2012年01月31日

庵の生活をめざして

 『方丈記』を著した鴨長明は、方丈の庵を折り畳んで移動していたとか。
 それに引き替え、私は何とたくさんのものを持って生きていることか。
 今回の家移りで、そのことを痛感しました。

 本にしても、資料にしても、はたまた道具にしても、たくさん持っていないと不安なのです。何かの時に身近にあれば当座は対処できる、という安心感を求めているのでしょう。
 しかし、これは今回の転宅で、いかに無益無用なものであるかがわかりました。

 本と雑誌は、6000冊以上を処分しました。
 我が家から出た不要品としての金属類は、1トントラックに山積みでした。
 家具やプラスチック製品など、粗大ゴミとして業者に処分してもらったものも、1トントラックに満載でした。
 これだけの物を抱えながら生きていたのです。

 妻からは、何でも大事に溜め込まないで、もっと身軽に生きたら、と常に言われ通して来ました。
 なかったら困るから、と言って捨てずに来ました。

 しかし、今回ばかりは、妻が何気なく言った「庵の生活」という言葉に、私の心が敏感に反応しました。思い直すきっかけをもらいました。

 そうなのです。京都の自宅を「庵」と思い、その「庵」で生活をするという気持ちに切り替えると、これまでの物に囲まれた生活が煩わしく思えて来出したのです。

 「庵」で生活をするには、まだまだ本も雑誌も多すぎます。
 公共図書館にある本は処分すると決めていたのに、それでもたくさんの本や雑誌を抱えています。さらに半分以下にするつもりです。

 コンピュータ関連の機材も、過去の記録やメモ類も、思い出に浸るための物は思い切って手放すつもりです。

 「つもりです」ではいけないので、自宅に帰るたびに「庵」という言葉を心に深く刻んで、迷わないでとにかく実践を続けることにします。

 まずは、3月末を最初の区切り目としましょう。こう宣言すると、家族の目を意識して、実践せざるをえないと思うのです。
 2ヶ月後が、我ながら楽しみです。
posted by genjiito at 22:58| Comment(0) | 身辺雑記

2012年01月30日

再録(10)発車後の新幹線の指定席を発券されたこと


今から14年以上も前の話の再録です。
(出所︰「大和まほろば発 へぐり通信」→「新・奮戦記」→「ハイテク問はず語り」→「2年目(1996.10.1〜1997.9.30)」→「新横浜のみどりの窓口のコンピュータは変!(1997.6.15)」)

 あれから相当時間が経過したので、今ではこのような間抜けな発券はJRもしていないと思います。それにしても、変なことはあるものです。

 この記事の最後で、〈オアシスポケット3〉というワープロ専用機を使って、これが新幹線の中で入力した文章であることがわかります。この〈オアシスポケット3〉を、私はOSレベルでデータベースマシンとしても使っていました。非常によくできた小型パソコンとして、大いに活用していました。今でも、記念に残してあります。


 
 
********************** 以下、再録掲載 **********************
 
◇新横浜のみどりの窓口のコンピュータは変!(1997.6.15)◇
 
 
 少し古い内容ですが、メモが見つかりましたのでアップします。
 新横浜で新幹線の切符を購入したときのことです。

 みどりの窓口で私の順番がまわってきた時間は「15:10」頃でした。新横浜発の京都行き「ひかり」は相当後まで満席だということなので、東京経由で指定席を取ることにしました。窓口のオペレーター氏は手際よくキーを操作して、「最後の一枚が禁煙席で残っていました。」とのこと。

 すぐに新横浜〜東京の自由席券と東京〜京都の指定席券を受け取り、自由席で東京へ。乗り換え時間は充分あるとのことでした。
 東京に着くとすぐに出発ホームを確認しようとして、壁に取り付けられている列車の行き先表示の発車時刻を見たとたん、何が何だかわからなくなって呆然としました。手にしている券面の出発時間は「15:03」となっているのに、駅の発車表示はすべて16時台なのです。
 とっさに、映画「ザ・インターネット」のまねをして、駅の時計表示や発着表示を誰かが混乱させているのかと思いました。
 慌てて自分の時計を見ると、「16:50」なのです。「15:03」発の「ひかり239号」などあるはずがありません。

 気を取り直して、ここまでのことを振り返りました。
 新横浜のみどりの窓口で私の順番がまわってきた時間は「15:10」頃です。発券された時点で、券面に表示された「15:03」の列車は、すでに出発していたことになります。すでに出発した列車の指定席券をコンピュータが発行するとは、どういうことなのでしょうか。
 そんな指定席券を、疑いもせずに受け取った私の不注意は反省しますが、ことはそんな個人の問題ではないと思うのです。

 とにかく、私が乗る列車はないのです。すぐに東京駅のみどりの窓口に駆け込みました。しばらく行列の中に身を置き、ようやく私の番がきました。事情説明をすると、何と事も無げに、

今なら次のグリーン車になり、それなら4千円ほどの追加料金を払ってください。自由席にするなら500円ほどの返金になります。


と、無愛想に言われたのです。

 奥の職員に、「新横浜の○○です。」とささやきかけているのを耳にし、あまりに対応が失礼なので、窓口の担当者の女性の氏名を覚えておくことにしました。
 後ろに人が何人か並んでいるせいもあって、その窓口の方は、とにかくどうするのかをしつこく急がすのです。どうでもいい気持ちになり、自由席券と510円の払い戻しを受け取り、その場を離れることにしました。
 どうにも腑に落ちないので、でたらめな時間で発行された特急指定席券の発券番号を、帰り際にしっかりとその女性から聞き出してメモをしました。
 券面の右下には「06616−01」、左下には「913(3− )と書かれているものでした。

 新横浜のみどりの窓口の左側のコンピュータを操作しておられた方に、この場を借りてお伝えします。その発券機のコンピュータは壊れていますよ。
 あなたがキー入力かキー操作を間違ったとしても、すでに出発している列車の指定席券を発行してしまうコンピュータのそのシステムは、どう考えてもおかしいのです。あなたは、最後の一枚の、それも私が希望する禁煙席で、おまけにロスタイムのない乗り継ぎで京都まで行ける最高にラッキーな指定席券を私に渡すことができて、本当によかったと思っておられたはずなのですから、私も感謝します。だから私は、タイミング良く取れた指定券を、ありがたく受け取ったのです。結果的には、すでに出発した列車の指定席券だったわけですが。

 さて、東京駅で自由席特急券を手にすると、こんどは自由席を待つ行列に並びました。そして、どうにか自由席に座り、今こうして、今しがたあったことを割り切れない思いで、愛用の〈オアシスポケット3〉に入力しています。

 今日は、妻の誕生日であり、父の日です。自宅でお婆ちゃんや妻や3人の子供たちと一緒にお祝いをするはずでした。感謝の気持ちの受け渡しができなくなったことが、非常に残念です。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ◆情報化社会

2012年01月29日

子供たちの成長を確認した1日

 引っ越し後の整理に追われる、何かと多忙な1日でした。
 賀茂川の早朝散歩の後は、荷物の整理に没頭です。

 そんな中で、お昼前には娘たちと共に、3月に下鴨神社であげる結婚式のために、金閣寺前の衣装屋さんで先方のご両親と打合せをしました。
 新郎の羽織袴は、定番といえば定番ですが、それにひきかえ新婦の衣装の多彩さは目を見はるものがあります。

 鶴を織り込まれた白無垢や、豪華絢爛な御所車の打ち掛けなど、平安時代の雰囲気が漂っています。
 
 
 
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 特に、下鴨神社の専属という衣装屋さんなので、葵祭をイメージした御所車の美事な西陣の織物は、しばらく見とれるほどのすばらしい出来でした。一と月前に読んだ、「水上勉の『西陣の女』」(2011年12月26日)に描かれた織物の世界を思い起こしました。
 娘ならではと言いたいところですが、これなら、誰が着ても引き立ちます。
 それにしても、お似合いの2人です。下鴨での祝宴の日を、今から心待ちにしています。
 みんなで、和やかで楽しい語らいの一時を過ごしました。

 一緒にお食事をする暇もなく、すぐに大徳寺経由のバスで引き返し、これまでいた家の大掃除です。
 これも、点検するとたくさんの品物が残っていました。
 大急ぎで荷物を移動したために、その時には見えなかったものがいかに多かったが、あらためて見回すと目に付きます。

 長男にも来てもらいました。獅子奮迅の働きをしてくれました。頼もしくなった息子を、改めて見直しました。とにかく、キビキビと片付けをしてくれるのです。1人で生活をしている内に、さまざまな生きる術を身につけたようです。逞しく育っています。

 車のない生活をしていることもあり、2人で3台の照明器具を担ぎ、運び忘れた姿見を小脇に、さらには大きな荷物を背負って、暗い道を急ぎ足で新居に辿り着きました。
 着くやいなや、私の本を詰め込んだ段ボール箱200箱を移動してもらいました。
 まもなく帰ってきた弟も、加勢してくれました。兄弟で、これまた重たい箱を運び下ろしたり上げたりと、実によく立ち働いてくれました。息子たちに感謝しきれないほどの世話になっています。こんな時、男の子の存在のありがたさを、黙々と動いてくれる姿からにじむ温かさの中に感じました。

 夜遅くまで、私の本と格闘してくれた息子たちは、ぐったり疲れて食事に行きました。
 5年前の、奈良から京都に引っ越した時にも増して、その手伝いぶりが逞しくなったように思われ、安堵することの多い家移りとなっています。
 まだまだ、荷物の整理は続きます。小さな庵に移ったという自覚を持ち、身の回りの多くの本や資料などを、とにかく半分以下に減らすことに専念する決心をしました。物を持たない生活を強く意識したいと思っています。
 なんとかなるという思いを強くして、また東京での仕事に走り回る日々に突き進んでいくことになります。
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | 身辺雑記

2012年01月28日

池田亀鑑賞の選考会

 今日は、池田亀鑑賞の選考委員会がありました。

 会場は、本賞の委員長である伊井春樹先生が館長をなさっている、逸翁美術館・池田文庫の会議室でした。
 委員5人で慎重に応募作について討議し、池田亀鑑賞の受賞者の決定に至りました。
 近々、「池田亀鑑賞」のホームページ(主催:池田亀鑑文学碑を守る会)を通して発表があります。お楽しみにお待ちください。

 なお、3月10日には、予定通り「日南町で授賞式」が執り行われます。
 翌11日には、池田亀鑑関係の地を、伊井委員長をはじめとして選考委員全員と希望者のみなさんで、日南町のバスをお借りして現地踏査をする計画があります。

 池田亀鑑の生誕の地である日南町は、大阪から岡山経由で3時間の所にあり、井上靖や松本清張ゆかりの地でもあります。授賞式と共に自由参加なので、この機会に小旅行の計画を検討なさいませんか。
 追って、ホームページで案内があると思います。

 選考会が終わってから、逸翁美術館で開催中の「2012早春展 呉春の俳画と写生画」を拝見しました。特別公開された重要文化財の「白梅図屏風」には圧倒されました。

 その呉春の絵のすばらしさの一端が見られたことのうれしさと共に、私はそれに加えて、展示室の奥のコーナーにあった逸翁(小林一三)と茶の湯の深いつながりがわかる「逸翁茶会記」も興味深く拝見しました。

 今日は、昭和31年3月11日に催された「北摂丼会」の時のお茶道具を見ることができました。
 逸翁所蔵のお茶会の道具は、今でも再現できるほどに、そっくりそのまま大切に保存されているそうです。
 展示されていた床のお軸が呉春筆であったことと共に、お茶道具で私が注視したものは以下の品々です。

床 :柳小禽図 呉春筆 江戸時代
釜 :筋万代屋 辻与次郎作
茶碗:高麗玉子手 篷雪銘「槿花」 朝鮮王朝時代
茶杓:共筒 銘「雪解」 古市自得作 江戸時代
棗 :こぼれ梅花蒔絵 原羊遊斎作 江戸時代
花入:古備前耳付 江戸時代

 こうしたお茶道具に目が行くようになったのも、自分がお茶に興味を持ち、お稽古を始めたためです。いろいろな道具を立ち止まってじっと見られるようになったことは、お稽古は遅々として進みませんが、少しずつお茶に親しんできた証ともいえます。

 折々に、こうした機会を持ちたいと思っています。
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | 池田亀鑑

2012年01月27日

雑誌と切り抜きの整理

 引っ越しの当日ともなると、家の各所からたくさんの資料が出るわ出るわ。
 書籍以外に、雑誌やメモの処分も大変です。
 すでに引っ越し屋さんが来ている中で、出てきた資料の処分を即決します。

 雑誌は、国文学研究資料館に収蔵されているものならば、国文学論文目録データベースで検索して、あればコピーが入手可能です。自分がその論文本体を、常に自宅に持っていなくてもいいのです。そこで、国文学研究資料館になさそうなもの以外は、すべて処分することにしました。
 本当は、自分の手元に置いておき、いつでも見られる環境が理想的です。しかし、物理的に空間という制約があるので、入手可能なものは持たない、ということに徹することにしました。
 それにしても、雑誌の特集は頭を悩ませます。興味のあるテーマの論文などがそこに並んでいるのです。思案の挙げ句、後でコピーで読めるのだからという論法で、予定通り処分ということにしました。どんどん、処分候補の雑誌の山が高くなっていきます。

 新聞などの切り抜きは、過去の記事をデータベースなどで検索できます。しかし、データベース運用会社との契約や会員になることが必要です。デジタル版の新聞の購読も、まだしていません。今は、思いついたら気軽に新聞紙などを切り抜いています。
 最近では、エバーノートというアプリケーションを使って、写真撮影をして保存するようになりました。それでも、過去のものはデータベース化していないので、今日の段階では切り抜きのすべてを保存することにしました。

 私が亡くなったら、家族がこうした仕分けをしてくれるのでしょうか。おそらく、いろいろと思い出す契機にはなっても、結局はすべてを処分されることでしょう。そのことを思うと、こうして自分の手で自分が集めた資料を整理し、そして悩みながら処分できることの幸いを、ふと思いました。
 この楽しみは、これからまだ先もずっと体験できます。処分するかしないかという判断の即決を、2時間ほどの間に3,500冊近くに対しておこないました。なかなかスリリングな仕分け遊びでした。
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ◆情報化社会

2012年01月26日

本を処分すること

 奈良から京都に転居する時に、持っていた本の3分の1を処分しました。
 「本たちとの別れ」(2007年6月25日)には、いつもつらい思いがあります。

 京都に来てからは、本を処分するのは3回目です。
 これで、相当減ったはずなのですが、見た目はそんなに減っていません。

 今回、公共図書館にある本は処分する、という強い意志で臨みました。
 それにしても、いつか読もうと思って買った本の多いこと……。
 一冊一冊が、特に専門書は安くないので、その時々に思い悩みながら買った本なのです。それぞれに愛着があるので、なかなか処分する決断が下せない本が多いのには、困ったことです。
 その点、全集やセット物は思い切り決断が下せるので気持ちが楽です。

 私は、本に線やメモを書き込む癖があるので、なかなか売りにも出せないのです。
 傍線を引いた箇所は、後で論文などに引用しようと思ってしたものです。しかし、そのほとんどは活用しないままに、この日を迎えることとなりました。その傍線を引かれたところに記された文章とは、縁がなかったということにします。

 本の裏に、購入日と価格のメモを記しています。こんなにたくさんの本をよくも買ったものだと、今更ながら感心しています。この数十年間は、書籍とコンピュータにお小遣いを使ってきたのです。そのお陰もあって、いろいろな仕事をしてこられたので、これでよしと思っています。

 本日、よく知っている古書籍を扱う方に、処分を予定していた半分を引き取ってもらいました。残りは、古紙を扱う業者に、すぐに裁断してもらうということで引き渡しました。

 私の部屋から、今日1日で2,000冊以上の本がなくなりました。身が軽くなったように思います。
 
 
 
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 本の仕分けをしながら思いました。この本を読んだから、いまの自分があるのだと。
 しかも、知っている方の手を通して、他の人に読んでもらえる幸運を待つことになります。
 本たちの、これからの出会いを温かく見送ることができて、これで一安心です。
posted by genjiito at 22:53| Comment(0) | 身辺雑記

2012年01月25日

糖質制限食にやはり餃子は禁物

 最近、体調が良好で食欲もあり、自分の身体に消化管がないことを忘れてしまうくらいです。
 ただし、朝はあまり食べられません。また、食事を少し急ぐと、すぐにお腹が痛くなります。これは、消化活動に時間がかかるせいだと思われます。

 ゆっくりと焦らずに、と自分に言い聞かせて食事をするようにしています。
 そして、可能な限り家族と一緒に食べています。
 話をしながら食事をすると、快適にお腹に収まっていくのです。不思議なものです。
 会話というものの大切さを、身にしみて感じています。

 体重も少しずつ増えています。
 一昨年夏の手術前には54キロはあった体重が、昨年の秋口には46キロ台まで落ちていました。それが、最近は48キロ台が続いています。49キロという日もあるので、春先までには念願の50キロに手が届きそうです。
 体重計に乗るのが楽しみになっています。

 現在は、血糖値のコントロールに専念し、糖質制限食を日々こころがけているところです。
 そんな中、よく薄味で注文するレバニラ炒めは、血糖値をほとんどあげないので、折々に食べています。そこで、つい調子にのって、大好きだった餃子一人前を一緒にたのんでみました。お昼ご飯だったので、午後に身体を使う仕事をすればバランスをとれるだろうと思ったのです。
 懐かしい餃子が6個のった皿を見て、気持ちが豊かになりました。ジューシーな味で、大満足でした。

 帰ってから、1時間後の血糖値を測定すると、腰が抜けるほどの数値でした。何と、これまでの最高とでも言える、「417」だったのです。
 これは大失敗でした。体調が良かったために、つい気を許しすぎました。たまにはいいとしても、やりすぎでした。
 2時間後の数値は「199」と大幅にダウンしたので、この後は「100」前後に落ち着いたはずです。
 この大幅なダウンも、血管に与えるダメージが大きいのでよくないようですが……

 以前、思い切って回転寿司に挑戦したことがありました。その時には、1時間後が「342」で、2時間後が「172」でした。これもチャレンジ失敗で、非常に残念な思いをしました。

 時々、いろいろなものに挑戦しています。

 スーパーのお総菜は砂糖類をふんだんに使っているようなので、ほとんど買いません。
 お弁当は、半分はご飯であることに加えてフライが多いので、ほとんど私が食べられるものがありません。もったいないので、定食と共に手を出さないことにしています。
 そのせいもあり、街中のお店で糖質制限に向いたメニューは、注意深く探しています。

 最近では、チキンやポークのステーキを食べることも多くなりました。また、海鮮鍋も大丈夫です。もちろん、豆腐料理。カレーも、キーマが主体のものは安心です。これらを、ご飯やパンを抜きで注文しています。

 カロリーコントロールではなくて、糖質制限食にしてからは、レストランや食堂で食べるときに計算をしなくていいので、ゆったりと好きなものが食べられます。そして、なによりもカロリーを低く抑える努力がいらないので、メニューの範囲が格段に拡がったのです。

 それにしても、今回の餃子は冒険しすぎでした。
 しかし、今後とも、こうした挑戦は折々に試みていくつもりです。

 昨日の情報で、糖質制限食の対象となっていたチョコレートが、安心して食べられるものをついに開発されたそうです。もともと、私はチョコレートをあまり食べませんでした。しかし、絶対に食べてはいけないとされていたものが、こうして少しずつ糖質制限食の仲間として候補にあがるようになっていくのは、大いに歓迎すべきことです。
 さらなる開発に期待したいと思います。特に、糖質0のお寿司を、誰か開発してもらえないでしょうか。

 今後とも、糖質制限の食材やメニューが増えることを、ひたすら楽しみにしています。
posted by genjiito at 22:58| Comment(2) | 美味礼賛

2012年01月24日

京洛逍遥(218)工事現場が好きな鷺たち

 賀茂川は、鷺たちの楽園です。
 種類が多いのは、下鴨神社の南側、糺の森の西側の河原です。
 
 
 

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 北大路橋の下流域の中洲では、堆積した土砂や植生物の撤去が急ピッチで進んでいます。
 最近の様子を記録に留めておきます。

 掘り起こされた土砂の周辺には、餌がたくさんあるようです。
 鷺たちが集まって来ています。
 
 
 

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 食べ物のためだけではなくて、ブルトーザーなどの賑やかな音も好きなのでしょうか。
 
 
 

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 我が家の長男が幼稚園の頃、働く車が大好きでした。働く車の歌を唄いながら、工事現場へ行っては遠巻きに一緒に見物したものでした。仕事場のおじさんたちに頼んで、ショベルカーに乗せてもらったりしていました。
 あのアームの形や動く様子に、子どもたちは興味津々という時代があったのです。

 はたして、鷺たちもそのような性格を持ち合わせているのかどうかはわかりません。
 とにかく、賀茂川の鷺たちは、土砂の採取や撤去の現場が好きであることは確かです。
posted by genjiito at 22:12| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2012年01月23日

京洛逍遥(217)物思いに耽る鷺とはしゃぐ鴨たち

 週末の京都の冬は、東京にくらべるとやや一休み、という感じでした。

 北山は雨上がりのせいか、遠くが霞んでいます。
 上空には、ユリカメモでしょうか、2つのグループが離合集散しながら飛び回っています。
 
 
 

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 いつも渡る飛び石のすぐ傍で、これまたこの一帯の住人とでも言うべき鷺がお散歩中でした。
 
 
 

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 我が家に近い川縁にはしだいに鴨たちが集まりだし、賑やかになりました。
 
 
 
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 少し下手では、貴婦人のような鷺が、これまたこの地域の住人である鴨一家に取り巻かれて、何を思うのかジッとしています。安心しきった仲間同士の朝の語らい、という印象がします。
 
 
 

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 孤独な鷺もいます。鴨たちにも好き嫌いがあるのか、大挙してこの鷺のそばを素通りして行きます。
 
 
 

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 鷺君も、ここにいても楽しくないのか、移動することにしたようです。
 
 
 

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 さらに下ると、日の出をジッと待つ鷺がいました。
 
 
 

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 兄弟なのか、よく似た鷺がジッと黙考しています。
 
 
 

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 早朝の賀茂川では、いつものように鷺と鴨が元気に一日の活動を始めていました。
 もっとも、活動と言っても、何をしているのか私には定かではありません。
 じっと物思いに耽っている鷺と、ひたすら泳ぎ回ったり逆立ちをして川底の食べ物を漁る鴨たちにしか見えませんが……

 北大路橋から南を望むと、中洲の土砂もそうとう掬い取られたようです。
 川の流れも、いくぶん早くなったように思われます。
 
 
 
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posted by genjiito at 22:44| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2012年01月22日

茶道から空間感覚を学ぶ

 平群の里へ、お茶のお稽古に行きました。1ヶ月半ぶりです。
 生駒駅で娘夫婦と待ち合わせました。3月にあげる下鴨神社での念願の結婚式で、新郎新婦が両親にお茶を点てるという企画があるようです。立礼で行なうとのことで、2人はそのお稽古をしているのです。

 今日の私は、炉手前の「運びの薄茶」というお稽古を2回やりました。しかも、いろいろと私が勝手なお願いをしたこともあり、お茶室へ入る位置や、釜の蓋を開ける時に、素手と帛紗扱いの2つのやり方を教えていただくなど、先生には何かと面倒をおかけしました。釜の蓋を開けるのは、一般的に男性は素手で、女性は帛紗扱いなのです。

 炉手前は初めてです。
 建水を持って手前座に進み、炉縁の横に身体を少し右向きに座る時、早速その位置取りで戸惑います。
 膝を炉縁の内隅に向けるのですが、畳と炉縁の線をジッと見詰め、座る位置を見定めながらということになります。身体がさっと適当な位置を覚えるまで、しばらく時間がかかりそうです。

 また、柄杓を置く角度や棗の上に茶杓を乗せる角度も、斜め向きの身体に合わせるので、畳の線と平行ではないことから、どうも視線が落ち着きません。お茶室の空間に引かれる線が、どうも摑めないのです。
 水差と棗と茶筅が並ぶ位置などは、数学分野の幾何学で、図形を扱うときに引く補助線を意識するといいようです。
 どうやら茶道の初級段階では、空間に関する感覚が求められているように思われます。確かに、これは慣れるしかありません。

 風炉の時、釜に柄杓をあずける際の合は上向きでした。しかし、炉では合を下向きにします。また、炉では切り柄杓も引き柄杓もありませんでした。その意味では、柄杓の扱いは炉の方が楽に思えます。

 棗や茶杓を清める所作などは、これまで教わった通りです。しかし、しばらくやっていなかったこともあり、いやはやパニックの中で、これまでのことを思い出しながら、新しいことを1つでも覚えようと、頭をフル回転で臨みました。
 これまでやったことと、新たに出てくる所作がごちゃ混ぜになります。おまけに、忘れていたことを思い出しながら動作を続けるのですから、これはなかなか手強い訓練です。しかし、それがまたおもしろく、楽しくなるのです。

 おっかなびっくりでお稽古をしていたからでしょうか。先生からは、身体が縮こまって丸くなっているので、お腹に力を入れて、背筋を延ばして、と注意を受けました。必死になると、確かに身体を縮めてしまいます。どんなことがあっても、慌てず騒がす、ゆったりと、という心構えを、つい失念してしまうのです。
 さらには、右足の甲が痛くなり、膝で身体を左右に動かす時に難儀しました。長時間座っていられるのですが、どうやら座り方がよくないようです。もう少しつま先を開いて、お尻をどしんと落とすようにした方がいいようです。

 道具拝見のお稽古も初めてでした。これまでは、他の方のやりとりを何となく見て聞いていました。しかし、いざ自分がやると、ああ、そういえばそんな対応を見てきたのだな、ということを実感しました。他人事だったことが、自分に降りかかって来て途端に慌てる、という構図です。

 身体で覚えることが大事なので、お稽古の回数がものをいうことは承知しています。
 とにかく小まめにお稽古に通うこと。これが私にとって今一番の課題です。

 横で立礼のお稽古をしていた娘夫婦も、いろいろ思案している様子です。それでも、式の中でこうしようか、とか、ああしようかなどなど、何やら楽しそうです。先生からのアドバイスを参考にして、新郎と新婦の役割を変更したようです。
 晴れの儀式に茶道を取り込む工夫をしている娘たち。新しい生活にお茶をいただく空間を創ろうとしている私。
 お作法を覚えるという悩ましいことはあるにしても、日々の楽しみがこうして少しずつ増えていきます。
posted by genjiito at 23:54| Comment(0) | 美味礼賛

2012年01月21日

インドに関する拙文一覧

 これまでに私がウエブ用に書いた文章の中から、インドの様子がわかるものを抜き出して整理をしました。

 【ホームページ〈へぐり通信〉】と【ブログ〈賀茂街道から2〉】などで公開した記事を可能な限り拾い集め、その「タイトル」「掲載年月日」「ウェブ・アドレス」を一覧にしました。

 まだまだあったのですが、2002年3月から2007年7月までのものは、データを預けていたサーバーがクラッシュしたことにより、その一部しか復元できていません。それらについては、今後とも折々に再建したいと思っていますが、手こずっています。
 手元には記事に使用した資料がたくさんあるので、またいつか機会を見て、ということにしておきます。

 以下の記事一覧は、ニューデリーでのことを中心にした、書き散らしの拙い記事で、とりとめもないものばかりです。しかし、インドへの旅を計画なさる時や、かつて行ったインドを懐かしむ時などに、これらの記事は少しはお役に立つかと思います。

 現在のニューデリーは、これらの記事に書いた様子とほとんど変わりません。変わったことと言えば、ここでの行動範囲に地下鉄が加わり、移動が非常に便利になったことだけです。

 私自身がすっかり忘れていた記事がたくさんあり、読み返し振り返りながら、この10年間を楽しんで一覧にしました。
 現在、自宅の引っ越し中ということもあり、リンクを設定する手間と時間がありません。
 ご笑覧いただく際には、書き添えてあるアドレスをブラウザにコピーして、ということで今はご寛恕のほどを。

 
 
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【ホームページに記したインド関係の記事】
 
「突然インドへ飛ぶ 準備編」(2002/01/03)
http://www.eonet.ne.jp/~genjiito/HTML_tetsuya/india_folder/R2.1_indo.html

「突然インドへ飛ぶ 現地編(1) デリーの土埃」(2002/01/06 〜03/20)
http://www.eonet.ne.jp/~genjiito/HTML_tetsuya/india_folder/R2.1_delhi.html

「突然インドへ飛ぶ 現地編(2) 学生たちは今」
http://www.eonet.ne.jp/~genjiito/HTML_tetsuya/india_folder/R2.1_delhi-students.html

「突然インドへ飛ぶ 帰国編 今まほろばで」
http://www.eonet.ne.jp/~genjiito/HTML_tetsuya/india_folder/R2.1_japan.html

「突然インドへ飛ぶ 報告編 インドにおける情報文具の現状」
(写真が行方不明)
http://www.eonet.ne.jp/~genjiito/HTML_tetsuya/india_folder/R2.1_info-tool.html

「三度のインド 入口敦志氏のメモより」(2004/01/04〜14)
http://www.eonet.ne.jp/~genjiito/HTML_tetsuya/india_folder/R2.3_delhi200401.html
 
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【ブログに記したインド関係の記事】
 
「インドからの報告」(2011年8月19日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2011/08/post-7198.html

「【復元】インドこぼれ話 2006年」(2011年6月10日)
(2006年3月19日公開分)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2011/06/2006-756e.html

「【復元】インドにもアップル製品が」(2011年5月31日)
(2006年3月19日公開分)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2011/05/post-58a5.html

「【復元】バラナシでの爆発騒動」(2011年5月30日)
(2006年3月19日公開分)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2011/05/post-bb88.html

「【復元】いろいろな色を塗りまくる人々」(2011年5月23日)
(2006年3月16日公開分)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2011/05/post-a465.html

「【復元】チャイを毎日こぼす少年」(2011年5月22日)
(2006年3月16日公開分)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2011/05/post-d9de.html

「【復元】デリーの古本屋で」(2011年5月20日)
(2006年 3 月16日公開分)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2011/05/post-8304.html

「【復元】春先の蚊に悩まされたデリー」(2011年5月18日)
(2006年 3 月16日公開分)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2011/05/post-cdcb.html

「【復元】ウイットに富むJALのお姉さん」(2011年5月17日)
(2006 年3 月10 日公開分)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2011/05/post-9c9b.html

「【復元】とにかくおもしろいインドと日本に関する一冊」(2011年5月15日)
(2005年12月23日公開分)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2011/05/post-77ee.html

「【復元】腹痛で始まったインド行き」(2011年5月14日)
(2005年11月17日公開分)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2011/05/post-2356.html

「インドで思ったこと」(2011年2月24日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2011/02/post-666e.html

「ネルー大学から空港へ」(2011年2月23日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2011/02/post-9052.html

「朝日を拝む」(2011年2月22日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2011/02/post-0045.html

「盛会だった第6回〈インド日本文学会〉」(2011年2月22日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2011/02/post-2971.html

「オールドデリー散策と結婚式」(2011年2月21日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2011/02/post-b347.html

「デリーの地下鉄」(2011年2月21日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2011/02/post-dc80.html

「慎重になったざくろジュース」(2011年2月20日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2011/02/post-1e6c.html

「インドからの通信に手こずっています」(2011年2月20日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2011/02/post-3262.html

「かつてのデリーを懐かしむ気持ち」(2011年2月19日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2011/02/11021.html

「〈第6回 インド日本文学会〉のご案内」(2011年2月15日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2011/02/post-348c.html

「インドからの留学生を預かって」(2010年12月 1日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2010/12/post-671a.html

「パンジャビ語訳『源氏物語』との取り組み」(2010年8月 9日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2010/08/post-737a.html

「アッサム語訳『源氏物語』落掌」(2010年8月 5日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2010/08/post-a786.html

「マラヤラム語訳『源氏物語』を入手」(2010年6月30日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2010/06/post-0aa1.html

「海外に持ち出した資料の隔離」(2010年2月17日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2010/02/post-8af5.html

「インドを旅しての院生の感想」(2010年2月16日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2010/02/post-7c36.html

「搭乗券なしでもインドから日本へ帰国可能なJAL」(2010年2月15日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2010/02/post-ca0a.html

「〈第5回 インド日本文学会〉2日目」(2010年2月14日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2010/02/post-4aca.html

「6年ぶりにインドで再会」(2010年2月14日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2010/02/post-5a8d.html

「第5回〈インド日本文学会〉の初日」(2010年2月13日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2010/02/post-ac8c.html

「インドの日本語日本文学の教育現場で」(2010年2月12日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2010/02/post-3690.html

「結婚披露会場に立ち寄ってコーヒーを飲む」(2010年2月11日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2010/02/post-9b2e.html

「急遽ベジタリアンになる」(2010年2月10日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2010/02/post-cc85.html

「成田空港でインドに関して打合せ」(2009年12月 1日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2009/12/post-2e2c.html

「インドからのお客様を小林茂美先生宅へ」(2009年11月29日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2009/11/post-c3e1.html

「インドにおける知的財産」(2009年7月17日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2009/07/post-cbc8.html

「インド人留学生の眼(4)「よ〜し、インド留学決まったぞ」」(2009年4月 1日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2009/04/post-e049.html

「『総研大ジャーナル No.15』刊行される」(2009年3月30日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2009/03/no15-49a9.html

「クマール君が審査員特別賞を受賞」(2009年3月20日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2009/03/post-be45.html

「伽羅の香りの水」(2009年3月 8日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2009/03/post-1284.html

「ナント80GのUSBメモリー」(2009年3月 7日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2009/03/80g-6693.html

「デリーの空港が大変身」(2009年3月 6日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2009/03/post-7522.html

「慌ただしい帰国の準備」(2009年3月 6日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2009/03/post-8e2d.html

「ウルドゥー語訳『源氏物語』をインドで発見」(2009年3月 5日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2009/03/post-816e.html

「デリーの停電」(2009年3月 4日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2009/03/post-b145.html

「デリー大学で学生と交流」(2009年3月 3日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2009/03/post-f243.html

「ジュースで栄養補給」(2009年3月 2日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2009/03/post-812d.html

「夜中の結婚式」(2009年3月 1日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2009/03/post-773f.html

「インドの匂い」(2009年3月 1日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2009/03/post-af48.html

「先入観で見てはいけないインド」(2009年2月21日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2009/02/post-a0fb.html

「インド人留学生の眼(3)「年末に実家で考えたこと」」(2009年1月26日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2009/01/post-f21f.html

「インド人留学生の眼(2)「日本の常識の不思議」」(2008年12月 3日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2008/12/post-534d.html

「インド人留学生の眼(1)日本人はシャイか?」(2008年11月18日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2008/11/post-1ff9.html

「インドの源氏訳は何種類ある?」(2008年4月20日)
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「テルグ語訳とフィンランド語訳『源氏物語』」(2008年2月18日)
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「読書雑記(2)『パール判事』快著誕生」(2007年10月10日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2007/08/post-364e.html

「ピカは人が落とさにゃ落ちて来ん」(2007年8月 6日)
http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2007/08/post-8e32.html
posted by genjiito at 22:07| Comment(0) | ◆国際交流

2012年01月20日

再録(9)経験から得た知識は重い


この記事は、今から14年以上前の話の再録です。
 (出所︰「大和まほろば発 へぐり通信」→「新・奮戦記」→「ハイテク問はず語り」→「2年目(1996.10.1〜1997.9.30)」→「「GoodWill」の意味〈1997.9.21〉」)

 ハイテク商品に限らず、お店の方が商品知識や最新情報を把握しておられない状況に身を置くことは、今でもよく出くわします。サービスを謳いながら、実際には流通する情報に追いつけない販売店や販売員の方が多いようです。
 店員さんに商品知識が乏しいことは、よく経験することです。
 以下の記事はもう過去の話です。このお店も、斑鳩の地にはありません。しかし、今に通じることなので、再録として掲載します。


 
 
********************** 以下、再録掲載 **********************
 
◇「GoodWill」の意味〈1997.9.21〉◇
 
 本日、クラリス社より「Mac OS 8 アップグレード申込用紙」が届きました。
 「Mac OS」というシステムのバージョン7.6を使用している者が新しいバージョンに変更するための、「Mac OS 7.6 to 8」というアップグレードキットの申込み書類が入っていました。
 振り込みだけでなく、添付の「店頭購入用クーポン」を販売店へ持っていくと購入できるとのことなので、早速いつも利用している「G-いかるが店」に電話をして確認しました。

 「Mac OS 8」のアップグレードキットを取り扱っているかと聞くと、受話器を置いて別の方に相談され、しばらくしてから販売しているとの返事。続いて、アップグレードキットは今あるのかを確認すると、また別の方に相談した後、今店頭にあるとのこと。行けばすぐに渡せるとのことだったので、受話器をおいてすぐにその店に行きました。
 自宅から車で20分ほどのところにあるパソコンショップです。

 「G-いかるが店」のカウンターに、先程電話をした者だがと言って「店頭購入用クーポン」を提出すると、しばらくしてから、これは9月26日以降に渡す商品で、今はないとのことでした。今しがた店頭で渡せると言われたので来たことを伝え、再度確認してもらいました。しかし、やはり商品はまだ入っていない、と冷たい態度なのです。

 先程の電話で対応された方はと言うと、対応した者の名前が分からない……、と言われるのです。失礼ながら店員がそんなに多いとは思われないのですが、とにかくそう言われればどうしようもありません。
 よく利用する店なので、店長さんをはじめとする四五人の店員の方のお名前と顔は承知しています。対応されたY氏は、以前も無愛想な態度で感じがよくなかったので、腹立ちを押さえ、適当に切り上げて諦めました。
 折角足を運んだことでもあり、26日に入荷するそうなので予約することにしました。税込みで10,382円でした。

 以前、このお店でこんなことがありました。
 私が、マッキントッシュの周辺機器を切り換えるためのスイッチボックスの接続用ケーブルを、その店に買いに行ったときのことです。
 店の棚に見あたらなかったので、ストレートケーブルを店員の方に頼みました。すると、すぐ後ろの箱の中にあったプリンターケーブルを差し出されたのです。それではなくてストレートケーブルを、というと、これがそうだと仰るのです。そのプリンターケーブルはクロス結線なので、そうではないストレート結線のものをと言っても、わかってもらえないのです。

 結局四人の方が出てこられ、一人の店員さんは先日これを切り替え器に接続し、うまく動いているとのこと。そんなことはあり得ないので、メーカーの製品カタログを出してもらい、その中のケーブルの結線図をみんなに見てもらいました。ストレートケーブルとクロスケーブルの線が、それぞれ何番と何番が接続されているかを説明し、それによってやっとそのケーブルの働きの違いをわかってもらえました。

 いつもよく対応して下さる方も、今までそのような違いがあることを知らなかったと、正直に仰いました。間違った商品知識でケーブルを渡しておられたのですから、これまでに購入した人は悩まれたことでしょう。店員さんが仰ることは、やはり信用しますからね。

 そんな中で、某社の切り替え器のケースに書かれた接続説明図のケーブルの図解が間違っていることが分かりました。店員の方も、間違いは自分たちだけではなかったことになり、すこしホッとされた瞬間でした。

 「G」は、名古屋を中心に13店舗を中部・近畿圏に展開するチェーン店です。周辺機器をこまめに取り揃えておられるので、私は重宝しています。しかし、今回のような対応は、もうご免です。誠意がまったくなかったからです。

 これまでに私は、日本のパソコン業界を育成する意味も込めて、ハードとソフトに膨大な投資をしてきたつもりです。そして最近は、パソコンショップの販売員の方々の再教育を、商品を購入するときにボランティアでやっているようなつもりでいます。
 どうしても、実際に利用し、トラブルを直接経験した者でないとわからないことは多いので、これはしかたのないところでしょう。知識をひけらかすのではなくて、実際に使っているとこうなんですけど、という態度で店員の方に接することにしています。

 日本のパソコンの利用環境は、ハード、ソフトともに、まだまだ整備すべきことが多いようです。まだまだ未完成の情報文具であるパソコンとは、今後とも気長にお付き合いしましょう。
posted by genjiito at 22:05| Comment(0) | ◆情報化社会

2012年01月19日

電車内で他人の話を聞かない方法は?

 仕事が終わって、立川駅から東京駅に向かうJR中央線の電車の中でのことです。

 たまたま座れたので、ホッと一息ついて本を読み出した時でした。後から来て、私の前に立たれた2人の女性が話を始められました。40代とお見受けしたお2人です。

 固有名詞がたくさん出てくる内容で、声を顰めたり小バカにして鼻で笑ったり、やがて興奮すると声のトーンが上がったりと、なかなか変化に富んだ会話に発展しているようです。聞くまいとしても、私の耳に言葉の端々が飛び込んで来ます。しかも、延々と続くのです。気が散って、本など読んでいられなくなりました。

 しばらく目を瞑ってじっとしていました。しかし、目の前の2人は話で盛り上がっておられるので、かえって内容が意味を持って耳に届きます。少し車内が混んできていたので、席を移動するわけにもいきません。

 iPhoneで音楽や落語を聞こうと思っても、こんな時に限ってイヤホンを持っていなかったのです。まさか、スピーカを鳴らすわけにもいきません。結局、東京駅までの50分間、ひたすら忍耐を強いられることになりました。

 他人の話し声が気になって仕方がないのは、私に雑念があるからでしょう。しかし、会議の司会をしたり、館内のいろいろな部署を走り回って仕事をこなした後でもあり、疲労困憊です。こんな時にどうしたらいいのか、終点の東京駅で電車を降りてから、倍加した疲れを体内に蓄えた身で思いを巡らせて考えました。しかし、あのような時の対処法は思い付きません。

 人生の修行がまだまだ足りない、ということで済ませるのではなくて、この次のためにも考えておく価値のある課題だと思い知らされました。

 「見ない」「言わない」は、目や口を閉じればいいのです。これは、何とかなりそうです。しかし、「聞かない」ということは、「聞かなかったことにする」ということ以上に難題です。
 「聞かない」ということを意識するから聞いてしまうのであれば、逆に開き直って、「聞く」ことで聞こえない境地に至る、ということも可能かもしれません。多分に、精神修養を己に強いることになります。

 今は、集中力の訓練が足りない、ということにして、お茶を濁しておきましょう。

 妻から話しかけられていたことに気付かず、「聞いてなかったの!」と叱られることがよくあります。
 耳に栓はないにしても、何やら「聞かない」対策はありそうです。今、思いつきませんが……
posted by genjiito at 23:17| Comment(0) | 健康雑記

2012年01月18日

井上靖卒読(133)「小鳥寺」「秘密」「古九谷」

■「小鳥寺」
 田坂と三室という男同士の友情の間に、一人の美貌の女性が絡みます。この女性が、しばらく身を隠す場所の提供を申し出、惹かれていた田坂が三室を通して実現することになりました。しかし、三室はその場所を教えません。彼もいつしか心惹かれていったのです。
 田坂は、やっとのことで女性の隠れ場所に案内される道中、三室をひたすら殴りつけます。それ以外は、特に何があるわけでもありません。
 女性には那智ゆかりという名前があります。しかし、彼女に性格はまったく付与されません。個人的なことは一切語られません。なぜ匿ってほしいのか、その後はどうなったのか等々も。
 三室が女性を匿っていた比叡山の山中の山寺と、そこの茶室で聞こえる何十種類もの小鳥の啼き声が印象的です。【2】
 
 
初出誌:サンデー毎日
初出号数:1951年7月涼風特別号
 
井上靖全集2:短篇2
 
 
 
■「秘密」
 何の取り柄もなさそうな夫に、深い労りの気持ちがあることを感じ、妻の心が暖かくなります。一人の男の訃報を報じた新聞記事が、人の心の奥底を垣間見せることになったのです。訃報記事を境にして生まれた夫婦間の心の機微が、短い話の中に籠められています。完成度の高い作品になっていると思います。【3】
 
 
初出誌:婦人公論
初出号数:1951年8月号
 
井上靖小説全集4:ある偽作家の生涯・暗い平原
井上靖全集2:短篇2
 
 
 
■「古九谷」
 寛文年代の箱書を持つ古九谷の小さな壺をめぐる話です。
 古物商とそれに憑かれた一人の男の執着が、2頁ほどの短文の中に凝縮されています。
 最後の文章がいいと思います。【3】

月が出るまで二人は何故ともなく黙りがちに杯を口に運んでいた。(『井上靖全集』第2巻、596頁)

 
 
初出紙:朝日新聞
初出日:1951年8月7日
 
井上靖小説全集4:ある偽作家の生涯・暗い平原
井上靖全集2:短篇2
 
 
 
〔参照書誌データ〕
 井上靖作品館
 http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | 井上靖卒読

2012年01月17日

驚異の糖質制限食効果で血糖値が平常になる

 昨年の10月から毎月一度、中野駅前にあるワンコイン検診の「ケアプロ」で、ヘモグロビンA1cを測っています。

 お世話になっている病院の内科からは、2ヶ月おきに来るように言われています。昨年の11月のことは、「はらはらドキドキの血糖値」(2011年11月10日)で書きました。担当医の先生には糖質制限食を導入したことを9月に伝えてあり、その成果が著しかったこともあり、先生からの話でカロリーコントロールの話題はなくなりました。
 あれから2ヶ月が経ったので、本来は病院へ行くべきところです。しかし、病院ではカロリーコントロールによる指導と、薬を使っての治療の提案がなされるので、行く前にあらかじめヘモグロビンA1cを測定して、数値が悪い方へ変化があったら行くことにしています。

 年末年始の食事が相当乱れていたので、まずは街のワンコイン検診で様子を見て、その結果によって病院へ行くかどうかを考えることにしました。その意味からも、今日はどんな結果が出るのかとても楽しみでした。

 昨年の4月から12月までは、次のような数値で推移しています。

【7.3】→【7.1】→【6.9】→【7.1】→6.0→6.3→【5.9】→6.2

 【 】で括った数値が病院での測定値で、それ以外が「ケアプロ」で測ったものです。「ケアプロ」の数値は、安全を期してか、やや高めに出ているように思えます。

 私の勝手な今日の素人予想では、年末年始の食生活を勘案して「6.4」でした。
 ちなみに、正常値は「4.3〜5.8」で、「6.5」以上が糖尿病と診断されています。つまり、これまでよりも少し上がり、悪くなっていることを覚悟して行きました。

 もっとも、主食とされる「ご飯・麺類・パン」やお菓子類を一切口にしない、スーパー糖質制限食をほぼ守った食生活を日々しているので、大きく悪くなっていることはないとの思いもありました。
 そうはいっても、内心では高かったら食生活の見直しなので、どうしようという不安な気持ちも、当然のことながらありました。

 先日の薬師寺でのお茶会以外は、甘いものや炭水化物は極力避けた食事をしているので、なおさら興味深く結果を待ちました。

 血液を採取されて、7分で判定が出ます。

 今日のヘモグロビンA1cの値は、なんと「5.6」でした。どう見ても、正常値の範囲内にあります。
 前回が「6.2」だったので、これは飛躍的に良好な成果といえます。

 昨年4月から、妻が早期退職をして東京での食生活を管理してくれるようになりました。
 出勤時には、主食のない、糖質制限食だけのおかずが入ったお弁当を2つ持って出かけます。
 東京でも京都でも、家での食事も完全な糖質制限食です。
 その徹底が功を奏しているせいで、昨年の8月から糖質制限食に取り組んだ成果が、この今日の数値につながったと言えるでしょう。

 妻には、感謝しています。半年もしないうちに、糖尿病とその合併症の危険領域から安全地帯に身を置くことができたのです。
 気を許すつもりはありません。今後とも今のペースを守りますが、恐るべし糖質制限食ということを実感しています。
 誰にでも効果があるとは言えないでしょう。しかし、胃をはじめとする消化管のない私にとって、今のところはこの対処法でいいと思っています。あくまでも、自分のための人体実験なのですから。
 今後とも、血糖値の管理を怠ることなく、糖質を摂らないことによる弊害がないかを見極めながら、妻に助けられての食生活を続けていきたいと思います。

 なお、先日行った薬師寺でのお茶会の時に測った血糖値は、こんな感じでした。

223(食後1時間)→202(食後2時間)→ 117(食後3時間)

 あの日は、和菓子の後にお薄を一服いただきました。さらには、幕の内弁当の野菜の炊き合わせが異常に甘かったので、あまり参考にはならないかもしれません。それでも、月に一二度のお茶は大勢に影響しない、 という安心材料にはなります。

今後は、いまの糖質制限食のメニューを守りながら、もう少し柔軟な食生活にしたいと思っています。これまでのスーパー糖質制限食から、お昼だけでも炭水化物(ご飯)を少し食べてみようか、と考えています。
posted by genjiito at 23:58| Comment(2) | 健康雑記

2012年01月16日

井上靖卒読(132)「百日紅」「大いなる墓」「夜明けの海」

■「百日紅」
 語り出しからドラマチックな展開が予想されます。
 最初に結婚を約束した彼の死を語ることで、読者の心を摑むうまい冒頭文です。また鄙びた温泉地という設定も、読者を引き付けます。死者への想いを胸に、懐古の情を経巡る主人公を語ることを、井上は得意とします。好きだった男の父親に診察してもらう雪子の心境と、登場人物の一人一人が、巧みに描かれていて、つい読んでしまいました。
 恋人だった高津の母親からは、ひどい手紙をもらっていました。しかし、その母親の描写が秀逸です。井上の人を見る目の温かさと優しさにあふれた、きれいで上質の作品となっています。【4】
 
 
初出誌:別冊小説新潮
初出号数:1951年4月
 
文春文庫:断崖
井上靖小説全集3:比良のシャクナゲ・霧の道
井上靖全集2:短篇2
 
 
 
■「大いなる墓」
 小学校の担任から、息子の性格について自尊心が強すぎて困ると言われたことに端を発し、主人公である私は、それが自分の中に流れる血とよく似ていることに思い至ります。そして、その血の淵源を探索したくなるのです。己の中を流れる血が、自尊心、見栄坊、不遇、不幸の家系を受け継いでいると思ったからです。
 四国の愛媛県にあるお墓に行き着き、自分の依って来たる血が祖母あたりからであることを確信します。自尊心と見栄と気位と不幸と不遇と孤独が、体内に流れる家系に由来していることに、一種の諦めに似た納得を実感するのです。それにより、気持ちも晴れやかになるのでした。【3】
 
 
初出誌:小説公園
初出号数:1951年6月号
 
集英社文庫:三ノ宮炎上
潮文庫:傍観者
井上靖小説全集3:比良のシャクナゲ・霧の道
井上靖全集2:短篇2
 
 
 
■「夜明けの海」
 姉妹それぞれの夫に対する感情が、丁寧に語られます。また、疎開の下りは、井上自身の体験が背景にあります。「通夜の客」に通うイメージです。ただし、鳥取県や岡山県ではなくて広島県でのこととしていますが。
 この話は、妹の姉に対する女同士の嫉みがテーマとして設定されています。その心情が綴られているのです。しかし、この姉に対する嫉みの感情は、非常に中途半端なままに終わっていると思いました。「嫉み」ということばが繰り返されるほどには、その感情が行文から伝わってきません。井上にはめずらしく、女性の心理描写に冴えがなく、人物描写に計算違いがあるように思えます。【2】
 
 
初出誌:オール読物
初出号数:1951年7月号
 
集英社文庫:三ノ宮炎上
井上靖小説全集4:ある偽作家の生涯・暗い平原
井上靖全集2:短篇2
 
 
 
〔参照書誌データ〕
 井上靖作品館
 http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
posted by genjiito at 22:24| Comment(0) | 井上靖卒読

2012年01月15日

古都散策(34)薬師寺での聞香が当たる

 昨年の3月2日に、東京の五反田にある薬師寺東京別院で開催された、「たった9日間だけの特別公開」に行きました。それは、薬師寺の東京出張所とでもいう所で、「新たに確認・修復された寺宝」を見たことは、以下の拙文に書いた通りです。

「江戸漫歩(31)江戸から一転平安の作品となった仏像」(2011年3月 3日)

 さて、今日は別院ではなくて、奈良の薬師寺で開催された「吉祥天にちなむお香とお茶の会」に行ってきました。これは、香道と茶道の隆盛を願っての修正会結願の法楽行事として、芸道の守護神である吉祥天女に習い事の上達を願う催しです。法楽行事自体は、1260年もの長きにわたって続いているとか。
 内容は、聞香・薄茶・寺院内見学・抽選・点心と、盛りだくさんです。

 京都の家から1時間で行けるので、気楽に出かけました。

 まずは、朝早くて鼻が利くうちにと思い、聞香から参加しました。場所は東僧坊で、一席50名の大人数での聞香です。
 
 
 
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 流派は志野流で、「松竹梅香」という組香でした。
 
 
 
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 松竹梅の順に3つ出てくるものを試しに聞いた後、順不同で出香される3つのお香の名前(松竹梅)を1つずつ当てるゲームです。

 以前、烏丸四条上ルの松栄堂さんで開催された聞香に参加した時も志野流で、「宇治山香」という遊びでした(「『源氏物語』のお香と、初めての聞香」(2008年4月18日))。
 今回は、それとは違うルールのゲームです。
 
 
 
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 お香のお作法を、私はまったく知りません。一人で来ていることをいいことに、隣やその前の方のやり方を見ながら、見よう見まねながらも真面目に薫りを聞きました。この前の松栄堂さんで正解だったので、あれがまぐれでないことを確認するためにも、今日も何とかして当てようという、やる気満々で臨みました。

 私は、硯箱に置いた記名済みの小さな紙に「松・梅・竹」と筆で答えを書き、解答を待ちました。
 結果は、幸運なことに、3つともすべて正解でした。
 
 
 
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 この前の松栄堂さんで行われた時にも正解だったので、あれが偶然ではなかったことがこれで証明され、安堵しました。
 今回の「松竹梅香」の正解者は7名でした。その席に参会した50名の内、私が入っていた先頭グループからは、10名中3名もの正解者が出ていました。
 前に詰めて座っておられたのは、それなりに自信のある方々だった、ということになりそうです。もちろん、私以外は。

 次のお茶席への移動途中に、旧講堂古材料(松)で作ったお茶室の爐壇に乗せる爐縁を見かけました。15万円です。先日私が手に入れた爐縁とは格が違います。いつかこんな由緒のあるものでお茶を、と眺めていました。もっとも、もっとお稽古に行く回数を増やすことが先決なのですが。

 お茶席に入るまでに時間があったので、玄奘三蔵院伽藍の中の絵殿で、私が大好きな平山郁夫の「大唐西域壁画」を見ました。2000年12月31日に奉納されたものです。
 薄墨桜の向こうが、玄奘三蔵院です。
 
 
 
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 なお、この平山郁夫の絵については、これまでに何度も書きました。しかし、そのほとんどがサーバーのクラッシュで消失しました。最近のものでは、「平山郁夫の「大唐西域壁画」」(2011年2月12日)があります。ご笑覧ください。

 私にとって「大唐西域壁画」は、正面の大画面もそうですが、それ以上に後ろにある2枚、東側の《明けゆく長安大雁塔 中国》と西側の《ナーランダの月 インド》を見たかったのです。大雁塔は、かつて行った中国の杭州の塔を思い出させてくれます。
 杭州へ行き、天台山登ったことを書いたブログは、これまたサーバーのクラッシュで跡形もなく消失しています。長い報告を書いていたので、そうそう復元できないのです。

 さて、呈茶席は慈恩殿に設えられ、50名ほどが入って新春の薄茶をいただきました。
 
 
 
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 お菓子は「たんちょう」、お茶は小山園の「ゆうげん」でした。
 お茶道具には龍をあしらったものが揃えられ、お正月らしい雰囲気でした。
 今日は私一人で参加していたので、お正客さんや隣の方を見ながら、それなりにお作法らしい振る舞いでいただきました。お菓子もお茶も、私には甘すぎました。しかし、おめでたい席なので美味しくいただきました。
 菓子皿はお持ち帰りを、とのことだったので、懐紙に包んで頂戴しました。
 薬師寺の山田法胤管主のお話を聞きながらのお茶席です。ありがたいことです。

 退席する前に、お道具の説明を伺いました。得難い経験をさせていただきました。
 
 
 
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 薬師寺の境内では、東塔が修理中でした。
 
 
 
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 金堂で吉祥天女像を拝見してから帰途につきました。
 吉祥天は、インドではビシュヌ神の妃であるラクシュミー・シュリと言われる神です。
 インドの神さまと日本の神さまについては、またの機会としましょう。
posted by genjiito at 23:53| Comment(0) | 古都散策

2012年01月14日

京洛逍遥(216)鴨たちの輪舞

 紅梅が満開となりました。しかも、ほとんどの花びらが下向きです。
 そういう品種なのか、たまたま今年の花がそうなのか。
 今年の紅梅は昨年と違うものです。この花弁の向きは、来年の咲き方でわかることでしょう。
 対する白梅は、もう散り初めています。
 
 
 
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 風が冷たい中を、背筋を伸ばして大股で歩くことを意識して、いつもの賀茂川散策です。
 賀茂川畔に立つと、いつもの鴨たちが楽しそうにくるくると回っていました。
 先日は、列をなして泳いでいる姿を写しました。きれいな輪になっているのも珍しいので、思わずシャッターを切りました。
 
 
 
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 北大路橋から南を望むと、中洲の土砂を取り除く工事が相当進んだことがわかります。
 
 
 
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 この調子でいくと、3月までには土砂を取り終えることができそうです。
 今年の花見は、この川に映る桜がきれいなことでしょう。
 今から4月が楽しみです。
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2012年01月13日

荷物の整理を忘れて伯母たちの文章に励まされる

 父は川柳を嗜んでいました。
 亡くなる直前に、生涯の作句すべてを分類・編集し、『ひとつぶのむぎ』(昭和58年)という川柳句集を刊行しました。
 これまでに私が編集した本で、これが一番誇りとするものです。
 
 
 
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 このことは、以前に何度かこのブログでも書きました。

「わが父の記(1)感謝の念を伝える」(2008年3月26日)

「【復元】縦書き & 横書き」(2010年4月21日)

 たくさんある父の句の中でも、次の句が私は好きです。
錦秋の車窓いっぱい富士の山

横に這う蟹に教わる事なきや

タテに這えと子供をしかる蟹の親

 父はいつも、親は無学だったが口にする格言で育てられた、ということを語っていました。
 その父の姉姉妹も、文章を書くことが好きでした。

 今、引っ越しの荷物を整理していると、いろいろなものが出てきます。
 その中に、父の姉姉妹が書いた刊行物があったので、ここに引用します。
 いずれも、私家版です。

 まず、伊藤イ子さんの『菊根分け』(昭和51年)から。
 
 
 
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 イ子叔母さんは、私が高校を卒業して東京の新聞販売店で住み込みの仕事をしている頃、よく手紙が届きました。その文面にも、格言を引きながら、がんばれよ、というメッセージを送ってくださいました。
 この『菊根分け』は、最後に、吉川英治のことばとして、
菊根分け 後は自分の土で咲け

が引かれています。なかなか含蓄のあるいい言葉です。

 もう1冊、『流灯』(昭和57年)です。
 
 
 
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 ここにも、珠玉とでもいうべき短いながらも読み耽ってしまう文章が並んでいます。
 中身のない冗長な文章を書くだけの私にとって、こうした煌めきのある文章には憧れます。
 人柄が文章の雰囲気を醸し出す、というのは本当のようです。

 本の整理もそこそこに、ついこの冊子も読んでしまいました。

 次は、加藤ヤスさんの『折々に心にとゞめしことば』(昭和57年)です。
 
 
 
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 ヤス叔母さんも、私が小さかった頃から可愛がってもらいました。一人で東京に出てからも、折々に手紙で安否を気遣ってくださいました。
 この川柳句集の巻頭には、次の句があります。
先頭を泳いでいても池の鯉

 この句には左注とでもいうべきものがあり、こう付けられています。
まして我々風情では……

 巻末には、短歌もあります。
穏やかな冬日に木の香ただよいて
  新しき家に幸祈るらむ


 こうして伯母たちに見守られていた幸せを、今になってしみじみと感じます。
 冊子に収められた川柳や短歌に目を通しながら、愛情を注いでもらった日々のことに感謝していると、つい時の経つのを忘れてしまいます。

 そうそう、本や荷物の整理をしているのでした。
 どうも、なかなか捗りそうにありません。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | 回想追憶

2012年01月12日

今年の年賀状で迷惑をかけたこと

 今年の年賀状では、いろいろな方にご迷惑をおかけしてしまいました。
 特に、東京の宿舎に年賀状を送って下さった方々からは、宛先不明で戻されて来たとの連絡をいただいています。
 しかもその理由が、昨年末の内に、「配達準備中に調査しましたがあて所に尋ねあたりません」ということで戻っているようなのです。以下に経過を記すように、私がおこなった東京から京都へ、という転送手続きの前のことのようなので、どうしてこのようなことになったのか、私にはわかりません。

 いずれにしても、本当に申し訳ないことをしました。年賀状をお送りいただいた方々には、ご寛恕を願うしかありません。
 
 昨年末に、年末年始の郵便物に関して、私は日本郵便のホームページから転送手続き(転居届け)をしました。

 これまでは、京都に来る郵便物のすべてを東京に転送していもらっていました。しかし、年賀状は京都の自宅で拝見したいと思いました。そこで、年末年始だけ、東京から京都に転送してもらう、という手続きをしました。いや、したつもりでした。
 郵便関係の方々には面倒をかけますが、今は機械化されているので遠慮はいらない、とのアドバイスもあったのでそうしたのです。

 そこでまず、年末の仕事納めの28日にネット経由で、東京から京都への転送手続きをしました。手続き上は「お引っ越し」扱いです。転送してもらうには、この名目しかないのです。

 翌日の29日に、東京の管轄局である郵便局の担当者から電話があり、転送する家族の確認がありました。丁寧な対応に感謝しながら、転送してほしい者の名前の確認をしました。その時は、3日後の12月31日から転送を開始するとのことでした。これで年賀状が京都で受け取れることになりホッとしました。と、思っていました。

 元旦は、お昼まで待っても年賀状が一通も来ません。たくさんの賀状の配達なので、お仕事も大変なのだろうと思っていました。
 するとお昼頃だったでしょうか、郵便局の方が京都の自宅においでになり、封筒入りの郵便物5通ほどを持って来られました。これは、賀状とは別の定期的なダイレクトメールなどが中心で、たまたま配達が元日になったものです。
 元旦に、わざわざ我が家のインターホンを鳴らしてまでお出でになったということは、郵便局の方も何か変だと思われたからでしょう。しかも、京都の自宅に来る郵便物は、数日前までは東京に転送してもらっていたので、いつもの配達の方が不審に思われたこともあるのでしょうか。
 とにかく、ちょうどよかったので、私からは、元旦の今日、賀状が1枚も来ていないことの話をしました。年末に、郵便物が東京から京都に届くように転送手続きをしたことと、東京の担当局からその確認の電話をもらっていることを伝えました。すると、東京からそのような転送の連絡は年末までに受け取っていないので、我が家宛の年賀状はこれまで通り京都から東京へ転送したとのことです。大至急こちらの京都に戻してもらいます、と言って慌てて帰られました。

 年賀状は翌日の2日に十枚ほどが京都の家に届き、3日に百数十枚が、4日に20枚ほどが配達されました。それ以降は五月雨式に届いているようです。東京には、1枚も届いていませんでした。
 京都に配達されて来た郵便物を見ると、京都から東京に転送された後にまた京都に戻って来た分と、東京から京都に転送されたものなどが、上書き部分に貼られたシールでわかります。東京から、順次送られてきているようです。
 今年は年賀状が少ないのは、まだ何処かをうろうろしているものがあるからなのでしょうか。

 鏡開きも過ぎ、松の内(小正月)もそろそろという時期になりました。
 我が家にまだ届いていない賀状はともかく、我が家に出して下さった方々の手元に戻された賀状に込められたお気持ちに、ただただ申し訳なく思っています。

 それにしても、元旦に配達されるはずだった賀状の多数が、なぜ宛先不明という対処がなされ、差出人に戻されたのでしょうか。

 日本の郵便は、飛脚や籠を経て明治4年に前島密によって近代的な制度としてスタートしたはずです。
 130年の実績があるので、今では充分に機能しているはずです。しかし、小泉さんが目指した郵政民営化によって、5年前からこうした郵便物の転送さえままならない組織になってしまったのでしょうか。

 私が年末に転送手続きをするという、余計なことをしたために、多くの方々にご迷惑をおかけしました。
 東京の宿舎に郵便物を送って下さった方からは、新年早々に京都の自宅を近所に引っ越しする関係なのでしょうか、と問われています。しかし、東京の宿舎への郵便物のいくつかは京都に転送されて届いています。東京の宿舎に送られた郵便物のすべてが、宛先不明になっているのではないようです。よくわかりませんが。

 こうした経緯があるとしても、郵便物の転送に伴っていろいろな方々にご迷惑をおかけしたことを、この場を借りてお詫びいたします。

 もう転送業務は落ち着いているようです。ただし、京都に届く郵便物には、京都の宛先の上に東京への転送シールが貼られ、さらにその上に京都への転送シールが貼られたものが届いているようです。
 週末に再度確認しますが、どうやら京都の局では今でも東京に一旦送っておられるようなのです。

 日本の郵便制度における130年の歴史について疑問を抱き出しました。そして、インドでの郵便物の取り扱いを思い出しています。人手をかけて、労働を発生させる中で目的を遂行する、というやり方です。
 ただしそれは、10億人以上の人々に仕事を分配するためのことです。一人でも多くの人に仕事を分け与える、という意義は認めます。しかし、今の日本でそのような手間と時間を余分にかけることは、私には無駄としか思えません。
 我が家への郵便物については、もう少し様子をみるしかないようです。
posted by genjiito at 23:37| Comment(0) | ◆情報化社会

2012年01月11日

井上靖卒読(131)「山の湖」「潮の光」「傍観者」

■「山の湖」
 
 10年前の恋人の不幸を、その妻となった旧友から聞き知った三津子。かつての恋情が再び頭を擡げました。しかし、今は別の男と修善寺の温泉で会っているところなのです。三津子を中心に、心の中の動きが丹念に描かれています。ただし、行きつ戻りつなので、読んでいて少し間延びがした所もあります。最後も、私には中途半端なままで、三津子を突き放したように思えます。もっとことばを尽くして描いてほしいところでした。それでも、美しい山中の温泉地を背景にした、きれいな物語となっています。
 初出誌である女性改造での題名は「山湖」です。【3】
 
 
初出誌:女性改造
連載期間:1951年4月号〜6月号
連載回数:3回
 
文春文庫:黯い潮・霧の道
井上靖小説全集3:比良のシャクナゲ・霧の道
井上靖全集2:短篇2

 
 
 
■「潮の光」
 
 船が港に入る様子が、非常にうまく描かれています。漁村の描写も、実にうまいと思います。作者が目に親しんだ伊豆の海を描いているからでしょう。風景描写に筆力を感じます。若者の一途な情熱が行間から伝わってきます。青春の一場面が、きれいに描ききれた小品です。【3】
 
 
初出誌︰面白倶楽部
初出号数:1951年5月号
 
井上靖全集2:短篇2
 
 
 
■「傍観者」
 
 インドに美人の型が5種類あった、という知識を、井上はどこで得たのか知りたくなりました。
 それはさておき、研究生活をしていた私(後に仁科とわかる)は、中国との戦争で未教育補充兵として招集令状を受け取ります。近年見つかった、井上の従軍日記の内容とイメージが重なります。8年間戦地にいたとあります。従軍日記と比べながら読むと、またおもしろくなりそうです。
 戦中戦後の梨花という女性を通して、人間の生きざまの波瀾万丈を、冷徹に見据えた眼でことばを紡いでいきます。ここには、形を変えた愛情で結びついた、相手を想う男女が語られています。突き放しながらも、しっかりと寄り添うようにして、波乱に満ちた人生を送った2人がいます。【5】
 
 
初出誌:小説新潮
初出号数:1951年5月号
 
集英社文庫:夏花
潮文庫:傍観者
井上靖小説全集3:比良のシャクナゲ・霧の道
井上靖全集2:短篇2
 
 
 
〔参照書誌データ〕
井上靖作品館
http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
posted by genjiito at 23:19| Comment(0) | 井上靖卒読

2012年01月10日

「まばたき」でパスワードを入力したい

 コンピュータ関連のパスワードは、意外とたくさん使っているものです。

 いろいろな所にリンクさせながらネットワークを活用していると、それなりに異なるパスワードを使い分けることになります。

 20数年前、パソコン通信の初期の頃は、単純に4桁の数字だけでした。それが、英小文字が使えるようになり、すぐに英大文字も、そして記号も可能となりました。漢字が使えるシステムもあることでしょう。

 選択肢が増えたのはいいことです。しかし、それだけ管理がややこしくなりました。特に、記号が必須のサイトは、英・数・記号と文字が3種類になるので、何かと面倒です。特にiPhoneで入力するのは大変です。

 今年も、新年を期にパスワードの一斉変更をしました。
 一度変更すればいいとはいえ、私は3カ所でそれぞれにパソコンを使い分けているので、何かと手間がかかります。パスワードを管理するソフトもあります。しかし、今は使わなくなりました。アップルのドットマックに加入して重宝していた機能も、アイクラウドになってから少し不便になりました。

 そんなこんなで、新年早々の今は、せっせとパソコンの利用環境を整えているところです。

 それなりにパスワードの文字列にルールを作っています。しかし、不意打ちのように突然パスワードを聞いてこられると、頭の中でいろいろな文字列を思い巡らせます。何度入力しても跳ね返されると、頭の中はジューサーの状態になります。

 いつでも、どこでも、快適に、そして安全にネットワーク通信を使いたいものです。

 アップルの製品なら、Macintosh や iPhone や iPad には、すべてにカメラが付いています。モニタを見つめる目の前にあるレンズに向かってまばたきをしたり、掌をかざせば良い、という時代はまだでしょうか。まばたきと虹彩を識別する試験的な実験はなされているはずなので、一日も早い実用化を楽しみにしています。
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ◆情報化社会

2012年01月09日

江戸漫歩(51)隅田川の鴨たち

 隅田川の河口で鴨を見かけました。
 いつもウォーキングで通っている散策路なのに、始めて気づきました。
 船が通ると大きな波が押し寄せます。
 賀茂川の鴨と違い、波間に漂う水鳥の風情です。
 向こうには、中央大橋が勇姿を見せています。 
 
 

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 川岸の浅い所には、家族や友達と思われる鴨が集まっています。
 往来する船舶から逃げるように、何やら遠慮がちに群れています。
 
 
 

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 一方ユリカモメは、ここが自分たちの住み処であることを主張するかように、悠然と止まっています。
 このユリカモメに関しては、琵琶湖から飛来した賀茂川の方が、遠来のお客様という雰囲気を漂わせていました。
 さて、西と東の鴨やユリカモメの容姿や性格にどんな違いがあるのか、知りたくなってきます。
 
 
 

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 今年も、慌ただしく仕事が始まりました。
 昨年から意識しているスローペースを自分に言い聞かせ、一度立ち止まって深呼吸をする日々を送ることにします。
posted by genjiito at 22:48| Comment(0) | 江戸漫歩

2012年01月08日

京洛逍遥(215)最近の賀茂川の中洲

 紅梅が花開き出しました。
 ふっくらとした花が、これから次々に咲くところです。
 
 
 

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 賀茂川の中洲の土砂も、どんどん取り払われていきます。
 昨日の夕刻の様子です。
 北大路橋南側に堆積していた土砂は、袋に詰めて運び出されています。
 
 
 

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 これまでこの中洲を住み処にしていた鷺たちも、湿地帯がなくなり困惑気味です。
 
 
 

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 ここにも、さてこれからどうしよう、という顔の鷺がいます。
 
 
 

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 中洲の撤去により、動植物の生態にどのような影響がでるのか、素人の私にはわかりません。しかし、人間にとっての景観は、これでよくなります。また、災害時の利点もあることでしょう。

 自然界と人間の共存を慎重に検討した結果が、この中洲の土砂撤去だと思われます。
 新しい環境を求める鷺さんや鴨さんたちの戸惑いにも目を向けながら、共にいい環境を作っていきたいものです。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2012年01月07日

京洛逍遥(214)紙文化の楽紙館

 七草粥をいただく日に、ようやく紅梅が咲き出しました。
 
 
 

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 ふっくらとした蕾がたくさんあります。これからが、ますます楽しみです。
 白梅は、満開です。

 二条城前に用事があったので、自転車で行く途中に紫式部のお墓に立ち寄りました。
 ここは、いつもきれいに掃き清められていて気持ちのいい空間となっています。
 
 
 

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 夕方には、錦市場の北にある楽紙館本店に行きました。娘たちの結婚式で使う和紙を選ぶためです。
 ここは、和紙との対話ができる、小さな紙の博物館となっています。
 楽紙館は京都文化博物館の中にも入っているので、ご存知の方も多いことでしょう。しかし、この本店の和紙の蔵は圧巻です。

 『源氏物語』の和紙人形は、54巻が揃っていて美事なものです。一筆箋も、『源氏物語』の五十四帖それぞれがあり、懐紙も各巻々をイメージした絵を描いたものがあります。ちょうど懐紙がほしかったので、松をデザインした『源氏物語』の第18巻「松風」の懐紙をいただきました。
 
 
 
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 3階には、『源氏物語』の巻を扱った大きな和紙の人形をはじめとして、日本の紙文化を堪能できます。
 娘夫婦も一緒だったこともあり、ついいろいろと見てしまいました。
 楽紙館の上空には、月が寒空から新郎新婦を祝福するような、温かい光をそそいでいます。
 
 
 

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 軽くお腹に、ということで、よく行く錦の「虎杖」で食事をしました。
 彼は梅酒で娘は梅ジュースを、妻はビールで私は麦焼酎で乾杯です。
 
 
 

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 七草だということで、お粥さんをサービスで出して下さいました。
 七輪で湯豆腐を食べたりして、ゆったりとした会食になりました。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2012年01月06日

井上靖卒読(130)「蜜柑畑」「表彰」「勝負」

 久しぶりに井上靖の小説をとりあげます。

 前回が2011年7月4日だったので、ちょうど半年ぶりとなりました。
 相変わらず、折々に井上靖の作品を少しずつ読み進めています。しかし、まだ『井上靖全集』の第2巻です。
 長編はほとんど読み終えました。しかし、短編がまだたくさん残っています。
 エッセイも含めると、まだまだ気の遠くなるほどの長い道のりとなりそうです。
 
 
■「蜜柑畑」
 
 幼少期の淡い恋心が蘇ります。20年前の鮮やかな記憶。旧友の妻となった女性への想いが、素直にさせません。しかし、旧友の苦境を助けようとしている自分に気づくのです。人間の優しさがにじんで来ます。素直で温かい視線で語られる小品となっています。
 なお、この作品には、孝次と兵太郎の年齢・年数に関する矛盾が指摘されています。【3】
 
 
初出誌︰地上
初出号数︰1951年2月号
 
文春文庫:断崖
井上靖小説全集6:あすなろ物語・緑の仲間
井上靖全集2:短篇2
 
 
 
■「表彰」
 
 55歳の停年(ママ)を一、二年後に控えた清平は、創立以来の勤続30年の表彰を受けることになります。実直に、ひたすら従順な下働きに徹したのです。しかし、その純朴な心の裏で、上役などに言いしれぬ鬱屈した激情を抱え持っていました。そのことが、その後の清平の反抗心へと発露していきます。抑圧された感情の中で生きる1人の男です。その心の内面が共感を持って伝わってきます。光の当たらない生きざまをよしとしてきた人生には、人知れぬ想いが沈潜していたことが炙り出されています。妻の対応も興味深いものがあります。清平の心の成長が、爽やかな読後感と共に残ります。【4】
 
 
初出誌:別冊文藝春秋
初出号数:1951年3月20号
 
文春文庫:断崖
井上靖小説全集3:比良のシャクナゲ・霧の道
井上靖全集2:短篇2
 
 
 
■「勝負」
 
 将棋の対局を通して、2人の男の性格の違いを描き分けています。闘志満々の更級と、冷静沈着な白井です。高野山からの報道に、電話か伝書鳩を使うという、そんな時代背景も興味深いものがあります。井上の新聞記者時代の体験からの描写が、随所に見られるようです。
 第三局で負けた男の態度には好感が持てました。人間らしさが満ちています。人間が描けている小品です。【3】
 
 
初出誌:サンデー毎日[1]
初出号数:1951年3月、創刊30年記念特別号
 
旺文社文庫:滝へ降りる道
井上靖小説全集3:比良のシャクナゲ・霧の道
井上靖全集2:短篇2
 
 
 
〔参照書誌データ〕
井上靖作品館
http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
posted by genjiito at 23:05| Comment(0) | 井上靖卒読

2012年01月05日

京洛逍遥(213)三が日の水鳥たち

 新年三が日は、日頃は見かけない鷺や鴨が多くなりました。
 琵琶湖から渡ってきたのでしょうか。
 いつもの色鮮やかな体色の鳥たちに混じって、旅人風情を感じさせています。

 今年来たらしい鳥たちを、数枚アップしておきます。
 
 
 
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posted by genjiito at 23:21| Comment(2) | ◆京洛逍遥

2012年01月04日

海外における鴨長明の翻訳本リスト

 昨日、本年計画されている鴨長明『方丈記』完成800年記念事業について、紹介を兼ねて書きました。
 手元に、鴨長明の作品を翻訳した本の情報があります。『方丈記』17冊と『発心集』2冊に関するものです。
 以下の一覧表は、国文学研究資料館と私が所蔵する本のリスト(暫定版)です。
 これ以外にもまだまだあるかと思います。
 本年のイベントに関連させて、新たに翻訳される国々や言語もあることでしょう。
 ここに漏れていることに関して、追加すべき情報をお持ちでしたら、お寄せいただれば幸いです。
 
 

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posted by genjiito at 23:37| Comment(0) | ◆国際交流

2012年01月03日

京洛逍遥(212)河合神社の境内で思ったこと

 今日は、数輪だけですが白梅の花が咲き出しました。
 明日は、紅梅も蕾を開きそうです。
 
 
 
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 今年は、鴨長明の『方丈記』が完成して800年になります。それを記念して、さまざまなイベントが用意されているようです。国文学研究資料館でも、今年の新緑の頃に特別展示を開催するため、その準備を進めています。

 鴨長明は、下鴨神社の第一摂社である河合神社の神官の子として生まれました。
 河合神社のことは、すでに「京洛逍遙(74)鴨長明と河合神社」(2009年5月12日)で書きましたので、あらましはそこに譲ります。
 さらに詳細を知りたい方(京都検定受検者)は、「京都通百科事典・河合神社」をご覧ください。

 朝夕の散歩で下鴨神社にはよく行きます。しかし、出町柳に近い糺の森の入口にある河合神社は、下鴨神社の南端にあることもあり、足を延ばすことがあまりありません。境内がこぢんまりしていることもあります。観光の方も、ここを素通りすることが多いようです。
 しかし、今年は鴨長明の記念年ということもあり、足を留める方が増えることでしょう。

 元旦に下鴨神社に初詣に行きました。しかし、この河合神社まではお詣りしませんでした。申し訳ないので、お正月の三が日の最後となった今日、新年の挨拶に行ってきました。

 その神門の前に、

女性守護 日本第一美麗神
 河合神社
  御自由にお参り下さい。

という立て札が置いてありました。
 この前は何度も通りました。しかし、これには今まで気付きませんでした。
 
 
 
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 過去のブログの写真を見ると、上記「京洛逍遙(74)鴨長明と河合神社」には、この立て札は写っていませんし、2010年のお正月にもありません。
「京洛逍遙(118)下鴨茂神社へ初詣」(2010年1月 2日)
 ところが、昨年8月のブログの写真には、確かに神門の前に置いてあります。
「京洛逍遥(194)下鴨神社の「納涼古本まつり」2011版」(2011年8月13日)

 2011年から置かれているようです。写真でわかるように、少し後ろに引っ込んでいるので、あまり気にしていなかったのです。

 女性をことさら強調する理由を、今私は詳らかにしません。祭神が玉依姫命(神武天皇の御母神)であることからと思われますが、この玉依姫命を祭神とする神社は多いので、なぜここが、という素朴な疑問が湧いています。鴨長明だけでは知名度アップにはならないのでしょうか。

 拝殿の横には、「大日本婦人会綱領」の高札が掲げられていました。
 
 
 
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 これを掲示する神社は珍しいと思います。女性を強調する一環なのでしょうか。
 この文章を読んでいたら、横に来た若い女性は、嫌なものを見るように何コレと呟いて眼を背けて立ち去って行かれました。
 そういえば、お札をいただく所に、「教育勅語渙発百二十年」として、「教育ニ関スル勅語」のプリントも置いてありました。
 
 
 
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 若い方々は、何コレ、と言いながら、敬して遠ざけるという感じで通り過ぎておられました。
 こうした刷り物を置くのは、この神社の主義主張の一つなのでしょうか。あまりにも目立っていたので、ここで触れておきます。

 私が卒業した國學院大學では、学部の1年次に神道概論が必修科目でした。今から40年前のことです。そして、教育勅語の詳細な解釈を勉強しました。正しい意味を知ることは、日本の歴史と文化を知る上で大切です。しかし、こうして刷り物が置かれているだけで説明がないのは、かえって逆効果ではないかと思います。もし意味を持たせようとするのであれば、そこに記されている言葉の歴史的社会的な意味を踏まえた説明が必要でしょう。もしあったとしても、ありきたりの辞書的な意味による説明では、今の時代の人々に伝わらないはずです。言葉には、その背後に歴史と文化があります。どうしても掲示したいのであれば、その点を配慮した丁寧な説明を付した公示を望みたいと思います。

 日頃はほとんど目にしない「大日本婦人会綱領」と「教育勅語」を久しぶりに読む機会を得、その意義を正しく伝える意味について考えてしまいました。メッセージの放置になっているので、若者をかえって遠ざけているようでしたし、誤解を与えるだけのようでした。どのような意図で掲示し、河合神社としてはこれをどう解釈し理解しているかを公表しなくてはいけません。紙に書かれている内容をどう解釈するかは今は措くとして、このような内容の刷り物を掲示するだけでは、あまりにも無責任です。河合神社に猛省を促したいと思います。

 この「教育勅語」が置かれている横には、手鏡型の絵馬がありました。これは、たくさんの女性が買い求め、横のテーブルでいろいろとお願い事を書いておられました。美しくなるように願ってのことなのでしょう。この落差に、興味深いものを覚えました。

 なお、この同じ場所には、「文芸上達 絵馬」がありました。鴨長明の『方丈記』の冒頭文を変体仮名で記した絵馬です。これは記念になります。
 
 
 
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 境内の右側には、鴨長明ゆかりの方丈が復元されています。
 
 
 
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 その方丈の前にある説明書きに、「新古今和歌集」に収載された鴨長明の和歌が記されています。
 
 
 
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 和歌をよく見ると、下の句の一字「ぞ」になぞられた形跡があります。
 ここで突然、私の専門分野である異本・異文のことが頭を擡げました。
 
 
 
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 もとは「や」と書いてあったのです。それを上から摺り消して「ぞ」となぞってあるのです。
 話が難しくなるので詳しくは書きませんが、
石川や 瀬見の小川の 清ければ 月も流れを たづねてすむ

という歌も伝わっているようです。

 河合神社は、少し南にある賀茂川と高野川が合流する只洲(ただす)の河原(今の出町柳周辺)に祀られたことから「河合神社」と言われるようになったそうです。
 その合流地点の西側の賀茂川に架かる橋が出町橋、東側の高野川に架かる橋が河合橋です。
 帰り道、河合橋から北山の方を望むと、お盆の送り火の一つとして知られる「妙法」の「法」の文字が見えました。鷺や鴨もいます。日頃は賀茂川の鳥たちを見ているので、高野川の鳥たちに会うのは久しぶりです。
 
 
 
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 なお、京都御学問所・鴨長明『方丈記』完成八〇〇年記念事業委員会を主催者として、「鴨長明『方丈記』の世界」と題する写真コンテストが開催されています。後援は「古典の日推進委員会」です。
 
 
 
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 今年の6月末日まで受け付けていますので、腕に自信のある方は奮って応募なさってはいかがでしょうか。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2012年01月02日

京洛逍遥(211)上賀茂神社へ初詣_2012

 今年の梅は、蕾が膨らみだしたばかりです。昨日よりも丸みを帯びてきたようです。
 
 
 
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 朝方からの小雨が上がったので、賀茂川散歩を兼ねて上賀茂神社へ初詣に行きました。
 
 
 
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 昨年の上賀茂神社は年末から雪でした。昨日の記事でリンクを貼った通り、昨年の元旦の参道は着物で歩くのが大変でした。今年は独りでぶらぶらと普段着で来たので、気ままな初詣です。

 一ノ鳥居前の「葵家やきもち総本舗」で、「ヨモギやきもち」を一ついただきました。
 ここに来ると、いつもこれを一つ買ってお参りをしていました。口に入れながら参道を歩くのが楽しみだったのです。
 お正月なので、制限食のことはしばし忘れることにします。久しぶりに、小豆入りの餅を食べました。神様もおおらかに見てくださっていることでしょう。

 この葵屋さんのすぐそばには、雑誌などで知られる茶屋「神馬堂」の葵餅があります。出町柳の「ふたば」と共に、マスコミでいつも紹介されるお餅屋さんです。しかし、私はまだここへは行ったことがありません。つい、バス停の前の葵屋さんに入って一ついただいていたのです。いつか「神馬堂」の焼き餅も、と思いつつ、糖質制限食の日々となったこともあり果たしていません。いつでも、という気持ちもあったからでしょうか。

 この葵餅には、小豆の餡が入っています。小さな大福餅を焼いたものです。しかし、餡が入るのは江戸時代の中頃からで、江戸時代初期には餡の入らない焼き餅だったようです。
 糖質制限食中の私には、せめて餡の入らない餅を口にしたいものです。

 参道奥にある二ノ鳥居前の神馬舎には、今日も白馬が元気に顔を出していました。昨年は休憩中だったのかお留守でした。
 
 
 
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 境内には、いつもは置かれていないお神籤を結ぶ円錐のフレームが、きれいに並んでいます。細殿の前にある一対の立砂をイメージしてのもののようです。
 細殿には、今年の干支である龍の絵が二つ飾られています。上賀茂神社でこうした大絵馬を飾るのは、今年のお正月が初めてだとか。下鴨神社や北野天満宮などをはじめとして、今後とも各社寺はこうした大絵馬を揚げることが定着するのでしょう。
 絵は、寺岡多佳画伯の手になるものだとありました。
 
 
 
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 みあれ桜の横にある、お札やお守りを授与してもらう所を覗き込んでいたら、耳元でどなたかが私の名前を呼ばれます。なんと、職場で隣の研究室におられる先生が、奥様とともにお詣りに来ておられたのです。
 いつも細やかなお心遣いをしてくださるので、感謝しつつ有り難くお世話になっています。少し立ち話をしました。かつては関西におられた先生です。しかし、京都の北へ初詣に来るのは初めてだとか。
 期せずして鴛鴦夫婦にお目にかかり、幸先のよいお正月となりました。今年もいい出会いがありそうです。

 帰り道で、比叡山の方角に虹が架かっていました。写真正面から奥に入る道の裏手から左上空にかけて、かすかに虹が写っています。
 
 
 
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 背景の右手の比叡山には、うっすらと雪が乗っています。
 賀茂川には鷺や鴨やユリカモメが群れています。鴨や鷺たちも新年を迎えて、みんなで抱負を語っているようです。

 手前が工事中です。ここは、工事が終わるとこんな散策路になるようです。
 
 
 
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 賀茂川は、日々手入れがなされています。川の中州の砂と共に、こうして散策路の整備も進んでいるのです。
 これも、次代に受け渡すため常に手を加えて変化させていく、京都の良き伝統でもあります。
posted by genjiito at 20:38| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2012年01月01日

京洛逍遙(210)下鴨神社へ初詣_2012

 今年は穏やかな元旦です。
 昨年のように中庭に雪はありません。
 
 
 

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 今年の我が家の梅は、まだ固い蕾です。
 
 
 

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 お正月のお節料理は、妻が昨夜から手際よく作ったものを、息子がプロの技で盛りつけました。これは、いつものお正月と変わりません。
 我が家で変わったことと言えば、娘が結婚したために、祝い箸が5膳から4膳になり、お雑煮が4つになったことでしょうか。
 日本の料理は、糖質制限食にしている私には幸いします。クワイとサツマイモと蓮根と栗きんとん以外は、すべて食べられるのです。
 
 
 
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 昨年の元旦の写真と見比べてみると、微妙に違う我が家の変化が楽しめます。おもしろいものです。
「京洛逍遙(177)上賀茂神社へ初詣_2011」(2011年1月 1日)

 今年は、下鴨神社へ初詣に行きました。
 手水舎には、まだ紅葉が残っています。
 いつものお正月とは、少し雰囲気が違います。
 
 
 
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 下鴨神社の楼門を見上げると、いつも羽を広げた鳳凰を思い出させてくれます。
 
 
 
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 今年の3月には、昨秋入籍した娘夫婦の結婚式が、この下鴨神社の重要文化財の建物で執り行われます。
 この下鴨神社で結婚式を、という願いを叶えるために、日時の設定を配慮したとのことです。梅から桜へと移り変わる春の日を、今から楽しみにしています。

 そんなことを思っていたら、上空に浮かぶ飛行船が目に入りました。
 元旦の京都上空に、こんな無粋なものは飛ばしてほしくないですね。
 
 
 
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 本人たちに悪意はないつもりなのでしょうが、目立ちたい一心からにしても、状況がまったく見えていません。こんなことをする時代は、もう終わっています。さすがに、かつてのように、スピーカーでがなりたてたりはしていませんが。
 それにしても、この保険会社のトンチンカンな感覚を疑います。外資系の企業がしそうなことです。日本のお正月風景が台無しです。子どもたちだけは喜んでいたようですが。
 八咫烏が飛んでいたのなら、下鴨神社のご祭神である賀茂建角身命とのご縁でおもしろいと思います。しかし、飛行船では興ざめです。

 さて、境内中央の舞殿には、龍を描いた几帳がありました。反対側は、龍の大絵馬です。
 
 
 
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 今年の干支は妻の龍です。
 昨年私を守ってくれた上賀茂神社の開運土鈴の手前に、今日から妻の開運土鈴を飾りました。
 
 
 
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 見るからに、兎よりもずっと力強くて怖そうです。
 干支である龍の勢いそのままに、妻は初詣から帰るとすぐに、大阪の伊丹空港から秋田へ飛び立ちました。還暦になった同級生が集まって、郷里でお祝いの会をするそうです。長く続く、田舎でのすばらしい風習です。還暦を期しての同窓会は、さぞかし盛り上がることでしょう。

 2012年という新たな年が始まりました。
 三が日は、仕事を忘れて予定を組まない、ゆったりとした日々にするつもりです。
posted by genjiito at 20:06| Comment(0) | ◆京洛逍遥