2009年04月30日

井上靖卒読(68)『花壇』

 語り口の柔らかな小説です。読み進む内に、心が温かくなります。ジッとしていられなくて、旅に出たくなります。

 60年生きてきて、振り返ると雑草に覆われた道だったと主人公棟一郎は言います。含蓄のある比喩です。

 思いがけない事の成り行きに、棟一郎が唸ります。知らなかったことを知ったときにも……。
 井上作品に出てくる、唸る男です。この男の整理は、いつかします。

 小見出しのタイトルが、その内容と合わないように感じました。改めて、他の作品での小見出しのありようについて、考えてみたいと思います。

 亡くなった老紳士との会話は、『星と祭』などに共通する手法です。これは、井上の特徴的な語り方です。
 1週間で亡くなった娘も、主人公に語りかけます。いつも「お父さん、確り。」と。
 生きていたら、今は30歳になっているはずの娘です。童女だったり、少女だったりして登場します。清らかさと美しさを持つ、父の心の中にだけいる存在です。
 父に語りかけ、父と娘との情の世界を形成する働きを持っています。この嬰児を登場させたことが、この作品の質を高めています。2人の会話が、いい雰囲気を作っています。

 この子のための墓参は、心にしみる人間のやさしさが表出したものとなっています。中尊寺の秘仏・一字金輪像になぞらえるのも、その清らかさからのものなのでしょう。
 母親がこの子にかける愛情については、少しだけですが言い訳程度に触れられています。これも、『星と祭』とよく似た扱いのように思えます。父親との関係に、比重がかかっています。

 末娘との最初で最後の旅は京都です。
 井上作品には、人間の心を浄化してくれる街として、京都があります。
 学友だった十河と歩く京都も、心を鎮めてくれる街として出てきます。

 イランの自動車事故で偶然生き残った棟一郎。自分は死んだという思いから、人生の現役を降ります。死んだと思って、人生の生き方を切り替えたのです。
 そういえば、私もそうでした。18歳で十二指腸が突然破れた時、20歳の時、火事で焼け出されました。
 何度か死に目にあいながら、今も生きています。18歳で生き方を変えられたのは、拾った人生ということからでした。医者も、無責任に生きなさい、というアドバイスをくださいました。

 本作では、何事も運命であり、その運命を大切にしなければならぬ、ということが物語の背景に横たわっています。これも、井上靖の一つの系譜をなすものだと言えましょう。

 作中で、南まゆみとのエピソードが語られています。これは、一編の作中物語となっています。
 作者にとっての実話ではないか、と私は勝手に思っています。
 今は亡き昔の恋人との会話も、なかなかいいものです。人間の生き様が描かれています。

 井上は、忙しすぎるその弊害を、この小説で語っているようです。
 何をよしとして人生の終わりに立ち向かうか、いろいろと考えさせられる小説です。【5】

 『井上靖全集』には未収録の長編小説の1つです。
 


初出紙︰北国新聞、他
連載期間︰1975年7月1日〜1976年2月10日
連載回数︰211回

角川文庫︰花壇


〔参照書誌データ〕

 井上靖作品館 
 http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
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2009年04月29日

読書雑記(11)浅田次郎『月のしずく』

 3月中旬に、浅田次郎氏の講演会に行きました。
 本ブログでも、「浅田次郎の講演会」と題して報告しました。

 その時に、「実は、私は浅田氏の本をまだ1冊も読んだことがありません。」と書きました。それ以来、折を見て読んでみようと思っていました。
 今日、短編集ですが、やっと読みました。

 『月のしずく』には、7編の短編作品が収載されています。

 通読してみて、文章がうまいと思いました。
 ただし、やや原稿用紙に書いた作文の匂いが強い印象を持ちました。もちろん、浅田氏はワープロを使っての作家活動のようです。しかし、あえて原稿用紙のマス目を丁寧に埋めた文章と言っておきます。いわゆる作家としての文章を、多分に意識しておられるのでしょうか。
 江戸っ子というよりも、東京人の文章だな、と思いました。

■「月のしずく」
 月が効果的です。文章のテンポがいいのです。
 絵になるシーンを、月が演出しています。
 月の明るさが、読後も残る作品となっています。【3】

■「聖夜の肖像」
 背景に、意外なドラマを持った展開がおもしろいと思いました。
 男と女の嘘が、うまく描かれています。
 男の方が不自然です。それが、最後にわかります。妻の愛人を知っていたのです。その優しさに、妻は一気に気持ちを預けます。好きではない、と言っていたのに。
 いい作品です。しかし、計算しすぎが見え見えで、かえって中途半端になっているようです。【2】

■「銀色の雨」
 話のおもしろさと、現実離れした内容が痛快でした。
 情の世界を描いています。ただし、いかにも作ったお話というところが、どうしても気になります。【2】

■「琉璃想」
 亡き妹を追慕しながら、生まれ故郷の中国の街をさまよう主人公。人間の情に訴える小説です。過去と今を、うまくつないでいます。
 その内に、今の三角関係を取り込んで展開します。
 最後は浅田らしからぬ、平凡な終わり方で残念でした。【2】

■「花や今宵」
 毎日の通勤で中央線を利用している私にとって、三鷹から山梨方面への話はよくわかります。
 乗り過ごしは、自分でも、いつも気をつけていることです。それだけに、現実離れした作り話であることが透けて見え、読んでいて興ざめしました。
 月と桜の設定も、わざとらしいのです。満月でない方がいいと思います。
 偶然出会った日の、男と女の嘘をめぐる話は、最後までリアリティのないままに終わっています。【2】

■「ふくちゃんのジャック・ナイフ」
 過去のことを思い出しながらの独り語りが、うまくいった例です。
 無理のない話の展開に、安心しました。
 ブラジル移民のことは、自分でも思い当たることがあるので、作者と同年代の者としては、よくわかりました。
 しかし、話のまとまりがよくありません。
 ボヤーッとしたままで、話が終わりました。【2】

■「ピエタ」
 記憶を手繰り寄せながら物語る、友子がうまく表現されています。
 浅田は、この手法が特異な作家のようです。人間の情を、母子を通して紡ぎ出した作品です。
 ピエタ像は、1ヶ月前にイタリアのバチカンで見たばかりです。読みながら、目の前に立ち現れて来ました。そして、ミケランジェロの気持ちを語る下りに、納得できるものがありました。
 エンディングがきれいです。
 それにしても、リーさんの存在が中途半端な気がします。きれいな男として設定したかったのかもしれません。しかし、この男が、話の流れを壊しています。かえって、いないほうがよかったと思います。【3】
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2009年04月28日

心身(34)タマネギの威力

 昨夜、10時半ころのこと。
 いつものように仕事を中断して休憩と称して(自分への言い訳です)、ビールを飲みました。
 おつまみにするものがなかったので、最近食べ出したタマネギのオリーブオイル炒めを作ることにしました。タマネギを半分にし、それを少しスライスして、オリーブオイルを振りかけて炒めるだけのものです。料理はまったくしない私にでも、これならできます。

 タマネギを半分にしてから、残った半分のことを思い、エイッとばかりに、一個まるごとを炒めました。
 ついでに、たまたま買っていたモヤシを一袋入れ、干しエビを少々振りかけました。

 実際に作ってみると、想像以上に分量がありました。皿に山盛りになったのです。
 いくらなんでも、カロリー制限をしている身には多すぎるので、半分を明日の分として冷凍することにしました。解凍してダメでもいいや、と思って…。
 食べてみると、それほど満腹感を感じません。残りの半分を取り出して、本を読みながら少しずつ口をつけているうちに、アッというまになくなっていました。

 お腹は満杯です。
 しまった、食べ過ぎた、明朝の血糖値は「150」を超すな、と少し反省。
 自分が作ったということもあり、ついつい口に運んでしまったのです。
 本を読むのに夢中になっていたから、と言った方が聞こえは良さそうです…。

 今朝、覚悟して血糖値を計ったところ、何と「111」でした。「120以下」を目標値にしているので、測定器が狂ったのかと思うほど、予想外の数値でした。
 前の晩に何を食べたかは、毎日計測することなので、いつも思い出しては今後の参考にしています。
 前日の食事も、可能な限り思い出すことにしています。
 最近は、前の日に何を食べたのか、思い出すのが大変になりつつあります。
 避けられない老いを自覚する毎日です。

 さて、前日のことを思い出してみました。
 朝は、軽く一杯のごはんと、湯葉豆腐、黒豆、味噌汁でした。
 昼は、いつものようにお寿司です。毎日一食はお寿司、というのは、相当長くつづいています。
 夜は、銀座のスポーツクラブで泳ぐ前に、三越の向かいにある店で、「鯵づくし」というお膳を食べました。千円ほどの定食です。
 銀座のど真ん中といっても、私などがフラリと立ち寄る店なので、高級料理店ではありません。それなりに知っている者が足を運ぶ、安くて旨い、小綺麗なお店です。

 いつものように500メートルほど泳ぎ、ジャグジーとスチームサウナで汗を流して帰ってからの、件のおつまみとしてのタマネギだったのです。

 このタマネギの効能は、話には聞いていたのですが、想像を絶するものがあります。
 これは、これからの強い味方となりそうです。

 たった1回のことで即断はできません。しかし、さまざまな情報を総合しても、あり得ることではあります。
 次に同じようにタマネギを食べることがあれば、その時の数値がたのしみです。
 血糖値は、さまざまな要因で乱高下します。
 なかなか、自分の身体をコントロールできません。
 食欲をコントロールすることは、本当に難しいものです。

 死ぬまで続くカロリーコントロール。食事制限は、これも修行だと思って開き直り、それなりに楽しんでいます。
 自分の身体を使った、自分のための人体実験を、自分だけの意志で敢行中なのです。今のところ、医者には頼らないことにしています。
 私にしかできない、私にしか適用できない、私のための実験を、これからも続けていくつもりです。
 そう思うと、新たな食べる楽しみが、日々確実に、定期的に、規則正しくおとづれて来るのです。

 生きていく上での楽しさを、また発見した思いです。
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2009年04月27日

井上靖卒読(67)『地図にない島』

 結婚式をあげたものの、多加子逃げ出したくなります。不安の中の新婦が、冒頭から描き出されます。
 読者を惹きつけて放さない始まりです。

 第5章にあたる「ビルの旗」がいいと思いました。
 多加子は、ビルに旗があるかどうかで、自分の気持ちを決めます。その潔さが、気持ちのいい展開となります。

 多加子のドラマの背後で、猪俣と亜紀のブラトニックな恋愛がきれいに語られていきます。人の持つ心の内面が、揺れ動きながら進行しているのが伝わってきます。人と人との思いと駆け引きが、さまざまなパターンで流れていきます。

 京都が、物語の流れを転換する働きをする地となっています。
 南禅寺と龍安寺は、井上靖の作品によく取り上げられる場所です。井上にとって、思い入れと設定のしやすさがあるのでしょう。

 人が人を好きになることを通して、人間の心の中が複雑にな揺れ動きと反応をすることを、巧みな人間絵巻の中で描き出そうとしています。つまるところ、2人の女性と3人の男性が織りなす物語です。そして、いつものように、対立してもみんなが善人です。
 妥協のない恋愛を大事に守るために、男と女の心は、二転三転します。目まぐるしいほどです。

 本作で唸り声をあげるのは、大家洪介です。4箇所で、それも後半に唸っているので、その置かれた位置の息苦しさが想像できます。

 結局、独りぼっちの人間たちのドラマとなっていました。淋しさを抱いた、男と女たちの……。心の中に、なにかしら燻るものを内包した若者たちです。

 それでも、井上靖の小説です。一組の幸せなカップルが、新婚旅行に旅立つところで終わります。
 登場人物はみんな、それぞれに前向きに生きていくのです。【4】



 『井上靖全集』には未収録の長編小説の1つです。





初出紙︰北国新聞、他
連載期間︰1957年9月15日〜1958年7月8日
連載回数︰294回


文春文庫︰地図にない島




〔参照書誌データ〕
 井上靖作品館
 http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
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2009年04月26日

井上靖卒読・再述(11)『風林火山』

 このブログの文章は、2007年3月に、当時利用していたブログのサーバーがダウンしたため、それまでにアップしていた記事が壊滅状態になったものの一つを、手元のメモによって再述したものです。


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 井上靖は、文章で楽しませてくれます。次から次へと、読み進めることになります。読み進むのが楽しくなります。

 この『風林火山』も、最後までおもしろく読めます。登場人物が、いつも前を見ていて、見晴らしがいいのです。気持ちが暗くなりません。

 内容は複雑であるにもかかわらず、人間がうまく描き出されているので、話に躍動感があります。『戦国無頼』以来のエネルギーが適度にコントロールされていて、完成度が高いと思います。

 由布姫は、生き生きしています。結末が、あっという間に来ます。
 人間の生き様に焦点が当たっているので、時代小説らしくなくていいのです。

 テレビで大河ドラマ化されていましたが、見ませんでした。その出来具合はともかく、井上靖の作品は、テレビよりも映画の大スクリーンで、背景をゆったりと取り入れて展開するのがいいと思います。
 本作が映画化されたのは、もう40年前になります。錚々たるメンバーが登場します。
 機会を得て、観たいものです。

 読んでいる途中で、信州の高坂に興味を持ちました。これは、『源氏物語』の阿里莫本の筆者との関係からです。井上とは関係ないのですが、土地と人物に関して、個人的にこの時代と地域を調べてみたいと思っています。【5】


初出誌︰小説新潮
連載期間︰1953年10月号〜1954年12月号
連載回数︰14回


新潮文庫︰風林火山
ロマンブックス︰風林火山
井上靖小説全集5︰戦国無頼・風林火山
井上靖全集9︰長篇2




映画化情報

映画の題名︰風林火山
制作︰東宝
監督︰稲垣浩
封切年月︰1969年2月
出演︰(ウィキペディアより引用)
 山本勘助:三船敏郎
 武田信玄:萬屋錦之助
 由布姫:佐久間良子
 上杉謙信:石原裕次郎
 於琴姫:大空真弓
 武田勝頼:中村勘九郎(現・勘三郎)
 板垣信里:中村賀津雄
 武田信繁:田村正和
 飯富虎昌:志村喬
 長坂頼弘:香川良介
 内藤修理:中谷一郎
 横田高松:清水将夫
 馬場美濃守:久保明
 土屋右衛門尉:土屋嘉男
 秋山伯耆守:瑳川哲朗
 山県三郎兵衛:堺左千夫
 荻原常陸介:向井淳一郎
 戸田淡路:村田吉次郎
 甘利備前守:山崎竜之介
 荻原弥右衛門:中村梅之助
 畑中武平:緒形拳
 武平の妻:春川ますみ
 三条氏:久我美子
 義信:高瀬一樹
 龍宝:寺田広巳
 青木大膳:南原宏治
 諏訪頼茂:平田昭彦
 諏訪岩根:東郷晴子
 諏訪茅野:沢井桂子
 高田節頼:富田仲次郎
 村上義清:戸上城太郎
 笠原清重:月形龍之介
 板垣信方:中村翫右衛門


〔参照書誌データ〕
 井上靖作品館
 http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
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2009年04月25日

源氏のゆかり(40)説明板35-大堰の邸候補地

 高校時代に遠足で、大阪から京都の清滝へ、飯盒炊爨をしに行きました。
 嵯峨野一帯の細道を保津川沿いに遡り、清滝の河原でカレーやすき焼きなどを作って楽しみました。

 高校の教員になってからは、生徒たちを連れて、嵐山を散策した後、嵯峨野から清滝へ何度か行きました。
 嵯峨野と保津川周辺は、私にとっては勝手知ったる所、ということになります。

 嵐山地域を流れる川は、桂川と言うのが正式なようです。しかし、その上流を保津川と呼び、保津川下りの終点である渡月橋の手前あたりの嵐山周辺は大堰川とか大井川と言い、それからは下流を桂川とするのが、私にとっては感覚的に理解しやすい地名です。

 そんな理解をしていたので、『源氏物語』で「桂」とあることばに引かれて、私は明石の御方が移り住んでいたのは、渡月橋よりも南の桂川のあたりだと思い込んでいました。
 今回このあたりを散策して、それが思い違いであることを知りました。

 保津川下りは、まだ体験していません。
 いつか、と思いながら、いつでもできるとの思いから、いまだに果たせずにいます。
 さぞかし、気持ちがいいことでしょう。傍目に見ても、すばらしい景観の中を下るのですから。
 そして、終点の嵐山のなだらかな流れは、ホッとさせるものがあることでしょう。


090418ooi1保津川下り



 川下りの終点から、さらに南の渡月橋を臨むと、1000年前の景色と重ね合わせになる思いがします。


090418ooi2渡月橋を臨む



 私の思い違いはともかく、このあたりに、明石の君の邸があったとされています。
 その推定地に、源氏物語千年紀を記念して、説明板が昨年3月に設置されました。
 これまた勘違いで、私はこの川沿いに説明板があると思っていました。車折神社嵐山頓宮と小督塚の近くにあるとばかり思っていました。ところが、川沿いの道を往ったり来たりしても、それらしきものが見あたりません。
 またまた、iPhoneのお世話になり、ウエブで検索して、自分の思い違いを再確認しました。

 『小倉百人一首』をテーマにした展示館である「時雨殿」の向かいに、目的の説明板はありました。
 この写真の向こう正面に、大井川があります。



090418ooi3時雨殿の前



090418ooi4説明板



 最近、とみに、思い込みによる当て外れが多くなりました。
 独りで散策している内はいいのですが、ひとさまには迷惑をかけないように注意しなくてはいけません。
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2009年04月24日

心身(33)歯の手術に1時間半

 20年以上前から、歯の治療では難儀をしていました。
 どうしようもなくなったので、一大決心をして、今日、手術をしてもらいました。

 てっきり、歯医者さんの紹介で、どこかの病院へ行って手術をするのだと思っていました。
 しかし、歯医者さんの受付で名前を呼ばれ、いつものイスに座った途端に、手術が始まってしまいました。
 「えっ、ここでやるの?」
 という感じでした。
 かれこれ、1時間半にわたる手術でした。十分な心の準備がないままだったので、勝手がちがいました。でも、まあ、心の準備をしたところで、やる内容が変わるわけでもないので、これはこれで一気にメスを入れてもらい、よかったと思っています。

 私は、これまでにいろいろな手術を受けてきました。
 胃と十二指腸などの臓器を切除したときは、確か5時間以上かかったはずです。
 副鼻腔の手術では、顔の皮膚を捲り上げての荒っぽいものでした。これは、激痛と悪寒との戦いでした。

 30歳台の頃は、しょっちゅう入院していました。
 今の体調からは想像できません。

 今日の手術をしてくださった先生は、腕に自信がある方のようでした。
 手際がよかったので、安心して任せられました。麻酔がよく効いていたので、まったく痛みはありません。
 ただ、肉を切り取ったり、骨を砕いたりする音が耳を直撃するので、いやでも何をされているのか想像します。それが恐怖でした。
 自分の身体の一部が削ぎ落とされていくのですから、気持ちのいいものではありません。
 気を紛らわすために、何か一生懸命に考えようと思ったりもしました。しかし、結局は何も考えることもなく、なされるがままに金属音や骨が軋む音を聞きながら、言われるがままに深呼吸をゆっくりとしていました。

 最後に、傷口を糸で縫い合わせてもらっている時、唇に糸が滑っていく感触がリアルに伝わりました。ジグザグに縫っておられるのが、糸の移動する方向から感じられました。
 終わってから先生は、10針縫っているので、舌が引っかかって気持ちが悪いかも知れないですよ、と言ってくださいました。
 確かに、気になります。しかし、これは明るい見通しにつながるものなので、そんなに気にはなりません。

 相当の出血だったと思うのですが、バキュームで吸い取りながらの手術だったので、術後に口を濯いだときに水が赤くなっているのに気づいたくらいです。ほとんど実情を見ないで終わり、ホッとしています。

 これから歳とともに、身体のことではいろいろな局面に出くわすことでしょう。
 私は手術慣れしているので、自分の身体に何をされても怖くはありません。
 それでも、できることならば、これ以上は身体を傷つけずに老いていきたいものです。
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2009年04月23日

源氏のゆかり(39)説明板34-野宮神社

 嵯峨野は、いつもたくさんの人が集まる観光地です。


090418nonomiya0竹林の小道



 その中にある野宮は、伊勢斎宮が潔斎のために住んだ場所です。
 現在は野宮神社として、黒木の鳥居と小柴垣によって当時が偲べるようになっています。

090418nonomiya1黒木の鳥居



 『源氏物語』では、六条御息所の娘である秋好中宮が伊勢に下向することに関して、「賢木」巻で語られています。
 また、六条御息所を尋ねた光源氏が榊を御簾越しに差し出す所は、源氏絵としてもよく取り上げられる場面となっています。

 この野宮神社は、特に縁結びに御利益があるということで、たくさんの女性が訪れるところでもあります。
 その付近には、いつも人力車の客引きが目立ちます。

 境内は、こんな感じです。


090418nonomiya2境内


 目に付くところに、説明板があります。



090418nonomiya3説明板


 なお、参拝記念のお守りなどを売っている所で、こんなクイズの掲示を見かけました。
 本の宣伝も兼ねたものなのですが、質問がおもしろいので紹介しておきます。



090418nonomiya4クイズ
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2009年04月22日

液晶モニター入門講座に参加

「アップルストア銀座」で開催されたイベントに参加して来ました。

タイトルは、「写真の色に自信を持つための液晶モニター入門講座」というものです。


日ごろ、デジタルカメラで写真を撮り、このブログに掲載しています。

私は、フォトショップエレメントで写真を加工しています。いつも、この色でいいのか、迷いながらアップしています。

モニタは、アップルのシネマディスプレイを使っているので、色のズレは少ないはずです。

それでも、今日の話では、モニタを見る環境によって、色の判断が違ってくるようです。

話の内容はよかったのですが、講師の方のしゃべり方が間延びしていたので、一時間ほど聞いて中座しました。

ここは、シアター形式の小ホールなので、快適に参加できます。今日は、ペットボトルの水が付いていました。

イベントにもよりますが、パラパラの聴衆であることが多いのに、今日は、80人はいたのではないでしょうか。盛況です。

半数が、プロの写真家やデザイナーという雰囲気でした。講師も、それを意識した話ぶりでした。

写真も、見てもらい方を意識すると、いろいろと難しいテクニックが必要です。折を見て、少しでも技術を向上させていきたいと思っています。
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2009年04月21日

デパート店員の仕事

 今、私が使っているコイン入れ付きの財布がなかなか使いやすそうで良い、ということで、妻から同じものを頼まれました。
 年明けから探していたのですが、いつまで待っても店頭で見かけることがありません。

 私が今使っているものは、品川駅の中にあるデパートのステーショナリで購入しました。革小物を製造している、アシュフォードの製品です。
 文具店やステーショナリ売り場にありそうですが、探すとなるとなかなかないものです。

 そこで、伊勢丹へ立ち寄った折に、店頭になかったこともあり、思い切って注文することにしました。

 現物を見せると、店員さんはカタログでいろいろと調べてくださいました。
 しかし、同じものが見つかりません。
 色の種類や、ステッチの糸との色の組み合わせなども、念のために知りたかったのです。

 お店の方は、電話で製造元に問い合わせておられるのですが、なかなか情報が得られないようです。

 そこで私は手元のiPhoneを取り出して、製造販売元の「Ashford」で検索したところ、すぐに探している商品が見つかりました。
 ところが、現在はそれが品切れで、5月から入荷、となっていました。
 色は、ブラックとブラウンの2種類で、ともに在庫は「0」と表示されています。

 電話をしてくださっていた店員の方に、このiPhoneの画面を見せながら、その型番を教え、そのまま発注してもらいました。
 今月中には配送される、とのことだったので、それでは実家に直送してもらうことにしました。
 伊勢丹のお店に着いたことを電話で教えてもらい、それからそれを受け取って持ち帰るのは、何かと手間だからです。

 それにしても、デパートの売り場の店員さんの仕事が何なのか、考えてしまいました。
 店員さんも、「私が調べることをお客様にやってもらい恐縮です。お役にたてませんで…。」とおっしゃっていました。
 伊勢丹は、過般も時計のことで体験したのですが、社員教育はすばらしいのです。
 その件は、「誇るべき日本語「お役にたてなくて … 」」をご参照ください。
 ただし、そこにサービスの内容が伴わないと、上滑りの商売となります。
 接客の対応だけで終わっては、何のために店員がいるのか、わからなくなります。

 本来ならば、店側が客の注文品の正確な型番や在庫状況を調べ、対応すべきなのです。
 それを、そのすべてを、客である私が、手元のiPhoneを使ってネットから情報を得ているのです。それも、売り場のカウンターで、店員さんと同時進行で…。

 この事態は、売り場にネット環境がないことに起因するものです。
 いつのものか、よくわからない情報を掲載した、据え置きのカタログで商品の確認をすることに、大きな問題があるのです。
 わからなければ、直接電話で、というのもいいのですが、もっと正確で早い情報検索が可能な時代なのです。

 お客のはずの私が、いともたやすく商品の詳細な情報にネットでアクセスできるのですから、店側は1日も早くスピーディーに対応するように改善すべきです。
 そうでないと、どちらが客かわかりません。どこがサービスなのかがわかりません。

 iPhoneによって、売り手よりも買い手の方がいち早く注文に必要な情報を手にできるのですから、おもしろい時代になったものです。
 もちろん、iPhoneだけではなくて、一部の携帯電話でもネットで製造元のホームページにアクセスできれば、これは可能なことです。
 私の場合は、日々のパソコンと同じ感覚と環境でiPhoneが使えるところが、情報の確認に役立っていると言えましょう。

 商品を探して買う、という行為が、社会の仕組みの変革により、大きく変移してきました。
 今後は、ネットを自由に使える環境にあるかどうかが、ますます大事な要素となっているように思えます。
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2009年04月20日

映画『鴨川ホルモー』

 昨日封切られた映画を、三条・新京極の映画館で見てきました。
 
 先般の『禅』の時同様に、見ようと思った映画は、公開早々に見ることとなりました。

 とにかく、おもしろい映画でした。
 ストーリーの展開が読めません。
 こんな映画を、しかも自分で見に行ったのは初めてです。

 奇想天外ということばとは異なる、変梃なストーリーです。
 それでいて、疲れません。
 カラッとしています。
 学生だからこそできる世界が展開します。
 ただし、青春映画として見た場合の恋愛については、イマイチの出来でした。

 私が知っている京都がふんだんに出てきます。
 そこがどこなのか、ほとんどわかります。
 これはあそこだ、あれはどこだったかなー、と、見ながらロケ地当てで忙しい映画でした。
 日頃、ウォーキングやサイクリングをしている賀茂川が、これでもか、と出てきます。

 葵祭のシーンで、上賀茂神社の境内に『源氏物語』の車争いの図があったので、『源氏物語』の千年紀だった昨年5月の撮影が使われていました。
 今の京都が、とにかく盛りだくさんです。

 ストーリーの支離滅裂さ加減はどうでもいいほどに、京都を舞台に意味不明な物語が展開します。
 原作者と制作者の意図などお構いなしに、楽しめる映画でした。
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2009年04月19日

源氏のゆかり(38)説明板33-棲霞観跡

 光源氏のモデルの1人とされる源融(嵯峨天皇皇子)の山荘が、嵯峨野の北にある清涼寺(嵯峨釈迦堂)に面影を残しています。


090418seikakan1嵯峨釈迦堂本堂



 今も、本堂の右に阿弥陀堂(旧棲霞寺)があり、本尊の阿弥陀三尊は、源融の供養のために造立したものとされています。

 『源氏物語』の第18巻「松風」に、光源氏が大覚寺の南に「嵯峨の御堂」を建立したと語られています。
 まさに、この地にあたります。

 京都駅の北東にある枳殻邸(渉成園)は、源融の河原院の面影を残しています。そして、その河原院は、『源氏物語』の六条院のモデルだとされています。

 源融は、『源氏物語』と深い関わりがあるようです。


090418seikakan2阿弥陀堂


 この阿弥陀堂の前に、説明版がありました。


090418seikakan3説明版


 街中の説明版は見つけるのが大変です。
 境内にある説明版は、安心して探せます。


 阿弥陀堂の横にある霊宝館には、国宝阿弥陀三尊像があり、これは「源氏物語 光源氏のうつし顔」だと言われています。 


090418seikakan5光源氏うつし顔



 機会があれば、その尊顔を拝したいと思います。
 源融の墓所では、シャッターを切るのを忘れていました。

 いずれも、この次の機会にしましょう。
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2009年04月18日

源氏のゆかり(37)説明板32-遍照寺境内

 好天に恵まれた一日、愛用の自転車で嵐山方面へ出かけました。
 一条通をひたすら西に走ります。

 遍照寺は、嵯峨野の北東に位置します。
 大覚寺に大沢池があるように、遍照寺には広沢池があります。
 自宅からは、のんびりと漕いで50分ほどかかりました。


090418hirosawa広沢池


 ここは、月見の名所として知られています。

 かつては池に臨む名勝だったようです。しかし、現在は池の南にお寺は移っています
 山門を潜ると、小さいながらもよく手入れされた庭が、目に飛び込んできます。


090418henjyoji1遍照寺の庭


 本堂も、ひっそりと佇んでいます。


090418henjyoji2本堂

 この遍照寺は、具平親王とその愛人だった大顔にまつわる話で有名です。
 2人が遍照寺で月見をしている時、突然大顔が亡くなったのです。このことが、『源氏物語』で夕顔が急死する話の下敷きとなっている、とも言われています。
 モデル論は証明が難しいところがあります。しかし、これはあり得る話と言えるでしょう。
 こうしたショッキングな話は、物語のネタとして、人の興味を惹くのにいいのです。
 物語を創作する上で、作者は身辺の材料として、こうした話を利用したと思われます。


 本堂の右横に、説明版がありました。


090418henjyoji3説明版


 これは、目に付きやすいところにあるので、探すことはありません。

 遍照寺は、小綺麗なお寺です。大沢池から少し南に入ったところにあるので、意外と気づきません。
 大覚寺からもう少し脚を延ばして、千年前の様子に思いを馳せるのも一興です。
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2009年04月17日

井上靖卒読(66)『燭台』

 井上靖の小説に何度か出てくる大洗の海で、日枝が捷子に釣りをしながら魚と問答をする話をします。
 これは、井上がよく用いる、死者との対話のパターンと言えるでしょう。
 ただし、こちらの方がユーモラスに語られていますが。

 この作品では、夫婦の描き方が出色です。行き違いばかりのようですが、そうとばかりも言えません。
 失言と不満と口論の連続が、傍目にはおもしろいのです。当人同士には不愉快でも、言いたいことが言える間柄の内は、これもいいものだということが伝わってきます。
 井上の持論が、物語の各所で、登場人物の口を介して語られています。

 この本を以前に読んだのは、私の長女が満1歳の時でした。ちょうど、父がガンで亡くなって半年後でもありました。
 登場人物がガンだということを知ってショックを受けた件の頁に、折り目が付いていました。当時は、自分に引きつけて読み進んでいたからでしょう。

 弾正がガンで入院する前夜のことです。遺書の話の後、誰に何をやってくれ、と語るくだりの軽妙さがおもしろいと思いました。
 妻が知らない女性たちへの、洋服、ハンドバック、万年筆などなど。日常の生活をめぐる掛け合いが、いい雰囲気で展開します。
 日頃は夫婦お互いが不満を持ち合っていても、この時には心が寄り添っているのです。

 潰瘍ということで胃を半分切除することになっても、その様子は淡々と語られています。
 同病を体験した私としては、興味を持って読みました。
 手術前後の心の動きが、適度な余裕をもって綴られているのに安堵します。
 ただし、胃は切除しても後から大きくなって元に戻る、というのは俗説です。
 大きくはなりません。胃液が分泌する面積を少なくするのですから。

 最後は、ヒロインである捷子が、京都から奈良への旅に出かけます
 捷子が1人で、斑鳩の発起寺で三重塔を見上げながら終わるところは、きれいなエンディングです。
 詩人井上の絵画的な終わり方です。【2】



『井上靖全集』には未収録の長編小説の1つです。

初出誌︰婦人倶楽部
連載期間︰1964年1月号〜1965年6月号
連載回数︰18回

文春文庫︰燭台


〔参照書誌データ〕
 井上靖作品館
 http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
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2009年04月16日

井上靖卒読(65)『兵鼓』

 山吹という女性の登場により、物語が急におもしろくなります。巴御前の存在が、いや増しに増すことになるからです。
 やがて、そこへ葵という女性も加わります。
 3人とも、木曽義仲の愛人です。

 巴は、自分を男と思い込んで行動を展開します。それでいて、義仲を慕っているのです。
 兄たちや義仲と一緒に育ったために、複雑な位置にいます。

 義仲は、困ると「うーむ」と唸ります。井上の小説によく出てくる男の癖となっています。
 物語の背景に、月光が点綴されます(文藝春秋社版、65-72-78-116-122頁)。
 興味ある状況での効果的な演出となっています。
 
 義仲のためなら、討ち死にでもよしと思う巴に、深い愛情があることが読み取れるように進みます。
 ただし、その戦での態度は武士らしくなく、情に流される愚かな女として描かれています。戦の足手まといとなる女として。そのことが誇張されてはいますが、それが印象的な、人間というものを感じさせる場面の連続となっています。

 後半はテンポが速くなり、井上らしく軽快に進みます。
 歴史の流れに身を置き、さまざまな心の動きを見せる人間が、1つ1つを自分の力で判断して生きていくさまが、克明に描かれています。
 特に、巴という女性に、焦点がズッと合っています。

 この作品は、歴史小説ではなく、歴史を背景にした男と女の心理展開を物語るものとなっています。井上らしい手法です。
 時代小説というよりも、話題が読者に向かって語られます。

 歴史小説と時代小説については、井上靖に考えがありますので、またその時に話題とします。

 とにかく、読み応えのある、おもしろい作品でした。【4】

 『井上靖全集』には未収録の長編小説の1つです。



初出誌︰小説新潮
連載期間︰1959年1月号〜1960年2月号
連載回数︰14回

文春文庫︰兵鼓


〔参照書誌データ〕
 井上靖作品館
 http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
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2009年04月15日

井上靖卒読(64)『月光』

 大好きな尾沼に、自分の実家が小さな雑貨店であることを知られたくないということから、せい子の結婚までの遠回りが語られます。
 今なら、グーグルのストリートビューで、玄関先が容易に見られます。
 しかし、この小説は、昭和34年の作品です。しかも、連絡は電報で、カタカナを使っています。戦後の時代が描き込まれている、とも言えましょう。
 もっとも、私も高校時代には、電報で仲間との連絡をしていましたが……。

 尾沼は、どんな顔をしてせい子が駅に迎えに来るのかを見たかった、という理由だけで、一泊で新潟のせい子の実家へ行こうとします。それを、何とかして見られまいとするせい子との、青春物語が展開します。
 このせい子は、2人の男に言い寄られ、揺れ動く心とちぐはぐな行動や言動が、静かな時の流れの中で語られます。

 2種類の三角関係の組み合わせが見られます。これも、ストレートに気持ちが表現できない、優柔不断な男女の若さから生ずるものです。本当に好き同士の2人が、態度を明らかにしないことからの遠回りです。
 英輔と律子は、尾沼とせい子の恋愛関係を炙り出す役を負っているようです。 

 せい子は、傷心を癒すために京都への旅行を思い立ちます。
 しかし、その途中で、急に思い立って尾沼の実家へ脚を向けます。井上靖の小説によくあるパターンです。好きな人の実家に行くことにより、自分の気持ちを確かめるのです。そして、周りの力を利用して、前に進んでいきます。
 こうしたところに、井上の小説によくみられる 、前向きで明るい展開が繰り広げられるのです。

 琵琶湖が「遠い湖面」として車窓から見えた、と出てきます。
 この「遠い湖面」は、井上の小説で追いかけてみるとおもしろいキーワードになる、と思っています。
 
 せい子は大津から石山へ行きます。しかし、『源氏物語』のことは一言も語られません。
 総じて、井上は『源氏物語』に興味がないのか、ほとんど作品で触れられることがありません。
 この点も、今後とも注目していきたいと思います。

 京都では、河原町三条と嵐山が出てきます。ここで、後を追ってきた英輔は、せい子の背中を押す役に変わります。青春小説です。

 最後に、冷たい月光が出ます。青い月光が、せい子を染めています。
 この月光は、これから新しい生活を共に歩もうとする2人の舞台へと、ここで切り替えて照らし出そうとする役割をしているように思いました。結婚後にも、これまでのようにいろいろな行き違いを重ねながら生きていくだろう、という意味からも、満月ではなくて、青い光の少し冷たさのある月が照らしているのです。

 この最終場面の月光の意味は、もう少し考えてみる必要がありそうです。【3】



 『井上靖全集』には未収録の長編小説の1つです。

初出誌︰若い女性
連載期間︰1959年1月号〜1960年5月号
連載回数︰14回
収録状況

文春文庫︰月光



〔参照書誌データ〕
 井上靖作品館
 http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
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2009年04月14日

江戸漫歩(11)東京駅〈1〉

 毎日利用している中央本線ですが、ふとしたことから、東京駅のホームの中程にこんな標識を見かけました。



090209tokyo0km0kmポスト






 石で作った「0」の中に「KM」と彫られているので、これが距離の始点を示すことはすぐにわかります。
 どんな謂われがあってここに置いてあるのか、少し調べてみると、意外におもしろい背景があることがわかりました。
 詳細は私の任ではありませんが、少しだけ報告を。

 この「距離標」と言われるものは、「0キロポスト」と呼ばれるものだそうです。鉄道の正式な起点を示すものですが、中央本線の起点駅は本来は東京駅から1.3キロ先にある、次の神田駅だとか。
 そして、鉄道開業時はマイル制をとっていたので、「ゼロマイル標識」と呼ばれていたようです。

 実は、明治時代以降の日本文学作品における時間や距離や重さや長さなどの単位を調べると、文化の変遷と社会からの影響が読み取れておもしろいのですが、それもこれも、また別の機会にしましょう。

 まずは、東京駅の1番線にある「0キロポスト」の紹介です。
 いつも通る東京駅なので、見かけたおもしろいものを、気ままにとりあげたいと思っています。
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2009年04月13日

銀座探訪(17)メタボな銀座桜通り

 まだ、桜の余香を求めてフラフラと出歩いています。

 早朝一番の新幹線で上京し、先週来の歯医者通いをし、そして大学院のオリエンテーションと歓迎会に出席した後、夜はスポーツクラブへ行くために銀座へ出かけました。

 東京駅から西銀座へ向かって歩いていると、銀座桜通りの桜がまだ咲いていました。

 ちょうど24時間前には、京都の賀茂川畔の中木の道の夜桜を観ていました。
 あの華麗な桜を観た後なので、この銀座の桜は、種類が違うせいもあるのでしょうが、こちらはボテッとした重たい感じの桜でした。 メタボ桜、と言えばピッタリだと思います。


090413ginza西銀座の桜



 観るに耐えない、という桜だったので、早々に銀座で泳ぎました。

 今日は500メートル泳ぎ、ジャグジーとサウナで汗を流しました。

 最近、ここの会員も激減したようで、レンタルロッカーも空きが増えました。

 こうした所にも、不況が直撃しているようです。

 今年度も、マイペースで体力づくりに励みたいと思います。
posted by genjiito at 23:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 銀座探訪

2009年04月12日

源氏のゆかり(36)説明板29-大雲寺旧境内

 自転車で、洛北岩倉の大雲寺を目指しました。
 北へ上がれば、桜はまだ見られると思ったのですが、すでに散り始めていました。

 国立京都国際会館の前を通り、岩倉川沿いの桜並木を北上しました。



090412iwakura岩倉川



 何度も来た大雲寺ですが、相変わらず整備がなされていません。
 『源氏物語』の「若紫」巻で、光源氏が紫の上との出会いの場としての「北山のなにがし寺」がここだというのは、角田文衛先生の説です。鞍馬山だという説もあります。

 これについての私の考えは、本ブログの「源氏のゆかり(2)若紫がいた北山」に書きましたので、ご参照ください。

 いずれにしても、とにかく大雲寺は話題性のあるお寺のはずです。


090412daiunji1大雲寺




 大雲寺境内の入口には、こんな簡単な標識があります。


090412daiunji0標識


 ここには、「紫式部の『源氏物語』や『太平記』井原西鶴の『好色一代女』等に当寺が舞台として登場する。」とあるだけです。
 もっと宣伝をすればいいのに、といつも思っています。
 境内も、雑然としていて、お寺らしくありません。

 さて、『源氏物語』に関する説明板を探したのですが、どうしても見つかりません。
 左上に上って、すぐ隣の石座神社の境内もみたのですが、そこにもありません。
 周囲を散策しても、それらしきものがないのです。
 諦めて返ろうとして、たまたまiPhoneでインターネットにつなげて大雲寺と説明板という組み合わせで検索すると、詳しい情報が得られました。 それによると、説明板は、北山病院の敷地内にある、とのことです。

 大雲寺から西に歩き、病院の敷地内を探しましたが、それでも見つかりません。
 どんどん病院の奥に入っていったところ、たくさん駐車してある自動車に隠れるようにして、説明板が見つかりました。



090412daiunji2北山病院敷地内



 これでは、見つけられないはずです。


090412daiunji3説明板



 かつては、この地に大雲寺があったとしても、これだけ離れた場所に説明板を設置するなら、大雲寺の境内にその説明がほしいものです。それよりも何よりも、なぜ大雲寺の敷地内に説明板は置かれなかったのでしょうか。
 この病院の敷地の奥まで入って行くには、それなりの強い意志が必要です。

 あえてこの病院の中に設置するにあたっては、大雲寺側の何らかの考え方や事情があったからでしょうか。
 内実はわかりませんが、ここを訪れる方は、その説明板が今の大雲寺にはないことを、承知して行かれた方がいいかと思います。

 今日で、桜の季節も最後です。
 岩倉からの帰路、山々の緑はきれいなグラデーションを描き出しているのが確認できました。

 初夏にかけて、新緑の季節となります。
 京の山々も、また新たな色を見せてくれます。

 夜になってから、賀茂川・中木の道の通り抜けに行ってみました。
 桜を惜しむ人が、たくさん訪れていました。



090412yozakuraライトアップの夜桜



 今年は、たくさんの桜を見ました。
 これからしばらくは、緑を差した葉桜を楽しむことにします。
 満開のみごとさは格別ですが、この散り初めた葉桜の淡い色も好きです。
posted by genjiito at 22:28| Comment(0) | TrackBack(0) | ◆源氏物語

2009年04月11日

京洛逍遥(64)賀茂の桜と結婚式

 花見にとって絶好の天候となりました。
 自宅の前の賀茂川では、鴨川を美しくする会が主催となっての「第35回 鴨川茶店」が開催され、一日中お琴の音が聞こえていました。

 北大路橋から北山方面を臨んだところです。


090411kamogawa2鴨川茶店



 いつもの中木の道の桜は、今が盛りです。




090411kamogawa1中木の道



 しだれ桜は、今年も見事です。


090411kamogawa3中木の桜



 昨年の様子と較べるために、1年前のブログを確認してみました。
 今年は途中で寒くなり、開花が中断したせいか、昨年よりも桜の樹の元気が足りないように思われます。


 昨年の「京洛逍遥(32)賀茂川の桜」


 来年を楽しみにしましょう。

 賀茂川を上流へと北行し、上賀茂神社へ行ってみました。


 境内では、通りかかった巫女さんの衣に、神紋である双葉葵がきれいに認められました。





090410kamigamo2双葉葵の神紋




 ちょうど、結婚式の記念写真を撮っておられました。

 直衣姿の新郎と唐衣姿の新婦は、さながら光源氏と若紫です。



090410kamigamo0光源氏と若紫



 紫式部と縁が深い片岡社では、白無垢の新婚さんがご縁に感謝しての参詣です。


090410kamigamo1紫式部の片岡社



 帰りがけに、この二組が境内でめでたく出会われるところに行き会いました。


 
090410kamigamo3二組のカップル



 末永く幸せな人生となることを祈ります。

 天気もいいので、上賀茂神社から下鴨神社へと、少し脚を伸ばしました。
 ともに我が家からは等距離にあるので、二等辺三角形の散策です。

 下鴨神社でも、結婚式に出会いました。

 外国の方の紋付き羽織袴姿もいいものです。



090411simogamo1海外の方の和服


 本殿前では、これから式場へ向かわれる新婚さんに逢いました。


 
090411simogamo23人の巫女さん



 巫女さんの衣装に興味を持ち、シャッターを切りました。


 下鴨神社から少し川を下ると、出町柳は若者で賑わっていました。
 大文字山を背景に、たくさんの人が花見と水遊びに興じておられました。



090411demachi出町柳



 手前が賀茂川で、中州の向こうが高野川です。2つの川がこの出町柳で合流して、三条へ向かって川は下ります。

 夜、自宅の向かいの中木の道は、夜桜の通り抜けでライトアップされていました。
 今日の2番目の写真と同じアングルでシャッターを切りました。




090411yozakura中木の道の夜桜



 昼も夜も、桜は人々を楽しませてくれます。
 そろそろ、葉桜になりつつあるようです。
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2009年04月10日

京洛逍遥(63)平安神宮紅しだれコンサート

 夕闇の中、平安神宮の苑内で開催された「平安神宮 紅しだれコンサート2009」(京都新聞社主催)に行きました。

 平安神宮には、250本の桜があるそうです。
 応天門を潜って大極殿の左側にある南神苑は、八重紅枝垂という紅しだれ桜が満開でした。


090410heian1南神苑の枝垂れ桜


 今日の参加者は3000人近かったのではないでしょうか。
 みなさん、カメラのシャッターを切るのに必死、という状況になっていました。とにかく、見事な桜の一言に尽きます。

 さて、私は、東神苑の橋殿と呼ばれる泰平閣(大正の始めに京都御所より御下賜)の中程で、今日のコンサートを聴きました。



090410heian2泰平閣




 日本庭園の栖鳳池の水面にライトアップされた夜桜が映し出される中、東神苑の尚美館(通称、貴賓館)をステージにして演奏される、溝口肇さんのチェロの生演奏を楽しみました。


090410heian4尚美館がステージ



 溝口さんは「世界の車窓から」で知られる作曲家です。
 日常を脱した雰囲気の中で聴くチェロの音色は、もっと近くで聴きたいと思わせるものでした。

 照明も、凝った演出がなされていました。



090410heian3光の演出


 すばらしい雰囲気と演奏でしたが、1つだけ残念なことがありました。

 すぐ横に、スーツにネクタイを締めた若者が、前の人にピッタリとくっついて、しかも耳元や頭上で、シャッターの音を頻りに鳴らしていました。
 とにかく、そのカシャカシャという音が耳障りなのです。
 せっかくのチェロの音が台無しです。

 携帯電話に関する注意は事前にありましたが、シャッター音に関する注意はありませんでした。
 今後は、このシャッター音も控えるようにしてほしいものです。
 私は、シャッター音のしないカメラを使っています。
 大勢の人の中で写真を撮るときには、それが特に野外音楽などの場合には、心がけるマナーのように思います。
 なお、この若者は、自分の後ろには誰もいないのに、ピッタリと前の男性の背中にくっつき、肩越しにカメラを鳴らしていました。
 変態なのでは、と少し気味が悪くなりました。

 しばらくして、場所をステージの正面に移動しました。すると、ステージからの音が格段によく聞こえるのです。
 そういえば、橋の上は、歩く人の足音が響いて、音楽を聴くには相応しくありませんでした。
 次は、この正面で聴くことにしましょう。

 明日も明後日もあります。
 当日券(2000円)もありますので、近くにお越しの節には、ぜひここにも脚を向けられるといいと思います。
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2009年04月09日

井上靖卒読(63)『朱い門』

 「あとがき」によると、昭和32年に中国へ招かれて行ったときのことを、架空の中国訪問記というスタイルで新しい中国の印象を語ったものです。
 初めての海外旅行、それも中国。昭和30年代の海外旅行の有り様が、克明に描かれています。今から見ても、興味深い内容です。

 新聞記者だった井上らしく、丁寧なレポートとなっています。
 そもそも、この時代の中国行きということがおもしろいのです。社会主義国に対する不安が、素直に描かれています。中でも、列車の中での洗面具紛失事件がおもしろいと思いました。

 中国を旅しながら、一行6人が議論をします。これが、日本文化論となっています。
 こんなやりとりがあります。主人公の轟は言います。

彼等には任せきつた安心感と、自分を放棄した愚かさと、何ものかを期待している明るさがあります。−日本人は反対です。為政者に対する猜疑心と、自分も一枚加わらねばという刺々しさと、そのくせ何ものをも期待していない暗さがあります。(文藝春秋新社版、127頁)


新しい中国は、自国の持つ古い伝統をどう取り扱うだろう。(165頁)


 ここに、この作品のテーマを見せてくれています。

 そして、井上は、不幸な中国を描こうとしているようにも見えます。

 帰路、香港でコーヒーを飲みます。中国の懐かしさを帯びた、異文化社会が想起されるシーンです。

 現実を生きる人間と、一時の旅人の感性というものの両面が、うまく描かれています。

 紀行文のスタイルをとっていますが、これは文化論であり、人生論になっています。
 そして、国というものを考えさせる作品となっています。【3】

 これは、『井上靖全集』には未収録の長編小説の1つです。
 


初出紙︰文学界
連載期間︰1958年1月号〜12月号

井上靖小説全集18︰朱い門・ローマの宿



〔参照書誌データ〕
 井上靖作品館
 http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
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2009年04月08日

江戸漫歩(10)東京の桜

 江戸深川の桜は満開です。
 宿舎の近くの黒船橋の桜は、隅田川からの川面に、重たそうな花房を優雅に咲き翳しています。


090407monnaka黒船橋の桜



 正面のビル街の向こうが、東京駅のあたりになります。

 ちょうどこの橋の下に、黒船橋の船乗り場があります。
 先月から「お江戸深川さくらまつり」が、この地域周辺で行われています。
 今週末までなので、予定より遅れた桜の開花のため、今が一番見頃です。
 ここから和船が出ています。
 仕事帰りに、河畔の桜並木を歩きましたが、時間がどうしても夜の11時頃になるので、雪洞の灯りも消えていて、風情はあまりありませんでした。しかし、桜の花の見事さは、仄かな灯りから見渡せる範囲だけでも、迫力のあるものでした。
 灯りが消された後の、花たちの世間話が聞こえてきそうでした。

 以下のサイトで、この様子が報告されています。


http://www.geocities.jp/mizubeland/sakurafesta2009.html



http://eriaru.blog.so-net.ne.jp/2006-03-25



 立川から国文学研究資料館への道も、桜の花道となっています。


090407nijl0立川の桜


 写真で前を歩く女の子は、二宮金次郎のように、本を読みながら、桜に囲まれていることが何でもないかのようでした。
 これも、この子にとっての自然の中となっているのが、押しつけでない日本の文化の継承となっているように思えます。
 そんなに難しいことではないのですが、言葉にすれば、こういう言い方になる光景でした。


 今春から、国文学研究資料館の周りに変化がありましたので、ついでに紹介します。
 上の桜並木を少し行くと、こんな景色になります。

090407nijl裁判所が


 左が、国立国語研究所です。
 独立行政法人だった国立国語研究所は,本年9月末をもってその活動を終えます。そして、10月1日からは、国文学研究資料館などが組織する、大学共同利用機関法人人間文化研究機構の中の研究機関の一つとなります。
 これからは、こことの関わりが深くなっていきそうです。

 写真の真ん中の、白くて四角い箱が2つ並んでいるのが、国文学研究資料館です。

 その右の茶色の建物がマンションです。

 そして、右端が、今月完成した、東京地方裁判所立川支部です。

 近い将来、マンションの裏側に、立川市役所が移転してくるそうです。
 この地域に、人が集まるようになりそうです。
 今が寂しい所なので、大歓迎です。
 周りに店がないので、何かできるのを心待ちにしています。


 仕事帰りに、東京駅の周りを散策していたところ、日本橋の高島屋に行く道で、桜のトンネルを見かけました。



090407nihonbasi日本橋の桜通り


 ここは、桜通りというところです。
 意外な花盛りの並木道を見つけました。

 ビルの谷間の桜も、なかなか都会的なセンスの桜色でいいものです。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 江戸漫歩

2009年04月07日

心身(32)ただの筋肉痛?

 左側の臀部の上と、左脚の脹ら脛が、前に屈んだ時などに、ビリッとした痛みを感じます。
 もう、1ヶ月にもなるでしょうか。

 その原因として、いろいろと思い当たります。

(1)重たい鞄をいつも左肩に掛けて歩いているから。
(2)右側の歯の調子が悪いから。
(3)血糖値が高い状態が続いたから。
(4)電車の中で長時間足を組んで読書するから。
(5)原因不明の傷害。

 昨日もスポーツクラブで、セラピーを主体としたマットニュートラルというストレッチ体操に参加してきました。
 体を動かすたびに、左側に痛痒を感じます。

 ジャグジー風呂で、十分にほぐしました。
 しかし、突っ張った状態は変わりません。

 医者に行こうかと思ったのですが、もう少し様子を看ることにします。

 いつどうなるかわからない身体なので、こうした些細な変化も、参考のために記しておきます。
posted by genjiito at 18:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康雑記

京洛逍遙(62)賀茂川の桜をレポート

 一昨日の日曜日の、賀茂川の桜の状況を報告します。

 私がよくお弁当を食べる側の枝垂れ桜は、七分咲きでした。


099405nakaragi1枝垂れ桜


 しかし、我が家の方から対岸にあたる中木の道全体は、土曜日からは少し赤みが感じられるようになったとはいえ、まだまだ蕾です。



090405nakaragi2中木の道を臨む


 そして、賀茂街道の桜も、土曜日よりもさらに花を咲かせています。 



090405nakaragi3賀茂街道


 土曜日と同じように、桜越しに中木の道を臨んでみました。


 
090405nakaragi4中木の道を臨む



 北大路橋からの眺めは、少し赤みを増したかな、という程度です。




090405nakaragi5北山を臨む



 この北大路橋から、賀茂川の南の方を見ると、左に大文字焼きの「大」の字が見え、桜は七分咲きのようです。


090405nakaragi6大文字から南を臨む





 花を求めてたくさんの人出なので、植物園にも行ってみました。


 チューリップの向こうの桜は、ほぼ八分どころ咲いています。




090405syokubutuen1チューリップ越しの桜



 見事な桜のトンネルです。



090405syokubutuen2八分咲き



 私が大好きな木瓜も、咲き誇っていました。


090405syokubutuenboke木瓜



 「光源氏」という椿も、時期は逸していましたが、大輪を咲かせていました。



090405syokubutuentsubaki椿「光源氏」





 「長恨歌」で知られる「連理の枝」と名付けられた木も、みごとです。



090405syokubutuen3連理の枝


 この京都府立植物園は、とにかくたくさんの植物が観られます。

 心和む一時を過ごすことができました。
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2009年04月06日

玄関先の花壇にも春

 我が家の玄関の花も咲き出しました。


090401hana1


 奈良の住まいと違って、車を処分したスペースで花を育てているので、土の勢いはありません。
 しかし、花たちは元気に育っています。


090401hana2




090401hana3



 坪庭の和様と、玄関先の洋風が楽しめる住まいとなっています。
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2009年04月05日

京洛逍遙(61)賀茂川の桜はまだ

 仕事の合間に、賀茂川を散策しました。

 昨日、自宅のそばの植物園周辺の桜を見に出かけました。


090403sakura1対岸の中木の道の桜


 桜は、まだ数本しか咲いていません。

 今週末には、咲いてくれないかと、ブラブラと散策してきました。

090403sakura2賀茂街道を南に臨む


090403sakura3賀茂街道沿いの桜



090403sakura4北大路橋から北山を臨む




 北大路橋西詰のグリル・長谷川の弁当と缶ビールを持って、1人のんびりと中木の道のベンチで、唯一咲き誇る桜の下で春の到来を楽しんできました。

 私の大好きな散歩です。

 賀茂川縁で勝手に弁当を食べていますので、見かけても声をかけないでください。

 時々、ベンチで昼寝もします。
 賀茂の川風は、本当に優しく包んでくれます。
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2009年04月04日

京洛逍遙(60)差別待遇をする錦市場の回転寿司屋

 四条通りの一本北にある錦市場の西側に、回転寿司屋があります。



090402susi1回転寿司



 昨秋見かけてから、行こうと思いながら、つい京のおばんざい屋さんに入っていました。
 京洛には、魅力的な食べ物屋さんが多すぎます。
 喫茶店も、至る所に嗜好を凝らした店構えを見せています。
 内装がいいですね。
 お寿司大好き人間の私も、回転寿司ウオッチャーをつい忘れてしまいます。

 
 さて、ようやく錦市場の回転寿司屋に入りました。
 ただし、店先の自転車の駐輪除けと思われる赤い工事用のコーンは、お店に入る気持ちを萎えさせます。
 お店の経営者の感覚を疑います。一日も早く、このコーンは取り払うべきです。せっかくの雰囲気が台無しです。

 お店は少し上品です。魚を吟味しているようです。メニューも豊富です。



090402susi2カウンター



 カウンターに座ると、「ぽんず」が置かれています。
 これが、関西のお寿司屋さんです。関東では、頼んでも、「ぽんず」を出してくれる店は少ないのです。あっても、もったいぶって出してきます。関西では、いろいろなものに「ぽんず」を使います。

 粉茶も「辻利」のものです。お茶にはうるさい人が多いからでしょう。
 少し香りが控えめなお茶でした。
 これは、本当に「辻利」のお茶ですか? 
 少し甘めを想像していたので、勝手が違いました。
 正直を言うと、色だけの抹茶もどきのように感じました。間違っていたら、すみません。
 最初だけは「辻利」だったが、それ以降は適当なものを、という「いけず」は言わないでおきましょう。

 アクリルのケースのトンネルの中を流れるのは、京都駅北口の回転寿司屋と同じ方式です。
 これは、清潔なように見えますが、回転寿司は好きなタイミングで取って食べるところによさがあると思っている私には、この面倒くささが気になります。客を拒絶するものがあります。
 これなら、透明な穴あきカップを被せる方が、衛生面はさておき、食べる方としてはまだいいように思います。

 このお店は、全体的には清潔感があり、ネタも豊富で新鮮そうなので、なかなかいいようです。

 ただし、もう1つ気になることがありました。

 それは、私の隣に座っていた女性2人に対して、特別な対応をしたことです。
 カウンターの中にいた板前さん(おじさん)が、「べっぴんさんやから」と言って、積んであった皿を一枚取り上げて、そこへ胡瓜を一本まるごとに切れ目を入れたものをサービスしたのです。

 もらった方は大喜びでした。しかし、隣にいた私や、その隣にいたもう一組の女性2人は、それを横目に、こっちにはそのサービスはないの、と言いたくなりました。
 この、胡瓜をもらった2人連れも、この次にこの店に来たときに、今日のようなサービスがないと、不満に思うことでしょう。

 こうした、気ままな対応をしていると、だんだんお客は離れていきます。
 ぜひ、こうした店は続けてほしいので、こんな性癖の板前さんは辞めてもらってでも、この差別的な接客姿勢はお店として戒めてほしいものです。

 このお店には、関東風の冷たさを随所に感じました。
 経営者は関東の方か、関東で勉強をされた方ではないでしょうか。
 ことの当否はともかく、本当に勝手な推測に終始していますが、そんな感じの店なのです。

 回転寿司屋のレベルを上げるためにも、経営者とお店で働く方は、一日も早く大きな勘違いに気づいてほしいものです。
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2009年04月03日

インド人留学生の眼(5)4日のテレビに登場?

 無事にインドに着いたクマール君から、楽しいニュースが届きました。

 それは、日本テレビ「外国人に見た東京 Surprize Visit Tokyo」というテレビの取材を受けた、というものです。
 
 放送日は、今週の4月4日(土)午前11時から、とのこと。

 万が一その日に放送がなかったら、次の土曜日の11日に、同じチャンネルで午前11時から放送予定だそうです。

 どのような番組かは、私も知りません。
 よかったら、チャンネルを合わせてみてください。
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2009年04月02日

『家庭画報 国際版』に源氏翻訳本の記事

 ちょうど1年前の4月1日に、「源氏千年(19)『家庭画報』5月号」という記事を書きました。

 あの記事で、「来月刊行予定の拙編著『源氏物語【翻訳】事典』(笠間書院)」とある本は、実はまだ編集作業が続いています。
 その後、いろいろと新しく翻訳本が見つかっているからです。
 しかし、これも切りがないので、そろそろ刊行となります。

さて、先月、『家庭画報 国際版』(第23号 2009年春/夏号、世界文化社、1,200円)が刊行されました。これは、ウエブでは次のように紹介されている雑誌です。


国際派カルチャー&ライフスタイルマガジン

「どうして日本の文化を世界に向けて発信する雑誌がないの?」内外から聞こえるそんな声にお応えして、「家庭画報」が半世紀近くに亘って伝えてきた「日本の心」を、世界の人々に伝える新しい雑誌が誕生します。家庭画報特選『KATEIGAHO INTERNATIONAL EDITION』は、新旧の日本文化の中から「言葉を超えて共感を得る力」をもったものを切り取り、その奥行きある魅力を、世界中の人々に「立体的に」「美しく」「分かりやすく」伝える英字のビジュアル誌です。



 このきれいな写真に彩られた国際的な雑誌に、昨年の『源氏物語』関する記事が、パワーアップして掲載されています。

 家庭画報社のサイトから、読むことが出来ます。


 ドナルド・キーン先生の記事の背景は、国文学研究資料館所蔵の正徹本『源氏物語』です。それも、ここでとりあげられた巻の該当箇所の影印です。
 このこだわりを感じ取っていただければ、本誌に協力した者としては本望です。

 また、その後の『源氏物語』の翻訳本の表紙絵21点は、私の手元にあったものです。昨年以降に見つかった6点が加わっています。



090402kateigahou翻訳本いろいろ



 なかなかうまい構成の頁となっています。

 とにかく、頁をめくっていくのが楽しい雑誌です。
 日本の文化的なレベルの高さが、世界中の方々に実感してもらえる誌面となっています。

 今回、取材を受けるまで、私はこのような雑誌があることを知りませんでした。
 実は、昨年も『家庭画報』という雑誌を初めて手にしました。

 とにかく、ビジュアルなものは、コトバがなくても伝わるものが多く、情報を共有できるので、『源氏物語』の翻訳本の世界は、こうした幅広い理解に有益な資源となります。

 さらには、その内容から各国の文化理解と国際的な文化比較にまで及ぶと、これはまさに国際理解の素材ということになります。

 こんなすばらしい本がたくさんあるのです。
 多国語による『源氏物語』の翻訳本は、まさにこれからの国際的な文化を共有する上で、重要なアイテムとなるはずです。
posted by genjiito at 01:16| Comment(0) | TrackBack(0) | ◆国際交流

2009年04月01日

インド人留学生の眼(4)「よ〜し、インド留学決まったぞ」

 一昨日、インドから総合研究大学院大学の研究生として来ていたクマール君が帰国しました。
 直前に、いろいろと日本への思いを篤く語ってくれました。
 日本にいたい思いはどうしようもないのですが、現実は認めざるをえません。
 最後の最後の日まで、日本でアルバイトをして残る道を探っていました。しかし、それも現実に押しやられたのです。
 これでよかったと、私は思っています。

 2人で出した結論は、「インドへしばらく留学する」というものでした。

 長時間にわたり、さまざまな生き方を話しました。
 賢明なクマール君です。
 来年にでも、きっとすばらしい報告をしてくれることでしょう。

 私への今後の経過報告を約束してくれました。
 その第一便が、さきほど届きました。



よ〜し、インド留学決まったぞ〜〜

 最近、インドへ帰ることを考えると、心はズーンと、言葉にできない気持ちでした。
 それは、日本で「夢」ができたからかもしれません。
 それで、一応インドに帰って勉強して、バイトしてお金ためて、トンボ帰りしようと思っています。

 「そろそろ一年間ぐらいインド留学に行くよ」
と、日本人の友だちに教えると、皆からのコメントは
 「いい思いでよ」
 「インド留学中、マラリアに気をつけてね」
 「現地の女をナンパしないんだぞ、やばいから、手をつないだら婚約だから」
 「ちょっとヒンドゥー語を習った方がいいぞ」
 「現地の文化を肌で感じてよ」
こう言ったものでした。面白かったです。
 私は
 「はいはい、了解いたしました」
と答えました。

 日本人の友達皆が、首を長くして待っていると言ってくれました。
 戻ってくるためのモチベシーョンが上がりました。

 先日、住んでいた駒場の公園にあるベンチにも、渋谷のせわしない通りにも、帰ってくると約束をしました。
 皆、
 「待っている」
と、かすかな声で言ったような気がしました。

 そして、インドへ行く前にもう一回、海を見たかったから、横浜の港みらいというところに行って、夜景を見ながら、夜の海を見つめました。

 横浜の海にも、
 「お前、橋の上のその絶え間なく車の流れを守ってくれ、
 それを見つめているカップルをも、
 一人で震えているさびしい人をも守ってくれ」
と言いました。
 大波が引き起こされた気がしました。
 それで、
「はいはい、早く帰ってくれ、夜景すべてをそのまま守るから」
と言ってくれた気がしました。

 日本という先生に色々習いました。人生観が変わった気がします。
 しかし、何が変わったのが分かりません。
 ただ、今の私は、一年半前の自分と大きく違います。どう違うか分かりません。でも、今の自分の存在は、もっとスムーズに人生を生きられると思います。
 つまり、この人生の変化は好ましいものです。

 本当にありがとう日本、大好きだよお前、、、、、、大好き、、、、大好き、私を忘れないでください。

posted by genjiito at 01:21| Comment(0) | TrackBack(0) | ◆国際交流