2010年10月16日

西国三十三所(15)上醍醐寺

 醍醐寺の西国札所である上醍醐の准胝堂は、山の上にあります。下醍醐は、後にできたものです。

 娘が一歳になったばかりの冬、娘をねんねこで背負い、母と雪の山道を登ったことを思い出します。
 あの頃は、醍醐の裏側にあった炭山の陶芸村からの山登りでした。

 今回、准胝堂が工事中のため、観音のお参りは下醍醐の金堂で、との表示が目につきました。今月の6日とあるので、先週からです。朱印も金堂でもらうように、とのことです。
 
 
 
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 准胝堂は、平成20年8月に落雷で消失しました。そこで、江戸時代の准胝観音を金堂に安置しているのです。今日は、あのハードな60分もの山登りはしなくてもいいようです。

 山門で入山料の600円を払って境内に入ると、すぐ左に金堂がありました。
 
 
 
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 御詠歌を書いてくださった方は、とてもお急ぎのようでした。直前まで、ツーリストの方と一緒に、この机の上にお札と硬貨を拡げて計算をしておられました。
 駆け足のように少し乱雑な筆でしたが、とにかく朱印をもらいました。呆気なさすぎです。
 写真でもわかるように、お軸をきちんと拡げるわけでもなく、左手の指で押し開いて、シャカシャカと速筆でした。
 
 
 


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 観光地と化している寺なので、金銭的なことはしかたないと思います。ただし、業者とのお金のやりとりは、別の場所でやってほしいものです。お金の確認を目の前でしておられる間、こちらはお軸は持って待っているのです。いささか、興ざめでした。
 そして、お軸はキチンと拡げて書いてほしいものです。非常にいいかげんに扱われた気分になりました。こんな書き方は、今までで初めての体験です。
 いろいろな方が書いてくださいます。これも、楽しみの1つにしましょう。
 
 御詠歌は、以下の通りです。
 
 

ぎやくゑんも
もらさですくふ
ぐわんなれば
じゅんていどうは
たのもしきかな

 
 
 それにしても、山上往復2時間のリハビリ登山をイメージしていたので、完全に肩透かしです。
 山登りを覚悟して来たこともあり、ありがたみが半減です。

 せっかく来て、あっと言う間もなくこのまま帰るのももったいない気がします。
 そこで、国宝の五重塔をジックリと見上げ、しばし時を潰しました。
 
 
 
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 これまでに見た五重塔を思い浮かべながら、この塔には語りかけてくるものがないように思えてきました。
 ただ、古いものが建っているだけで……
 興福寺や室生寺や東寺の塔のような、気品と迫力が感じられません。好き好きでしょうが……勝手な印象です。
posted by genjiito at 23:37| Comment(2) | ・ブラリと

西国三十三所(14)今熊野観音寺

 今熊野観音寺は、泉涌寺道の商店街から入ったところにあります。
 
 
 
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 月輪山麓の澄み切った木立の中に、観音様はおられます。
 朱の鳥居橋を渡ると、観音寺の境内です。
 私はこの観音寺を取り囲む雰囲気が好きです。
 ここのモミジは、紅葉していないときの緑が、とても爽やかです。
 
 
 
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 本堂下の弘法大師と子どもたちの像は、私の母が健在だったころ、孫を連れて来るたびに、この周りを走り回らせていました。この像が、私の今熊野を象徴するものとなっています。
 
 
 
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 ここは、ボケ封じでも有名です。母と私の枕カバーを買ったのも、ここでした。
 本堂を見上げると、後ろの山に多宝塔がありました。これまで気付きませんでした。
 
 
 
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 巡拝すると、今日はご本尊が直接見られるだろうか、とか、お軸のご朱印はどこでもらうのだろうか、ということばかりに注意がいっていたので、周りの建物には目がいっていませんでした。それだけに、今回は少し周りが見えだしたということでしょうか。
 
 
 

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 今熊野観音寺の御詠歌は、次の通りです。
 
 

むかしより
たつともしらぬ
いまぐまの
ほとけのちかひ
あらたなりけり


 
 
 東福寺駅から来る途中で買った、小さなおにぎり2つと野菜ジュースを、境内の休憩所で食べました。緑のモミジに囲まれて、ささやかながらも贅沢な時間に身を置くことができました。
posted by genjiito at 00:26| Comment(0) | ・ブラリと