2012年07月10日

井上靖卒読(136)「水溜りの中の瞳」「あげは蝶」「夏花」

■「水溜りの中の瞳」
 小説家の気持ちを綴った小品です。
 一人の女性の読者としての反応が気になっています。しかも、明らかに嫌いだと執拗に言われ続けると、逆に相手をさらに知りたくなるのです。人間の心理を描こうとしています。しかし、話に深まりが出ないままに終わります。春の月光がうまく配されていても、活かされてはいません。作り話という匂いがまだ色濃く残った仕上がり具合です。【2】
 
 
初出誌:文学界
初出号数:1952年9月号
 
文春文庫:貧血と花と爆弾
井上靖小説全集10:伊那の白梅・大洗の月
井上靖全集3:短篇3
 
 
 
■「あげは蝶」
 癌の手術をするるみ子を見舞う場面から始まります。明るい雰囲気が清々しく感じられます。従兄妹のるみ子との心の交流に、愛情というものがほの見えます。若い日のるみ子との、出町、嵐山、四条が印象的に背景となります。従兄妹でありながら愛人のような二人が、爽やかに描かれ語られていきます。岡山、銀座と、井上靖がよく使う作品の舞台も出てきます。人間の心の襞とお互いを思いやる心情が、うまく抑制された筆遣いで語られます。人間のつながりを温かく見つめる眼がいいと思いました。【5】
 
 
初出誌:オール読物
初出号数:1952年9月号
 
文春文庫:断崖
井上靖小説全集10:伊那の白梅・大洗の月
井上靖全集3:短篇3
 
 
 
■「夏花」
 主人公の拓三は私大でドイツ文学と翻訳を教えています。そして、伊豆への旅は、男の浮気心がテーマとなっています。避暑地で出会った娘との旧懐の情が、丁寧に語られていきます。一つ一つの点をつなげていくようにして、恋心を抱いたらん子は悪魔的な女として描かれるのです。その魅力は、井上の筆によって、丁寧に彫り上げていきます。拓三は妻に内緒でらん子と逢い、語ります。それを知る妻の啓子。この、いけないという意識が話を引っ張って行くのです。そして、らん子のその後が最後に語られます。【2】
 
 
初出誌:小説新潮
初出号数:1952年9月号
 
集英社文庫:夏花
潮文庫:傍観者
井上靖小説全集4:ある偽作家の生涯・暗い平原
井上靖全集3:短篇3
 
 
 
〔参照書誌データ〕
 井上靖作品館
 http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
posted by genjiito at 23:27| Comment(0) | □井上卒読