2012年12月08日

井上靖卒読(150)「ダムの春」「颱風見舞」「夏の雲」

■「ダムの春」
 おれん婆さんは、「騙されまいぞ」と意地を張って生きています。自分の気持ちに素直なのです。あと1年で村は湖底に沈むことになっています。最初はみんなが反対していたのに、次第にみんなが折れていったことが許せないのです。移転を承知しないのは、120戸の内、おれん婆さんと他2軒です。工事を見るにつけ、昔の静かな村が恋しくなります。そんな時に出会った五平の娘である愛子。この愛子とおれんのやりとりが見物です。そして、ラストシーンも。【2】
 
 
初出誌:オール読物
初出号数:1955年6月号
 
文春文庫:断崖
井上靖小説全集11:姨捨・蘆
井上靖全集5:短篇5
 
 
 
■「颱風見舞」
 颱風が好きだというのはよく理解できます。いつもと違う、異様な状況と時間が迫り来るのは、心を騒がせるからです。被災地や被害者のことを思うと、大声では言えません。しかし、非日常的な気分が強いる緊張感から、その到来を待ち受ける心構えには共感を覚えました。
 舞台は井上靖の生まれた故郷である伊豆です。颱風の夜、一人の女の家へ行ったことは、少年にとって夢の中の小さな物語となっていくのでした。オブラートに包まれたような回想談となっています。【2】
 
 
初出誌:週刊朝日
初出号数:1955年8月爽涼読物号
 
旺文社文庫:滝へ降りる道
井上靖小説全集6:あすなろ物語・緑の仲間
井上靖全集5:短篇5
 
 
 
■「夏の雲」
 戦時中、中国の順徳での野戦生活と戦後を通して語られる回想的な話です。
 中国での11月の青白い月が印象的です。作中で、月は何カ所かに配されています。
 戦死した更級上等兵の手帳に記された日記は、数年前に見つかった井上靖の戦中行軍日記を思い出させます。ここでの記述と較べてみたらおもしろいかもしれません。
 その日記の最後に毎日のように記される、妻と思われる「みさ子」という文字が、遺骨と共にそれを故郷に届ける会津にとっては気になっていました。果たして、妻の名前は「みさ子」ではなくて「つや子」だったのです。「みさ子」とは誰なのか。手渡す遺品の中から、そっとその手帳だけは抜き取ります。
 この更級の故郷である茨城県日立は、やがて会津が妻子を疎開させる地となります。井上自身が鳥取県の日南町に妻子を疎開させたことが、その構想の下地にあるようです。その疎開先で姿を見せた「つや子」の妹の「みさ子」とその夫の話が、興味深く展開します。主人公の想像は、明るく前を見て生きる希望へとつながっていきます。井上靖らしい話のとじめとなっています。【2】
 
 
初出誌:新潮
初出号数:1955年10月号
 
文春文庫:貧血と花と爆弾
井上靖小説全集11:姨捨・蘆
井上靖全集5:短篇5
 
 
 
〔参照書誌データ〕
 井上靖作品館
 http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
posted by genjiito at 22:51| Comment(0) | □井上卒読