2009年09月06日

京洛逍遙(101)晴明神社と一条戻橋

 今夏、国文学研究資料館で開催された「百鬼夜行の世界」は、1ヶ月の間に4千人近い人が見てくださいました。
 昨秋の『源氏物語展』に近い来館者で、盛況のうちに幕を閉じました。
 担当の小林健二先生と青木睦先生のご苦労には、この来場者数が労ってくれるものとなりました。
 本当に、お疲れ様でした。

 この展示については、以下のブログで紹介しました。

連携展示「百鬼夜行の世界」

 そこで触れたことですが、陰陽師・安倍晴明が式神を操って外道に対するところを復元した模型を、国立歴史民俗博物館から借りて来て展示していました。これが大好評だったようです。
 そのこともあり、晴明神社に行かなければ、と思いながら、なかなか果たせませんでした。
 自宅に近いということと、その前をよく通るので、この次に、とパスしていたことが原因です。
 何かと人気なので、通りがかりに晴明神社へ寄ってみました。
 場所は、非常にわかりやすい所にあります。
 
 
 
090906seimei2地図
 
 
 
 晴明は、天文陰陽博士として、朱雀、村上、冷泉、円融、花山、一条天皇に側近として仕えました。
 平安時代の文学を読む者にとっては、その背景に陰陽道が日常的にあります。
 ただし、私にとってはその実態がよくわからないので、物語の中ではあまり生きない知識のままです。

 入口に立つ一の鳥居には、社紋である桔梗印・五芒星が目につきます。
 
 
 
090906seimei1一の鳥居
 
 
 
 鳥居を潜ると、すぐ左に、かつて堀川に架かっていた一条戻橋を再現したものが置かれています。
 
 
 
090906seimei3旧戻橋
 
 
 
 戻橋は、今も晴明神社の前の堀川を100メートルほど南に下った所にあります。平成7年以降、現在のものと替えられました。
 今でも、「戻る」という言葉を忌み嫌って、婚礼や葬式ではこの橋を渡らない風習が残っているそうです。まさに、言霊です。
 晴明神社境内にある戻橋の左横には、式神の石像があります。これは、陰陽師が使う精霊です。

 この戻橋の向こうに、神社公認のお土産物やさんがあります。
 そこに、紫式部を描いた土鈴がありました。
 『源氏物語』の千年紀の面影は、まだ京都市内の至る所に残っています。
 
 
 
090906seimei4土鈴
 
 
 
 1本道を隔てて、鳥居の前に「千利休居士聚楽屋敷趾」と刻まれた石碑があります。
 近年、江戸時代の茶書から、ここに利休屋敷があったことがわかりました。そこで、武者小路千家家元が石碑を奉納されたのだそうです。
 
 
 
090906seimei5利休
 
 
 
 境内に入ってすぐ右に、晴明井があります。
 
 
 
090906seimei8晴明井
 
 
 
 これは、毎年の恵方を向いているとか。利休も使った水だそうです。
 ここは、利休が自害した終焉の地でもあるとのこと。
 昨日の堺といい、今日の晴明神社といい、利休に縁のある地を訪れることとなりました。

 このあたりで、晴明様にお出ましいただきましょう。
 本殿の前左側にいらっしゃいます。
 
 
 
090906seimei6晴明像
 
 
 
 本殿右側には、厄除けの桃が鎮座ましましています。
 チョッと意外な取り合わせでした。もっと、おどろおどろしいものが相応しいように思いますが……。
 
 
 
090906seimei7
 
 
 
 晴明神社の前を、堀川が流れています。
 そして、すぐ南に、今も戻橋があります。
 
 
 
090906seimei9今の戻橋
 
 
 
 この堀川は、最近新しくなりました。そのことは、以下のブログに書きました。
 
(69)水が流れる堀川に変身
 
 今日も、新しい堀川には、たくさんの子どもたちが水遊びを楽しんでいました。
 
 
 
090906seimei10堀川
 
 
 
 晴明は、子どもたちも守ってくれるのでしょう。
 みんな、大はしゃぎでした。
posted by genjiito at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | ◎京洛逍遥