2009年11月19日

【復元】『坂の上の雲』は小説というよりも物語

 来週から、司馬遼太郎の『坂の上の雲』がドラマとして毎週放映されるそうです。全5回とか。
 書店には、この作品に関連する書籍がたくさん積まれています。
 私は、NHKの大河ドラマかと思っていましたが、どうやらそうではないようです。

 今から3年半前の2006年4月9日に、「小説というよりも物語」と題するブログを公開しました。副題は「『坂の上の雲』の小説手法」でした。
 ただし、その記事はサーバーがクラッシュしたために、今ではもう読めなくなっています。
 過去の記事ですが、私にとっては大事な記録の一つなので、手元の資料をもとにして復元しました。

 仕掛けられたブームの隙間を埋めるものとして、以下に掲載します。
 
 
 
********************** 以下、復元掲載 **********************
 
 
 司馬遼太郎の『坂の上の雲』(全8冊、文春文庫)を読み終わりました。
 昨年末に買った本のはずなので、4ヶ月がかりで読んだことになります。年度末の多忙な時期に、それも海外出張が続いた頃、新幹線の中で読み耽りました。本当におもしろい作品でした。日露戦争前後の、明治という時代の人々の、今は失ったとしか言いようのない心意気を体感しました。
 
 
 
1144514249_1文庫本の表紙
 
 
 
 伊井春樹先生とご一緒に国際会議に出席するために大連へ行ったのは、もう2年も前(2004年)の夏のことです。
 幸運にも、外交特権車で旅順を案内してもらいました。警察の車の先導で、普段は観光客が入れない所へも行きました。日露戦争についてはほとんど知識を持っていなかった私には、今から思えば、本当にもったいない旅でした。伊井先生は愛媛県のご出身だけあって、精力的に調査収集をなさっていました。
 あの頃、私がこの『坂の上の雲』を読んでいたら、と返す返すも悔やまれます。
 『坂の上の雲』の登場人物は、秋山好古・真之兄弟をはじめとして、正岡子規などなど、愛媛の男たちなのです。先生の思い入れも、『坂の上の雲』を読んだ今にして思えば納得です。

 次の写真は、明治38年(1905)に、降伏したロシア軍司令官のステッセルと乃木希典が会見した、旅順の水師営会見所へ行った折に、その中で、お土産用の絵文字を書いてもらっているところです。
 
 
 
1144514249_2水師営会見所で
 
 
 
 『坂の上の雲』は、小説の枠をはみ出した物語です。スーケールの大きな物語です。
 筆者は、「あとがき」で、次のように言います。(文庫版第8巻の「あとがき集」から引きます。)

小説がもっている形式や形態の無定義、非定型ということに安心を置いてこのながい作品を書きはじめた。
 (中略)どれほどの分量のものになるか、いま、予測しにくい。
(309頁、313頁)


 何と、これが本当ならば、大胆な執筆進行ということになります。歴史の中の人間を記述する物語の場合は、綿密な計画に基づく構成よりも、事実に語らせることを大事にするほうがいいのでしょう。文中でも、「これはすでに述べた。」という表現が散見しました。描写が行ったり来たりするのは、こうしたことが理由のようです。

この作品は、小説であるかどうか、じつに疑わしい。ひとつは事実に拘束されることが百パーセントにちかいからであり、いまひとつは、この作品の書き手―私のことだ―はどうにも小説にならない主題を選んでしまっている。(330頁)


日露戦争を接点にして当時の日本人というものの能力を考えてみたいというのがこの作品の主題がだ、こういう主題ではやはり小説にはなりにくく、なりにくいままで小説が進行している。(331頁)


 これだけスケールの大きな物語となると、私も含めて、当然、資料収集などでの協力者の腕のよさを忖度します。しかし、そうではないことを、著者自身が次のように語っています。

この作品世界の取材方法についてだが、あれはぜんぶ御自分でお調べになるのですか、と人に問われることがあって、唖然としたことがある。(359頁)


 これに続く文で、著者は自分の書き方を披露していますが、これには頭が下がります。とにかく、膨大な資料を読み解いての文章なので、協力者を想定したくなるのです。

 また、著者は、折を見て原稿に手を入れることによって、よりよいものにしようとする姿勢が顕著です。原稿を訂正する労を厭わないのです。この姿勢には敬服します。

新聞連載であることが、多少は幸いした。連載中に誤りを指摘されることがあれば、本になるときに訂正できたからである。本になってからも、気がついたところは訂正した。全集の形になってからもそれを繰り返した。いずれも軽微な誤りで、その点、安堵していたところ、やがて重大な誤りがあることに気づいた。その訂正を、とりあえずこの月報でしておきたい。(369頁)


 とにかく、読んでよかった本でした。読むのが遅過ぎたことを後悔させる本でした。
 
 
 
********************** 以上、復元掲載 **********************
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | ■読書雑記