2010年12月01日

インドからの留学生を預かって

 今日は、総合研究大学院大学 文化科学研究科 日本文学研究専攻の大学院生による、博士論文のための中間研究論文発表会が、国文学研究資料館のセミナー室でありました。
 国文学研究資料館が所属する総合研究大学院大学(略称︰総研大)は、博士後期課程だけの大学院大学です。そのため、博士前期課程(かつての修士課程)がないので、入学するとすぐに博士論文作成という目標が設定され、博士号取得に向かって勉強をすることになるのです。
 そして、毎年この時期に、今年の成果を研究発表という形で公表し、先生方や院生仲間から教示などを受けるのです。

 今日は、6人の院生の発表がありました。ただし、中には国費留学生として来ている学生もいます。
 アンビカ・バスさんは、インドから来ている国費留学生です。研究テーマは、近松門左衛門の浄瑠璃です。
 私が身元引受人という立場で主任指導教員となっています。ただし、私の専門は平安時代の物語文学なので、実質的にはT教授に研究指導をお願いしています。
 毎週のように、一対一で長時間にわたる熱心な指導がなされています。副館長という要職に就いておられるので、ご多忙の中での懇切丁寧な指導には、本当に頭が下がる思いです。励まし、苦言を呈する大きな声が、先生の研究室から聞こえてくることがあります。浄瑠璃を暗記して唸ったりと、アンビカさんは得難い指導をうける幸せの中にいます。
 対する私は、アンビカさんの日常生活や書類などの面倒を見たり、日本語の指導などをしています。

 そのアンビカさんの今日の研究発表は、これまでのポイントを絞りきれないものとは様変わりで、なかなか興味深いテーマでまとめていました。
 
 
 
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 近松門左衛門の作品を読むことだけでなく、インドの演劇の8分類をとりあげ、それと日本の演劇との比較などを展開していたのです。また、観客という視点を導入し、立体的なアプローチに挑んでいました。
 日頃のT教授から受けた指導の成果が、このような形で私に伝わって来たことが、とても嬉しく思われました。

 T教授は、まだ薄明かりが見えだしたところだ、楽観的になってはいけない、と厳しくおっしゃいます。しかし、私には今後が頼もしくなるほどの、それほどの進歩の痕が認められたように思いました。彼女のスタート時の姿を知っているので、なおさら今日の様子に研究というものの入口に立った満足感が見られました。

 アンビカさんとは、5年ほど前に、インドのデリー大学かサヒタヤアカデミーで逢いました。まだ、研究をしてみたい、という程度の学生さんでした。その後、日本の近松研究所で勉強をし、さらに研究を進めるためにインドの国費留学生の試験を受け、トップクラスで合格して、国文学研究資料館で勉強をしたいと言って来日してきました。

 アンビカさんの前には、ネルー大学のスレンドラ・クマール君をインドからの国費留学生として預かっていました。かれも漢字検定1級にチャレンジするなど、意欲的に勉強して帰りました。
 本ブログの以下の中で、彼のことを紹介しています。


「インド人留学生の眼(1)日本人はシャイか?」(2008年11月18日)

「インド人留学生の眼(2)「日本の常識の不思議」」(2008年12月 3日)

「インド人留学生の眼(3)「年末に実家で考えたこと」」(2009年1月26日)


 インドの若者を見ていると、日本でも昭和30、40年代がそうであったように、眼が輝いています。眼がキラキラしているのです。知的好奇心も旺盛です。
 私が、インドからの留学生を積極的に引き受けているのは、こうした眼の輝きを持つ若者たちを、微力ながらも応援してあげたいからです。また、その価値のある若者が、インドにはたくさんいます。

 インドにおける日本文学研究は、まだ人材が少ないのが実情です。これからです。
 そのこともあって、平成16年に〈インド日本文学会〉を設立しました。ネルー大学のアニタ・カンナ先生と、デリー大学のウニタ・サッチダナンド先生と私の3人で立ち上げました。
 在インド日本大使館と国際交流基金が理解をもって支援してくださっています。そのような中で、研究レベルの向上と若手の日本文学研究者の育成に資するための活動を、精力的に展開しているところです。
 今、来春2月に〈第7回 インド日本文学会〉を実施するプランを練っているところです。

 今ここに記している、留学生の受け入れと研究支援も、その一環として私の責務として取り組んでいるものです。

 とにかく、インドはこれからの国です。日本文学研究の中でも古典文学という分野は、インドの文化から見ると共感できる部分が多いために、研究しやすい分野だと思います。問題は、古語という障害です。しかし、これは現在日本にいる若者にとっても、古語が縁遠いことばになっていることは同じです。ただし、日本文化を直接肌で感じられる環境にいることは、大いに有利な点ですが、それが等閑視されているのが残念です。

 そうしたことからも、海外の優秀な若者が日本の古語を読み解くことを楽しみにしている現象は、非常に興味深いことです。海外には、古写本なども読む人がたくさんいるので、日本人もがんばろうよ、と日本に帰ってくるたびに思うことです。
 先週開催された国際日本文学研究集会で、ケンブリッジ大学の大学院生のレベッカ・クレメンツさんが質の高い研究発表したことは、日本の若者へのいい刺激になったと思います。もちろん、彼女は日本の古写本も版本も読めます。日本の若者がサボっているので、おもしろいくらいにドンドン研究を進めていけるのでしょう。
 今後は、我々が適切なアドバイスを伝え、文献資料を駆使した文学研究の王道を邁進してくれることを望みたいと思います。

 そうこうするうちに、日本の若者もこれではいけない、と思って自国の文学と奮闘してくれる時代が訪れるはずです。

 さて、アンビカさんは、最初は近松門左衛門の作品を日本人と同じような手法で調査し、研究しようとしていました。しかし、それではいつまでやっても日本人の研究レベルに追いつくことで精一杯です。

 私は、日本文学を研究しようと志す海外の方々には、日本人と同じようになろうとするのではなくて、自分が産まれた国に自分の体重を乗せ、その立場で日本の文学を考えた方が生産的な成果が出るのでは、と言っています。あくまでも母国を土台にして異国の文学を考えた方が、最初は成果が現れやすいと思います。
 アンビカさんにも、そんな話をしました。
 具体的には、直接指導をなさっているT教授のアドバイスが有効だったようです。今日の研究発表に、そのいい面が見えだしたように思います。

 インドと日本の演劇論を考えていくことは、国境を越えた文学や芸能の理解を深めることになります。
 前途多難であることは承知です。アンビカさんも壁にぶち当たりながら、これまで通りひたすら前へ前へと進んでいって欲しいものです。

 昨年は、よく私の研究室を訪ねてきました。いろいろな話をしました。また、メールも何度ももらいました。しかし、今年に入ってからは、揺れ動き、ふさぎ込みがちだった気持ちも、晴れやかになったようです。
 帰り際に、相談があるとのことで、明後日の午後尋ねてくるそうです。
 自分の力で何とか道を開こうとしているので、出来る限りの手を差し伸べようと思っています。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ◎国際交流