2012年12月10日

井上靖卒読(151)『北の海』

 主人公である洪作少年は、作者井上靖の分身です。
 勉強はさておき、スポーツに明け暮れる、旧き良き時代が大らかに語られていく長編小説です。
 トンカツ屋のおかみさんがそうであるように、社会や世間が子どもたちの教育もしていたのです。特にしつけに関しては、子どもの生きざまに口を挟んでいたのです。昭和前半の世相が窺えます。
 洪作は父親に対する接し方がわかりません。台北行きを最後まで拒み、それが金沢に行くことに拘る1つの理由となり、後半では四高において柔道を練習する日々となります。

 台北行きの前に、洪作は生まれ故郷である湯ヶ島に帰ります。
 おぬい婆さんとのことなどは、私自身が本年初夏に湯ヶ島へ行ったこともあり、その生活の様子が手に取るようにわかりました。土蔵の中に入った洪作の回想は、『しろばんば』につながっていきます。おぬい婆さんの声が聞こえてきます。小さな机の話は、印象的です。私自身の机も、実を言うと粗末なミカン箱を横に倒しただけのものだったので、こうした情景がよくわかりました。
 6年前に亡くなったおぬい婆さんとの会話は、井上の死者との対話のパターンとなっています。その墓前でくめさんと交わす、人生で夢中になるものがあるか、という話は実にいいくだりとなってます。

 物語の舞台を知っていると、作品の理解は深まります。特に井上靖の場合は、舞台背景についてあらかじめ知っていると、作中人物の行動や心の動きかがスムースに理解されるように思います。世相と地域が作品に溶け込んでいることが多いからでしょう。

 後半に入り、金沢の四高にある無声堂での柔道に明け暮れる話は、実話を元にしています。それだけに、具体的で活き活きと描かれています。井上靖の面目躍如といえるところです。
 四高の無声堂での対抗試合の場面は、文章がうまいこともあり自然と引き込まれるように読ませられます。簡潔で描写も的確だからです。
 金沢から沼津に帰った洪作が、れい子と手をつないで千本浜を散策するシーンは印象的です。終盤でのれい子の存在は、それまでが男臭い話だっただけに、この作品に明るさと微笑ましさを加えています。

 『しろばんば』と『夏草冬濤』に加えて『北の海』は、井上靖の自伝三部作と言われています。もちろん、この『北の海』の洪作は、粗野でだらしのない、そして物事にこだらわない性格として描かれています。作者そのものではないものの、若者を象徴する存在として、自由奔放に作品の中を動き回っています。

 沼津でも金沢でも、少年から青年にかけて育つ子らが、のびのびと暮らしていた様子が活写されています。青春文学になっています。
 最後の場面で、神戸から台北に行く時も、時間があるというので六甲山で昼寝をし、乗船にやっと間に合うということがありました(659頁)。こんな人間と時代を描けたことも、今となっては収穫と言えるでしょう。【2】

 なお、作品中に、芥川竜之介の上野精養軒の話(新潮文庫30頁)や、谷崎潤一郎の『母を恋うる記』の中の「あんパン、食いたい。」を引いています(265頁)。井上の昭和作家の受容について、1つの資料となるものです。
 
 
初出紙:東京新聞、神戸新聞、中日新聞、西日本新聞、北海道新聞
連載期間:1968年12月9日〜1969年11月17日
連載回数:340回
 
新潮文庫:北の海
新潮文庫:北の海(上・下)
中公文庫:北の海
井上靖全集19:長篇12
posted by genjiito at 23:10| Comment(0) | □井上卒読