2009年05月23日

読書雑記(12)酒井順子『都と京』

 書店で見かけた『都と京』(酒井順子、新潮文庫、2009.3)を、気ままに読みました。

 ほとんど脱力状態で、ノンビリと本を読んだのは久しぶりです。
 今の京都を知るのに最適な本です。京都の本質を突く一冊です。
 読みやすい文章なので、お薦めです。

 東の都から西の都という街を見つめた話が、言葉・料理・節約・贈答・高所・祭り・流通・神仏・大学・喫茶店・若者・文学・宿・交通・サービス・土産・敬語・田舎・女、と展開します。

 紫明通りの老舗中華屋の酢豚を、今度さがしてみます。
 力餅食堂のしっかりした味は、先週食べたばかりなので、なるほど、と思いました。確かに、薄味ではありません。

 「節約」「贈答」の視点と語り口がいいと思いました。筆者のモノの見方がユニークです。

 「流通」では、京都産として売られているものの価値を見いだしています。流通過程で京都色に染められている指摘は、文化論となっています。

 「神仏」の切り口が鮮やかでした。「思うことになっている」ことへの疑問から発展します。
 「法会はコンサート」「プチ出家」「おすがり先」「テンプルショップ」「悩みの集積地」という言葉が印象的でした。結びの文が、よく効いています。おもしろいエッセイです。

 「文学」で、京都人の小説家がなぜ京都を書かないか、と問うています。おもしろい着眼点です。そして、京都人はなぜ小説を書かないか、とも言います。山村美紗以外に。
 それに引き替え、歌人が多いことを指摘します。
 「皆まで言う」ことを避ける京都人の気質を結論としています。
 考える価値のある問題提起です。

 「サービス」で、店側が先に挨拶をする東京、客側が先にする京都、というのは、今はどうでしょうか。
 本書は平成18年刊なので、まあ今を語るものです。ややポイントがズレているように思います。
 サービスの意味とありようを語るために、無理な仕分けがなされているように感じました。多様なものごとを、無理矢理にどちらかに分けない方がいいのではないでしょうか。何事も、そんなにきれいに分けられないのですから。
 その分けられないところに、京都らしい文化が脈々と生き続けていると思います。単純な東京と、複雑な京都、というものが、かえって見えてきたように思われます。これは、女と男に置き換えられないでしょうか。

 本書の最後の数節は、ことばを紡ぐための論理が先行し、理屈っぽいものになっています。
 多分に思い込みで、実証できないことを、思いつきで語っています。関東の女性の語り口だな、と思わせます。
 終わりに近づくにしたがって、面白味が欠ける一冊になったのは、中頃までが快調だっただけに残念です。【4】
posted by genjiito at 23:52| Comment(0) | TrackBack(0) | ■読書雑記