2010年03月24日

国語研での研究会の報告

 小雨の中でしたが、国語研で充実した研究会をもつことができました。
 すでに予告したとおり、3人の研究成果の発表会でした。

「国語研で開催される研究会のお誘い」

 トップバッターは、仮名写本の翻刻を通して、字母の認定の問題を取り上げたものでした。

1.源氏物語諸写本における文字認定と解釈
   −助動詞「つ」「り」をとおして−
           家入博徳(國學院大學)

 翻刻という地道な作業を通しての、実際に書かれた仮名と悪戦苦闘した人でないとわからない視点と用例から、問題点を指摘するものでした。ただし、「へ」と「つ」の字母の認定について、連綿かどうかという判断基準の提示には、質問の中で私としての疑義を申し述べました。
 「は」の字母も含めて、やはり写本の書き手を理解しないと、文字は翻刻できないと思います。書き癖というものが、文字の認定においては、どうしても問題となります。また、文脈の理解も、書き手はどの文字を写そうとしていたのかの認定に関わります。「は」と書こうとしていたけれども、本人の意識とは異なる次元で、結果的に「ら」としか読めない文字で書かれている、という例はざらにあります。見たままの翻刻であれば「ら」です。しかし、書写した人の意識も忖度して翻刻すると、見たままでは本当に正確な翻字とは言えない場合が、ままあることは事実です。
 翻刻の難しさは、こうしたところにあるので、やっかいな作業となるものです。

 お二人目は、古筆切の実物を提示しながら、豊富な画像を駆使しての刺激的な発表でした。

2.「香紙切」を用いた古筆研究の方法論
           高城弘一(大東文化大学)

 今は1つの形としては伝わらない歌集について、断片として確認できる古筆切から、もとの実態を想定・再現しようとするものです。狼のような形をした虫食いの跡から、一連の写本の断片であることを立証していかれる手法は、見ていて、聞いていて、納得できる点の多いお話でした。また、文字の認定に関する、実作からの確かな経験に基づく見解は、説得力のあるものでした。
 私は、「新」という字母の「し」という仮名の文化的な背景を、質問の形で伺いました。鎌倉から院政期という目安を教えていただき、日頃から鎌倉時代の『源氏物語』の写本に接することが多い体験から、やはりそうだったのか、と腑に落ちるところがありました。
 物を基にしてのお話は、その提示のされかたがうまければ、本当によくわかる、得られることの多い内容になることを、改めて実感しました。

 最後は、私の番でした。

3.新出・鎌倉時代『源氏物語(若菜上)』残巻に関する一考察
           伊藤鉄也(国文学研究資料館)

 私は、今月初旬に調査した鎌倉時代と思われる『源氏物語』の古写本に関する報告と考察をしました。
 高城先生から、鎌倉時代の末期という認定に異論がないとのことを伺い、少し安堵しました。
 この写本の特徴とその意義について、短い時間でしたが後掲のレジメを使ってお話をしました。

 まずは、『源氏物語』の本文は、この「若菜上」でも2つにしか分別できないことを報告しました。これは、以下で紹介するレジメをご覧になれば、みなさんに了解してもらえることだと思います。しかし、いまだに池田亀鑑の分類になる〈いわゆる青表紙本〉〈河内本〉〈別本〉という3分類に、『源氏物語』の研究者は固執しておられます。もちろん、その他に『源氏物語』の本文を分別する物差しが、私以外には提示されていませんので、いたしかたないことだとは思います。しかし、それにしても、という気持ちが払拭できません。
 私の二分別私案にしても、まだ途中経過です。これまでのところ、『源氏物語』の本文の内容から見ると、調査した巻は2つにしか分かれません。しかし、今でも池田亀鑑による、昭和13年までの写本調査による3分類だけにしがみつくのはどうでしょうか。それも、写本の形態的な特徴からの分類であり、本文の内容から分別したものではないのです。
 この『源氏物語』の本文研究は、それだけ池田亀鑑の名のもとに、70年以上も停滞しているのです。

 ただし、今日の私への質問にもあったように、そうだからと言って、私が提示する〈甲類〉〈乙類〉というのも、序列意識と、上代特殊仮名遣いの分類が想起され、あまりよくないのでは、という意見を頂戴しました。
 ネーミングの問題は、伊井春樹先生から常日頃言われていることです。みんなに理解してもらうためには、もっとネーミングを考えなさい、と。そのこともあって、当初提唱していた〈河内本群〉と〈別本群〉という二分別私案を、一昨年の2008年から、〈甲類〉と〈乙類〉と言い換えました。しかし、これもよくないようです。かと言って、〈A類〉〈B類〉とか、〈1類〉〈2類〉というのもインパクトがありません。もうしばらく考えます。何かいい名称があれば、教えて下さい。

 とにかく、『源氏物語』の本文は2つにしか分別できないことは、これまでの私の調査で明らかになっているはずですから。後は、いかに理解してもらい、認めてもらうかという段階だと思います。もちろん、この2つに分けきれないものがあります。しかし、『源氏物語』は54巻もあるのですから、そこは大局的な視点で分別するしかないのです。少なくとも、〈いわゆる青表紙本〉〈河内本〉〈別本〉という、昭和13年までの研究成果に縋り付いた本文分別方法とは、そろそろ決別すべきです。池田亀鑑の3分類は研究史の成果として、私が提唱する二分別をどう呼ぶか、という次元での話し合いをするレベルになってきていると思うのですが……。

 また、今日の発表の二つ目のポイントでもある、異文は傍記・傍注が本行の前後に混入して発生する、ということも、少なくとも今日の研究会に参加して下さったみなさまには伝わったのではないか、と思っています。
 今回の新出古写本からも、そのことを傍証するものが、レジメの最後にあげた「花の」という語句の存在によって、十分に確認できたと思います。
 この『源氏物語』の異本・異文について、いまだに書写者が勝手に本文を書き換えながら写本を写した、という妄想発言が後を絶ちません。とんでもないことです。そんな夢物語は、今ではもう通用しないはずなのです。しかし、今でも、昨年も何度か新聞をはじめとして、研究者のコメントの中で見かけました。
 『源氏物語』の本文は、そんなに簡単に書写しながら改変できるものではありません。少なくとも、助詞・助動詞レベルなら別ですが、異文と言えるものに関しては、とても聞き入れられるものではありません。私が「妄想」と言うのは、書写される実態を度外視した発言だからです。

 傍記が本行に混入する、という事象を、もっと真剣に見つめてもらいたいと思い、機会を捉えては報告し、発表し続けています。今回もそうですが、今後もこれについては、根気強く訴え続けようと思っています。公に私見を支持して下さる方が皆無なので、孤立無援の状態です。しかし、私が例示したものに対する否定的な批判も皆無なので、後は時間が解決してくれる、と思うしかないのです。正式な反論がないという現状に対しては、「若き研究者よ、活字本だけによる解釈に逃げるな」、と言いたくなります。

 いづれ文字にしますが、こうした異文・異本の実態を踏まえた『源氏物語』の情報は、一日も早く共通の情報として共有すべきだと考えます。その意味からも、ここに今日の発表で配布したレジメを公開します。PDFにしましたので、興味のある方はダウンロードして、例示したものを見て下さい。

■本日の伊藤のレジメ■をダウンロード


 今月は、連日忙しかったこともあり、なかなかこの問題に時間を割くことができませんでした。
 先週の土曜日と日曜日に当該写本の全文翻刻をしました。そして、月曜日と火曜日で本文を入力してデータベース化しました。昨夜、日付が変わるころに入力が終わり、それから諸本との対校資料を作成するためにコンピュータのプログラムを操作し、『源氏物語別本集成』と同じ形式の校異資料を作成したのです。「若菜上」は1万文節を超える分量なので、資料作成に手間取りました。無事に校合資料ができてから、その諸本の本文異同の解読に、今朝までかかりました。そして、そこで見つかった問題箇所を取り出して、今回の発表資料のような、当該本文の特徴と意義を論じられる箇所を特定したのです。

 日曜日に少し寝てから、今に至るまで、まさに不眠不休の連日が続いています。とにかく、身体を横たえる暇がありませんでした。しかし、そこは人間のことですから、おそらくこれまでの80時間ほどの間に、無意識の内に心と体を休めていたことでしょう。そうでなければ、今、こうして気が変にならずに、それなりに日本語で文字を打っているはずはないからです。
 とにかく、今月だけでも3回の研究成果の報告をこなしたので、これで後は本来の業務の総整理をすることにします。
 今年度は、昨年の9月から数えると、11回の研究発表をこなしました。その間にいろいろと原稿を書いたので、なかなか充実した年度であったといえます。
 いつまでもこんな調子で調査や仕事ができるとは思っていません。いつかは、息切れがします。しかし、できるときに、できることを、できる限りする、という姿勢で、気力と体力が続く限り、今のペースで一日も長く研究生活を送りたいと思っています。
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ■古典文学