2011年06月30日

井上靖卒読(128)「あかね雲」「眼」「魔法の椅子」

■「あかね雲」

 冒頭で

川の畔りに人間を置いた情景というものは、私には例外なく、物悲しく、切なく、辛いものである。(250頁、新潮文庫)

というところは、井上靖の作品を読んでいくときの参考になります。
 これは、中学三年生の時の話しです。最後の犬を捨てる話しは、そのありようがわかりません。全体の構成も崩れています。
 短編の難しさを感じます。【1】
 
 
初出誌︰小説現代
初出号数︰1963年2月号
 
新潮文庫︰少年・あかね雲
井上靖小説全集31︰四角な船
井上靖全集6︰短篇6
 
 
 
■「眼」

 小学四年生の時のことです。海水浴場での若い女教員が、活き活きと描かれています。ただし、その後の女教員の生きざまは省略されています。
 最後に少年が病院を訪れて面会するシーンは、感動的な設定となっています。もっと物語の中にいて話しを聞きたい、と思わせる小説に仕上がっています。【4】
 
 
初出誌︰小説新潮
初出号数︰1964年4月号
 
新潮文庫︰少年・あかね雲
集英社文庫︰三ノ宮炎上
講談社文庫︰北国の春
井上靖小説全集31︰四角な船
井上靖全集6︰短篇6
 
 
 
■「魔法の椅子」

 歯医者の椅子に座り、座席が迫り上がってからの己との戦いが、多分にユーモラスに語られます。
 口の中で展開する「海戦」と表現される描写がおもしろいのです。空想を搔き立ててくれる魔法の椅子の話しです。【3】
 
 
初出誌︰小説現代
初出号数︰1965年2月号
 
新潮文庫︰少年・あかね雲
井上靖小説全集31︰四角な船
井上靖全集7︰短篇7・戯曲・童話
 
 
 

〔参照書誌データ〕
井上靖作品館
http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
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2011年06月29日

井上靖卒読(127)「岩の上」「裸の梢」「夏の焔」

■「岩の上」

本作品での「私」は少女です。主人公が女の子というのは、このシリーズでは珍しい設定です。
少女の眼から見える男女の行動を、憧憬と憎悪と期待と嫉妬をもって、身を潜めて見つめるのでした。【3】
 
 
初出誌︰オール読物
初出号数︰1962年1月号
 
新潮文庫︰少年・あかね雲
井上靖小説全集30︰夜の声・欅の木
井上靖全集6︰短篇6
 
 
 
■「裸の梢」
 小学四、五年生の少年の話で、好奇心旺盛な子供のことです。
 月光の中の女が印象的でした。ただし、井上らしくなく、だらしない姿の女として現れるのです。【1】
 
 
初出誌︰週刊文春
初出号数︰1963年1月7日号
 
新潮文庫︰少年・あかね雲
井上靖小説全集31︰四角な船
井上靖全集6︰短篇6
 
 
 
■「夏の焔」

 小学一、二年生の少年の話です。女の子に悪戯をする中にも、見知らぬものへの躊躇いが、うまく描かれています。
 川で泳ぎ遊ぶ子供たちは、健康的な時を持っていました。自然の中で育つという、古き良き時代が活写されています。
 子供の目からみたとき枝は、気怠さだけを感じさせる女です。もっと、このとき枝を描いてもよかったのではないでしょうか。【1】
 
 
初出誌︰小説新潮
初出号数︰1963年1月号
 
新潮文庫︰少年・あかね雲
井上靖小説全集31︰四角な船
井上靖全集6︰短篇6
 
 
 
〔参照書誌データ〕
井上靖作品館
http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
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2011年06月28日

井上靖卒読(126)「ハムちゃんの正月」「とんぼ」「馬とばし」

■「ハムちゃんの正月」

 若い男女の家来のように、忠実に使い走りをする純真な少年が描かれています。自分にわからないことをしながらも、その意味を考えようとします。しかし、相手が喜んでくれることで、納得して二人の間を行き来するのでした。
 熱を出して寝るハムちゃん、というオチが洒落ています。【3】
 
 
初出誌︰週刊新潮
初出号数︰1959年1月12日号
 
新潮文庫︰少年・あかね雲
井上靖小説全集27︰西域物語・幼き日のこと
井上靖全集6︰短篇6
 
 
 
■「とんぼ」

 異人屋敷へ潜り込んで遊ぶ二人の少年の冒険心溢れる物語です。
 小学三年生の少年の心がよくわかります。未知のものへ向かう男の子です。若い男女に対する、潔癖で純真な思いも、うまく表現されています。【2】
 
 
初出誌︰週刊女性自身
初出号数︰1959年2月27日号
 
新潮文庫︰少年・あかね雲
井上靖小説全集27︰西域物語・幼き日のこと
井上靖全集6︰短篇6
 
 
 
■「馬とばし」

 40年ぶりで郷里の思い出に浸ります。競馬のイベントの時の大人の生態を、子供の目線で描いているのがおもしろいと思いました。
 思い出が大きく美しく膨らむものであることが語られています。【1】
 
 
初出誌︰週刊朝日別冊
初出号数︰1960年9月涼風特別号
 
新潮文庫︰少年・あかね雲
井上靖小説全集27︰西域物語・幼き日のこと
井上靖全集6︰短篇6
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2011年06月27日

読書雑記(35)水上勉「雁の村」

 「雁の村」は、水上勉の代表作の1つである『雁の寺』を構成する全4部の中の、第2部にあたるものです。「雁の寺」「雁の村」「雁の森」「雁の死」の4部の第2番目になります。
 舞台は、京都から若狭に移ります。

 第1部の「雁の寺」については、「読書雑記(30)水上勉『雁の寺』」(2011年1月 7日)で書きました。この「雁の村」は、それに続く話が展開します。

 物語は、昭和11年8月から始まります。
 母親に対する息子の懐かしみが、情感をもって読む者に伝わってきます。作者の体験に根差した感情の表出だからでしょう。

 主人公である慈念には、京都の孤峯庵の慈海和尚のことが、常に胸を過ぎります。第1部で明かされた殺人を受けての、慈念の秘め事なのです。自分のしたことを調べに来たのではないかと、見知らぬ人にはまず疑念をもって見つめます。

 慈念が生まれた時の話は、それだけでドラマになります。母の哀れさがひしひしと伝わってくるからです。そして、最後に母に会います。月の夜です。男を誘う母に息を飲み、息子はそのまま行方知れずとなったのでした。

 盲目の瞽女となった母を認めたくない慈念の、この第2部のその後が気になります。【3】

 なお、「あとがき」によれば、この作品の初稿を作者は駄作だと言います。


それにしても、「村」「森」の杜撰さはひどくて、改訂にながい月日を費したのだった。
(中略)この「文庫版」発行を機に、旧版「雁の寺」四部作は絶版とすることにしたい。
    昭和四十九年六月十二日              (文春文庫、319頁)


 作者にそう言われると、かえってその駄作と烙印を押されたものを読みたくなります。
 また、そんなことも報告しましょう。

 水上勉の作品については、本ブログでは以下のものを掲載しています。
 おついでの折にでもどうぞ。
 
「読書雑記(7)水上勉『京の川』」(2008年2月12日)
 
「読書雑記(27)水上勉『湖の琴』」(2010年12月 7日)
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2011年06月26日

江戸漫歩(42)お江戸日本橋へウォーキング

 伊井春樹先生の食生活が、先週の『週刊新潮』(6月23日号)に掲載されていました。「私の週間食卓日記 第682回」という記事で、1週間の食事が詳しく記されています。

 これを読んだ妻が、うちでもマリネをメニューに加えよう、ということで、この記事を参考にして食生活を組んでいます。

 この日記の中で、『源氏物語』の「大澤本」のことが書かれています。「写本を読んで、他のテキストとの違いを比較しています。」ともあります。しかし、先生からのお手紙によると、例えばと聞かれて話したことがこのように毎日調べているように書かれてしまって、とのことです。取材を受けての記事を読むときには、それなりの脚色に注意が必要だということのようです。

 先生の生活の中で、週に2度のスイミングのことが書かれています。毎回、1500メートルほど泳いでおられるのです。

 私も、ちょうど20年前に高校の教員を辞めてからは、先生からいただいたアドバイスを守って、ずっとスポーツクラブで運動をするようにしています。今は、銀座三丁目のアップルストアの並びにあるスポーツクラブの会員です。しかし、最近はサボりがちです。
 これではいけない、と思い、今日はひたすら歩く日にしました。

 宿舎から永代橋を渡って北上し、日本橋から室町周辺を散策しました。実は、昨日のテレビで、この一帯を紹介していたので、興味をもったのが足を向けた理由です。

 茅場町を歩いていたら、みずほ銀行の一角に俳人榎本其角の住居跡がありました。ここが終焉の地のようです。47歳で亡くなっているので、若かったのですね。
 この碑の文字で、「角」の中の縦棒が下まで突き抜けているのに気づきました。
 
 
 

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 さらに北へ歩くと、お江戸日本橋に出ました。
 次の写真は、京都三条からスタートして500キロ地点となる日本橋です。この日本橋に着いた時の気分を思ってシャッターを切りました。もっとも、現状ではその雰囲気など微塵も感じられませんが。
 
 
 
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 お江戸から京都に向かう時には、このような方角になります。首都高速道の高架が邪魔で、何の感慨も催しません。
 
 
 
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 東京は「にほんばし」で、大阪は「にっぽんばし」です。
 お札や郵便切手などには、「日本」と「NIPPON」が並記されているので、「にっぽん」の方が正式の発音なのでしょう。「JAPNA」とも関係する発音かと思われますが、これは専門家におまかせしましょう。

 三越の向かいに、奈良のアンテナショップである「奈良まほろば館」がありました。
 
 
 
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 つい、懐かしさのあまりにいろいろと買い物をしました。奈良にいた時にほしくて買えなかったものが多いのに驚きます。地元で探すよりも、アンテナショップが便利であることを実感しました。
 京都の物産館は、東京駅八重洲口にあります。そこには、非常に上品な、よそ行きの京都があります。しかし、気持ちのいい空間でもあります。

 さて、「奈良まほろば館」の並びのすぐ横には、島根県の食事ができる「島根料理 主水」という店がありました。生まれ故郷を思い出し、早速入りました。
 
 
 
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 「海鮮がいな丼」はお昼の限定30食とありましたが、飛び込みにもかかわらず幸運にも何とか間に合いました。これには唸ります。そして、出雲名物の割子そばも……。妻と2人で分けながら食べました。大満足です。
 このまた隣が、「にほんばし島根館」という島根県のアンテナショップでした。ここでも、懐かしさのあまりに、いろいろと買ってしまいました。
 
 
 
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 ブラブラしての帰り道、人形町の一角に谷崎潤一郎の生誕の地があったので足を留めました。松子さんの書です。隣の「幻の羊かん 細雪」は閉まっていました。
 
 
 
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 この建物には、「にんぎょう町 谷崎」というしゃぶしゃぶ料理の店があります。店の看板の文字も松子夫人のようです。これは、機会があれば、ということにしましょう。
 
 
 

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 運動がてらの散策が、意外にも実りあるものとなりました。
 これは、今後もと続けたいと思います。
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2011年06月25日

江戸漫歩(41)楽天地天然温泉「法典の湯」

 JR武蔵野線の船橋法典駅から線路沿いに歩いて5分のところに、楽天地天然温泉「法典の湯」があります。
 住宅地の中です。
 
 
 
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 土の香りがする源泉かけ流しの温泉が気に入りました。これは、地下1,500メートルから湧き出る天然温泉です。化石海水と呼ばれる塩分の強い泉質とのことで、茶色い泥水を思わせます。いかにも温泉に入った、という気分にしてくれます。

 ここの住所は千葉県市川市なので、江戸ではありません。しかし、今いる宿舎から1時間以内で行けるので、身近な温泉地だといえます。
 東京とその近郊には、このような近年掘られた天然温泉がいくつもあります。
 日帰りに最適なので、折々に温泉巡りをしているところです。

 これまでに行った関東の温泉を、気に入った順に列記しておきます。
 今回の「法典の湯」は、上から2番目というところでしょうか。
 
 
(1)「前野原温泉さやの湯処」(2011年5月 9日 )

(2)楽天地天然温泉「法典の湯」(2011年6月25日)

(3)「東京染井温泉サクラ」(2011年6月7日)

(4)「深大寺温泉」(2011年5月 7日)
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2011年06月24日

末松謙澄の英訳『源氏物語』のその後

 手にした末松謙澄訳『源氏物語』が、奥付の切り取られたものだったことについて、その後の報告です。

 実際に切り取られていた箇所は、次のような状態でした。
 
 
 

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 さらには、明治14年版ではなくて明治27年の第2版であったこともあり、書店からお詫びのメールをいただくと共に、引き取るので返本・返金をという提案を受けました。
 確かに、表紙は色褪せ、中はカビと紙ヤケのある小汚い本です。しかし、縁あって私のところに来た本なので、「この状態の本として適当な金額をお決めくだされば、それでいただきたく思います。」という、この本を手元に留め置きたい旨の返信をしました。
 本は、探し求める人にお出でお出でをする、ということを信じている私は、この本との縁を大切にしたいという思いがあるのです。

 結局、価格の3分の2の返金をしていただく提案を受けて、こちらからは何も提示せずにそのまま了承しました。この本の状態を考えると、その半値くらいの価値しかないと判断しますが、本の出会いを優先して、本日神保町の書店に足を運びました。

 その後、その足で千代田図書館へ行き、反町茂雄氏のコレクションである古書販売目録の調査をしました。
 調査を進めていると、昭和3年の朝倉書店の目録を調べていた時に、なんと末松訳『源氏物語』がリストに掲載されているのが目に留まりました。


197 ○源氏物語 日本文庫/末松氏 洋一 6、50

 
 
 
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 この英訳源氏は、私とよほど縁がある本のようです。
 今日の古書店でのやりとりの結果として手元に残った本は、奥付が切り取られた、ほとんど価値のない本でした。しかし、こうして目録で出会えたことも、まさに縁としか言いようがありません。昭和3年には、6円50銭で売りに出ていたのです。

 本来ならば、この本の奥付は以下のように記されているものです。
 国際日本文化研究センターから公開されているデータを引いておきます。


奥付(裏遊び紙第 2 葉裏)
明治二十七年十一月廿五日印刷  仝 十一月廿八日發行 賣價金壹圓廿五錢
郵送料 金八錢 編輯兼發行者 富田源太郎 東京市京橋區八官町三番地 
印刷者 根岸高光 東京市牛込區市ヶ谷加賀町一丁目廿三番地 印刷所 株式會社
秀英舍工塲 東京市牛込區市ヶ谷加賀町一丁目十二番地 賣捌所  東京通三丁目
横浜辨天通三丁目 大阪心齋橋通北久寳寺町 丸善書店 其他各所各店にて販賣す
又代價及郵送料送附あれは直ちに郵送す(郵便切手代用は壹割増の事)


 今回、末松謙澄の『源氏物語』に関しては、ほとんど収穫はありませんでした。しかし、本との出会いと縁を、充分に楽しむことになりました。
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2011年06月23日

井上靖卒読(125)「黙契」「白い街道」「ある女の死」

■「黙契」
話の意外な展開に、次はどうなって行くのか楽しみで、つい読んでしまいます。井上の話術のうまいところです。スーッと展開して行くので、つい引き込まれてしまいます。
父と息子の姿が、二人だけの約束事で結ばれています。親子の気持ちの上でのつながりが、うまく描かれています。これは、些細な出来事です。しかし、息子は終生守り通すのです。これは、男同士の思いやりであり、優しさの一種だといえます。【3】
 
 
初出誌︰小説公園
初出号数︰1955年2月号
 
新潮文庫︰少年・あかね雲
集英社文庫︰三ノ宮炎上
旺文社文庫︰滝へ降りる道
潮文庫︰桜門
井上靖小説全集6︰あすなろ物語・緑の仲間
井上靖全集4︰短篇4
 
 
 

■「白い街道」
子供たちの遊びを通して、大人の男女を見る少年たちの目の純真さを描いています。
何でも「あやしい」と思う少年の姿が新鮮です。少年たちが遊びを通して、小さな集団の中で見せる仕種や気持ちが、うまく掬い取られています。姉を見るさくしゃの目も、素朴で素直です。何となく不可思議な大人の世界を覗く、少年の心理がうまく描かれています。【4】
 
 
初出誌︰面白倶楽部
初出号数︰1955年3月号
 
新潮文庫︰少年・あかね雲
井上靖小説全集6︰あすなろ物語・緑の仲間
井上靖全集4︰短篇4
 
 
 

■「ある女の死」
お妾さんを巡っての、大人の世界を垣間見た少年の純真さが、丹念に語られていきます。そして、猛吹雪の中での男女二人の結末が印象的です。事の急展開がうまいところです。
その原因を解明する登山の知識も、雪の中の様子を鮮やかに映し出す役割を果たしています。この結末によって、作品がきれいに仕上がりました。【5】
 
 
初出誌︰小説新潮
初出号数︰1957年10月号
 
新潮文庫︰少年・あかね雲
井上靖小説全集27︰西域物語・幼き日のこと
井上靖全集5︰短篇5
 
 
 

〔参照書誌データ〕
 井上靖作品館
 http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
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2011年06月22日

井上靖卒読(124)「晩夏」「少年」「帰郷」

■「晩夏」
 一人の美少女に対する想いをさまざまな形で表現する、小学四、五年生頃の私を丹念に描いています。
 美しいものへの憧れと、遠ざけようとする気持ちがよくわかります。子供の目から見た美しいもののありようが、壊れないように語られています。
 心惹かれるからこそ意地悪をする男の子。その少女と親しそうにする大学生を、松林で小石を投げて襲撃するのです。少女一家が村を去る時、バスを追いかける子供たち。少年の心の中が、こうした行動を通して描かれています。
 井上が少年を扱った作品は、自伝的な作品が多いようです。【3】
 
 
初出誌︰別冊小説新潮
初出号数︰1952年9月号
 
新潮文庫︰少年・あかね雲
旺文社文庫︰滝へ降りる道
井上靖小説全集6︰あすなろ物語・緑の仲間
井上靖全集3︰短篇3
 
 
 
■「少年」
 伊豆の山村での、小学生時代の話で始まります。そして今、同じ年頃の子供に転じます。
 かつて、田舎から見た町の子たちへの思いと、自分の子を通してわかった町の子の田舎への「ひけめ」が、子供の世界から描き出せたところがいいと思いました。
 文庫本で5頁ほどの小品です。しかし、自然と少年とが浮き彫りにされた、好短編です。【4】
 
 
初出誌︰サンデー毎日
初出号数︰1954年1月新春特別号
 
新潮文庫︰少年・あかね雲
井上靖小説全集6︰あすなろ物語・緑の仲間
井上靖全集4︰短篇4
 
 
 

■「帰郷」
 伊豆の小さな村での話。ここでも、子供たちは襲撃が関心の的です。
 子供にはわからない、大人の女の行動や言葉。その不透明なものが、うまく語られています。【3】
 
 
初出紙︰サンケイ新聞
掲載日︰1955年1月9日夕刊
 
新潮文庫︰少年・あかね雲
井上靖小説全集6︰あすなろ物語・緑の仲間
井上靖全集4︰短篇4
 
 
 
〔参照書誌データ〕
 井上靖作品館
 http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
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2011年06月21日

谷崎全集読過(12)『陰翳礼讃』

 最近の街は節電のためということで、薄暗いお店や電車などなど、日常的に暗い世界と接するようになりました。
 職場も、会議中の照明が消され、配布された書類を読むのに苦労するようになりました。オール電化を目指した職場の建物は、至る所で節電との矛盾を露呈しています。
 節電の意義はわかります。しかし、それが突然のことなので、生活環境が追いついていません。

 そんな日々の中で、谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』を思い出し、中公文庫版の本を手にしました。巻末の解説が吉行淳之介だったことが、谷崎全集ではなくて、この文庫で読んだ理由です。

■「陰翳礼讃」
 今日本は、東日本大震災と原発事故で、突然降って沸いたように騒がれ出した節電キャンペーンの中にあります。そのことを、早くも谷崎は昭和8年に、当時の社会状況の中で日本文化として指摘しています。特に、無用の照明や明るすぎる生活環境になったことへの不快感は、今にしてもっともと思うものです。
 谷崎のこの文章は、期せずして今の世の賛同と理解を得やすいものとなっているので、興味を持って読み進みました。
 これまでにこの本を何度か読んでいた私は、旧弊に拘った頑固者のオタク的発言だと思っていました。しかし、電気をコントロールせざるをえない現在の状況では、日本で生きる上での心構えを再考することを迫る力が滲み出ている、谷崎流の提言の文となっています。
 その視点に、今だからこそ新鮮さを見つけてしまったように思います。
 最後は、「試しに電燈を消してみることだ。」と結ばれています。それによる不便は痛感しながらも、これからの日本を見直す上では有効な手段です。電気を消してどうするか。美学や伝統という観念論ではなくて、問題は具体的な日々の生活の営為に行き着きます。【4】
 
初出誌︰「経済往来」昭和8年12月号・昭和9年1月号
 
 
■「懶惰の説」
 怠け者のすすめ、とでも言える評論となっています。「何もしない」ということは悪徳なのか、という本質に切り込んでいます。
 今の私には、大いに参考となる物の見方が示されていて、興味深く読みました。【3】
 
初出誌︰「中央公論」昭和5年5月号
 
 
■「恋愛及び色情」
 日本の文学とは何か、ということを考えさせてくれました。また、谷崎の女性観がよく表れてもいます。
 インドや『源氏物語』に関する言及が多いのは、この時期の谷崎の興味と関係するからでしょうか。ただし、『源氏物語』に関しては、まだ作品を深くは読み込んでいない段階のように思われます。谷崎の旧訳と呼ばれる『源氏物語』の現代語訳は、昭和14年から刊行されます。この文章が書かれている昭和6年は、だいぶん前のことになります。
 ここでは、西洋と日本の女性が対比的に語られています。これは、わかりやすい文化論となっています。【2】
 
初出誌︰「婦人公論」昭和6年4月号〜6月号
 
 
■「客ぎらい」
 自分の生き方を通したいが為の、いわば言い訳を記したものです。
 どう見ても我が儘です。しかし、当人にとっては、我が身を守る手段としての保身の術が述べられているのです。
 冒頭の猫の尻尾の例は、なかなかユーモラスでおもしろいものです。【2】
 
初出誌︰「文学の世界」昭和23年10月号
 
 
■「旅のいろ/\」
 委細は語らないで、旅の楽しみ方を伝えています。人それぞれに楽しみがあるということです。そして、話は老いの繰り言になります。急行でなくてもよいこと、大阪人のだらしなさ、乗り物の室内が暑いこと、などなど。ホテルよりも旅籠屋を勧めます。襖を閉めないことをなじり、女中さんに当たります。最後は、日常と違った三等旅行を勧めます。
 旅の楽しみ方がおもしろいと思いました。【1】
 
初出誌︰「文藝春秋」昭和10年7月号
 
 
■「厠のいろ/\」
 昔から、糞尿譚は楽しく読めます。この文章も、軽妙でいいと思います。この種のネタについて、人はなぜこんなに活き活きと語れるのか、おもしろいものです。この手の話は、もっと聞きたいと思わせます。【2】
 
初出誌︰「経済往来」昭和10年8月号
 
 
 
 「インド」と「源氏物語」に関することが書かれている箇所を、この中公文庫版(1995年改版)の頁数を記して備忘録としておきます。
 ●「インド」 18,25,71,120,123頁
 ●「源氏物語」 100,108,126,134,140頁
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2011年06月20日

お通夜で奥様にお休みのあいさつをする

 小林茂美先生の奥様である登志子先生のお通夜に行ってきました。
 一年ぶりに田無駅に降り立ち、斎場に向かいました。

 三十数年前、高田馬場やこの田無の周辺で、茂美先生と妻共々、夜中に飲み歩きました。
 酔い潰れた茂美先生を奥様に引き渡して帰ったことが、何度もありました。

 斎場では、懐かしい人とあいました。
 みなさん、それぞれに、楽しくもあり、辛くもあった在りし日を思い出しながら、その背景に居られた奥様に想いを馳せておられる様子でした。

 今日は、奥様との寂しいお別れでした。
 お疲れ様でした、大変な85年でしたね、どうぞごゆっくりお休みください、と声をかけてさしあげました。
 あら伊藤さん、そんなこといったら、まるで私がもう死んでしまったみたいじゃないですか、とパッチリ目を覚まし、起き上がってこられるのでは、と思ったりしました。
 まぁまぁ、どうぞお休みを、と言って押し留め、祭壇を降りて斎場を後にしました。
posted by genjiito at 23:12| Comment(0) | 回想追憶

2011年06月19日

奥付が切り取られていた末松謙澄訳『源氏物語』

 一昨日、「本と出会う楽しみ−末松謙澄と池田芙蓉」という記事を書きました。そこで紹介した末松謙澄訳『源氏物語』が手元に届いたので、以下に報告します。
 
 
 
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 結論から言えば、これはラリー先生がお持ちの本と同じもののようです。つまり、明治27年の第2版だと思われます。
 思われます、と記すのは、送られてきた本の巻末にあったはずの奥付頁が切り取られているものだったからです。

 書店からの事前の情報には、この奥付が切り取られていることが告知されていなかったので、本を手にしてガッカリしました。また、直接書店に足を運んで行ったときも、書店から倉庫に電話をしてもらって確認したのですが、その時にも1881年(明治14年)の本で丸屋の版だとある、とのことだったので、ついそのことばを信じて安心して購入してしまいました。

 参考までに、扉と序文、そして挿入されている絵を紹介しておきます。
 
 
 
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 ラリー先生がお持ちの本は、「表紙は石山寺からみた琵琶湖を連想させる絵」だとのことなので、手元の本はその絵を本文中に挟み込んだ異版なのかもしれません。いずれにしても、奥付が切り取られているので、これ以上の情報は得られません。

 ただし、裏表紙見返し部分に、この本の来歴が記されています。それが私もよく知っている先生の手になるものなので、このメモ書きが貴重な本だとは言えるでしょう。
 とり急ぎ、入手した本の報告まで、
posted by genjiito at 22:51| Comment(0) | ◆源氏物語

2011年06月18日

小林茂美先生の奥様の訃報

 久しぶりに、大阪府八尾市高安にある我が家のお墓にお参りをしました。
 もろもろの報告をするためです。
 奈良にいた頃にお世話になっていた薬師寺の御師さんにもお越しいただき、心の籠もったお経をあげていただきました。ささやかな法要となりました。
 お墓は、信貴霊園というところで、高安山の手前にあります。
 眼下には、私が通った小学校と中学校が見えます。
 写真の中央右、鉄塔の右側に薄茶色の学校のグランドが見える所がそこです。
 
 
 

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 帰りに、山を1つ越した所でかつての住まいがあった平群町へ、お茶のお稽古に行く予定をしていました。しかし、体調が思わしくなかったので、無理をせずに京都の自宅を目指しました。

 その帰り道で、恩師小林茂美先生の奥様の逝去の報を受け取りました。

 恩師小林茂美先生がお亡くなりになったのは、2009年5月12日でした。その後、折を見ては本ブログでも先生を偲ぶ文章を書いてきました。そして、奥様のことも、その中で折々に記しました。
 妻と共に、大学に入学して以来、ずっと気にかけてくださったお二人が、あっという間におられなくなったのです。
 奥様とは、下記「小林茂美先生を送る灯」に記した時のことが、今でも鮮やかに蘇ってきます。

「小林茂美先生のご逝去を悼んで」(2009年5月19日)


「小林茂美先生を送る灯」(2009年7月16日)


「小林茂美先生 お別れの会」(2009年8月 9日)


「インドからのお客様を小林茂美先生宅へ」(2009年11月29日)


「恩師の奥様と池田亀鑑」(2010年1月 5日)


 昨年の2月には、茂美先生がお亡くなりになる直前に病床で語られたインドの河の辺から、奥様にお電話をしてもろもろの報告をしました。
 今年の2月にも、インドからの報告を奥様にするためにお電話をしました。すると、奥様はちょうど病院から退院された直後でした。昨年の夏にガンの手術をし、以来入院していたとのことです。私と同じ状況におられたことを知り、インドと日本という距離をすっかり忘れて、長い時間お話をしました。

「朝日を拝む」(2011年2月22日)

 帰国してすぐに奥様にまたお電話をし、お見舞いに行く日時を相談しました。
 4月になってから、妻が奥様にお電話をしたところ、懐かしさもあってか長時間の会話となったようです。そして、近日中に抗ガン剤の治療に入るので、5月の連休明けにでも逢いましょう、ということになっていました。

 その後、連絡が途絶えたままだったので、大変な治療の日々を送っておられるのだろうと思っていた矢先の、今日の訃報の連絡でした。

 今日、その知らせを伝えてくださった出版社のS社長とは、3週間前の中古文学会の折に一緒に見舞いに行く日時を相談していました。その日程を調整していたところだったので、てっきり今日の連絡はそのお見舞いに行く日の件だろうと思っていたのです。
 とにかく、驚きました。

 私と妻が19歳の時からなので、40年にわたり奥様にはいろいろとお世話になりました。お電話をすると、いつも楽しい長話になっていました。にわかに信じがたいのですが、これはいたしかたありません。

 先月刊行した『もっと知りたい 池田亀鑑と「源氏物語」第1集』は、すぐに献本としてお送りしたので、ひょっとしたら奥様はご覧になられたかもしれません。奥様は学生時代に、椎名町にあった池田亀鑑のご自宅に、アルバイトとして写本の書写をするために通っておられたのです。一度詳しくお話をうかがっています。もう一度、さらに突っ込んで『源氏物語大成』を作成していた当時の状況を伺おうとしていたところでした。

 お通夜は、6月20日(月)午後6時より、西武新宿線田無駅から徒歩5分のところにある、田無山総持寺の大日堂斎場です。
 告別式は、翌21日(火)の午前11時より、同じく大日堂斎場で執り行われます。
 私は妻と共に、お通夜に行くことにしています。

 奥様のご冥福をお祈りいたします。
 長い間、我ら夫婦のことを気にかけていただき、本当にありがとうございました。
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | 回想追憶

2011年06月17日

本と出会う楽しみ−末松謙澄と池田芙蓉

 いつも色々と教えていただくK先生から、嬉しいメールが来ました。
 末松謙澄の英訳源氏の本が、ネットに出ているとのことなのです。
 早速予約を入れました。

 これまで、この本との出会いがなかったのは、ネットに掲載されている書店のブックリストに、末松謙澄の「謙」が「兼」で入力されていたからです。検索にかからなかったはずです。


[英]源氏物語
末松兼澄、丸屋、明14、1冊
クロス装 木版口絵入 丸屋
◯◯書店 ●●●円


 この本については、異版をずっと探していました。仲間のラリー・ウォーカー先生がお持ちの本を拝見して以来です。
 4年前に刊行されるはずだった『源氏物語【翻訳】事典』が、不手際からいまだに完成していません。解題やコラムを書いていただいた多くの先生方には、平身低頭平謝りの数年です。何とか今秋には刊行できるように、最後の確認作業をしているところです。この本については、もうしばらくお待ちください。
 その『源氏物語【翻訳】事典』で、ラリー先生にはこの末松謙澄訳の『源氏物語』について、解題とコラムを担当していただきました。『源氏物語【翻訳】事典』がまだ刊行されていないので、その内容をここで少し紹介しておきます。ラリー先生、編集が遅くなっていることを、お許し下さい。
 ラリー先生がお持ちの本は、明治27年の第2版です。表扉に「Z.P.Maruya & Co.,Limited」とあり、裏側には日本語で「丸善書店」とあるものです。
 沼沢龍雄の『日本文学史表覧』(昭和9年、明治書院)の別冊年表によると、その「Genji Monogatari」のグループの最初に、末松謙澄の源氏訳が明治14年に丸善社から刊行されたとなっています。明治14年というと、末松謙澄はまだイギリスにいた頃です。続いて、明治15年にロンドンで刊行されています。
 この明治14年版の謙澄訳『源氏物語』が確認できていないので、その初版については不明な点が多いのです。

 今日、K先生から教えていただいた本は、本屋さんの情報によると、明治14年に丸屋から刊行されたもの、とあります。しかし、出版元である丸屋商社は、明治13年に丸善商社に改組され、明治26年に株式会社となり、今の丸善へと続いています。

 明治14年に丸屋から刊行されたとあることが、どうも気になっていた本なので、これは初版なのではないか、と早速注文しました。この当時の本はよくわからないことが多いので、とにかく実物を入手してから考えるしかありません。初版ではなくて、第2版であっても、何か違うかも知れませんので。

 今日は、千代田図書館へ古書販売目録の調査に行く日でした。末松の源氏訳の本を注文した書店が神保町にあることに気付き、図書館へ行く前に立ち寄ることにしました。

 注文した本は店頭にはなく、倉庫にあるとのことで、持ち帰ることはできませんでした。しかし、その奥付の詳細を倉庫に電話をしてもらい、確認することができました。しかし、それでもよくわかりません。現物を見れば、また何か新しいことがわかるかもしれません。この本が届くのが楽しみです。

 神保町に足を向けたのは、もう一つ目的がありました。それは、池田芙蓉の空想冒険小説『馬賊の唄』(昭和50年、桃源社)を店頭に置いている書店があるからです。再編集本ですが、小説家池田亀鑑を考える上では、大切な資料ともなります。
 このことは、ネットで見かけたので知っていました。まずは、実物を見て、本の状態を確認してから買おうと思っていました。ちょうどいい機会です。

 実際に『馬賊の唄』を手にすると、予想外に綺麗で帯も付いていたので、迷わず購入しました。
 
 
 

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 この冒険少年小説の作者である池田芙蓉とは、実は池田亀鑑のペンネームなのです。
 小説家池田亀鑑は、多くの筆名で少年少女小説を書いていました。池田芙蓉、青山桜洲、村岡筑水、北小路春房、闇野冥火、富士三郎などのペンネームがわかっています。これは、古典籍を購入する資金の調達に奔走していたからです。
 それよりも何よりも、亀鑑自身が空想の世界に遊ぶことが好きだったこともあります。
中学生のころから、荒唐無稽な話を書いていたことが、『文範』という習作帖を見るとわかります。この『文範』については、またいつか詳しく紹介します。

 今、京都に向かう新幹線の中です。
 シートに蹲りながら、小説『馬賊の唄』のページを繰っています。
 
 
 
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 今から見ると、照れくさくなるような美文調です。このリズムは、私が小さい時に読んだ活劇物を思い出させます。
 得難いものとの出会いを、今こうして楽しんでいます。
 本は、読み始めや読み終わりだけでなく、その本を手にするまでのプロセスも楽しいものです。
 その後の千代田図書館での調査も含めて、収穫の多い一日となりました。
posted by genjiito at 23:38| Comment(0) | 池田亀鑑

2011年06月16日

昭和6年に大正大学で展示された古写本『源氏物語』

 昭和6年に、大正大学で1つの展覧会がありました。
 そこには、池田亀鑑が所蔵していた古典籍が多数展示されたのです。
 これまでに指摘がなかったことなので、取り急ぎここに取り上げて報告します。

 まず、昭和6年から昭和12年までの『源氏物語』の研究史を、『源氏物語事典』(東京堂)
の「源氏物語年表」を引いて確認しておきます。
 ここでのポイントは、『源氏物語』の展覧会が昭和7年に東大で開催され、昭和9年に松屋であり、そして昭和12年に再度東大で行われていることです。
 昭和9年の松屋での展覧会については、『もっと知りたい 池田亀鑑と「源氏物語」第1集』(伊藤鉄也編、新典社)所収の田坂憲二氏による「『校異源氏物語』成立前後のこと」に詳しく述べられています。これは、ぜひ参照していただきたい論考です。


昭和六年(一九三一)九月、石村貞吉の「紫式部」刊行
 九月、雑誌「月刊日本文学」は源氏物語号を出した
 七年にかけて、「新講源氏物語」十二冊刊行、石田元季以下六人が十二帖を二帖ずつ訳注した

昭和七年(一九三二)三月、藤田徳太郎の「源氏物語研究書目要覧」刊行
 六月、「日本文学大辞典」第一巻刊行、池田亀鑑執筆の源氏物語の項、その他関係の項は、従来の研究を概観した
 十月、宮田和一郎の「増訂対訳源氏物語」巻一花宴まで刊行、同八年四月巻二絵合まで刊行
 十一月、芳賀博士記念会の事業、池田亀鑑の「校異源氏物語」の稿本が完成したので、蒐集した資料の一部を東京大学で展観した、本文資料は青表紙系統六十二種、河内本系統三十四種、別本系統二十四種を算した

昭和八年(一九三三)一月、池田亀鑑の「源氏物語系統論序説」刊行
 十月、山口剛の「江戸文学研究」刊行、(中略)
 十一月、鼓常良の「日本芸術様式の研究」刊行、(中略)

昭和九年(一九三四)二月、岡崎義恵の「光源氏の道心」出ず、(中略)
 番匠谷英一脚色の源氏物語が紫式部学会の主催で上演されようとして、当局から差止められ、用意された装束その他は松屋で展観され、その台本は翌年「戯曲源氏物語」として刊行された
 六月、「尾州家河内本源氏物語」を金属版で複製刊行した、(中略)
 七月、山田孝雄の「源氏物語之音楽」刊行、(中略)
 七月、武笠正雄の「源氏物語書史」刊行
 十一月、今小路覚瑞の「紫式部日記の研究」刊行

昭和十年(一九三五)四月、原田芳起の「日本小説評論史序説」刊行、(中略)
 九月、島津久基の「物語日本文学源氏物語」上刊行、同十一年一月下刊行、梗概書
 十二月、山岸徳平の「尾州家河内本源氏物語開題」刊行、同十一年二月「河内本源氏物語研究序説」と改題刊行

昭和十一年(一九三六)三月、磯部貞子の「源氏物語女三宮事件の構成」出ず
 五月、島津久基の「源氏物語新考」刊行
 十月、木枝増一の「構想より観たる源氏物語の文学性」出ず
 十二月、渡辺栄の「源氏物語従一位麗子本の研究」刊行

昭和十二年(一九三七)二月、東京大学国文学科で、芳賀博士十周年の忌辰に、源氏物語古写本、古注釈書三十余部を展観した
 五月、重松信弘の「源氏物語研究史」刊行、専書の最初である
 六月、吉沢義則の「対校源氏物語新釈」第一冊刊行、(中略)
 十月、雑誌「文学」は源氏物語特集号を出した、(中略)
 十一月、山脇毅の「源氏物語匂宮紅梅竹河について」出ず
 二月から十五年にかけて「源氏物語総釈」六巻刊行、島津久基以下多数の人が分担執筆した
 五月、岡崎義恵の「日本文芸学」十五年に「日本文芸の様式」刊行、(中略)


 さて先日、池田亀鑑のご子息である研二先生より、『国文学資料展観目録』という冊子を探し当てた、ということで、42頁の冊子を送ってくださいました。
 同封されていたその他たくさんの貴重な資料の数々は、調査と確認ができ次第に順次ここで紹介していきますので、しばらくお待ちください。

 新出と言える『国文学資料展観目録』には、その表紙に次のような文字が印刷されています。
 
 
 
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昭和六年五月八日、九日午前九時ヨリ午後五時マデ
  国文学資料展観目録
    主催 大正大学郊北文学会


 巻頭の「はしがき」によると、これは大正大学国文学科が郊北文学会を起ち上げ、8日に釈尊の降誕会を大学で行うのを機会に、午前中に高野辰之先生の講演会を、午後から翌9日にかけて国文学の写本類と近世歌人及び国学者の筆跡類を陳列することになったのです。
 この冊子の29頁以降は、「郊北文学会の誕生」と題する高野辰之先生の講演録となっています。
 
 
 
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 そして、その「はしがき」には、「事は早急に企てられましたので、諸方より借用せず、差向高野辰之池田亀鑑亀鑑両人の蔵品中から四百点ばかりを選んで列ねます。」とあります。
 また、中程には次のように語られています。


事は急々の間に計画されましたので、一切うち/\だけでといふことにして、講演を松浦一先生と池田亀鑑君に御願ひ致しました。展観も広く世の蒐集家から借用して陳列する時間がありませんでした。実はそれを致す費用も持合せてゐないのでございます。とりあへず在合せのものといふことに致しまして、池田君と私の物だけで間に合せることにしました。池田君は、平安朝文学の蒐集にかけては東京で屈指どころか第一人者であらうと思ひます。源氏物語と伊勢物語とが特によく集めてあるやうですが、共に何百部づつかありませう。そのうちから優秀なものだけを出して貰ひました。(六〜七頁)


 池田亀鑑は、昭和4年12月より大正大学の教授になっています。その関係で、高野教授に協力したものと思われます。

 目録に掲載された337点の中から「池田亀鑑氏蔵」とあるものを数え上げると、129点にも及びます。「西下経一氏蔵」1点、「松田武夫氏蔵」3点の他は「高野辰之氏蔵」とあります。

 展示品の内容は、

第一 物語(137点)
第二 歌書 付 朗詠、日記(40点)
第三 連歌(64点)
第四 随筆 及 歴史(13点)
第五 戦記物(25点)
第六 近世歌人国学者墨蹟(58点)

となっています。

 物語137点の内、93点が池田亀鑑所蔵の写本なのです。そして、さらに池田亀鑑蔵の『伊勢物語』が36点、『源氏物語』が33点です。
 『源氏物語』の箇所を写真で掲載します。
 
 
 
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 ここで、「四九 源氏物語 三条西家証本五十四帖」とあるのはどういうことでしょうか。
 三条西本は、宮内庁と日本大学にあるものが有名です。その他には、早稲田大学本、吉川家本、蓬左文庫本があります。
 「三条西家証本」と言うと、一般には日大本のことを思います。『源氏物語大成』でも、三条西家本として校異に採択されたのは日大本の方でした。しかし、それは三条西家に伝わった本なので、この昭和6年の時期に池田亀鑑の所蔵になったとは思えません。
 とするとここは、現在宮内庁書陵部にある本なのでしょうか。しかし、書陵部本は山岸徳平先生が『日本古典文学大系 源氏物語』(岩波書店)の底本にされたものです。池田亀鑑と山岸徳平は仲が悪かったことが知られています。その仇敵ともいうべき書陵部本を、この時期に池田亀鑑が所蔵していたとも思えません。このことは、とにかくよくわかりません。

 また、「五三 源氏物語 文明頃古写 五十四帖」とあるのは何でしょうか。現在広く読まれている大島本は、その奥書によると室町時代の飛鳥井雅康が文明13年に作成したとされています。この大島本に該当しそうですが、大島本は昭和8年頃に佐渡から見つかったものとされ、また現在大島本は「浮舟」巻を欠く全53帖です。もし、この大正大学で展示された「文明頃古写 五十四帖」が大島本だとすると、昭和6年当時は「浮舟」巻を含む全巻が揃っていたということなのでしょうか。

 さらに、「五四 源氏物語 天正古写 四十八帖」とあるのは、巻末に「天正十五年書之 主麦生鑑綱筆」とある天理図書館蔵「麦生本」(44冊)が該当しそうです。この「麦生本」は池田亀鑑の桃園文庫にあったものです。ただし、これも冊数が少し異なります。

 この大正大学で展示された『源氏物語』の写本は、非常に興味深いものです。池田亀鑑が『校異源氏物語』の前身である『校本源氏物語』を作成していた時期の所蔵本のリストということで、今後ともさらに調査を続けていきたいと思います。

 こうした点について、ご教示をいただければ幸いです。
posted by genjiito at 22:40| Comment(0) | 池田亀鑑

2011年06月15日

池田亀鑑の旧蔵書を活用した研究発表

 国文学研究資料館で本日開催された「第3回 国文研フォーラム」は、本年度着任された神作研一さんの「江戸の源氏学」と題する研究発表でした。
 この発表で紹介された資料は、現在は東海大学の桃園文庫が所蔵しているものです。ただし、これはかつては池田亀鑑が所蔵していた江戸時代の写本です。桃園文庫の中の1冊として、東海大学に寄贈された本です。

 これまで、この本については、伊井春樹先生が編集された『源氏物語註釈書・享受史事典』(東京堂、2001年)に、書誌と解題が紹介されているだけでした。

 池田亀鑑も、この本については何も発言していませんし、昭和7年、昭和9年、昭和12年の『源氏物語』の諸本を展覧したときのリストにもあがっていません。明日以降に紹介する予定の、昭和6年に開催された立正大学での展示にも、この池田亀鑑旧蔵の『源氏物語』の注釈書は展示されていません。どうやら池田亀鑑は、この本を昭和20年前後に入手したようです。
 ここまでは、私のメモです。

 さて、本日の神作さんの発表要旨は、すでに国文学研究資料館のホームページで告知されているので、あらためてここに引いておきます。


近年の研究の進展によって、香川宣阿・平間長雅ら元禄前後に上方で活躍した地下の二条派歌人たちが、和歌史的にも文学史的にも存外に大きな役割を果たしていたことがわかってきた。本発表では新たに、江戸時代における源氏研究を例として、彼ら〈上方地下〉の古典学追究の実態と性格の一端を明らかにする。具体的には、『源氏物語伝来書』(東海大学付属図書館桃園文庫蔵・写一冊)なる一書を窓口として、二条派系の注釈書による〈知〉の基盤整備の重要性に目を向けてみたい。


 これまで誰も注目しなかった資料を活用して、江戸時代の『源氏物語』の受容を確認し、和学の伝統を考えようというものです。堂上と地下に留まらず、江戸と上方という東西にも視点を配っての、非常に新鮮な研究発表でした。

 『源氏物語伝来書』は、『湖月抄』を逆照射する性格を持っている本のようなので、このようなアプローチは私にとっても大変興味のあるテーマです。
 新しい視点で新しい道を照らす研究として、これからの進展を楽しみにしたいと思います。
 あまり内輪で誉めてもいけないのでしょうが、とにかくおもしろい発表でした。

 誰も詳しくは言及していなかった資料の価値を見極め、こうして発表にまで持って行くのには、目に見えないところでの膨大な時間があったはずです。若いからではなくて、しっかりとした気持ちがあったからこそ、こうした発表に展開したと言えるでしょう。
 思いつきに留まらない、今後の研究につながるものとして、さらなる成果が期待されます。
 頼もしい仲間の参入に、しかも『源氏物語』も視野にはいっている研究者を迎え、こちらも元気が出てきます。

 今日は、教えられることばかりでした。
 私も、このテーマに質問や疑問をぶつけられるように、しっかりと勉強しなければなりません。

 なお、本日開催された「国文研フォーラム」というのは、次のような趣旨で開催されているものです(国文研のホームページより)。


国文学研究資料館では、本年度より、当館の研究活動の成果発信へ向けた取り組みの一環として、国文研フォーラムを開催することといたしました。このフォーラムを通して、当館の研究スタッフが行っている研究を、大学院生を含む館外の幅広い研究者との交流の場へと開いていくことを目指します。研究資料へのアプローチから、最新のデータベース活用術まで、現在進行形の多彩な問題を取り上げてまいります。どうかふるってご参加ください。

問い合わせ先:
TEL.050-5533-2900(代表) FAX.042-526-8604 
E-mail. study-ml☆nijl.ac.jp
※ウイルスメール等対策のため、E-mailアドレスには、「@」の代わりに「星(☆)」を入れております。メール送信の際は、「☆」を「@」に換えて送信してください。


 次回の「国文研フォーラム」は10月です。
 ホームページをご覧になり、興味のあるテーマの時には、自由に参加なさってはいかがでしょうか。
posted by genjiito at 23:44| Comment(0) | 池田亀鑑

2011年06月14日

多言語翻訳のための『十帖源氏 花宴』

 3日連続の『十帖源氏』に関する資料公開となりました。
 第8巻目である「花宴」巻についても、翻刻本文と、多言語翻訳用の現代語訳を公開します。
 
 今回の「花宴」巻を担当したのは、一昨日と同じ小川千寿香さんです。
 
 

 (8)「花宴」のPDF文書は、ここをクリックしてダウンロードしてください。
 
 
 これまでに、以下の7巻を公開しています。
 どうぞ、ご自由に活用してください。
 
(1)「桐壺」(2010年7月15日)

(2)「帚木」+【凡例(補訂版)】(2010年8月25日)

(3)「空蝉」(2010年9月29日)

(4)「夕顔」(2011年3月 9日)

(5)「若紫」(2011年3月10日)

(6)「末摘花」(2011年6月12日)

(7)「紅葉賀」(2011年6月13日)

 
 凡例は、「帚木」に添えた【凡例(補訂版)】を参照してください。
 
 『十帖源氏』の影印画像は、次のサイトで公開されています。

国文学研究資料館の「マイクロ/デジタル資料・和古書所蔵目録」 
 
早稲田大学の古典籍総合データベース


 この公開資料をもとにして、各国語に翻訳してくださる方を募っています。
 本ブログのコメント欄を使って伊藤までご連絡いただければ、折り返し詳細をお知らせいたします。
 
 また、ご意見、ご要望なども、お待ちしています。
posted by genjiito at 22:37| Comment(0) | ◆源氏物語

2011年06月13日

多言語翻訳のための資料公開『十帖源氏 紅葉賀』

 昨日に引き続き、『十帖源氏』の第7巻目である「紅葉賀」巻に関する資料を公開します。
 これは、『十帖源氏』の翻刻本文と、多言語翻訳用の翻訳資料としての現代語訳の公開です。
 
 今回の「紅葉賀」巻を担当したのは、阿部江美子さんです。
 
 
 (7)「紅葉賀」のPDF文書は、ここをクリックしてダウンロードしてください。
 
 
 これまでに、以下の6巻を公開しています。
 どうぞ、ご自由に活用してください。
 
(1)「桐壺」(2010年7月15日)

(2)「帚木」+【凡例(補訂版)】(2010年8月25日)

(3)「空蝉」(2010年9月29日)

(4)「夕顔」(2011年3月 9日)

(5)「若紫」(2011年3月10日)

(6)「末摘花」(2011年6月12日)

 
 凡例は、「帚木」に添えた【凡例(補訂版)】を参照してください。
 
 『十帖源氏』の影印画像は、次のサイトで公開されています。

国文学研究資料館の「マイクロ/デジタル資料・和古書所蔵目録」 
 
早稲田大学の古典籍総合データベース


 この公開資料をもとにして、各国語に翻訳してくださる方を募っています。
 本ブログのコメント欄を使って伊藤までご連絡いただければ、折り返し詳細をお知らせいたします。
 
 また、ご意見、ご要望なども、お待ちしています。
posted by genjiito at 22:15| Comment(0) | ◆源氏物語

2011年06月12日

多言語翻訳のための『十帖源氏 末摘花』の資料公開

 『十帖源氏』の第6巻目である「末摘花」に関する資料の公開です。
 『十帖源氏』の翻刻本文と、多言語翻訳に活用してもらえる翻訳資料を目指して作成を続けている、その現代語訳を公開します。
 
 今回の「末摘花」を担当したのは、小川千寿香さんです。
 
 
 (6)「末摘花」のPDFファイルをダウンロードして、確認してみてください。
 
 
 これまでに、以下の5巻をアップしています。
 念のために、再度掲載しておきます。どうぞ、ご自由に活用してください。
 
(1)「桐壺」(2010年7月15日)

(2)「帚木」+【凡例(補訂版)】(2010年8月25日)

(3)「空蝉」(2010年9月29日)

(4)「夕顔」(2011年3月 9日)

(5)「若紫」(2011年3月10日)


 
 資料をダウンロードしてお読みになればおわかりの通り、いろいろな言語に翻訳されることを想定した現代語訳となっています。
 ここで公開する情報は、あくまでも、『十帖源氏』を外国語に翻訳する方々のことを配慮しての現代語訳です。
 現代語を自由にあやつる日本人の方々のための現代語訳ではないことを、あらかじめお断りしておきます。

 凡例は、「帚木」に添えた【凡例(補訂版)】を参照してください。
 
 『十帖源氏』の影印画像は、国文学研究資料館の「マイクロ/デジタル資料・和古書所蔵目録」 及び、 早稲田大学の古典籍総合データベースで公開されています。


 ぜひ、原本の画像をウエブ上で確認しながら、この翻刻と現代語訳をご利用ください。
 
 こうした取り組みに対して、世界各国から多数の方々が参加してくださることを楽しみにしています。

 この公開資料をもとにして、各国語に翻訳してくださる方を募っています。
 本ブログのコメント欄を使って伊藤までご連絡いただければ、折り返し詳細をお知らせいたします。
 
 また、ご意見、ご要望なども、お待ちしています。
posted by genjiito at 22:24| Comment(0) | ◆源氏物語

2011年06月11日

江戸漫歩(40)蕎麦寿司と亀戸天神社

 亀戸にある天神様は、350年前の江戸時代にお祀りされました。
 
 
 
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 参道のすぐ左に、お蕎麦屋さんがありました。珍しく蕎麦寿司があったので食べてみました。
 感じのいいお店でした。
 
 
 
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 ワサビが気に入りました。
 蕎麦寿司は、もう少し酢を利かせた方がいいように思います。
 京都の新大宮通り商店街のそば鶴さんの絶妙な蕎麦寿司の味を、あらためて再認識することになりました。
 東京にも蕎麦寿司があることがわかったので、もう少し注意を払ってまわりたいと思います。

 亀戸天神社は、梅祭りと藤祭りが有名だとのことです。
 来年を楽しみにしましょう。

 鳥居を潜ってすぐの朱の太鼓橋(男橋)は、生きてきた過去に見立てているそうです。
 ちょうど、スカイツリーが見えました。業平橋が近いので、いい具合に視界に入ってきます。
 
 
 
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 2つ目の太鼓橋(女橋)は、希望の未来を表しているとか。
 ちょうど、心字池の水面をのぞき込む鷺と、池を泳ぐたくさんの亀がいました。
 
 
 
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 今年は、私にとっては本厄の年でもあります。諸々のご加護をお祈りしてきました。
posted by genjiito at 22:51| Comment(0) | 江戸漫歩

2011年06月10日

【復元】インドこぼれ話 2006年

 5年前にインドへ行った時の記事で、サーバーがクラッシュしたために読めなくなっていたものが、もう一つ復元できました。
 
 
(※本記事は、平成19年3月に消失したブログの復元です。)
 
********************** 以下、復元掲載 **********************
 
2006年3月19日公開分
 
副題「日印文化・少子化・大使館・JALの座席など」
 
 
 今回の旅のメモから、思いつくままにその一部を拾います。

・デリーの日本料理屋「たむら」に行きました。
 ネルー大学の近くの、バサントビハールというマーケットの中にありました。
 料金は良心的で、海外の和食屋さんとしては安いと思います。私が大好きな焼酎のお湯割りが300ルピー(約800円)でした。日本より少し高い程度です。
 先月に行ったアメリカのハーバードとは段違いに安いと思います。
 
 
 

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・インド中の中等教育で、日本語が今年の4月から選択科目として認められました。
 6年生からです。インドで日本語を教える先生の確保が問題となっています。

・インドと日本の間の文化交流史が、まだ十分にまとめられていません。

・日本大使館へ打ち合わせがあって行きました。近い将来、移転があるようです。
 昨秋も招待を受けて行きましたが、記録の意味で写真を撮りました。
 
 
 
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・インドのテレビで、「風雲たけし城」(のはず)を、毎朝放映していました。
 日印の文化理解に、これはどんな役割を果たすのでしょうか。

・インドでは、不妊関係の治療休暇の問題が、春闘の問題となっています。

・インドでは徐々に少子化となっているようです。具体的には、10人兄弟が多かったのに、今は3人程度となっているそうです。所得が高くて高学歴層では、確実に少子化が進んでいます。

・帰りのJALの機体は、B777−200でした。これには、何とエコノミークラスなのに、座席の肘置きの下に、ACコンセントがあったのです。
 
 
 
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 これまでの機体がどうだったのか知りませんが、これには驚きました。
 これが一般的になれば、バッテリーを気にせずにパソコンが使えます。大歓迎です。
 
 
********************** 以上、復元掲載 **********************
posted by genjiito at 22:46| Comment(0) | ◆国際交流

2011年06月09日

読書雑記(34)吉村昭『三陸海岸大津波』

 東日本大震災の後、吉村昭『三陸海岸大津波』が注目され出しました。ちょうど読もうと思っていたところだったので、流行に流されての選書のようで少し抵抗がありました。しかし、どうも気になるので、文春文庫を手にしました。

 奥付は、2011年3月10日第1刷、2011年5月25日第11刷となっている本です。本年3月11日の未曾有の大津波の後に印刷された本なのです。

 原題は『海の壁−三陸海岸大津波』(1970年7月、中公新書224)、『三陸海岸大津波』(1984年8月、中公文庫)です。最初に中公新書で刊行されたことから推して、大津波の事実を客観的な視点で冷静に記録したものとしての出版だったようです。
 これは、吉村昭が足で書いた本です。その期待は裏切りません。

■「一 明治二十九年の津波」
 本書の書名は、この作品の中に出てくる「波の壁」(24頁)でも良かったかな、と思いました。
 救援活動は、今般の東日本大津波よりも手厚かったように思われます。原発問題がなかった分、救援と復旧に集中できたとも言えるので、単純な比較はできません。
 この明治の大津波では、精神的なケアができなかったために、記憶喪失や発狂する方が多かったのは不幸なことでした。
 後半は、事実の列記となっています。私的な言葉が排除されているとはいえ、もっと解説がほしいと思いました。
 客観的な記録もいいのですが、筆者の判断や見解が知りたくなります。【2】

■「二 昭和八年の津波」
 多数の自然現象の変異が、丹念に記録されています。何とか人間の力で予防できないのか、と素人ながら思います。
 さらに読み進むうちに、これとまったく同じことが、ほんの少し前に三陸海岸で起きたのです。人間の運命というものを、あらためて思い知らされました。同じことの繰り返しの中で、人間の無力さと生き残った者の責務を、痛いほど事実の記録が示してくれます。
 救援活動のことも、詳しく書き留められています。国レベルの対応も、記されています。現政権の醜態を見るにつけ、複雑な思いになります。そして、ここに報告されている現地の様子は、これからの対策のヒントを与えてくれそうです。【4】

■「三 チリ地震津波」
 明治29年と昭和8年の津波とは違う、昭和35年の大船渡の津波は、何とも不気味です。これが、宝暦年間のものと似ていることも、興味深いと思いました。
 中で、吉村昭には珍しく、官庁批判のことばがあります。


チリに地震が発生後、十分な観測もおこなわず三陸沿岸をはじめ日本の太平洋沿岸に積極的な事前警告をおこなわなかったという気象庁は、世の批判を受けてもやむを得なかったのだ。(170頁)


 文末で、古老が言う、「津波は、時世が変わってもなくならない、必ず今後も襲ってくる。しかし、今の人たちは色々な方法で十分警戒しているから、死ぬ人はめったにないと思う」(178頁)ということばが引用されています。しかし、先般の東日本の大災害では、めったにないと思われたことが起きたのです。人の営みと自然との共存は、永遠の課題で片付けていいはずはありません。
 警戒と対策は、さらに英知を出しあっていくしかないようです。【3】
posted by genjiito at 22:42| Comment(0) | 読書雑記

2011年06月08日

昭和7年の源氏展冊子の奥付が書き換えられたこと

 先週このブログに書いた、「昭和7年に東大で開催された源氏展冊子は検閲されていた」(2011年6月 3日)について、調査のお世話になったY氏より、いろいろとご教示をいただいています。
 その記事のコメント欄に公開していますが、本ブログのコメント欄は非常に読みにくいので、改めて取り出して整理しておきます。

 まず、私は『源氏物語に関する展観書目録』が無事に検閲を通過した本だったことを述べ、その奥付について、次の疑問を記しました。


 ここまで書いてきて、ふと手元の『源氏物語に関する展観書目録』を確認しました。
 今ここにあるのは、国文学研究資料館が所蔵する『源氏物語に関する展観書目録』の奥付の写真です。それによると、「昭和7年11月15日印刷、11月18日発行」となっています。これは、千代田図書館にあった検閲済みの原本に印刷されていた発行日(11月23日)の5日前になります。奥付が異なることになります。
 これは、一体どうしたことでしょう?
 『源氏物語』の展覧会は、19日と20日の2日間にわたって開催されたようです。すると、18日付けの冊子は会場で配られたもので、23日付けの冊子は刊行されたもの、ということになるのでしょうか。そして、検閲に回されたのは、展覧会が終わってから刊行されたもの、ということになるのでしょうか。
 今、判断できません。一応、私の勝手な推測だけを記しておきます。

 
 
 
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 これに対して、Y氏より以下のコメントをいただきました。


二つの本の奥付が異なっているとのこと、興味深いですね。
現物を見比べていないので、推測混じりになってしまいますが、

「18日付けの冊子は会場で配られたもので、23日付けの冊子は刊行されたもの、ということになるのでしょうか。そして、検閲に回されたのは、展覧会が終わってから刊行されたもの、ということになるのでしょうか。」

当時の検閲制度では、販売に限らず頒布するものも納本→検閲の対象になりますので、これはちょっと考えにくいです。仮にこれを行うと、即座に検挙されてしまいます。実際、高校の先生が、内務省に納本することなく、自作のパンフレットを教え子たちに送ったことで検挙されたケースもあります。

可能性として考えられるのは、最初に納本した本に何らかの間違いがあり、検閲官が「次版改訂」という判断をした場合です(例えば、天皇の名前を一部間違えた場合など)。
本にもよりますが、こうした場合、速やかに「改訂版」を出すケースがしばしば見受けられます。初版から改訂版までが数日という場合は、「次版改訂」によるものだと思います。
「改訂」と言ってもほんの一文字、二文字程度の違いなので違いを探すのは大変ですが、丁寧に見比べると違いが分かるかも知れません。(2011年6月 6日)


 そして、この奥付に関するさらに詳しい背景と思われることも教えてもらえました。この検閲に回された冊子の奥付の「23日」とある箇所は、実際には削った後にナゾって書き換えられたものだったからです。


印刷はしたものの、諸般の事情で納本が遅れた場合、発行日を訂正することになります。
その場合は日付を訂正し、発行者の印を捺し、「何文字訂正」と書き入れるのが正式な手続きだったようです。
実際には日付だけを訂正している本も多数あるので、それほど厳密ではなかったようですが。

そもそも奥付は検閲および著作権のために出版法で義務づけられたものです。
戦後、出版法は廃止されましたので、現在の本の奥付は必ずしも正確なことを書く必要はありませんが、戦前は日付一つとっても大変だったことが良く分かります。(2011年6月 7日)


 この2冊の『源氏物語に関する展観書目録』については、印刷された内容も比較する必要が出てきました。

 池田亀鑑のご子息である研二氏にこのことをお話ししたところ、ご自宅にこの冊子が残っているそうなので、池田亀鑑が所有していたものの奥付がどうなっているのか、現在確認していただいています。
 何か新しいことがわかれば、またここに報告します。
posted by genjiito at 22:21| Comment(0) | 池田亀鑑

2011年06月07日

江戸漫歩(39)東京染井温泉サクラ

 巣鴨はソメイヨシノの発祥の地だそうです。そして、そこにある天然温泉の東京染井温泉サクラに行ってきました。

 駅前の地蔵通り商店街は、多くの人で賑わっていました。
 
 
 

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 長い商店街でメリヤスを吊るしで売っている様子は、お年寄りのパワーを見せつけられた思いがしました。
 わらび餅の試食をし、漢方薬店をブラブラと見ては、多くの年配方の熱気をいただいてきました。

 とげぬき地蔵の高岩寺を北に抜けると、高村光太郎、岡倉天心、二葉亭四迷、芥川龍之介などのお墓がある染井霊園に出ます。その霊園に隣接するところに、スイミングセンターがあります。ここは、北島康介も通っているようです。さらにその隣が、目指す温泉サクラです。
 
 
 
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 のんびりと、しばし温泉気分を堪能しました。
 少しぬるめが心地よい温泉です。
 食事もゆったりとできました。
 日帰りですが、心身共にリラックスした半日です。
 近くに、六義園がありました。
 しかし、この次に立ち寄ることにして帰路につきました。
 都内にも、こんな場所があることを再確認できました。
posted by genjiito at 23:51| Comment(0) | 江戸漫歩

2011年06月06日

未完成品ながらも期待したくなる「 pogoplug 」

 「pogoplug」という、ネットワークの利用が非常に楽しくなる小道具があります。
 
 
 
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 この小さくて軽い箱を家庭のインターネットにつなぎ、さらにハードディスクをこの箱に接続すると、いろいろなパソコンからネットワーク越しに自宅のハードディスクに入っている写真や音楽や PDF やワード・エクセルの文書が見られる、ということです。

 しかし、マックユーザーにとっては、なかなか厄介な代物です。
 クリエイティブな生活を志向するマックユーザーには、非常に限定的な使い方しかできません。マッキントッシュというパソコンでは使い物になりません。iPhoneでは使えます。iPadはすでに手放したので、手元で動作の確認ができないため、今は保留です。

 この商品の箱には、「対応ブラウザ」に「Apple Safari 4」とあり、「対応OS」は「Apple MacOS X10.5 以上(32Bitカーネルのみ)」とあります。私の利用環境に問題はないのです。

 この購入については、マッキントッシュの情報誌『MacPeople』(2011 May)に紹介記事が掲載されていたので、おもしろいと思いました。しかし、マッキントッシュではうまく活用できません。

 今後、この pogoplug の会社のスタッフが技術力を向上させてマックに対応した暁には、おもしろい生活用品の1つになるはずです。その期待を込めて、以下でユーザーサポート係との対応を紹介しておきます。

 なお、ビジネスライクな生活を送っておられるウインドウズユーザーは、この商品は不満の少ない利用ができているようです。使って損はない、という道具だと思われます。
 価格は、量販店で1万円以下です。

 さて、購入した2日後に、pogoplug サポート係へ次の内容の質問を送りました。

---------------------------------------------------------------------

(1)
・私のコンピュータとネットの状況を記し、この環境では問題ないはず。
・エクセルのファイルが、「?」マークのアイコンが表示されるだけで表示されない。
・ワードやPDFは表示される。
・ただし、iPhoneでは、すべて表示される。
・プレーンテキストが文字化けする。

---------------------------------------------------------------------

 これに対して、pogoplug サポートからの返信は即日で、素早い対応で返信が来ました。

---------------------------------------------------------------------

(2)
Popgoplugサポートにお問い合わせ頂きありがとうございます。
調査させていただきますので、次の情報をご教示いただけますと幸いです。
 1.ご使用のブラウザ名とバージョン:
 2.ご使用のPogoplug ソフトウェアバージョン
  *My.pogoplug.com >「設定」>「一般設定」の画面右下隅にUIバージョンとしても表示されております。
 3.ご使用のExcelのバージョン:
 4.ご使用のUSBストレージデバイスの製品情報
 5.USBストレージデバイスのファイルフォーマット
  *サポートされているフォーマットは、NTFS, FAT32, Mac OS Extended Journaled and non-Journaled (HFS+), EXT-2/EXT-3、となっております。
 6.問題の発生するExcelファイル名は日本語でしょうか?
 もしく英語、日本語関係なく発生しますでしょうか?
 7.問題発生時の画面コピーを本メールへの返信に添付してご提供いただけないでしょうか?
お手数をお掛けし申し訳ありませんが宜しくお願い致します。

---------------------------------------------------------------------

 この確認事項に対して、以下の回答を返信しました。
 ただし、多忙な日々だったため、9日後にようやく調べた結果を連絡しました。

---------------------------------------------------------------------

(3)
■ハードウェア(回答したマッキントッシュとネットワークの詳細は省略)
■USBストレージデバイスの製品情報(詳細は省略)
■ブラウザ Safari v5.0.5
■Pogoplug ソフトウェアバージョン UIバージョン:3.0.2
■ファイルの表示状況
・ワード(14.1.1)=「.docx」文書は表示 OK。
 「.doc」文書は「?」のアイコンだけで内容が表示されない時が時々ある。
 これは、ファイル名が日本語と英語に関係しない。
・エクセル(14.1.1)=「.xls」の場合、ファイル名が日本語と英語共に「?」のアイコンだけで中身がみられない。
 「.xlsx」の場合も、ファイル名が日本語と英語共に「?」のアイコンだけで中身がみられない。
・ Jedit(2.27)=ファイル名に関係なく、すべての文書(プレーンテキスト)の内容が文字化けして、まったく読めない。
・ PDF=表示 OK
・ JPG=表示 OK
◎iPhoneの場合(アプリは「 Pogoplug v4.1.1」)
■ファイルの表示状況
・ワード(14.1.1)=「.docx」と「.doc」の文書は、ファイル名が日本語と英語共に表示 OK。
・エクセル(14.1.1)=「.xls」と「.xlsx」の場合も、ファイル名が日本語と英語共に表示 OK。
・ Jedit(2.27)=ファイル名に関係なくすべての文書の内容が文字化け。
 
 
 
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・ PDF=表示 OK
・ JPG=表示 OK
・サファリでスタートアップした時の画面で、「お客様のメール・アドレス」と「お客様のパスワード」を入力します。その下に、「このコンピュータで私を記憶」というチェックをしても、記憶してくれません。接続するたびに、上記2つは毎回入力を求められます。面倒くさいことこの上なしです。
・「pogoplug 機器にハードディスクが繋がっていません。」というエラーメッセージが出て、まったく使えず。
 新しくアクティベートし直すと繋がる。
・pogoplug 本体AC電源差し込み口が、接触不良なのか少し触ると電源が切れます。初期不良ですか。
・アップロードしたファイルが正しく表示されないことはそれとして、フォルダごとアップロードできないのか。
・ドラッグアンドドロップはできないのでしょうか。

---------------------------------------------------------------------

 これに対して、また即日の回答を受け取りました。
 この対応の早さは好感が持てます。

---------------------------------------------------------------------

(4)
お忙しい中ご確認頂き大変ありがとうございます。
ご提供頂いた情報は弊社シニアサポートへ調査依頼致しました。
新たな情報が入り次第直ぐにご連絡させて頂きます。
申し訳ございませんが、追加で下記4点確認させて下さい。
1.アップロードはお使いのMac Safariから弊社Web UI(My.pogoplug.com)経由で行っている、と理解してよろしいでしょうか?
2.”?マークのアイコンが表示されている部分”の画面コピーを本メールへの返信に添付してご提供頂けないでしょうか?
3. ”docx”、”doc”、”xls”、”xlsx”のそれぞれについて作成元のMicrosoft Officeバージョン(2003,2007,2010等)をもしご存知でしたら教えて頂けないでしょうか?
4.ご使用のMacにインストールされているMicrosoft Officeのパッケージバージョン(2011等)は何になりますでしょうか?
ご迷惑をお掛けし申し訳ございませんが、宜しくお願い致します。

---------------------------------------------------------------------

 またまた、多忙を極める日々だったため、11日後に次の回答を返信しました。
 これには、パソコンの画面を撮影したもの5枚を添付しました。

---------------------------------------------------------------------

(5)
 いただいた返信に対して、こちらの状況をお知らせします。
1.アップロードはお使いのMac Safariから弊社Web UI(My.pogoplug.com)経由で行っている、と理解してよろしいでしょうか?
 ■そうです。
2.”?マークのアイコンが表示されている部分”の画面コピーを本メールへの返信に添付してご提供頂けないでしょうか?
 ■開発に参考になると思われるスクリーンショットを5点、添付しました。
 
 
 
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3. ”docx”、”doc”、”xls”、”xlsx”のそれぞれについて作成元のMicrosoft Officeバージョン(2003,2007,2010等)をもしご存知でしたら教えて頂けないでしょうか?
 ■これまでの製品のバージョンのほとんど、5種類以上の世代のファイルをテストしました。
  この20年間のファイルなので、これでほとんどをテストしたことになると思います。
  結果は、先般お知らせしたとおり、悲惨なものです。
4.ご使用のMacにインストールされているMicrosoft Officeのパッケージバージョン(2011等)は何になりますでしょうか?
 ■ワードもエクセルも、先般お知らせしたとおり、「14.1.1」です。
  これは、それ以外にバージョン名があるのでしょうか。
  この製品のこれ以外の情報というと、「2011」版ということですが。
 この「pogoplug」は、まだまだ開発途上の段階のテスト版のようですね。
 その他、気づいたことを以下に記しておきます。開発途中の商品だと思われますので、参考までに。
 これらのことが解消されたら、初めて商品化れさた、ということになりますね。
 市場に投入されたのが早すぎたのか、日本語化が後手後手なのか、1日も早い対処を望みます。
 なお、この症状をWINDOWSの仲間に知らせたところ、WINDOWSではこのような不具合はないとのこと。
 また、今では当たり前のドラッグアンドドロップも、WINDOWSではできる、とのことでした。
 Macintoshへ対応できる技術力が足りなかった、ということなのでしょうか。
 そうであれば、「Macintosh非対応」を謳ってほしいものです。
 
・サファリでスタートアップした時のpogoplugの初期画面で、「お客様のメール・アドレス」と「お客様のパスワード」の入力を求められます。その際、その下に、「このコンピュータで私を記憶」というチェックをしても、記憶してくれません。接続するたびに、上記2つは入力を求められます。面倒くさいことこの上なしです。

・「pogoplug 機器にハードディスクが繋がっていません。」というエラーメッセージが出て、まったく使えず。
新しくアクティベートし直したところ、繋がりました。これに、数日を要したために、返信が遅くなりました。

・pogoplug の本体AC電源差し込み口が、接触不良なのか、少し触ると電源が切れます。初期不良ですか。

・アップロードしたファイルが正しく表示されないことはそれとして、フォルダごとアップロードできないのでしょうか。

・ドラッグアンドドロップはできないのでしょうか。

---------------------------------------------------------------------

 翌日、これも素早い対応で返信がありました。ただし、マックユーザーにとっては、何とも心もとない回答でした。
 「pogoplug」の アメリカの開発元は、マッキントッシュのソフトを開発する能力はほとどなさそうです。
 期待外れでした。しかし、輸入した日本側のサポート体勢が親切なので、もうしばらく様子を見ようと思います。
 もちろん、画像やPDFという、限定されたファイルの閲覧用としてですが。

---------------------------------------------------------------------

(6)
ご連絡が遅くなり申し訳ございません。
エクセルプレビューの問題につきまして、詳細な情報をご提供頂き大変ありがとうございます。
お客様のご指摘の通り、Pogoplugソフトウェアの完成度がまだ十分ではなく、ユーザーの皆様にはご迷惑をお掛けしております。
弊社米国本社開発部門において鋭意開発作業を進めておりますが、海外のユーザー様を含めた幅広いお客様のニーズに合致したものをご提供することができていない現状について深くお詫び致します。
なるべく早急にエクセルプレビューの問題について解決できるよう、弊社開発部門へ対応を要請しております。

その他でご質問頂いた点について、

・サファリでスタートアップした時のpogoplugの初期画面で、「お客様のメール・アドレス」と「お客様のパスワード」の入力を求められます。その際、その下に、「このコンピュータで私を記憶」というチェックをしても、記憶してくれません。接続するたびに、上記2つは入力を求められます。面倒くさいことこの上なしです。


複数のユーザー様から同様のお問い合わせを頂いております。
こちらについても今後のリリースにて対処をさせて頂く予定にしておりますが、正確な日程等はまだ出てきておりません。
 
・「pogoplug 機器にハードディスクが繋がっていません。」というエラーメッセージが出て、まったく使えず。
新しくアクティベートし直したところ、繋がりた。これに、数日を要したために、返信が遅くなりました。


Pogoplugの動作が不安定になる状況が発生する場合があり、ご迷惑をお掛けして申し訳ございません。
こちらについては、Mac向け最新バージョン3.0.3が近日中にリリース予定です。
お時間がございましたらこちらを試してみて頂けますようお願い致します。
 
・pogoplug 本体AC電源差し込み口が、接触不良なのか、少し触ると電源が切れます。初期不良ですか。


こちらについては初期不良の可能性があると考えます。
お使いのUSBドライブ保護の点からも、ご使用にならないことをお勧め致します。
ご購入日から30日経過しておりますでしょうか。
もしAmazonでご購入の場合は、30日以内の交換/返品が可能と理解しております。
それ以外でのご購入の場合、大変お手数ですが販売店様にご確認頂けますでしょうか。
 
・アップロードしたファイルが正しく表示されないことはそれとして、フォルダごとアップロードできないのでしょうか。


こちらは現在の動作仕様となっております。
しかしながらお客様からのご意見として弊社開発部門へ今後の検討項目として通知させて頂いております。
 
・ドラッグアンドドロップはできないのでしょうか。


念の為確認させて頂きたいのですが、
”Macのデスクトップ上にあるファイルを、インターネットブラウザ経由で開いている弊社Web UI(My.pogoplug.com)へドラッグ&ドロップで投下してアップロードできないのか”
というご質問でしょうか。
もしくはFinder経由で、
”Macのデスクトップ上にあるファイルを、Pドライブへドラッグ&ドロップで投下してアップロードできないのか”
とうことでしょうか。

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 自分が所属する組織の技術力が非常に不足していることを率直に認める、何とも拍子抜けの回答です。
 しかし、これだけ正直な返信をもらうと、かえって今後の努力に期待したくなります。
 これに対して、私からは翌日、以下の回答を送りました。

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(7)
まだ開発段階の商品であったこと、了解しました。

なお、以下の確認に関しては、御社のWeb UI(My.pogoplug.com)へドラッグ&ドロップで投下してアップロードできないでしょうか?、という意味でお尋ねしました。これは、Macユーザーにとっては日常茶飯事に行うことであり、これに対応していないとMac版とは言えないのです。
後者の「Pドライブへドラッグ&ドロップ」というのは、WINDOWSの場合でしょうか?
この確認については、意味がよくわかりませんでした。

コンピュータに20年以上は関わっています。購入者なのに、さまざまなハード・ソフトの商品のテスター役を、好むと好まざるとに関わらずさせられてきました。この商品も、その1つとなりました。
「pogoplug」は、なかなか発想がいいと思われるので、Macから撤退しないで、ぜひ諦めずに開発を続けて下さるよう、米国本社開発部門にお伝えください。

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posted by genjiito at 22:39| Comment(0) | ◆情報化社会

2011年06月05日

池田亀鑑賞が新聞に紹介されました

 先週、『もっと知りたい 池田亀鑑と「源氏物語」第1集』(2011年5月26日)の出版に先立って、本ブログ「池田亀鑑賞のホームページ完成」(2011年5月24日)で池田亀鑑賞について報告しました。

 この池田亀鑑賞について、本日朝日新聞の鳥取版に、大きな記事として取り上げていただきました。

 参考までに、ウエブ版の紙面の画像を添えます。
 
 
 
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 地方版は、なかなか目にすることが少ないので、ここに報告する次第です。

 また、一昨日、6月2日の山陰中央新報にも、「国文学者・池田亀鑑(日南出身) 没後55年迎え賞創設 町と地元有志 研究の功績顕彰へ」という記事が掲載されています。

 1人でも多くの方にこの池田亀鑑賞が知られることとなり、創設に関わった者として喜んでいます。
 早速連絡をくださった米子の原豊二氏に感謝します。

 このような情報をご存知の方がいらっしゃいましたら、連絡いただければ幸いです。
posted by genjiito at 20:33| Comment(0) | 池田亀鑑

2011年06月04日

池田亀鑑が反町茂雄を通して購入依頼した写本群のメモ

 千代田区立千代田図書館には、明治から昭和にかけて発行された古書販売目録が数多く収蔵されています。「古書販売目録コレクション」と呼ばれているもので、9,350点もあります。それは、反町茂雄(弘文荘)と東京古書籍商業組合、そして中野三敏(九州大学名誉教授)各氏から寄贈されたものです。

 その中に、書店である一誠堂の内部資料があります。それは、昭和4年の「九条家の蔵書入札会」の目録である「九条家本目録」と、その時に反町茂雄が顧客からの注文を記した「九条家旧蔵書入札会注文受控エ」というノートです。
 
 
 

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 「九条家旧蔵書入札会注文受控エ」は17頁分の記入があり、そこには、徳富蘇峰、大津有一、松井寛治、諸橋轍次、金子元臣、入江相政、池田亀鑑など、21名のお得意様からの注文が記されています。中でも、池田亀鑑の注文は注目すべきです。4頁分に49点の書名が列記されています。
 これまで、このノートについては、次の写真の一枚目だけは『日本古書通信 第974号』(2010年9月号)に掲載された「千代田図書館・古書販売目録コレクション 九条家入札会の主催者内部資料」に紹介されていました。残り3枚は、千代田図書館のご理解をいただいたので、併せてここに公開します。
 
 
 
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 『源氏物語』に始まり、さまざまな古典籍の落札の依頼を受けています。
 今、『源氏物語』に関する書目だけを取り出しておきます。

桐壺欠源氏物語 三〇、〇〇 二一冊(?一二〇、〇〇)
光源氏物語          二冊
光源氏年次  一、五〇    一冊
花ちる里     五〇    一冊

紫式部巻   二、〇〇  〇 一冊
源氏之目録次第 五、〇〇   一冊

源氏 写本          一冊
弄花抄 〇  二〇、〇〇   六冊
◎き里津本 〇  一五、〇〇 一冊
源氏部類 兼良  一五、〇  一冊

賢木 及 初子        二冊
波模様 題荃付 きりつぼ   一冊
すも里       三、〇〇 一冊
源氏物語 自表紙       四冊
光源氏大鑑          三冊
源氏物語 古写本 〇 二百円以上
蘆庵書入 源氏  〇 五〇、〇〇
源氏抄        一五、〇〇

 この時の本がどのような内容で、そしてどこに収まったのかを追跡すると、おもしろいことがわかることでしょう。
 また、記された値段も、当時の古書の評価を反映しているものです。
 この後、反町氏は独立して弘文荘を興します。古典籍の売買でやって行く確信を、こうした機会に得たようです。

 さらには、池田亀鑑が東京大学で源氏物語に関する展覧会を盛大に催したのが、昭和7年11月です。この時の展示資料目録については、昨日の本ブログで書いた通りです。この昭和4年の入札会は、池田亀鑑にとっては重要な時期だったことがわかります。この入札に出された本のどれが、東京大学の展示に出品されたのか、また、この昭和7年の展覧会のものと思われる写真には、九条武子さんを案内する池田亀鑑が写っています。
 『源氏物語』という写本をめぐる舞台裏は、昭和に入ってからますますおもしろい展開を見せてくれます。

 手書きの生の資料を見ると、その行間にさまざまな人間の姿や、その背後に社会が見えて来ます。
 ここに紹介した資料がきっかけで、若い方がこうしたことに興味をもってもらえることを期待しています。ぜひこのような一次資料を直接見る機会を多く持つことで、古典籍が人を介して伝わった状況を体験的に感じ取ってほしいと思っています。

 千代田図書館は交通の便利なところにあり、館内もきれいで、職員の方の対応も親切丁寧です。ぜひ一度閲覧の手続きをして、こうした資料を自分で手にし、自分の目で確認されることをお勧めします。
 一次資料には、現物原本にしかない、とてつもない迫力があります。見ている人にだけ、語りかけてくるものがあります。その声が聞こえたら、もう快感です。
posted by genjiito at 23:12| Comment(0) | 池田亀鑑

2011年06月03日

昭和7年に東大で開催された源氏展冊子は検閲されていた

 「検閲」という言葉には、マイナスイメージがあります。自分とは関係の薄い、無縁のモノでした。
 ところが、縁あって検閲を受けた『源氏物語』に関する1冊の本と出会いました。しかも、池田亀鑑が編集した本なのです。
 場所は、千代田区立千代田図書館10階の書庫。

 研究仲間であるY氏の「池田亀鑑の貴重な資料がありますよ」という甘いささやきに乗せられるままに、昨日と今日、千代田図書館に通うことになりました。

 昨日は、九段坂病院へ行った帰りに、九段下の交差点からすぐ近くの千代田区役所の中にある図書館に直行し、どのような資料なのかを実見するために行きました。そこは、期待を裏切らない、宝の山でした。
 この千代田図書館の詳細は追々書くことにして、まずは池田亀鑑と検閲本についてです。

 昭和28年から刊行された『源氏物語大成』(底本「大島本」、中央公論社)の前身は、昭和17年10月に刊行された『校異源氏物語』(底本「大島本」、中央公論社)でした。その『校異源氏物語』の前には、昭和7年11月に稿本が完成したとされながらも未刊の『校異源氏物語』(底本「河内本」、以下『校本源氏物語』と言う)がありました。
 この『校本源氏物語』については、その稿本が完成したということで、東京大学で資料の展覧会がありました。そのすべての責任者であった池田亀鑑のこの前後のことは、『もっと知りたい 池田亀鑑と「源氏物語」第1集』(伊藤鉄也編、新典社、平成23年)で詳細にとりあげていますので、ご参照ください。
 その時の展示品リストとでもいうべき冊子が、『源氏物語に関する展観書目録』(東京帝国大学文学部国文学研究室編、昭和7年、岩波書店)です。
 もっとも、この時に展示された『校本源氏物語』の原稿について、その実態は何もわかっていません。幻の校本となっています。

 そして、このことについては、本ブログ「幻の『校本源氏物語』には改訂版があった?」(2009年7月4日)で報告しました。それを整理して書き直したものが、『もっと知りたい 池田亀鑑と「源氏物語」第1集』に書いた「連載 池田亀鑑を追う 第1回 幻の『校本源氏物語』の底本は何だったか」です。

 さて、この『源氏物語に関する展観書目録』について、実際に検閲を受けた原本が残っていたのです。その原本を、千代田図書館のKさんのとY氏のステレオ解説を聞きながら拝見しました。
 
 
 

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 千代田図書館には、昭和12年以降に内務省で検閲業務に用いられた原本(正本)の一部である2300冊が保管されています。これは、終戦後に内務省が廃止されるまで委託が続いたようです。

 この検閲原本は、千代田図書館の前身である駿河台図書館と、私の宿舎の近くにある深川図書館(先日、本ブログ「江戸漫歩(33)深川図書館と清澄庭園」(2011年4月24日)で紹介)、さらには私がいつも通っている銀座のスポーツクラブに近い京橋図書館に委託されたのです。何と、私の身近なところに、こんなに興味深い貴重な資料があったのです。

 これらの本は、発売禁止となった本ではなくて、検閲を通過した本の原本です。したがって、これらの本には、内務省の検閲官が引いた傍線や寸評などが書き込まれています。

 ここに紹介する池田亀鑑がまとめた『源氏物語に関する展観書目録』は、その奥付によると、昭和7年11月23日発行となっています。
 そしてこの検閲原本を見ると、その表紙に内務省の四角い印が捺されています。
 「内務省 7.11.24 正本」と読めます。
 
 
 

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 明治26年に公布された「出版法」の第三条には、以下のように書かれています。


第三条 文書図画ヲ出版スルトキハ発行ノ日ヨリ到達スヘキ日数ヲ除キ三日前ニ製本二部ヲ添ヘ内務省ニ届出ヘシ


 つまり、『源氏物語に関する展観書目録』は11月20日頃には内務省に納本され、検閲官の目が通ったことになります。

 そして、この表紙の裏には、永久保存する旨の印があります。問題があれば、ここには検閲官のコメントが記されます。今、何も記されていないことがわかります。また、検閲官印も、本文中に傍線などもありません。
 この本は、問題なく検閲を通ったことになります。
 
 
 

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 この検閲業務を行っていた図書課には、昭和6年には53名、昭和7年には57名、昭和8年には70名、昭和9年には83名、昭和10年には107名と、次第に人員配置が増えていきます。実際にこの内の半数くらいが検閲の実務にあたったようですが、いずれにしても社会情勢が反映されているのが興味深いところです。

 この納本義務は、昭和20年9月にGHQによってその法律の効力が停止されました。

 検閲によって発禁となった本は2パーセントくらいで、98パーセントは通過したそうです。
 この『源氏物語に関する展観書目録』は、無事に通過した本だったのです。

 ここまで書いてきて、ふと手元の『源氏物語に関する展観書目録』を確認しました。
 今ここにあるのは、国文学研究資料館が所蔵する『源氏物語に関する展観書目録』の奥付の写真です。それによると、昭和7年11月15日印刷、11月18日発行となっています。これは、千代田図書館にあった検閲済みの原本に印刷されていた発行日の5日前になります。奥付が異なることになります。
 これは、一体どうしたことでしょう?
 『源氏物語』の展覧会は、19日と20日の2日間にわたって開催されたようです。すると、18日付けの冊子は会場で配られたもので、23日付けの冊子は刊行されたもの、ということになるのでしょうか。そして、検閲に回されたのは、展覧会が終わってから刊行されたもの、ということになるのでしょうか。
 今、判断できません。一応、私の勝手な推測だけを記しておきます。

 巻末部分には、「内務省委託本」という印と、「市立駿河台図書館受託」とある印があります。
 
 
 

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 ここから、『源氏物語に関する展観書目録』が駿河台図書館(現・千代田図書館)に入ったのは、昭和12年7月20日であることがわかります。

 この昭和7年の『源氏物語』の資料展覧会は、不明なことが多いことで知られています。ただし、この時のものと思われる写真が、池田亀鑑のご子息である研二氏によって、2枚が見つかっています。これも、後日公開する予定です。しばらくお待ち下さい。

 先の『源氏物語に関する展観書目録』という冊子の奥付については、私自身が混乱してきたので、このことはさらに調べて、後日報告します。

 戦前の本は、その背景におもしろいことがたくさんありそうです。

 なお、これまでこうしたことにまったく関心のなかった私は、『千代田図書館蔵「内務省委託本」関係資料集』(千代田区立千代田図書館編、平成23年3月、千円)は非常に興味深く通覧できました。この冊子は、検閲に興味と関心を持ったときに、貴重な視点と資料を示してくれる資料集です。図書館のカウンターで入手できます。
posted by genjiito at 23:51| Comment(3) | 池田亀鑑

2011年06月02日

検診の合間に二松学舎大学の学食へ

 このところ、天気が不順です。
 今日も小雨の中を、検診を受けるために九段坂病院へ行きました。
 予約が入っていたので、待ち時間は短くて助かりました。

 朝の診察の眼科では、糖尿病による目の異常はない、とのことです。一安心です。

 午後は、内科です。しかし、午前と午後の診察の間が長くて、時間を潰すのに一苦労です。

 普段は本を読んで待ちます。しかし、今日は、午前中の眼科で、瞳孔を開く薬を目に入れたために、光が眩しくて本が読めません。

 病院に隣接する二松学舎大学の学生食堂で、学生さんたちに混じってお昼ご飯をいただきました。学食は、各大学で違います。最近は特に工夫がなされていて、楽しい学食が多くなりました。今日は、480円の日替わりランチにしました。

 この二松学舎大学には、苦い思い出があります。
 今から20年ほど前のことです。
 中古文学会の研究発表を申し込んだのですが、当時委員だった方から、私の書類は出ていなかった、とのことでした。事務局に問い合わせると、二松学舎大学の塚原鉄雄先生から、ご丁寧なお詫びの封書をいただきました。応募書類は大学の金庫に保管されていたが、休み明けの会議の時に、私の書類だけが金庫の中に取り残されたままで会議が終了したのだそうです。
 恐縮するほど丁寧なお手紙でした。そして、これに懲りずに来年もぜひ応募してほしい、ともありました。

 再応募をして翌年の春、二松学舎大学で開催された中古文学会で無事に研究発表をさせていただきました。学会誌にも、論文として掲載してくださいました。その翌年の冬に、塚原先生はお亡くなりになりました。未熟な者へのお心遣いに、今でも敬服しています。

 ところが、私のことですから、話はこれだけでは終わりません。予期せぬトラブルは、私に付き物なのです。

 発表の内容は、室伏信助先生が私に貸してくださった伝阿仏尼筆本の本文に関するものでした。私が午後の一番で、私の次が研究仲間である天理図書館の岡嶌さんでした。
 お昼の休憩時間に、室伏先生がマイクの調子をテストしておいたほうがいいよ、とおっしゃいました。そして、ありがたいことに、先生も一緒に壇上でマイクの調子を確認してくださいました。これまでの先生の体験からのアドバイスだったのです。
 その時は、岡嶌さんも、ボリュームの調整をなさいました。実は、『源氏物語』の本文に関する研究を活性化しなければ、という篤い思いから、岡嶌さんと示し合わせて発表に臨んだのです。当時、『源氏物語』の本文研究が2つも並んでなされるのは、非常に珍しいことでした。

 午後のトップバッターとして私が発表を始めてしばらくすると、マイクが入っていない、という仲間からの身振りによるサインが目に入りました。司会者からも、マイクの調子が悪いが、そのまま続けるように、とのことだったので、少しトーンを上げて発表を終えました。
 ギッシリ満員だった会場に私の声は届いたらしく、室伏先生からも、発表内容に関してお褒めの言葉をいただきました。

 次の岡嶌さんの時も、マイクは使えないままでした。我々の後は、スピーカーから音が出るようになりました。

 これは、今でも忘れられない研究発表です。
 想定外は、いつもあるものです。予期せぬ出来事ばかりの日々を生きる私は、世の中は何でもあり、という思いをいつも感じています。

 さて、午後の内科の診察です。午前中に採血した結果によると、ヘモグロビンa1cの値は、1ヶ月前の7.3から7.1に、少しだけ下がっていました。しかし、やはり高いことには変わりません。先生も、6.5を目標値とし、あと2、3ヶ月は様子を見て、それでも下がらなければ薬による治療に切り替えましょうか、とのことでした。

 一応下がる傾向にはあるので、さらなるカロリーコントロールと生活改善に励むことにします。
posted by genjiito at 22:27| Comment(0) | ブラリと

2011年06月01日

何を今更「電磁波」と「発がん性」の認定

 今日の朝日新聞(夕刊、東京版)に、「ケータイ電磁波 WHOが注意喚起 「発がん性の可能性」」という記事が、一面下段に掲載されました。

 何をいまさら、という感じがします。
 ずぶの素人である私にも、とうにわかっていたことです。これまでにも、〈へぐり通信〉というホームページや本ブログで何度も書いてきました。
 家族からも、あまり言うので聞き流されていました。しかし、これで我が家でも、私が言い張っていたことが当たっていたことを認識してくれるようになりました。言ってた通りだね、と。

 ちょうど、『電磁波の何が問題か −どうする基地局・携帯電話・変電所・過敏症−』(大久保貞利、2010年11月、緑風出版)という本を読み終えたこともあり、そのことを書く前の準備として、平成19年にクラッシュした次の記事2つを復元したところでした。

「【復元】磁気や電磁波の恐ろしさ」(2005年10月13日公開分、2011年4月19日)


「【復元】携帯電話の電磁波を調査すべし」(2006年3月4日公開分、2011年4月20日)
 上記ブログに併録「携帯電話の危険性〈2000.5.4〉」


 そして、『電磁波の何が問題か』という本を取り上げようとしているうちに、つい私が別のことに興味が移り、書き忘れたままになっていました。

 今日の夕刊の記事でまた思い出したので、ここに取り上げるしだいです。

 電磁波が人体に危険なことは、当の業界が何よりもよく知っています。ただ、国民に知らせない、というよりも、知られないように情報を操作してきた、というだけです。
 マスコミも、取材などでその携帯電話などの重宝さに溺れているので、あえて首を絞めるような批判の記事を書く勇気のある記者はいないし、番組を作るディレクターの度胸もないのが実情のようです。

 これは、ゴルフが環境破壊と地域住民の健康被害という犠牲の上にある、スポーツとはとても言えない恐ろしいものなのに、マスコミなどはまったく批判的な文言はおくびにも出さず、記事や番組としても手を出さないこととも通底する問題です。
 日本のマスコミの哀れな限界が露呈しているものです。

 ゴルフについては、奈良の平群町でその農薬被害のひどさを反対運動の中で学んだので、いつか書こう書こうと思いながら、いまだに果たせずにいます。
 リニア新幹線や電磁調理器も危険きわまりないものですが、これらは、またいつか書きます。

 それはさておき、携帯電話のことです。
 今日記事が、世界保健機関(WHO)の国際がん研究機関(IARC)の発表をもとにしたものなので、これなら多くの人が携帯電話の電磁波の危険性を、ひょっとして本当にありうることでは、と思うはずです。

 マスコミが、電気通信や電話業界を敵に回してでも取材をする気があれば、早晩このテーマで特集番組がくまれることでしょう。ただし、それはほんの表面をなでるだけの、一過性のものとなるはずです。
 今のマスコミに、これだけ国民に普及した携帯電話を批判的に見る目は皆無なので、一時的な問題提起で逃げる番組しか作らないはずです。それでも、ないよりはましです。
 このWHOの発表は、あり得ないと思われた震災に続く、あり得ないと言い張ってきた電話業界にも嘘が多かったことを暴露して、それらしい気分にさせてくれれば、それだけで次につながることになると思われます。

 このニュースが、今後ともどのように取り上げられ、展開していくのか、楽しみになってきました。
posted by genjiito at 22:43| Comment(2) | ◆情報化社会