2010年10月02日

秋晴れの京都で研究会と学会

 昨日は、京都駅前のキャンパスプラザ京都で研究会がありました。
 これは、国文学研究資料館の今西祐一郎館長が代表者である科研費研究の研究会です。
 今年度から始まったもので、今回が第2回目となります。

 お二方の研究発表がありました。いろいろと示唆に富む内容でした。
 その中でも特に大きな収穫があったので、ここに報告します。

 九州産業大学の田村隆さんの発表は、「『涙』の表記情報」と題するものでした。
 内容は、『源氏物語』の写本や版本で、「なみだ」と書くか、漢字で「涙」か「泪」か、という表記の問題を取り上げたものでした。
 「泪」という漢字を使うのは、どうやら江戸時代に入ってすぐにできた『絵入り源氏』あたりからのようです。詳細な調査による成果を示してくださいました。

 この発表で特筆すべきことは、『絵入り源氏』と陽明文庫本の関係に新しいスポットを当てられたことでしょう。
 陽明文庫本の『源氏物語』は、鎌倉時代の書写にかかる写本が多い貴重なものです。『源氏物語別本集成』と『源氏物語別本集成 続』で底本として使わせてもらっています。
 この陽明文庫本の中でも、後世の補写とされる写本の本文は、『絵入り源氏』の本文と字詰めや文字遣いまで近似する、という思いもかけない点を指摘されたのです。もちろん、「泪」も引き継がれています。
 このことについては、これまでにその指摘をした論考に思い至らないので、これは田村さんの新見解だと高く評価していいと思います。今回は、「幻」巻を例にしての指摘でした。さらに他の補写の巻でもそのことが言えるのか、この新見を補強されることを楽しみにしたいと思います。

 なかなか楽しみの多い研究成果が、写本の文字表記を研究対象とする中から見えてきました。このことは、この科研の今後の展開が、ますます楽しみになった、ということでもあります。

 私からは、『源氏物語』の本文をデータベース化するにあたり、現在の状況と今後の展望を報告しました。
 国文学研究資料館のサーバーから『源氏物語』の本文データベースを公開することについて、問題点をいくつか指摘されました。また、利用者への見せ方について、貴重なアドバイスをもらうことができました。
 翻刻データが文節に区切られていることや、付加情報として加えている記号や傍記・ミセケチなどの情報が煩雑であること、本文の校異の示し方がわかりづらいし、使いづらいこと等々、今後の参考にさせていただく意見を頂戴しました。

 それらの意見を伺いながら、管理用の情報などで、公開時に見えるものと見えないものに関する理解が得られていないことや、データは一定の方針で翻刻しているので、利用者に対する見せ方・アウトプットの工夫は再考の余地があるように思われること、そして、写本の画像データベースも公開する予定なので、それによってたくさんの問題点が解消されるであろうこと等々をお答えしました。

 先生方のご意見を伺いながら、データを作成する側の報告内容と利用者側の内容理解という、多分に立場の違いからの異見のやりとりになった点が感じられました。今後とも誤解を招かないようにするためにも、この本文データベースの説明には、作成者側の内部情報と、利用者側に提示される視覚的な情報を切り分けたいと思います。そして、利用者側の立場に即した情報を提供する中で、データベースの改良を図っていきたいと思います。
 利用者にとっては、データベースの構造などは関係ないことなのですから。
 要は、見栄えと使いやすさの完成度を問われる、ということのようです。

 この日の研究会は、みっちり4時間にわたっておこなわれました。
 司会進行役であった私は、お腹に力が入らないので、何かあったらすぐにバトンタッチができるように準備をしていました。しかし、15人の先生方の前で、何とか声が出せました。久しぶりに人前で声を出したので、身体に変調をきたさないかが心配でした。何事もなく、長時間でもあまり疲れませんでした。気疲れだけは、どうしようもないものです。それ以外は、あまり身体に負担はなかったように思います。安堵しています。

 その後の懇談会にも参加しました。
 お酒は控えましたが、豆腐料理のお店にしてもらったこともあり、少しは食事を口に入れました。
 研究会と懇談会は、途中でみなさんに迷惑をかけては、との思いを抱きながらの出席でした。しかし、どうにか大過なく役目を終えることができました。
 これまでは何でもなかったことが、身体に気がかりなことがあると、少なからず不安が伴うものです。それも、みなさまのお陰で、有意義な研究会となり、懇談会も和やかに楽しく過ごせました。

 私の身体も順調に回復しているようなので、こうした機会を積極的に自分に課して、日常的な生活に戻れるように徐々に慣れていくことにします。

 さて、今日は、立命館大学で中古文学会がありました。
 まず、二人の研究発表があり、それに続いて「平安文学と地理」と題するシンポジウムです。

 お一人目の久保田孝夫先生の「『土左日記』の「山崎」」は、山城国の国府が「山崎」であったことに発する問題意識の喚起を促してくださるものでした。紀貫之と源公忠の親交の深さ等々、地理と人間関係に想いを馳せながら伺いました。

 片平博文先生の「地理から見える枕草子の「風景」」は、歴史地理学という分野からの発表で、日頃は目にすることのない資料や視点での内容なので、非常に刺激を受けるものでした。航空写真や自然現象の科学的な分析による図説など、楽しく平安時代の雨や雪の様子を想像しながら話を聞きました。
 それにしても、改めて平安時代が寒冷期にあたることを実感しました。こうした情報は、作品を読むときに大いに役立ちます。視野を広げる、いい機会をもらいました。

 小山利彦先生の「平安京地主神、賀茂に関わる文学空間」は、今春の葵祭にご一緒させていただいたので、そのときに伺った話とつなげながら聞きました。また、上賀茂神社・下鴨神社・雲林院・大宮通・一条大路と、私の京都での生活空間が話題となるものだったので、非常に身近な話として、これまた楽しくいい勉強をさせていただきました。

 学会は、若手の方々のキラキラする視点や、先生方の刺激的な知見が伺え、いつも貴重な勉強ができる場となっています。
 また、今日は、たくさんの先生方から、身体は大丈夫かと声をかけてくださいました。気遣っていただき、ありがたいことだと感謝しています。

 明日も、たくさんの刺激がもらえることを楽しみにして、参加したいと思います。
posted by genjiito at 23:15| Comment(4) | ◎情報社会