2012年04月30日

京洛逍遥(226)法然院と谷崎潤一郎のお墓

 新緑が眩しい法然院に行きました。銀閣寺の南、哲学の小道から少し山際に上ったところにあります。
 谷崎松子の『倚松庵の夢』を読み終え、潤一郎のお墓に行きたくなったのです。

 3年前に「京洛逍遙(70)新緑の法然院」(2009年5月 8日)と題して紹介したように、この季節が一番目に優しくて好きです。

 今日は、白砂壇の模様が違っていました。
 そこに覆い被さる青紅葉も、今年は少し疲れた感じがします。
 
 
 
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 墓地に足を踏み入れ、今日の目的の一つである谷崎潤一郎のお墓にお参りしました。案内がないので、どこにあるのか探すことになります。谷崎は、昭和40年に79歳で亡くなっています。その前年に、湯河原町の湘碧山房に転居し、『潤一郎新々訳源氏物語』を発表したのでした。
 「寂」の墓石は潤一郎と松子夫人の、「空」の墓石は松子夫人の妹重子夫妻のものです。
 
 
 
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 墓石に刻まれた「寂」の自筆文字が印象的です。平安神宮の紅しだれ桜と同じ桜が墓地の中央にあるのが目を惹きます。私はまだこの桜が咲いているところを見たことがありません。楽しみにしている内に、つい日時が経っています。来年こそは、といつも思うのです。自転車で30分もかからないのでいつでも行ける、というのがなかなか果たせない理由でもあります。

 ここには、内藤湖南、河上肇、九鬼周造など、著名な学者・文人の墓もあります。
 このゴールデンウィークでも、あまり人が来ない所です。散策の一つとしてお勧めします。

 谷崎松子の潤一郎回想記である『倚松庵の夢』については、また別に記します。
posted by genjiito at 22:24| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2012年04月29日

不運が一転して幸運になった1日

 今朝も賀茂川には、神々しい朝日が比叡山南側の稜線からゆったりと昇ります。
 
 
 
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 京都の曙は、清少納言の言葉を待つまでもなく、感動的なものです。
 我が家からも、額縁のような窓から比叡山が望めます。しかし、こうして河原に出ると、その目を射るばかりの光線の魅力に圧倒されます。

 また今日も、出雲路橋の下では鯉が群れていました。数えると、この真下に21匹いました。少し下流に数十匹いたので、ここ数日に限っても賀茂川を好き勝手に泳ぎ回っている鯉は、優に40匹はいることでしょう。
 
 
 
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 午後から、お茶のお稽古に行きました。
 歩いて地下鉄の駅に行くと、ちょうど出て行く電車の姿を、階段を降りながら見送ることになりました。
 その地下鉄から近鉄京都線に乗り換える竹田駅に電車が入ると同時に、乗り継ぎたかった電車が素知らぬ顔で出て行きました。
 さらに西大寺駅で、近鉄京都線から奈良線に乗り換えようとしてホームに降りる途中で、無情にも電車のドアが閉まりました。つい、ドアを閉めてまだ首を出していた車掌さんを睨んでしまいました。
 近鉄奈良線から生駒線に乗り換える生駒駅でも、15分間隔の単線電車を13分も待ちました。これも、出たばかりだったようです。
 いつもは平群までの道中を2時間と見ています。しかし、今日は3時間近くもかかりました。東京から京都の片道に匹敵する、小さな旅になりました。

 今日のお稽古は、運びの薄茶を2回繰り返してやりました。
 水屋での仕度がよくわかっていなかったこと、お辞儀で頭を上げるのが早いこと、茶碗を置くときの手の離し方が不穏な動作になっていること、歩くときに手を軽く握ること、等々、まだ身に付いていないことが自ずと自覚されます。
 ただし、自宅で昨日も娘から特訓を受けたこともあり、流れるようにとまではいかないまでも、お点前の流れは掴めてきています。どうしてもわからなくて今日も混乱しているのは、釜に水を差すタイミングです。ここがつながると、もっと流れがスムーズになることでしょう。

 今日の最大の収穫は、お茶を点てていて茶碗の縁に抹茶の粉の線が出来た時、「の」の字を書いて茶筅を引き上げるどさくさ(?)に、茶筅の腹で線の際を擦って誤魔化す(?)ことです。これはすぐにマスターできました。みなさんなさっている、ちょっとしたコツなのでしょうが……

 とにかく、1つずつ身体で覚えるしかありません。

 帰りに、先生から筍をいただきました。
 妻が大好きで、先日まで筍の煮物が食卓に並んでいました。平群の筍は立派です。不運だった1日が、オセロのようにこの筍によって、一転して幸運な日に変わりました。すみません。単純です。

 電車で帰る途中、たまたま結婚式帰りだった娘の檀那さんと西大寺駅で待ち合わせ、娘夫妻と私の三人でお刺身を食べながらお酒を飲むことになりました。
 友達の結婚式の様子も酒の肴となって、終電近くまで飲むことになりました。

 それにしても、家族が1人増えるだけで、昨日も今日もこんなに楽しい時間がもてるのです。あまり誉めると何なので控えたいところです。そうは言っても、なかなかいい婿殿が見つかったことは、これまた幸運というべきでしょう。

 これまで自分自身では、いつも代打、代走、ワンポイントリリーフ、守備固め役という控え選手を自認してきましたし、そのように振る舞って来ました。常にサポート要員だったはずなのです。それが、一昨年の夏にガンで命拾いをしてからは、幸運を感じることが多くなりました。

 最近は、仕事のペースも意識的にスローダウンしていて、いろいろな方に迷惑をかけていることはわかっています。しかし、それなりに成果をあげ、スローペースではありますが何とか仕事をこなしていると、自分では思っています。以前のようには、次々と仕事をこなしてはいません。しかし、そうした姿勢をわかってくださる方がいらっしゃることは、甘えるようではありますが、ありがたいことだと思っています。

 最近とみに自覚する腹痛が気になるので、日々の活動を自制しながらも結果に結びつけていきたいと思います。
 我慢しながら見つめて下さっている方々に恐縮しながらも、温かいまなざしに感謝の気持ちを忘れずに仕事をし、生きていきたいと思っています。わがままでですみません。もうしばらく、気長に見ていてください。
posted by genjiito at 23:55| Comment(0) | 健康雑記

2012年04月28日

京洛逍遥(225)瑠璃光院と我が家でのお薄

 早朝の賀茂川散歩は気持ちのいいものです。
 鷺も鴨も、朝日を浴びて今日一日の活動を始めようとしています。
 木立の向こうには、日の出を受けた比叡山が望めます。
 
 
 
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 出雲路橋の下に、大きな鯉の大群を見かけました。10匹近くがゆったりと泳いでいます。どこから、どうやってここに来たのか、初めて見かける光景です。出雲路橋のたもとに錦鯉の養殖場があるので、そこから迷い出たのかもしれません。とにかく、賀茂川に珍客の出現です。
 
 
 
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 賀茂川の水は、年々清く澄んできています。鯉がこんなにきれいに見えるのは、多くの方々が川を大切にしておられるからです。今朝も、自転車で河原を移動しながら、道々に落ちているゴミなどを拾っておられました。市の職員の方々はもちろんのこと、こうした市民の方も川をきれいにしておられるのです。この川を守り伝えていかなければ、という思いを強くしました。

 お昼には、娘夫婦と出町柳で待ち合わせて、4人で青紅葉がみごとな八瀬の瑠璃光院へ行きました。春と秋には特別公開されるのです。
 これまでに、春と秋にそれぞれ妻と来ました。その時のことは、以下のように記しました。
 
「京洛逍遥(17)八瀬・瑠璃光院」(2007年10月29日)
 
「京洛逍遙(140)初夏の瑠璃光院」(2010年5月 9日)
 
 出町柳駅から叡山電車に乗って八瀬比叡山口駅で降りると、空気がひんやりと感じられます。
 
 
 
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 改札を出てすぐのしば漬け屋さんの店先に、大原女姿のお婆さんが座っておられます。JRの宣伝やテレビで人気の方だそうです。
 
 
 
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 人形の向こうに「アルバイト募集」のチラシが見えます。


アルバイト募集
職種 座ってるだけ
年令 80才以上
身長 150cm以下
備考 元気のない方
   昼寝付
時給 1,000円以上


 お婆さんは88歳です。よく話されます。「元気のない方」というのは採用基準を満たしていません。しかし、ここではそんなことはどうでもいいのです。

 お店の中には、こんなプラカードもありました。
 
 
 
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 なかなか楽しいお店です。

 食事は、高野川の清流を臨みながらいただきました。
 
 
 
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 瑠璃光院には今回で3度目です。いつ来ても、気持ちのいい空間に身を浸すことができます。目と鼻と口と耳を洗い清めることができました。八瀬名物の釜風呂に入れば、それこそ全身のお洗濯です。しかし、これは見学だけでした。お食事をした処にも釜風呂がありましたが、おいしい料理を堪能した後だったので、またの機会としました。

 瑠璃光院には、三条実美ゆかりの茶室「喜鶴亭」があります。娘たち共々、先月の結婚式が無事に終わったことを祝して、お茶をいただくのも楽しみでした。
 数奇屋造りの書院から瑠璃の庭を眺めながら、お茶をいただきました。心が軽くなる一時です。
 
 
 
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 帰りに娘夫婦が我が家に立ち寄ってくれたので、我が家でお茶を点てました。
 結婚式で新郎新婦が両親にお茶を点てた場面の写真をテレビに大写しにしながら、みんなに見られる中でのお点前で緊張したことや、お湯が熱かった等々、話に華が咲きました。お点前の経験が一切なかった新郎は、披露宴会場で衆人環視の中にもかかわらず、勇敢にも私と妻にお茶を点ててくれたのです。なかなか頼もしいところを見せてくれました。
 
 
 
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 お役ご免となった今日は、お茶を点てる苦役もなく、私と娘が点てるお茶を心置きなく口に運ぶことに専念です。
 楽しい中にも静かな時間が過ぎていきました。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2012年04月27日

授業(3)LAN・共有・エバーノート・翻訳・ヒカリエ

 渋谷はいつ来ても、至る所で学生時代を思い出させてくれる楽しい街です。
 半蔵門線で東南端の改札口を出ます。ここの構内はおしゃれです。当時はなかったデザインです。
 
 
 
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 この改札を出ると、その上が昨日オープンした複合商業施設のヒカリエです。帰りに寄ることを楽しみに、雨の中を歩いて國學院大學へ急ぎました。

 授業では、受講者5名みんなが持参したパソコンを学内の無線LANにつなぎます。次に、アプリケーションのエバーノートを使い、私と共有設定したノートブックをみんなで見ながら本日の話を進めました。

 私からは、あらかじめ4つのノートを共有化する教材として提供しておいたので、昨夜までに一通り目を通してきた人もいます。また、先週休んだ人も、ここでこの前の授業で何が話され、話題になったかもわかります。
また、授業を進めながら、質問に答える形でノートを追加したりもしました。

 まさに、記録が手元に残り、いつでも見られる黒板の役割を、この共有化したエバーノートは果たしています。
 なお、この共有は私と学生5人で設定してあります。ただし、学生は私が提示したノートに書き込みはできません。これは、無料のアプリケーションを使っていることによる制約ばかりではなくて、一人のコメントがみんなに読まれることを避ける効果もあります。個別のやりとりは、閉じられたらツールを使います。当面は個人宛のメールにしています。

 私から公開したノートをみんなで見ながら、海外の日本文学研究に関する情報収集の手段について、さまざまなデータベースを紹介しました。特に、次に列記する国文学研究資料館から公開しているものは、自信を持って紹介しました。星印を付して色づけした項目が、海外における日本文学&文化研究に関するものです。


【国文学研究資料館・公開データベース】

図書・雑誌所蔵目録(OPAC)
☆国文学論文目録データベース
日本古典籍総合目録
☆欧州所在日本古書総合目録データベース
日本古典資料調査データベース
近代書誌・近代画像データベース
連歌・演能・雅楽データベース
和刻本漢籍総合データベース
マイクロ/デジタル資料・和古書所蔵目録
明治期出版広告データベース 基本検索
明治期出版広告データベース 個別広告検索
古筆切所収情報データベース
収蔵歴史アーカイブズデータベース 横断検索
「史料所在情報・検索」システム(簡易版)
「史料所在情報・検索」システム(詳細版)
史料情報共有化システム
伊豆韮山江川家文書データベース
日本古典文学本文データベース
二十一代集データベース
吾妻鏡データベース
絵入源氏物語データベース
歴史物語データベース
古事類苑データベース(テキスト)
歴史人物画像データベース(HTML)
新・奈良絵本データベース(flash)
☆北米日本古典籍所蔵機関ディレクトリ
所蔵機関との連携による日本古典籍デジタル画像データベース
日本実業史博物館コレクション
歴史人物画像データベース
☆日本学研究データベース(SFEJ)
☆イタリア論文データベース
☆フランス語に翻訳された日本文学(Francine HE'RAIL編)
☆フランス語に翻訳された漫画
☆日本学研究データベース(Francine HE'RAIL編)
☆フランス語に翻訳された日本文学(SFEJ)
☆日本学研究データベース(Patrick Beillevire編)
☆日本学論文・翻訳データベース(Patrick Beillevire編)
☆日本学研究データベース(インド)

地下家伝・芳賀人名辞典データベース
伝記解題データベース
古事類苑データベース
館蔵神社明細帳データベース
アーカイブズ学文献データベース
蔵書印データベース
日本古典籍総合目録 館内用
史料情報共有化データベース 館内用

■安永尚志氏(国文学研究資料館名誉教授)による「国際コラボレーションによる日本文学研究資料情報の組織化と発信」(科学研究費基盤研究(S)、2001年〜2005年)の成果として、「日本文学国際共同研究データベース」が国文学研究資料館から公開されている(http://base1.nijl.ac.jp/~kokusai/icjs.html)。


 一例として、インドの論文データベースで「啄木」をキーワードにして検索すると、一本の資料が見つかりました。なぜ1つなのか、これはどんな内容なのか、ということを説明しました。

 1つしかヒットしないのは、入力されているものが少ないからです。その内容は翻訳です。この、データを増やすことは組織的な方策を考えないと実現しません。国文学研究資料館から公開している国文学論文目録データベースの海外版が必要です。これは、かつて私が科研費で挑戦しました。大変な労力のいる仕事になります。いつか、誰かがしなければなりません。

 また、翻訳は海外における文学研究では基本資料です。翻訳の意義についても、私なりの考えを語りました。日本での翻刻・翻字とともに、もっと業績として評価をすべきだということを。

 ブログで紹介した、アーサー・ウェイリーの英訳『源氏物語』についても解説しました。
 また、翻訳されたものを日本語に訳し戻すことの意義も強調しました。

 後半では、科研の報告書である『日本文学研究ジャーナル 第4号』を使って、各論考の視点がユニークであることを指摘しました。楽しい文学研究の環境を提案することも、斜陽化が急速に進む文学研究では大事なことです。研究成果をどのような形で提示していくかも、今後考えていく必要があります。

 この授業では、パソコンを操作して情報を確認しながら進める関係で、学生は忙しい思いをします。そのため、適宜活字を見るように配慮もしています。

 光の点を見ると疲れます。また、モニターから放射される青色は、目に良くないと言われています。これらは、人類が経験してまだ日時が経っていない状況にあります。人間の身体に多大な負荷がかからないように配慮しながら、効率的に進めていくつもりです。

 帰りに、昨日オープンした渋谷のヒカリエに立ち寄りました。
 
 
 


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 ヒカリエの一階入口を入った途端に、息を呑みました。というより、あまりの臭さに息が止まったのです。悪臭が鼻孔を抉ります。
 どこのデパートでも、一階は化粧品という名の薬剤が混合した、私にとっては不愉快な臭さの巣窟です。このヒカリエも、ご多分に漏れずそうでした。
 あまりにも強烈な鼻を突く臭いに腰が引け、地下へ降りて入り直しました。
 匂いに敏感な方は、一階からは入らない方が身のためです。

 レストラン街で、私が食べられそうなお店を探しました。
 まず、押し並べて値段が高いことが特徴でした。1300円が中心でしょうか。
 確かに、お金を節約している学生は排除されたビルです。ヒカリエが客層としてターゲットにしているのは、20代後半から40台の仕事をする女性だとか。これまで渋谷の売りだった若者から離れて、少し大人の、金銭的に自由な女性の懐を狙った意図が、ブラブラと歩くと露骨にわかります。その意味では、なかなかおもしろい区画と言えます。

 オープンの日に来た記念に食事となると、やはり回転寿司屋です。糖質制限食を取り入れてからは、あれほど日常的に行っていた回転寿司屋はご無沙汰です。世界中の回転寿司屋を巡っていたことが、今では夢のようです。
 
 
 
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 入口でお刺身の盛り合わせを注文できることを確認してから入りました。
 酢飯抜きでネタだけをいただきます。おいしい魚でした。あら汁も。それぞれが当たりです。ただし、5皿で1820円だったので、やはり高めと言えるでしょう。

 ヒカリエの感想としては、30代を意識した女性のためだけのハコモノ、という感じです。文化を発信する工夫を見たかったのですが、その視点から見ると残念でした。劇場はそのようです。しかし、もっと何か仕掛けがあるかと思っていたのです。

 かつてここにあった東急文化会館に代わる役割は放棄して、女性からお金を巻き上げるための施設でした。私が学生時代に育った渋谷が、どこか退化していくように感じたのは、年をとったせいでしょうか。
 まだスタートしたばかりです。もう一度足を踏み入れることはないにしても、渋谷を変えようという意欲に、今後を期待したいと思います。
posted by genjiito at 23:55| Comment(0) | ◆国際交流

2012年04月26日

人体実験中にヘモグロビンA1c急上昇

 毎月測定しているヘモグロビンA1cの値が、今日の計測では急上昇していました。

 昨年8月末から、糖質制限食に取り組んでいます。ご飯、パン、麺類を食べない生活をすると、糖尿病の状況を知る指数となるヘモグロビンA1cの数値は下がります。私は、スーパー糖質制限食と言われる、一日3食すべてで炭水化物を摂らない食事をして来ました。その効果はてきめんです。確実に下がります。

 それに気を良くし、今年に入ってからは、欲を出して体重をアップすることにもチャレンジしました。お昼だけは、少し炭水化物を含んでいても、積極的に食べるようにしたのです。

 それよりも何よりも、今年に入ってからは食事の量が多くなりました。ゆっくりなら食べられるのです。ただし、週に1回くらいは、お腹が締め付けられるような痛みに見舞われますが……
 やはり、消化管を無くした内臓機能の働きについては、自分でもまだよくわかっていません。毎日の食事が試行錯誤です。特に体調のよくない日には、人と一緒に食事をすることは避けています。突然腹痛に見舞われたら、多大な迷惑をおかけするからです。

 また最近は、イチゴやグレープフルーツも朝は食べています。今夜は、食前にグレープフルーツ半分を食べてから豆腐主体の鶏肉と筍、ミニトマトを食べました。そして、1時間後に血糖値を測ったら、20しか上がっていません。果物の糖質も、食べ方によるようです。
 昨日は、食前の数値が113で、グレープフルーツ半分を食べてから食事をしました。そして、食後1時間の血糖値は200に跳ね上がりました。しかし、一般的な測定時間とされる2時間後には112に落ちました。
 私は胃がないので、1時間後の数値を基準にしています。あまり乱高下はよくないとされているので、急上昇する1時間後を注視しているのです。
 それにしても、グレープフルーツは興味深い影響を与える果物のようです。

 今日、中野駅にほど近いブロードウェーというショッピングセンターの中にあるワンコイン検診の「ケアプロ」で、いつものようにヘモグロビンA1cを測定してもらいました。1回千円です。7分で結果が出ます。

 結果は予想外に高く、「6.4」でした。「6.1」以上が糖尿病とされる数値です。急上昇したというのは、このことです。

 糖質制限食を少し緩めた関係もあり、体重は確実に増え、先月から目標としていた50キロ台になりました。しかし、血糖値やヘモグロビンA1cはそれに比例して上がっていたのです。やはり、というべきでしょうか。

 なお、今月から、このヘモグロビンA1cの指数の評価基準が変わりました。これまでは、「JDS基準」という、日本独自の判定値を使っていました。上に書いた、「6.4」とか「6.1」というのがそれです。
 これを、今月からは「国際基準」の尺度で表現することになったのです。これまでの「JDS基準」は、しばらくは併記されます。
 「JDS基準」に「0.4」を加えたものが「国際基準」です。今回の私の数値は、「国際基準」でいうと「6.8」となります。「国際基準」では「6.5」以上が糖尿病とされるのです。つまり、私の今日の数値は、明らかに糖尿病患者なのです。

 今後とも推移を見守りながらということを前提に、病院の受診を勧められました。しかし、これまで何度も記したように、現在の大半のお医者さんは糖質制限には消極的であり、あくまでも従前のカロリーコントロールによる対処療法を薦められます。そして、薬を使うことも。
 私は、糖尿病外来にたまには行きます。しかし、血糖値の管理は自分でできているので、行っても血糖のことではなくて、お医者さんは鉄分が不足している話などをされます。
 ほとんどのお医者さんは、糖質制限食と真っ正面から向き合おうとはされないようです。時流に逆行する姿勢のように思えますが、医学界にもいろいろとそれなりの事情があるのでしょう。西洋医学を信奉するのであれば、それでは何が科学的なのかがわからなくなります。糖質制限食による効果は、まだまだ敬して遠ざけられています。しかし、民間療法的な扱いから、しだいに注目されだしていることは確かなようです。

 話を私の例に戻します。
 今年に入ってからは、これまでの「JDS基準」で言うと、「5.6」→「6.0」でした。それが今日、さらに上昇して「6.4」になったのです。「JDS基準」でいうところの「6.0」以下を目標値にしていたので、食生活の見直しが必要です。今日からは、体重よりも食事のし方を引き締めます。

 今の日本では、炭水化物だらけの食堂街やマーケットが至る所にある中で、それを避けて食事を摂るのは非常に困難な環境にあります。しかし、甘い誘惑に負けないで、最適な糖質制限食を自分の身体の変化を確認する中で探し求めていきたいものです。自分なりの方法で、合併症が起きない、より快適な日々が送れるように、無理なく生活改善に取り組んで行きたいと思います。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | 健康雑記

2012年04月25日

古写本『源氏物語』に関する新聞報道

 浅岡先生から教えていただいた、昭和初期の「読売新聞」に掲載されていた貴重な情報の第3弾です。
 
(1)読売新聞(昭和6年(1931)5月6日、朝刊4面)

・「国宝級の古書を掘出す 寂恵本「古今集」と八千円の「源氏」」
・「藤原定家自筆本に最も近い古写本としては、現在前田侯爵家に秘蔵されてゐる青表紙本『源氏』二帖が知られてゐるだけである時は昨年秋大阪に開かれた関東西聯合の古本大市に、形は四寸平方の真四角な古写本『源氏』五十二帖(二帖欠本)が、誰の注目もひかずに、歴々の古本商五六十名の目の前に出陳されたのだが、その最高入札が十五円なにがしと云ふので、荷主は遂に売り離さなかつた。一誠堂はこの市にも勿論出席してゐたが、買はずに帰京したのである。それが、つい此程同店の手に入り相変らず冷遇されてゐたのを、偶然、現代唯一の『源氏』蒐集家帝大教授池田亀鑑氏が発見し─同教授は古写本『源氏』を七百種約一万冊を蒐集してゐる『源氏』通であるから─忽ち、それが前田侯爵家の青表紙秘蔵本と対置すべき、稀有の秘籍であると目星をつけ、冷遇されてゐたままの値で買い取つたさうであるが事実、侯爵家秘蔵本の残部五十二帖らしいので、それだと市価八千円の国宝級の稀書である。それが僅か二時間足らずしか一誠堂の店に鎮座ましまさず、とても安く売られて行つたので、この景気に八千円とり逃がし口惜しがること/\。」

 
(2)読売新聞(昭和7年(1932)11月19日、朝刊4面)

・「『源氏物語』大展覧会 今明両日帝大大講堂に開催」
・「現代の源氏研究は、先ず可能の限りに於て根本資料を博く蒐集し、これを精査し、分類し、系統立て、その厳密な批判の上に立つ新研究が樹立されなければならない。已に万葉集には、佐佐木信綱博士をはじめとする諸学者の努力によつて『校本万葉集』の大事業が完成し、万葉学の基礎が確立して。しかるに源氏物語に於ては、まだ諸本の性質や系統はおろか、研究書の種類や性質さへも十分に明かにされてゐない状態である。これはあらゆる意味に於て、犠牲的な努力と忍耐とで、押し進めて行かなければならない大事業であって、何人においそれと引き受けられないからである。
 東京帝国大学の国文学研究室では、校本源氏物語と諸註集成との大事業を企図し、文学士池田亀鑑氏にその忍耐託した。池田氏は七カ年の間、渾身の力をこの一事に集中し、ほとんど一身一家を犠牲として研究を進め、古書の博捜、探訪、書写、校合に努め、収集する所の資料は数千点に及んだ。これ等の中には天下の秘本と称せられて、今までわづか二三部しか知られなかった河内本(鎌倉時代に源光行、親行等の校訂した本)が、四十部近くも発見されて、書写し校合されてゐる。なほ青表紙本(藤原定家の書写した本)の系統の秘本も甚だ多く、学問上幾多の新事実が、これ等の新資料によつて明かにされる。
 本日東大大講堂で開かれる「源氏物語に関する展覧会」には、これ等の資料の一部が陳列される。第一部諸本、第二部諸註、第三部一般研究書、第四部源氏物語の影響に関する資料の四部に分れ、七百点一万冊に及び源氏研究として必要な資料はほとんど網羅されてゐる。恐らくこれほど組織的な巻尾した展観は今後困難であらうと思はれる。殊に今回の展覧会は骨董趣味を主とせず、学問上の体系を主としたもので、学者の参考となるものが少くないと思はれる。」
・【写真】珍本河内本源氏物語 古写本「須磨の巻」
 (伊藤注・手元の資料と照合すると、これは平瀬本です)

 
 
 

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(3)読売新聞(昭和8年(1933)4月15日、朝刊7面)

・「源氏物語 最古の写本発見 五十四帖揃ふ河内本の珍書」
・「昨年暮豊島区目白町四丁目の徳川善親侯邸内に創立された黎明会ではそきごろ来数万冊に上る蔵書の整理中最近図らずも源氏物語五十四帖の写本を発見したので早速池田亀鑑氏など源氏物語研究家の鑑定を仰いだところ間違ひのない本物であることが判つた、善親侯は大喜びでこの写本を文庫に所蔵し自身鍵を保管してゐるといふほどの大切さ、こんどこれを印刷して一般に頒布することになり十五日午後二時から三時まで写本の一部を同邸内で公開することになつた
 源氏物語には昔から青表紙本、河内本などゝ非常に内容のちがつた写本が伝はつてをり現在一般的になつてゐるものは青表紙本であるが、こんど徳川家から発見されたものは河内本で河内守光行、親行の親子が書写したものを鎌倉時代に北条実時が写して金沢文庫に収め更にそれが足利時代に徳川家の所蔵となつたものらしい河内本の写本は大阪の平瀬家及び東山御文庫などにも所蔵されてゐるが徳川家のものはこれよりも古く六百七十年前のもので源氏の写本中一番古く形は大きく大和綴になつてゐる、この写本を閲覧した佐佐木信綱博士は激賞して語る
『五十四帖全部揃つてゐるものとしてはたしかに一番古いものでせう。非常に貴重なものです侯爵がこんどこれを印刷してコツピーを作るといふことは学会のために大変喜ばしいことです』」

 
(4)読売新聞(昭和13年(1938)10月20日、夕刊2面)

・「”源氏物語”の大レコード化」
・「山田五十鈴を起用して 空前・五十四枚盤に」
・「嘗てその劇化が坂東簑助により計画されて果さなかつたが、こんどのこの台本は、内務当局の諒解を得て、舟橋聖一氏が健全なものにアレンヂした、台本はすべて現代語に書き替へ、原文にある歌は、そのまゝ生かして歌謡曲風に作曲され」
・「谷崎潤一郎氏の現代訳千四百枚の『源氏物語』の出版と相呼応して五十四枚の連続レコードは、レコード界空前の壮挙となりさうである」
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ◆源氏物語

2012年04月24日

『源氏物語』の演劇化弾圧に関する新聞報道

 浅岡先生から教えていただいた、昭和初期の「読売新聞」に掲載されていた貴重な情報の第2弾です。
 すでにこの弾圧問題は知られていました。しかし、私は新聞報道という時系列で確認はしていませんでした。今回のご教示を得て報道資料を確認し、報道された情報の収集の大切さを知りました。
 このような資料を、さらに幅広く集めていきたいと思います。
 なお、この一連の事件に後援として関与している紫式部学会を代表する研究者として、池田亀鑑の存在があります。この点については、池田亀鑑が本件に関してどのような行動や発言をしていたのかは、あらためて考えていくつもりです。
 
(1)読売新聞(昭和8年(1933)10月24日、朝刊7面)

・「芝居になる『源氏物語』 各権威の後援で最初の上演」
・「来月廿六日から四日間新歌舞伎座で本邦最初の劇化上演が行はれる
 坪内逍遥、藤村作両博士を顧問に紫式部学会の後援により同物語の『帚木の巻』から『須磨の巻』までを六幕十八場として上演するもので学術的指導を池田亀鑑久松潜一の両氏」

 
(2)読売新聞(昭和8年(1933)11月23日、朝刊7面)

・「期待の『源氏物語』 突如上演禁止 廿六日からの開幕を前に 苦心の研究も闇へ」
・「古典の至宝封殺」
・「四日の一万枚の切符も殆んど全部売り尽くしてあるので去る十八日警視庁の弾圧内意を知つて大いに驚き藤村作博士、久松潜一教授等が藤沼警視総監に面会了解に努めたが遂に容れられなかつたものである」
・「当局の気に病むは 有閑階級の腐敗 紫式部学会では依然応援」
・「死んでも上演したい 坂東簑助氏 泣いて語る」

 
(3)読売新聞(昭和8年(1933)11月26日、朝刊7面)

・「ぜひ上演したい 禁止禍の『源氏物語』 文壇、楽団に呼びかけ猛運動」

 
(4)読売新聞(昭和13年(1938)10月20日、夕刊2面)

・「”源氏物語”の大レコード化」
・「山田五十鈴を起用して 空前・五十四枚盤に」
・「嘗てその劇化が坂東簑助により計画されて果さなかつたが、こんどのこの台本は、内務当局の諒解を得て、舟橋聖一氏が健全なものにアレンヂした、台本はすべて現代語に書き替へ、原文にある歌は、そのまゝ生かして歌謡曲風に作曲され」
・「谷崎潤一郎氏の現代訳千四百枚の『源氏物語』の出版と相呼応して五十四枚の連続レコードは、レコード界空前の壮挙となりさうである」
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2012年04月23日

英訳『源氏物語』に関する新情報

 中京大学の浅岡先生から、「読売新聞」に掲載されていた貴重な情報を教えていただきました。
 こうした情報を一人でも多くの方と共有するためと、さらなる情報の提供を願って、その内容を以下に私の興味の範囲で摘記しておきます。
 
(1)読売新聞(明治23年(1890)9月15日、朝刊3面)

・末松謙澄と依田百川の『源氏物語』に関する激論
・末松「予はそれほど源氏に通暁せるものにあらざれども聊か目を通したる事もあればと云ふが言出しにて今迄の学者は唯源氏を称賛することを知れども其瑕瑾に気付かざるは憐れむべき次第なりと云ふより自分が源氏を英文に翻訳せし時種々の瑕瑾を見出したることを説き起し弥々論鋒を依田氏に向け終に唯源氏に驚くべきは当時何事も唐土の風を摸擬するが習なるに独り小説のみは之を摸擬せざりしは唐には其時代迄小説のなかりしを以て之を知るべく殊に源氏の如きに至ては名文もて此の如き大著述を為しそれで少しも摸擬する所なかりしは頗る感心の至りなり」
・依田「君は源氏を能く読んだのではないどうでも能く読んだのではない君が能く読んで翻訳したれば赤鬚も必ず感心したに違ひないのだ」

 
(2)読売新聞(大正14年(1925)9月25日、朝刊4面)

・「読書界出版界 英訳『源氏物語』 英誌「スペクテーター」評(上)
  ─光る源氏は仕方のない男─」
・『源氏物語』が「大英博物館極東部に勤めているアーサー・ウオレー氏によつて初て英語に完訳されることになつたのだ。」
・アーサー・ウェイリーの若き日の写真が掲載されている。

 
(3)読売新聞(大正14年(1925)9月26日、朝刊4面)

・「読書界出版界 英訳『源氏物語』 英誌「スペクテーター」評(下)
  ─紫式部の心理描写は深刻だ─」
・「此本のうちで最も優れた箇処は、源氏と懇意だった六条院が源氏の夫人の死を聞いて自分が今まで故夫人に対して悪い事あれかしと考へたことがあつたかしらん知らず/\のうちに悪しかれと考へてゐたゝめ、夫人の死を招いたのではなかろか、と恐れ考へるところである。」

 
(4)読売新聞(昭和8年(1933)11月16日、朝刊4面)

・「誤れる日本文学への認識 ウエリ氏の英訳源氏物語 【上】 宮森麻太郎」
・「同氏が某女史の現代口語訳に依つたにもせよ」
・「ざあつと全体を読んで、原文とも対照して見た後の頭の中には残念ながら、評判ほどの代物ではないから買つてはいけないといふ印象が深く刻まれてしまつた。」
・「女御を「腰元」にしてしまつた彼は更衣を腰元よりも身分低い「端女」と解したのであらう。」
・首巻「桐壺」の冒頭部分の訳について、「五十二年の昔に出来た末松謙澄博士の『御名前は解らないが或天皇の御代に』といふ意味の英訳の方が余程ましである。」

 
(5)読売新聞(昭和8年(1933)11月17日、朝刊4面)

・「誤れる日本文学への認識 ウエリ氏の英訳源氏物語 【下】 宮森麻太郎」
・「同氏はこの大切な多くの和歌を省略してゐるか、さもなければ誤解だらけの愚にもつかない散文訳にしてゐる。」
・「末松博士の訳(中略)と比較すると雲泥の相違が発見される。」
・「要するにウエリ氏の日本文学に関する知識素養は浅薄で不完全であり同氏は英詩の書けない人であるから、其翻訳は信を置くことが出来ない。斯ういふ認識不足に基く翻訳は一種の神聖冒涜でもある。国家非常の今日、徒らに日本文学の紹介を訳も解らない外人の手に委ねないで、我国にも外国語の出来る立派な学者が多々あるやうであるから、その人達が一番国家奉仕の意味で奮(?)起して、旺盛なる日本文化紹介の運動を海外に向つて計画実行しては如何か。私はその方がもつと安全で効果的だらうと信じて疑はない。」
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2012年04月22日

江戸漫歩(55)板橋区立美術館の狩野家展

 板橋区立美術館で開催されている「奥絵師・木挽町狩野家 〜お殿さまに仕えた絵師たちの250年〜」を見に行きました。
 地下鉄有楽町線の西高島平駅を降りて15分も歩くと、「不便でゴメンね」という幟が目に飛び込んできます。
 
 
 

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 歩いて15分もかからないので、そんなに遠いとは思いません。しかし、住宅街を横目に歩くので、単調な道でした。この美術館には、地域をはじめとする来館者を思いやる気持ちが、館内の至る所で感じられました。特に、展示物の説明文を読んでいると伝わってきます。ただし、少し煩わしくて余計なお節介と感じる方もいらっしゃることでしょう。私がそうだったので。地域の小学生や中学生を強く意識した対応だと思いました。

 まず受付の前に、写真を撮っていいというパネルが目に付きます。
 早速、そのパネルを撮影させていただきました。
 
 
 

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 海外の公共施設を意識しているのでしょうか。これはいいことだと思います。後で思い出したり、人に話をするときに、展示会場での写真があると便利です。特に、この美術館は自分のところで所蔵する作品を展示しているのです。公費で購入したり寄贈や寄託を受けている作品なので、その点では自由に使えます。
 また、展示されているものをその場で撮影しても、商業利用に使えるほどいい写真は撮れません。その意味でも、来館者のためのこの割り切りには好感を持ちました。

 さて、江戸幕府に仕えた御用絵師である狩野家は、中橋・鍛冶橋・木挽町・浜町の四家に分かれます。将軍にお目見えできる奥絵師といわれる最高の家柄です。その中でも、木挽町狩野家の作品を中心とした作品群が「〜お殿さまに仕えた絵師たちの250年〜」というテーマで展示されていたのです。
 そんな内容が、壁面に掲示されていた説明板にうまくまとめてあったのでアップします。

 私のブログでは、掲載する画像はいつも120キロバイト以内に縮小してアップしています。そのため、文字を読むには難しい解像度です。少し拡大していただくと、どうにか読める程度となっています。あしからず。
 
 
 

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 また、狩野派の絵の修行の様子も説明されていたので、これも説明板をアップします。
 橋本雅邦の「木挽町画所」(『國華』第3号、明治22年)をもとにした略説で、粉本とか模本といわれるものの意義や役割がよくわかる説明です。「学ぶ」の語源である「真似ぶ」ということの大切さを、再認識させられます。
 
 
 

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 木挽町狩野家は、狩野探幽の弟の尚信に始まります。この流れについても、説明板をあげます。
 
 
 

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 また、東京駅に隣接する中央区にちらばっている狩野家の所在場所を示す地図も、今の場所と対比すると参考になります。
 
 
 

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 展示室の一角に「お座敷コーナー」があり、本物の屏風を座布団に座ってじっくりと見ることができます。これは、なかなかのアイデアです。私も初めてこのような見方をしました。目の高さといい距離といい、実際に部屋に置かれている屏風を見る雰囲気で拝見することができました。

 今回この美術館に初めて来て、各絵に添えてある説明文の馴れ馴れしさが気になりました。子供に語りかけるような語尾には、大人の方は馴染めないかもしれません。少なくとも私は、違和感を感じました。初学者にわかってもらおうという親しみからの意図であることはよく理解できます。しかし、これはやりすぎかな、とも思いました。せめて、普段の会話口調での語尾は、もう少し工夫がなされてもいいのではないでしょうか。親しみはいいのですが、もっときれいな日本語にしてほしいな、と思いました。
 また、絵に添えられた作品名が新しい感覚で命名されていることも、私は気になりました。
 狩野探幽の「富士山図屏風」には「いい眺めだなあ」というタイトルが付いていました。狩野安信の「人物花鳥画帖」には「こんな絵も描けますヨ!」、狩野養信の「勿来関図」には「桜よ、散らないでおくれ」、狩野寿信の「徒然草図屏風」には「人生イロイロ」という調子です。
 これは、好みの問題であり、ご覧になった方々の反応が知りたいところです。

 それはともかく、橋区立美術館が所蔵する木挽町狩野家のコレクションは、見応えのあるものでした。図録が品切れだったので、何かの機会にこの美術館の絵を通覧したいと思います。
 入場料が無料というのも含めて、今お薦めする展覧会の一つです。
posted by genjiito at 23:01| Comment(0) | 江戸漫歩

2012年04月21日

授業(2)データベース・写本・翻訳

 地下鉄渋谷駅を降りて國學院大學へ向かいます。地上に出る建物は、来週26日にオープンするヒカリエというエリアです。
 かつて、ここに東急文化会館があった頃には、学校の帰りによく立ち寄りました。プラネタリウムにも行きました。今度はどんな施設になるのでしょうか。地下3階、地上34階ということです。
 
 
 

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 中の案内図も、準備が整っているようです。さて、どんな空間になっているのか楽しみです。
 若者を対象にしたお店が中心だと思われます。しかし、買うものがなくても見て回るのも楽しいものです。
 
 
 

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 さて、2回目の授業の中で無線LANを使った教材活用は、学生さんのセッティングが不十分だったので、次回としました。無線LANは、まだ何かと活用には手間がかかるようです。

 講義終了後、事務の方と相談し、次回は有線のハブとケーブルを用意してもらえることになりました。海外のサイトやデータベースを使いながら説明を加えたいので、安定した環境が必要です。設備の整っている場所でも、その活用となるといろいろと工夫が必要です。私にとっても最初のことなので、試行錯誤がつづきます。
 アプリケーションとしてのエバーノートの活用も、次回に持ち越しです。

 さて、昨日の授業は、以下のような内容でした。

(1)受講生の自己紹介を兼ねて各自の研究テーマを聞きながら、いろいろと質問する中で海外の日本文学研究の現状を話しました。

(2)日本語教育に関する研究を目指す人がいたので、国立国語研究所の論文データベースを例にして、研究のための情報検索について考えました。データベースには、それぞれに特徴があります。国文学研究資料館から公開し、研究論文を執筆する人はほとんどが調査と確認のために活用している「国文学論文目録データベース」の場合は、大学院生が実際に当該論文を読んでデータを作成しているのが特徴です。単に、論題や副題などの表面的な情報だけではなくて、その背後に研究支援のための努力があるのです。そのため、驚くべき精度で知りたい情報がヒットするのです。こうした特色を理解していると、検索する上でも有効な活用に結びつきます。

(3)『総研大ジャーナル』(第15号)に私が書いた「先端研究 『源氏物語』本文研究の新しい時代」を見ながら、『源氏物語』の本文の現状について考えました。写本に書かれた言葉を大事にしたいということを確認しました。文学研究の基本は作品の本文の読解にあるので、その基礎的研究の大切さを話しました。この本文レベルの考察では、海外の研究者にもハンディキャップは少ないと思われます。その解釈に入った段階で、日本の文化等に関する理解力が要求されます。まず問題の所在を見つける意味でも、作品の本文に目を向けることは、世界文学としての作品理解のスタート地点に立つことになります。そうした意識の大切さをとりあげました。

(4)ハーバード大学所蔵の鎌倉中期に書写された『源氏物語』の貴重な古写本や、ワシントンの議会図書館に収蔵され昨年から国立国語研究所のホームページで公開している議会図書館本『源氏物語』、そしてイギリスのケンブリッジ大学のコーツ先生がお持ちの源氏絵など、日本の古典籍が海外にあることの実情とその問題点を整理しました。それぞれに海外に流出した事情があります。しかし、とにかく今に伝えられて残っていることの意義を評価すべきです。数百年の時を経ても、読んだり見たりできるのです。こうした資料を、国境を越えて、今後の研究に有効に活用したいものです。

(5)『総研大ジャーナル』(第15号)に掲載された私の「『源氏物語』の翻訳状況」についても確認しました。世界各国で刊行されている翻訳を、今後はどのように研究対象にすべきかは、これからの問題です。言葉と文化の両面から追究できるテーマとなるので、貴重な資料でもあるのです。さらに広く調査を進める中で、まずは海外で翻訳されている作品のリストを作成することが先決問題です。『源氏物語』は私がほぼやり終えました。さらに拡大していきたいものです。

 帰りに、ラウンジでコーヒーを飲み、外に出ると目の前には八重桜が若葉をのぞかせながら咲いていました。
 
 
 

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 18階建ての若木タワーも八重桜と重なって見えました。
 
 
 
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 私がこのキャンパスに通っていた30数年前にあった建物は、今では何一つ残っていません。見違えるほど立派になっています。目に見えるものに、時代の移り変わりを感じます。しかし勉強することの意義や方法は、今も変わってはいないと思います。そうした部分で、後輩たちに考えるヒントやネタを提供し、一緒に考える時間を少しでも共有できたらと思いながら帰路につきました。
posted by genjiito at 22:30| Comment(0) | ◆国際交流

2012年04月20日

ポケット Wi-Fi が使えなかった理由が判明

 ソフトバンクの池袋西口店で、非常に対応のいい方との出会いがありました。
 最初に対応してくださった女性は、どうも言われることに納得しかねました。結論は、私の手にしているポケットWi-Fiは不良品の可能性があり、それは購入した京都の店で対応してもらうしかない、ということでした。要するに、解約するしかない、ということを遠回しにおっしゃる対応だったのです。

 ことの流れはこうでした。
 私が取り出してつながらないと訴えるポケットWi-Fiをいじりながら、これは、無線ではつながらないと言われるのです。ケーブルでつながないと、とおっしゃるので、それは問題解決にならないからと、あくまでも無線での確認をお願いしました。そうでないと、ポケットと言う意味がないからです。この時点で、私はこの担当者にいつ見切りをつけるか、様子を見ながら相談話を進めました。

 さらに、私が持って来たこの機器は反応が非常に遅いとのことです。イーモバイルの電波しか使えない機器だとも。ソフトバンクの製品ではないのですかと聞くと、これは古いタイプのものだとのことでした。ということは、私は変な不良品を渡されたのかと聞くと、否定はされないながらも、とにかく購入した京都の店で対処してもらうしかないということになりました。
 いま私が京都のソフトバンクに電話をして、そしてここで起こっている症状を説明してもらえないかとお願いすると、京都の店で購入したものを池袋の店から製品の不具合を報告することはできない、というわけのわからないことをおっしゃいます。もう、逃げるしかないという態度でした。

 また、この機器はマックOSXの10.6(スノーレパード)までしか対応を謳っていないものなので、私が使っているパソコンのOSの10.7(ライオン)には対応していないのだそうです。変な話だな、と思って聞きながら、もうここで打ち切って帰るしかないと思いました。このまま相談していても埒があかないので、この方との対応に見切りをつけることにしました。

 そして、諦めて上の階にあがって帰ろうとしたときのことでした。出口にいらっしゃった方に駄目もとで、まだ聞きたかった別件での疑問点を訊ねてみたところ、思いがけず親切な対応をしてくださいました。
 それならと思い、実は先ほど下でのカウンターの対応はこうだったと話すと、すぐにお店の機器で検証してくださいました。その機器からも、このポケットにはつながらない症状が出ました。これには、その方も慌てておられました。

 親切な店員さんで、さらに別室で調べた上で、原因が突き止められました。何と、本体の中に装着されているSIMカードの接触不良であることが判明したのです。
 これまでつながらないことで悪戦苦闘していたことが、突然に雲散霧消ということになったのです。この結末には、私も呆然としました。つまり、またもや私は欠陥商品を渡されていたのです。そうとは知らず、昨年の3月にこれを購入して以来1年2ヶ月もの間、つながらないので意地になって接続実験をしていたことになるのです。月々支払った料金を返してくれ、といいたい気持ちになりました。

 さらに驚いたのは、今までよりも安い金額で、もっと高速で使える新機種を紹介してもらえました。早速それに乗り換えたのは言うまでもありません。いろいろなプランがあるものです。
 もっと早くわかっていたら、こんな使えないものに振り回されなかったのに、と思いました。
 不具合があることで店頭に持ち込まなかったのは、ソフトバンクという会社というか孫正義という人間を信用していなかったので、行ってもしようがないとの諦めがあったことは事実です。今日、最初に対応してもらった女性は、まさに無知なソフトバンクの社員を象徴する対応でした。いったんは、このショップというかこの人に見切りをつけて帰るところだったのですから。

 しかし、この店を出るときに話をした店員さんとの出会いで、これまでの悩みが一掃されました。人との出会いは、かくも局面を打開するものだと、その運命のいたずらを今はおもしろく思っています。
 ソフトバンクにも、知識と親切な気持ちをもった方がいらっしゃったのです。しかし、その反面、いいかげんででたらめな方がいらっしゃることも事実です。まさに、今日の最初の女性がそうだったのです。

 たまたま私は、いい方に出会えました。いつ、どの店に行っても、こうしたいい出会いのあるお店であればいいのに、と思いました。この当たり外れの大きいのが、auや DoCoMo の接客態度と比べて見劣りのするソフトバンクの実情ということになるようです。

 今年の7月からは、ソフトバンクも周波数帯の割り振りが変わり、さらにつながりやすくなるそうです。そうであるならば、いつでも圏外という状況も少しは改善されるでしょう。そして、店頭の対応ももっと改善してほしいと思います。

 ソフトバンクは、いつまでもアップルというブランドにおんぶにだっこではいけません。日本でいい仕事をするためには、さらなるユーザーへの思いやりを企業方針の中にしっかりと持ってほしいものです。情報化社会の中で無知を売り物にする会社では、技術力の高さと誠実さがとりえの日本企業としては情けないことですから。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ◆情報化社会

2012年04月19日

マスコミで話題の被災予定地域に住んでいて

 最近、新聞やテレビで、私が生活する地域が話題になっています。
 東京都が公表した、首都直下型地震の震度7に関するニュースです。
 その被害の想定を見聞きするだけでも、大変な事態になることが明らかです。

 現在、東京湾北部と言われる江東区の隅田川河口部に宿舎があります。
 その川縁の老朽化した5階建ての2階に住んでいます。津波が来たら塵芥の藻屑です。

 そして、東京の西部の立川にある職場はというと、立川断層帯地震が濃厚となった、その活断層の真上に建っています。活断層の上にあることは、4年前に品川から移転して来る前から話題になっていました。私の部屋は、その3階にあります。免震構造になっているそうです。しかし、その地盤の断層帯が問題になっているので、揺れには強くても足下を掬われたら建物も立っていられないことでしょう。

 この2地点間を、片道1時間50分かけて都内を横断する通勤を続けています。
 宿舎を出て電車に乗ると、しばらくはずっと地下深くを走ります。水に襲われたら、逃げ場はありません。
 通勤電車の中盤からは高架を走ります。これまた、地震の揺れを考えるとぞっとします。

 昼間に地震が来たら、帰宅はできません。立川駅前の国立昭和記念公園で野宿の生活となりそうです。
 夜なら、深川からの逃げ場はありません。

 2ヶ月後に、娘の檀那さんが研修のために立川の自治大学に来ます。私の職場と地続きの建物なので、この夏に地震が来たら彼と一緒に昭和記念公園で暮らすことになります。

 心配なことは、昼間に地震が来たら、妻と離ればなれになることです。
 連絡を取り合うためにも、携帯電話の充電器を持ち歩くことを、先ほども夕食を共にしながら確認しました。

 こんな話を、現実のこととして語り合う事態となりました。

 このところ、私はコンピュータのデータをバックアップしています。クラウドとハードディスクとメモリに分散しています。
 生き残ったときに、どこかに残されたデータで、これまでつづけて来た仕事などができるようにするためです。特に、『源氏物語』の写本を翻字したデータベースは、入念に各所に保存しています。これは、次の世代に受け渡したいものだからです。それ以外は、あくまでも私のためのデータなので、そのまま消えてもいいものです。

 マスコミに煽られるようにして、東京での終末期を想定した生活プランの再検討をするようになりました。京都の引っ越しで、身の回りにあった荷物を整理していたところでした。その延長として、東京での持ち物をこの機会に整理するつもりです。

 過日、「大徳寺瑞峰院老師の書「放下着」」(2012年3月 8日)のことを書きました。
 まだ私には悟りの心境とは縁遠い日々です。しかし、この地震の騒ぎの中で、まさに、「放下着」の意味を考えるきっかけを与えられているようです。

 想定される災難をネタにしては不謹慎です。しかし、それだけ現実のこととして、目の前のものが無に帰する事態を考えさせられる状況が近づいていることは確かなようです。
 これは、京都にいては感じない、東京にいてこそ肌身に伝わってくる感触です。
posted by genjiito at 23:04| Comment(0) | 身辺雑記

2012年04月18日

健康情報誌『わかさ』の糖質制限食特集

 健康生活を扱う情報誌『わかさ』の最新6月号は、一冊丸ごと糖質制限食の特集です。
 
 
 
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 新聞で発売広告を見ていたので、昨日の発売日に早速買いました。もっとも、立川駅では2軒の書店ともに、発売日当日なのに売り切れでした。

 昨日は『十帖源氏』を読む会のために新宿へ出たので、少し大きな書店で買いました。そこでも、私が手にできたのは最後の一冊でした。
 このテーマは、多くの人の興味と関心を引いているようです。内容については、すでにほとんど知っていることだったので、さっと流し読みですませました。

 この雑誌からは、外食とコンビニなどの利用法について、少しアイデアをいただきました。
 ご飯、パン、麺類を食べない食生活は、何かと不便です。レストラン街へ行くと、軒並み炭水化物を食べさせるお店です。スーパーマーケットでも、お総菜をはじめとして、なにかと砂糖漬けにした食品が並んでいます。これでは、日本から糖尿病はなくならないばかりか、ますます病人を作っているとしか思えません。

 至る所に血糖値を上げる食べ物が氾濫しています。しかし、工夫次第ではそれなりに糖質制限食が可能なのです。
 今回の雑誌の特集で、ファーストフード店にもうまい利用法があることがわかりました。
 それにしても、テレビでもっとご飯を食べようというCM見て、複雑な思いに駆られました。ラーメンの宣伝が多いのを見て、これでいいのか疑問に思います。
 糖質制限食は、農耕生活が始まって以来の食に関する問題提起です。医療費が高騰する中、炭水化物を食べる食生活を薦めることに、疑問を持ち始めました。
 学校での食育が立ち後れていることはよく知られています。今、あらためて思います。ご飯を食べることを推奨する食育を、再検討してもいいのではないでしょうか。自分がこうした立場に立って初めて、この炭水化物礼賛社会に疑問を抱くようになりました。

 さて、この雑誌『わかさ』では、糖質制限食についていろいろと好いことばかりが取り上げられています。これは、この手の雑誌に付き物なので、そこは適当に読み流します。興味を惹いた記事だけは、きっちりと読みました。

 タマネギは一日4分の1個でいいとのこと。私は勘違いしていて、一日2個くらい食べていました。少し血糖値が上がり気味だったのは、このせいかもしれません。

 グレープフルーツと桑の葉は、これから試してみます。
 自分に合っているかどうかは、とにかくやってみるしかないのです。特に、私は消化器官を切除しているので、なおさら自分の身体を使って、自分のための最適な方法をテストするしかないのです。

 私が初めて糖質制限食のことを知ったのは、昨夏の『わかさ 10月号』でした。
 
 
 
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 この雑誌との出会いが、今の食生活のスタートでした。大げさではなくて、私の人生を変えた1冊と言えるでしょう。どうしても成果がでなかったカロリーコントロールから、未知の糖質制限食への転換でした。
 今回、この記念すべき雑誌を取り出して頁を繰ってみると、なんと昨日入手した雑誌と内容はほとんど変わりませんでした。タマネギは一日4分の1でいいということも、書いてありました。この糖質制限食について、新しいことは意外とわかっていないとも言えそうです。

 今は、この切り替えのタイミングがうまくいったと思っています。もう、あの面倒でほとんど効果のなかったカロリーコントロールに戻ることはないでしょう。糖尿病学会の指針に従うほとんどのお医者さんも、糖質制限食の威力は当然知った上でそれを無視し、カロリーコントロールの指導をしておられると思われます。栄養士のみなさんも。
 現に、私が罹っている糖尿病外来の先生は、私が持ち込む資料には見て見ぬ振りをなさっているように思われます。そこには、糖質制限食にはそれなりの効果があることをご存知の上での無視だと思っています。

 お医者さん自身が我が身を守るためのポーズとして、今は糖質制限食について関わらないことにしておられると思います。しかし、それもいつまでも続かないのではないでしょうか。そのための準備を、病院もお医者さんも密かになさっているはずです。密かに、というのは、これを認めるとこれまでの病院における患者からの集金システムの根底が崩れるからです。薬が不要になりそうです。医療行為が激減するのです。それに反比例するかのように、患者との協業としての食事指導が中心となりそうです。これでは、これまでの認識による糖尿病の専門医としての出番が少なくなります。

 まだ糖質制限食にして1年にも満たないので、今後のことはわかりません。ケトン体のことを含めて、糖尿病学会に忠誠を誓っておられるお医者さんが言われる、副作用については何もわかりません。しかし、今はうまく血糖値をコントロールできているようなので、このまま継続してこの状態を維持しながら、体調管理に気はこれまで以上に気をつけて行きたいと思っています。
posted by genjiito at 22:40| Comment(0) | 健康雑記

2012年04月17日

『十帖源氏』の「夕顔」を読む会

 『十帖源氏』を読む会が、新宿アルタ横のレンタルスペースでありました。今夜は6人が集まり、すでに公開した「夕顔」巻の現代語訳の再確認をしました。一度は現代語訳にしました。しかし、海外の方々に翻訳してもらいやすい訳文にするために、さらに検討を進めています。

 みんな仕事帰りなのですが、日本人ではなくて外国の方々にわかってもらえる現代語訳を作るという、説明しにくいおもしろさに惹かれて、こうして集まって、ああでもない、こうでもないと言い合っています。

 今日問題になったことを、いくつか記しておきます。

・原文に「はじとみ四五間あげわたし」とあるところで、「雨戸を四五枚あげて」と訳していることが問題になりました。
 雨戸ならばシャッターという訳になりそうです。しかし、それではイメージが違います。あまりにも無味乾燥で寂しい感じがするからです。いろいろな意見が出ました。結局、「雨戸」ではなくて「格子戸」になりました。外国語に訳すための現代語訳は、こんなところに神経を使っています。

・原文の「顔よき人」も、「顔の良い人」と訳されていたので再検討となりました。
 「美人」「美しい人」「かわいい人」など、いろいろと考えました。これは、内面的な美しさではなくて覗き見した印象なので、単純に「きれいな人」に落ち着きました。

・原文の「娘をば少将にあずけて」は、前回の訳では「娘のほうは少将に嫁がせて」となっていました。
 この訳では、ここに出て来る娘と少将が誰なのかがわかりません。「嫁がせる」ということも、当時の結婚の形から見ても変です。これまでの現代語訳の方針などを確認した上で、「娘である軒端荻を蔵人少将にまかせて」となりました。「娘(軒端荻)」という表記にもしないことになりました。各国語に翻訳する人が説明的な挿入句をあまり入れずに、文章がスーッと流れるような工夫をして、現代語訳を提供するのです。

・伊予介が空蝉を連れて常陸国に下るところでは、「現在の茨城県」という説明を添えました。
 東日本大震災でこの地域が世界的に知られたことを受けて、海外の方々が日本の地理的な位置関係のイメージを喚起しやすいことを思っての補足説明となっています。海外の読者が『源氏物語』の内容を無理なく、より深く理解してもらえるような配慮を心がけることが、ここで取り組んでいる現代語訳の基本です。

 現代語訳の再検討により、海外の方々に寄り添った訳文となるような方針が固まって来つつあります。
 今回の2回目の見直しを経て、あらためて多国語翻訳をしてくださる方々を募りたいと思っています。
 一つの言語で複数の翻訳があってもいいと思います。日本でも、現代語訳が何種類もあるのですから。
 すでに公開している現代語訳を参考にして、どうぞチャレンジをしてください。その際には、ご一報をお願いします。いろいろとお手伝いできると思いますので。
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ◆源氏物語

2012年04月16日

京洛逍遥(224)ゆったりとした智積院

 ブログにアップし忘れていた記事と写真があったので、一と月前のものですが記し留めておきます。

 三十三間堂と京都国立博物館のすぐ東側の東山七条にある、東大路通りに面した智積院は、これまで行く機会がありませんでした。観光地として紹介されることが少ないせいではないか、と思われます。隣接する京都女子大学には行っても、ここに足を留めることはしなかったのです。
 
 
 
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 行ってみて、冠木門を潜って左にある受付を始めとして、確かに地味なお寺だと感じました。しかし、ゆったりとした時間を持てました。ここを訪れることを楽しみにしている方は、京都通と言われる人々ではないでしょうか。

 まず、収蔵庫に入り、国宝の「楓図」「桜図」「松と葵の図」「松に秋草図」を見ました。金箔を惜しげもなく使った絵は、長谷川等伯とその弟子達が描いたものです。等伯の長男久蔵の作とされる「桜図」は、桃山時代を代表する障壁画とのことです。ちょうど桜の開花が待ち遠しい頃でもあり、気持ちが華やぐものでした。

 講堂は平成7年の完成です。その新しい柱や板からは、どこか心和む雰囲気が漂っています。気持ちがいい空間となっていました。
 
 
 
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 大書院東側の庭園は、桃山時代に造られた庭園で、中国の廬山を形どって作られた利休好みの庭として有名だとのことです。池や築山と石組みが、小さいながらも小宇宙を作っています。左手のお茶室に入ってみたくなります。
 
 
 
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 大書院から庭を見ると、寝殿造りの雰囲気が感じられます。
 ここでは、四季折々に季節の移り変わりが楽しめそうです。
 
 
 
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 建物の間に、小さな石庭がありました。いかにも、作ってみましたという不自然さが残っています。このあたりは、今後の工夫に期待したいところです。
 
 
 
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 京都には、まだまだこうした名所があることでしょう。時間をかけて、のんびりと歩き回りたいと思います。
posted by genjiito at 22:39| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2012年04月15日

江戸漫歩(54)隅田川の桜祭りと夕焼け

 隅田川の支流である大横川のソメイヨシノも、もう今日が見納めの葉桜となっています。
 その川面を手漕ぎの花見船が行き交います。
 黒船橋から石島橋を望むと、「お江戸深川さくらまつり」が催され、出店で賑わっていました。
 この橋の左手の永代通りを渡ると、深川不動堂があります。
 
 
 
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 昨日の雨と寒さが一転して、気持ちのいい一日となりました。
 越中島公園から隅田川の河口を眺めると、満開の枝垂れ桜越しに中央大橋が望めます。
 川を往き来する屋形船は、満員の盛況です。
 
 
 
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 この公園の桜並木の八重桜は、これから蕾を開かせようとしています。

 夕方の散策では、聳え立つマンション群に挟まれた中央大橋の背後に目がいきました。微妙な色が織りなす画布に、夕焼けが描かれているかのような、不思議な光の絵が出現しました。
 
 
 
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 京都の賀茂川とはまったく違う、これも日本の風景となっています。
 少し遅れてやってきた桜の季節も、これから新緑の候へと移っていきます。
 異常気象と言われながらも忘れずにやって来た四季折々の風が、こうした光景を守り伝えているのです。
 この景色を見ながら、新年度がスタートしたのだという気持ちを新たにしました。
posted by genjiito at 22:44| Comment(0) | 江戸漫歩

2012年04月14日

突然つながったソフトバンクのポケット Wi-Fi

 ソフトバンクのポケット Wi-Fi を持っています。
 ほとんどつながらないので、使っているとは言えない代物ですが……
 
 
 
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 この画面を見ると、いかにもネットにつながりそうです。しかし、つながらないのです。
 ソフトバンクに行って相談しようかと思いますが、時間が無駄になりそうなので行っていません。

 この小さな道具は、どこならつながるのか、遊び半分で実験中のものです。もちろん、一年以上、月々正規の利用料金を支払っています。ソフトバンクのテスター役ではなくて、正規ユーザーです。

 このポケット Wi-Fi は、時々こんな画面になります。
 
 
 
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 「Insert USIM」という表示の意味は知りません。裏蓋を開けると、 SIM カードは入っています。よくわかりません。

 この小道具が、昨日行った國學院大學のカフェテラスで繋がったのです。どうかな、と思って取り出したものだったので、突然のことで驚きました。繋がらないままに、かれこれ一年以上も持ち歩いている玩具だったからです。しばらく、iPad でインターネットにつなげて情報を収集しました。ソフトバンクには期待していなかったことなので、嬉しくなりました。

 今日は、立川の職場で展覧会場の当番とシンポジウムがあったために、雨の中を出勤しました。そして、昨日のことがあったので、自分の部屋で取り出してスイッチを入れました。しかし、やはりつながりません。昨日の渋谷のようにはいかなかったのです。

 実は、この小道具は、新幹線でもつながりません。ただし、名古屋駅の手前の三河安城駅あたりから、次の岐阜羽島駅あたりまでの間に限定してつながります。不思議な挙動をする小道具です。

 なお、これまでにも何度か記しましたが、私が使っている iPhone は、京都の自宅でも、東京の宿舎でも、立川の職場でも、電波は圏外となっているものです。酷い商品ですが、アップルが好きなので、ソフトバンクが倒産しないように、ささやかながら開発資金をいくばくかでも提供するつもりで契約を続けています。

 これまで、私は20年近くも前から、アスキーの創業者である西和彦が好きでした。常に西の後塵を拝していた孫正義には、ずっと同情の目を注いでいました。今は、商売が巧かった孫正義が大もうけをしています。しかし、孫正義は技術力の伴わない人なので、その意味では契約を打ち切らずに少額献金をしているつもりでいます。

 さて、昨日はポケット Wi-Fi が場所によってはつながることがわかりました。
 またいろいろなところでテストをしてみたいと思うようになりました。
 さて、どこなら使えるのでしょうか。楽しみが増えました。
posted by genjiito at 22:57| Comment(0) | ◆情報化社会

2012年04月13日

十数年ぶりの非常勤講師

 大学院などの非常勤講師を、これまでにいろいろと頼まれてきました。ありがたいことだと思いながらも、申し訳ないのですがお引き受けしないできました。単身赴任で上京していたために、毎週末に関西の自宅へ帰ることを優先していたからです。
 夏期の集中講義は何回か引き受けました。しかし、短期間ということもあり、学生さんとの接点が希薄なので次第にそれも遠慮するようになっていました。

 それが、昨春より妻が上京して共に生活をすることになり、私の方の環境と状況が変わりました。
 そのような折に、いつもお世話になっている先輩から非常勤講師の話があり、ありがたくお受けすることにしました。妻の東京での仕事も、これまた偶然とはいえ、その先輩のお世話になるものです。重ね重ね、ありがたいことだと思っています。

 1999年に上京するまでは、立命館大学で非常勤講師をしていました。文学研究と情報処理の科目を担当していました。今回は、國學院大學大学院で海外における日本古典文学の研究に関する講座です。対象は文学部の大学院生です。
 私の興味と関心の深いものなので、喜んで担当することにしました。

 今日が初めての授業の日です。久しぶりに学生さんの前で90分間、挨拶がわりのお話をしました。慣れないことでもあり、少し疲れました。
 自分の後輩にあたる学生さんに語るのは、楽しくて嬉しいものです。自分が育ててもらった学校なので、少しでもご恩返しをしたい、との思いもあります。定年までの後5年を、本務と共に許される範囲での兼業としての講師を務める中で、若手育成のお手伝いをすると共に自分自身の活性化にもつなげていきたいと思っています。

 知識の伝授や切り売りではなく、ケーススタディとなるような意識でいることと、人と人とのつながりの奥深さを伝えていけたら、と思って話をしました。

 事前にシラバスに記した講義概要は、次のようなものです。


研究のテーマ
 海外における日本古典文学研究の実態と具体的な作品における受容状況の理解を深める

講義・演習の内容
 海外における日本古典文学がどのように受容され研究されているかを確認する。その際、国別・作品別の受容状況と研究状況とを、インターネットなどを通して通覧する。
 さらに、『源氏物語』に関する海外での情報を整理する。特に、31種類の言語で翻訳されている実態を踏まえ、その特質を考えていく。
 なお、翻訳の実態確認とともに、翻訳用語のグロッサリーを構築するところまでを追体験していく。

到達目標
 受講者は、海外における日本古典文学作品のおおよそを理解することとなる。特に、『源氏物語』が翻訳された言語の多さから、そのさまざまな異文化間コミニュケーションのありようが見えてくる。また、翻訳用語のグロッサリーを構築する過程で、日本の言葉を他国の言語に移し替える過程そのものが、文化の変容をともなうものであることが自覚できるようになる。


 忘れないように、自己紹介を通して今日お話しした内容を、メモとして残しておきます。


・これまで生きて来た中で、それぞれの局面で判断して来たこと。
・偶然や予想外の思いがけない事態に対処できる知恵を大切にしてきたこと。
・人間の生きざまを通して文学研究の実態を見ることは非常にいい勉強になること。
・大多数の人が外から見る以上に順調には歩んで来ていないことが見えることの重要さ。
・海外の研究情報と研究者との交流の実態を知ることで自分のものを見る視野が拡がること。
・日本人としての視点から英語教育の問題点と課題を考えると違ったものが見えてくること。
・国際性や国際化の実情を考える基本には、いかに自国を深く理解できているかが重要である。
・英語力を云々する前に、日本のことを語れるだけの日本文化や文学に対する知識が必要である。
・海外の方々に日本的なよさや美しさを伝えるためには古典文学が最適な教材となること。

・今後の授業ではノートパソコンを持ち込んでネットにつなげながら進めたい。
・情報の共有をアプリケーションとしての「エバーノート」を活用することで実現したい。


 今日は、最初ということもあってガイダンスとなりました。また、自己紹介が中心でした。
 次回から、受講生5名の問題意識のありようを語ってもらい、その共通点となる話題に集中したテーマを展開していきたいと思います。
 事前にシラバスに記したノートパソコン持参のことが理解されていたようで、みなさんその準備をしておられました。コミュニケーションツールとしてのパソコンとネットを活用して、新たな取り組みをしていくつもりです。
 今日の授業に私が持って行ったツールは、iPhone と iPad でした。次回は、さらにMacBook Air も持って行くもつりです。
posted by genjiito at 22:30| Comment(0) | ◆国際交流

2012年04月12日

江戸漫歩(53)散り初めた葉桜がいい

 京都は今、ソメイヨシノが満開です。
 東京は京都よりも少し暖かいせいもあってか、そろそろ散り初めています。

 隅田川沿いを朝の散歩に出かけました。
 散りだしたソメイヨシノ越しに、スカイツリーを見晴るかしたところです。
 
 
 
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 隅田川の右岸沿いに、花弁が川面をたゆたっています。
 ボートが通る度に、ゆらゆらと円弧を描いたりジグザグになったりします。
 
 
 


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 立川まで行くと、まだ桜は満開を保っています。
 
 
 
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 お江戸の桜は、今週末までのようです。
 新しい年度のスタートを実感させてくれる桜は、新年の梅とともに日本の文化を育んできた自然の営みを視覚的に教えてくれているようです。
posted by genjiito at 23:12| Comment(0) | 江戸漫歩

2012年04月11日

井上靖卒読(135)「海水着」「青いボート」「落葉松」

■「海水着」
 ショートコントです。
 ショウウインドウの中での夏と海辺での夏。仮想と現実を対比させる中で、人間の気持ちの変化を描いています。
 2人の男女のこれからが、さらに知りたくなります。
 最後に、目の前の風景が遠景となっていくことが、この2人のこれからを暗示しているかのようです。
 私は、2人がこれから急接近すると見ました。果たしてどうでしょうか。【3】
 
初出紙:青年新聞
初出年:1952年8月5日
 
井上靖全集3:短篇3
 
 
■「青いボート」
 別れを決意しての中禅寺湖への旅。それでも迷いがあり、決断をゲームにした女は、1人で湖面を漕ぎ出すのです。
 女がそのまま東京に帰るのか、それとも男の許へ引き返してくるのか。
 私の読みは外れました。
 女の若さと、井上が若い時の作品であることを考えると、納得できる結末です。しかし、晩年の井上なら、この逆の結果もあり得ると思います。
 それだけ、人の気持ちは不定である、ということでしょうか。【4】
 
初出紙:産業経済新聞
初出日:1952年8月17日
 
井上靖全集3:短篇3
 
 
■「落葉松」
 同じ頃に書かれた前作「青いボート」の姉妹編と言えます。2人の男女の背景は、まったく異なりますが。
 中禅寺湖行きのことを挟んで、女の男性遍歴と男の心の動きが克明に語られています。
 話としては雑談となっていて、散漫な印象が残りました。【1】
 
初出誌:別冊文藝春秋
初出号数:1952年8月29号
 
角川文庫:楼門
角川文庫:花のある岩場
井上靖小説全集10:伊那の白梅・大洗の月
井上靖全集3:短篇3
 
 
〔参照書誌データ〕
 井上靖作品館
 http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
posted by genjiito at 23:37| Comment(0) | 井上靖卒読

2012年04月10日

井上靖卒読(134)「白い手」「仔犬と香水瓶」「贈りもの」

■「白い手」
 北国の高校の柔道部における20年ぶりの同窓会で、戦時中のことを思い出します。
 戦死した2人の友のことを思うにつけ、あの当時が一番すばらしかったと思います。
 実話を語っているようです。20年前のことを、男4人で友情を温め合った時へとタイムスリップです。マドンナ役の李花子の登場は、井上靖の作品によくあるパターンです。純粋な青春時代の一頁となっています。
 友との信頼が、話の背後にしっかりと根を張っています。人間の温かさがよく描けています。【3】
 
初出誌:オール読物
初出号数:1952年6月号
 
井上靖全集3:短篇3 
 
 
■「仔犬と香水瓶」
 天川風子(あまがわかぜこ)という一風変わった絵描きがおもしろく語られます。山脇は大学の美学教授。2人の男の変わった一面がぶつかるところがおもしろいのです。ただし、この作品が描こうとしているものが見えてきません。人間の持つ、一味違った人間味を描き残そうとしたのでしょうか。よくわからない男の世界です。妻の杉子だけが常識人のようです。【1】
 
初出誌:別冊文藝春秋
初出号数:1952年6月28号
 
文春文庫:貧血と花と爆弾
井上靖小説全集4:ある偽作家の生涯・暗い平原
井上靖全集3:短篇3
 
 
■「贈りもの」
 時計をめぐって、夫婦の心のありようが浮き彫りになります。お互いが相手のことを思いやって10年。思いがけない事態で、あらためて2人の心が照らし出されました。その描写が巧いと思います。真物ということが話を引っ張っていく、最適な一コマが語られています。
 この作品は、読売新聞の「コント・コンクール」で、読者の投票によって第1位を受賞しました。
 読売新聞に発表してから、『井上靖全集』に初めて収録された作品です。【4】
 
初出紙:讀賣新聞
初出日:1951年6月9日
 
井上靖全集3:短篇3
 
 
〔参照書誌データ〕
 井上靖作品館
 http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
posted by genjiito at 22:37| Comment(0) | 井上靖卒読

2012年04月09日

読書雑記(48)高田郁『夏天の虹−みをつくし料理帖』

 高田郁の文庫書き下ろしによる「みをつくし料理帖」シリーズの第7作(時代小説文庫・ハルキ文庫、2012.3.15)です。
 
 
 
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 高田郁の「みおつくし料理帖シリーズ」は、春と秋の年2回の刊行が楽しみです。今年も、第7弾が先月に出ました。
 しかし、巻末の「作者からひと言」によると、「長年温めていた題材が時の経過とともに失われていくことを危惧し、その取材と執筆に専念させて頂きたいのです。」という理由で、今秋は休刊になるそうです。
 さらに心躍る物語になることを期待して、来春の第8弾を待ちたいと思います。

 さて、本作について、感想を記しておきます。
 
■「冬の雲雀――滋味重湯」
 道は一つしかありません。小松原の理解を得て、澪は武家の嫁入りではなくて、料理人の世界を生きる決断を下しました。
 大人の理性が前面に押し出されています。情は、押し留められたまま、善人たちの物語が続いていきます。
 自分勝手な判断と小松原の思いやりに満ちた態度。その狭間で思い悩む澪。自力で立ち直る澪に、春が重なっています。
 本話では、ご寮さんである芳の存在が、苦境の中にいる澪を救っています。【3】
 
 
■「忘れ貝―牡蠣の宝船」
 一つの料理が完成するまでの苦心を、作者が語る内容を共にしながら読み進むことになります。
 話は、澪の恋に収斂していきます。ただし、話の展開がぎこちなく、盛り上がりに欠ける作品となっています。
 次への繋ぎとして読み終えました。【2】
 
 
■「一陽来福―鯛の福探し」
 匂いと味がわからなくなった澪。又次がそれを献身的に助けます。気心の知れた仲間が力を合わせて、急場を凌ぐことになりました。
 それにしても、料理人にとっては致命的な事態の設定です。作者の物語る苦心も伝わって来ます。
 前作あたりから、月が顔を出すようになりました。心情と情景の転換を、この月に負わせようとしているかのようです。話が暗くなっていることも影響しているようです。
 精進を重ねれば、真っ青な空が望める、ということを信じて、澪は前を向いて生きていくのです。
 この作品は、後半の鯛の福探しの話だけで独立しそうです。それだけ、話の作り方が複雑になってきたということでしょう。
 それに伴い、これまで作者は、個人の行動や感情をうまく描出し、感動的な話を語ってきました。それが、この作品では、集団の動きが描けるようになったと思います。描写力に加えて、筆力と描き分けが巧みになったからでしょう。集団が描けたのは、私の知る範囲では井上靖の戦国ものです。この作者の進歩は、今後の作品をさらに楽しみにしてくれます。【3】
 
 
■「夏天の虹―哀し柚べし」
 人との別れを語ることが多いこの作者。情の掛け方が巧く抑制されてきて、爽やかさが伝わってくるようになりました。この適度なバランス感覚がいいと思います。
 また、添景としての月や星も効果的です。ここでは後半の燕の雛の様子など、話題に絡ませながら演出に活用しています。
 末尾での吉原炎上は圧巻です。作者が描写力を身につけたことを、ここでも確認できます。迫り来る火の粉が眼前に見えるような迫力が伝わってくるのです。
 幼馴染の野江の髪が焦げた匂いで嗅覚が戻った澪は、新たな物語世界に突き進んで行きます。
 これまで情に訴えることにかけては高く評価していた私は、この火事場を描き切った作者の急成長を、こうした場面の描写を通して確認することができました。
 さらなる完成度の高い作品が書かれることを、楽しみにしたいと思います。もっとも、今夏はお休みとのことなので、来年の春3月までのお預けです。【5】
posted by genjiito at 22:31| Comment(0) | 読書雑記

2012年04月08日

京洛逍遥(223)お花見と御所の一般公開-2012春

 待ちわびた春の陽気に誘われて、風の冷たさが心地よい賀茂川縁を散策しました。

 ご近所の琵琶湖疎水通りでは「お花見 下鴨 さんぽっぽ」というまち作りフェスティバルをやっていました。
 
 
 

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 満開の桜の下で、野点釜のお薄を一服いただきます。和菓子の桜餅と三色団子は、写真左の笹屋吉清のものでははなくて、下鴨中通りの和菓子屋さんのものでした。
 笹屋吉清の桜餅は、昨日自宅でお茶を点てた時にいただきました。2枚の桜の葉で包んだもので、道明寺餅も粘りがありました。近くに和菓子屋が多いので、いろいろな楽しみがあります。
 京都府立大学ギターマンドリン部などの花衣コンサートもありました。

 賀茂川の両岸では、いくつか桜の花が咲いていました。
 
 
 


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 鷺や鴨たちも水が温みだしたのを楽しんでいるようです。
 
 
 
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 上賀茂神社まで上っていくと、社前の芝生ではチャリティーバザーをやっていました。
 
 
 
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 賀茂川を下り、最終日だった御所の一般公開に足を向けました。
 今回は、紫宸殿の前の庭が、承明門のある南の方に広く張り出すようになっています。これで、紫宸殿全体が写真に撮れるようになりました。細かな心配りに感謝します。
 
 
 
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 毎年春秋の一般公開では、さまざまな道具や人形が展示されるので、有職故実のいい勉強の場にさせていただいています。
 今年は、馬具が出ていました。
 
 
 
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 内親王の板與は初めて見ました。
 
 
 
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 御所の桜もみごとでした。背景の松と配色がいいと思います。
 
 
 
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 帰りに、ユキヤナギの陰を借りて、出町柳の仕出し屋さんで買ったお総菜でお昼にしました。
 
 
 
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 天気のいい日には、こうして川中の鷺や鴨たちを見ながら、河原でお総菜を食べています。今日はポカポカとして、まさに行楽気分でした。

 この下鴨の川縁から植物園前の半木の道の桜並木が満開になるのは、次の週末のようです。
 桜のトンネルを見上げながらの賀茂川散策を、今から待ち遠しい思いでいます。
posted by genjiito at 23:04| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2012年04月07日

科研の報告書に製本ミスが見つかる

 4日前に、「今西科研の報告書と正徹本のデータ」(2012年4月 3日)という記事を書きました。そこで紹介した報告書に関して、製本の不備が見つかりましたので、取り急ぎお知らせします。

 当該報告書の表紙はこのようなデザインです。
 
 
 
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 そして、今は1冊だけですが、表紙をめくると次の頁から中程までの印刷が、上下逆転しているものがあるとの報告を受けました。大至急私の手元に返送していただき、私の方でもこの事実を確認しました。

 表紙をめくった最初の扉が、まず次のように逆転しています。
 
 
 
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 しばらくは逆転したものが順番に印刷され、ちょうど真ん中の60頁と61頁を境にして、この逆転現象が正しい状態にもどります。
 
 
 
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 60頁のノンブルが上にあり、61頁のノンブルが下にあることから、この状態が確認できると思います。
 つまり、印刷ミスではなくて、製本ミスのようです。

 とすると、このような報告書は、この1冊だけだとは思えません。

 3月の末に、この科研に関係する研究分担者、連携研究者、そして研究支援をしていただいている先生方と公的な機関に、約120冊ほどを郵送しました。今回は、その内の1冊に不備が見つかったのです。

 大急ぎで、残部と手元の冊子を確認したところ、このような不備のある報告書は1冊も見つかっていません。ということは、先月末に発送した中にだけ、何冊かは不備があると思われます。

 誠に申し訳ありませんが、お手元にこの報告書が届いている方で、このように頁が逆転した製本ミスのものをお持ちの方、もしくは所在をご存知の方は、大至急連絡をいただけませんでしょうか。実態と実数を知り、早急に取り替えの対処をしたいと思います。

 今日は週末なので、来週早々に印刷所にもこのような状況になっていることの報告と確認をし、原因を明らかにしたいと思います。

 印刷済みの報告書が納品された段階で、冊子の中身を確認しました。発送前にも、背表紙裏にDVDを貼り付ける作業をする過程で、バラバラと中に目を通したつもりです。しかし、実際に1冊は明らかに不備があります。

 予想外のこととはいえ、ご迷惑をおかけした機関および研究者の方々からの連絡を待つしかありません。
 ご協力の程を、どうかよろしくお願いいたします。
posted by genjiito at 22:39| Comment(0) | ◆情報化社会

2012年04月06日

江戸漫歩(52)咲き初めた深川と立川の桜

 今年は、桜の開花が例年よりも遅いようです。京都も東京も開花宣言がなされました。しかし、まだ蕾が目立ちます。明日、明後日あたりには満開となるところが多くなることでしょう。

 通勤途中で、桜をカメラに収めました。
 宿舎に近い黒船橋から中央大橋を望みました。
 
 
 
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 お江戸深川のさくらまつりには、この大横川の両岸から桜が枝垂れかかって、川面が桃色に変わります。
 今はその賑わいを、ひっそりと待っているところです。

 立川の職場へは、いつもはモノレールかバスを使っています。しかし、この桜の季節になると、立川駅から歩いて通勤します。20分ほどでしょうか。
 
 
 
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 自治大学の南側の通りでは、もう相当花が開いています。
 ここは、桜のトンネルになるので、毎年ここを歩くのが楽しみです。
 
 
 
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 6月末から、娘のお婿さんがこの自治大学に3ヶ月ほど勉強のために来ることになっています。今は通信教育でたくさんの宿題を課せられて大変だとか。
 気の置けない人なので、気楽に立川あたりで飲んだり食べたりできることが、今から楽しみです。
 本人と娘は、連れ回されることを警戒しているようです。手厚く歓待しましょう。妻は、お弁当を二つ作ってあげようか、などと言って、これまた楽しみにしています。

 今年も桜が忘れずに咲いてくれたことに感謝しています。
 最近の関東地方を含めての太平洋岸は、地震や津波や放射能のことで、何かと心がザワザワとしています。

 私のいる宿舎は、東京でも一番危険だと言われている地域にあります。隅田川の河口なので、地震もそうですが津波で一欠片もなくなる可能性が危惧されています。今、5階建ての2階に住んでいます。

 宿舎はもう老朽化しており、立て替えを待っているところでした。なにしろ、恩師伊井春樹先生が国文学研究資料館の設立当初である1972年から10年間お住まいになっていた、そこに今私が住んでいるのです。40年前のままの建物なので、確かに地震にも津波にも抗える足腰は備えていません。やっとのことで建っている、という状態です。

 押し入れの柱が相当沈み込んでいて、襖を開ける時は渾身の力が求められます。というよりも、なるべく開けないようにしています。そうかというと、押し入れの上段の襖は、支えがないとハラリと落ちてきます。そんな状態の住まいに急遽耐震補強工事がなされるのでは、というニュースが入ると、解体して立て直すだけの時間すら待てないのかと、不気味さで心穏やかではなくなります。それだけ、危険が身近に迫っているのだ、ということを、こうした話題を耳にするたびに実感しています。

 週末の京都行きは、疎開という意味合いが濃くなってきました。
 今日は何かと忙しいこともあり、これから夜行バスで一路京都へと帰洛の途につきます。
 ただし、名神高速道路は東海道沿いの道です。そこを走るバスなので、危険地帯と言われる地点を移動するリスクから逃れられないことは同じです。しかし、ジッと待つよりも、西の方角へ身体を平行移動することに気分的な安心感があるのです。
 疎開ということばの意味が、しだいに我が事として感じられ出しました。
posted by genjiito at 22:51| Comment(0) | 江戸漫歩

2012年04月05日

『インド国際日本文学研究集会の記録』が出来ました

 私がインドへ通い続けて、早いもので10年になります。
 この間に、「インド国際日本文学研究集会」を毎年開催し、今年の2月で7回目となりました。そして、この第7回がファイナルセミナーとなったのです。

 そうしたことから、これまでの記録をこの時点で整理して、1冊の冊子を編集作成することになりました。それが、『インド国際日本文学研究集会の記録』(非売品、伊藤鉄也編、国文学研究資料館発行、2012年3月31日、全89頁)です。
 
 
 
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 「インド国際日本文学研究集会」は、インドのニューデリーを会場として開催し、日本文学に関する情報交換と研究報告を通して、日本文学の理解を深め研究成果の共有を目指すものとして実施されました。また、日本文学に関するこれからの研究者や理解者を育成するために、大学院生と学部学生の参加を強く促す性格を持たせていたことも特徴の一つでした。

 「インド国際日本文学研究集会」がスタートしたのは、平成16年です。ネルー大学のアニタ・カンナ先生とデリー大学のウニタ・サッチダナンド先生と共に、〈インド日本文学会〉を設立し、この研究集会の母体として運営実施してきました。その内容は、講演と研究発表および研究報告や共同討議、さらには学生たちとの交流イベントです。日本から、研究の最先端で活躍中の先生や大学院生を、毎年2、3人お連れしました。

 各回の内容は、次の一覧の通りです。
 
 
 
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 平成24年2月19日の第7回をもって本研究集会は終了しました。
 私が最初にインドへ行った年が、ちょうど日本インド国交樹立50周年を記念する年です。そして今年は、日本インド国交樹立60周年です。記念すべき年と重なったことになります。

 これまでに、国文学研究資料館からは今西祐一郎館長(第5回、第6回)、入口敦志(第1回、第4回)・青田寿美(第2回)・陳捷(第3回)・江戸英雄(第5回)・相田満(第6回)・神作研一(第7回)・山田哲好(第7回)・伊藤鉄也(各回)が訪印して、日本文学の実情を語り伝えてきました。
 また、総合研究大学院大学文化科学研究科日本文学研究専攻の大学院生5名(金時徳・七田麻美子・張培華・陳可冉・佐々木比佐子)も現地へ足を運び、研究発表と学生との交流をしています。
 さらに他大学からは、スティーブン=ネルソン(法政大学教授)・菅原郁子(國學院大學大学院生)・神田久義(國學院大學大学院生)も同行して現地で研究発表を行っています。
 多彩な顔ぶれが、インドの地で日本文学について刺激的かつ啓蒙的な研究発表をしてきたのです。

 本研究集会では、2つの点でインドの方々と共通理解を持つことを目指しました。
 まず、お互いが持っている情報を共有し、このような研究集会を毎年継続して実施するために協力・努力したことです。国際交流基金の派遣事業プログラムや国文学研究資料館と総合研究大学院大学等の海外派遣経費によって日本側の研究者が現地に赴き、直接インドの先生方や学生たちと最新の研究成果や文学研究情報を語り伝える機会を得たことは、非常に有益であったと思います。また、国文学研究資料館の主導のもとに、インドのネルー大学やデリー大学との主催・共催・後援によって継続的に実施できたことは、インドにおける日本文学研究の基盤作りにおいて貴重な成果となっています。

 研究集会には、各回50人から80人の参加がありました。ほとんどがインドの先生と学生です。
 本報告書はインドの地で開催された「インド国際日本文学研究集会」の全7回分の記録を、日本側の資料を基にして整理してまとめたものです。併せて、集会に参加して研究発表を行った日本側の教員と大学院生の〈コラム〉を、各回に配して編集しています。研究集会の内容とその雰囲気が伝わるように、写真も多数収載した構成となっています。海外の方々が読みやすいように、印刷した文字も大きめで、ゆったりと紙面を作成しました。

 本書はあくまでも、日本側からの視点でまとめたものです。いずれ、インド側の記録や先生と学生の〈コラム〉を総合した報告書がまとめられたら、と思っています。
 そのためには、もう少し時間をください。

 目次は以下のようになっています。


《平成16(2004)年度〜23(2011)年度版》

目   次

インド国際日本文学研究集会一覧(平成16年度〜平成23年度)
はじめに ─「インド国際日本文学研究集会」の記録を整理して─………… (3)
【第1回 平成16(2004)年度】………………………………………… (7)
  コラム(0)「国際交流基金から助成を受けた第1回」 伊藤鉄也……(13)
【第2回 平成17(2005)年度】…………………………………………(15)
  コラム(1)「インド・国際交流レポート」 青田寿美…………………(23)
【第3回 平成18(2006)年度】…………………………………………(29)
  コラム(2)「インドに響く琴の音」 伊藤鉄也…………………………(35)
【第4回 平成20(2008)年度】…………………………………………(37)
  コラム(3)「みたびインドへ」 入口敦志………………………………(41)
【第5回 平成21(2009)年度】…………………………………………(47)
  コラム(4)「研究集会と展示」 伊藤鉄也………………………………(53)
  コラム(5)「インドで感じたこと」 陳可冉……………………………(57)
  コラム(6)「インド春宵」 佐々木比佐子………………………………(62)
【第6回 平成22(2010)年度】…………………………………………(65)
  コラム(7)「野良牛の消えた街で」 相田満……………………………(69)
【第7回 平成23(2011)年度】…………………………………………(75)
  コラム(8)「犀の角のように」 神作研一………………………………(83)
  コラム(9)「はじめてのインド」 山田哲好……………………………(86)
おわりに………………………………………………………………………………(89)


 残念ながら、本書は少部数の印刷に留まっています。いずれインドの記録と合わせた形での報告書を考えていますので、今は国会図書館や国際交流基金などで閲覧していただくことになります。

 在インド日本国大使館、国際交流基金、ネルー大学、デリー大学をはじめとして、インドの研究者の方々、研究集会の会場運営を献身的に手伝って下さった学生諸君は、さまざまな形で研究集会開催に向けて取り組んでいただきました。心より感謝いたします。

 ひとまず、このような報告書が完成した、ということをここに記しておきます。
 インドと日本の関係者のみなさま。ご理解とご支援をありがとうございました。
posted by genjiito at 23:54| Comment(0) | ◆国際交流

2012年04月04日

米国議会図書館蔵『源氏物語』の報告書(その2)

 昨年に続き、『米国議会図書館蔵『源氏物語』翻字本文 若菜上〜幻』(高田智和他編、国立国語研究所、平成24年3月30日、全192頁)が完成しました。
 これは、平成23年度の人間文化研究連携共同推進事業として実施された「海外に移出した仮名写本の緊急調査(第2期)」の報告書です。すでに本ブログ「米国議会図書館蔵『源氏物語』の翻字本文が第41巻「幻」まで公開されました」(2012年3月 5日)で紹介したものの冊子版です。
 
 
 
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 この冊子版には、翻字本文以外に、「擦消一覧」と「特殊表記による和歌一覧」が巻末に付いています。特に後者は、本写本の特色を窺い知る上で貴重な資料となっています。

 冊子とウエブの両面からの公開により、米国議会図書館本『源氏物語』の書写実態に迫りやすくなりました。書写されている本文は、特に異文を持つような写本ではありません。しかし、古写本という文字資料としての価値に加えて、文化史から見える社会的背景を見せるその存在意義において、有益な情報の公開になっていると思います。

 一つでも多くの『源氏物語』の写本の情報を公開することの意義は大きいと思います。
 今後とも、このデータの活用が望まれます。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ◆源氏物語

2012年04月03日

今西科研の報告書と正徹本のデータ

 昨日の記事の最後に記した、現在進行中の今西裕一郎・国文学研究資料館館長の科学研究費補助金・基盤研究Aの平成23年度の成果報告書が完成しました。
 
 
 
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 この科研では、写本に書かれた「仮名」と「漢字」がどのように写し分けられているのかという視点から、多くの写本の書承関係や位相の解明をめざしています。従来の異文研究の成果を継承しながら、「表記」に注目することにより、〈表記情報〉の分析に取り組んでいるものです。

 平成23年度の報告書となる『日本古典籍における【表記情報学】の基盤構築に関する研究 第1号』(今西裕一郎編、2012年3月31日)には、DVDが付録として添付されています。
 
 
 
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 これには、国文学研究資料館蔵『源氏物語』(正徹本)全巻の翻字と影印が収録されており、個人的な利用に限り自由に正徹本が画像閲覧と翻字検索ができるようになっています。
 収録されているデータは「01国文研蔵正徹本源氏物語(画像)」と「02国文研蔵正徹本源氏物語(翻字).pdf」の2種類です。

 少部数の印刷でもあり、広くは配布されていません。ただし、この収録データに関しては、平成24年度中に国文学研究資料館のホームページから公開の予定となっています。いましばらくお待ち下さい。
posted by genjiito at 22:45| Comment(0) | ◆源氏物語

2012年04月02日

源氏物語の本文に関する座談会

 豊島秀範先生が、科学研究費補助金・基盤研究Aで「源氏物語の研究支援体制の組織化と本文関係資料の再検討及び新提言のための共同研究」を立ち上げられたのは、今から5年前の平成19年でした。
 活動内容については、ホームページ「源氏物語の本文資料の再検討と新提言のための共同研究」に、その詳細が記録されています。
 
 
 
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 平成22年度で4年間の取り組みが終了したことを受けて、その成果や課題について関係者5人で座談会を行ないました。昨年師走の中旬でした。それが『國學院雑誌』(第113巻第2号、平成24年2月)に掲載されています。
 
 
 
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 タイトルは「〔座談会〕源氏物語本文研究の現状と課題」。
 豊島秀範先生が司会で、参加者は、渋谷栄一、田坂憲二、中村一夫、伊藤鉄也でした。
 それぞれに、この科研に関わって思うところを自由に語っています。
 参考までに、その小見出しを列記しておきます。


一 座談会を開くにあたって
二 源氏物語本文研究の状況
三 データベース構築上の問題
四 本文研究の四年間の成果
五 イタリアでの学会について
六 今後の研究課題
七 今後の方向について


 ここでは、『源氏物語』の研究における根本的な問題である物語本文について、現状が具体的な事例のもとに提示されています。そして、この四年間の成果と課題が、それぞれの発言から浮き彫りになっています。

 街中で容易に手にできる、活字化された『源氏物語』の本文を読んで研究をするあやうさを、この座談会の中から実感していただけたら、と思っています。そして、若い研究者にこそ、こうしたテーマに取り組んでほしいと願っています。

 この座談会は、35頁ほどの分量です。読みやすい語り口で進んでいるので、ぜひともこれから『源氏物語』を研究対象にしようと思っている若手に、一読してもらいたいと思います。

 なお、この科研でやり残したテーマの一部は、現在進行中の今西裕一郎・国文学研究資料館館長の科学研究費補助金・基盤研究Aとして取り組まれている「日本古典籍における【表記情報学】の基盤構築に関する研究」に、発展的に引き継がれています。これは、平成22年から26年度までの5年間実施される共同研究です。この研究会の様子は、本ブログでも報告している通りです。

 『源氏物語』の本文の問題は、今後ともさらに深く追究されるテーマとなっています。
posted by genjiito at 22:42| Comment(0) | ◆源氏物語

2012年04月01日

京洛逍遥(222)下鴨神社の桜と糺市

 下鴨神社の糺の森は、いつ来ても気持ちのいいところです。
 南口鳥居から楼門を見やるアングルが、私は大好きです。
 
 
 
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 また、そこから振り返って、表参道を南に向き直って見通すのも、糺の森の神々しさを実感できます。
 差し込む光も複雑に流れています。
 
 
 
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 娘の結婚式がここであってから、ちょうど1週間が経ちました。あの厳かな余香が、ここにはまだ残っています。
 あの日は蕾だった桜も、ようやく数輪が咲き出しています。
 
 
 
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 今日は、糺の森の馬場で、第16回の糺市(フリーマーケット)がありました。これは、4月と10月に開催されているものです。
 
 
 
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 昨日よりも一段と寒くなったせいか、人手は少ないようです。
 
 
 
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 最近は、神社仏閣での手作り市が盛んです。この下鴨神社では、第5回目の森の手づくり市が、今夏七夕の日に開催されます。
 ここから賀茂川沿いに、葵祭の行列と同じように北上したところにある上賀茂神社では、毎月第4日曜日が手作り市です。それに負けず劣らず、この下鴨神社でもたくさんの人が集まるようになりました。今日は寒すぎて残念ですが。

 世界遺産と自然の森の中での掘り出し物や一品探しは、本当に楽しいものです。
 今日は、小さな畳を6枚手に入れました。
 ちょっとした物を乗せるのに重宝します。帰ってからお薄を飲んだ時に、鳥居横の宝泉堂で買った和菓子「賀茂葵」と和三盆の干菓子を乗せてみました。入手した小振りの畳は、大きさが3種類あるので、いろいろと工夫ができそうです。
 
 
 


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 帰り道は賀茂川畔を歩きました。
 北山を臨んでも、桜はまだ固い蕾です。開花までは、あと3日はかかりそうです。
 
 
 
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posted by genjiito at 23:31| Comment(0) | ◆京洛逍遥