自分の記憶を新たにする意味から、トルコで見た河岸の風景を、未整理のままに日々増えるばかりのアルバムから、前日に続いて適宜抜き出してみました。
2004年にトルコへ行ったときの話は、「【復元】ドバイに不時着した娘、イスタンブールで放置された私」(2010/5/30)や、「【復元】ワーストワンのトルコ航空」(2010/5/14)で書きました。
その旅で見たのは、河岸というよりも海です。日本とは異なる、明るい海でした。
地中海に面したアンタリアのホテルから見た朝靄に煙る景色は、絵にするとおもしろそうな不思議な色でした。

それが、お昼になるとグッと明度を高めます。

海岸では、汗ばむほど日の光が身体を射してきます。
この海岸で、大学院生のO・Bさんが作った俳句の添削をしました。
地中海を望みながらの文学談義は、なかなか爽快でした。

その後、O・Bさんは日本の大学院へ留学し、元気に研究を続けました。そして、無事に卒業した今は、トルコでキャビンアテンダントとして活躍しているようです。きれいな日本語で、多くの方々のお世話をしていることでしょう。
その地中海の水面が、夕方になると一変して光輝きました。

このアンタリアからの帰りに、イスタンブールの空港で得がたい体験をしたことは、上記「ドバイに不時着した娘、イスタンブールで放置された私」に書いた通りです。この話をO・Bさんにもしたので、それで彼女は航空会社に勤めたのでしょうか。
予定していたカイセリに行けなくなった私は、死力を尽くして独力でチャナッカレに行き着きました。見も知らぬ国で、突然の予定変更による長距離の移動は、なかなか勇気と決断力のいることでした。
チャナッカレは、トロイの木馬で有名な地です。
狭い海峡沿いの公園に、映画で使われた木馬が飾ってありました。
これは、間もなく移動したと聞きました。
今はどこにあるのでしょう。

世界のいずこでも、水辺の町ではさまざまな横顔が揺曳します。
今は詳しく記す暇がありません。
こうして、写真と記憶を思いつくままに抜き出しながら、少しずつ記録を積み重ねいくことにします。