2010年01月25日

米国と文化について考える

 今回は、スムーズに成田へ行けました。やはり、交通費は少し高くても、乗り換え1回のコースが良いようです。

 成田では、日本国としてアメリカへのご機嫌伺いをすることを反映してか、人間としてあってはならない、屈辱的としか言いようのないボティーチェックの後、空港の一番端の冷遇された何もない待合ロビーで、ANAのワシントン行き飛行機への搭乗を待ちました。
 喫煙室の中に自動販売機しかないロビーです。タバコにアレルギーのある人は、ドリンクすら買えないロビーしか用意できない空港側の対応に、これが日本の現状かという情けない思いをしました。
 乗客への対応が、非常に疎かになっている区域に放置され、飛行機を待たされる状況に置かれました。迷惑の受け身が並ぶ表現にならざるを得ません。

 空港の係官が、私の機内持ち込み用のバッグを勝手に手でこじ開けて、鞄の中を無礼にも掻き回して調べるのです。言語道断の、人権などあってなきがごとしの人間否定の持ち物検査です。
 アメリカには人権など元々ない国なのですから、アメリカの属国と化している日本国としては、アメリカの流儀や論理に今は従わざるを得ない、ということで仕方がないことなのでしょう。しかし、民主主義を目指す国作りをしている日本国の国民の一人として、ここまでアメリカに媚びへつらっていいのか、これは大いに疑問に思います。

 日本は、もともと他人や他国への敬意を表し、相手が不愉快にならないように、露骨な軋轢は避けてきた民族だと思います。しかし、宗主国であるアメリカへの政治的な忠誠は、はしなくもこんな時に見え隠れします。日本人としては、もっと外国に対して毅然とした態度を表明したいものです。これでは、あまりにも情けなさすぎます。日米安保条約や地位協定は、もっとみんなの話題にしたらいいと思っています。せっかく民主党の政権になったのですから、今こそ、この問題をみんなの共有する情報として発信すべきです。結論を云々するのではなくて、その過程でみんなが事実と実情と実態を知ることが大事だと思います。
 ただし、この厳重なボディーチェックは一種のアメリカ向けのパフォーマンスだと割り切れば、それは理解もできます。確かに、テロは未然に防ぐ必要があます。その意味では、なぜテロが今なおなれされているのか、という問題はここでは措きます。

 今、井上靖の『風濤』を読んでいます。高麗国がフビライ・ハーンが取り仕切る元から受ける仕打ちに苦悩する様を、この成田空港で連想しました。宗主国である元の命令で、高麗は日本へ向かわされるのです。反対出来ない状態の国というもののありようが、フッとこの持ち物検査を受けながら、思い出してしまいました。
 アメリカは、日本に原爆を落とし、今なお謝罪をしません。戦争終結のための手段としての正当性を主張するばかりです。その意味では、最近のオバマ大統領の発言は、注目すべきものがあります。これまでの文明国に対する嫉妬がアメリカから薄まることを、気長に期待しましょう。

 私の鞄の中を調べた係官も、いつか自分がしたことの意味を考えることがあるかもしれません。仕事と割り切っていればいいのですが、私を調べた方は、何となく申し訳ないという私情を滲ませておられたように思います。同じ人間として理解ができるので、身体を触られても強い反発はしませんでした。それにしても、これはやってはいけないことが黙認されてなされていました。歴史の一コマとして、記録しておきます。

 機内で、目の前の座席のポケットに入っていた『翼の王国』という雑誌をパラパラと捲っていて、おもしろい記事を見つけて読み耽りました。「中国 賀蘭山の東方金字塔 流砂に消えた王国」(京都大学、池田巧)という特集です。寧夏回族自治区・銀川市の郊外にある巨大な遺跡群を取り上げていたのです。

 西夏という国は1038年に李元昊が打ち立てました。井上靖の『敦煌』で親しんだ話です。
 その首都が、現在の寧夏回族自治区・銀川市にあったのです。しかし、この都も、1227年にチンギス・ハーンによって滅ぼされました。これも、井上靖の『蒼き狼』などでよく知っています。そして、過日、モンゴルでも聞いたことです。

 西夏の王陵を東方金字塔といいます。その形が「金」という漢字に似ていることから、金字型の塔という意味で名付けられました。エジプトのピラミッドとイメージが近いものです。
 エジプトにはナポレオンが発見して有名になった、ロゼッタストーンがありました。現在は大英博物館に展示されている、あれです。そこに書かれた文字ヒエログリフの研究はよく知られています。
 同じように、この西夏にも謎の西夏文字というものがありました。この不思議な文字の解読は、その後すばらしい成果をあげています。私は、ロゼッタストーンよりもこの西夏文字の謎の方が、漢字文化圏に生きる一人として興味があります。

 寧夏博物館に展示されているものに、「迦陵頻伽」(かりょうびんが)があります。なぜか、雑誌のふりがなは「かりょうひんか」となっていました。ルビの大きさが関係しているのでしょうか。
 迦陵頻伽は、仏教において想像上の鳥とされ、雪山に棲むとも、極楽浄土に棲むとも言われています。妙なる鳴き声で法を説くそうです。浄土変相図や天井画などの建築。装飾・華鬘などの工芸品の文様の中に、その美しい姿が確認されます。
 『源氏物語』の「紅葉賀」巻に、「これや、仏の御迦陵頻伽の声ならむ」とあり、光源氏の声が仏の迦陵頻伽の声のようにすばらしい、と書いてあります。仏教を通して、さまざまなことが日本に伝わってきていました。
 この人面鳥身の塑像が、ここ西夏王陵区にだけでですが、見つかっているそうです。30センチほどの大きさだ、とのことです。
 西夏は、日本の文化にも影響を与えていることを知りました。

 さらにこの記事では、西夏文字に関しても、詳しく報告されています。
 西夏文字は、李元昊が独自に創作させた文字で、約6千字あります。『敦煌』でも、仏典を西夏文字に翻訳したり、漢語との対照辞書を作る話が出てきました。実際に『番漢合時掌中珠』という対訳語彙集があるそうです。現在では、ほとんどの文字が解明されているようです。雲台という基壇に刻まれた西夏文字は、まさに「東洋のロゼッタストーン」です。

 消えた西夏文字が、現在は書家によって蘇りつつあるそうです。
 モンゴルでも、かつてのモンゴル文字を再評価する機運にありました。
 文字が持つ意義を、改めて再認識させられました。
 そして、今わたしたちが読み・書きする日本語について、特に変体仮名と書写文字について、思いがけずも、機中で考えてみる機会を持つことになりました。伝統と文化を知り、理解し、継承していくためにも、書写する文字の文化を、後代に引き継いでいけるようにしていきたいと思います。

 今回は、『源氏物語』の古写本の調査でアメリカに行きます。
 和紙に書かれた文字を読み解き、他の本に写されている文字列と比べることで、その背景にある文字を写すという文化の実態を炙り出したいものです。
 その意味では、アメリカにはこうした文化は皆無です。歴史と伝統がない国なので仕方がないと言えばそれまでです。しかし、こうして千年前の〈物語〉が記された写本を、わざわざ日本から調べに来る意味は、文化のないアメリカの方々にも理解してもらいたいところです。
 あなたたちの国にはないでしょう、というのではなくて、こんな文化を持つ国が地球上にあることを、こんな機会に知ってもらいたいと思っています。
 力が強いことを誇るだけではなくて、文化が持つ尊さや意味を誇るのも、大事なことです。そして、それを理解することも、大切なことではないでしょうか。
posted by genjiito at 23:50| Comment(0) | ◎国際交流