2012年04月06日

江戸漫歩(52)咲き初めた深川と立川の桜

 今年は、桜の開花が例年よりも遅いようです。京都も東京も開花宣言がなされました。しかし、まだ蕾が目立ちます。明日、明後日あたりには満開となるところが多くなることでしょう。

 通勤途中で、桜をカメラに収めました。
 宿舎に近い黒船橋から中央大橋を望みました。
 
 
 
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 お江戸深川のさくらまつりには、この大横川の両岸から桜が枝垂れかかって、川面が桃色に変わります。
 今はその賑わいを、ひっそりと待っているところです。

 立川の職場へは、いつもはモノレールかバスを使っています。しかし、この桜の季節になると、立川駅から歩いて通勤します。20分ほどでしょうか。
 
 
 
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 自治大学の南側の通りでは、もう相当花が開いています。
 ここは、桜のトンネルになるので、毎年ここを歩くのが楽しみです。
 
 
 
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 6月末から、娘のお婿さんがこの自治大学に3ヶ月ほど勉強のために来ることになっています。今は通信教育でたくさんの宿題を課せられて大変だとか。
 気の置けない人なので、気楽に立川あたりで飲んだり食べたりできることが、今から楽しみです。
 本人と娘は、連れ回されることを警戒しているようです。手厚く歓待しましょう。妻は、お弁当を二つ作ってあげようか、などと言って、これまた楽しみにしています。

 今年も桜が忘れずに咲いてくれたことに感謝しています。
 最近の関東地方を含めての太平洋岸は、地震や津波や放射能のことで、何かと心がザワザワとしています。

 私のいる宿舎は、東京でも一番危険だと言われている地域にあります。隅田川の河口なので、地震もそうですが津波で一欠片もなくなる可能性が危惧されています。今、5階建ての2階に住んでいます。

 宿舎はもう老朽化しており、立て替えを待っているところでした。なにしろ、恩師伊井春樹先生が国文学研究資料館の設立当初である1972年から10年間お住まいになっていた、そこに今私が住んでいるのです。40年前のままの建物なので、確かに地震にも津波にも抗える足腰は備えていません。やっとのことで建っている、という状態です。

 押し入れの柱が相当沈み込んでいて、襖を開ける時は渾身の力が求められます。というよりも、なるべく開けないようにしています。そうかというと、押し入れの上段の襖は、支えがないとハラリと落ちてきます。そんな状態の住まいに急遽耐震補強工事がなされるのでは、というニュースが入ると、解体して立て直すだけの時間すら待てないのかと、不気味さで心穏やかではなくなります。それだけ、危険が身近に迫っているのだ、ということを、こうした話題を耳にするたびに実感しています。

 週末の京都行きは、疎開という意味合いが濃くなってきました。
 今日は何かと忙しいこともあり、これから夜行バスで一路京都へと帰洛の途につきます。
 ただし、名神高速道路は東海道沿いの道です。そこを走るバスなので、危険地帯と言われる地点を移動するリスクから逃れられないことは同じです。しかし、ジッと待つよりも、西の方角へ身体を平行移動することに気分的な安心感があるのです。
 疎開ということばの意味が、しだいに我が事として感じられ出しました。
posted by genjiito at 22:51| Comment(0) | ・江戸漫歩