2013年06月04日

図書館に展示されていた本を風景として撮影する

 岡崎公園の中にある京都府立図書館に、数年来ずっと続けている調査のために行きました。
 その帰りに、ふと出入り口のそばの特設コーナーで、後輩の新刊書が、表紙をこちらに向けて陳列されているのが目に飛び込んで来ました。
 
 書棚の1段分を空け、そこに2冊の本が表紙を表にして立て掛けてあります。太田敦子さんの『源氏物語 姫君の世界』(新典社研究叢書238、2013年4月)がそれです。隣には、中井和子さんの『源氏物語と仏教』(東方出版、1998年9月)が並べて置いてありました。

 この図書館では、入ってすぐ左側の壁際に『源氏物語』に関する本を集めたコーナーが特別に設置されています。図書館の書棚は、1冊でも多く収納するために背中を見せて並んでいます。しかし、ここでは注目してほしい本が表紙を見せて並べられているのです。書店で見掛ける、話題の本の並べ方です。

 太田さんの本が、その一角を占拠して並んでいたので、これは本人に知らせようと思い、閲覧カウンターの方に事情を言って写真を撮影してもいいのかを尋ねました。すると、別の方と話し合われ館内電話をし、4階の事務室で相談してください、ということです。館内での写真は禁じられているためだそうです。

 4階へ上がると、お2人の責任者だと仰る方がお出でになりました。ソファーに案内され、事情を聞かれました。こちらの動機は単純で、知り合いが出版した本があのようにして並べられることは、非常に名誉でもあり幸運なので、そのことを本人に知らせたい、と説明しました。京都のこの図書館でこうした扱いを受けることは、一生に一度あるかないかなので、記念写真を撮って本人に送りたいと思う、という事情を話したのです。

 責任者の方はお2人とも、個人的には問題もなくていいことだと思うが、図書館のルールとして館内での撮影は人権などの配慮からトラブルがあるといけないので、原則としてはできないことになっている、とのことです。ただし、今回の場合は……と一緒に思案してくださいました。そして、閉館後なら、とかいろいろと提案を示されました。

 私がすなんりと諦めなかったこともあるのでしょうか。それでは「撮影許可願」を書いてもらい、責任者が立ち会いのもとに撮影してもらいましょう、ということになりました。
 意外とおおごとになり、こうした展開に戸惑いながら、好意的な配慮に感謝しつつ「願い書」を書きました。
 書式はない、とのことだったので、「特設コーナーの風景を撮影する」という理由にしました。

 担当者の方は、一緒にエレベータで1階へ降りる途中で、こんなことは初めてで、お役所なので面倒なことですみません、と仰っていました。
 私は東京の住所と電話番号を書類に書いただけだったので、担当者の方と名刺交換はしていません。どうしようかと迷ったのですが、私の個人的なことは住所と名前以外は何も問われることもなく、流れのままに対応してくださいました。
 相手の素性ではなくて、目的と意図することだけを確認するという、美事な対応だったと、今思い返しても感心しきりです。
 とにかく、こちらの我がまま勝手な事情にもかかわらず、理解を示してくださいました。そして、気持ちのいい対応をしてくださったことに、感謝しています。

 1冊の本とは言え、書いた者にとっては思い入れがあるのです。どのように社会に受け入れられているのか、書いた本人はいつも気になるものです。今回の場合は、遠く離れた京都の地で、こうして多くの方の目に触れるような厚遇を受けているのです。これも短期間の処置であり、すぐにまた別の本が並べられることでしょう。

 本人が知らないままではもったいない出来事なので、こんな我がままを言い、図書館の方のご高配をお願いしたしだいです。それを聞き入れて許可してくださったお2人の方には、こんなブログという形では伝わらないかと思いながらも、いつかこの記事をご覧になることもあるのでは、との思いから、こうして記し残しておくことにしました。

 なお、太田さんについては、かつて本ブログの「太田敦子著『源氏物語 姫君のふるまい』は電子本が相応しい」(2010年5月24日)で取り上げました。ただし今回の本は、博士(文学)の学位申請論文が基になったものであり、紙媒体で残すべき価値の高い本だと思います。

 今後とも、多くの本が出版されることでしょう。しかし、私は、紙媒体と電子媒体を使い分けて刊行すべき時代になっていると、かねてより主張しています。そうした視点で、身の回りに流通する書籍を眺めています。それは、自分が書き、編集して刊行する本を客観的に見る上でも変わりません。

 個人的には、わざわざ紙に印刷して刊行する必要のない本が氾濫している、と見ています。
 電子媒体で世に問い、その後に紙媒体での印刷を考えればいいと思います。
 その際、オンデマンドという出版流通手法もあるのです。
 ただし、この考え方は、出版社のあり方を問い直すものでもあります。
 音楽がネット配信になったこととは、同列には論じられません。
 しかし、各社の出版点数と内容を見ていると、今後の出版社の本作りが変革を余儀なくされることは明らかでしょう。

 今の時代の趨勢を見ていると、《私家版のすすめ》をもっと主張したくなります。
 そういえば、私は多くの私家版を発行してきました。このことは、また後日くわしく記します。
posted by genjiito at 21:05| Comment(0) | ◎情報社会