2009年11月15日

源氏文論尚友(3)「『潤一カ新訳 源氏物語』草稿」

 最近、『谷崎潤一郎全集』(全30巻、新書版、昭和32〜34年)を娘にオークションで落札してもらい、無事に入手しました。

 谷崎潤一郎は、私が『源氏物語』に興味を持つきっかけとなった作家です。
 高校生から大学生にかけて、そのすべてを読みました。しかし、今は、そのほとんどを忘れています。
 もう一度読み直そうと思って、電車の中でも読めるようにと、新書版の全集を探していました。

 そんな時、井上靖の「中国行軍日記」が公開され、その中で、昭和13年の二月六日(日)に「蘆刈」を、二月七日(月)に「吉野葛」を読んでいることが記されていました。
 本ブログ「井上靖卒読(100)新発見「中国行軍日記」に見る夫婦愛」で紹介した通りです。

 すぐに娘にメールを出し、オークションでの落札を頼み、間もなく数千円で落札となり、昨日入手しました。
 『谷崎潤一郎全集』の第19巻の付録3(月報)に、井上靖の「「盲目物語」と「蘆刈」」というエッセイが掲載されていました。ただし、この件についての詳細は後日としましょう。
 昨日、國學院大學であった『源氏物語』に関する研究会で一緒だった田坂憲二さんも、この件については一家言あることでしょうから、機会を改めます。

 今は、谷崎潤一郎の旧訳源氏から新訳源氏におけることでした。

 大津直子さんが、『國學院雑誌』(平成21年8月)にすばらしい報告をしています。
 タイトルが長いので、紹介に手間取ります。

 「國學院大學蔵『潤一カ新訳 源氏物語』草稿 山田孝雄書き入れ旧訳本 本文加筆箇所対照表」

 これは、昭和14年に刊行が開始された谷崎の旧訳源氏の実態と舞台裏を知るための、貴重な調査報告となっています。49頁にもわたる、精力的な調査の成果です。
 谷崎の旧訳は、『源氏物語』の原文からは、たくさんの削除がなされています。これは、戦時中という時局の影響が大きいものです。

 この問題に、大津さんは國學院大學に新たに収蔵された『潤一カ新訳 源氏物語』の草稿を精査することにより、新訳で新たに訳された表現や文脈がわかりやすいように、『源氏物語』の原文と対照させて一覧表を作成して公表してくれたのです。

 ここには、新たに加わった玉上琢彌の手が入っています。新訳での加筆箇所は、460箇所だそうです。とくに、玉上琢彌の細やかな書き入れ注は注目されます。しかし、これは錯綜していることを理由に、今回は割愛されています。今後の調査研究が待たれるところです。

 ちょうど、今月11月7日に開催された国文学研究資料館における「平安文学における場面生成研究」プロジェクトでの研究会で、「物語音読論再考」というテーマのもとで討論がなされました。
 その時の基調報告者の一人であった静岡大学の松岡智之さんが、「物語音読論生成の周辺」と題する発表の中で、玉上琢彌の物語音読論は谷崎潤一郎からの影響があったのでは、との内容の報告をされました。
 質疑応答の場で、私は大津直子さんの上記の報告があることを紹介しました。

 私は、読書感想文のような論文形式の研究発表は、敬して遠ざけています。
 この大津さんのような、文献をしっかりと見据えた研究は、それが報告に留まるものであっても、今後とも有益な研究に直結するものなので、これを高く評価しています。
 個人の発想による新鮮な発言も刺激的ですが、こうした地道な調査の報告には、より一層の意義深いものがあります。

 若者は奇を衒わずに、コツコツと調査した成果を、どんどん公表してほしいものです。
 大津さんにも、今後の調査を期待したいと思います。特に、山田孝雄と共に、玉上琢彌の役割の解明も、大切なことですから。

 実は、大津さんは、私の仕事の一部を手伝ってくれたことがあります。
 また、室伏信助先生の國學院大學での授業に私が参加していた時にも、大学院生として講義を受けていた大津さんの手帳には、ビッシリとメモが記されていたことを覚えています。非常に勉強熱心なので、感心しました。

 若い人が勉強している姿は、本当に頼もしい限りです。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | ◎源氏物語