2010年11月05日

京洛逍遥(169)ヨドバシカメラと白川沿い

 本日11月5日、京都駅前の旧近鉄百貨店京都店の跡地に「ヨドバシカメラ マルチメディア京都」が新装開店しました。早速、行ってきました。

 正面の写真はマスコミなどが紹介していますので、裏側の通りから見た西側壁面の緑の植物をカメラに収めました。
 
 
 
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 烏丸通り側には、祇園祭の「大船鉾」を展示する計画があるなど、京都に媚びる姿勢があります。

 そもそも、「マルチメディア」などという、すでに時代遅れの感のある古風な単語を被せるなど、京都に溶け込もうとする、縋り付く気持ちはわかります。しかし、果たして京都に受け入れられるでしょうか。若者は、楽しければ集まります。しかし、京都にとっては、学生や若者はお客様なのです。その京都のお客様の支持だけで商売を続けるのは、やはりむつかしいのではないでしょうか。

 京都駅の西にはビックカメラが、駅の南にはソフマップがあります。ビックカメラは売り場が狭すぎて窮屈です。ソフマップは、商品の陳列が下手です。このセミプロの三すくみの今後のバトルが、ますます楽しみです。
 時代の最先端の商品を扱うお店だけに、私は関西を知り尽くした上新電気が今後はおもしろいと思っています。ただし、上新電気も阪神タイガースのサポートだけでなく、本業にもっと真剣に取り組めばの話ですが……

 初日というのでヨドバシへ行ってみました。しかし、私が買うものはありませんでした。
 折角なので、iPadのケースと、充電用乾電池を買いました。
 もっと派手に安売りをしているのかと思っていました。しかし、意外と質素に営業を始めたようです。

 この建物の中には、さまざまな分野の約90店舗が入っています。
 一緒に付き合ってくれた娘は、来週から留学のためにフランスに行くので、リヨンで履くブーツを買っていました。私が興味を引いたのは、今日のところは大垣書店だけでした。

 全体的な雰囲気として、若者への媚び諂いが露骨です。主観的な物言いなので深い意味はないとしても、この姿勢は、京都に受け入れられないと私は見ました。
 レストラン街も、入ろうと思って行ったのですが、私が入れる店がないのでやめました。結局は、京都駅地下のポルタの東洋亭に行き、ハンバーグを食べました。歴史と伝統のある味が、やはり落ちつきます。

 このヨドバシカメラの進出については、かつて「京洛逍遙(93)京都駅前の10年後を予想」(2009年7月14日)と題して、批判的なことを書きました。ついでに、私なりの予想も。

 今日、新装なったこの店に行き、私の予想も当たりそうだとの確信を得ました。
 10年後までには、国際的な情報交換の場となる施設に変身している可能性が、ますます濃厚になったように思います。こんなに大切な場所を、個人企業のお金儲けのためだけに利用してはいけません。発想が陳腐です。

 昼食後、いつものように岡崎の府立図書館へ資料調査に行きました。
 地下鉄東西線の東山駅から行くときは、白川沿いに北東に向かって歩きます。
 この白川沿いの道は、あまり人が通らないので好きなのです。
 今日は、狭い橋を渡るご婦人の足下が気になり、ついシャッターを押しました。
 
 
 
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 この白川から、平安神宮の朱の大鳥居がかすかに見えます。
 
 
 
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 その大鳥居の下に、国立近代美術館が、そしてその北に隣接して府立図書館があるのです。
 
 
 
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 美術館では、上村松園の展覧会が始まりました。
 調査の合間の気分転換に、この展覧会にも顔を出すつもりです。

 秋の京都は、これからがますます秋らしくなる街です。
posted by genjiito at 23:59| Comment(0) | ◎京洛逍遥

西国三十三所(35)松尾寺

 成相寺の次に松尾寺へ行くために、北近畿タンゴ鉄道の天橋立駅から西舞鶴駅へと向かいました。一輌の電車で7駅区間乗ります。

 西舞鶴駅で一旦外に出て切符を買い直し、JRに乗り換えて一駅先の東舞鶴駅へ。さらに。向かいのホームの斜め前方に止まっている電車に乗り換えます。乗り換え時間が2分という、まさに早業で松尾寺駅まで一駅だけ乗ります。

 何とも、気の抜けない乗り継ぎの連続です。ゲーム感覚の電車リレーです。身の代金の受け渡しのため、犯人から指示をされて警察の尾行をかわしているような、そんな錯覚に陥りそうです。

 電車は、舞鶴湾を左に見て走ります。
 
 
 
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 舞鶴というと、終戦と共に母が旧満州から、その3年後に父がシベリアの抑留強制労働から解放されて引き揚げてきた港でもあります。
 父がシベリアから帰還したとき、島根県出雲市にいた母が「岸壁の母」として舞鶴で待っていたかどうか、二親が共にいない今では確認のしようもありません。
 母の性格からして、おそらく舞鶴港には行かず、いつか帰ってくるだろうから、それまでは出雲の実家の屋根裏部屋で待っていよう、と思っていたことでしょう。そんな、ノンビリした母でした。

 「舞鶴引揚記念館」があるそうです。いつか機会を得て、両親の戦争体験を少しでも知るためにも、ここに行きたいと思いつつ、車窓を眺めていました。

 松尾寺駅は無人駅でした。
 
 
 
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 駅前には、立派な案内板がありました。
 
 
 
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 松尾寺駅からは、歩いて50分の山登りです。ただし、一部草深い山道なので、持参の熊除けの鈴を強く鳴らしながら、急ぎ足で登りました。
 後ろを振り返りながら、観音正寺よりも怖い思いをしながら、緊張しっぱなしで急ぎました。
 
 
 
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 そのせいもあったのでしょう。松尾寺駅から50分の予定が、35分で本堂に着きました。
 
 
 
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 ここは、珍しく馬頭観音がご本尊です。西国札所では、ここだけです。
 秘仏ですが、昨年は77年ぶりのご開帳だったとか。もう、私がご本尊を拝することはなさそうです。お前立ちの馬頭観音で満足しています。

 納経所へ行くと、団体の方の納経帳などがたくさんありました。また、私よりも先の方がいらっしゃったので、しばらく待ちました。
 帰りの電車が1時間に1本しかないので、気持ちは焦るところです。しかし、この西国札所巡りで鍛えられたせいか、ダメでも次の電車があるさ、と開き直れるようになりました。私も、少しは成長したのです。

御詠歌は、次の通りです。



そのかみは
いくよへぬらん
たよりをば
ちとせもここに
まつのをのてら

 
 
 
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 お軸を書いてくださった方の話では、ここの住職である松尾心空師は、西国札所をすべて歩いてまわられたそうです。私が、車を使わず、公共交通機関だけで回っていると答えたことに対してでした。私もいつか果たしたいと言うと、プリントを一枚くださいました。その中に、「アリの会」の活動がありました。
 姫路の書写山(27番)から天橋立の成相寺(28番)までを徒歩巡礼すると、120キロあり、四泊五日かかるとあります。また、長命寺(31番)、観音正寺(32番)、華厳寺(33番)の徒歩巡礼は95キロあり、三泊四日を要するとあります。
 今度の華厳寺行きは、今週末の予定だそうです。ちょうどこのときは、私が満願となる華厳寺へ行く予定の日なので、ひょっとしたらこのご住職さんたち一行と行き会うかもしれません。

 そんな雑談をしていたら、帰りも歩くなら熊に気をつけなさいよ、とおっしゃいます。ドキッとしました。最近、麓の民家に熊が出没しているとか。
 これを聞いて、暗くならないうちに、今すぐに帰ることにしました。
 熊が出ると聞くと、ノンビリ山を下っている場合ではありません。早足ではなく、スキップよりも早く、まさに山伏の気持ちで飛ぶように走って山を下りました。

 山道を抜け、舗装道路が見えたときには、熊に出会わなくてよかったと、本当に身体から力が抜けました。
 
 
 
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 ガイドブックによると、松尾寺から駅までは40分とあります。そこを、とにかく命が惜しいばかりに必死に走ったせいか、何と22分で松尾寺駅に着きました。予定の半分の時間でした。
 自分が病気療養中であり、リハビリを兼ねた西国札所巡りをしていることを、すっかり忘れています。まさに、箱根駅伝にでも出ようかという勢いでした。

 無事に松尾寺駅に着くと、ドッと汗が吹き出しました。冷たいお茶を飲みながら、身体を落ちつけて、また乗り継ぎを繰り返して帰ることになりました。

 さて、これで西国三十三所の巡礼も、岐阜県にある華厳寺一箇所となりました。
 今週末を予定しています。
posted by genjiito at 08:18| Comment(0) | ・ブラリと