2013年01月20日

谷崎全集読過(17)「病蓐の幻想」「人魚の嘆き」

■「病蓐の幻想」
 歯を患う苦痛がこと細かに、その心理を抉るように描写されています。人間の感覚の世界を、ことばで書き記そうとしているのです。それが、ピアノを例にして言われると、なるほどと得心してしまいます。うまい説明だと思います。
 明治26年7月の地震のことは、平成23年3月の東日本大震災のことがあるので、実感をもって読めました。
 主人公は、病みや怖さという不安の中で生きているのです。地震の説明に船を持ち出すのもうまいと思います。人形町で体験した地震は、彼が7、8歳の時だったと言います。また、それが夢の体験だったかも、とも言っています。とにかく、想念の中でもがき苦しむ姿が描かれているのです。
 安政の大地震の話は、谷崎が小さい時に聞いた話でしょうか。その時は、深川の冬木が一番酷かったようです。現に、今私はその地の近くに住んでおり、橋の袂には碑が建っています。夢の中の地震にしても、その描写には、今見てきたかのような迫力があります。
 彼の頭の中は、地震の対策にも余念がありません。微に入り細にわたって、その検討が加えられています。逃げ方もしかり。
 結局は夢であり、妄想であり、幻想でした。特に、地震については、生々しさを伴った長文であり、その不気味さがよく伝わってきます。
 英語や仏語が随所に出てきます。この時期の谷崎の特徴でもあります。【2】

※初出誌『中央公論』大正5年11月号(大正5年10月作)
 
 
 
■「人魚の嘆き」
 弁舌爽やかに流暢な語り口で、中国南京の貴公子の話が始まります。豪華絢爛たる、贅美を尽くした世界が展開します。しかし、酒と女と阿片の日々の中、貴公子は鬱々として気持ちは晴れません。
 貴公子は、人魚という妖魔を手に入れ、満たされた気持ちになるのでした。
 ただし、人魚の話は、アイデア倒れのように思います。美しい場面を作ろうとし過ぎているように感じるからです。
 インドのことが、「人魚の知恵は、印度の魔法使ひよりも不思議な術を心得て居ます。」(『谷崎潤一郎全集 第5巻』124頁)という喩えとして引かれています。谷崎のインド感については、あらためてまとめます。【2】

※初出誌『中央公論』大正6年1月号(大正5年12月作)
posted by genjiito at 00:11| Comment(0) | □谷崎読過