2010年10月21日

西国三十三所(22)花山院(番外)

 東光山花山院菩提寺は、花山法皇の隠棲崩御の地です。

 三田駅前からバスで行こうとしました。しかし、1時間半も待つことがわかり、急遽タクシーを使うことにしました。
 今回の巡拝では初めてのことです。

 花山院の近くに、有馬富士温泉花山乃湯がありました。今日は我慢です。また次の機会を楽しみにしましょう。

 花山院へ行く途中にある、十二后の墓に立ち寄りました。
 
 
 
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 花山院を慕って、弘徽殿女御と女官たちは麓まで来ました。しかし花山院は、当時の戒律で女人禁制だったお寺に隠棲したのです。女性は登山を許されなかったことから、この麓に草庵を結び、尼僧となって住み着いたそうです。
 ここの地名を尼寺と書きますが、これを「にんじ」と読むそうです。
 垣根の中の中央にある五輪塔が、弘徽殿女御のものだとのことでした。

 花山院へは、この参道からの道が厳しい山道になります。
 
 
 
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 この山道の中腹には、女官たちが山中で修行する花山院に聞かせたいとの想いから、登り口で琴を弾いた琴弾坂があります。
 
 
 

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 本堂は、標高420メートルの山の上にあります。
 
 
 
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 境内は、少し寂しい雰囲気がしました。番外ということから、そして交通の便がよくないことから、訪れる人は少ないようです。
 
 
 
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 花山院の御詠歌は、次の通りです。


ありまふじ
ふもとのきりは
うみににて
なみかときけば
おののまつかぜ

 
 
 
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 この花山院からは、すぐ目の前に有馬富士、そして播州平野から小豆島までが見渡せます。
 気持ちのいい景色が眼下に展開します。
 
 
 
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 歩いて山を下り、帰りのバスに乗ろうとしたときです。今回の巡拝で重宝している PiTaPaカードが見つかりません。このカードは、バスでも使えるので便利です。
 何度も出し入れするので、カードだけを裸でポケットに入れて持ち歩いていたのです。落とすぞ、落とすぞ、と思っていたら、やはり落としてしまいました。カードを落とすのは、生まれて初めてです。

 落とすぞ、と思いながら落としたので、これからこうしたことが頻発しそうです。
 忘れ物が多くなっていたので、今後は落とし物にも何か対策が必要です。

 今回は、すぐにカード会社に紛失の連絡をし、再発行の手続きをしました。これまでのものは、即座に無効となり、新しい番号のカードが2週間で届くそうです。
 そして、花山院にも電話をし、もしカードが落ちていても、すでに利用停止の手続きを終えたので、そちらで処分していただきたい旨を伝えました。ご好意で連絡してくださると申し訳ないので、処分のお願いをしたのです。

 花山院でいただいた印刷物に、「巡礼者への法話 その一」というものがありました。その中に、私にとっては非常に耳の痛いことが書いてあります。
 それは、納経所でお軸を渡して御詠歌を書いてもらっていることです。
 お軸を書いていただくと、そのお礼として500円をお渡しします。それが、本来とは趣旨がズレたものであることを、ハッキリと指摘されているのです。


 納経は文字が示すとおりに写経を奉納する事です。この写経は一般的には般若心経を写経して奉納します。そして納経を受けたお寺はその写経を供養しますので、その供養のお布施として納経料をお受けします。故に納経料もその文字の如く納経された写経供養のお布施であって印代や揮毫料ではありません。また納経帳、納経軸も本当の意味はその文字が示すとおり納経した証しの印を頂くもので参拝記念の為という意味ではありません。


 おっしゃる通り、写経をした紙を持って札所を回るべきです。しかし、そのためには相当の努力が必要なので、今はとにかく巡拝するだけでよしとさせてもらっています。
 いずれ、この本来の趣旨にそった、写経を持っての巡礼を果たしたいものです。
posted by genjiito at 23:21| Comment(0) | ・ブラリと

京洛逍遥(165)平安神宮で左近の桜が咲く

 岡崎公園にある府立図書館に、このところ連日調査で通っています。
 大変利用しやすい図書館なので、重宝しています。
 
 
 
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 この図書館の目と鼻の先に、目の覚めるような朱塗りの平安神宮があります。
 京都観光のメッカともなっています。
 その神宮の大極殿前の「左近の桜」が、いったい何を思ったのか、季節はずれの花を咲かせている、とのニュースが流れました。
 早速、立ち寄ってみました。
 神宮に向かって右側に、人が集まっているところがあります。そこが、桜の咲いている場所です。
 
 
 

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 花も、はっきりと桜だとわかります。
 
 
 

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 これは、樹齢100年を超えるアカメヤマザクラだそうです。
 京都新聞によると、「葉に含まれる花芽の抑制物質が落葉で失われたためではないか」ということです。

 今年は、天変事象にいろいろな変事があります。
 この桜は、来春には咲かないとの報道もあります。
 日本の季節感や自然が変わることは、何となく気持ちを不安にさせます。

 極端な変化が少なかった京洛で、少しずつ異変が拡がっていくことを憂えます。
 文学を支えてきた社会や自然や人々のありようが、今、目に見えるように変化しつつあるようです。
 無理に止めることはできません。そうであるからこそ、これからが心配になります。
posted by genjiito at 08:08| Comment(0) | ◎京洛逍遥