2012年12月07日

読書雑記(54)水上勉『出町の柳』

 京都の我が家の周辺が舞台となる6編の作品集です。
 見た目にも薄味の京料理を食べた読後感が残りました。
 気楽に京の香りを味わうのにはお薦めの1冊です。
 もう少し寝かせて、心に滲み入る話にしてもらえたらよかったのに、と思っています。

■「出町の柳」
 標題作となっているだけあって、いい話でした。
 北大路の住宅街や出町柳の辺りが舞台となっていて、地元民としては親しみをもって読みました。ただし、登場人物たちは我々が知らない世界を生きる女性です。
 花街の茶屋に生きる女たち一人一人が、次第に輪郭を鮮明にしていきます。作者の女への視線が柔らかなのです。
 クモ膜下出血で障碍を持つようになった菅井が、みごとに描かれていると思います。その菅井をめぐるかつ江も、温かく語られています。父と娘の初めての対面では、父の嬉しさが伝わってきます。
 下鴨神社の南端にある河合橋に佇む菅井が、読み終わっても残像として焼き付いています。【4】
 
 
■「八瀬の片しぐれ」
 義母の死後、北大路の家で夫と二人になっても、何か満たされない、自由になった気がしないてる子でした。義母に限りない親しみを実感するばかりです。
 義母の遺骨を八瀬のお寺に納めた帰り、八瀬に降る小雨が印象的です。
 義母を語るてる子と、その夫の存在が、私には中途半端なままに置かれたように思われました。【2】
 
 
■「片瀬川冬」
 茶屋の女中から木屋町の店をもつようになった麻子には娘の千代子がいました。
 寺町二条にある骨董屋を営む伊佐山は、麻子の夫の死後、千代子の成長を見守ります。そのあたりの話に、もっと人間のつながりを書き込んでもよかったのでは、と思いました。
 丁寧に描ききれたら、雪ももっと効果的に織り込めたのではないでしょうか。軽すぎる出来なので、もう少し、という感が残ります。
 下鴨にいる千代子がワープロを打つところは、マッキントッシュユーザーだった水上の一面が窺えました。【1】
 
 
■「賀茂の蜩」
 賀茂川から高野川を遡って修学院辺りを舞台とします。
 夫の死後すぐに弔問に訪れた女性の素性が、最後まで話を引っ張っていきます。
 陶工だった夫に関して、知子はさまざまな憶測を廻らせます。弔客の女が言ったことが気がかりになり、知子は骨壺を見据え物思いに耽り、亡き夫と会話を交わします。
 夫に対する疑念が、納骨した寺の和尚と語らうことで晴れます。妄想や思い過ごしと決別し、あらためて亡き夫とぼんやり過ごす楽しさの中に身をおきます。
 心の迷いがスッキリするまでを、丁寧に描いています。【4】
 
 
■「たんぽぽ」
 賀茂川にかかる出雲路橋が舞台となっています。
 茶屋の女中と、その娘の父のことが話題になりながら、あまり話はふくらんではいきません。
 世間話の1つとしての物語に留まっています。【1】
 
 
■「高野川桜堤」
 出町柳の三角州が印象的な舞台となっています。
 ここに建つ映画俳優の尾上松之助の銅像が出てきます。何度もそこに私は行っているのに、そんな銅像があることに気付きませんでした。今度確認してみます。
 昭和20、30年代の映画の話は、興味深く読みました。映画が衰退し、テレビが普及しだした頃の話です。
 京都の川沿いには桜がよく似合う、そんな風景が点描されています。【2】
 
 
〈初出誌〉
「出町の柳」(『オール讀物』1987年4月号)
「八瀬の片しぐれ」(『オール讀物』1987年7月号)
「片瀬川冬」(『オール讀物』1988年1月号)
「賀茂の蜩」(『オール讀物』1988年8月号)
「たんぽぽ」(『オール讀物』1989年1月新春号)
「高野川桜堤」(『オール讀物』1989年5月号)
 
〈単行本〉
『出町の柳』(1989年8月、文芸春秋社)

〈文庫本〉
『出町の柳─水上勉作品集─』(1992年8月、文春文庫)
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ■読書雑記