2011年08月06日

66年目の原爆の日

 朝から、広島で開催された平和記念式典(広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式)を中継で見ました。
 広島市長の「平和宣言」と、小学六年生の「平和への誓い」は、東日本大震災を意識したものでした。原爆に向き合う姿勢が具体的で、内容がよくわかる良いものでした。
 ただし、子どもたちがもっと自分の言葉で語ったら、さらに良いものとなったことでしょう。周辺の大人の配慮と苦労があっての結果だとは思います。可能だったら、子供の目線がもっと盛り込まれていたら、という思いがしたのです。ただし、しっかりと前を向いて2人が語っていたので、その後の空疎で政治問題を持ち込んでの原稿を棒読みしていた総理大臣よりも、いっそう頼もしく思いました。

 みなさん、原爆が落とされたことへの言及と悲惨さと戦争反対の意思表明は明確でした。しかし、私がいつも感じる、あの原爆は誰が落としたのか、ということへの言及はありませんでした。被害者の立場に終始し、そこから一足飛びに平和への誓いへと飛躍するものでした。

 原爆を落とした人たちは、今も戦争を止めさせるための正当性を、胸を張って堂々と主張しています。私は、これを許していると、また世界中で大量の人殺しを続けては自分たちの正当性を主張する人たちを、無意味に野放しにするだけだと思うのです。

 そんな民族に、己たちの考えの愚かさを教えることができるのは、日本人しかいません。この平和記念式典は、神聖なものであることはわかります。しかし、私はもっと原爆を落とした人たちに対して強いメッセージを送ってもいいと思います。

 ちょうどこの同じ時に、米国カリフォルニア州サンディエゴでも平和記念式典が行われていたそうです。現在アメリカに住んでいる人たちや地元の市長など約100人ほどが出席したとか。今日の広島には5万人が集まっているので、規模は違います。しかし、小さな集会でもいいので、彼の地での原爆投下に関する平和記念式を継続することで、少しずつ気づいてもらえようにしていくのも、日本流の教え諭す優しさかも知れません。

 広島の平和公園の慰霊碑文が、中継画面に大写しになりました。あの「安らかに眠ってください 過ちは 繰り返しませぬから」という文言です。

 これについては、その解釈を明確にすべきだと、私は思っています。
 この碑文については、以下のブログで書きました。

「「過ちは繰返しませぬ」とは?」(2010年3月 9日)

 また、次の記事でも書きました。

「ピカは人が落とさにゃ落ちて来ん」(2007年8月 6日)

 この中で紹介している「地球のお荷物アメリカ」(2006.9.11)」は、その後にブログがクラッシュしたために消失しました。そこで、復元したものを「【復元】地球のお荷物「アメリカ」」(2011年2月16日)で再掲載しています。

 また、もう一つ紹介している「「日本人を「畜生」扱いするアメリカ人」(2006.9.13)」は、これまた後にクラッシュしましたが、まだ復元していませんでした。
 以下に、今日復元した文章を、以下に掲載します。
 
 

 【復元】「日本人を「畜生」扱いするアメリカ人」
 
(※本記事は、平成19年3月に消失したブログの復元です。)
 
********************** 以下、復元掲載 ********************

 2006年9月13日公開分
 
  副題︰昨日、書き忘れたこと
 昨日は、私見があまり過激に受け取られないようにということに気を配って書いていたので、書き忘れていたことがあります。
 それは、アメリカの大統領の冷酷非道な言葉です。以下に引くのは、日本語訳です。
 この原文をご存知の方、ご教示いただければ幸いです。

 トルーマン大統領が長崎と広島に原爆を落としたときの喜びようは、彼が当時のローマ法王ピウス12世に宛てたメッセージに見事なまでに言い表されている。
 「畜生には畜生に応じた懲らしめが必要なのです」
(堀武昭著『「アメリカ抜き」で世界を考える』29頁、2006.1、新潮社)

 そうです。アメリカ人にとって、日本人は「畜生」だったのです。今も、そのように見られているようです。

 「畜生」の日本語の意味を、参考までにあげます。

 (中略)

 また、英語の辞典には、こう記述されていました。

 (中略)

 なお、上記トルーマン大統領のことばは、井上ひさし氏がよく講演会で引かれるのだそうです。
 アメリカ人のすべてがそうではないでしょうが、多くのアメリカ人がそうであるとは言えるでしょう。
 
********************** 以上、復元掲載 **********************
 
posted by genjiito at 23:45| Comment(0) | ◎国際交流