2010年04月23日

読書雑記(18)天野節子『目線』

 忙がしい時に限って、無性に直面する仕事と関係のない本が読みたくなります。
 根っからの天の邪鬼です。

 銀座四丁目の、三越の向かいというより、アップルストアの西隣りの教文館という本屋さんで、この本を入手しました。この本屋さんの店員の方は、本の知識が豊富なのです。
 お店に行ったときに、突然の思いつきでしたが、女性のミステリーで、しかもあまり著名でない、できたら若手の作品はないですか、と聞いてみました。すると、一人の方が書棚に行き、いろいろと探してくださいました。棚の本を取り出しては、これはちがうな、と、しばらくその繰り返しでした。そして、5分以上してからでしょうか、『目線』(天野節子、幻冬舎、2009年6月30日発行)という本を手にして、作者は若くないですが、と言いながら見せてくださいました。
 著者の紹介を見ると、確かに62歳の大型新人としてデビューなさった方です。
 お店の方は、女性が書いたミステリーは、どうしたわけか少ないのです、とのことでした。
 女流ミステリー作家として、数人の名前は私もあげられます。しかし、いずれも私が興味を持って読んだものは、大したことのないものばかりでした。
 恋愛小説もそうですが、どうも私は女性の作家の作品は苦手です。本当に嘘くさいのです。実生活では嘘が得意な女性も、文字で綴る作品というスタイルでは、うまく嘘がつけないのでしょうか。
 私は、男と女は、人種が違うというのが持論です。その意味では、口先ではなくて文字での嘘のつき方も、人種の違いから来る上手い下手というレベルで考えていいのかもしれません。

 それはともかく、本書は殺人をめぐる推理を楽しめる、非常によくできた作品でした。一気に読みました。

 これは歯切れがよく、テンポも心地よいことばで語られます。
 細かく言えば、「平田小枝子は堂島家の三女、あかりの友人である。」(18頁)という表現は、まぎらわしい言い方です。正確に書けば、「平田小枝子は、堂島家の三女あかりの友人である。」となるはずです。読点の打ち方の問題です。
 また、「父兄」という語が2度出てきます(64頁、191頁)。これは、明らかに差別的な用語です。作者の年齢からすると、このような表現に親しんでいたための、ケアレスミスというものでしょうか。
 このように、多少作文上の難はありますが、とにかく快調に話は進みます。

 登場人物の一人が、黒アゲハチョウのブローチをしています。本作の最初に、プロローグで蝶のことが印象的に語られていたので、421頁の本を読み始めて30頁も進まない内に、この作品の謎に大きなヒントをもらいました。事件の核心となる人物がわかったのです。
 また、70頁も読まない内に、「○○はやるべきことがあったので、机のそばに行き、その用事を済ませた。」とあり、これで事件の犯人がわかりました。なぜ、作者はこんなに早く、犯人のアリバイ工作を示す、不用意な文を記したのでしょうか。これは、ない方がいいと思います。犯人を推測させるメッセージが、ミステリとしてはあまりにも早すぎます。その意味では、犯人捜しの興味は、この時点で失われました。もったいないことをしました。また、犯人は、いろいろな局面で動きすぎです。というよりも、作者はこの犯人を描きすぎです。

 舞台となる家の当主である堂島新之助の死後、雨をめぐる論議で少し話が停滞しそうになったすぐ後に、第2、第3の殺人事件が起きます。俄然、話が息を吹き返し、ますますおもしろくなります。作者のうまさを感じました。

 犯人を早々に読者に気付かせるようにしながらも、それをうまく誤魔化しながら物語は進んでいきます。 読んでいる私も、何度か犯人は違うのかな、と思いながらも、やはりあの人だ、と確信しながら読みました。

 犯人がわかってから、唐突に車椅子のことが出てきます。そういえば、そういうことになるな、と納得しながら、なぜここまで引っ張ってきてから車椅子を持ち出したのだろう、と訝しさを感じました。100センチの世界のことも。
 それまでには、このことは語られなかったと思います。私は、そのことがそれまでに語られていなかったように思います。再読すれば確認出来るのでしょうが、今は読み終わったすぐの感想です。もし私が読み過ごしていなかったのであれば、突然犯人のイメージを修正することになります。そうであれば、フェアな仕掛けではありません。また、『目線』という書名との整合性にも関わります。

 そのような不満が残るにしても、この作品は力の入った仕上がりです。楽しめます。お薦めします。
 ただし、帯に記された「驚愕のラストに隠された深い哀しみに、あたなは必ず涙する。」というのは、私の場合は違いました。「涙する」ほどには、この小説は人間を描けていなかったからです。
 そうであっても、この作者については今後とも気にかけたいと思っています。【4】
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ■読書雑記