活発な質疑応答がなされることを楽しみにしています。

 なお、会場内の展示ケースには、個人的に収集してきた『源氏物語』の翻訳本の内で、特に表紙のめずらしいものを14点ほど展示します。翻訳されている中身の本文ではなくて、書物の装幀やその表紙が見せる異文化受容の一面を、どうぞお楽しみください。

 さらに、1階の展示室では、常設展示「和書のさまざま」が開催されています。この出口近くの一画には、先日紹介した『源氏物語』に関する貴重な館蔵資料4点が、「ミニ源氏展」として並んでいます。これも、併せてご覧いただければと思います。

 2つ目は、来月12月18日に中部大学で開催されるイベントの紹介です。

 中部大学のホームページに、「中部大学大学院国際人間学研究科講演会 世界にひろがる源氏物語」という案内が掲載されました。
 これは、私がお話をするものです。
 大阪大学で私が社会人として勉強をしていた時から、いろいろとありがたいご教示をいただいていた蜂矢真郷先生にお声がけいただいて実現したものです。コメンテーターの本田さんも、一緒に大阪大学で勉強した仲間です。
 最新の情報を盛り込んだお話をするつもりです。
 よろしければ、近在のみなさまがお立ち寄りいただければ幸いです。

 新しく、「海外における源氏物語を中心とした平安文学及び各国語翻訳に関する総合的調査研究」という科研がスタートしたことを契機に、海外における日本文学の研究状況を、積極的に広報・公開し、国際的なコラボレーションが展開される環境作りのお手伝いをしたいと思います。
posted by genjiito at 23:32| Comment(0) | ◆源氏物語

2013年11月26日

アルバイト募集の記事をご覧の皆様への感謝とお詫び

 先日、このブログで3次にわたってアルバイトの募集をしたところ、50名以上の方からの問い合わせがありました。
 3分の1が海外の方からだったので、1つの記事の影響力が広く海外にまで及ぶことに、認識をあらたにしています。

 さらには、私のブログへのアクセスは毎日400前後だったのに、このところ1000を超え、今日は1700アクセスにもなっています。これは、アルバイト募集が押し上げているカウントだと思われます。
 第4次を用意していました。しかし、私一人では対応が追いつかない状況なので、もう少し経ってから掲載することにします。

 お願いする仕事の内容が、『源氏物語』とはいえ日本の古典文学であり、しかもその外国語訳を中心とする資料と情報の整理や、翻訳に関するものでした。そこに、こんなに多くの方々が興味を示していただけたことに、とにかく驚いています。
 このことは、「海外における源氏物語を中心とした平安文学及び各国語翻訳に関する総合的調査研究」という、大きな研究課題を掲げた者として、その魅力がワールドワイドに伝わったということなので、まずは設定したテーマに対する手応えを感じています。

 応募や問い合わせをしてくださった方には、順次メールで連絡を差し上げています。また、立川の国文学研究資料館に来て仕事をしていただける方には、直接お目にかかって説明をし、質問を受ける中で、お願いするかどうかをお伝えしています。
 なにぶんにも、限られた時間での対応なので、連絡をいただいた方にお待ちいただいているのが現状です。

 一人でも多くの適任の方に、今回の研究のお手伝いをしていただきたい思いがあるため、対応に時間がかかっていることをご了承ください。

 翻訳については、英語をはじめとして、いくつかの言語が決まりました。その他の言語についても、順次確定しているところです。

 国文学研究資料館に来て、資料や情報を整理していただく方については、まだ数人の方を必要としています。先般の募集記事を再度ご覧いただき、やってみようと思われた方は、少し時間を置いてでも結構ですので、どうぞお気軽に連絡をいただければ幸いです。

 取り急ぎ、アルバイト募集の状況の報告と、さらなる応募のお誘いとします。
 くれぐれも、迅速な対応がしかねる状況にあることを、ご理解いただければ幸いです。
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ◆源氏物語

2013年11月25日

米国ハーバード大学蔵『源氏物語』の写本

 米国ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』の「須磨」巻を、新典社から影印本として出版していただきました。

131124_harvard




 日本各地に留まらず、世界各国に現存する『源氏物語』の写本を、可能な限り調査・拝見して廻っています。そして、その写本に書かれている文字を翻字し、本文データベースとして加工しています。

 このハーバード大学本は、鎌倉時代の中期に書き写されたものであり、完成度の高い美術品とも言える古写本です。日本を含めて現存最古と言っても過言ではない、非常に意義深いものです。

 このハーバード大学本「須磨」巻と「蜻蛉」巻は、数ある中でも私が大好きな写本の1つです。今回、影印本として公開することにした所以でもあります。
 ハーバード大学と美術館の皆さまには、大変お世話になりました。

 この本の発売は、すでに1ヶ月前のことでした。しかし、私がスペインへ行っていた時期のことでもあり、この本の紹介を本ブログで報告する機会を逸していました。あらためて、ここに紹介します。

 ハーバード大学本としては、今回の「須磨」巻以外に、もう一冊「蜻蛉」巻があり、現在それも刊行の準備を進めています。もうしばらくお待ちください。

 以下に「編集後記」を引いて、刊行までの経緯を確認しておきます。


 米国ハーバード大学美術館所蔵の古写本『源氏物語』(「須磨」と「蜻蛉」)に関しては、鎌倉時代に書写されたものとしてかねてより注目していた。
 平成一八年二月に、元国文学研究資料館教授の鈴木淳先生とイェンチン図書館の McVEY 山田 久仁子司書のご理解とご協力を得て、原本の調査とデジタル画像の入手を果たすことができた。同行者は総合研究大学院大学大学院生だった大内英範氏(現在は筑紫女学園大学准教授)。元サックラー美術館のAnne Rose Kitagawa学芸員には、調査や写真撮影などでお世話になった。
 平成二〇年一一月に、ハーバード大学で開催された国際集会「日本文学の創造物 書籍、写本、絵巻」で、私はこの二冊の『源氏物語』について報告する機会を得た。その折に、前国文学研究資料館長の伊井春樹先生も本書をご覧になり、私が鎌倉時代〈初期〉の本文だと考えていることに関連して、書写は〈中期〉でよいのではないか、とのご教示をいただいた。
 その後、平成二三年一月に、國學院大學大学院生だった神田久義氏(現在は國學院大學講師)と、この二冊の『源氏物語』のさらなる精査をした。
 海を渡った『源氏物語』の古写本を、こうして三度も見ることができたのである。
 ハーバード大学の文子・E・クランストン先生(「須磨」に収録)とメリッサ・マコーミック先生(「蜻蛉」に収録)には、所蔵機関の立場から解説を執筆していただけたことも有り難いことであった。
 なお本書の刊行にあたり、ハーバード大学美術館の関係各位には迅速な対応をしていただいたことを、この場を借りて厚くお礼申しあげたい。
   平成二五年一〇月二四日
                              伊藤鉄也


 このハーバード大学本は、これまで読んできた藤原定家の流れを汲む本文とは、いろいろな所で違いがあります。本書の巻末資料に、他本との本文異同を一覧できる対照表を付けました。

 些細なことであっても、その1つ1つを解決していく中で、平安時代の『源氏物語』の姿を確認して行きたいと思っています。
 一人でも多くの方が、このハーバード大学本の読み解きに参加なさることを、楽しみにしています。

 どのようなことでも結構です。この写本や本文に関連することで閃きがありましたら、本ブログのコメント欄を活用してお寄せください。
 堅苦しくない思いつきが、おもしろい読みの可能性を拡げてくれると思っています。
 800年前に書き写された一冊の本を手にして、ああでもない、こうでもないと、一緒に考えてみませんか?
posted by genjiito at 23:35| Comment(0) | ◆源氏物語

2013年11月24日

京洛逍遥(298)鮮やかな下鴨神社の紅葉

 今年の下鴨神社の紅葉は、例年よりも鮮やかに色付いているように思います。
 舞殿から光琳の梅と輪橋を望むと、さまざまな色を楽しめます。

131124_kourin




 供御所から見た西の鳥居も、紅葉に包まれて鮮やかです。

131124_ninomon




 西の鳥居を出て振り向くと、これも燃えるような紅葉が印象的です。

131124_mon




 夏が暑かっただけに、今年の紅葉を心配していました。
 しかし、秋口からグッと冷え込んだこともあり、こうしてみごとな色の変化が楽しめます。
 地球の温暖化のために、異常気象が世界中で認められています。
 そうした中でも、この日本の四季の移ろいは、大切に守り伝えていきたいものです。続きを読む
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2013年11月23日

京洛逍遥(297)賀茂川の鷺たちと色付く木々

 寒さを増した賀茂川では、早朝から元気な鳥たちで賑わっています。
 散策の途次見かけた、北大路橋から出雲路橋の間の今朝の様子です。

 大文字の如意ヶ岳からの朝日は、いつも神々しく昇ります。

131123_asahi1




 鷺たちが大挙して集まってきます。

131123_asahi2




131123_asahi3




131123_asahi4




 比叡山を望む地点でも、鳥たちが群れ出しました。

131123_hiei




 お昼には、京大病院で診察があるため、賀茂川沿いを南下しました。
 いつもの鷺が食事中でした。

131123_sagi1




131123_sagi2




 川端通りの銀杏並木も、紅葉のトンネルができています。

131123_kareha




 病院での血液検査は、ほぼ良好でした。
 ヘモグロビン A1cは7.0と、やや高いながらも辛うじて安全圏内に留まっています。
 体重は目標の50キロに達しています。
 現状維持でいいようです。
posted by genjiito at 22:43| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2013年11月22日

読書雑記(85)高田郁『あい 永遠に在り』

 『あい 永遠に在り』(2013.1、角川春樹事務所)は、高田郁が自身に対して、一回り大きくなるための試練を課したと思える作品です。
 完成度としては、まだ工夫の余地がありそうです。しかし、新しい視点と表現手法を模索していることがよくわかりました。その意味では、作家の成長過程を見せてもらったと思っています。

131107_takadaai




第一章 逢
 記憶に色が付けられて行きます。関寛斎とあいの結婚式の場面が情愛たっぷりに語られていて、印象的です。ただし、全体として彫りが浅いようです。話のテンポがゆったりとしていて、物足りなさを感じました。【3】

[初出誌]「ランティエ」2012年8月号

第二章 藍
 月光が物語の中にうまく配せるようになったと思います。そして、醤油の香りもしてくる文章です。常に前を見て歩む寛斎とあい。目先のことよりも、永遠を見据える寛斎です。本作のサブタイトルである「永遠に在り」というテーマを支える章となっています。【3】

[初出誌]「ランティエ」2012年9月号

第三章 哀
 己が一念を貫き通す寛斎が、みごとに活写されています。気持ちのいい程に高望みはせず、自分の信念のままに生きている姿は、やや誇張気味に感じられます。しかし、そこがこの作品の太い柱となっているのです。江戸時代から明治時代へと社会が変わる中で、軸がぶれない人間の生きざまが、よく描かれています。【3】

[初出誌]「ランティエ」2012年10月号

第四章 愛
 永遠を見つめ、自らの人生を後代のために賭ける寛斎が、力強く描かれます。ただし、この同じ調子の語り口と展開に、少し飽きました。それでも、その展開の中から信念が伝わってきます。
 離縁してでも北海道に渡るという寛斎に、妻のあいは「連れていってくださいな。私も一緒に」と言います。終始夫に付き従う妻の姿の中でも、この場面が一番よく描けています。ごく自然に出たことばとなっているからです。そして、主人公はあいだったのだ、と気付かされました。
 ここまでの3章とはまったく異なる世界が現出します。高田郁が得意とする、情を湧き上がらせる物語に仕上がっています。【5】

[初出誌]書き下ろし
 
 本作では月をうまく描けているところに、作者の大きな成長を確認できました。加えて、山桃の存在感もしっかりと伝わってきます。
 自分の力で考えて歩む人生のすばらしさを、しみじみと感じさせてもらいました。
 ただし、後半まではもたもたしていて、盛り上がりに欠けていました。苦労の中で、耐えながらも前を見据えて生きる2人を描くという、その設定と内容がそうさせたと思われます。
 それが、第四章に至り、突然おもしろくなります。
 九州から北海道までと、スケールの大きな舞台を背景にした物語なので、それまでの視点が落ち着かなかったかと思われます。また、史実の寛斎に拘束され、あいが描きにくかったとも言えるでしょう。しかし、第四章では、そのしがらみから解放されたかのように、あいが活き活きとしています。
 一組の夫婦の波瀾万丈の生きざまを、丹念に描き終えています。これまでの高田郁の世界が、これで一回り大きくなったことがわかります。今後のさらなる活躍に期待を持たせます。【3】
posted by genjiito at 00:07| Comment(0) | 読書雑記

2013年11月21日

アルバイト募集(第3次・日本文学研究のためのグロッサリー作成)

 科研費・基盤研究(A)「海外における源氏物語を中心とした平安文学及び各国語翻訳に関する総合的調査研究」に関する、アルバイト募集の第3次です。

 これも、昨日の第2次と同じように、勤務場所は立川の国文学研究資料館で、時給950円、交通費は支給されません。

 この第3次では、日本文学を英語で読み書きするための、平安文学用語用例文の英語訳を編纂します。その情報をウェブ上に公開し、みんなで共同討議する中で確定するための、基礎となる資料を作成してもらうことになります。

 日英の研究語彙対照資料(グロッサリー)は、日本文学の今後のさらなる国際的な研究に資するものとなります。
 基礎情報であるはずの日本文学研究関連の情報の整備が、現状では海外分が大きく欠落しているのです。
 本課題は、『源氏物語』をはじめとする平安文学を中心として、海外の日本文学研究に関する情報を再構築し、さらに発展育成する意義をもつものです。
 そのような中で、このグロッサリーが完成すると、日本文学が世界文学の仲間入りをする上での、1つの大きな問題を解決することになるのです。

 日本文学研究語彙の英語表記に関する情報は、求められて久しい課題でした。
 日本文学の研究・翻訳に関連する基本的な概念や語彙を、英語でどう表記すればいいのかを検討・研究し、その対応する英語による言い換えを確定していくのは時代の要請です。『コロンビア大学現代文学・文化批評用語辞典』(松柏社)や、"The Princeton companion to Classical Japanese Literture" (Princeton Univ Pr.)などの参考書は重宝します。しかし、日本古典文学に関しては、この手の資料は皆無です。

 これについては、科研費による「国文学データベースのコンピュータ同義語辞書の基礎的研究」(代表者:新井栄蔵、1992〜1994年度)において着手された経緯があります。その成果はその後、国文学研究資料館において修訂され、一部ではありますが英文表記も追補して報告されました。
 しかし、現在は多くの研究者が共有するまでには至っていません。このデータも再検討し、有効活用することにより、共同研究の中で練り上げ育てていきたいと思います。

 今回の具体的な作業としては、研究論文などに添付されている要旨(サマリー)で、日英2言語で記されているものを収集します。そして、『源氏物語』を中心とした論文の英文要旨をセンテンス毎に切り出し、日本語文と対照できる表を作成していただきます。つまり、英語と日本語が対照できる、用例集を集積していくことになります。
 これを、あとで広く活用できるものとして再編集することになります。

 以上の意義と作業内容を理解した上で、この仕事をアルバイトの形で支援してくださる方を募ります。
 本ブログのコメント欄を利用して、意思を示していただければ、こちらからあらためてメールで連絡を差し上げます。可能であれば、お目にかかって説明をいたします。

 意欲的な方からの連絡をお待ちしています。
posted by genjiito at 00:16| Comment(0) | ◆源氏物語

2013年11月20日

アルバイト募集(第2次・海外の源氏情報の収集整理)

 科研費・基盤研究(A)で新規採択された、研究課題「海外における源氏物語を中心とした平安文学及び各国語翻訳に関する総合的調査研究」に関するアルバイトの募集の第2次です。

 今回は、立川にある人間文化研究機構・国文学研究資料館に通勤してのアルバイトです。

 仕事の内容は、世界各国における『源氏物語』の研究状況に関する実態調査(研究機関・研究者・研究成果・翻訳書等)を基にして、調査・収集した資料を整理し、海外における受容と研究の歴史を総合的に整理する研究支援をしていただくものです。
 具体的には、『源氏物語』が海外において、誰がどのように受容・研究・翻訳されているのかを調査し情報を整理して、共同討議の基礎資料を作成していただきます。

 研究代表者の伊藤は、これまでに科学研究費補助金・基盤研究(B)、期間:平成15〜17年度において、研究課題名:「外国語による日本文学研究文献のデータベース化に関する調査研究」(課題番号:15320034)で、多言語にわたる日本文学研究文献のデータベース化について多くの成果をあげました。

131119_houkokusyo




(1)『海外における日本文学研究論文1』(2005年2月発行)
(2)『海外における日本文学研究論文1+2』(2006年2月発行)
  ここで対象とした言語は、韓国語・中国語・ポーランド語・チェコ語・英語・ドイツ語・イタリア語・フランス語・オランダ語等です。
 併せて、外国語に翻訳された翻訳書・研究書の書誌解題と、研究史を整理するための資料集も刊行しました。
(3)『海外における源氏物語』(2003年12月発行)
(4)『スペイン語圏における日本文学』(2004年9月発行)
(5)『海外における平安文学』(2005年2月発行)
(6)『海外における上代文学』(2006年2月発行)

 今回も、この成果を引き継ぎ、さらに充実した情報群としてまとめたいと思います。

 第2次のアルバイト募集は、この基礎資料となる情報群を、立川にある国文学研究資料館に来ていただき、資料室で膨大な印刷物から情報を抜き出したり、インターネットを駆使してデータ収集と整理をしていただくものです。

 時給は950円です。ただし、交通費は出ません。

 情報の渦の中から今回の課題に適合するデータをすくい上げる仕事に興味がある方の応募を、心待ちにしています。

 なお、執務室である共同利用研究室には、8台のパソコンがあります。ただし、すべてがマッキントッシュです。使い方は、最初に説明します。
 また、閲覧室での資料の活用方法も、最初に説明します。

 英語とフランス語以外の、多言語に興味がある方の応募を、お待ちしています。
posted by genjiito at 00:48| Comment(0) | ◆源氏物語

2013年11月19日

アルバイト募集(第1次・翻訳本『源氏物語』の日本語訳)


 先月末に、日本学術振興会の科学研究補助金・基盤研究(A)で、追加交付分が発表されました。
 私が代表者となって申請していた課題「海外における源氏物語を中心とした平安文学及び各国語翻訳に関する総合的調査研究」が、幸運にも採択されました。研究計画は4年間です。

 このところ、この新しい仕事を起ち上げ、遂行することに奔走しています。

 現在、自宅で翻訳をしていただくアルバイターを募っています。
 以下の言語について、当該言語に翻訳された『源氏物語』を、日本語に訳し戻してもらう仕事をお願いしたいのです。

 まずは「桐壺」巻だけなので、1件5万円くらいになるかと思います。
 どのように『源氏物語』が海外に翻訳されているか、ということを調査研究する上で、基礎資料となるものです。
 名訳は求めません。現地にお住まいの方の感覚で、普通に逐語訳していただければ大丈夫です。
 下記の〈主旨〉と〈注意事項〉を参考にしてください。

 条件は、1ヶ月ほどで完成していただくことと、完成した日本語訳を公開するときに、訳者のお名前を公表させていただくことです。

 もし、これらの言語に精通しておられる方をご存じでしたら、紹介していただけませんか。
 もちろん、翻訳なさる方ご自身で連絡をいただいても結構です。

 このブログのコメント欄を通して、簡単な自己紹介と共に連絡をいただければ、私からあらためて具体的に説明するなり、直接お目にかかってご説明いたします。

 3月までに10言語をメドとして成果を出すために、ご協力いただける適任者を急遽募集するしだいです。

 人選は、各言語につき2名を、私が適任と思う方にお願いするつもりです。
 原則として各言語共に、ネイティブの方1名と日本語を母語とする方1名で取り組んでいただくことを考えています。
 1言語につき数種類の翻訳がなされている場合があります。それについては、それぞれに2名の方にお願いすることとなります。

 やってみよう、と思われる方からの連絡を、心待ちにしています。
 時間も限られていますので、原則として先着順でお願いするつもりです。



《『源氏物語』が翻訳された31種類の言語》の内、アルバイト翻訳を求めている言語
アラビア語・オランダ語・クロアチア語・スウェーデン語・スロベニア語・セルビア語・チェコ語・ドイツ語・トルコ語・ハンガリー語・フィンランド語・ポルトガル語(求ネイティブ)・リトアニア語・ロシア語(求ネイティブ)・アッサム語(インド)・ウルドゥー語(インド)・オリヤー語(インド)・タミール語(インド)・テルグ語(インド)・パンジャビ語(インド)・マラヤラム語(インド)
--------------------------------------
〈翻訳研究の主旨〉
『源氏物語』は、世界各国31種類の言語で翻訳されている。
 まず、それらを日本語に訳し戻し、日本語のレベルで比較検討できるように一元化する。
 その日本語訳から、各国においてどのような表現で『源氏物語』と日本文化が受容されているのかを調査研究するのが、今回の科研申請課題の主要な目的の1つである。
 日本文学と日本文化が、海外に変容して伝えられていく諸相と実態を、共同研究を通して確認し考察することになる。
 訳し戻された日本語訳は、そうした考察のための基礎資料となり、共同研究の共有資源となる。
 本年は、首巻「桐壺」のみを対象とする。2年目以降に、第5巻「若紫」を扱う。
--------------------------------------
〈訳し戻しにあたっての注意事項〉
(1)日本文学を通して日本文化が海外にどう伝わっているか、ということをテーマとする研究に資する基礎資料を作成する。
(2)外国語となった翻訳文が、現地の人々にどのように理解される表現となっているか、ということを知るための基礎資料となることを常に心がけて日本語に訳し戻す。
(3)『源氏物語』に関する下調べは不要。日本古典文学に関する先入観なしで、諸外国の実情や、当該言語圏の文化事情を踏まえた逐語訳を心がける。
(4)当該言語の翻訳者が、当該言語圏の人にどう伝えようと苦心しているかがわかるような日本語訳を希望する。
 例えば、スペイン語の「reino」の場合は、スペイン語圏の人が「天皇」という概念を持っていないと思われるので、それなら向こうの人が理解できる「王国」の方が、今回の場合は適切な訳になる。
 日本人向けの流暢な日本語訳ではなくて、現地の人にどう伝わっているのかを知るための、受容資料としての日本語訳が、ここでは必要とされるものである。
(5)文学的に練られた、芸術的な日本語訳を期待しての翻訳依頼ではない。
(6)和歌の訳は、表記形式よりも意味を優先した逐語訳にすること。
(7)翻訳していただく資料は、PDFで提供する。
(8)訳し戻した現代日本語訳は、プレーンテキストで納品。
posted by genjiito at 00:44| Comment(0) | ◆源氏物語

2013年11月18日

スペイン拾遺−帰路の機内での腹痛−

 スペインからの帰路、飲まず食わずの冷たいあしらいを受けたイベリア航空のことは、すてに書いた通りです。

「記念すべきサマータイム終了日と時差でパニックになる」(2013/11/8)

 あの、飲食物を2時間のフライトでは一切与えない、というのは、正当な扱いだったのか、大いに疑問です。水くらいは配ってもいいのでは、と思います。
 早朝の便だったので、とにかくひもじい、喉が乾くロンドン行きでした。

 ロンドン・ヒースロー空港に着くやいなや、スターバックスに飛び込んでコーヒーをいただきました。

 乗り継ぎの成田行きの飛行機は、当初のブリティッシュ・エアウェイズです。イベリア航空ではなくてホッとしました。
 この乗り継ぎに慌てふためいたことも、上のブログに記した通りです。
 
 離陸して1時間後に食事が出ました。
 ところが、マドリッドのチェックインカウンターで確保したはずの、私がリクエストした糖尿病食ではないのです。
 アテンダントの方が日本人の方に変わられ、本機にはスペシャルミールは積んでいない、とのことです。つまり、イベリア航空の方が最後には大丈夫だ、とおっしゃった糖尿病食は、結局は用意されていなかったのです。

 がっかりです。
 特に今回出された食事は、炭水化物だらけで、食べるものがありません。それでも食べないわけにはいかないので、我慢をして少しは箸を付けました。

 食べ出してすぐに、胸がつかえて食べられなくなり、やがて腹痛と吐き気がし出しました。
 この状態はままあることです。食べ始めた頃に、身体の反応具合で予測がつきます。

 私の手術をしてくださった担当医の岡部先生からは、もう病気ではなくて、消化管の欠損であるから、そのことを意識して生活をするように、とのことでした。
 私の食後の血糖値が高くなるのは、その消化管の欠損による障害が引き起こす、もう避けられない症状だと理解するようにしています。
 そこで行き着いたのが、糖質制限食でした。ただし、緩やかな糖質制限食に切り替えていますが。

 さて機中でのことです。
 腹痛と吐き気を催し、これは危ないと思い、最後部のスペースでストレッチをして、気分を紛らわしていました。
 アテンダントの方が、何度も声をかけてくださいました。それでも、なかなか収まりません。

 日本人アテンダントの方には気を遣わせて、申し訳ないことでした。
 一人の外国人の男性アテンダントの方が、通りすがりに背中をさすってくださいました。スッとしました。また、その方は、カーテンで私を囲ってくださいました。苦しむ顔を他の方に見られることがなくなり、私としては気分が楽になりました。

 2時間以上は後ろのスペースにいて、吐き気と腹痛に耐えていました。
 いやはや、苦しい帰国便となりました。

 そんなこともあり、最近はとみに、家族以外の方との外食を控えています。
 突然の体調異変があるので、ご一緒するみなさまが気を遣われることのないように、との自制から自粛しているものです。
 また、私が食べられないものがあった時に、それを引き取っていただくのも、家族なら自由におかずのやりとりができるので安心です。

 そんな日々に置かれています。
 私が食事をご一緒しなくても、気を悪くしないでくださるよう、ご理解をお願いしているところです。
posted by genjiito at 01:46| Comment(0) | 美味礼賛

2013年11月17日

本ブログに勝手に付けられていた不愉快な広告が消えました

 すでにお気付きの方もいらっしゃるかと思います。
 このブログの末尾に、運営担当の「イオブログ(イオネット、ケイ・オプティコム)」が勝手に付けていた広告が、突然なくなっています。
 2度の抗議文を、本年5月8日と8月7日に、直接イオブログの担当部局に送りました。
 本ブログでも、それを公開しました。

 半年が経過した今頃になって、やっと対処したのです。
 また、昨今の偽装や失態にはすぐに謝る、という風潮を受けて、自社への反動的被害が拡大しないうちにそれとなく収束を図るという、場当たり的な対処が透けて見えます。ただし、お詫びや謝罪などはありません。単なる会員への通知です。

 しかし、何はともあれ、不愉快な思いを強いられた日々のことを思うと、この判断は遅きに失したとはいえ、素知らぬふりをして差別的な行為を続けられるよりも、幾分はましな判断だと思います。

 結果的には、個人が発信するブログの記事や情報に、有無を言わさずに割り込んで来て貼り付けられていた、不快な広告が消えたのです。

 かねてより、本ブログの運営管理をしているイオネットには、私のブログに不愉快で卑猥な宣伝をつけないでほしい、という警告を発していました。2回の警告文を送り、本ブログでも報告しました。

(1)「〈eo-Net〉のブログに勝手に付けられる不愉快な広告」(2013/5/8)

(2)「2回目となるイオブログへの「不愉快な広告の排除の訴え」」(2013/8/7)

 そのイオネットが、ようやく己の愚行に気付いた態を装った、以下のメール(2013年11月13日付)を会員に送って来ました。
 

eoblogの「Yahoo!ディスプレイアンドネットワーク」広告の
            削除に関するお知らせ
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
平素はeoblogをご利用いただき、誠にありがとうございます。

このたび、マスター会員およびファミリー会員のお客様のeoblogにおいて、
「Yahoo!ディスプレイアンドネットワーク(旧:Yahoo!インタレストマッチ)」
広告の削除を行いましたのでお知らせいたします。

広告削除に関する詳細につきましては、以下をご確認ください。

1. 実施日時
  11月12日(火) 15:00

2. 対象
  マスター会員およびファミリー会員でご利用のeoblog

  ご自身のブログが広告削除の対象であるかは、下記手順にて
  ご確認ください。

  (1)管理画面にログイン後、コントロールパネルにアクセスする。
  (2)アカウント情報の概要で、「現在のご利用プラン」がfree-2
    であれば、広告削除の対象となります。

3. 実施内容
  ブログ記事下に表示されていた広告の削除

なお、メンテナンス後、広告削除が完了するまでには1日程度の時間を
要する場合がございます。
あらかじめご了承願います。

今後ともeoサービスをご愛顧いただきますよう、よろしくお願いいたします。

 
 「Yahoo!」という文字をちらつかせて、責任の一端を「Yahoo!」に転嫁しようとしていることには呆れています。
 ここでは、「Yahoo!ディスプレイアンドネットワーク(旧:Yahoo!インタレストマッチ)」という仕組みで、人のブログに勝手に広告を潜ませる行為はやめる、と言っているのです。

 私は「マスター会員」なので、当然のことながら広告削除の対象者ということになります。
 現実に広告は付かなくなりました。

 もっとも、なぜ今回この広告を削除することになったのか、という理由は一切明記されていません。
 企業として差別的行為に荷担していた、ということは表明せず、一方的なお知らせとしてユーザーに告知するに留まるものです。

 この「ケイ・オプティコム」は、


関西一円に高品質で低価格な光ファイバーサービスを提供する総合情報通信事業者です。


と言う、関西電力グループ傘下の会社です。

 私は、契約していたウェブサーバーのクラッシュや倒産、吸収合併による閉鎖、という手痛い体験を何度もしています。
 そこで、安心して利用できるネット会社として、どのような時代になっても倒産しない可能性の高い会社として、この関西電力を背景に持つ「ケイ・オプティコム」の「イオネット」を利用することにしました。
 しかし、運営会社の嫌らしい干渉により、不快な広告が無理やり付けられていました。
 いつまで我慢するか、という状態になっていたのです。

 ここの社長は、ネットでの挨拶で、次のように言います。


私たちは、常にお客様の方を向き、お客様のことを第一に考え、サービスを展開する「顧客オリエンテッド」な姿勢を追及してまいります。



 日本人は、まだまだまともであることを、今回のことが示しています。
 私は、イオネットを衆愚の組織だと思っていました。その社内にも、まともな感覚を持つ社員が少なからずいた、ということが判明しました。
 もちろん、もっと早く対処すべきであったし、私のような意見は「クレーマー」として無視しておけばいい、という社内体質もあったのでしょう。
 己たちの蛮行に気づいただけでも、これはこれでよしとしましょう。

 なお、上記(1)「〈eo-Net〉のブログに勝手に付けられる不愉快な広告」の記事の中で

このサイトをマッキントッシュで利用するにあたっては、画像を挿入する位置が1回で決まらないことなど、何かと手間がかかるので、完成度は低いと思います。完全にウインドウズ仕様なのです。そこまでの技術的なサポートができるスタッフを抱えていない、ということなのでしょう。

と記したことについて、最近その改善がなされました。
 マッキントッシュを使うクリエイティブ・ユーザーにも目を向ける余裕ができた、ということのようです。

 ともかく、これをもって一件落着の報告とします。
posted by genjiito at 10:06| Comment(2) | ◆情報化社会

2013年11月16日

「仙台市博物館」へ行って

 仙台城三の丸跡に建つ仙台市博物館では、慶長遣欧使節と南蛮文化に関する展覧会が開催されていました。11月17日(日)までなので、ギリギリで間に合いました。

131116_musium1




 この展示には、国内各地はもとより、スペイン・イタリアからも貴重な資料が集められ、展示資料リストには225点が掲載されています。圧巻の展示に、時間に追われながらも、広い館内を歩き回りました。

 「ウィキペディア」の「支倉常長」の項に、次の説明があります。しかし、館内で懇切丁寧に説明してくださった解説員の方の話では、これはあり得ないことで、支倉常長は月浦からしか乗船していない、とのことでした。
 まだいろいろと情報が未整理の状態のようです。


慶長17年(1612年)、常長は第一回目の使節としてサン・セバスチャン号でソテロとともに浦賀より出航するも、暴風に遭い座礁し遭難。再度仙台へ戻り、現・石巻市雄勝町で建造したガレオン船サン・ファン・バウティスタ号で慶長18年9月15日(1613年10月28日)に月ノ浦(現・石巻市)を出帆した。なお、短期間に洋式船を建造していることから、最初に座礁したサン・セバスチャン号を譲り受けて修理し、サン・ファン・バウティスタ号として出航させたのではないか、とする説もある。


 また、伊達政宗の肖像画の前での解説員の方の話では、「政宗は、自分の像を描く際は両目を入れるように、と生前語った。」という説明をしてくださいました。そして、政宗の遺骨の調査の結果から、目に異常はなかったそうです。つまり、瞼が塞がっていたのでははないか、という推測を語っておられました。
 何を訊ねても明確でわかりやすい説明をしてくださいました。ボランティアとして会場にいらっしゃった方のようです。ありがとうございました。

 この博物館でも、前日に行った「サン・ファン館」と同じく、「支倉が受洗式をあげた女子修道院」とか「王室跣足派女子修道院にて支倉の受洗式が行われた。」というパネルの説明と写真がありました。正確には、修道院に隣接する王室跣足派女子修道院付属教会です。情報が錯綜しているようなので、いま一度整理が必要です。

 本年6月19日に、「慶長遣欧使節関係資料」が国連教育科学文化機関(ユネスコ)の記憶遺産に登録することが決まりました。このことを、もっと前面に出したら良かったと思います。

 この世界記憶遺産は、歴史的に貴重な文書や絵画の保存を目指すもので、今年は、陽明文庫所蔵の藤原道長の日記『御堂関白記』(国宝)と、この仙台市の「慶長遣欧使節関係資料」が認定されたのです。マスコミは、陽明文庫の『御堂関白記』の方に比重を置いていました。

 「慶長遣欧使節関係資料」は、日本とスペインの政府が共同推薦したものです。ユネスコは「欧州の人々が別の文化圏の存在を理解するのに使節団が果たした役割の重要性を示す」ものとして、高く評価したのです。日本側からは、国宝の「ローマ市公民権証書」「支倉常長像」など3件、スペイン側からは94件、計97件で構成されている資料群です。スペインに多く残っている、というのがこの資料群の特徴です。日本側に資料が少ないので、今後の資料発掘などの成果が期待されます。

 お昼には、東北大学の横溝博氏と食事を共にしながら、情報交換と研究上のさまざまなお願いをしました。

 横溝氏は本年9月に、私が池田亀鑑と対談している女性が入江たか子ではないか、とした件で、それが九条武子である証拠写真を探し出し、私の誤りを教えていただきました。以下の2つの記事が、その時の報告です。

(1)「入江たか子の写真へのこだわりを反省」(2013/9/5)

(2)「九条武子と池田亀鑑の写真は昭和2年11月15日撮影と判明」(2013/9/14)

 今後ともますます活躍が期待される、中堅の平安文学研究者です。
 この日も、東京から仙台に帰ったその足で、博物館に来てもらえました。ありがたいことです。勤務場所は、この博物館の敷地続きのすぐそばです。

 食事に私は、「支倉ランチ」を美味しくいただきました。

131116_lunch




 お土産には、「支倉常長に会ってきました。」という、伊達の干し梅を買いました。

131116_hosiume




 このパターンのお土産は、全国各地にあります。しかし、このパッケージは印象的です。記憶が定着するだけでなく、思い出しやすい記念品ともなります。
posted by genjiito at 23:44| Comment(0) | ◆国際交流

2013年11月15日

石巻市の「サン・ファン館」へ行って

 「サン・ファン館」とは、「宮城県慶長使節船ミュージアム」の愛称です。今月3日に再度の開館となりました。

131113_sanfan1




 ここは、東日本大震災の影響で長らく休館中でした。しかし、慶長使節出帆400周年となる今秋11月3日に、約2年8ヶ月ぶりに再開館となりました。

 慶長16年(1611)12月に「慶長三陸地震」がありました。震度5、津波は20メートルの高さだったそうです。
 その大津波の2年後、慶長18年(1613)9月15日に、仙台藩主伊達政宗の命を受けた支倉常長たちは、石巻市月浦からメキシコ・スペイン・イタリアに渡りました。「慶長遣欧使節」です。

 「サン・ファン館」では、一行を乗せて太平洋を往復した木造洋式帆船の「サン・ファン・バウティスタ号」の復元船が係留されていました。

131113_sanfan2



 また、シュミレーションシアターでは、「サン・ファン・バウティスタ号」の航海を体験できる仕掛けがありました。シートが大きく揺れ動く48人乗りのセットに座り、大画面に展開する再現解説映画を観る、というものです。

 ただし、映像のおもしろさの割には、シートの動きにはがっかりしました。
 この大仕掛けのセットは、製作から今後の維持管理のことを思うと、見直すべきものであることは明らかです。投資と効果がまったく見合わないと思われるからです。このことは、この施設全体についても言えそうです。

 「二つの大津波とサン・ファン・バウティスタ号」と銘打った展示も、完成度は低いと思います。

131113_sanfan3_2




 ほんの1例をあげれば、パネルの説明が不正確です。

131113_sanfan4




 支倉常長が洗礼をうけたのは、女子修道院ではなくてその付属教会ですし、この写真は修道院ではなくて教会の方です。

 大泉光一氏の『キリシタン将軍 伊達政宗』(2013年9月、柏書房)には、次のように書かれています。これは、駐マドリードローマ教皇大使アントニオ・カエタニがローマ教皇の甥のボルゲーゼ枢機卿に宛てた1615年2月23日付け書簡に記されていることだそうです。


「日本の王の一人が派遣した大使(支倉)は、先日(2月17日水曜日)皇帝(国王=フェリッペ3世)の妹マルガリータ内親王が暮らしている王立跣足会女子修道院付属教会で洗礼を受けた。」(資料番号A.S.V 60 c.88、142頁)


 この教会の写真は、私のブログの以下の記事にありますので、確認してみてください。

「「支倉常長の洗礼場所を求めて/追記版」」(2013年11月 4日)

 私のブログにも書きましたが、『地球の歩き方』のマドリッドの案内に関しても、このことは問題だと思っています。

 不思議なことに、この「サン・ファン館」へ行った翌日の仙台市博物館でも、この件の説明に関しては同じように混同した不正確な説明となっていました。
 何か別資料による根拠があるのかもしれません。しかし、そうであっても、両館の関係者は説明文の再点検をなさった方がいいかと思います。

 この「慶長遣欧使節」に関しては、残念ながら地元を含めて、まだまだ研究が遅れている、という印象を持ちました。今後ともさらなる調査がなされることにより、より正確な事実がわかる日が来ることでしょう。
 今は、「慶長遣欧使節」や支倉常長に関する中間報告がなされている時期だ、と思った方がいいのかもしれません。事実の確認ができる資料が少なくて偏りがある、ということに起因するのでしょう。それだけ、諸説入り乱れて、さまざまな解説が飛び交っている、ということのようです。

 「サン・ファン館」が立派な施設な施設であるからこそ、少しずつ再考を願いたいものです。
 展示に関する関係者のご苦労は承知しているつもりです。
 まだ再開したばかりなので、「慶長遣欧使節」と支倉常長の理解を深める施設として、今後の発展を祈りたいと思います。

 今回併催の関口照生写真展「支倉の道」は、現在のメキシコ・スペイン・イタリアの様子がわかり、400年という時空に思いを馳せることができました。いい写真を見せていただきました。
posted by genjiito at 23:20| Comment(0) | ◆国際交流

2013年11月14日

松島町の「みちのく伊達政宗歴史館」へ行って

 来年2月に予定している、スペイン語訳『源氏物語』に関するイベントを具体的に進め出しています。
 その一環で、今週末まで開催されている、東北仙台での展覧会などに行き、情報収集をして来ました。

 「みちのく伊達政宗歴史館」は、日本三景で有名な松島町にあります。

131113_rekisikan1




 入口に、支倉常長の慶長遣欧使節団400年記念の幟が、何本も賑やかにはためいています。

131113_rekisikan2




 中は、伊達政宗の生涯を25場面200体以上の等身大蝋人形で再現しています。

 その溢れんばかりの政宗に対する思いが、展示を通してひしひしと伝わってきます。ただし、説明文が長くて難しい言葉が多用されているので、特に興味があって来た人以外には、ドッと疲れが襲う展示館となっています。これは、何とかして説明を簡素化しないと、もったいないと思いました。
 篤い思いを簡潔に伝えられたら、という感想を持ちました。

 また、玄関先には「慶長遣欧使節企画展開催」とか「祝 ユネスコ世界記憶遺産登録」「慶長遣欧使節出帆400年記念事業協賛事業」という文字が躍っています。しかし、中に入ると、このことが取り立てて目立つような展示にはなっていません。従来の通常展という感じだったので、支倉常長やスペインとのことを期待して行った私は、大いにがっかりしました。

 この展示では、伊達政宗だけに焦点が当たっており、支倉常長はついでにも満たない扱いです。
 早急に再考すべきだと思います。世界記憶遺産のことを含めて現状を冷静に分析し、再検討すべき余地が大いにあります。
 パンフレットや呼び込みはこれでいいので、展示の内容がそぐわなくなっている、ということから、館のありようを含めて考え直すべきだと思います。

 入場して最初の所の壁に、3月11日の東日本大震災で津波がここまで来た、という説明が眼に入りました。ここは松島です。あの悲惨なことがあった地域に来ていることを実感しました。

131113_rekisikan3




 お目当ての支倉常長の人形展示は、全体の15分の1くらいの分量だったでしょうか。

131113_rekisikan4



131113_rekisikan5_2




 支倉常長のコーナーは、10メートルもないくらいです。意外に狭く、写真も情報量も少ないのです。
 今週いっぱいは、仙台市博物館と内容が重複します。しかし、それだからこそ、この歴史館なりの視点での展示が期待されます。

131113_rekisikan6




 なお、ここでの説明文には、英語・フランス語・スペイン語・ロシア語・中国語・韓国語による説明文も添えてありました。スペイン語がはいっているのは、伊達政宗や支倉常長のことを扱う上では、非常にいいことです。

 出口に併設されているお土産物コーナーに、「支倉常長讃歌」というCD-ROM がありました。

131113_cd


 また、地元らしい本があり、そこのポップが気に入りました。
 東日本大震災との関連にも触れているのが、この地を理解してもらう上での利点となります。

131113_book1



131113_book2




 この歴史館は、伊達政宗に対して格別の思い入れがあるので、展示に対するスキルが上がれば、きっとすばらしい資料館になっていくことでしょう。
posted by genjiito at 23:35| Comment(0) | ◆国際交流

2013年11月13日

みちのく仙台の回転寿司

 東京駅から新幹線「はやて」に乗ると、1時間40分で仙台駅に着きます。
 上野の次は仙台なので、意外と近いことに驚きます。
 東京の今朝の気温が9度、仙台は3度でした。
 ただし、紅葉はまだです。

 先月の中古文学会は、この仙台にある東北大学が会場でした。
 しかし、私はその時にはスペインにいたので欠席。
 遅ればせながら、別件で人に会うために、あらためてこの地に降り立ちました。
 先月のスペインの旅が、まだこうして支倉常長がらみで続いているのです。

 今日一日のことは、また明日にでも記します。

 今夜は、慌ただしく来たこともあり、何はさておき回転寿司屋さんへ飛び込みました。

 ホテルのフロントで近くの回転寿司屋を聞くと、みんな郊外に出てしまい、街中にはなくなった、とのことでした。
 しかし、インターネットで調べると、ホテルがある中心地の広瀬通りから一番町に入ったところに、3店もありました。

 3店を梯子するわけにもいかず、一番近い「函太郎」という一年ほど前にできたお店に入りました。

131113_kantaro1




 店内は明るく、雰囲気のいい店でした。
 目の前の板前さんに、直接ほしいものを伝えます。

131113_kantaro2




 白身の魚を中心にいただきました。
 ポン酢をお願いすると、作ってくださいました。
 先月のマドリッドの回転寿司「銀座」は、本格的なお寿司屋さんでした。
 あのレベルの高さには及ばないものの、ここも丁寧にポン酢を作るなど、親しみを感じるお店です。

131113_kantaro3




 野菜が何かないのかを聞くと、野菜サラダはまったくないとのことです。
 日本のお寿司屋さんに行くと、いつも思います。野菜を出さないと、多くの人々の支持が得られなくなることに、一日も早く気付いてもらいたいものだと。
 血糖値を上げるだけの食事は、もう長続きしないと思っています。

 日本文化の一つとしてのお寿司を守るためにも、グルコーススパイクという恐ろしい状態を引き起こすことに危機感を持ち、その対処として野菜をメニューに取り入れることは必須です。
 すでに従来の意識での寿司屋ではいけないことに気付かれたお店も出てきています。
 野菜を置く寿司屋が増えることを願っています。

 お酒は、塩竃市の「浦霞」をいただきました。
 連日の忙しさの中に、一息つく刻が割り込んだ感じです。
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | 美味礼賛

2013年11月12日

東京で『十帖源氏』を読む「若紫」(その1)

 長く新宿で開催していた『十帖源氏』を読む会も、最近は場所を荻窪に移して続けています。
 今日も午後6時半から2時間、たっぷりと頭の体操をしました。

 今日から、新しく、第5巻「若紫」の現代語訳を確認することが始まりました。
 この巻は、約3年前に現代語訳をみんなで作成しています。今回は、その訳文の形式を、他の巻で補正したように、統一感のあるものにまとめ直します。

 いろいろと読み進んで来ると、何かとスタイルを統一したくなります。
 また、海外の方々が翻訳しやすい表現が、いくつものパターンで見つかっています。
 そんな見直しをする中で、また多くの発見があることでしょう。

 現代語訳は、拘るとキリがありません。
 その、ほどほどの距離感が難しいのです。

 「若紫」は、見直しを一度もしていなかったので、細かな箇所に多くの訂正を入れることになりました。
 その一々を記録するのも大変なので、詳しくは次回の報告に譲ります。
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ◆国際交流

2013年11月11日

国文研で「ミニ 源氏展」開催中

 国文学研究資料館では、先週より「〈常設展示「和書のさまざま」〉」を開催しています。
 これは、日本古典籍入門という意味をもたせているものです。

 先人が守り伝えてきた書物を通して、日本の文化を考えるよい機会となるはずです。
 東京の立川に足を運んでいただき、日本の貴重な書籍群をご覧ください。

 また、ロビーには版本の実物が並べてあり、自由に手にとってご覧いただけるようになっています。
 ご自分の手で、目で、実感・実見してみてください。

 なお、展示室に入ってすぐ左側の一画には、〈特設コーナー〉として新収資料等が展示されています。
 今回は、『源氏物語』に関する貴重な本として、鎌倉時代の『源氏物語』、室町時代の『花鳥余情』、江戸時代の『源氏物語団扇画帖』と『偐紫田舎源氏』の4点を展示しています。
 これは、11月1日の「古典の日」を意識してテーマを設定したものです。


小テーマ:『源氏物語』

 2008年は、『源氏物語』が記録に留められて千年目であった。『紫式部日記』の寛弘5年(1008)11月1日の記事がそれである。
 折しも2008年は、国文学研究資料館が東京都品川区から立川市に移転した時でもあった。そこで、〈立川移転記念 特別展示 源氏物語 千年のかがやき〉という展覧会を、1ヶ月にわたり本展示室で開催した。4千人以上の方々の来場があった。
 「古典の日」は、こうしたイベント等を通して理解が広まり、2012年8月の通常国会参議院本会議で、11月1日を「古典の日」と定める法律が可決成立したのである。この「古典の日」は、2008年の〈源氏物語千年紀〉が根拠となっていることを記憶に留めておきたい。
 さて、『源氏物語』は、平安時代中期に成立した、日本を代表する古典文学作品である。長編恋愛小説として、世界的に知られていることは、世界各国31種類の言語で翻訳されていることが証明している。今も日本では、多くの現代語訳が刊行され続けている。
 本展示は、この『古典の日」にあわせて、国文学研究資料館が所蔵する貴重な資料を公開するものである。『源氏物語』の古写本、注釈書、団扇絵、翻案物と、資料的な価値の高い多彩な古典籍をご覧いただきたい。

---------------------------------------------------------------------

(1)源氏物語(げんじものがたり)(写16冊)
 本写本は、鎌倉時代中期の書写にかかる列帖装の枡型本である。この内、「桐壺」(三条西実隆筆の室町時代書写)を除く15帖は、『源氏物語大成』(池田亀鑑編)に現存重要諸本としてあげられた「榊原本」の再出現である。ただし、打ち曇の表紙とそこに貼られた題簽、及び表紙に描かれた金泥の絵は、室町時代以降かと思われる。
 本写本群は、〈いわゆる青表紙本〉と呼ばれるものでは鎌倉時代のものがほとんど見かけない現状において、類例を見ない貴重な写本群と言える。
 複製本として『国文学研究資料館影印叢書 4 源氏物語 榊原本(全5冊)』(国文学研究資料館編、序文・今西祐一郎 、解題・池田和臣、勉誠出版、2012年12月)が刊行されている。

---------------------------------------------------------------------

(2)花鳥余情(かちょうよせい)(写30冊)
 『花鳥余情』は、室町時代の古典学者である一条兼良の手になる、中世における『源氏物語』の代表的な注釈書である。
 当館蔵本は、保存状態のよい30冊の揃い本。一筆ではないものの、能筆で丁寧に書写された江戸時代前期の写本である。書写された本文も信頼できる。
 蔵書印「鞆音蔵」の朱印から、近代画家の小堀鞆音旧蔵本で、國學院高等学校に入った蔵書から洩れたものかと思われる。こうした本書の来歴などから、書物の伝流を知るための資料ともなる。
 本文については、今後の研究をまちたい。特に、異本注記が散見するので、これを手がかりにすると、注釈の受容史にも有益な資料となる。さらに詳細な内容の検討が可能となる本であり、意義深い写本といえる。

---------------------------------------------------------------------

(3)源氏物語団扇画帖(げんじものがたりうちわがちょう)(折1帖)

 団扇型の源氏絵54枚が貼られた手鑑帖である。外題・内題・箱書き・極め札などは存在しない。絵の形から、「源氏物語団扇画帖」と命名した。土佐光則の流れを汲む、江戸時代前期(17世紀後半)の絵と推定される。保存状態も良好。
 本画帖の絵のうち、20枚近くは、場面選択・構図・配置の点で、徳川美術館蔵土佐光則筆『源氏物語画帖』、および、出光美術館蔵伝土佐光元筆『源氏物語画帖』と、きわめて近似する。
 本画帖の精細な画像は、国文学研究資料館のホームページと国文学研究資料館の展示図録『立川移転記念 特別展示図録 源氏物語 千年のかがやき』(国文学研究資料館編、2008年10月、思文閣出版)で確認できる。

---------------------------------------------------------------------

(4)偐紫田舎源氏(にせむらさきいなかげんじ)(刊38冊)
 江戸時代小説である『偐紫田舎源氏』(文政12年、1829年〜天保13年、1842年)は、日本の古典に通じた柳亭種彦による、未完に終わった長編合巻である。挿絵は歌川国貞。作者の筆禍と死去により、第38編までで終わった。ただし、第39編と第40編は、遺稿本により昭和3年(1928)に公刊された。
 話の内容は、『源氏物語』を素材とした翻案物で、平安時代から室町時代へと設定を移している。
 現在は、新日本古典文学大系(岩波書店)『偐紫田舎源氏 上・下』で容易に原本が確認できる。また、「国会図書館近代デジタル・ライブラリー」や「早稲田大学・古典籍総合データベース」から、画像データベースとして公開されている。

---------------------------------------------------------------------



 このコーナーは、定期的に展示替えが行われます。
 この「ミニ源氏展」は、<11月7日(木)〜11月下旬頃>の短期間となっています。
 ぜひお立ち寄りいただき、『源氏物語』の古写本、画帖、注釈書、翻案物の貴重な典籍もご覧ください。
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ◆源氏物語

2013年11月10日

京都で『十帖源氏』を読む「須磨_その8」

 『十帖源氏』も、順調に読み進んでいます。
 こちらは、完全に頭の体操の様相を呈しています。
 日本語でなんと言えば海外の方々にわかるのか、と。
 ああでもない、こうでもないと、連想ゲームのような世界を彷徨っています。

 今回は、明石入道が、娘を光源氏と結婚させようと思っていることを妻に語る場面からです。
 ここで、登場人物の呼称を整理しました。

 この「須磨」巻以降では、明石入道と妻との子を「(明石の)娘」とし、その「娘」と光源氏との子を「(明石の)姫」に統一することにしました。

 そして、次の文章の現代語訳では、「奉らん」と「かたわや」ということばに時間をかけて検討しました。


姫をこの君に奉らんといへば、あなかたわや(84丁表)


 いろいろな議論を経て、現代語訳は次のように落ち着きました。


娘をこの方(〈光源氏〉)と結婚させようと言うので、(妻は、つぎのように言いました)「それは、考えられないことですよ。〜」


 これに続く「やんごとなき御めども」という表現も、いろいろな意見がでました。
 担当者は「身分の高い恋人」としています。しかし、毎度のことながら、「恋人」「愛人」「想い人」という言い方には、必ず立ち止まってしまいます。
 ここでは、「妻や恋人」として、「御め」を幅広く理解しました。
 さらに、直後の「みかどの御め」は「帝の寵姫」としました。

 「あやしき山がつ」も、さまざまな国の言語に訳してもらうことを配慮して、「賤しい田舎者」ではなく「田舎育ちの娘」とすることになりました。

 多言語に翻訳されることを意識した『源氏物語』の現代語訳は、翻訳する方のことを考えると、細部にこだわってしまいます。落ち着くところはありふれた訳であっても、その過程には楽しい言葉遊びがあります。それがおもしろいので、こうして続いているのだと思います。

 次回は、12月14日(土)午後3時からです。
 この集まりでは、海外の文化に興味をお持ちの方の参加をお待ちしています。
 
--------------------------------------
 
「京都で『十帖源氏』を読む「須磨_その7」」(2013/10/6)
 
「京都で『十帖源氏』を読む「須磨_その6」」(2013/9/22)
 
「京都で『十帖源氏』を読む(第5回)」(2013/8/11)
 
「京都で『十帖源氏』を読む(第4回)」(2013/7/14)
 
「京都で『十帖源氏』を読む(第3回)」(2013/6/16)
 
「京都で『十帖源氏』を読む(第2回)」(2013/5/11)
 
「京都で『十帖源氏』を読む会がスタートしました」(2013/4/6)
 
--------------------------------------
posted by genjiito at 23:22| Comment(0) | ◆国際交流

2013年11月09日

京都で『源氏物語「蜻蛉」』の写本を読む(第5回)

 いつもは雨になることの多い、ワックジャパンでの古写本を読む会です。しかし、前回に続いて、今日も雨は降りませんでした。順調に来ている、ということの証しだと思っています。

 今日は、「蜻蛉」巻の字母の確認から始めました。
 前回に引き続き、1丁裏の8行目から2丁表の3行目までを見ました。

 配布したのは、私がエディタを使って作成した、字母の私案です。
 これは、ひらがな1文字に1つの漢字を機械的に充てて作成した、仮の字母版です。
 ハーバード大学本『源氏物語』「須磨」の写本に書かれている文字の字母は、ほぼその傾向がわかってきました。そこで、私は以下の一括置換用のデータを作成し、これで叩き台の字母データ私案を作成しています。

 今日も、ほぼこの見当でうまくいきました。
 参考までに、私がハーバード大学本の字母を作成する際に使用しているデータを、以下に公開します。字母のことを知りたいと思っておられる方は、このデータを活用してください。
 ハーバード大学本以外の写本の字母を作成したい方は、このデータに少し手を入れて一括置換をすれば、瞬時のうちに基本的な字母データができるはずです。


あ 安,い 以,う 宇,え 衣,お 於,か 可,き 幾,く 久,け 个,こ 己,さ 左,し 之,す 寸,せ 世,そ 曽,た 多,ち 知,つ 川,て 天,と 登,な 奈,に 尓,ぬ 奴,ね 祢,の 乃,は 八,ひ 比,ふ 不,へ 部,ほ 本,ま 末,み 三,む 武,め 女,も 毛,や 也,ゆ 由,よ 与,ら 良,り 利,る 留,れ 礼,ろ 呂,わ 和,ゐ 為,ゑ 恵,を 越,ん 无,


 少なくとも、マッキントッシュユーザーで、エディタに「Jedit」を使っておられる方は、このまま活用できます。ウインドウズユーザーは、これに手をいれてください。

 今日は、字母を確認しながら、ひらがなの性格と現状での使われ方、そして今後の課題について、思いつくがままにお話しました。ひらがなの筆順や、現行字体や字母を再検討することなどで、日頃から私が思っていることです。

 その後、諸本とハーバード大学本の本文との違いも確認しました。特に長大な異文はなかったので、細かい本文の異同について、いくつかを確認するに留めました。

 次回は、12月14日(土)午後1時からです。
 物語の内容の確認からです。
 興味と関心をお持ちの方の参加を、楽しみにしています。
 
--------------------------------------
 これまでの記録(京都会場)

「京都で『源氏物語「蜻蛉」』の写本を読む(第4回)」(2013/10/5)

「京都で『源氏物語「蜻蛉」』の写本を読む(第3回)」(2013/9/21)

「京都で『源氏物語「蜻蛉」』の写本を読む(第2回)」(2013/8/10)

「京都で『源氏物語「蜻蛉」』の写本を読む(初回)」(2013/7/13)
---------------------------------------------------------------------
posted by genjiito at 23:13| Comment(0) | ◆源氏物語

2013年11月08日

懐石料理を堪能

 昨夜、立川からスカイダイビングのように帰洛しました。

 ヨーロッパから帰ると、いつも一週間は時差ボケでフラフラしています。しかし、今回はそんな悠長なことは言っていられないほどに仕事が多くて、ボケていられるのも贅沢な時間だったのだ、とあらためて思うほどにボケは吹っ飛んでいます。

 メールなどで、いろいろな方々に、連絡や打ち合わせやお願いなどなど。
 事務方には、何通もの書類を作成して渡し、その打ち合わせ。
 さらに、物品の発注をし、印刷物の梱包や発送をし、相談を受け、また相談を持ちかけます。
 前例のない、手探りの仕事が多いので、とにかく前を見て進むだけです。

 久しぶりに下鴨の我が家に帰りました。
 電球色の淡い灯りが、軒下で光芒を放ちながら迎えてくれました。光センサーで点滅するので、亭主がいようがいまいが、日が沈むと自動的に玄関先を黙々と照らし続けています。

 今朝は、早くから京大病院で予約がしてあった、いつもの診察です。
 待合室でボーッとしていたら、姉からメールが。お誕生日おめでとう、と。
 そうでした。自分が忘れていたことに気づかされ、あらためて年を数えました。
 62。来年は63。

 私は18歳の時、十二指腸潰瘍穿孔性腹膜炎で命拾いをし、即座に胃の3分の2を切除しました。その時にお医者さんが言った「45年」ということばが、私の生活をずっと支配してきたことは、これまでに何度も書きました。

 まず、45歳までは何があっても不死身である、と確信し、いろいろなことにチャレンジしてきました。この年には、私の人生のギアを切り替える意味から、一念発起して大阪大学の大学院に入学し、正式に伊井春樹先生の教え子になりました。

 無事に45歳は通過したので、次は18歳+45年の63歳です。来年がその区切り目の年なのです。
 さて、私の日々にどんな結末が用意されているのか、これからの毎日が楽しみです。
 ひたすら前を見て歩み、折々にこうしてブログを書きながら後ろを振り返っているうちに、あっという間に設定されたタイマーはゼロを示すはずです。

 その後も、私の体内時計が時を刻み、カウントアップするのか、はたまた、どうなのか。その日が来るのを……、今からちょうど730日目に私がどこにいるのか、その日を今から心待ちにしています。

 梅田で、誕生日と結婚記念の日のお祝いを、姉にしてもらいました。妻は仕事の都合で、今週末は東京です。離ればなれの記念日となりました。
 記念日にはやはり和食で、ということで、回転寿司にしようと思いました。しかし、あまり行く機会のない、ホテル阪急インターナショナルの高層階にある、京懐石の美濃吉竹茂楼に行きました。

 すっかり姿を変えた梅田一帯が眼下に広がる席でした。時間をかけて、ゆっくりといただきました。
 この美濃吉は享保元年の創業で、『都名所図会』に「川魚生洲八軒」として出てきます。出てきたナプキンに、その絵が描かれていました。300年前に、京都三条の地にすでにあったお店です。

131108_ikesu




 このお店と『都名所図会』のことは、今夏のブログ「京洛逍遥(282)『都名所図会』の河原町三条界隈」(2013年7月29日)の中程に、絵入りで書きました。その美濃吉です。

 丁寧に造られた料理でした。
 紅葉と銀杏に始まり、季節感がたっぷりと盛り込まれています。

131108_tukidasi




 これから日本が急激に四季を失うと、こうした日本料理は知識で食べるものになっていきます。先週までいたスペインのみなさんは、紅葉を知らないので『源氏物語』の中に紅葉が出てきても、想像すらできないとのことでした。そのため、翻訳が大変になるのです。
 まだ日本に四季があるうちに、こうした料理も楽しみたいと思っています。

 ゆっくりと運ばれてくるので、私にとってはありがたいことです。
 海老が出た時には、挨拶代わりに「これは」と仲居さんに尋ねました。

131108_ebi




 お店の方は少し微笑みながら、「車海老」でございます、と。
 4年前にこの梅田店を開店して以来、ずっと契約している所から仕入れているそうです。メニューに偽りはありません、ということを仰りたいようでした。ブラックタイガーでも、ホワイトエビでも、ガラエビでもないと。

 そんなこんなで、他のホテルの偽装メニュー遊びよりも、ずっと楽しい食事になりました。
 お店の方の接し方も、今年のキーワードである「おもてなし」そのものです。

 女将さんが、食事をする我々の席に足を留め、何度も私のお腹の様子を気にしてくださいました。
 あらかじめ、私が消化管の欠損で、炭水化物を食べないことを伝えてあったからです。

 最後の蟹ご飯は小振りの茶碗に少しだけ盛っていただきました。ただし、それを半分残した以外は、すべてをいただきました。これは我ながら意外でした。
 しゃべっていたこともあります。おいしかったこともあります。
 外食では、よく腹痛に苦しめられるので、このほぼ完食という体験は嬉しくなります。
 いい記念日となりました。
posted by genjiito at 22:38| Comment(0) | 美味礼賛

記念すべきサマータイム終了日と時差でパニックになる

 幸運というべきか、なんとも珍しい日にヨーロッパにいました。

 確認しておきます。
 スペインと日本の時差は8時間です。
 ただし、スペインではサマータイムを導入しているため、3月最終日曜日の午前2時から10月最終日曜日の午前3時までは、日本との時差は7時間になります。
 つまり、今年の10月の最終日曜日は27日であり、この日は1日が25時間もあるのです。

 実際に、27日の夜は、マドリッドの街には人があふれていました。いつもよりも1時間も長く外で遊べるということで、異様な人出でした。

 私は、28日(月)の早朝6時45分にマドリッド発の飛行機に乗り、ロンドン経由で日本に29日(火)に着く予定でした。
 そして、ロンドンはマドリッドと時差が1時間あります。

 この珍しい組み合わせの時間の流れの中で、慣れない私は時間に翻弄されました。

 ことの発端は、マドリッドにいるうちに時計を1時間戻したことに始まりました。

 28日は早朝2時から、帰国のための荷物を整理し始めました。徹夜覚悟での出発待ちです。
 搭乗するのは、マドリッド発6時45分のブリティッシュ・エアー(BAW)です。
 チェックインを2時間前にするとして、ホテルは3時30分に出れば十分です。
 今回このスペインに来るとき、早朝の羽田から来たのと同じように、早朝の時間帯での移動です。
 前夜、フロントにはその時間にタクシーを予約しておきました。

 予定通りタクシーが迎えにきました。
 週明けとはいえ、朝早いので高速道は空いており、20分で着きました。

 早目ながらもフライト掲示板を見ると、私が搭乗するBAWが、なんと赤字で「canceld」となっています。次の写真の下段に表示されている、「BAW 7052」便がそれです。

131104_flight1



 代替機が2時間後に飛び立つそうだ、とのことです。
 しかし、その代替機の情報は、なかなか教えてもらえません。
 朝日がきれいな空港だったことが印象的です。

131104_airport



 まだ2時間以上もあるので、ゆとりを持ってインフォメーションカウンターに行き、どうしたらいいのか訊ねました。

 すると、BAは飛ばず、イベリア航空に変更になったとのことです。出発は2時間遅れの8時20分です。なんと、4時間半後です。

 元々がロンドン・ヒースローで4時間20分待ちだったので、それが2時間縮まるだけなのです。大きな影響はありません。この時点でも、まだ私はスペインとイギリスの時差のことには思いが及んでいませんでした。

 マドリッドの空港で身体を休める場所を探しました。ところが、ベンチが極端に少ない空港です。あちこちの地べたに、多くの旅行客が寝転がっています。仕方がないので、私も通路の隅にお尻を下ろし、パソコンを取り出して仕事をすることにしました。

 やがてチェックインカウンターが開きました。
 ロンドン・ヒースローから成田までの間の食事は、スペシャルミールとして糖尿病食をお願いしていたはずです。来るときがそうだったので。
 ところが、用意ができない、と眠気眼で冷たくあしらわれました。

 それでも諦めず「ダイアビーティズ(diabetes)」とか「ロー・カーボ」と言い続けていると、そのうちに用意が出来ると言うことになりました。粘り勝ちです。
 もっとも、これが嘘だったのです。そのことは、またの機会に。

 それはともかく、出発時間になっても、なかなかイベリア航空に搭乗できません。

 やがて、1時間以上も遅れて出発しました。ロンドンでの乗り換え時間が1時間を切っています。
 座席は、選りに選って最後部です。

 朝が早かったので、お腹が空きました。しかし、配られる気配がありません。
 飲み物を積んだカーゴが通りました。しかし、前の人はお金を払っています。
 次に、免税品を売りに来ました。
 そして、後は何も運ばれて来ません。

 後ろでは、2人のキャビンアテンダントの女性が、大声でずっと喋っておられます。そんな暇があったら、軽食をはじめとするドリンクなどを早く運んでほしいな、と思っていても、そんな気配は微塵も感じられません。ドリンクがもらえないかな、と思っても、周りの誰一人として飲み物をゲットした人はいません。
 結局は、ロンドに着くまで、一滴の水すらもらえませんでした。

 一番後ろの私の席は、休みなくトイレの水がフラッシュする音に悩まされます。これは、想像を絶するものでした。

 やがて、通路側にいた私の横に、一枚の薄い紙製の便座シートがヒラヒラし出しました。それが横で舞っているのです。気になりました。しかし、人が使ったものを自分で取り上げて捨てるのもしたくないことなので、そのままにしていました。
 すると、キャビンアテンダントの方が通られたので、片付けてくださるのかと思っていたら、なんとそれを跨いで通って行かれたのです。
 それでも、帰りに拾われるのかと思ったら、また大股で跨いで通られます。
 何とも奇妙な光景でした。

 また、別のアテンダントの方は、便座シートを足に引っ掛けたたまま、少し私の前方に蹴飛ばしながら、それでいて取り上げようともなさいません。
 私の少し前で、便座シートが踊っています。
 面白い状況なので、ついシャッターを切りました。

131104_sheet



 この便座シートのすぐ横には、非番かあるいは別便に移動されるのか、このイベリア航空のアテンダントの制服を着た女性が2人もおられました。しかし、その女性たちも、席を立って最後部の同僚とペチャクチャと喋った後、この便座シートが横にあっても知らんぷりで、また自分の席に戻られたのです。それは、見事なほどの無視ぶりです。

 その後も、アテンダントの方は、この便座シートを跨ぎながら通路を何度も通って行かれます。軽快にヒョイと大股で跨いで……

 このイベリア航空では、汚いものには手を触れないように指導が徹底しているようです。
 とすると、この不愉快な使い捨てられた便座シートは、乗客が拾って棄てろ、ということなのでしょうか。しかし、誰が使ったのかわからない便座シートに手を付けるのは、やはり躊躇われます。出来ることなら、目の前を舞っているこの紙は、航空会社の方に処分していただきたいものです。

 また、ロンドンへ到着するにあたり、みんながシートベルトを締めた時、かの1人のアテンダントの方は通路の中央最後尾の、私のすぐ右後ろの真ん中にドンと座っておられます。その目の前の正面には、常に私の視界に入ってズッと不愉快に思っている件の便座シートがあります。とにかく、アテンダントの方は、このゴミが見える真っ正面に座っておられます。しかし、それを拾おうとする気配はまったくありません。
 この感覚は何に起因するものなのか、非常に興味があります。
 単なるアホではなくて、鈍感なのでしょうか。

 この2人のアテンダントと、非番と思われる2人のアテンダントは、これは自分の仕事の埒外の出来事だと思っておられることは確かです。このアテンダントの方には、便座シートが通路で舞っていようがどうしようが、ご自身には関係のないことなのです。業務とは関わりのない、自分には関係のないことなので、こうして傍観者でいられるようです。
 これは、ものすごいことです。私には、人間性の問題だとも思われますが……
 4人ものアテンダントの方の態度は、どうしても不可解です。

 さらに、着陸後に前の方に進むと、もう1枚の便座シートが床でヒラヒラしていました。

 さて、飛行機がヒースローに到着したのは、成田行きが出発する20分前でした。
 それからは、とにかく走り、早足で目的のBAの搭乗口を目指しました。

 パスポートコントロールで長蛇の列に気を揉み、乗り継ぎの手荷物検査ではチェックに引っ掛からないようにして、とにかく走りました。

 やっとのことで搭乗口に着いたのは、すでにゲートが閉まる時間を10分以上も過ぎていました。アウトです。

 しかし、何とかならないかと急いでチケットとパスポートを係員に渡すと、後10分後に呼ぶので前のベンチで待ってください、と。

?!?!

 狐に摘ままれた気持ちで空港の時計を見ると、なんと腕時計が1時間も先を指していたのです。

 スペインとイギリスの時差のトリックに引っ掛かっていたのです。
 しかも、10月の最終日曜日であった昨日27日は、スペインの夏時間の最後でした。
 スペインなどのヨーロッパ諸国は、時計を1時間戻したのです。
 つまり、わたしは昨日は1日が25時間あったのです。

 ところが、その翌日の今日、夏時間が終わったばかりのスペインから、時差が1時間あるイギリスに来たのです。ここに、私が1時間の誤差を忘れて、走りまわった原因があります。

 何とも、時計の悪戯に翻弄されて、空港内を疾走するという失態をしでかしてしまいました。
posted by genjiito at 00:24| Comment(0) | ◆国際交流

2013年11月07日

連続講座「くずし字で読む『源氏物語』」第3回+最終回

 国文学研究資料館の今西祐一郎館長が講師として開催されている連続講演「くずし字で読む『源氏物語』」は、第3回は颱風のために中止となりました。

 そして、先々週に開催された繰り越しの第3回は、私がスペインに出張していたために拝聴できませんでした。
 この第3回については、これまで一緒に参加していた中国からの留学生である趙俊槐君が、その内容のメモを送ってくれました。
 以下、その趙君のメモを掲載します。


---------------- 趙俊槐君のメモより ----------------------
・今日もほぼ満席
・今西先生は、まず先週の台風で休講したことについてお詫びをなさいました。
 そして、来週は教室がすでに予約で取られているので、再来週に伸ばすとおっしゃいました。
・国文研所蔵の絵入り源氏物語(承応三年 八尾堪兵衛出版)全頁カラー原本閲覧システムを紹介。
 参加者全員にCDを配り、活用するようにとおっしゃいました。
・まず「帚木」の冒頭部分の一丁を読みました。
 「ははきぎ」という題簽の右下に「哥を名とせり」あり、これは「ははきぎ」というタイトルは文章の歌から出てくる言い方だ、と説明なさいました。
・「ひかる源氏」が周知の名のようになっているが、実はこれは人物の名前ではない。
 『源氏物語』の中の主要人物は一切名前が出てこない。
 原因としては、女房が語り手なので上司に対して名前を口にしてはいけない、ということが考えられる。今の「部長」「課長」と同じ。
・「ははきぎ」の第一丁の崩し字を説明中、3度も「ご質問は」と聞かれました。
 皆さん、崩し字の読み方に、少し慣れてこられたかと思われます。
・「ははきぎ」の第一丁のご説明が終わった後、質問がありました。
 ☆「けん」とお読みでしたが、「ん」はないようですが。
  答え:「ん」ではなくて、「无」の簡略された後の形態
 ☆「けん」はもともと「けむ」でしょうか。
  答え:「无」が「む」のもとの字の一つ
 ☆本文中に「人の物いひ」の右上に「\」が付いているが、どういう意味でしょうか。
  答え:これは歌の一部を引用したという意味。
・休憩の後、後半は「雨夜の品定め」の一部を読まれました。
・光源氏と頭中将が一緒に女からの手紙を読んでいる絵について説明なさった。
 まだ子供なのに、女の良しあしを批評しているね、と冗談をおっしゃいました。
・すらすらとご説明。崩し字について、質問なし。
・「よろしき」は今の意味では「よくできた」という意味だが、昔は「まあまあ、悪はない」という意味だったとご説明。
--------------------------------------



 さて、今日で今年の連続講座は最終回です。
 参加者はほとんど減りません。
 今日も、男性は30名ほどで、とにかく熱心です。
 お話の合間にも、男性からの反応や発言や質問があります。
 これが、今回の講座の特徴だろうと思います。
 今後の企画のためにも、この傾向は分析しておく必要があります。

 最終回は、第4巻「夕顔」と第5巻「若紫」です。
 巻頭から1丁分を、一文字ずつ文字を確認しながら、解釈を進めて行かれます。

 挿絵も丁寧に説明なさいます。

 最後に、ひらがなの「し」に関して、「志」という漢字使っているのは何か意味があるのか、という質問がありました。今西先生のお答えは、「特にないのです。今は使わない平仮名の字母を使っています。」とのお答えでした。

 「御」の使い分けについても、質問がありました。
 先生は、よくわからない、ということと、江戸時代の人は「み」と読みたがるようだ、との回答でした。

 最後に、声に出して言葉を覚えることが大事だ、という点を強調なさいました。
 この講座は、私も、楽しくいい勉強をさせていただきました。
 4回しか開講されなかったのが残念でした。
posted by genjiito at 00:06| Comment(0) | ◆源氏物語

2013年11月06日

スペインでの収穫のいくつか

 今回の旅で、スペインを知るためのささやかな発見がありました。
 そんないくつかを、落ち穂拾いとして残しておきます。

(1)アメリカンスタイルの寿司クラブ
 スペインでいただいたお寿司で、一番おいしかったのは「銀座」の回転寿司店でした。これは、これまでで一番雰囲気のいいお店でもありました。すでに紹介したので、写真は省略します。
 その次に印象的だったのが、滞在先となったホテルのそばのサントドミンゴ駅近くにあった、「SUSHI CLUB」です。

131102_susiclub



 ここは、中の照明がクラブのように妖しい雰囲気になっていて、店員の方もアメリカンタイプのスマートな若者たちでした。とにかく、何もかもがおしゃれを決め込んでいて、それでいたキビキビと立ち回っておられました。
 出て来るお寿司も、おしゃれで美味しいものでした。
 ネタも、店内の照明のせいもあり、心なしか妖艶な色です。

131103_nigiri



 何も囚われることのないお寿司屋として、こんなにダンディーなお店があってもいいのです。
 おそらく、アメリカには、こうしたお店が数多くあるのでしょう。ヨーロッパでは、ロンドンのリバプール・ストリート駅にある回転寿司屋さんよりも上位に置きたいと思います。

(2)日本語併記の標識
 セゴビアで、日本語を併記した標識をいくつか見かけました。

131104_hyousiki1



 マドリッド市街でも、見かけました。

131104_hyousiki2



 こうした表示を見ると、みなさんとの仲間意識が育まれ、うれしいものです。

(3)100円ショップ
 サントドミンゴ駅からスペイン広場へ向かって少し歩いた所に、中国の方が経営しておられる100円ショップがあります。ここには、所狭しと商品が詰め込まれています。何でもあります。手ぶらで旅をして来ても、ここに来れば何でも旅の品々が揃います。

131102_100enshop



 こうした店があることを知っていると、今後の旅の仕方が変わります。
 私は、ホテルの部屋でほしいと思った、ヨーロッパ仕様の三つ叉コンセントを買いました。これで、1.5ユーロなので、日本円に換算すると200円ほどです。

131102_3mata



(4)レンタサイクル
 ホテルの近くに、こんなコーナーがありました。

131104_rentacycle



 これは、市内を移動するのに便利な乗り物です。

・小型4輪電気自動車が2時間50ユーロ
・セグウェイが1時間25ユーロ
・自転車は、坂道の多いマドリッドでは実用的ではありません

 旅を楽しくするものとして、知っていて活用すると重宝することでしょう。

(5)プラド美術館
 プラド美術館は、日曜日の午後5時以降は無料とのことだったので、マドリッド最終日の最後のイベントに組み入れました。
 今回の旅立ちの前に、長崎県美術館の米田耕司館長にスペインへ行くという連絡をしました。
 米田館長は、私が2008年に学芸員の資格を取る際に、國學院大學で博物館学に関する授業を受けた時の先生です。以来、折々に連絡をしています。私が入院していたときには、わざわざ気遣って電話を何度かくださいました。
 その米田先生が館長をなさっている長崎県美術館は、プラド美術館と友好館です。スペインの絵画などで交流があるのです。そのことがあったので、先生にマドリッドへ行くことを連絡したのです。
 先生からは、プラド美術館のスガサ館長やフィナルディ副館長と懇意だとのことを聞いていたので、立ち寄ったついでにご挨拶を、と考えました。ちょうど、学生さんが一緒だったので、通訳をお願いできることもありました。
 しかし、あいにく日曜日ということもあり、お2人とも不在でした。美術館の方も残念がって下さり、来訪した旨のメモを託すことにしました。そのことは、帰国後すぐに米田先生に報告しました。
 プラド美術館を出たときは、すでに夕闇の中でした。

131104_prado



 とにかく、膨大な絵が収蔵されています。お目当ての絵だけを、学生さんの案内に従って走って見て回りました。
 手元に残った、入場料0ユーロのチケットは、得がたい楽しい記念品です。

131105_pradochicet



 また次の機会を楽しみにしたいと思います。
posted by genjiito at 00:06| Comment(0) | ◆国際交流

2013年11月05日

読書雑記(84)見限った本が大賞受賞−小説の評価はおもしろい

 本日(2013年11月4日)の京都新聞に、「初代京都本大賞に「珈琲店タレーランの事件簿」岡崎さん」という記事が掲載されていました。

 〈京都本大賞〉というのは、京都を舞台にした小説で最も読んでほしい本を選ぶ、というものだそうです。これは、京都府書店商業組合が主催するもので、以下の趣旨で投票を募ったものでした。

「京都本大賞」とは、過去1年間に発刊された京都府を舞台にした小説の中から、もっとも地元の人々に読んで欲しいと思う小説を決める賞です。
決定方法は書店員だけでなく、一般の読者と共に投票で決定します。
ぜひ投票にご参加ください!

ノミネート作品は以下の3作品です。

●『回廊の陰翳』広川純 / 文春文庫
●『珈琲店タレーランの事件簿』岡崎琢磨 / 宝島社文庫
●『史上最強の内閣』室積 光 / 小学館文庫


 その第1回の大賞受賞作が、岡崎琢磨氏の『珈琲店タレーランの事件簿』(宝島社文庫)でした。
 投票結果は、『珈琲店タレーランの事件簿』642票、『史上最強の内閣』388票、『回廊の陰翳』118票でした。圧倒的な支持を得たと言えます。

 この本について、私は次の「読書雑記」で取り上げました。
 あまりいい評価はしていません。共に、〈5段階〉の【2】です。

【3.0-読書雑記】「読書雑記(52)岡崎琢磨『珈琲店タレーランの事件簿』」(2012/11/14)

【3.0-読書雑記】「読書雑記(67)岡崎琢磨『珈琲店タレーランの事件簿2』」(2013/6/19)

 特に、後者の『珈琲店タレーランの事件簿2』については、次のように書きました。


 この第2作目は、さらに出来が悪いようです。前作にあった文章のキレがまったく感じられません。私は、いいところを探すようにして読むことが多いと思っています。しかし、これに関してはまったくそうした褒めるところを見つけられませんでした。
 『〜3』が刊行されても、それを読むかどうか……。余程大々的な変化が見られない限り、もう読まない作家となりそうです。相性の問題だと思われます。作者さん、ごめんなさい。何事も縁ということで。


 つまり、この岡崎氏の作品は、私が見限ったものです。
 私は、文芸評論家でも批評家でもありません。しかし、意識の中で消えていく作家だっただけに、この本が大賞を受賞したというニュースに、私は興味を持ちました。自分の価値観と異なるものが評価される、ということは、自分の本の読み方や感じ方に刺戟を与えてくれます。
 選考の趣旨と選考委員によって、当然判断は異なります。そのことは当たり前としても、その理由付けを知りたくなります。その選評が公開されるのが楽しみです。

 なお、本に関する最近の賞については、【3.0-読書雑記】「読書雑記(79)東西の本屋さんによる受賞作2点」(2013/9/4)に書きました。

 東京を中心として〈エキナカ書店大賞〉があり、大阪で〈Osaka Book One Project〉が設立されました。いずれは京都も、と思っていた矢先だったので、この〈京都本大賞〉は自然の流れの中で生まれた賞だと言えるでしょう。

 いろいろな賞が設立され、さまざまな本が受賞することは、非常にいい傾向だと思います。
 書店に行っても、多彩な内容の本が並んでおり、どれを読もうかと迷います。そんな時に、賞というレッテルが貼られている本は、読んでみようという気を起こさせます。新しい世界を知りたい、今の流れを知りたい、という思いを満たす本の選択に、受賞作というものは一つのきっかけを与えてくれます。
 それが、その人にとってアタリかハズレかは、また別のおもしろい問題だとして……
posted by genjiito at 00:03| Comment(0) | 読書雑記

2013年11月04日

支倉常長の洗礼場所を求めて/追記版

 スペインへ行った時のメモをもとに、整理を続けています。

--------------------------------------

 デスカルサス・レアレス修道院は、支倉常長が洗礼を受けた場所だというので行きました。
 前日は、多くの人が並んでいたので諦めた所です。

 今度は日曜日の朝一番に出かけたので、何とかチケットを手に入れることができました。
 一緒に行ってくれた学生さんは学割です。
 『地球の歩き方』の頁を繰ってみましたが、この本のどこにも支倉の「は」の字も出てきません。2013〜2014年版なのに、支倉の400周年のことも一言も触れていません。

 入口近くの解説書などを、学生さんに見てもらい確認しました。しかし、そこにも支倉のことは書いてないようです。スペインの人は、支倉のことにまったく興味がないことはわかります。それにしても、日本人向けのガイドブックにも、その記載がないのです。

 どうもおかしいと思い、関係者に聞いてもらうと、支倉の受洗所はこの隣の教会だということです。
 つまり、我々が入ろうとしていたのは、支倉が洗礼を受けた所ではなかったようです。中に、その関連する物があるそうですが、それも確たる証拠があっての物でもなさそうです。
 そして、付属教会は無料なので、この修道院の入場料は返すと、ありがたい言葉をいただきました。

131103_hasekura



 上の写真の左側がデスカルサス・レアレス修道院で、右側の少し陰になっているところが付属教会です。

 なお、支倉がここで洗礼を受けたとすると、洗礼台帳に記載されているはずです。しかし、その台帳はいまだに確認されていません(『キリシタン将軍 伊達政宗』145頁、大泉光一、柏書房)。いろいろとわからないことが多いようです。

 日本に帰ってから、インターネットで調べたところ、「支倉常長の足跡を追う旅」で、支倉常長とマドリッドの話が、何回かに分けて詳細に語られていました。
 ただし、この記事も微妙な表現が目に付きました。


追記(02013.11.4):青葉城資料展示館の学芸員・大沢慶尋氏によるブログ「支倉常長の足跡を追う旅」の「マドリッドAデスカルサス・レアレス修道院の南蛮漆芸は支倉使節の進物か?(2008年12月27日)」(http://blogs.dion.ne.jp/honmarukaikan/archives/7941580.html)に、興味深い記事があります。それは、デスカルサス・レアレス修道院(Monasterio de las Descalzas Reales、王立跣足派女子修道院)に収蔵されている聖遺物や宝物の中に、日本関係資料として4点があることが報告されており、その中の桃山時代から江戸初期とされる書見台(A資料)に、私は注目しました。この書見台の表面には、黒漆塗りした上に平蒔絵で紅葉が描かれているからです。
 今夏、コロンビア大学大学院生のアリエル君に関する私のブログ「スペイン語新訳『源氏物語』の話を聴きに早稲田大学へ」(2013年7月23日)で、スペインには紅葉がないために、その翻訳に一苦労があったことを記しました。つまり、紅葉はスペイン語に訳せない植物なのです。
 伊達政宗の命を受けてヨーロッパに派遣された支倉常長を先導したルイス・ソテロ神父は、日本側からの献納物に紅葉が描かれた美術工芸品があったことに関して、何も思わなかったのでしょうか。その図柄に、何もアドバイスを与えなかったのでしょうか。スペイン人にわからない絵だと……。あるいは、わからないからこそ、進物に相応しいと思ったのでしょうか。
 今、素人なりの感想としては、この書見台は支倉がスペインへの贈答品として持ち込んだ物ではないと思っています。


 便利な時代に生きているのですから、もっと調べてから行くべきでした。もっとも、土日を市内観光に使うことは、出発前には考えていなかったので、これも致し方なしというものです。

 その後、サン・ミゲル市場へ行きました。

131028_marche1



 まずは、派手なお寿司屋さんから。
 旭日旗には度肝を抜かれます。しかし、ネタは豊富です。

131103_susiya



131103_nigiri0



 次は、たくさんのチーズです。お土産に、山羊のチーズで母乳型のものを2ついただきました。

131103_cheese



 市場の中を、雀が飛び交っていました。
 ちょうど、ハロウィーンの魔女のお尻を見つめる2羽の雀がかわいかったので、写真に収めました。

131103_suzume



 少し小腹が空いたので、学生さんに勧められるままにチューロスとチョコラーテを、市場の片隅にあったテーブルでいただきました。私には甘すぎましたが、なかなか美味しいおやつです。

131103_tyuros



 折角来たのだからと、スペイン広場へドンキホーテの像も見に行きました。

131104_donki



 実は、私はいまだにこの話を読んでいません。帰ってから、読むことにします。続きを読む
posted by genjiito at 00:27| Comment(0) | ◆国際交流

2013年11月03日

古都セゴビアのエレスマ川を歩く

 マドリッドから2時間以内で行ける。古代都市セゴビアへ行きました。ここは、世界遺産の地です。
 電車で行けます。しかし、連日の英語漬けの日々でもあり、疲れをとるためにも観光ツアーを選びました。ガイドさんはもちろん日本人の方で、赤司紫さんという、なんとも雅なお名前です。

 参加者が少なかったので、ガイドさんとの個人ツアーとなりました。そんなこともあり、いろいろと我がままなリクエストに応じていただけました。

 古代ローマの水道橋は、圧倒される景観の中にあります。しかも、今も使われているというので驚きです。

131102_suidokyou



 市街地を歩いていると、0キロポストがありました。
 これは、最近できたものなので、ガイドブックにもまだ掲載されていないそうです。

131102_0kiro



 0キロポストは、マドリッド市内のソル駅の広場にもありました。マドリッドから地方への0キロポストの標識です。
 マドリッド市内では、みなさん、その前に立って記念写真を撮っておられました。

131101_0kiro1



 しかし、このセゴビアの0キロポストは、まだ知られていないので、教えてもらわないと気付きません。

 なお、0キロポストについては、かつて東京駅のものを紹介したことがあるので、ご参照ください。
【4.3-江戸漫歩】「江戸漫歩(13)東京駅〈2〉0キロポスト」(2009/6/9)

 これは、各国各地にあるようです。

 さて、セゴビアの観光です。
 私は、市街地を見るよりも、この街の下を流れるエレスマ川に降りたいという、気儘な希望を伝えました。すると、ガイドさんは通常は行かない川沿いの散策道を案内してくださいました。
 村の人が使っている橋です。

131102_river1



131102_river2



 その横のエル・パラル修道院の庭では、新郎新婦がディズニー映画『白雪姫』のモデルとなったお城アルカサルを背景にして、記念写真を撮っておられました。

131102_bridal



131102_kiss



 少し下ったところにある橋は、その橋桁が計算され尽くした形をしています。
 ガイドさんの話では、この橋には初めて日本人を案内した、とおっしゃっていました。
 みなさん、この上にあるお城までなので、ここまで足を伸ばす人はいないようです。
 しかし、ここはすばらしい散策路となっています。

131102_river3



 このエレスマ川には鴨がいました。
 ますます好きな川となりました。

131102_kamo

posted by genjiito at 00:42| Comment(0) | ◆国際交流

2013年11月02日

学生さんとマドリッドを散策

 スペイン・マドリッドでのメモがまだまだあります。
 しばらくは、その報告を書き続けます。

--------------------------------------

 ホテルの朝食はビュッフェ形式でした。
 私は、パンを取らなかったので、糖質は果物くらいでしょうか。
 ハムとチーズはたくさんの種類が選べました。
 ただし、野菜がまったくない朝食なので、サラダがほしくなりました。

131028_breckfast



 この朝食後2時間の血糖値は159と、いい調子です。
 スペインに来てからは、炭水化物の少ない食事を心掛けているので、血糖値の上下動がなくて健康的な生活です。

 国際集会が無事に終わった土曜日の朝、マドリッド自治大学の学生2人が、ホテルに迎えに来てくれました。今日の午後2時までは、マドリッド市街の散策です。

 まず、支倉常長が洗礼を受けたといわれるデスカルサス・レアレス修道院へ。しかし、人が多くて午後1時までは入れません。

131101_hasekura



 そこは諦め、次は古本屋さんが並ぶ一角へ行きました。
 日本文学に関する本があるかどうかを聞いてもらいました。しかし、何もありませんでした。
 みつけたのは、招き猫一匹。

131101_manekineko



 続いて、新本屋さんへ。
 ここには、日本古典文学に関する翻訳書が何冊かありました。『源氏物語』や『枕草子』などなど。右の本は、高木香世子先生が翻訳された『竹取物語』です。

131101_taketori



 これらは、すべて私が持っている本ばかりです。
 ただし、『更級日記』は表紙が印象深いので、持っていたように思われます。しかし、自信がないので、一応買っておくことにしました。

131101_sarasina



 若者たちで賑わうチュエカ地区に行きました。日本で言うところの表参道や原宿の縮小版でしょうか。
 休憩で入ったバールで、生の牡蠣を見つけました。京都の錦市場でよく食べるので、試しにいただきました。

131101_kaki



 牡蠣の身は少し痩せています。しかし、レモンを絞って、おいしくいただくことができました。

 続いて、グランビアの北にある市場(マルシェ)を散策。

131101_marche2



 クリームチーズで、塩分がもっとも少ないものをいただきました。

131101_cheese



 ここでも、イベリコ豚の生ハムがたくさんあります。

131101_namaham2



 3時からは、世界遺産になっているセゴビヤへ、旅行社の観光バスに乗って行くことになっています。その出発場所となっているホテルの近くで、食事にしました。
 田舎料理が食べられるお店です。

131101_casa1



131101_casa2



131101_casa3



 ホテルに引き返す途中、川を見ることができました。

131101_river



 橋の向こうにロープウェーのゴンドラが見えます。
 ここから王宮の下へと流れる川は、ゆったりとしています。ただし、水は汚いのが残念でした。
posted by genjiito at 00:09| Comment(0) | ◆国際交流

2013年11月01日

〈古典の日〉にリンボウさんの講演を聞く

 今日は「古典の日」です。

 今から5年前の2008年は、『源氏物語』が記録に留められて千年目でした。それは、『紫式部日記』の寛弘5年(1008)11月1日の記事によるものです。
 京都を中心にして、連日盛りだくさんのイベントが組まれました。

 折しも2008年は、国文学研究資料館が東京都品川区から立川市に移転した時でもありました。
 そこで、〈立川移転記念 特別展示 源氏物語 千年のかがやき〉という展覧会を、1ヶ月にわたり新装なった展示室で開催されました。4千人以上の方々の来場があり、『源氏物語』に対する熱気がますます盛んになりました。私も、この展覧会の担当者として、走り回っていました。

 こうしたイベント等を通して「古典の日」に対する理解が広まり、2012年8月の通常国会参議院本会議で、11月1日を「古典の日」と定める法律が可決成立したのです。この「古典の日」は、2008年の〈源氏物語千年紀〉が根拠となっていることを、とにかく記憶に留めておきたいものです。

 もっとも、私は個人的には、この制定に関して批判的です。
 そのことは、「空転国会の暇つぶしで決まった「古典の日」の条文は空疎な文字列」(2012年8月31日)に書いた通りです。

 さて、この『古典の日」の制定にあわせて、国文学研究資料館では昨年より、公開の講演会を開催しています。
 第2回目の今年は、都心の神田駅に近い「ベルサール神田」を会場にして、400人以上の聴講者を集めて開催されました。
 内容は、以下の通りです。

131101_kotennohi001




1.「風流・やつし」と「見立て」−浮世絵を中心に− 山下則子(当館教授)
2.「源氏物語を読むこと、訳すこと」 林望(作家、国文学者、書誌学者)


 まず、山下則子先生からです。
 浮世絵や絵本をスクリーンに写しながら、江戸時代に雅から俗に移っていく古典の当世化の様子を、わかりやすく語られました。

 続いて、林望氏です。

 まず、〈物語〉とは何かということから語り出されました。〈物〉はスピリッツであるとし、民俗学的な説明をなさいました。鎮魂の1つとして〈物語〉がある、とも。

 また、『源氏物語』には怪異談、滑稽談の要素もあると言われます。
 歓喜と苦悩の恋物語、歌物語の伝統が引き継がれているものだが、作中歌は芸術的な観点からはつまらないそうです。ただし、歌は物語の進行上は重要なものになっているとも。

 最近の林望氏の仕事である『謹訳源氏物語』は、原稿用紙にして、6800枚だそうです。

 以下、林望氏のことばを箇条書きにしておきます。


・平安時代には、本当の読者は本を読まないで聞いている人のことだ。
・宮廷サロンでの仲間が読むので、わかりきったことは「省筆」している。
・訳す場合には、省筆された内容を再構築し、補って書いている。
・ただし、あくまでも原文でこう言っているだろうな、と思ってわかるように訳している。
・原文に書かれていないことは訳していない。
・注釈を付けないで、溶かして訳した。
・漢詩文に関連して、「悲端」などに例外的に注を付けた。
・晶子をはじめ、他の現代語訳は一切読まなかった。
・テキストを決めることが先決で、その後に用例を解釈した。
・可愛げの王者は夕顔。「らうたし」という表現に合う。
・「なまめかし」は大体が病気の際に使われ、飾り気のない美しさを表現している。
・生足は、なまめかし。官能的。様々な訳し方を場面に応じてした。
・ミクロな面白さのマクロな大集積が『源氏物語』である。


 そして、実際にご自分の訳を朗読なさいました。いい声でした。
 第6巻「末摘花」と第18巻「松風」を読まれたのです。現代語訳の表現がわかりやすく、おもしろいと思いました。

 最後は時間切れになったこともあり、「後はみなさん自学自習をしてください。」という言葉で終わり、ご著書のサイン会となりました。
posted by genjiito at 21:42| Comment(0) | ◆源氏物語