2009年12月06日

京洛逍遙(114)洛陽三十三所(6)金戒光明寺

 風が冷たい師走の賀茂川で、京都市内の小学生たちの駅伝が行われていました。
 たくさんの家族連れが河原に集まり、応援をしています。
 
 
 
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 用事をしながら、京都大学から黒谷へと歩きました。
 百万遍から京都大学を右に見ながら北白川に向かうと、昭和5年創業の「cafe進々堂」があります。
 
 
 
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 中は写真撮影禁止とのことなので、紹介できません。
 大きな木のテーブルと、木の長いすがお店を占めています。大学の木造の自習室か食堂という感じです。こんな雰囲気の場所は、もう数少なくなっています。薄暗いのも一興です。

 吉田山をぐるっと回って、黒谷の金戒光明寺へ行きました。真如堂の南側です。

 途中で、紅葉に囲まれた大文字が見えました。
 
 
 
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 私は、金戒光明寺に来るのは初めてです。
 法然上人がはじめて草庵を営まれた所だそうです。
 
 
 
091206kurotani1山門
 
 
 
 御影堂は重厚さを感じました。
 
 
 
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 文殊菩薩や吉備観音(重要文化財)を見ていて、また観音霊場巡りをしようと思い立ちました。
 西国33カ所は3周しました。新西国33カ所も1周、そして、四国88カ所は香川県を走破、近畿36不動は路の途中と、霊場巡りは大好きです。これまではすべて自動車を使ってのものでした。
 今度は京洛33カ所なので、自転車ですべて回れそうです。
 
 
 
091206kurotani5朱印帖
 
 
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 この金戒光明寺が、私の「洛陽三十三所観音巡礼」のスタートとなりました。

 以下、ホームページ「洛陽三十三所観音巡礼」から略説を引きます。
 
 
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御詠歌 としをへて またたのむべき かんぜおん
      いのちなりけり よしだなかやま

 金戒光明寺の千手観音は吉田寺の本尊で、奈良時代、 遣唐使の吉備真備が帰朝の際に船が遭難しそうになり「南無観世音菩薩」と唱えたところ難を免れることができ、 その時唐より持ち帰った栴檀香木で行基菩薩が刻んだもので『吉備観音』と呼ばれています。
 江戸時代に吉田寺が廃寺となり幕府の命により当寺に移されました。

 
 


 金戒光明寺の文殊菩薩と脇侍の尊像は、運慶作とのことです。
 日本の三文殊と言われる、「安倍の文殊」(奈良・桜井)と「切戸の文殊」(京都・天橋立)は、何度も行っています。特に「安倍の文殊」は、子どもたちが小さいときは、毎年正月に初詣をしました。
 今日で、やっと3つ目を拝んだことになります。

 金戒光明寺から街中を見下ろすと、朱塗りの平安神宮と、その右手奥に京都タワーが見えました。
 
 
 


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 その後、岡崎公園から京都文化博物館へと移動。

 京都文化博物館では、昨日行った表装の展示会を、再度見ました。
 表装に興味を持ったので、行ったついでにもう一度ることにしたのです。絵よりも、それを引き立てる役割を果たす表具師の方の仕事は、なかなか奥の深いものだと感じ入りました。
posted by genjiito at 23:52| Comment(0) | TrackBack(0) | ◎京洛逍遥