2012年07月13日

授業(13)翻訳史とグロッサリー集

 前回に引き続き、日本文学作品の翻訳史の確認をしました。

 昭和30(1955)年あたりから、急激に近代・現代文学の翻訳が増えていきます。日本の経済成長と比例するかのようです。
 そして、明治・大正・昭和の名作といわれるものも、何度も何度も、いろいろな言語に翻訳されているのです。芥川龍之介、川端康成、谷崎潤一郎などの作品が目立ちます。残念ながら、井上靖の作品は、『猟銃』以外はなかなか翻訳されません。

 続いて、文学用語のグロッサリーについて考えました。
 まず、平成17(2005)年にウィーンで開催されたヨーロッパ日本研究協会(EAJS)において、私が代表者となり5人(阿部真弓・海野圭介・胡秀敏・藤井由紀子)でチームを組んで参加した時の発表資料をもとにして、文学用語の英語表現について確認しました。
 これは、パソコンのネット活用であるアプリ・エバーノートで、この授業で学生さんと共有している領域に、あらかじめ掲載しておいたのものです。予習ができるようにしておきました。

 『源氏物語』に関する研究発表を日本語で臨んだ EAJS の学会では、各自の発表に関連するキーワードを英語で表記し、簡単な説明をつけたグロッサリー集を参考資料にしたのです。これは好評でした。

 例えばこんな具合です。


グロッサリー集 Glossary(LITERARY TERMS)

【胡】
国宝源氏物語絵巻 こくほうげんじものがたり えまき
Kokuho-Genjimonogatari-emaki
National Treasure:The Illustrated Handscrol l of The Tale of Genji.[*1-]

作り絵 つくりえ
Tukuri-e
A drawing technique called Tukuri-e was used to produce the illustrated handscroll. In this technique, a painter first draws a sketch in Indian ink and then writes his instructions for coloring. Another painter colors the sketch according to the instructions. The most skilled painter in the group draws the faces of the characters and patterns in Indian ink to complete the picture. [*1-]

引目鉤鼻 ひきめ かぎばな
Hikime-kagihana
The faces of the characters appearing in the handscroll are drawn in a certain pattern. The eyes are depicted by drawing extremely thin lines many times to make them look almost like a single line. This is called hikime(lined eyes).The nose is always depicted by a hooked line. This is called kagihana(hook nose). These are collectively referred to as hikime-kagihana. [*1-]

吹抜屋台 ふきぬき やたい
fukinuki-yatai
The roof and ceiling are omitted in drawing the structure of a building, as if its inside could be seen at an angle from above. this is the unique style of pictorial delineation called fukinuki-yatai(wellhole structure). [*1-]

注:[*1] “The Illustrated Handscroll of The Tale of Genji” (The Gotoh Museum)


 この発表資料では、勝手に新しい英語表現を創出してはいけないので、出典を明示してあります。

 国際化が叫ばれる中、日本文学に関する英語表現に役立つ、日本文学専用の日英対照語彙一覧が、いまだにありません。これは、早急に対処が求められるものです。

 今日は、私の手元にある資料を各自のパソコンで見てもらい、書誌学の場合に利用されているリストを通覧しました。せめて、こうした簡潔な語彙リストでもないと、研究の国際化と言っても、英語を主体とする共通の単語で話し合うことができないのです。

 国際化というスローガンは格好のいいものです。しかし、その背景には、基本的な資料が整備されていないことが露呈しています。言いたい単語を、英語で何と言えばいいのか明確ではないので、わかりやすく表現できないのです。

 海外で日本人が英語で研究発表をしても、言っていることがよくわからない、と言われます。これは、発表者本人の英語運用能力以前に、その共通理解の基盤をなす文学用語の共有がなされていないことに起因することが多いようです。

 また、質問された時に、聞かれている内容が理解できても、それに対応する外国語による語彙の共有がないので、上滑りの質疑応答となります。
 それよりも何よりも、英語で発表している日本人の発表内容が、聞いている日本人に英語で理解する語学力がないということもあって意味不明、という笑えない状況もあります。
 海外で外国語によってなされる日本人の研究発表は、いったい誰のための発表なのでしょうか。

 よく、日本語で発表してほしかった、と海外の方に言われている場面に直面します。無理をして相手の言語に合わせなくても、日本文学を研究している方々との場においては、日本語で話した方がよく通ずることが多いものです。
 何をもって国際化というのか、非常に難しい問題が横たわっているようです。

 以上は、自分の不勉強を棚に上げての話です。ご寛恕の程を。
posted by genjiito at 22:22| Comment(0) | ◎国際交流