2010年12月25日

京洛逍遙(173)北野天満宮の「しまい天神」

 菅原道真の誕生日は6月25日、亡くなったのは2月25日でした。そこで、毎月25日は天神さんの縁日となっています。

 師走21日の東寺の「しまい弘法」には行けなかったので、今日25日の「しまい天神」に行きました。寒風の中を、自転車を漕いで上七軒まで一走りです。
 
 
 

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 境内や参道周辺には、千もの店が軒を連ねます。
 古道具、古着、骨董、絵画、そしてお正月のおせちの材料、ファーストフード、花や樹や玩具や当て物などなど。雑多な露天がひしめき合っています。何でもあります。
 
 
 

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 特に、着物が目に付きました。
 
 
 

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 しつけ糸が付いた着物が500円で売られていました。
 呉服屋に育った母が、夜なべをしながら、家計の足しにするために着物を縫っていました。無造作に積まれた着物を見るだけで胸が痛みます。

 自分の国の民族衣装が、このようにして処分されているのです。着る人が少なくなり、また自分で自国の民族衣装が着られなくなったのですから、こうした処分市となるのは致し方ありません。
 そんな実情を見るにつけ、自分で着物を着てお茶や散策に出かける娘は、日本の伝統文化を引き継いでいると考えていいようです。母と姉の影響が大きいのでしょう。我が子が日本の着物文化を受け継いでいることに、親としては一安心です。ただし、男側の着物に対する意識と実情を顧みると、非常に心もとないのですが……

 着物は、ネットでの売買と違い、こうした市では投げ売りです。せめてもの救いは、畳紙に包んで売っているお店がいくつかあったことです。
 着物はすべて手縫いです。それを縫った人の気持ちと共に、着物は次の人に手渡されるべきだと思います。値段の問題ではなくて、日本の文化が継承される場面なのですから。
 
 
 

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 中には、どこから盗んできたのだろう、と思わざるを得ないモノもあります。それだけ、雑多なモノが並んでいます。

 今日の京都の最低気温は0度でした。手袋をしていても、自転車のハンドルを持つ指の先が痺れます。首からのすきま風が冷たいので、つい前屈みで漕ぎます。カゼ予防のマスクが役立ちました。

 結局、何も買いませんでした。それでも、年末の京都らしい賑わいを楽しみました。
posted by genjiito at 23:54| Comment(0) | ◎京洛逍遥