2013年01月25日

私の〈河岸〉スナップ(その1・インド)

 川というと、私にとってはインドがまず印象的なものとして思い出されます。
 インドのニューデリーに2002年の正月から3ヶ月間、客員教員として行っていた時の写真を、手元のアルバムから4枚選びました。ガンジス川とヤムナー川です。

 まずはガンジス川から。
 
 
 
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 2月の初旬、早朝6時過ぎにガンジス川に漕ぎ出し、船から灯明を川に流しました。
 願い事が叶うというものです。
 この神聖な深緑色の水の川には雑菌はいないそうです。
 多くの人が沐浴をする中、私は船縁から手を伸ばして水を掬ってみました。
 水に手を付けると赤く腫れ上がると言われていたのに、何もありませんでした。
 悠久の刻をたゆたうように流れ続けているガンジス川。
 船を漕ぐ櫓の軋みだけが、いつまでも朝靄の中に溶け込んで消えていきました。
 
 
 次は、あまりにも有名なタージマハルの地を流れるヤムナー川です。
 
 
 
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 3月の中旬に、デリーから150キロ南のタージマハルから川を見下ろしました。
 川幅の割には少ない水量の川です。
 しかし、ここの歴史と文化は、たくさんの人々の心を惹きつけます。
 ムムターズのお墓を作った後、シャー・ジャハーンは川の対岸に自分のお墓を作るはずでした。
 対となるように、自分自身のものは黒大理石にする予定でした。
 しかし、その思いも叶わぬままに、幽閉の身に。
 今はこのような穏やかな風景が展開しています。
 
 
 クリシュナの生誕地であるマトゥラを流れる聖なるヤムナー川にも行きました。
 
 
 
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 私がいた頃は、イスラム教とヒンドゥー教の宗教戦争のまっただ中でした。
 このマトゥラの地を訪問する少し前に、ニューデリーでは日本大使館から外出禁止令がでました。
 マトゥラはニューデリーから100キロの地です。
 ヒンドゥー教の7大聖地の1つとなっているマトゥラは、町の中をヤムナー川が流れています。
 ここでも、ガンジス川のように巡礼者たちは、沐浴場で川に身を浸します。
 のんびりとした犬たちに見送られて、川に船を出しました。
 この川は下流のアラハバードでガンジス川に流れ込みます。
 
 
 最後は、デリー大学の東側を流れるヤムナー川です。
 
 
 

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 この川原には、毎日のように通勤通学途中に立ち寄りました。
 日本の昭和30年代の原風景が、今でも普通に見られます。
 小屋や牛や犬や、そしてサドゥーと呼ばれる苦行僧たちがいます。
 この川に地下鉄が架かり、開通してすぐに試乗しました。
 川を挟んで、一本の鉄道によって生活と文化の交流が盛んになるようです。
 デリー大学に近いこのヤムナー川沿いには、チベットから来た方々が住む地域があります。
 インドは、チベットの亡命政権を受け入れているのです。
 
 
 世界の国々の文化は国際的に展開しています。しかし、民族や宗教の違いにより、その交流にはさまざまな問題が横たわっています。一口に異文化交流と言っても、いろいろいなケースがあるのです。異文化理解の難しさを、こうした外国の川辺に立ちながら、自由に考える時間をもらっています。

 これまでは何げなく見ていた川の風景も、井上靖の『河岸に立ちて』を読んでからというもの、あらためて再訪して川が語る異文化の諸相に耳を傾けたいと思うようになりました。

 近々、また海外に出かけます。
 その時には、川にもぜひ連れて行ってもらうつもりです。
posted by genjiito at 00:07| Comment(0) | ◎国際交流