2013年01月08日

読書雑記(59)山本兼一『利休の風景』

 前回の読書雑記(58)に記した山本兼一著『利休にたずねよ』を読んだ後、ちょうどいいタイミングでその作品の背景を語った『利休の風景』(山本兼一、2012.12、淡交社)が刊行されたので、早速読みました。利休とその時代について、さらに理解を深めることができ、生きたいい勉強になりました。

 『利休の風景』は、月刊誌『淡交』の平成22年新年号から23年12月号までの連載24本に補訂を加え、さらに樂吉左衛門氏との対談「利休がいるところ、待庵」を収録したものです。茶道に興味を持ち始めた私にとって、『利休の風景』は非常にありがたい充実した内容の本でした。

 山本氏は、「かじける」ということばをよく使われます。「かじける」ということばを調べると、次のような説明がありました。

かじ・ける【悴ける】(古くはカシクとも)
(1)やつれる。生気を失う。やせ衰える。
(2)手足がこごえて思うように動かなくなる。かじかむ。
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]

 日頃は使わないことばなので、辞典の意味を知っても、まだよくその真意がわかりません。今は保留としておきます。

 山本氏は、利休が道具に執着したことがわからないと言われます。利休にたずねたいと。こうした、利休にたずねたいことがたくさん語られています。

 ここに収録された随想からは、小説『利休にたずねよ』の資料的な背景が見えてきました。作者が舞台裏を語っていて、おもしろく読み進めることができました。それにしても、よく勉強し、調べておられます。

 利休の孫の宗旦は、お茶室の入口である「躙(にじり)」を「賤しき言葉」だと言ったそうです。一口に茶道といっても、利休以前から以後の時間の流れの中では、いろいろな捉え方があったことがわかります。
 「数寄」と言っても、さまざまな形があることも、今回初めて知りました。

 今ある姿、今に伝えられているものが当初からのものではなく、いろいろと創意工夫が加えられて今がある、ということがよくわかりました。ということは、このままを忠実に伝えるのではなくて、よりよいものにして伝えていくのも、文化や伝統の継承ということになります。

 もちろん、「まねぶ」ことが「まなぶ」ことの基本であることは、どの世界、どの分野でも共通することに変わりはありません。しかし、学んでそれからの姿勢も大事です。その意味では、利休は「佗茶」をうまく変容させた一人であることに、今回この本を読むことで気づかされました。

 また、山本氏は、井上靖の小説『本覚坊遺文』における利休の捉え方に同意できない、と言われます。
 その箇所を引用しておきます。

 僕も『利休にたずねよ』を読ませて頂きましたけど、山本さんをはじめ、様々な方が利休を語っておられる。利休を小説にされた方は少ないんですか?
山本 小説では野上彌生子さんの『秀吉と利休』や井上靖さんの『本覚坊遺文』が有名で、どちらも映画になりました。
 利休を捉えるのは、難しい?
山本 はい。いろんな捉え方があると思います。例えば井上靖さんは、利休が求めたものは武士の死に場所だと。これは利休の極北的な捉え方だと思います。ただ、私はその説にはどうも同意ができません。これまでの「枯れた茶聖」のイメージをさらに深化させてはいますが、井上さんはお茶を習ってらっしゃらなかったようです。
 どうにも思弁的な、つくりものの世界の気がして「人間利休」としてちっとも納得がゆかないのです。私は、利休は「パッション」の人、情熱の人だと思ってるんです。少し説明させて頂くと、そもそも利休は、秀吉の茶頭になったのが六十一歳で、大体、それ以降のことばかりが伝えられるので、どうしても「枯れきった老人」というイメージができ上がり過ぎてると思うんです。(178頁)

 この井上靖の利休像のことは、私自身の問題として、今後とも考えてみたいと思います。

 なお、山本氏は、狩野永徳の小説を構想しておられるようです。
 狩野探幽のあとさきに興味を持っている私は、その作品の完成が楽しみです。
posted by genjiito at 23:44| Comment(0) | ■読書雑記