2010年10月09日

西国三十三所(9)円教寺

 姫路駅からバスで書写山ロープウェイ駅まで行くと、眼前に書写山が聳えています。
 ここは、西の比叡山と称されています。

 歩いても登れます。しかし、これまで一度も歩いたことがありません。
 一度は歩いて山登りを、とは思いつつ、今回もロープウェイを使いました。
 
 
 
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 山上駅まで3分半で着きました。

 山上駅から本堂である摩尼殿までは歩いて15分。
 西国巡礼の道から見下ろすと、麓に広がる田圃アートがみごとでした。
 高校生がデザインした白鷺城です。夢前町ののべ千人が、古代米や絹娘など6品種の苗30万株で作ったものなのです。
 
 
 
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 この夢前町を北上し、塩田温泉に家族と行ったことなどを想い出しながら眺めました。

 子供たちや母と来たときには、山上駅から本殿である摩尼殿まで、馬車に乗ったりマイクロバスを使ったりしました。しかし、今はリハビリを兼ねての巡礼なので、ここは細くて小暗い山道を歩きます。

 摩尼殿は、京都の清水寺のような舞台作りです。
 
 
 
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 ここ円教寺の御詠歌は次の通りです。


はるばると
のぼればしょしゃの
やまおろし
まつのひびきも
みのりなるらん




 摩尼殿で朱印を受けた後、和泉式部の歌塚の場所を訊ねました。すると、今は奥之院の修理をしているので、覆いが掛けてあって見られない、とのことでした。後2年はかかるので、平成25年頃になるでしょうか、とおっしゃいます。
 いつか写真に撮ったはずなので、今日は諦めて帰路につきました。

 なお、和泉式部と書写山というと、増田繁夫先生の『冥き途 評伝和泉式部』(世界思想社、1987年)に尽きます。丹念に資料を読み解いての高著です。今回、手元になかったので、再読せずに出かけてしまいました。この書写山にお出でになるときには、ぜひともこの増田先生のご本を通読なさることをお薦めします。

 境内は、まだ紅葉には早くて、ほんの少しだけ赤く色づいていました。
 
 
 
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 折からの小雨の山道を、小走りでロープウェイの山上駅へと急ぎます。
 小雨に煙る姫路市街から瀬戸内海の夜景が、来るときとは違った趣できれいでした。
 
 
 
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 姫路駅からの帰りに、あろうことか須磨駅付近で人身事故があったそうで、乗っていた電車が明石駅で運転打ち切りとなりました。
「オー、マイ、ゴッド!」です。
 この明石の地は、光源氏がさすらった処でもあります。これが昼ならば、改札を出て散策したいところですが……

 観音様も、とんだ悪戯をなさいます。
 ノンビリ帰りなさい、とおっしゃっているのでしょう。
 明石駅の売店で、ジュース、チーズ、クラッカーを買って、少しお腹を満たしました。

 大雨になった三宮で阪急に乗り換えです。
 軽く夕食をと思い、駅周辺を散策しました。
 手頃な海鮮丼があったので、ごはんを半分以上残し、上にのっていたお刺身だけはすべていただきました。料金が500円もしなかったので、私のように食事の分量に制約のある者には、気兼ねなく残せます。小刻みに食事をする身には、こうしたお手頃の食事は大歓迎です。

 来るときに、三宮駅から発車する奈良行きの電車を見かけました。
 
 
 
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 以前、大阪の鶴橋駅や、奈良の生駒駅で見かけたときも、感激しました。今、三宮で見かけると、奈良と神戸がつながったのだ、ということを実感しました。

 今日は、これから京都へ帰ります。古都が、こうして1本の線で往き来できることは、文化体験の上でもいい刺激になります。関西は、贅沢なまでに、歴史と文化を肌身で感じられるエリアとなっています。
 電車に乗っているだけで、駅名を見聞きするだけで、1300年の時間と空間を遊泳できるのです。歴史と文化のある地域に足を向けることができる者が持つ特権です。

 旧都や古都は、行けるときに行っておこう、という想いを強くしました。
posted by genjiito at 23:40| Comment(0) | ・ブラリと