2010年03月16日

井上家の疎開先としての日南町(2)

 伯備線上石見駅から西へ向かい、井上靖が『通夜の客』で「駱駝の瘤」と言った小さな峠を2つ越えると、眼下に「F村」として描かれた福栄村が正面に見えてきます。
 その村に上から入って見ました。

 ウエニヤさん、マエニヤさん、ヨコニヤさんが、親切にも屋号を書いた看板を家の軒先に揚げてくださっています。これはありがたい心遣いです。
 『通夜の客』に、こう語られています。

コオジヤさんのお嫁さん、ワカレヤさんの御主人、マエニヤさんの息子さんの三人に手伝つて戴いて、家の片付けを終りました。(新潮文庫、194頁)


 この屋号の家が、そのまま今もあるのです。小説は虚構です。しかし、その世界をイメージ化するのに、小説の舞台が頭の中に拡がると、作品をさらに深く読んで楽しめます。
 
 
 
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 ヨコニヤさんの裏手から、福栄村の下の方を臨むと、一段下に「文豪 井上靖 曽根の家 屋敷跡」という看板が、何もない敷地にただ1つ、ポツンと建っているのが目に飛び込んで来ます。
 井上靖は、この日南町の雪景色をしらないはずです。この景色は、井上靖の作品とは無縁のものです。しかし、今はそのことを忘れ、白色を土色と青色に置き換えれば、それなりにイメージとしてはおもしろいと思い、このまま写真を掲載します。
 
 
 
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 この写真の左下の木から顔を覗かせるようにして、白い板に文字が書かれた看板が見えます。その少し右上に、墓石が見えます。左には、杉の木が2本立っています。この杉の木が、曽根の家の場所を示す目印となっています。これらは、後で記すことのキーワードとなるものです。
 ここに、井上靖の家族が住んでいた、「曽根の家」と呼ばれる家があったのです。

 さて、ヨコニヤさんから時計回りで下っていくと、インガヤさんがあります。
 
 
 
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 そして、そのすぐ下が、コウジヤさんです。
 
 
 
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 コウジヤさんの向こうに、インガヤさんが見えています。
 このコウジヤさんの裏に、「曽根の家」はあったのです。

 コウジヤさんの脇の狭い坂道を登って行くと、今はビニールハウスのある裏の田んぼの上の壇に、それはありました。
 
 
 


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 今来た道を振り返ると、こんな感じの風景です。
 
 
 
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 コウジヤさんの佐伯さんに、井上家が住んでいた頃の話を聴きました。
 今78歳の佐伯さんは、当時は中学生だったそうです。
 佐伯さんから、興味深い話をたくさん伺いました。
 井上家の人たちが、向かいの家にお風呂を借りに行っていたこと。
 今も、その名残が正面上の家の左に、ブロックの跡として確認できます。水を汲んだり焚いたりするのが大変なので、月に数回のお風呂だったそうです。
 
 
 
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 後ろに見えるささやかな水路は、当時は水がなかったので、ここで気長に水を溜めて使っていたところだそうです。井上家と一緒に来ていたお手伝いさんが、ここの松の木陰で昼寝をしながら、水が溜まるのを待っていたそうです。

 この「曽根の家」については、まだ続きます。
posted by genjiito at 23:52| Comment(0) | □井上卒読