2009年06月30日

京洛逍遙(90)有料ガイドブック〈2〉

 京都の町並みは、千年前とそんなに変わってはいません。
 そのため、寺町通りを歩きながら、ここは藤原定家の京極邸のあった所だとか、紫式部がいた中川の邸あたりだとか、千年前にタイムスリップして楽しめます。
 また、光源氏がこの道を通って空蝉の所へ行ったのだろうなどと、物語の舞台を想像しながら散策もできます。

 そんな時に重宝するのが、次の2冊です。

(1)『源氏物語千年紀記念出版 紫式部の生きた京都』(ユニプラン、1,000円、2008.7.7)
 
 
 
090623murasaki考古学から迫る
 
 
 
 これは、今歩いている地面の下に、千年前には何があったかを、発掘写真を通して教えてくれます。
 豊富な写真と図版が掲載されているので、想像力を掻き立ててくれます。
 平安宮・平安京・京の周辺を歩く散策マップは、頭の中が平安時代と重ね写しになる、不思議な空間に身を置くこととなります。異次元空間を、現実のものとして体感できるのです。
 
 
 
(2)『京都時代MAP 平安京編』(新創社編、光村推古書院刊、2,000円、2008.4.26)
 
 
 
090623heiankyoタイムトリップマップ
 
 
 
 これは、(1)をさらに広範囲に、詳細にしたものです。
 千年前に、ここに何があったのかが、印刷された平安時代の地図に、半透明のトレーシングペーパーに印刷された現代の地図を重ねることによって、歴史と地理が目の前を行き来します。
 これも、不思議な体験をさせてくれます。

 時空を移動するための解説ページも、楽しく読めます。

 タイムトリップマップとして、これ以外には、以下のものが刊行されています。

・京都時代MAP 幕末・維新編  編-新創社 定価1680円(税込)
・京都時代MAP 安土桃山編  編-新創社 定価1890円(税込)
・京都・観光文化時代MAP  編-新創社 定価2100円(税込)
・京都時代MAP 伝統と老舗編  写編-新創社 定価2100円(税込)
・東京時代MAP 大江戸編  編-新創社 定価1785円(税込)
・奈良時代MAP 平城京編  編-新創社 定価1890円(税込)
・名古屋時代MAP 江戸尾張編  編-新創社 定価2100円(税込)

 歴史と文化を旅する時のハンドブックとなります。
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京洛逍遙(89)有料ガイドブック〈1〉

 無料の京都ガイドブックだけでは心もとない、という方に、独断と偏見で有料の書籍を列記します。

(1)『京都の観光便利帖 2009〜2010年版』(京都観光旅館連盟、B5判、240頁、800円)
 
 
 
090623benri2009-2010版
 
 
 
 これは、京都を観光するための資料集です。ただし、カラー写真は一枚もありません。

 とにかく、素っ気ないの一言です。学生時代に、国語や社会や理科の授業で使った資料集だと思えばいいと思います。
 しかし、京都観光に関する情報は、とことん網羅しています。
 この本に掲載された情報のすべてを確認しようと思うと、10回以上生まれ変わっても終わるかどうか……。
 驚嘆の資料集です。

 観光業界の方々には、手放せない本でしょう。よくぞこれだけ集めたものだと、ページを繰りながら感心します。
 京都をいろいろと歩いた方は、頭の中がハイビジョン京都になるに違いありません。

 奈良、大阪、滋賀の観光情報もたっぷりとあります。

 これだけの内容で800円です。ただし、京都駅の観光案内所くらいでしか入手できません。
 何とかして、書店で購入できるようにしてほしいものです。
 さらには、デジタル化して、CDかDVDで提供してほしいものです。ネットでの公開なら、なおさらです。

 今後を期待したいと思います。
 
 
 
(2)『文化で旅する京都案内』(京都新聞出版センター、2008.4、A5変型判、208頁、1,260円)
 
 
 
090623hontoniそろそろ、ほんとの京都旅。
 
 
 
 これは、上記資料集とは対照的な、カラー写真満載の本です。
 今の京都を支えている文化という視点から、さまざまな情報を収録しています。
 巻末の地図は、カラーで見やすくなっています。
 何よりも、各項目の解説が簡潔なので、読んでいて疲れません。
 京都の文化を読むための本となっています。

 1つだけ気になりました。
 冒頭の文章で、「平安時代の歌人・清少納言は」とあります。
 間違いではないのですが、全体的に好感の持てる文章と編集で構成されているので、少し気になりました。

 以上、(1)と(2)の2冊で、京都の歴史と文化が頭の中で再構成され、そして完結します。
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2009年06月29日

京洛逍遙(88)無料ガイドブック〈4〉

 無料で入手できる2種類の地図と、困ったときの電話番号を1つ。

(1)『京都まち歩きマップ(KYOTO MAP for Tourist)』(2008.12、京都観光推進協議会・京都国際観光客誘致推進協議会)
 
 
 
090623map地図
 
 
 
 この地図は、京都全体の地理的な状況を知りたいときなどに役立ちます。
 京都市の周辺の洛北や嵐山などは、裏面にあります。
 ポイントからポイントへの位置関係と距離の目安がつきます。
 また、地名の読み方がわからない時には、ローマ字で併記されているので助かります。
 過日も、我が家の近くにある衣棚通の読み方がわからなかったので、この地図で「ころものたな」と読むことを確認しました。
 道々、場所を聞くときなどにも、これを見せればいいので、とにかく重宝します。
 ただし、建物名などはあまり記入されていません。その時には、行った先の周辺の小物屋さんなどの店頭にある、無料のイラストマップなどを併用するといいでしょう。

 京都駅に着いたら、これを一枚もらってポケットに入れておくと、何かとお役に立ちます。
 
 
 
(2)『京都市バス・地下鉄路線図』(2009.3、京都市交通局)
 
 
 
090623busバス路線図
 
 
 
 バスを使って移動するときの必需品です。
 京都の地下鉄は、烏丸線と東西線があります。
 しかし、都の中央を縦横に移動するときにはいいのですが、実際にはバスに頼ることが多いと思います。
 タクシーは、荷物が多いときや数人での移動以外では、あまり使わないはずです。
 
 
 
(3)何かと便利な「京都いつでもコール」
 075−661−3755(8時〜21時、年中無休)

 京都のサービスは、痒いところに手が届くほどで、とにかく感心します。
 先日も、2時間ほど幼い子供を飽きさせずに遊ばすところを探すことになり、ここへ電話をして教えてもらいました。
 役場への書類の提出などでも、わからないときにはここで教えてもらいました。
 いやはや、ここまで甘えていいのかと恐縮することがままあります。しかし、それでも丁寧に教えてもらえるので、何かに困ったら、解決策を求めて電話をします。
 それも、的確なアドバイスなのです。
 いつも、ごくろうさまです。
 助かっています。
 いつまでも、続けてください。
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2009年06月28日

京洛逍遙(87)無料ガイドブック〈3〉

 この夏の京都情報をふんだんに盛り込んだA4サイズの冊子も、無料のものがたくさんあります。
 今回のものは、月毎に、季節ごとに、定期的に発行されているものです。
 これらがあれば、ガイドブックがなくても、主だったところはブラリと回れます。

 ほとんどが、京都駅2階にある「京都市観光案内所」か、平安神宮前の「観光情報センター」で入手できます。

 地方の方は、東京駅前のヤンマー東京ビル1階にある「京都館情報コーナー」や、名古屋駅北側の名鉄バスターミナルビル4階にある「名駅旅行サロン」などでも、入手できるものがあります。

 まずは、地図がたくさんある『京都散策物語』(京都ウォーキングマップ)から。
 これは、右下に「Vol.11 2009春・夏 FREE」と印刷されています。
 
 
 
090623monogatari京都散策物語
 
 
 
 
 次は、JR東海が今年のお勧めとして東福寺などを取り上げている『京都散策』(JR東海)です。
 これは、右上に「2009 7月〜9月 夏」と印刷されています。
 
 
 
090623sansaku7京都散策
 
 
 
 7月の情報を収録したものとしては、次の2冊があります。

 『京の夏の旅』(JR西日本)は、この夏のお勧めスポットがたくさん紹介されています。
 
 
 
090628kyonatu京の夏の旅
 
 
 
 『京ごよみ 7月号 2009』(京都観光推進協議会)は、何月何日にどこでどんなイベント、祭り、美術展、劇などがあるかが、詳しく紹介されています。
 祇園祭にも、見開きに網羅されているので、これ1冊でブラブラ見て回れます。
 
 
 
090623koyomi京ごよみ
 
 
 
 無料の冊子と言っても、旬な情報や写真が多いので、大変重宝します。
 京都に関する書籍を買わなくても、駅を降りて改札近くで入手したこれらのフリーペーパーが、十分に旅の案内をしてくれるのです。
 これらを、有効に利用しない手はありません。
 これに加えて、駅前で2000円位でレンタサイクルを手に入れれば、自分だけの京の夏が満喫できると思います。

 どこかの回し者と間違えられそうですが、京都は、手ぶらで来ても充実した時間が組めます。

 おもしろい街です。
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2009年06月27日

夜行バスからの投稿(補訂)

  渋谷で研究集会がありました。

 源氏物語の本文についての研究会で、非常に充実した内容でした。
 私は、第26巻「常夏」を例にして、本文が2つに分別できることと、本行本文の横に書かれた傍記が、書写者によって本行に取り込まれることによって異文が発生する事例を報告しました。
 写本によって異なる文章が確認できる時に、傍記の混入を想定すると、意外とその背景が見えてくるのです。
 今後とも、こうした事例を報告していきたいと思います。

 その後の懇親会に、最後までお付き合いするため、急遽、新幹線をキャンセルしました。
 そして、夜行バスがないかを、渋谷駅の中のツーリストで、念のために聞いてみました。すると、なんと、渋谷発の夜行バスがあったのです。新宿か東京しか知りませんでした。
 それも、懇親会場の上の階から発車するということでした。

 ラッキーとは、このことです。こんなによくできたうまい話は、滅多にないことです。

 発車間際まで仲間と喫茶店で楽しく話をして、今バスに乗り込んだところです。

 こうしてブログを投稿できるのも、iPhoneがあるおかげです。
 いつもの時間に、いつものように書いてアップできるのですから、情報文具は便利なものです。
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わが母の記(6)未読だった第2信(下)

 未開封のままだった、母からの手紙の中身を翻字します。
 40年ぶりに読んだ亡母からの手紙には、以下のように書かれていました。





鉄ちやん 其の後元気で居ますか 此の所毎日寒くて

大阪は雪が降つたり風もツメタイですよ

少しは仕事の方 馴れて来ましたか 朝が早くて

一人で起きれるやらと心配しています 風引かぬ様

気を付けて カイロでも入れて暖かくして出る事

です 体に十分気を付けて シツカリがんばつて

下さいね 祈つています

家もとう/\電話がついて 鉄ちやんの声も聞き

度ひ時は話せますので 嬉しいですよ

室の方も整理が付きましたか 落ちついた事と思つ

て居ます 電気毛布を買つたそうですが 安い物

で大丈夫ですか 良く注意して使用して下さいね



色々と入用の物が多くなつて行く事でしようが 自分で

キチントかたづけて 人が見ても見ぐるしく無い様に

して置く事ですね 其の人の人がらが知れますからね

お金の方も 心細く無つてる事でしようが 必要な時

には お母さんも少しは手持ちが有りますから 其れに

内職のお金も出来ますから 言つて呉れたらスグ

送つて上げます 何よりも体に十分に気を付け

る事 外に出た時 一日一本はかならず牛乳をノム

事です 其して 生ヤサイを忘れずに自分から食べる

様心掛け 食事に付いてたら残さずに食べて下さい

どんな物を食べてる事やら 又知らせて下さいね

当分は淋しかつたですが 此の頃 仕立物を一生懸命



やり出して 其の間は気がまぎれて居ます 時/\

Iさん所にも 遊びに行く事ですね Nさんは

良い人ですから 此の間はセイター頂いたとの事 又 着

て遊びに行きなさい 喜ばれますから ラヂオも頂い

たとか 鉄ちやんの室も 大分自分の室らしくなつたで

しよう 此れからは又 予備校に入つてシツカリ

勉強にがんばつて下さいね 来年を祈つて居ます

お金の方 四万円は こちらから送金しますからね

入用の時 知らせて下さい 用意していますから

Yが二十日 夜行 大阪立ちますから 其の時に小使

(お金)持つて行きますから 当分のに使つて下さい



給料もらうまで心細いでしようから 残れば預金して

置く事ですね いつでも出せる様に近くで良いで

しよう Yが行けば又話も沢山有る事

でしようから 此の便りが着く頃は行つてる

頃です 家の机の上の箱は チツキで送ります

昨夜(十三日)から Yと二人です 何となく

心淋しい気持ちです 石川屋のMさんが 十五日に

亡くなり お父さんは出雲へ帰つてます 又 Tさん

所 Kさんは大分良くなり 十七日に退院して

出雲大東のTに帰り 来月(四月十二、三日頃)大阪に

Hちやんと一しよに帰つて来られます 今の所 別に

変わつた事も無く こつちは皆元気で居ますから



鉄ちやんも元気に体に呉れ/\も気を付けて

交通事故にはほんとに注意して下さいね

其の中に暖かくなり仕事の方にも馴れて来た

ら 楽しい事も出来て来ますから がんばつて下

さい 又便りしますから 其れ迄 元気に居て下さい

                     母より

左記の所に礼状出すことですね お願ひします

Tにはごちそうになつたお礼

Nへはネクタイ、見送り

のお礼を出して下さい

一 大阪市西淀川区(中略)T様

一 大阪府八尾市(中略)N様






第1信とよく似た内容です。
母は、とにかく私の体を案じていたようです。
私は小学生の頃には、栄養失調でひ弱な子供でした。体育の時間は、いつも見学でした。
小学校の高学年になって、運動をしてもいいようになってからは野球を、中学では卓球を、高校ではテニスをしました。いつも、母は無理をしないようにと、声をかけてくれました。

学校の運動会には、いつもこっそりと見に来ていたことを知っています。
高校の時、私が10キロマラソンを走った時には、長居陸上競技場のトラックのコーナーの端にいた母を、周回しているうちに見つけました。いい所を見せようと頑張り、上位でテープを切ったことも、今となってはいい思い出です。
そのせいもあって、東京で一人で早朝から新聞配達をすることを、母は陰ながら気に掛けてくれていたのです。
いまでも、感謝の気持ちを忘れていません。
照れくさいので、生前は言葉にしては伝えられませんでしたが。

母からは、お小遣いのことが手紙によく書かれていました。
私は、高校卒業後は、予備校の費用も、大学の費用も、すべてを自分で工面しました。
それだけに、両親は私にお小遣いをくれようとしました。姉も、いろいろと気遣いをしてくれました。

成人後、大学院に進学した時には、妻の援助で勉強を続けました。そのことを、両親は妻に申し訳ないと思っていたようです。何かと、生活費やお小遣いを渡そうとしてくれていたことを覚えています。

我が家は貧しく、姉は家の状況を見て大学には行かずに、銀行に就職しました。その後、通信教育で短大を卒業しました。
私も、高校卒業後は家のために働くはずでした。しかし、国鉄に勤めながら大学で勉強してもいいと言われ、それなら自分が興味のある新聞社で働く、朝日奨学生としての生き方を選んだのです。
父は川柳を嗜んでいたので、ものを書くことには理解がありました。
母は、出雲の女学校を出てから、東京の早稲田で奉公生活をしていたので、私が東京へ出ることに理解を示してくれました。母は多分に、東京に行く機会ができることに楽しみを見つけていたようにも思えますが……。早稲田の大学受験の時には、母も一緒に付いてきました。受かろうが落ちようが、関知しないという雰囲気で。結果は不合格でした……。

この未開封だった手紙は、第1信の一週間後に書かれています。それにしても、前便と同じ表現が所々にあります。
とにかく、私に伝えたいことが、母の心の中には、いっぱい溢れていたのでしょう。

40年もしてから読んだことを、今週自宅に帰ったら、仏前に報告しましょう。
いつもニコニコしていて、何でも私がすることは認めてくれ、許してくれていた母なので、今頃この手紙を読んだことも、「いいよ、読んでくれたんだつたら、体に気を付けてね」と言ってくれることでしょう。
両親がいない今、あらためて感謝しています。
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2009年06月26日

わが母の記(5)母からの第1信(中)

 高校の卒業式を終えて上京後、母から最初に受け取った手紙には、こう書かれていました。
 
 
 
090626letter1第1信
 
 
 


鉄ちゃん 元気で居る様子 昨夜お父さんからの電話(注1)で
安心しました 家の中も急に淋しくなりましたが
三人共元気に暮らして居ますから 安心して下さいね
家にも電話が九日に付きました 四帖半の室 水屋の
上に置きました 通話ができるのは一週間位かかる
そうです 三月十五日頃ですね 通話が出来る様になつ
たらスグに知らせますから 九日 こつちへ電話掛け
たそうですね せつかく掛けたのに残念でした
家の前の道の電線の工事等がまだだそうですから
此からは鉄ちゃんの声も聞けるし 嬉しく思ひます
室も前の三帖だそうね ソウジして自分一人の室です
から キチントして置きなさい いつ誰れが入つて見ても

良い様にね 其の中にだん/\荷物も多くなつて行く事
でしょうが 大事な物は U(注2)へ置いて頂く様にね
IさんNさん達 良い人ですから 何んでも話して
お父さんからも良く/\お願ひして有りますから
Iさんも 少しも心配しないで 東京に居る限り自分達が
責任見るからと言つて呉れてます 時どき 遊びに行つて
子供達にチヨコレート位持つて行つたら良いですからね
学校の方も 此れも運だから 来年はがんばつて 二ツか
三ツ位受けたら如何やら(注3)と思つてます
予備校の方も早く手続きをして 一年間しつかりやつて
下さいね お母さんは鉄ちゃんの体だけが心配ですから
食事の方も考へて 外に出たら 一日一本は牛乳忘れ

ずにノム事ですよ お金の方も少し位は 母さんの手持が
有りますから送ってあげます お菓子でも ホシイ
物が有つたら便り下さいね 当分 馴れるまでは
一二ヶ月 一番ツライ事です 誰れも一度は其の体験
を味わひ 一人前になつて行く物です(注4)
Y(注5)も 二十日 大阪を立つて上京しますから 二人で
連絡取つて下さい 其の時に 机の上のボール箱(注6)をチツキ
で送ります 駅止か 配達付きか どちらでも
フトン袋が 信貴山口駅から出したのですが 雪降りで荷物
がヒドクヨゴレて居ませんでしたか フトンや内身は大丈夫
だつたでしようか 出した後の ナイロンや紙類は ボツ/\
少しずゝ出る時に持つて出てステなさい 荷ヅナだけ
は又使うから 取つて置く事です では又便りします
元気でがんばつて下さいね 体に気をつけて 母より



(注1)我が家には、昭和45年当時、まだ電話がありませんでした。
   近所で早くに電話を引いている家からの呼び出しで、連絡を取っていました。
   この文面によると、復員後は証券マンだった父が、上京した折に立ち寄ったようです。
(注2)吉祥寺にいた従兄弟のこと。
(注3)大学は一つ受けただけでした。高校では、クラブ活動と学生運動に精を出していました。
   東大紛争で入試が中止となったのは、高校2年生の時でした。
(注4)戦時中、母は軍人だった父に付いて満州へ行っていました。
   終戦後は、悲惨な状況の中を、母は引き上げ船で舞鶴へ、そして出雲に帰ってきました。
   父は満州からシベリアへ抑留され、極寒の地で2年間の強制労働の後、帰国しました。
(注5)2歳違いの姉のこと。
(注6)私は自分の持ち物のほとんどすべてを東京に運びました。
    そのため、2年後の火事で、20年間のすべてを焼失しました。
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2009年06月25日

わが母の記(4)40年間未開封だった亡母からの手紙(上)

 大阪の高校を卒業したばかりの昭和45年3月に、18歳だった私は1人で東京に出ました。
 そして、新聞販売店で住み込んで配達や集金や販促の仕事をしながら、予備校へ通って勉強をすることにしました。
 上京してすぐの3月10日に、母から新しい生活の様子を尋ねる一通の手紙が来ました。今も、手元に大事に保管しています。
 その一週間後に、第2信が来ていたのです。しかし、あろうことか、そのことに、ずっと気づかないままだったのです。
 突然、手紙類の束の中から、昭和45年3月18日に大阪・八尾の消印が黒々と押された、封をきらないままの封筒が顔を見せたのです。何度も、表裏を確認しました。確かに、裏には母の名前があります。宛先の文字も、母の手です。

 母からは、東京で一人暮らしをしだした頼りない息子を案じた手紙が、毎月のように来ました。それらは、今もすべて保管しています。
 ありがたいことですが、当時は自分の生活でひたすら前を見て生きるのが精一杯だったこともあり、母の気持ちを汲んだ対応をしていませんでした。
 母からの手紙に返事を書いた覚えはありません。
 今にして思えば、本当に申し訳ないことをした、という思いでいっぱいです。

 今、自分の息子が、母(私の妻)からの手紙に返事を書いていないようだし、メールにもあまり返信をしていないようです。
 その気持ちは、自分がそうだったから、よくわかります。
 とにかく、母親に手紙など、照れくさくて書けないのです。書いている自分のことを想像するだけで、もうペンを持とうとも思わなくなります。母に語るために便せんに向かうなど、考えられないことです。変なことですが、そうでした。
 息子も、おそらく同じ気持ちだと思います。

 上京した当時、母からもらった手紙は、内心は楽しみにして読み、元気づけられていました。
 坪井栄の『あしたの風』を読んでいたら、涙が止まらなくなったことを、今でも思い出します。
 それなのに、第2信だけは、どうしたことか、40年も未開封のままで荷物の中に眠っていたのです。
 大学4年間で10回も引っ越しをしました。火事で新聞販売店を焼け出されてからは、まさに転々とアパートを移り変わりました。
 そのたびに、荷物を片付けていたのですが、この一通の手紙は、ずっと隠れん坊をしていたことになります。
 そして、今、40年も前の母が、私のことを気遣った言葉を語りかけてくれています。
 不思議な気持ちです。
 母は、4年前の10月に亡くなったのです。未開封だった手紙だけが、40年の時空を超えて手元にあるのです。

 折しも、娘がおばあちゃん(私の母)のことを英語で紹介するブログを書き始め、それが好評だそうです。
 私にも、おばあちゃんの資料を見せて、とか話してとか言ってきます。
 こんな手紙があったことを、娘に知らせるつもりで、3回に分けて書くことにします。
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2009年06月24日

京洛逍遙(86)無料ガイドブック〈2〉

 京都の観光資料は、いろいろな所で無料の冊子が配布されています。
 そして、その内容も質も、なかなかいいものが多いのです。
 これだけで、十分に旅の友になります。
 また、パラパラとページを繰るだけでも、小旅行をした気分で、自分勝手なイメージの世界を楽しめます。

 いろいろと集めた中から、私の選りすぐりの冊子を紹介します。

 前回紹介した、京洛逍遙(80)無料ガイドブック〈1〉の続編です。
 
 
(1)Leaf mini 2009 Vol.2 『京(まち)なか歩く(ぶっく) 京歩楽(まちぶら)』(平成21年5月刊、京都市都市計画局歩くまち京都推進室)
 
 
 
090623leaf第2号
 
 
 
 前回紹介したものの、第2号です。
 今号は、「京(まち)なかWweet & 京(まち)なか隠れ家Cafe」と「おいしいお酒と料理の店」が特集です。
 カロリーコントロールをしている私には、この情報は無縁のものです。
 一応、参考のために。

 「京の通り」魅力再発見は、柳小路通と裏寺通です。
 付録は、創刊号と同じく「京都市交通便利帖」です。

 この冊子は、市内の地下鉄のすべての駅に置かれるようになりました。
 第1号は、5万部作り、その後3万部追加するほどの人気だったそうです。
 集めるのが楽しくなりました。



(2)『Kyoto Restauant Guidebook』(平成21年5月刊、英語版飲食店ガイドブック製作推進委員会・京都市観光協会・京都文化交流コンベンションビューロー)
 
 
 
090623syoku京食・英語版
 
 
 
 これは、『京都レストランガイドブック』の英語版です。市内の64店舗が、英語で紹介されています。
 お店や料理をカラー写真で掲載し、地図も便利です。メニューには料金も記されています。
 これがあれば、日本語がわからない方でも、京都らしい食事を口にできます。
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2009年06月23日

井上靖卒読(77)朗読テープ「猟銃」「闘牛」

 公共図書館で、井上靖の小説を朗読したテープを見かけました。
 早速借りてきて、電車の中でiPhoneで聞けるように、個人的な目的の録音をしました。
 
 
 
090621casset1カセットケース表面
 
 
 
090621casset2カセット本体
 
 
 
 カセットテープの音源をデジタル化するためには、そのためのソフトウェアかハードウェアが必要です。
 私は両方をもっていますが、今回は音声だけなので、マッキントッシュ用の「Toast Titanium」というソフトウェアに含まれる「CD Spin Doctor」を使いました。

 CDの音源なら、iTuneで簡単にパソコンに取り込めます。しかし、レコードやテープなどの媒体の音源は、少し面倒です。設定と時間が必要です。
 時間のあるときにやり終えたいのですが、カセットテープの音楽だけでも数千本あるので、空いた時間に、というわけにはいきません。
 まあ、老後ということにしておきましょう。
 ただし、ビデオテープもあるし、そうそう、オープンリールの録音テープも相当あります。そういえば、写真も、ネガからデジタル化する必要があります。
 老後は、忙しいことです。

 無事にカセットテープからiPhoneで聞けるようにデジタル化できました。
 しかし、そのデジタル化の時間は、録音時間と同じ時間がかかります。CDなどでは数倍速で録音できます。しかし、カセットの場合は、倍速などができないのです。シーケンシャルに収録された音源を、リアルタイムにお付き合いすることになります。もっとも、後で電車で聞くのですから、録音しながら聞く必要はありません。
 仕事と会議の合間に、勝手にマシンに録音させておいて、4本のテープをデジタル化し終えました。

 まず、井上靖の2つの作品、「猟銃」と「闘牛」の基本データを記しておきます。

■横浜カセット文庫■
(1)『猟銃』
・ケース裏の説明文︰「ひとりの男の十三年間にわたる不倫の恋を妻・愛人・愛人の娘の三通の手紙によって浮き彫りにした恋愛小説初期の代表作。」
 朗読者 梶けいこ
 発行者 正田美代子
 録音 クリフォード株式会社
 制作 横浜録音図書株式会社
    〒231-0025
    横浜市中区松影町1-3-7-511
    TEL 045-680-1767
    FAX 045-680-1888
 再生時間 150分(全2巻)
      2,600円(本体2,477円)
 注︰無断複製・放送を禁じます。  YRTI-9008

(2)『闘牛 』
・ケース裏の説明文︰「社運を賭した闘牛大会の実現に奔走する中年の新聞記者の情熱と、その行動の裏側にひそむ孤独な心情を描く芥川賞受賞作。無名だった著者の名を一躍高からしめた初期の代表作。」
 朗読者 遠藤たつお
 発行者 正田美代子
 録音 クリフォード株式会社
 制作 横浜録音図書株式会社
    〒231-0025
    横浜市中区松影町1-3-7
    TEL 045-680-1767
    FAX 045-680-1888
 再生時間 163分(全2巻)
      2,600円(本体2,477円)
 注︰無断複製・放送を禁じます。  YRTI-9009
 
 
 
 
 井上靖の作品の朗読を、京都と東京の往復で聴きました。
 聴き終えての感想は、結局は読む方がいい、ということです。

 聴いているうちに、場面場面で、いろいろとイメージが広がります。
 朗読を聴いているのですから、朗読されるスピードは変えられないのです。
 頭の中で状況や心情を思い描いている間に、話はドンドン進んでいきます。読まれている言葉が言葉にならずに、音として通り過ぎて行くのです。

 気が付くと、ずっと先が読まれていることがしばしばでした。何が語られていたのかということに思いを致している間に、さらに話は進んでいきます。
 チョッと待って、と言いたくなることが何度もありました。
 途切れ途切れの話となり、何となく物足りない思いをしました。

 朗読のペースに合わせて作品を読み進むのは、なかなか難しいことを実感しました。
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2009年06月22日

京洛逍遥(85)京都府総合見本市会場の骨董市

 先週、「京都大アンティークフェア」がありました。
 会場は、竹田駅のパルスプラザでした。
 古書、古美術、浮世絵、家具、武具、海外からの雑貨など、なんと約150万点が出品されていました。

 この会場へは初めてだったのですが、その広さに圧倒されました。
 
 
 
090621kotto1展示会場
 
 
 
 平安朝風の絵を月次絵とした屏風は、ちょうど売れた後でした。
 購入者がおられるのでは、写真に収めることもできず、残念でした。

 別の店で、幕末の源氏物語屏風を見かけました。
 保存状態のいいもので、きれいな絵でした。

 私が気になったのは、空蝉と軒端荻が囲碁をする場面を光源氏が垣間見をするところでした。
 2人の女性は、囲碁ではなくて双六をしているのです。
 
 
 
090621gbyobuutusemi双六
 
 
 
 この絵を見てもわかるとおり、これは双六(バックギャモン)です。
 双六を描く源氏絵の「空蝉」を思い出せません。
 どなたか、ご教示いただけませんでしょうか。

 幕末ともなると、物語を離れて自由に描かれるようになったのでしょうか。
 そう言えば、国文学研究資料館の『源氏物語団扇画帖』の夕顔では、町屋に暖簾がかかっていました。

 また、見たて絵も、おもしろいものを見つけました。
 「見たて五行 火 かがり火」というもので、きれいな刷りでした。

 以前、東寺の骨董市でみかけた絵を紹介しました。
 「見たて五行 金 匂みや」でした。

京洛逍遙(71)東寺で源氏物語の見立て絵

 このシリーズは、有名なのでしょうか。「木」や「土」もあることでしょう。
 この分野に疎いので、何となく気になります。
 また、しばらく作品探しで遊んでみます。

 この大骨董市は、次回は10月です。
 
 
 
090620kotto案内状
 
 
 
 これも、楽しみです。
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2009年06月21日

京洛逍遙(84)みやこめっせで公卿と舞妓

 「みやこめっせ」の中にある、京都伝統産業ふれあい館ギャラリーで、先週末から「時代祭展−藤原公卿参朝列」が始まりました。ここは、平安神宮の前にあり、横には京都府立図書館があります。
 実は、今日の本来の目的は、この府立図書館で調べ物があったこともあり、足を運んだのです。

 桓武天皇が長岡京から平安京へ遷都した10月22日に、毎年、京都三大祭りの一つである時代祭が開催されます。その時に使う装束や調度品は、12,000点もあるそうです。それは綿密な時代考証をへて作成されたものです。
 さまざまな企画の中で、今回は平安時代の藤原氏に焦点を当てたものです。武官や文官の束帯をはじめとして、馬具や椅子に敷くヒョウやトラの皮などが紹介されています。
 
 
 
090621jidaimaturi1パンフレット表紙
 
 
 
 説明をもっとしてほしいところでした。パンフレットもカラー写真はありがたいものですが、説明は簡単です。
 ビデオコーナーがありましたが、狭い部屋の片隅だったので、今回はパスしました。
 7月20日までなので、また来る機会があることでしょう。無料なので、気軽に足を運べます。
 
 
 
090621jidaimaturi2裏表紙
 
 
 
 今回、「三位文官」を「さんみもんがん」と読むことを知りました。「ぶんかん」だと思っていました。
 有職読みなのでしょうが、正確な知識というのは、まだまだ身についていません。
 こうして実物を見ると、忘れないことでしょう。

 次回は、「平安時代婦人列」がテーマとなります。7月25日(土)から8月30日(日)までなので、これも楽しみにしたいと思います。

 レストラン「浮舟」で食事をして、図書館へ戻ろうとしたとき、「舞妓舞台」が始まることを知りました。
 舞妓さんの舞を直接見ることなどないので、目の保養にと会場に行きました。観覧無料というのが足を向けさせました。

 入口に、舞妓さんの衣装の説明がありました。
 
 
 
090621maiko1舞妓衣装の説明
 
 
 
 今回舞妓さんが身に纏う装飾品は、伝統工芸職人の手になる逸品だとのことでした。
 夏の舞だとのことでしたが、初めての私には何もわかりません。
 音曲は、下の写真の右端にあるデッキから聞こえました。少し残念でした。デッキを西陣織か京友禅で覆って目隠しをしたら、もっとよかったのに……。
 それでも、ただボーッと見ているだけで、何となく花街の雰囲気が伝わってきました。
 
 
 
090621maiko22人の舞
 
 
 
 その後、進行役の若い女性の方からのインタビューがありました。
 どんな生活か、というところで、お風呂に入って床につけるのは夜中の2時3時だとか。そして、試験が……。
 なかなか厳しい世界のようです。
 ここは、会場からの質問を受け付けたらよかったと思います。
 
 
 
090621maiko3インタビュー


 京都の五花街の舞妓さんが、毎日曜日に代わる代わる舞を披露なさるようです。

 あたりを見渡すと、中年のおじさんカメラマンがほとんどでした。
 この前はどうだったとか、コンクールに出品するときには、御茶屋さんに許可をどうするか、などなど。趣味人の集まりのようでした。
 これも、追っかけの一種なのでしょうか。おじさんたちに、親しみとほほえましさを感じました。
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2009年06月20日

読書雑記(15)嵯峨徳子『京都大不満』

 『じっぴコンパクト 京都大不満』(嵯峨徳子、実業之日本社、2007年11月)を読みました。

 昨年の2月に、「京都大不満の会」と題する一文を書きました。
 以来、読もうと思っていた本を見つけました。
 以前に著者からいただいたメールと、本書の内容があまりにも乖離していて、非常に戸惑っています。
 何かが違う、そう思いながら読み終えました。
 著者の手に余る問題が目白押しの内容となっています。
 とにかく、設定した課題が消化不良のままに投げ出されています。その残骸の山が、実は我々にとっては宝の山になっていそうです。
 その意味から、あえてここに取り上げます。
 
 
 
090619daifuman京都大不満
 
 
 
 各章で、京都の文化を鮮やかに切っています。ただし、昔はよかった、という論調が繰り返されて落胆します。

 回転寿司に関するコメントは、あまりにも素っ気ない気がします。食べ物への蔑視を感じました。
 そして、今を貶す口調が、読む気を削ぐのです。ことばの空回りとなっているのが、非常に残念です。
 京都人の視点から、日頃の疑問を素直にぶつけていて、傍目には意外に思うことが指摘されています。しかし、それが投げ出されたままなのは、読んでもらう人に対して無責任な感じがします。感じたことを言いっぱなしでは、読む方も途方にくれます。どこか、結論らしき所へ誘導すべきでした。

 一言で言えば、自虐的な京都文化論です。見ているところは、焦点がうまくあっているのです。橋のデザインなどの指摘は、おもしろいと思います。しかし、それをどう解釈するかです。読者各自が、自分のための京都観を見いだすためには、この本はいいワークブックになります。
 語りは支離滅裂ですが、語るためのネタは今後とも再考の余地のあるものが多いのは救われます。
 取り上げてあるテーマは、著者には手に負えなかったようですが、いろいろなおもしろいネタをばらまいてくれました。それらを拾いながら、いつか自分が考えてみるための材料にする場合に、好都合な内容です。
 その意味では、著者の意見や考え方は、むりやり押しつけなくてもよかったと思います。へたに結論らしい私見を披瀝せずに、問題提起として投げ出すだけで、この本は価値をもっています。

 もっとも中に、とんでもない発言がありました。
 川には人の営みを浄化する機能がある、と言った後、

処刑には古い時代には娯楽の要素があった。(131頁)


とあります。誤解を招く、不用意な表現です。
 そして、

京都は市井の研究家が多い。彼らの考えを集めると面白いのに、それが見当たらないのは、似て非なる人に本を書かせるからだろう。(175頁)


と言います。著者は、自分が見えていないのです。
 ものごとを切るだけ、という背景に潜む落とし穴に填ってしまったようです。【2】
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2009年06月19日

30年かかって体得したバックアップ

 1980年のマイコンキットNEC〈TK-80〉でスタートした私のコンピュータの活用も、そろそろ30年になろうとしています。
 いろいろなことがありました。そのほとんどが、後悔ばかりでしたが、なんとラッキーなことがありました。

 これまで、たくさんのデータを突然のトラブルで失ってきました。『和泉式部日記』のデータは、出版間際にすべてが消えてしまい、再入力と再構成に1年以上の徒労の日々を送りました。あほらしさをじっと我慢するしかなかったことが、今でも痛恨の一時として思い出されます。

 バックアップの必要性は、毎回痛感しながら、つい怠っていました。パソコンやメディアが頻繁に壊れる中で、懲りもせずにデータを作成することばかりを考えていました。機器やデータが一瞬のうちに壊れることを、何度となく痛いほど体験してきました。しかし、いつも悲惨な現実に身を置くまで、大丈夫だろうと楽観的に思っていただけで、その果てに後悔することの連続でした。

 ところが、私にも学習能力が少しはあったようで、偶然ではありますが、今回はデータのバックアップをしていたために助かったのです。

 過日、クラッシュして全滅した、バックアップ用のハードディスクに入っていた写真データが、ひょんなことからUSBメモリの中から見つかりました。どうやら、念のために、ソニーのデジタルカメラ・サイバーショットで撮影していたデータは、16ギガバイトのメモリースティックにバックアップをとっていたようです。そのことを、すっかり忘れていたのです。

 これで、本年2月から3月までの2ヶ月間に撮影した、約800枚の写真が復活しました。
 バックアップをとる癖は少しは芽生えてきたようです。後は、それがどこに散在しているか、ということを自覚することです。

 全滅した8万枚の写真のうち、ほぼ8割方は回収できました。これでよしとします。またいつか、何枚かは見つかることでしょう。

 後は、クラッシュしたバックアップ用ディスクに入っていたテキストデータです。ただし、テキストは容量が知れているので、外付けのハードディスクにわざわざ退避させていないはずなので、損害は少ないはずです。

 コンピュータは、いつ壊れるかわからない。
 データは、いつ読めなくなるかわからない。

 30年前から肝に銘じていたことが、いまだに甘い認識のもとで、コンピュータを活用した日々を送っています。
 仕事に取り組んでいる内の、8割方は機器のご機嫌取りに浪費されている、という現実は、今も続いています。

 面倒がらずにバックアップをとる。
 肝に銘じて、実践したいものです。
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2009年06月18日

江戸漫歩(14)東京駅〈3〉不気味な手すり

 春先から気になっていたことです。
 東京駅からディズニーランドへ行く京葉線のエスカレータの手すりが、異様なことになっています。
 両側の手すりに、「手すりにおつかまりください」と、デカデカと、エンエンとベルトに書いてあるのです。
 「抗菌」という文字は、黄色の丸印の中に書かれています。

 
 
 
090526tesuri
 
 
 
 派手なパフォーマンスで、エスカレータを駆け下りたり駆け上る人を抑止しよう、という意図かと思われます。
 他府県ではどうでしょうか。京阪神では、こんな手すりは見かけないように思います。

 この、これ見よがしなデモンストレーションは、今後どう展開するのでしょうか。
 数ヶ月、見るともなしに観察していた限りでは、手すりに掴まる人は減ったのではないでしょうか。
 何となく、薄気味悪く思われるからでしょう。
 私も、この手すりからは手を離します。
 
 
 
090521tesuri1
 
 
 
090521tesuri3
 
 
 
 不気味さから、自然とベルトから手を離してしまう人が多いので、かえって逆効果なのではないでしょうか。

 危険性を強調したいJR側の意図は、利用者に伝わっていません。
 エスカレータを歩くことや走ることの是非はともかく、この表示は今後受け入れられるのかどうなのか、大いに興味を持っています。
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2009年06月17日

ネットワークの設定に苦戦

 職場のネットワークの設定に苦しんでいます。

 過日、私が仕事で使っているパソコンのバックアップシステムが崩壊しました。
 その復旧もままならないままに、新たなバックアップを構築しつつあります。

 これまでは、RAIDという方式でした。
 具体的に言うと、1テラバイトのハードディスクを2台用意し、それぞれのハードディスクにストライピングというモードでバックアップをとっていました。
 それが、その内の1台が突然原因不明で壊れてしまいました。
 ハードディスクが鉄の固まりと化した途端に、すべてが復元できなくなったのです。部分的にしか復元できません。
 機械はいつか壊れるものです。私が手にするものの場合は、それが頻繁です。
 製品の当たりが悪いとしか言いようがありません。

 今度は、250ギガバイトのハードディスク4台を1つの箱に組み込んだ、ネットワークディスクです。
 これでミラーストライピングというモードで組むと、4台のハードディスクの内の2台までは故障して壊れても、後の2台で復旧できます。

 ここまではよかったのです。
 しかし、今回購入した製品にも、いろいろと不都合がありました。
 いつものことです。これで、いつも膨大な時間を吸い取られています。

 メーカーに電話で何度もアドバイスをもらいました。しかし、まったく私のパソコンが認識しません。
 ついに、修理品としてメーカーに送ることになりました。これも、私にとってはよくあることです。
 また、いつものパターンか、と諦めて送り返しました。

 昨日、2週間の間をおいて、修理を終えた製品が返送されてきました。
 早速、昨日から接続に取り組んでいましたが、やはりだめです。

 またまた、メーカーに電話をして相談です。すると、意外なことがわかりました。
 今回の修理で、このネットワークディスクの本体のボードなどを、そっくり交換したとのことでした。
 つまり、この機器をネットワーク上で認識するための本体固有のマックアドレスというものが、このボード交換によって変更になっていたのです。
 職場のネットワークでは、機器固有の情報で接続などが管理されています。堅牢なシステムでいいのですが、利用者にとっては面倒なことが多いのも事実です。

 基板を変えたのなら、それならそれと、早く教えてほしかったと、何とかつながった今になって、それまでの時間の長さを思って、悔しい思いをしています。
 会議続きの合間をぬっては、この設定に汗をながしていたのですから。
 
 
 

090617netdisk私の机の下

 
 
 
 真ん中が、今回苦しめられた四角い箱です。
 私の机の下には、写真の右下にあるような細長く四角い箱が、もう1つあります。
 これは、上の階で仕事をしてもらっているアルバイトの方とのデータの共有をしている、1テラバイトのネットワークディスクです。
 これは、もう3年以上も無事故で24時間働き続けています。かわいいものです。
 やはり、と言うべきか、日本の製品はしっかりしていて信頼できます。
 先般壊れた海外の会社の1テラバイトの製品は、とにかく信用がおけません。サポートとなると、まずはクレジットカードを用意しろと、何ともお金万能の体制です。その点、製品に不具合はあっても、その後のサポートは日本のものは誠心誠意対応してもらえます。
 ラシーの製品は、高かろう悪かろうでした。
 今回のアイ・オー・データの製品は、そのサポートで救われました。
 日本は、アップルのような製品を開発する力はありません。しかし、その周辺機器については、まだまだ世界のトップとしてやっていけます。まだあきらめるな、がんばれ、ニッポン、です。

 とにかく、先ほど、やっと問題のディスクをネットワークの中に置くことができました。
 それは、職場のシステム管理者にこのネットワークディスク固有のマックアドレスの変更を申請し、その対処を早急にしてもらえたから実現したのです。
 苦境を理解してもらえて助かりました。時間外だったのですが、ありがたいことです。

 この1ヶ月以上は、つながらない箱を目の前にして、いろいろな手段を考えていました。
 終わってみると、それが徒労であったことが疲れを倍加させています。

 さて、まだ問題があります。
 それは、アルバイトの方に仕事をしてもらっている部屋に、今年度からネットワーク対応のプリンタを導入しました。
 それが、1ヶ月以上たった今も、うまくつながらないのです。
 5台のマッキントッシュで、1台のプリンタを共有するという、何でもない使い方です。
 それが、うまくいかないのです。

 少し光明は見え出しました。
 明日は、何とかしないと、いつもでも不便な思いをしながら仕事をしてもらうわけにはいきません。
 特に、ケンブリッジ大学のコーニツキ先生との共同研究として取り組んでいる「欧州所在日本古書総合目録」の仕事は、今秋、イギリスでの学会で研究発表をする予定のものなので、1日も早く作業環境を整える必要があります。

 機械を活用した仕事は、ものが機械だけに、不調のことが多くて困りものです。
 安い商品を選んで購入しているわけではありません。
 とにかく、高性能のコンピュータ機器を駆使した仕事ということもあり、その製品選びには神経を使っています。
 それに加えて、不良品を手にする率の高いことが、さらに追い打ちをかけます。

 さて、明日はどうなるのでしょうか。
 研究などとは無縁のことで、いろいろと苦戦を強いられる日々の中にいます。

 さて、そろそろ立川から東京に向かいます。
 途中で晩ご飯を食べると、宿舎に着くのは明日になっていることでしょう。
 明日は、物事が一歩でも前進することを期待して、キーボードとマウスを置くことにします。
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2009年06月16日

井上靖卒読(76)「謎の女(続編)」「夜靄」

■「謎の女(続編)」は、『新青年』(博文館)の昭和7年1月号に掲載された、平林初之輔(昭和6年6月パリで客死38歳)の遺稿「謎の女」の続編が募集されたことに応じて、井上靖がペンネーム冬木荒之介で応募した小説です。

 応募作50編の中から本作品がみごとに入選し、『新青年』の3月号に掲載されました。
 井上靖にとって、公表された最初の小説とであり、記念すべきものです。

 「前篇の梗概」が巻頭にあります。しかし、私が平林初之輔が書いた前編を読んでいないせいか、話の流れがよく理解できませんでした。
 やはり実際の作品をいつか読むことにします。

 最後のどんでん返しが、この話のポイントでしょう。
 文章がしっかりしています。構成も、キッチリと組み上げられています。前編が読みたくなります。

 読者を話に引きずり込み、一緒に考えさせる手法は、本当にうまいと思います。【3】

 井上靖は、2年前の1930(昭和5)年に、九州大学を学籍抹消となり退学しました。
 本作品が公表されたすぐ後の4月、京都帝国大学文学部哲学科美学美術史専攻に入学し、京都大学に近い左京区吉田神楽岡町に下宿します。

初出誌︰『新青年』(博文館)
初出号数︰1932年3月号


井上靖全集1︰全詩篇・短編1




■「夜靄」

 非常に短い話です。
 最後のどんでん返しに、話が混乱しました。この最後を、3度も読み直しました。
 何となく、もう一度読みたくなる作品です。
 運命のいたずらを切り取って描いた話となっています。
 本作品は、冬木荒之介のペンネームで、『探偵趣味』に応募してみごとに入選した小説です。【2】


初出誌︰『江戸川乱歩全集』(平凡社)第11巻付録雑誌『探偵趣味』
初出号数︰1932年4月、第12号


井上靖全集1︰全詩篇・短編1
posted by genjiito at 19:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 井上靖卒読

2009年06月15日

ベータのビデオで『古都』を見た時のCM

 奇跡的に生き返ったソニーのビデオデッキで、山口百恵主演の『古都』を見ました。
 1980年の師走に公開された『古都』は、山口百恵の引退を記念しての映画でした。
 1984年に、テレビのゴールデン洋画劇場で放映されたものを、録画していたのです。
 その時の映画のパンフレットが、ベータのビデオテープと一緒に出てきました。写真をふんだんに使った、質の高い冊子となっています。
 
 
 
090614koto映画のパンフレット
 
 
 
 ベータのテープはうっすらとカビが乗っていました。しかし、27年間も動き続ける愛機のデッキは、それをものともせずに、きれいな画像をプロジェクターを通して、自宅のスクリーンに映し出してくれました。

 映画は、川端康成の原作以上によく出来ていました。
 山口百恵を再評価しました。

 この作品と舞台については、以下のブログで言及しています。


読書雑記(5)川端康成『古都』

京洛逍遥(19)北山杉の里



 それよりも感動したのは、間に挟まれていたCMです。

 NECのPC-6601SRの宣伝では、キーボードがワイヤレスになっていました。
 いまでこそ、私のパソコンはすべてワイヤレスのキーボードですが、こんなに前からあったのですね。
 これは、MrPCとか六本木パソコンというニックネームが付いていたはずです。
 1984年の冬の放映分の映画のCMのことなので、今から25年も前のことなのです。

 この年の1月に、アップルが元祖マッキントッシュを発売しています。
 私は、まだマイクロソフトのMS-DOS Ver2.11にしがみついていた頃です。

 この年の5月に出た富士通のFM−77は、当時勤務していた高校に30台を導入することに成功し、ワープロを活用した国語科の授業を展開しました。
 いろいろなメディアの取材を受けたことを覚えています。
 ちょうどそのすぐ後に、ソニーがSMC-777の新機種を発売し、松田聖子をイメージキャラクターにして奮闘していました。ただし、ポスターだけが引っ張りだこでした。OSはCP/Mで、これは私もいろいろと勉強した、懐かしいシステムです。

 この頃、日本IBMはPC/JXを発売し、そのイメージキャラクターは、なんと森進一でした。そのギャップが印象的でした。
 パソコンの新製品が各社乱立し、宣伝合戦に突入した時代でした。

 当時の私は、その前年に発売されたNECのPC-9801/F2をフル活用していたころです。
 私が最初に購入したフロッピーディスクは、1枚2000円もしました。この時代には、マウスは一個なんと29,800円でした。今では想像もできない時代です。
 また、あの頃は、NECのPC-8201というハンディタイプのパソコンも使いこなし、友達の会社の会計処理システムなどのプログラムを開発していました。
 これは、カセットテープにプログラムを収録するものです。ピーヒョロヒョロという音で操作をしていました。

 『古都』の合間のCMでは、NECの日本語専用ワープロ文豪NWP-5Nの宣伝も入っていました。その値段が39万数千円ということで、電子文具が民生品として普及する前夜の様子がわかるものでした。
 私は、その頃に文豪ミニというものを数台購入しました。そして、何人かの方々に文豪ミニをお貸ししたり差し上げて、『源氏物語』の本文を入力してもらったことを思い出しました。
 職場でパソコンなどは購入してもらえない時代でした。お小遣いが飛ぶようになくなっていた時代の話です。

 昔の映画を懐かしく見るはずが、それに加えて間にあったCMが、自分の記憶を呼び覚ましたことに驚きを感じています。

 映画は、純粋にDVDなどで見るのもいいと思います。しかし、こうした余録のあるテレビの録画というメディアも、なかなか楽しめるものだということに気づきました。
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2009年06月14日

京洛逍遥(83)府立植物園のバラ園

 少し汗ばむ好天の中、京都府立植物園を散策して来ました。
 バラが咲き誇っているとのことだったからです。
 ちょうど今頃は、イギリスでもバラがすばらしいことでしょう。

 園内の各所で、木々の間の落ち葉の絨毯を、木洩れ日が暖めています。
 小鳥たちが、その落ち葉を啄んでいます。
 のんびりした時間が流れています。


090614botanical1_2木洩れ日



 バラ園の近くで、不思議な浮遊物体を見かけました。



090614botanical2_2浮遊物体


 説明プレートを見ると、アリウム・ギガンチュームとありました。
 宮崎駿のアニメに出てきそうな雰囲気です。


 バラ園には、たくさんの種類のバラが咲き誇っていました。
 何色ものバラが、明るい陽を受けています。

 ちょうど比叡山が見えたので、背景にして写しました。


090614botanical3_2



 京都府立植物園は、大正13年(1924)1月1日に開園しています。85年にもなるのです。

 ここのホームページでは、『京都府立植物園でみる源氏物語の植物』というパンフレットのPDF版がダウンロードできます。

 昨年は、千年紀ということもあり、たくさんの人が詰めかけました。77万人もの来場者があったのだそうです。
 さまざまな趣向が凝らされた植物園です。名物館長のガイドツアーも好評です。

 たくさんの親子連れが来ていました。原っぱでは、子どもたちが走り回っています。
 若い2人連れも多く、格好のデートコースになっているようです。
 『源氏物語』に出てくる植物について囁くカップルはいないでしょうが、たくさんの植物が豊かな話題を提供してくれることでしょう。
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2009年06月13日

京洛逍遥(82)龍安寺で湯豆腐

 龍安寺の方丈は石庭で有名です。しかし、その境内にある鏡容池の畔に佇む西源院の湯豆腐もいいものです。

 山門を入ってすぐ左の小径を行くと、その入口があります。
 この庭園の中で食事ができます。


090613ryouanji1西源院


 両親が、満州で親しかった仲間と、シベリアの会を毎年開いていました。
 何年も前のことですが、父が亡くなった後、我が家が当番だったときに、私は会のみなさんを京都に案内しました。
 そして、ここでお昼ご飯を食べてもらいました。
 その雰囲気の良さが好評でした。



090613ryouanji2中庭



 精進料理は、カロリー制限をしている私にはピッタリです。
 電話で予約はしていましたが、インフルエンザ騒ぎの影響か、お昼時だったのに少なかったのが意外でした。
 のんびりと庭を眺めながらの食事は、日頃の慌ただしさを忘れます。

 帰りは、方丈の方へ向かって出ました。




090613ryouanji3


 龍安寺からの帰り、トイレの表示に足を止めました。

090613toilet0男子トイレの表示


 以前、「トイレ表示 なぜ男は青、女は赤?」という記事を書きました。

 今回は、そのイラストの姿に目が留まったのです。
 奥の表示板の青い男性の姿は、そのズボンが異様です。やけに膨らんでいるからです。

 目を横にやると、納得しました。



090613toilet1女子トイレの表示



 着物姿をイラストにしたものだったのです。

 真ん中にあった、男女共用の表示を見ると、それがよくわかります。


090613toilet3多目的トイレ


 それにしても、女性は着物とわかるにしても、男性はどう見てもヤンキーのズボン姿にしか見えません。


 日本の着物の文化をシンボルとして伝えたかったのでしょうが、私にはよくは伝わりません。
 また、龍安寺とのイメージも、合わないように思えます。

 再考の余地があります。
 この表示が京都に拡がらないことを願います。
posted by genjiito at 20:15| Comment(0) | TrackBack(0) | ◆京洛逍遥

2009年06月12日

情報源としての京都新聞

 京都新聞は、文化系の中でも特に文学・歴史・文化に関しては、非常に充実した内容と情報を提供してくれるメディアだと思います。
 もちろん、愛読する全国紙の朝日新聞もすばらしいメディアです。しかし、こと文学に関しては、京都に関するネタということに限らず、貴重な記事にであうことが多いのです。
 これは、2年前に奈良から京都に移り住み、京都新聞も購読し始めてから気づいたことです。

 具体例として、訃報を較べてみましょう。

 まず、昨年2008年10月14日の、井上靖氏の妻だったふみ氏の記事をあげます。



090612inoue1井上ふみ・京都新聞



 
 
 


090612inoue2井上ふみ・朝日新聞



 文字の量が、京都新聞の方が多いのは一目瞭然です。
 その内容では、京都新聞には、死亡時刻、亡くなった場所、出身地、喪主の名前にふりがな、などが明示されています。
 また、井上靖記念文化財団が設立されたのは、井上靖の死の翌年1992年であったこと、ふみ氏の著書に歌集『天上の星』もあること、など、短いながらも簡にして要を得た訃報となっています。



 次は、『源氏物語』の京言葉訳で知られる、中井和子氏に関する2009年2月4日の訃報記事です。
 これは、中井氏が京都府立大学名誉教授ということもありますが、京都新聞は4倍もの情報量で報じています。


090612nakai1中井和子・京都新聞


 
 
 




090612nakai2中井和子・朝日新聞



 井上ふみ氏も中井和子氏も、共に京都に縁のある方です。

 そこで、東京の人の記事として、泡坂妻夫氏の訃報を見ましょう。
 これは、中井氏の翌日に掲載されたものです。

 これも、京都新聞の方が、3倍以上もの情報量で報じています。
 直木賞作家で、推理小説や職人世界を描くところから、幅広い人気を持つ人でした。
 私も、いくつかの作品を愛読しています。


090612awasaka1泡坂妻夫・京都新聞



 
 
 



090612awasaka2泡坂妻夫・朝日新聞


 京都に関係するものは、京都新聞が記事にしていることが多いのは確かです。
 しかし、それ以外でも、こうした訃報にも特徴があります。

 つまり、文化・文学に関する情報は、こまめにとりあげ、しかも詳しく報道していることが、訃報というほんの一つの例からですが、確認できると思います。

 京都新聞は、地方にいても購読できます。
 もっとも、さすがに、朝夕きちんと自宅に配達してはくれません。郵送してくれるのです。
 購読して2年が経ちます。
 文学に興味を持つ私は、毎日、目を通すのが楽しみな新聞です。
 今日はどんなことがとりあげられているのか、と、まずは文化欄と京都版の紙面を急いで確認しています。
 今日も、「羅城門」は「らせいもん」もしくは「らいせいもん」と読むのが適切な読み方だ、という記事を読みました。「来生」からの転訛のようです。
 また、東寺の西側にある羅城門跡の付近は、羅城門町といいますが、これは1918(大正7)年に歴史的知識によって後から付けた地名なのだそうです。
 そして、この羅城門碑と千本丸太町にある平安宮大極殿跡碑は、関係が深いものだとか。

 学校で教わった乏しい知識しかない私などは、京都新聞の地域に根ざした豊富な情報に接し、いつも『源氏物語』を読む時の栄養素になっています。

 もちろん、全国紙に負けないように、政治・経済・社会の記事も確りしています。
 自宅では、京都新聞だけでいいと思うときがあります。しかし、かつて朝日新聞の記者を目指し、朝日新聞を配っていた者としては、これも止めるわけにはいきません。
 そして、それなりに記事の傾向が違い、論調が異なるので、二誌を読むのも楽しみが倍増しています。

 さて、明日の朝刊には、どんなことが書かれているのでしょうか。
 朝、新聞を広げるのが楽しみです。
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2009年06月11日

「薄雲」の断簡が一堂に

 実践女子大学の香雪記念資料館で開催中の、文芸資料研究所創立30周年記念展覧会「源氏物語 薄雲の世界 −新出資料を中心に−」を見てきました。



090525jissenポスター


 この展示は、『源氏物語』の第19巻である「薄雲」の古写本のなかでも、河内本と呼ばれる本の断簡(冊子がバラバラに解体された状態で現存するもの)を中心とするものです。
 現在の所、20枚ほどが確認されています。それらのほとんどが、数枚のパネル写真を含めて一堂に会しています。圧巻です。

 今回は写真で展示されていますが、国文学研究資料館が所蔵する巻名歌のある丁1枚は、古書籍商の所へ脚を運び、現物の確認をして購入してもらったものです。あの時は、インドから客員研究員としてお呼びしていたアニタ先生と大内英範君を同道したことを思い出します。

 今回の展覧会の着眼点は、非常に興味深いものです。
 一人でも多くの方に、この空間を共有してもらいたいと思います。

 入口で配布されている『実践女子大学所蔵優品録一 実践女子大学所蔵 源氏物語関係古典籍図録1』という冊子(86頁)は、写真と翻刻と解題による構成で、目配りの利いた労作です。




090611jissen2解説図録



 上の図版は、スキャナで取り込んだ際にモアレが目立ってしまいました。
 現物は、きれいな若草色です。
 後日、図版を入れ替えます。しばらくは、これでお許しください。

 また、展覧会の手引きとも言える6頁のリーフレット「源氏物語 薄雲の世界を みるために」も、わかりやすくてよくできています。




090611jissen3リーフレット



 この2種類の資料をもらうだけでも、脚を運んだ価値は十分にあります。
 6月21日(日)まで開催されています。あと10日ほどです。

 河内本という本は、一体何なのでしょうか。
 改めて、考えさせられました。
 私は、『源氏物語』の本文は2種類に分別されると思っています。
 それを昨年から、〈甲類〉〈乙類〉と呼ぶことにしています。
 この〈甲類〉というのは、これまで〈河内本〉と言っていたものを中心とするグループに該当します。
 これまで、〈いわゆる青表紙本〉や〈別本〉と呼んでいたものが〈乙類〉と言えばいいでしょうか。
 そんなに簡単に分けられませんが、池田亀鑑の〈いわゆる青表紙本〉〈河内本〉〈別本〉という3種類に本文を系統分類する70年以上の呪縛から一度解放するためにも、あえて名称を〈甲類〉と〈乙類〉に分別する私案を提示したしだいです。『源氏物語』の本文研究をリセットすることを提唱しているところです。

 それにしても、〈河内本〉と呼ばれている一群の本文群については、さらなる解明が急務です。
 國學院大學の豊島秀範先生の元で、平瀬本を中心とした〈河内本〉の総合研究が進んでいます。
 中京大学の〈河内本〉とされる本文群や、七亳源氏と呼ばれる本など、尾州家本や高松宮本に加えて、検討すべき本はたくさんあります。
 一人でも多くの若い学徒の参加を得て、さらなる研究が進展することを願うのみです。

 その意味からも、今回の実践女子大学の展覧会は、『源氏物語』の本文についての問題意識を共有するためにも、ぜひとも見ておくべき貴重な本文資料の公開です。

 本展示を実現なさった、実践の横井孝先生と上野英子先生の展示準備のためのご苦労を察しつつ、改めて感謝しながら展示屋を後にしました。
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2009年06月10日

井上靖卒読(75)『蒼き狼』

 2007年3月に公開したものですが、サーバーがクラッシュして消失した記事です。
 メモが見つかったので、それを元にして再現しました。

 『蒼き狼』は、壮大なスケールの歴史ロマンです。読み終えたことに満足しています。

 最初は、『井上靖全集』で読み始めました。しかし、本が重すぎるので、読む場所が限られてしまいます。また、モンゴルを中心とした地図が見たかったこともあり、文庫本に変更しました。第一章を読み終えた時でした。

 全集本は、全作品を収めています。しかし、丁寧に読むためには、参考資料などがないので不便です。
 全集は、あくまでも作品自体と対峙するためのものである、ということが初めてわかりました。
 また、文庫本には注があるので安心です。ただし、ありま役立ちませんでしたが…。

 この話は、父と子が、自分の出生をめぐって苦悩する物語です。
 出生の秘密と言うと、『源氏物語』も同じテーマを持つものです。

 生きながら皮を剥がれた話が、4、5回出てきます。作者の拘りが気になりました。

 長城下の月光は、きれいでした。モンゴルという大平原なので、月は相応しくないと思われます。モンゴルというと、夕陽が似合うからです。しかし、長城下の月は、うまいと思いました。絵になっています。

 「帳幕」の読み方がわかりませんでした。文庫本にはルビがあってよかったのですが、これにはなかったのです。読者の立場からは、もう少しサービスを、と思うところです。【4】

 「蒼き狼は歴史小説か」という大岡昇平氏との論争は、機会を改めます。


初出誌︰文藝春秋
連載期間︰1959年10月号〜1960年7月号
連載回数︰10回


新潮文庫︰蒼き狼
旺文社文庫︰蒼き狼
井上靖小説全集16︰蒼き狼・風濤
井上靖全集12︰長篇5


〔参照書誌データ〕
 井上靖作品館
 http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
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2009年06月09日

江戸漫歩(13)東京駅〈2〉0キロポスト

 本年4月に、「江戸漫歩(11)東京駅〈1〉」という記事を書きました。
「0キロポスト」と言われるものについてです。

このポストに関しては、次のサイトが詳しく取り上げていることがわかりました。

「0(ゼロ)の焦点」


「東京駅の0キロポスト」


私は鉄道マニアではないのですが、一つのことに拘った情報は、本当におもしろいものです。
ますます充実した情報を報告されることを、楽しみにしています。

さて、その後、気ままに通りすがりに写した写真で、私なりの報告をします。
違いといえば、ポストとホームの様子がわかるアングルで写している、というところでしょうか。どうでもいいことですが。

1番線は、煉瓦の土台に乗っています。すでに掲載したので省略します。

2番線。中央線。





090416tokyo0no22番線



何の変哲もない、サッパリとしたものです。反対側の1番線のものが立派なので、これでいいのでしょう。
0キロポストは、だいたい4号車か5号車付近にあります。

3番線。京浜東北線。



0906033bansen3番線


そろそろ、お掃除の時期を迎えているようです。

4番線。山手線。


0906034bansen4番線



これが一番知られているようです。上記ホームページにも、「国鉄100年を記念して立てられたブロンズ製のキロポスト」とあるものです。

5番線。山手線。




0906035bansen5番線



これは、4番線にあったものと同じものです。向かい側の5番線のホームから写したものです。

6番線。京浜東北線。


0906036bansen6番線


「JR JUNE 23 1996」とあります。

7番線。東海道本線。


0906037bansen7番線


6番線のポストを反対側から見たものです。「Km」とあります。


8番線と9番線の間には、0キロポストが見あたりませんでした。
上記ホームページにも、「8・9番線(東海道本線)間および10番線壁面には、ゼロキロポストを見つけることができなかった。」とあります。
ただし、それらしい位置の枕木の間に、こんなものがありました。



0906038bansen8番線



おそくら、これが0キロポストの役割をしているのではないでしょうか。
駅員の方に聞いてみましたが、どなたも「0キロポスト」なるもののことをご存じありませんでした。
年配の方や、事務系の方にも聞いたのですが、だめでした。鉄道に詳しい駅員さんも、教えてもらえませんでした。
これまた、いつか、ということにしましょう。フラリと通りかかってのことなので、気楽な話にしておきます。

10番線。東海道本線。




09060310bansen10番線


傾いて倒れかかっています。一番かわいそうな「0キロポスト」でした。
なお、上記ホームページでは、この10番線にも0キロポストは見つけられなかった、とされていますが、こうして実際にはありました。見かけた時期の問題なのでしょうか。今はあります。

その他、上記ホームページによると、東海道新幹線・東北新幹線・総武線にもあるそうです。
これは、またいつか。
毎日通勤に使う京葉線にはないようです。

忙しいと、ついこんな暇つぶしをしたくなります。
試験の前になると、普段は見向きもしないことが無性にやりたくなるのと同じことでしょうか。
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2009年06月08日

江戸漫歩(12)小津映画のセンター

 地下鉄東西線の門前仲町駅の近くに、古石場文化センターがあります。




090603ozu1古石場文化センター



 その中に、小津安二郎の紹介展示コーナーがあります。


090609ozu5小津コーナー



 小津は、この近くの深川で生まれ、映画を通して在りし日の日本を映像で描きました。
 その多大な功績を、写真や記録などで紹介するのが、ここにある一室です。

 要領よく小津の足跡をまとめ、小津映画を顕彰しています。
 
 古石場文化センターでは、映画の上映会がなされています。
 その時の資料が、非常に充実しています。
 例えば、『源氏物語』に関する映画の時には、こんなパンフレットが作成されています。


「江東シネマ倶楽部だより 2001.9 No.48」をダウンロード



 これは、4頁あるうちの表紙にあたる部分です。

 このように、毎回、映画化にまつわるエピソードや、あらすじ、コラムなどで充実した紙面を構成しています。

 先月の5月23日には、第140号が発行されています。
 さらに驚くことに、これらはすべてバックナンバーが無料でもらえるのです。
 100号までを合本にしたものが作成されたようですが、今はもう残部はないとのことでした。
 しかたがないので、140号分を一つずつかき集めて、もらって帰りました。

 これまでのもののリストがありましたので、紹介します。



「江東シネマ倶楽部だより一覧 2009/5/27 表面」をダウンロード



「江東シネマ倶楽部だより一覧 2009/5/27 裏面」をダウンロード




 ぜひ、ここに足を運び、この資料を手にして帰ってください。
 日本映画に関するぜいたくな情報が、ごっそりともらえます。

 日本のよさを、映画を通して改めて認識しなおしました。
 小さな施設ですが、みなさん、いい仕事をなさっています。
 ちょうど、第36号の「絵島生島」だけがなかったので、受付で尋ねると、丁寧に裏表印刷をして渡してくださいました。
 仕事に対する姿勢に、本当に好感がもてる職員の方々でした。

 この建物の4階に図書館がありました。
 地域住民でもあるので、登録をして資料をいくつか借りて帰りました。
 図書館の機能も、充実しています。
 地元の文化施設として、よく整理されたところだと思います。

 古石場文化センターのますますの発展と、さらなる活躍を祈っています。
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2009年06月07日

井上靖卒読(74)『昨日と明日の間』

 白戸魁太郎と彩田萄子と弾正れい子、『戦国無頼』と同じように、3人の男女の設定でスタートします。
 彩田周平は、井上の小説ではめずらしく、いやな男として登場します。特に後半は、卑しい男として描かれています。

 航空会社を作り上げる白戸は、戦後の新しいビジネスを起こす男です。
 これは、『闘牛』の男と同じ、新しい仕事に生き甲斐を見いだした男の物語にもなっています。プランニングをやりがいとする男です。

 その中で、女は背景でストーリーを動かす要素に過ぎない存在なのが、物足りなく思われます。
 弾正れい子は、活発で行動的です。萄子と対照的な存在として、無理に作られた印象が否めません。

 最後は、みんながサーッと去っていく感じで、何か無責任な気がしました。
 女たちは、置いてきぼりです。

 それでも、おもしろくて一気に読み終えました。大きなドラマは何もないのに……。

 読まされてしまった、というべき井上流の小説です。【2】




初出誌︰週刊朝日
連載期間︰1953年5月24日号〜1954年1月17日号
連載回数︰35回


角川文庫︰昨日と明日の間
井上靖小説全集2︰黒い潮・白い牙
井上靖全集9︰長篇2


映画化情報
映画の題名︰昨日と明日の間
制作︰松竹
監督︰川島雄三
封切年月︰1954年6月
主演俳優︰鶴田浩二、淡島干景


〔参照書誌データ〕
 井上靖作品館
 http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
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2009年06月06日

液晶モニタがこんなに安い!

 宿舎の掃除があるために、今週末は東京です。

 『Mac Fan』という雑誌を見ていたら、22インチのフルHD液晶ディスプレイの実売価格が18,000円くらいだとのことでした。それも、iMac24インチのディスプレイとの比較でも、拘らなければ結構実用的との評価でした。

 『Mac Fan』は、もう15年近く購読し続けているパソコンの雑誌です。マッキントッシュに関する最新情報満載です。最近は、iPhoneの記事が増えました。
 アップルユーザーにポイントが絞ってあるので、有益な情報が多いのです。毎月29日になると書店で買います。
 今月号は、二条城をまっすぐ上った大宮通の小さな書店で買いました。どこで買っても同じなので、地元の書店を大事にしています。

 さて、2万円を切る価格なら、宿舎のパソコン環境も少しよくしようと思い、銀座のスポーツクラブへ行くついでに、有楽町駅前のビックカメラへ立ち寄りました。


 過日も、本ブログに「液晶モニター入門講座に参加」を書いたように、ディスプレイについては常々関心を持っています。

 店頭には、20台ほど並んでいました。しかし、みんな2万円以上します。ビックカメラは安いし行きやすいところにあるので、よく利用します。立川駅前にもあります。
 しかし、今回のディスプレイに関しては、結構高めで販売されていました。
 こんなに高いのなら、パスせざるを得ません。


 銀座三丁目に向かうと、歩行者天国でした。たくさんの人が道に溢れるようにしてウインドウショッピングです。
 昨日から体調が優れないので、今日はプールで少しだけ泳ぎ、デッキでライトを浴びながら仮眠をし、スチームサウナで時間を潰して帰りました。

 ディスプレイのことが気になり、東京国際フォーラムを横切って東京駅へ向かい、秋葉原へ行くことにしました。

 秋葉原は、本当に久しぶりです。7年以上も行っていないと思います。
 かつては、秋葉原によく行っていました。
 『源氏物語別本集成』を刊行する時には、桜楓社(現在のおうふう)の坂倉さんと、版下作成に使うレーザープリンタを探しに来たりしました。
 コスプレの女の子が、道々たくさんいました。ビラやチラシを配っていました。
 俄カメラマンに囲まれている女の子もいました。
 私の知っている秋葉原とは、まったく違う雰囲気になっています。
 ソフマップの前には、パトカーが止まっていました。警察官もよく見かけました。
 昨年の6月8日に、ここの歩行者天国で無差別殺傷事件があり、7人の方が亡くなられました。
 以来、秋葉原の歩行者天国は、今も中止されたままです。
 銀座の歩行者天国を歩いてきたばかりなので、ぜひとも復活させてほしいと思います。車を気にせずに道を歩けるのは、非常に開放感を味わえます。
 事件の後、いろいろな問題があって再開できないのでしょう。
 私も、辺りの様子を伺いながら歩いていました。自然と、後ろの様子が気になりました。

 さて、ソフマップで、21.5インチのフルHD液晶ディスプレイが16,800円で店頭に並んでいました。acerという会社の製品です。acerは台湾でスタートした会社で、私としてはこれまでに縁はなかったものの、好感を持っていた会社です。

 すぐにこれに決め、持ち帰って早速こうして使い出しました。
 スピーカーの音もなかなかいいように思います。


090606monita右22インチ、左19インチ



 これで、宿舎のパソコン環境も、22インチと19インチの2台のディスプレイとなり、広い画面で仕事ができます。
 宿舎にいる時間が短い生活なので、これまではあまり環境に配慮はしていませんでした。
 これを機会に、もう少し仕事の出来る部屋にしようと思います。

 3年前のことですが、19インチの液晶モニタを2万8千円で買ったことを、当時のブログに書いています。


広いデスクトップで書類作成


 あの時も、その安さに驚いていました。それが、さらに大きく、高性能になって、それでいてもっと安いのです。
 パソコン関連の価格は、時代と共に移り変わります。パソコン本体はもちろんのこと、プリンタ、スキャナ、ハードディスク等々、信じられない値段で売られています。

 パソコン関連用品は、ほしいと思ったその時に買うべきです。
 後で安くなってから、と思うと損をします。
 必要な時に、必要なものを買う、というのが一番いいようです。
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2009年06月05日

井上靖卒読(73)『詩集 乾河道』

 『詩集 乾河道』は、井上靖の第6詩集です。
 昭和51年から59年にかけて発表された詩です。
 『すばる』に発表され、後に『井上靖 シルクロード詩集』(昭和57年、日本放送出版協会)に収録されたものが中心となっています。

 この中の「孔子」という詩は、昭和58年に『すばる』に発表されたものです。

 井上靖の最後の小説『孔子』は、昭和62年に『新潮』に連載が始まり、昭和64年に完結しました。作者80歳から82歳にかけての作品です。原稿用紙700枚の長編小説です。
 小説執筆に先立つ前年の昭和61年には、「いまなぜ孔子か」(『新潮45』5-5)で、「私は近く、孔子のあとを訪ねるために中国にまいります。」と冒頭で宣言しています。そして、「いずれ私が書きます小説でじっくりと読んでいただけたらと思います。」と締めくくっています。
 最後の最後まで、井上は意欲的に創作に取り組んでいたのです。

 詩「孔子」では、『論語』には編者が大切な一行を落としているのでは、という想定をしています。そして、一行を加えることで、孔子の言葉に生気が蘇り、生き生きと大原野を移動する無頼の大集団が見えてくる、と言うのです。
 言葉を補うことで、独自の解釈を展開しています。なかなかおもしろい『論語』への対峙のしかただと思います。

 作品を受容する過程には、このように失われているものを想定する読み方が、ここで確認できます。

 「小説「孔子」の執筆を終えて」(朝日新聞、昭和64年10月23・24日夕刊)によると、「10年程、あれこれ気ままに、「論語」の勉強をさせてもらった。」と語っています。別の所でも、70歳前後から『論語』を読み始めたと言っています。

 10年間、井上靖は『論語』を編者になったつもりで読んでいたようです。
 そして、その一例が、詩としての「孔子」に見られると言えるでしょう。
 井上靖の詩というものが、自身の思索の道程を示すものであることがわかる好例だと、私はこの詩に対して考えています。
 

 「遠い日」という詩は、井上の小説を理解する上で、大切なものだと思います。
 生まれて七日目に亡くなった嬰児を抱いて、京都の妻の実家に連れて行くのです。枯れ葉の重さしかなかったと言います。
 死と生についての最後の言葉は、生者である父が、死者である嬰児に守られている、というものの見方を示すものです。

 この詩集『乾河道』には、好きな詩がたくさん入っています。
 人間が、雄大な自然の中に点描されています。
 文章のような井上の詩のスタイルにおいて、こうした描写は最適なものになっていると思います。



昭和59年3月25日
集英社
74篇収録

井上靖全集1︰詩篇
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2009年06月04日

退屈だった映画『天使と悪魔』

 一生懸命観たつもりですが、とにかく退屈でした。
 物事は何事につけても、あまり貶してはいけない、と思っています。
 そのために、ジッと我慢して映画を観ていました。こんな思いで映画を観たのは初めてです。

 最後にヘリコプターが飛び立ち、自動操縦にしたあたりから、娯楽映画としてのおもしろさが実感できました。それにしても、それまでの2時間近い時間が、欠伸がでるほど退屈でした。

 映画にのめり込めなかったので、この3月にバチカンへ行ったときの事を思い出しながら、この角度から撮影しているのだな、と、退屈さを紛らせていました。私はローマは一人で歩けるので、画中で市内観光を追体験したのは、それなりに楽しめたと思うことにしました。

 お世辞にも、『ダビンチ・コード』は超えられなかったと思います。

 私にとっては予想外の駄作だったので、本ブログに書くのを控えていました。しかし、私と似たような評価をする人が見られるようになったので、もういいかな、という気持ちで正直に自分なりの感想を書きました。

 『ダビンチ・コード』の時は、本を読んでから観ました。
 『天使と悪魔』は、読む前に観ました。本はもっとましなようですが、おそらく読まないと思います。

 今回は、人によっては読みたくない内容でしょう。
 もう、これ以上は書かない方がいいと思いますので、このへんで。
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2009年06月03日

心身(37)愚かな薬事法改正に困っています

 今月から薬事法が改正されました。
 いろいろな問題があることは、さまざまなメディアで見聞きしています。
 愚かなことです。日本人は、本当はもっと優秀なはずです。
 医薬品業界と政治家と医師の思惑からの改正なのでしょう。利害とお金がらみのことでしょうから、国民がどうこうできないことです。
 この愚かな改正により、私が蒙っている被害を記します。

 私が毎朝血糖値を測定していることは、これまでにも何度か書きました。
 基本的に西洋医学が全面的に信じられないので、自己防衛も兼ねて自分で自分の体調の管理をしています。
 手に負えなくなるまでは、自分で自分の身を守ろうと思います。西洋医学を信奉する医者には、どうしようもなくなってからお世話になるはずです。どうしようもない状態なら、誰でもいいからです。

 さて、毎朝血糖値を測り、その日の数値で1日の食事の内容を考えて生活をしています。
 その血糖値を測る測定機器に関して、薬事法改正のとばっちりを受けています。

 私が使っている測定器は、テルモの製品です。


090603tip_2



 右側の器具で指に針を打ち、左の器具で測定します。
 問題は、左下にあるチップを購入するのが難しくなったことです。
 右下の針は、規制の対象ではないので問題はないのですが、一緒に使うものなので、共に入手が困難になりました。


 具体的に記します。

 この消耗品を扱う店が、薬事法改正に伴い非常に制限されたために、測定用のチップが手に入りにくくなりました。

 私は、薬店のマツモトキヨシをよく利用します。
 京都の四条には、2軒のマツモトキヨシがあります。しかし、京極のアーケード入口近い店では、このチップが販売ができなくなったのです。これは、薬剤師がいないからだそうです。
 四条通りの店では、薬剤師がいるために購入できます。しかし、一番奥の処方箋による薬局のところまで行かなければなりません。私が欲しいチップは、奥のガラスケースの中に鎮座ましましています。そして、住所・氏名を書かないと売ってもらえません。

 東京の銀座にも、マツモトキヨシが2店あります。しかし、有楽町駅に近い店では、もう売ってもらえません。
 ソニービルとアルマーニの間にあるマツモトキヨシなら、売ってもらえます。ただし、ここでも、住所・氏名を書かされます。

 血糖値を測定するための消耗品であるチップを、入手できる店が極端に制限されました。チップを飲み込むと命にかかわるからでしょうか。
 そして、住所・氏名を書かされるのは、チップを飲み込んで重病になった人を特定するためなのでしょうか。責任逃れのための処置なのでしょう。

 口にすることなどまったくない、測定機器に装着するものが、こうして手にするのが困難になってしまいました。
 これまでは、いろいろな薬局で入手できたので、毎日使うことでチップがなくなっても、いつでも補充できました。しかし、これからはあらかじめ買い置きをしなくてはなりません。

 もっとも、このチップは一個130円ほどします。買い置きも大変です。

 健康の自己管理をさせないような施策には、大いに疑問があります。

 いろいろな利害があってのことでしょうが、私から見れば愚かなことが今月から実施されました。

 これまでの慣例から見ても、この愚策が見直されるとは思いませんが、自分の力で自分の健康管理は、国の妨害があってもやり遂げたいと思っています。
 私の健康管理と健康維持に対して、国家的ないやがらせがなされるとは、思ってもみませんでした。
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2009年06月02日

読書雑記(14)大門剛明『雪冤』

 先日発表された第29回横溝正史ミステリ大賞は、大門剛明氏の『雪冤』(応募時のタイトル「ディオニス死すべし」を改題、平成21年5月、角川書店)に決まりました。
 早速読みました。

 死刑問題を取り扱い、圧倒されるほどのエネルギーで語られます。作者の熱意が感じられ、読者の私も、難しい問題を理解しようとしました。知らなかったことを、たくさん教えてもらいました。
 ただし、小説やミステリという視点で作品を読むと、いろいろと問題があります。また、作者の文章が下手なので、なかなかうまく伝わってこないものがあります。特に、人間関係の書き方がわかりにくいのが難点でした。

 息子の冤罪を晴らそうとする八木沼と、姉を殺された菜摘は、自転車で京都を走りまわります。京都での生活を知る作者らしい設定です。
 現実の京都の風土を取り入れ、鴨川を中心とした話の展開は、京都案内にもなっています。
 しかし、関西弁が変だと思われる箇所が散在していました。
   「…どう思わはれますか」(52頁)
   「…どう思わはれます?」(168頁)
とあるのは、実際には、「はれます」ではなくて「はります」と使っているのではないでしょうか。
 菜摘は、姿かたちが理想的な美人として出てきます。それなのに、言葉遣いは下品で乱暴です。敬語も、美人の女性のイメージを、その言葉遣いで壊しています。
 作者は、女性の言葉遣いをもっと工夫すべきです。菜摘の発言部分だけでも、早急に改稿すべきです。そうしないと、ドラマ化できないでしょう。
 その他、各所でぎこちない関西弁にでくわします。無理矢理、関西弁を書き言葉にしたための不自然さのようです。
 それとも、三重弁がこうした表現をするのでしょうか。京都の言葉遣いではないですね。

 また、「綺麗になられましたね」ということばが、早い段階で2回も出てきた時点で、物語展開のおおよそが見えてきました。
 作者は、よけいなことをしてくれました。読者の楽しみが半減です。

 気になったことの指摘よりも、よかったところも記します。
 第4章は、感動的な章となっています。刑務所で死刑を待つ息子は、本当は父親に会いたかったのです。情に訴える章となっていました。この作者は、それ以外が割と力まかせの文なので、こうした描写を心がけたらいいと思います。
 ただし、このよかった第4章の内容が、後半にうまくつながっていきません。

 全体に、無理矢理に話を複雑にして、引っ張りすぎだと思います。
 話はおもしろいし、読ませる力のある文章です。しかし、話を複雑にしなければいけないと思っているのか、後半の矢継ぎ早のどんでん返しの連続は、付いていくのに疲れます。登場人物の関係が混乱します。ゴチャゴチャさせられた、という印象を持ちました。
 そのためか、最後に紹介される「ディオニス死すべし」という台本が、ストンと私の中に落ちてきませんでした。
 折角の大事なネタが、最後に大慌てで出されたという印象を持ちました。もったいないことをしました。

 本書を通して、真実も冤罪も、当事者にとってはさまざまな思いが重なり合っている、ということがわかりました。死刑制度に一石を投じる作品となっています。
 しかし、それにしても、殺人犯人を特定していく後半で、話をややこしくした分だけ、単純化できずにテーマがぼやけたのは残念でした。ミステリにしようとして小細工をせずに、中盤までの調子で篤く冤罪と死刑制度が内包する問題を、ストレートにぶつけもらったほうがよかったように思います。内容がどんどん軽くなってしまったからです。

 いいテーマを取り上げていたのですが、最後に失速してしまった作品でした。
 同じテーマで、趣向を変えてチャレンジしてほしいものです。
 次の作品も、読んでみたいと思わせる作者です。【3】
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2009年06月01日

ソニーのビデオが27年後も動く

 私は、パソコンはアップルのマッキントッシュを使っていますが、ソニーのパソコンであるバイオだけは、ウインドウズマシンとして認めています。
 バイオの第1号機ともいえる505の初期ロットの製品を、今でも大事に持っています。
 さすがにもう動きませんが、スタイリッシュな形と魅力的な色に心酔しました。
 今見ても、ほれぼれするノートパソコンです。(後掲リンク先参照)


 さて、ビデオデッキは、ビクターなどのVHSタイプではなくて、ソニーのベータタイプを愛用していました。
 昭和57年(1982)に「SL−F11」というビデオデッキを購入しました。




090531sonyb1SL−F11前面




 当時、定価は30万円近い製品でした。重さも10キログラムと、ズッシリとしています。
 HiFiビデオがまだの、ノーマル音声の時代です。音声多重、ステレオ録音という最高機種でした。
 厚さ8cmというデッキの筐体も衝撃的でした。

 そのビデオデッキを、今回動かしてみたところ、なんとまだ動くのです。
 多くのテープにカビが生えていたので、早送りや巻き戻しをして、吹き飛ばしました。
 荒っぽすぎるので、今度なんとかして掃除をしたいと思います。




090531sonyb2背面とベータテープ




 本体の背面の左側に、ビデオカメラと直結するための14ピンK型コネクターがあります。
 この端子に、ベータのカセットテープを入れる方式のビデオカメラを接続して、生まれたばかりの子供を撮りまくりました。3人目からは8ミリビデオテープを使っていますが、この肩に担いでの撮影は、なかなか楽しいものでした。

 平成14年8月に、ソニーはベータの生産を終了しました。そして、VHSの商品を開発したのです。劣勢に見切りをつけたのですが、性能は格段にベータの方が上でした。放送局は、長くこのベータを使っていました。今も、たくさんのベータのテープを保管しているはずです。

 ベータが打ちきりとなった7年前に、ベータのテープに録画した子どもたちの映像を、とりあえずはVHSのテープにコピーしました。直接パソコンのハードディスクに収録しなかったのは、その量が膨大だったので、コンピュータの性能がさらに向上してから一気にしようと思ったからです。

 その後、このデッキは放置していたのですが、今回荷物の整理をしていて出てきたので、試しに動かしてみました。
 ビデオテープを奥まで巻き込む、Uローディングという独特のシステムです。きれいな画像を追求する、ソニーならではのこだわりです。
 そして、まだ鮮やかに映像を再生してくれるのです。

 テープにカビが生えているものが多くなったので、そろそろデジタル画像に変換する潮時かも知れません。パソコンの性能も飛躍的に向上しました。特にマッキントッシュを使っていると、画像処理は簡単です。
 後は、その作業をする時間を確保することだけです。

 それにしても、このビデオデッキは、子供がクレヨンやハサミを入れて、グルグルと回したものです。
 故障すると、いつもソニーのおじさんが修理に来てくれました。(後掲リンク先参照)
 カセットを入れる所にぶら下がって、子どもたちは遊んだりしていたこともあります。

 そんな過酷な環境を生き抜き、いまだに鮮やかに映像を再生するのですから、まさに名機です。

 中は、こんな状態です。




090531sonyb3内部構造




 いつか、テープが出てこなくなったことがありました。
 この重たい本体を、大阪日本橋のソニーショップへ持って行ったところ、小さなギヤとゴムの交換となりました。
 私は手先が器用だったこともあり、部品を受け取り、ドライバーを貸してもらい、お店のカウンターで自分でこのデッキを分解して修理をしました。部品代の100円だけで、立派に再生したのです。
 このデッキには、愛着が詰まっています。
 今では、こんなことはさせてもらえないでしょうが、こんなことが出来る時代があったのです。

 なお、 もう10年も前の記事ですが、 「ソニー「VAIO 505」〈1997.12.19〉」 と題して書いたことがあります。
 すみません。リンクを飛ばしていないので、表示されたページの最後の項目です。
 ご笑覧いただければ幸いです。
posted by genjiito at 21:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 回想追憶