2009年03月31日

「欧州所在日本古書総合目録」で原本画像を公開

 国文学研究資料館のホームページから、「欧州所在日本古書総合目録」を公開しています。

 ケンブリッジ大学のピーター・コーニツキ教授が、1988年から、ヨーロッパ各地にある日本の古典籍の調査をなさっていました。
 その書誌データのデータベース化に協力することとなり、これに着手したのが2000年の春でした。
 そして、インターネットへの公開を果たしたのは2001年11月でした。1年半の早業で、とりあえずの1879件の書誌情報を公開したのです。

 このデータベース作成に至る経緯は、本データベースの「About this catalogue」に、以下のようにまとめてあります。


欧州所在日本古書総合目録について

 本プロジェクトは1988年(昭和63)にイギリス北部のダラム市で行われたヨーロッパ日本研究協会の会議で、林望及びピーター・コーニツキーにより発足されたものです。それ以来、リーバーヒューム基金、故反町茂雄氏、ケンブリッジ大学などの援助を受けてきましたので、ここで記して、感謝の意を表わしたい。

 欧州所在日本古書総合目録プロジェクトは林・コーニツキーに企画された。助手としては、山口謡治君が四年間、主にパリ、ベルギーの各コレクションを調査し、またコーニツキーと一緒にストックホルム、ベルリン、ナポリ、ローマのそれぞれのコレクションも調査した。大英図書館およびオックスフォード大学付属ボドリアン図書館のコレクションは林が担当した。その他のコレクションはコーニツキーが調査に当たった。オランダ、ドイツの場合、ベルリンおよびハレのコレクション以外、既に刊行されているケーレン氏およびクラフト氏が作成した目録を頼りにした。入力は2001年までは、コーニツキーが担当した。その後の入力は国文学研究資料館が引き継ぎ、伊藤鉄也が担当している。2001年11月にweb公開し、検索システム等は大内英範が構築した。順次データの追加・更新を行なっている。

 末尾ながら、プラハの故リブセ・ボハチコヴァ氏、ロンドンの故ケネス・ガードナー氏、故反町茂雄氏、アレクサンドル・カバノフ氏、ヴァル・ハミルトン氏、ヒロコ・マックダーモット氏、小山謄氏をはじめ、数多くの司書の方々などに色々とお世話になったので、心からお礼を申し上げる次第です。






 以来、さまざまな問題点を解決しながら、順調に公開データを増やして来ました。

 一昨年あたりから、閲覧者が一桁アップという大好評をいただき、今もそのアクセス数は月ごとに増加しています。ありがたいことです。

 本年3月3日から「コーニツキー版 欧州所在日本古書総合目録」に、ケンブリッジ大学附属図書館の一部の蔵書について、原本画像を公開しています。


 これは、ここ数年の間に取り組んで来た、WEB版データベースの新たな利用形態を模索した成果の一部です。

 今後は、ケンブリッジ大学附属図書館所蔵の書籍の中から、コーニツキ先生と相談をして撮影した画像を、順次公開していきます。
 これは、今後とも原本画像の調査収集範囲も広げて行きたいと思っています。研究費と予算しだいですが。

 実際にご利用いただいての感想等をお寄せいただくと、さらにバージョンを上げる原動力となります。
 忌憚のないご意見等をお願いします。
posted by genjiito at 23:54| Comment(0) | ◆国際交流

2009年03月30日

『総研大ジャーナル No.15』刊行される

 総合研究大学院大学の定期刊行誌である『総研大ジャーナル 15号』(2009(平成21)年春)が刊行されました。



090330journal0表紙(右)と裏表紙(左)


 近日中に、総合研究大学院大学ホームページの電子ジャーナルとしてPDF公開されますので、ご覧いただければと思います。


 今号には、『源氏物語』の本文研究の現状について、拙稿「『源氏物語』本文研究の新しい時代」が掲載されています。
 公開されるまでのつなぎとして、一部を紹介します。


090330journal1記事冒頭部



 掲載された8頁分の最後の2頁には、『源氏物語』の翻訳状況と、さまざまな『源氏物語』の翻訳本の中から、中国語・ハングル・英語・フランス語・スペイン語・イタリア語・ドイツ語・ロシア語・フィンランド語・チェコ語・クロアチア語・ヒンディー語・タミール語・パンジャビ語の「桐壺」巻の冒頭部分を一覧できるようになっています。




090330journal2翻訳本のいろいろ



 こうした各言語による『源氏物語』の翻訳が、日本と諸外国との文化理解の一助となり、文化交流を盛んにする役割を果たせたらいいと思います。
 『源氏物語』の古写本の読解と共に、若者が日本古典文学を通しての、こうした異文化交流にも参加してくれることを待ち望んでいます。



 なお、前号の『総研大ジャーナル特別号(2008(平成20)年12月刊行)』では、昨年ノーベル賞を受賞なさった小林誠先生の特集号です。
 これは、すべての記事が電子ジャーナルとしてのPDFで読めます。



 今号も、私の記事の後が小林先生なので、文科系が露払いをしている、という形となりました。

 総合研究大学院大学は、理科系が主体の大学院大学ですが、文化科学研究科としては、以下の基盤機関が所属しています。

 国立民族学博物館
 国際日本文化研究センター
 国立歴史民俗博物館
 メディア教育開発センター
 国文学研究資料館

 文科系は、少ない予算にもかかわらず、元気に研究活動を展開しています。
 このような大学が日本にあることを、一人でも多くの方に理解してもらえたらと思っています。
posted by genjiito at 14:36| Comment(0) | TrackBack(0) | ◆源氏物語

2009年03月29日

銀座探訪(16)桜の咲き初め

 今日は、学生時代に、國學院大學でずっとお世話になっていた小林茂美先生を囲む「王朝の会」があります。
 3年ごとに開いているものです。
 先生は、もう83歳です。お目にかかれるのを楽しみにして、少し早めに出かけました。

 週末に東京にいるというのは、昨年の10月に源氏展のため、立川の会場に連日詰めていたとき以来です。
 早めというのは、銀座のスポーツクラブに午前中に行ってみたかったからです。

 首都高速都心環状線の西銀座入口の前を、銀座桜通りと言います。
 銀座といっても、東京駅に近い、西銀座の外れです。
 ここの桜は見事です。

 昨年の4月22日に、「銀座探訪(11)柳ではなくて桜満開」を、本ブログに書きました。

 その時の桜の見事さを思い出し、あれは4月下旬だったので、一と月前の様子を見てみました。


090328ginza1桜通りの桜


 わずか数本の木に、ほんの少しだけ花開いていました。
 満開までには、まだまだかかりそうです。

 一泳ぎして、地下鉄銀座駅から渋谷に行こうとしたところ、地下への降り口の横にある和光の右隣のパンの木村屋の店先に、造花ですが桜が満開でした。



090328ginza2これも桜


 銀座にも、着物姿の方が、ほんの少しですがいらっしゃいました。
 京都の百分の一にもならない数ですが。


 渋谷の丘を目指して渋谷駅から歩いていたところ、金王神社の境内から雅楽が聞こえてきました。
 金王桜の祭りをしていたのです。
 笛の音につられて、境内に足を踏み入れました。
 ここの桜は、もう八分咲きのようです。


090328konnou金王桜


 いい桜と、心休まる雅楽の音に、しばし立ち尽くしていました。

 小林先生は、非常にお元気でした。
 私を呼びつけて、いつものように話しかけられます。
 数十年前が、一気に押し寄せてきました。
 ご一緒におられた奥様も私の妻のことをよくご存じなので、「ピンクちゃん」と呼んで可愛がってくださっていた頃の話で弾みました。

 ご一緒に写真に収まるのも、本当に久しぶりです。


090328kobayashi

 足が不自由ですが、それ以外は、多少耳が遠くなられたかな、という程度でした。

 一昨日は、伊井春樹先生の近影を掲載しました。
 そして、今日は小林茂美先生と私の姿です。
 期せずして、『源氏物語別本集成』の編者3人が揃ったことになります。
 これも、何かの縁なのでしょう。

 充実した、久しぶりの東京での一日となりました。
posted by genjiito at 00:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 銀座探訪

2009年03月28日

『日本文学研究ジャーナル 第3号』完成

 伊井春樹国文学研究資料館館長が研究代表者となって進められている、科研費研究(基盤研究A)「日本文学の国際的共同研究基盤の構築に関する調査研究」の、平成20年度の研究報告書が完成しました。

 今回も、日本文学に関する研究報告書らしからぬ、非常にビジュアルな冊子となっています。


090326jarnal1表紙



 限定部数の印刷のため、手にしていただく機会は限られているかと思います。それでも、図書館などでご覧になるチャンスがあれば、どうか見て、読んでください。


 研究代表者である伊井館長の「はじめに」を引きます。


 科学研究費補助金基盤研究(A)による研究成果の報告書を年度末に刊行してきて、今年で三冊目をまとめることになった。海外との日本文学を含めた文化交流史、日本文学の翻訳、海外に所蔵される日本関係の資料の報告研究、その他関連する事項について共同研究を進めてきた。個々についての研究は長い歴史を持っているとはいえ、総合的に関連させながらまとめていくのはあまり例のないことであろう。ただ、それだけに範囲が広く、さらに大規模な共同研究の体制と資料の収集をはかる必要があるだろうが、ここでは大きな方向のもとに研究を進めているところである。その過程であらためて知ったのは、明治期に各国から日本を訪れた人々の写真や記録書の多さ、また日本人が海外へ向けて各言語によってまとめたチリメン本、これは物語だけではなく多様な種類があり、明治期の文化を支えた著名な人々の参加があること、また日本に写真機が本格的に導入された後での、日本の姿を知らせるための写真集の存在等である。とりわけ後者は、日本の風俗習慣、人物、建物、風景、ときには海外との違いをことさら強調する年中行事、日本人の作法なども存し、それが後世の海外における日本像への形成にもつながっていく。また、翻訳書についても、まずは古典文学に焦点を当てているとはいえ、重訳も多く、その実態をトータルとして知るのも困難な状況にある。
 本研究では残された時間は少ないこともあり、目的とした内容について当面はまとめることにする。ただ、この共同研究を通じて、海外における日本研究者との交流がさらに拡大し、情報も多く得るようになったのは大きな収穫といえよう。日本では知りえない翻訳書の存在、新たな日本に関する記録や写真、絵画を含めた資料の存在等、今後も可能な限り継続し、世界における日本研究、さらには人文学研究の活性化にもつなげていきたく願っている。





 目次は、こうなっています。
 写真が不鮮明ですが、判読いただければ幸いです。


090326jarnal2目次


 本科研の関係者のみなさまには、4月に入ってから発送いたしますので、いましばらくお待ちください。

 本科研の最終年度となる平成21年度は、『日本文学翻訳事典』として成果を問うことになっています。
 連携研究者研究者のみなさまには、各自の分担領域の翻訳本の解題のご執筆を、どうかよろしくお願いします。

 当初の予定では、1人年間10作品の項目を執筆することとなっていましたので、4年間で1人40作品の解題を提出していただくこととなります。
 いろいろとご多忙のところを恐縮ですが、最終年度のとりまとめに、どうかご理解とご協力のほどを、よろしくお願いします。
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2009年03月27日

伊井春樹館長の送別会

 伊井春樹館長の国文学研究資料館における任期満了に伴う退任のため、本日夕刻より立川で送別会が開かれました。
 たくさんの方々の参集をうけ、先生のさまざまな功績が再確認されました。

 文部科学省直属の組織が法人化し、そしてその評価、さらに品川から立川への移転、息つく暇もなく源氏物語千年紀のイベントと源氏物語展、と、実に多くの問題に対処し解決なさいました。
 端で見ていても、超過密スケジュールの日々の中、健康面が大丈夫かと心配ばかりしていました。
 とにかく、無事に任を全うされたことを慶びたいと思います。

 今日の先生の最後のご挨拶では、国文学研究資料館の草創期のお話が伺えました。


090326soubetsu送別会



 一つの歴史を作られた先生です。
 このあたりで、少し体を休めていただきたいのですが、どうもそうはさせてもらえない、というお話もありました。

 思い起こせば、私が伊井先生に初めてお目にかかってお話をしたのは、昭和51年だったと思います。
 私が、國學院大學大学院の博士前期課程の学生だったときです。
 昭和48年から伊井先生は、スタートしたばかりの国文学研究資料館におられました。

 昭和51年の秋、中古文学会が九州の太宰府天満宮でありました。そのとき、私が『源氏物語』の古系図に関する拙い研究発表をしたのですが、わざわざ挙手をして質問をしてくださいました。
 その学会の会場校が九州大学であり、そこで副学長をなさっていた今西裕一郎先生が、今度は伊井先生の後任の館長となられます。

 不思議なご縁というものを感じます。
 ご縁といえば、その後も続きました。

 昭和53年に私が博士前期課程を了え、大阪の高校の教員となるために東京を離れるときに、国文学研究資料館へご挨拶に行きました。先生からは、勉強は続けるようにとの、励ましのおことばをいただきました。

 その5年後の昭和58年に、伊井先生は大阪大学に着任されたのです。
 そして、高校の教員のための研修会で講座を持たれ、そこで聴講生だった私は、先生と再会することとなりました。

 平成3年、私が40歳になる直前に、研究者として生きるようにということで、大学の教員にしていただきました。

 平成9年には、今度は私が大阪大学大学院の博士後期課程に、社会人として入学しました。
 入試のための英語の勉強は、今思ってもきついものでした。以来、英語嫌いです、ということにしています。
 とにかく、正式に、晴れて先生の教え子になれたのです。

 平成11年に、今度は私の方が国文学研究資料館に勤務することとなり、東京での単身赴任生活が始まりました。
 大阪大学は中退ということになりました。博士論文は、少し遅れましたが平成14年に提出し、認められました。

 ところが、今度は平成16年に先生は大阪大学を定年退官の後、人間文化研究機構の理事として上京なさいました。国文学研究資料館は、この大学共同利用機関法人人間文化研究機構の傘下にある研究施設です。
 さらには、平成17年に、伊井先生が国文学研究資料館の館長に就任なさいました。
 そして4年経った今春、先生は大阪にもどられます。

 その間、33年にもわたり、ずっときめ細かいご指導をうけて来ました。
 もっとも、いつも叱られるばかりでしたが……。

 ところが、昨年の国文学研究資料館で開催した〈源氏物語展〉については、一言も苦言も忠告もいただきませんでした。今日も、あの展示図録はよかった、とのお褒めのことばをいただきました。
 このことは、展示終了後から、何度か伺っていたことばです。
 先生在任最後のお仕事のお手伝いで、やっと少しだけですが認めてくださったことが、私にとっては最高の賜り物です。

 さきほど、深夜にもかかわらず、先生からメールをいただきました。
 恐縮しながらも、ますます多忙の生活が想像される先生のこれからの健康が、とにかく気がかりになっています。

 体力と気力が勝負だということで、大学の教員になってからは、先生と同じようにプールとジムで体を鍛えてきました。
 しかし、このところ、先生は運動から遠ざかっておられます。
 ウオーキングが精一杯、という状況のようです。

 とにかく一息入れて、そして運動をしながら、また仕事という生活をなさる日々を送られることを、ひたすら祈るのみです。
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2009年03月26日

『源氏物語』の翻訳状況(2009.3.25版)

 3月24日の朝日新聞で、一頁全面を使って『源氏物語』をとりあげていました。
 その中に、「世界の「源氏」二十数カ国語に翻訳」というコラムがありました。
 そこに、気になる情報があったので、ここで確認しておきます。

 翻訳は英・独・仏語からアラビア語、オランダ語、クロアチア語、ヒンディー語など世界二十数カ国語に及び、タイ語やミャンマー(ビルマ)語などでも進行中だ。


 ここに、「タイ語やミャンマー(ビルマ)語などでも進行中」とあります。ミャンマー語は、確かに筑波大学のワインさんが翻訳を進めておられます。しかし、タイ語に関しては、本ブログの次の記事で報告したように、『源氏物語』の翻訳は私の知る限りではどなたもなさっていません。ただし、仲間のAさんが、『おさな源氏』の翻訳に手を着けようとしています。


タイ語訳『源氏物語』がないこと



 近年、さまざまな取材を受けますが、電話によるものは、後で思い出さないことが多くなりました。
 この記事が、電話取材を受けたものなのか思い出せないのです。
 私は、いつも手元に何か資料を取り出して取材に対応するので、タイ語訳の『源氏物語』を進行中と答えることはありません。とくに、タイは仲間が直接の関係者なので、確かな情報のはずです。

 上掲の新聞記事の情報源が私ではないのかも知れませんが、念のために正しい情報を提示して、再確認しておきます。

 ここには、今月初めにニューデリーのネルー大学図書館で見つけたウルドゥー語訳を、刊行されたものにして整理しています。

 私の元での最新情報です。
 さらに補訂すべき情報をお持ちの方は、ご教示いただけると助かります。



『源氏物語』の翻訳言語情報(2009.3.25版)

◆刊行されたもの 24種類◆
アラビア語・イタリア語・ウルドゥー語・英語・オランダ語・クロアチア語・スウェーデン語・スペイン語・セルビア語・タミール語・チェコ語・中国語(簡体字)・中国語(繁体字)・テルグ語・ドイツ語・日本語・ハンガリー語・ハングル・パンジャビ語・ヒンディー語 ・フィンランド語・フランス語・モンゴル語・ロシア語

◆現在進行中のもの 4種類◆
ウクライナ語(中断)・トルコ語(出版待ち)・エスペラント(作成中)・ミャンマー語(作成中)

◆未確認(あるらしい、というもの) 6種類◆
アッサム語・オリヤー語・スロベニア語・ハンガリー語・ヘブライ語・ポルトガル語・マラヤラム語

◆再挑戦が進むもの
イタリア語(中断)・英語(未確認)・オランダ語・フィンランド語(宇治十帖)

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2009年03月25日

『源氏物語』享受史の好著

 『『源氏物語』享受史の研究 付『山路の露』『雲隠六帖』校本』(小川陽子、笠間書院、2009.2、15,500円)が刊行されました。
 


090325ogawa小川さんの本



 私は、このような研究が好きです。
 本ブログでは、あまり研究書は取り上げないのですが、これは新鮮な研究成果が盛られているので、紹介します。

 まず、帯に記された内容紹介の文を引いておきます。


〈あるべき『源氏物語』の姿〉を追求するにあたって、〈創作〉という形をとった、『源氏』享受資料中特異な存在である『山路の露』と『雲隠六帖』。
『源氏』の続編とも言うべきこの二作品を、伝本の問題を中心に解読する。
また近世期『源氏物語』はすでに五十四帖という枠組みが出来ていたにもかかわらず、なぜこの二作品で、それを打ち崩すような出版が行われていたかなど、『源氏』享受史のなかの続編二作品の位置付けを目指す書。



 著者の小川さんとは、これまでにも国文学研究資料館で何度もお目にかかっています。研究員として在籍されていたのです。
 同じ研究会でご一緒し、お話もしています。
 また、書かれたものも、いくつか読ませていただいていました。
 しかし、こうした研究については、まったく話をしませんでした。
 今は、松江におられます。
 身近におられた時に、もっと教えてもらうんだった、と、少し悔しい思いをしています。

 小川さんの研究手法が、私の本文研究と通ずるものがあるのです。
 私よりも扱うものも、扱い方も違って、もっとしっかりとした研究ですが、それでも何となく親近感を覚える研究です。

 『源氏物語』の本文研究も、今でこそ話題にしてもらえますが、数年前までは見向きもされない研究テーマでした。
 小川さんも、いろいろと苦労があるのだろうな、と思いながら、頁を繰っています(本当にパラパラですが)。

 私は、資料を大事にする人に親近感を持ちます。この本は、659頁の大冊の半分は資料編(校本)です。これが、不動の価値をもたらしているように思います。

 小川さんはまだまだ若いので、これからが本当に楽しみです。

 こうして、これまでに書いてこられた論考を本にしてもらい、やっとその意義がわかるとは、私も自分の研究しか考えていなかったのだ、と恥ずかしい思いでいます。

 こうした地道な研究は、あまりなされていないようです。
 私にはわからないなりにでも、何とか理解してコメントがつけられるように、もう少し読みながら勉強させてもらいます。

 本当にいい本が生まれました。

 参考までに、目次を掲載します。




【研究編】

序章

第一章 『山路の露』論
 第一節 伝本二類の相互関係
 第二節 二類本の派生とその性格
 第三節 小君と右近の造型
 第四節 浮舟の造型と物語構成

第二章 『雲隠六帖』論
 第一節 伝本二類の相互関係
 第二節 二類本の伝流と享受
 第三節 伝本二類各本文の特色
 第四節 成立の背景と物語の性格

第三章 続編二作品の流布と享受
 第一節 中世『源氏物語』享受資料における続編
 第二節 近世『源氏物語』享受資料における続編
 第三節 版本『雲隠六帖』付載注釈書の性格
 第四節 近世における『山路の露』享受の一様相

結 章

【資料編】

『山路の露』校本
『雲隠六帖』校本

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2009年03月24日

総研大の学位授与式で湘南葉山へ

 総研大(国立大学法人 総合研究大学院大学)で博士の学位を取得した方々に、学位記が手渡される式典があり、出席して来ました。

 本部がある場所は、三浦半島の尖端にある葉山です。大平洋を臨む景勝の地にあります。しかし、非常に不便な所でもあります。

 次の写真は、大学が公開している航空写真です。
 ご覧のように、晴れた日には富士山が姿を見せます。
 手前の建物が、大学の施設です。


090324hayama3富士山



 また、太平洋の眺めも気持ちのいいものです。
 私は、この風景が好きなので、今日も丘に立ってみました。


090324hayama2太平洋


 そういえば、昨年は一度もスキューバ・ダイビングに行けませんでした。
 今年こそ、夏には行くことにします。

 総研大は、まだまだ知名度が低い大学です。大学院の博士後期課程だけの大学なので、修士課程を終えた人しか受験できません。
 あまり学生さんとの接点がないので、社会的にも認知度が低いのもムリからぬものがあると思われますが……。
 ただし、昨秋、小林誠先生(元教授・素粒子原子核専攻長)がノーベル物理学賞を受賞されたので、少しは話題になったことが朗報でしょうか。

 さて、本日の学位記授与式では、59名の方々が博士号を取得されました。
 その内、37名が理学で、文学は国文学研究資料館からの2名でした。
 この2人共に、いろいろと指導を通して関わった学生なので、私にとっても、いいハレの場でした。



090324gakui1学位授与式



 たくさんの方々が博士号を取得なさるように、との思いから、丁寧にお手伝いをしています。しかし、文学という分野は、成果が表れるまでには、膨大な時間がかかります。実験系とは異なる問題を抱えています。

 それでも、少ないながらもみんなよく勉強しています。

 今日、学位記を手にされた方々も、さらに研究を続けられることを願っています。
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2009年03月23日

京洛逍遙(59)京都着物パスポート

 京都市が粋な計らいをしています。

 「京都きものパスポート」を持って、着物姿で京都を歩くと、さまざまな特典があるのです。




090322kimonopass着物パスポート


 わかりやすいのは、地下鉄やバスが無料で、何回でも乗り降りできることでしょう。

 京都文化博物館や京都府立植物園の常設展や入園料が無料です。
 神社仏閣では、平安神宮の神苑が無料だったり、その他多くの社寺で、割引を受けたりお土産がもらえるのです。



090323kaworu平安神宮で


 この平安神宮でも、入園料の600円が無料になりました。

 イベント参加の優遇や、食事の割引などもあります。数多くの店が、お買い物に割引やおまけを付けています。

 スケールの大きな取り組みということもあり、この春の京の街には、着物姿の男女が溢れています。
 もちろん、女性が大半で、男性は女性に誘われての、しかたなしの態での着物姿と見受けました。

 この「京都きものパスポート2008」は、平成21年9月30日まで有効なので、まだまだ利用できます。
 街中のレンタル着物を借りても、数カ所回るだけで元が取れます。おつりが来ます。

 この企画は、すでに8年目になるのだそうです。
 街中を歩くと、徐々に定着してきていることが実感できます。

 何よりも、我が家の娘が、連日、自前の着物を着て京の街中を闊歩しています。
 先日も付き合いましたが、一緒に歩いていると、なんと着物仲間の多さが目に付くことか……。

 娘は自分で着付けができるので、一人で着物を着ています。
 しかし、一日中歩くと、やはり着崩れが心配だそうです。
 そこはよくしたもので、市は「着くずれレスキュー」という「きものお立ち寄り所」というものを考えていて、無料で着崩れを直してもらえる施設が市内にたくさんあるのです。
 「レスキュー対応」という表示のあるお店で、着付けはしてもらえませんが、直してもらえるスペースが用意されているのです。みなさん、この取り組みには並々ならぬ情熱を傾けておられるようです。よく考えたものです。

 京都以外では、松江や萩・津和野でも、こうした着物手帳を発行して、さまざまな特典が受けられる企画をなさっているようです。

 こうした試みが全国に広がると、みんなが自分の国の文化の奥深さを体験し、自国の理解を再確認することにつながるように思います。
 思いつきからスタートしたものだとは思いますが、私もその一人となることで、意義深い試みであることを知りました。
 陰ながら、応援していきたいと思います。

 もっとも、正月でもないのに着物姿というのは、やはり照れくさいもので、着物を着る勇気をもとめられます。
 若者はいいな、と彼らが頼もしく見えました。
posted by genjiito at 23:45| Comment(0) | TrackBack(0) | ◆京洛逍遥

般若心経の写経

 昨日、「みやこめっせ」の物産市で、蒔絵の万年毛筆を買いました。
 生来、書く文字が下手なので、潜在的に何とかしたい、という思いがあります。
 それが、時々、何とかしなくては、との思いから衝動的な買い物をします。

 これまでに、いろいろなお習字の手本を買いました。
 学生時代には、書道のお稽古にも行っていました。
 自分なりに、いろいろと努力と工夫はしているつもりですが、いかんせん続かないので、いまだに字を書くのが苦手です。
 その逃げ場として、ワード・プロセッサに飛びついたのも早かったのです。もう、30年近い前から、手書きがいやで、ワープロのお世話になっています。

 同じ事は、英語にも言えます。
 手元には、たくさんの英語教材があります。
 書籍は言うに及ばず、カセットテープ、ビデオテープ、CD−ROM、DVDなどなど、家族から呆れられるほど、さまざまな教材を持っています。
 それぞれに、それなりに使ってみたのですが、人間には向いていないものはあるものだ、という諦観から、その一つ一つとは距離を置くようになってしまいました。

 さて、万年毛筆が使いたくて、突然ですが写経をはじめました。

 家族は、もう何もいいません。勝手にどうぞ、という対応です。

 今日の書写作品は、こんな感じです。


090322singyou写経




 久しぶりの筆文字を書き、線がヨタヨタしています。
 こうして公言することにより、一回でも多く書写したいものです。
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2009年03月22日

風呂で源氏

 お風呂で使える受験参考書として知られる『風呂で覚える……』シリーズ(教学社編集部 編)は、多くの方がお持ちかと思います。

 我が家にも、何冊も揃えてあり、子どもたちが勉強用にお風呂で使っていました。
 手持ちのこのシリーズを列記しておきます。

『風呂で覚える古文文法』
『風呂で覚える古文単語』
『風呂で覚える百人一首』
『風呂で覚える漢字』
『風呂で覚える日本史』
『風呂で覚える世界史』
『風呂で覚える旅行英会話』
『風呂で覚える基礎英単語』
『風呂で覚える英語構文』


 私も、お風呂に入りながら、合間にこれらの本を読んでいました。
 これ以外にも、まだ他の科目が刊行されています。

 さらには、 風呂で読むシリーズ(世界思想社刊)として、『風呂で読む万葉旅情』『風呂で読む万葉花歌』『風呂で読む万葉挽歌』『風呂で読む 万葉の四季』『風呂で読む西行』『風呂で読む近代の名歌』『風呂で読む 続唐詩選』などもあります。

 こうした本を揃えると、お風呂はもう勉学の空間となります。


 そんな中に、『風呂で覚える入試源氏物語(イラスト付人物別学習)』というのがあります。



090321furogふろ源氏



 なかなかよく出来た本です。
 頭のリフレッシュに役立ちます。

 そんな時に、また別のお風呂で読む本を見つけました。
 〈風呂で読める日本古典文学選〉というものです。フロンティア文庫の中のシリーズです。
 以下のウエブサイトで、そのラインナップが確認できます。

 風呂で読める本


 この中に、『源氏物語 紫式部 与謝野晶子 訳文庫判』(価格 各525円(税込))というものがあります。




090318furog1



 平成17年に、この与謝野源氏全14巻が刊行されました。
 今回、実際にその本を手にして、とにかく驚いています。

 第14巻は「手習」と「夢の浮橋」を収録したものです。
 こんな感じで、本文が組まれています

090318furog5手習の本文

 しっかりとした印刷です。
 それも、お風呂でも読めるような配慮がなされているのです。

 さらに驚いたのは、この第14巻の後半には、『紫式部日記』を収載しているのです。


090318furog4『紫式部日記』


 古文のままですが、これは編集部が天和本を元にして作成した校訂本文のようです。

 こうしたテキストについては、巻末に次のように記されています。



090318furog3底本の明示


 与謝野源氏は、青空文庫のテキストを活用したものだということです。

 こうした出版がなされていることを知り、この情報の共有がなされていないことを残念に思います。

 ザッと見たところ、これはなかなか意義深い本のように思います。
 ただし、この本文がどのようにして作成されたものなのか、まだ疑念が残りますが。

 特に、『紫式部日記』の校訂方針が明記されていません。また、与謝野源氏の本文も、改変がないのか、気がかりです。

 いずれにしても、このようなテキストがみんなで共有できれば、日本の古典文学の理解と普及に有用なメディアとなります。

 さまざまな試行錯誤がなされていることは、まだまだ日本の文化が広まる要素がたくさん残されている、ということになります。

 少なくとも、『源氏物語』をみんなが読みやすいテキストで読める環境を作ることは、1日も早く実現したいものです。

 その意味では、お風呂という場所も、その利用価値は大きいと言えるでしょう。
posted by genjiito at 23:47| Comment(3) | TrackBack(0) | ◆源氏物語

2009年03月21日

浅田次郎の講演会

 岡崎公園の中にある京都市勧業館「みやこめっせ」で、浅田次郎氏の講演会がありました。
 少し気になる作家だったので、行って聞きました。

 演題は「わたしの好きな京都」という、一人語りができそうなテーマです。


090321asada淺田次郎



 実は、私は浅田氏の本をまだ1冊も読んだことがありません。
 原作となっている映画も、まったく見ていません。
 京都を舞台にした作品が多いので、気になっていたのです。

 お話は、とりとめもなく始まり、脱線しながら、なんとなく終わりました。
 作家らしい、軽妙な話しぶりでした。

 話を聞いている内に、私と同年であることがわかりました。
 話の内容も、私と同じ体験が随所に出てくるので、親近感を覚えました。

 三島由紀夫の割腹自殺の時は、真相究明のために自衛隊に入ったのだそうです。
 私も、あの時はすぐに原稿を書いて、朝日新聞の声の欄に投書したものです。小さく掲載されたことを記憶しています。

 『輪違屋糸里』では、新撰組の羽織は、菱屋のものにしたが、本当は大丸だ、などと小説の舞台裏などにも話がおよびました。

 学問をするには、京都はイメージしやすい環境にあるので、適しているのだそうです。
 また、パソコンで書く小説が長くなるのは、積み重ねて書くからだそうです。つまらない、長いものになるとも。

 そして、浅田氏は、短い言葉で表現するのが日本文学だとの考えから、万年筆で原稿用紙に書いておられます。
 短くて、端的に表現できるようになるからだとか。

 最後は、京都は四季がはっきりしているので美しい、という話で終わりました。ちょうど1時間のお話でした。

 その後、しばらく質疑応答の時間がありました。

 戦争についての言及に関して質問が出たときには、これには考えながら、本気で答えておられました。

 なかなかおもしろい講演会でした。


 会場を出ると、別の部屋で「源氏物語五十四帖の抹茶碗」という展覧会をしていました。



090321gchawan源氏抹茶碗



 写真撮影の許可が得られなかったので、丁寧に見てまわりました。
 しかし、作家の方々の経歴の華々しさに比べて、その作品に描かれた源氏絵や意匠には、あまりいい印象を持ちませんでした。
 雑な感じがしました。
 みなさん、著名な方々なのでしょう。しかし、『源氏物語』を読んだことのない方が、こうした作品を多少無理をして作り上げた、というものが多いのではないでしょうか。
 これは、京焼・清水焼の匠21名の技を展示するものだ、とありました。
 焼き方からの制約でもあるのでしょうか。それでも、私がいいと思うものは、1つもありませんでした。
 勝手な印象批評で申し訳ないのですが。

 展示の仕方といい、訪れる人の少なさといい、『源氏物語千年紀』のブームが去ったことを教えてくれる、かすかな余香に甘んじた展覧会でした。
posted by genjiito at 23:44| Comment(0) | TrackBack(0) | ブラリと

2009年03月20日

クマール君が審査員特別賞を受賞

 インドから来ている国費留学生のクマール君が、先日のスピーチコンテストで審査員特別賞を受賞しました。


090318serficate賞状



 日頃から、日本の文化に興味を持ち、いろいろと感じたことを話してくれていました。
 その一端は、本ブログでも、「インド人留学生の眼」として、3回にわたって紹介してきました。

(1)日本人はシャイか?


(2)「日本の常識の不思議」
(3人の方から励ましのコメントを付けていただきました。ありがとうございました。)


(3)「年末に実家で考えたこと」


 こうした知的好奇心に溢れる彼の眼から見た日本について、思いの丈を語ったことが評価されたようです。

 私が海外出張続きだったので、帰ってきたら早速、賞状を持って報告に来てくれました。

 この3月でインドへ帰国、という問題と直面している時期でもあり、お互いにとっても非常にいいタイミングでの成果でした。これからの大事な宝物になると思います。

 クマール君から、以下のようなコメントをもらいましたので、披露いたします。



「審査員特別賞を受賞して」


 人生で初めて、日本語スピーチ大会に挑戦しました。
 ちょっとドキドキしながら。。。
 なぜかというと、日本は恥の文化だということを、違うのだと訴えに行ったからです。
 杉並区交流会のビルに入る時まで、どんな話すればいいかと不安を抱いていました。しかし、そこまで、いろんな電車も乗り換えて行ったので、一回やっちゃえばいいと、みんなの反応はやってみなきゃわからない、という気持ちでした。
 舞台に立って、みんなの前でスピーチをすると、なんと音調は低かったのです。ちょっと変な話だから、自信もって話していなかった。
 しかし、私が初めの部分を終えると、皆が笑ってくれました。それで自信が湧いてきて、音調が高くなり、元気いっぱいの声で最後までスピーチをしました。
 エントリーした12人の皆が、それぞれのスピーチを終えると、後で日本の現地の人に褒められました。皆がショックを受けたと言ってくれました。
 恥の文化じゃないという時、それなりの理由を挙げているから一理がある、と日本のある女の人に言われました。色々お話させてもらいました。
 途中であきらめずに舞台まで行って、自信がくじけそうになっていても、そのままで最後までスピーチをしてよかったという気持ちでした。
 最後に、審査員特別受賞をもらいました。やった。
posted by genjiito at 20:15| Comment(1) | TrackBack(0) | ◆国際交流

2009年03月19日

京洛逍遥(58)仁和寺の裏道

 今日は一日中、陽明文庫に籠もって『源氏物語』の写本と睨めっこをしていました。
 『源氏物語別本集成 続』の底本にさせてもらっている、陽明文庫本の最終確認です。

 陽明文庫の庭にも、春の草花を見かけるようになりました。
 フリティラリアという花で、アミガサユリとも呼ばれる花が、玄関に咲いていました。



090319youmei1アミガサユリ


 裏には花畑があるようなので、また報告します。

 写本には、不思議な魅力があります。
 20年ほど前に「あ」と読んだ文字でも、今じっくりと見ると、「あ」で正しいのですが、書写者は「お」と書いたとしか思えない例などがあります。
 文字が写された情況が見えてくると、そこに書かれた文字も、字形だけでは読めないことばの世界が広がってきます。
 翻刻の難しさを痛感すること、しばしばです。

 今日は、22玉鬘から27篝火までの6帖を拝見しました。
 虫食い箇所が多いので、〈判読〉とせざるをえないものが、たくさんありました。

 自転車での帰りがけに、名和先生から我が家までの裏道を教えてもらいました。
 今日は、北野白梅町から大将軍を西に向かい、かつて娘が住んでいたマンションの前を通って妙心寺沿いに来ました。
 立命館大学から竜安寺への道は、近いのですが坂が急です。そこで、坂のない道を迂回したのです。
 それでも、30分ほどかかりました。

 教えてもらった帰り道は、陽明文庫の入口に近いところにある、小さな石段を抜けて行く方法でした。


090319youmei2電柱の陰の石段


 電信柱の陰の石段を数段登ると、御室八十八カ所霊場巡りのための、成就山八十八カ所巡拝道路に出ます。
 自転車は、抱え上げて行くことになります。



090319youmei3


 巡拝道に居並ぶ祠の、第三番から第八番の間を歩くように、と言われました。


 第八番のお堂が、1つのポイントです。


090319youmei4第八番



 このお堂が見えたら、すぐ右の細道に入ります。



090319youmei5


 なかなか趣深い道が続きます。
 池のほとりを通り抜けると、宇多天皇御陵への石碑の前に出ます。




090319youmei6宇多陵


 ここからは、平坦な舗装道路となります。仁和寺のちょうど真裏にあたります。


 しばらく自転車を進めると、こんな道標に出会いました。



090319youmei7道標


 この次の機会に、光孝天皇、一条天皇、二条天皇の御陵にも参拝しましょう。

 この後は、等持院、立命館大学の南側、平野神社、わら天神、千本焔魔堂、紫式部墓所を通って、我が家へと帰りました。30分もかかりませんでした。

 生ぬるい風を受けながら、一仕事を終えてのサイクリングでした。
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2009年03月18日

心身(31)体力はまだありそう

 最近、いろいろと体力と気力の衰えを痛感する日々です。
 今回のハードな海外出張も、どうなることかと内心では心配でしたが、それなりに無事にこなしました。
 無病息災にホッとしています。
 ただし、イタリアに入ってすぐに、鼻水が止まらなくなったことには閉口しました。
 この鼻水は、昨日帰国した途端に、スッキリと止まりました。
 今日の東京の黄砂にも、私の体は何の反応もしませんでした。
 やはり、イタリアのミモザに反応したのでしょうか。
 とにかく、一安心です。

 銀座のスポーツクラブに立ち寄り、体力測定をしました。
 時差ボケと緊張する日々を過ごしたために、惨憺たる結果を予想しての、強行のテストのつもりでした。悪い結果がでれば、明日からまた気を引き締めて生活できます。

 結果は、18歳の体力だとのこと。
 いつもと同じ結果です。喜んでいいのか、少々複雑です。
 あの体力測定用の自転車は、本当に正しい評価をしてくれているのでしょうか。
 今度、よほど疲れている時に、テストをしてみましょう。

 水泳もしました。
 多少息が上がりましたが、それなりに泳げました。

 とにかく、日々の運動で、現状を維持することに務めましょう。
posted by genjiito at 02:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康雑記

2009年03月17日

プリンタはボックス型からノート型に

 修理に出したヒューレット・パッカード社のプリンタは、やはり新品との交換でした。
 ヒューレット・パッカード社は、原則として修理はせずに、新品を渡して対処したことにするようです。
 すると、動かなくなった商品はどうなるのかでしょうか。先日の電話では、各自で処分してくれ、とのことでした。
 今回も、引き受けたビッグカメラが、そのまま廃品回収にだすのでしょうか。

 いずれにしても、環境問題が云々されるこのご時世に、このヒューレット・パッカード社の方針には荷担できません。
 今回のプリンタの交換は、ビッグカメラのサポートのようで、どのメーカーのものでも、今回購入したプリンタの代金までならそのまま引き渡しとなるそうです。もし追い金が必要なものなら、差額を支払えば構わない、とのことでした。

 今回動かなくなったプリンタは、いわゆる複合機と呼ばれるものです。プリンタ機能以外に、スキャナやコピーができ、ネットワーク対応のものです。便利でしたが、ヒューレット・パッカード社に嫌気がさしたので、気分転換に携帯型のブックタイプのプリンタにしました。

 かつて、海外への長期出張などには、キャノンのインクジェットノートプリンター「BJ-10」というものを持って行きました。1990年の商品です。非常にコンパクトでした。数年前まで、娘が留学中に活用していました。いまも、現物はありますが、もう動きません。

 今回、これを思いだし、現在の商品を調べたところ、「PIXSUS iP100」というのがありました。携帯型といっても、多機能になっている分、かつてのものよりも一回り大きくなっていました。

 価格も、2万5千円です。7千円ほど追い金が必要ですが、これにしました。

 大きな箱形から、小さなブックタイプへと、プライベート用のプリンタが大きく変わりました。

 必要に応じて、適当に持ち歩こうと思います。

 別の会社のコンパクトプリンタもありましたが、さらに大きかったので魅力を感じませんでした。

 小型のプリンタは豊富な機能は不要なので、可能な限り小さいモノが商品化されることを望んでいます。

 京都の実家には、複合機とインクジェットプリンタの2台があります。
 職場のレーザープリンタを含めると、いろいろなプリンタが身近にあることになりました。
 適度に使いこなすことにします。

 とりあえずは、今夜から海外出張の報告書の作成に活用することとなります。
posted by genjiito at 23:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑記

2009年03月16日

接客の基本を忘れたアリタリア航空

 帰りのアリタリア航空は、行き以上に低レベルのサービスでした。というよりも、社員教育が行き渡っていません。

 まず、出発が搭乗後に2時間遅れたのですが、その説明がよくわかりませんでした。
 機内で2時間も座ったままで放置されるのですから、もっと情報を与えてほしいものです。
 機内に乗り込んで離陸を待つ状態なので、iPhoneで音楽を聴いていいものやら、パソコンを使って仕事をしていいものやら、皆目わかりません。ただ、時間だけが過ぎていきます。
 非常に無責任な対応だと思いました。

 出発直前に、座席の上の手荷物入れの蓋が、どうしても閉まらない様子でした。
 私は機内手荷物は座席の下に置くので、上は使いません。しかし、入れていた人はハラハラしておられました。
 側面のラッチなどをガタガタ言わせて、試行錯誤の末に何とかカチッとしまりました。
 こんなことは、あらかじめ整備しておいてほしいものです。
 運航中に開くと、荷物が飛び出してきて、ケガをすることになるのですから。

 上空で、昼食という機内食がでました。しかし、すでに午後6時近いのですから、昼食ではありません。
 私は、和食を頼みました。お蕎麦が食べたかったからです。
 しかし、箸が付いていないので、透明のプラスチックのフォークで、お蕎麦やご飯をいただくことになります。
 何とも気遣いのないことです。
 一膳の箸が和食には必要であることが、どうやら理解出来ていないようです。
 乗客の大半は、日本へ帰国する人です。だからこそ、お蕎麦やご飯をだしてくれているのではないのでしょうか。

 また、食事を渡すときも、もっと丁寧に扱うべきです。
 豚の餌を配っているのではないはずですから。よそ見をして仲間と喋ってばかりいないで、しっかりと手渡ししましょう。
 コーヒーをもらうとき、普通はトレーの上にカップを乗せてやりとりをします。しかし、今日のアテンダントの方は素手でカップを掴んで、そのまま熱いコーヒーを注ぎます。横着の極みです。
 ところが、少し揺れたためか手にこぼれてしまい、アッチッチと言いながら手を振るので、横にいた私はハラハラしました。
 接客の基本を忘れているようです。

 テレビを見ようと思い、座席の肘掛けのコントローラーを手にしたところ、細長いプラスチック製のコントローラーが、繋ぎ目のところで2つにパカッと割れていました。はめ込んで少しはましなように直してあげました。
 エア・インディアではないですが、また感電しないかと心配になりました。
 そして、コントローラーが不調で、一度設定した画面を変えることができないのです。
 いろいろと試しましたが、まったく画面が変わることはありませんでした。エンドレスで、何時間も同じ番組を流し続けていました。
 画面を暗くすることもできません。酷いものです。
 どうやら、機器のメンテナンスをしていないようです。

 機内の後ろにドリンクを取りに行った時も、女性のアテンダントの人はひたすら喋りまくり、男性はパソコンでゲームに熱中しておられました。往きの時と一緒です。この飛行機会社の人は、ズーッと仲間同士で、休む間もなくしゃべっています。
 また、女性のアテンダントの方の日本語は、お二人ともに、敬語表現が未熟でした。そして、つっけんどんな対応です。
 日本語の運用能力は、相当劣った方々と見ました。
 教えてもらった敬語が使える、というレベルの日本語運用者でした。それも、日本語のネイティブの方がです。
 この会社は、さらなるスキルアップどころではなくて、基本的なマナーと態度を覚えてから現場に出すべきです。

 機内放送で、イタリア語の飛び跳ねるような早さには何とも言えませんが、英語は非常に汚い米語のように聞こえました。スマートな英語とは似ても似つかない、気持ちの入らないままに紙に書かれた文章を早口で読み上げる口調です。投げやりな米語、という雑音でした。

 食事を下げるときに、男性の二人はペチャペチャ喋るばかりで、手がお留守です。
 私のトレーを下げるときも、よく見ずに引き取ろうとして、落としそうになっていました。ジュースの入ったコップなどがあったら、どうなっていたでしょうか。

 手荷物を取りに行く時に、ビジネスに乗っていた人の話が聞こえてきました。
 パソコンの電源コネクタが合わなくて、アテンダントに聞くと、日本製のパソコンの電源に対応するコネクタは置いていない、と言われたそうです。
 私はその特殊形状のコネクタを持参していたのですが、エコノミーにはこうした電源プラグは元々ないので、めったに使うことはありません。もしかして、と思って持っています。
 普通は、こうした丸形の中にピンのある特殊な形状のコネクタを持ち歩く人はほとんどいないはずです。アリタリア航空では、貸し出す用意をする気もないようです。
 件のビジネスシートの客の方は、何とかならないかと交渉なさったそうですが、にべもなく断られたそうです。
 そのため、パソコンを使っての仕事がまったくできなかった、とぼやいておられました。
 ビジネスシートの客への対応がこうした体たらくでは、エコノミーも頷けます。

 どうやら、アリタリア航空は、従業員の教育からやり直す必要がありそうです。
 一乗客の私が言うことではないでしょうが。

 それに比べると、JALやANAは、教育がいいことが実感できます。

 私の一番お気に入りの飛行機会社は、タイ航空です。そして、JALとANAでしょうか。

 最悪なのは、KLMです。これは酷い航空会社でした。

 今回のアリタリアは、それに次ぐ、ワースト2です。

 アリタリア航空は、エール・フランスに買収されるところを、イタリア政府がプライドから支援して救済したために、吸収合併に至らなかったということです。果たして、これはよかったことでしょうか。

 さらなる企業努力が必要な航空会社のようです。

 あまり貶してばかりでもいけません。
 1つだけ褒めると、着陸はショックを感じさせないほどに、ごく自然に接地しました。まさに、スーッと、という感じでした。気象などの関係もあり、運も手伝う着陸ですが、今回はうまくいった方だと思います。
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2009年03月15日

血糖値の管理

 海外で血糖値を管理するのは大変です。
 食事が日頃と違うからです。
 外食が多くなることも要因としてあげられます。
 また、バターなどの油分が多いこともあります。

 今日で、すべての仕事を終え、ローマの地を離れることとなります。

 今回は、身体の上では、非常に厳しい状況で移動をしていました。

 ヴェネツィアに入ってすぐに、鼻水が出だしました。これが、今日に至るまで、止まりません。水洟です。日本でなら、花粉症の症状です。

 私は、花粉症の傾向はありますが、そんなに酷くはありません。
 しかし、ヴェネツィアからの鼻水の量は、相当なものです。
 体力を消耗していることが、自分でわかるほど辛い状態が続きました。
 熱もなければ、咳もでないので、風邪ではありません。
 イタリアでは、風邪が流行っているとのことでしたが、私の症状はそれとは異なります。
 花粉症もあるそうで、ミモザをはじめとして、さまざまな原因があるようです。

 あまりにも苦しいので、フィレンツェで、いつもお世話になっている鷺山先生にご相談をし、栄養ドリンクのようなものを探してもらうことにしました。滋養強壮に、というやつです。

 薬局で聞いてもらいましたが、いわゆるリ「ポビタンD」や「アリナミンA」のようなドリンクはありませんでした。
 薬剤師のような人が、水に溶かして飲むタイプのビタミン飲料用のパウダーを勧めてくれました。



090315drinkAstenase



 箱には、Lアルギニン、マグネシウム、鉄、ビタミンC E PP B5 B6 B2 B1 B12 などが入っていると書いてあります。


 スポーツドリンク代わりにはなるだろうと思い、一箱買いました。一袋100円くらいです。

 これは、連日苦しめられた、水のような鼻水には効きませんでした。しかし、意外にも、血糖値にいい影響を与えたようです。

 今回の行程での血糖値の推移は、出発日から抜き出すと、こんな数値です。
 インド帰り直後の疲労からか、イタリア入りは高い数値でのスタートでした。

 144 - 137 - 142 - 104 - 118 - 95 - 116


 見ると一目瞭然です。
 「104」となった前夜から、フィレンツェで買ったパウダーをミネラルウォーターに溶かして飲み始めたのです。

 これは、いろいろな要因があってのこととしても、重要な点であることには違いなさそうです。

 このドリンクは、日本で言う「蕃爽麗茶」や「健茶王」という血糖値をコントロールする健康保険飲料に類するものの働きをしたのでしょうか。
 どなかた、この分野に詳しい方がおられたら、教えてください。
 もし、これが私の身体に合うものならば、継続して飲用してもいいのでは、と思っています。

 今回の旅での、意外な発見だったかもしれません。
posted by genjiito at 17:41| Comment(0) | TrackBack(0) | ◆国際交流

携帯電話で起こされる

 iPhoneが電話の着信を知らせてくれました。
 こちらローマは、まだ朝の4時半です。日本のお昼過ぎです。

 画面には、「非通知設定」と表示されているので、誰からかわかりません。
 iPhoneを使うようになってから、海外でこうした早朝の電話を受けることには慣れました。すくなくとも、現地滞在先の方からでないことは明らかです。

 電話は、ビッグカメラ有楽町店からでした。
 今回出発する前日に修理を依頼したプリンーについての連絡です。

 結論としては、無償交換となるそうです。
 これは、ヒューレット・パッカード社の対応で分かっていました。
 修理という面倒なことはしないで、そっくりそのまま新品と入れ替えて終わりにする、という、使い捨て思想のアメリカらしいやり方です。
 これが、今の時代に、そしてこれからに相応しいかというと、自然や環境保護などの観点からは、やってはいけないことです。しかし、それが言えるのは経営に余裕のあるときだけです。今の不況の中では、そんなきれい事ことは言ってはおられないのでしょう。
 環境破壊は、見て見ぬ振り、ということのようです。

 それはさておき、お店に行けば新品がもらえるとのことでした。ただし、同じ商品でなくても、差額を払えば何でもいいそうです。

 ヒューレット・パッカード社の在庫処理のお手伝いも兼ねて、帰国早々にでも、有楽町へ行くことにします。

 帰ってからすぐに、さまざまな報告書を作成しなくてはなりません。
 プリンタは、文書の確認には必需品です。

 出発前に修理に出しておいてよかったようです。

 そして、連絡先を携帯電話にしていたので、こうして迅速に連絡がもらえたのです。今後の予定がたてやすくなりました。

 早朝の電話で起こされるのは困りものですが、携帯電話はうまく使えば便利なものです。
 自分の居場所を配慮した電話がもらえると助かりますね。
 そんな機能を、今後はiPhoneに設定してもらいたいものです。
 アップルならやりそうです。
posted by genjiito at 16:03| Comment(0) | TrackBack(0) | ◆国際交流

ホテルマンとハイタッチ

 ローマのホテルに入ってすぐに、40分にわたってフロントで悪戦苦闘をしました。
 部屋に入ってからすぐに、発行してもらったパスワードでインターネットにつなげようとしても、どうしてもつながりません。

 そこで、フロントにパソコンを持参して、不具合に関して説明しました。受付の女性は、しばらくは、「あなたが何か設定を間違えているんじゃないの?」という顔での対応でしたが、私が通信の専門用語を連発し、コンピュータ用語を駆使して意味不明な英語で語りかけようとしているのを、ただ事ではないと察知してか、すぐにSE(システム・エンジニア)を呼んでくれました。

 このSEさんがいい人で、丁寧にステップを踏んで、不具合の原因を探ろうとしてくれていました。
 私が時々口をはさむと、ワシもマッキントッシュを使っているのでよくわかっている、と言って、いろいろと試してくれました。しかし、つながりません。

 支配人が出てきて、ホテルのパソコンを使ってもいい、という提案をしてくれましたが、日本語が使いたい、ということと、自分のアドレスとこれまでの記録を活用したいことを理由に、お断りしました。とにかく、このマシン(AirMac)をインターネットにつなげてほしいと。
 SEさんは、「よっしゃ」と言ったかどうか、とにかく任せろ、といったマック仲間のよしみでの誠意を見せてくれました。

 それからは、支配人とSEと私で、ああでもない、こうでもない、と、いろいろな設定をしました。
 それでもだめです。
 3人で一台のマッキントッシュを何とかしようと共同作業をしているうちに、この支配人もパソコン好きで、おそらくマッキントッシュのユーザーのようなのです、聞きはしませんでしたが…。

 ついにSEさんは、どこかへ電話をしました。そして、ポップアップ・ウィンドウの設定はどうなっている、と聞かれたので、ONにしていると答えると、それではOFFにしろ、と命令口調で言われました。

 私は素直に、ブラウザーであるサファリの設定画面を出して、環境設定から指示された項目をOFFにしたところ、たちまちインターネットにつながったのです。
 その瞬間、3人が同時に思わず歓声をあげました。

 ホテルのフロントサイドでの、40分間の小さなドラマでした。

 夕食に出かける時に、ホテルの入口で支配人と出会いました。
 どうしたわけか、お互いがすれ違いざまにハイタッチをしていました。
 もう、言葉などはいらない、反射神経のコミュニケーションでした。
 周りの人はもとより、フロントの人にもわけが分からない、私と彼の行動だったことでしょう。

 見ず知らずの人と、それも海外で、喜びを共に分かち合うとは、気持ちのいいものです。

 6年前のことを思い出します。

 インドの写真屋さんで、デジタルカメラのデータの加工や変換について、私がその店のスタジオに入って、その店の技術者にいろいろと指導をしたことがあります。
 私も見たことのない大きな機械を前に、写真データの取り扱いを説明したものです。

 私は、データをCD−ROMに収録してほしかったので、その注文を依頼しに行った単なる客でした。それがどうした流れからか、とにかくその店の技術者がよくわかっていないようだったので、それなら自分でやれるのか、と言われたことへの勢いで、私はコンピュータと写真に詳しかったこともあり、自分で店の機器を操作する、ということになったのです。

 そのインドの店は、今でも大々的に営業をしています。私が教えてあげたテクニックは、今でも活きているのでしょうか。
 店頭を通るたびに、素人の私が、写真の専門家に技術指導をしたことを思い出します。
 あの時も、難しい変換と加工ができて、CD−ROMが完成したときは、お店の人と一緒に喜び合いました。私も、身振り手振りの説明を理解してもらえたことがうれしかったことを覚えています。

 専門の方との試行錯誤を経た共同作業の後の達成感は、なかなかいいものです。
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2009年03月14日

イタリア語に訳された日本古典文学

 今回も旅の途中では、こまめに書店に出入りして、イタリア語に翻訳された日本の古典文学作品を買い求めました。

 その中から、10冊ほどを紹介します。
 少しずつ、私のライブラリも充実していきます。

 まず、左から、『土左日記』『竹取物語』『藤原定家歌集』です。



090313book1『土左日記』ほか




 次は、『堤中納言物語』『落窪物語』『住吉物語』です。



090313book2『堤中納言物語』ほか





 私は、海外での翻訳本の表紙に興味があります。そこには、文化が映し出されているからです。
 次の『枕草子』『源氏物語(宇治十帖)』『源氏物語(英文・研究論文集)』『浜松中納言物語』の表紙は、非常に興味深い日本文化の受容を見せてくれます。
 『枕草子』は、中国の映画でも、アダルトものとなっていました。「枕」からの連想でしょうか。



090313book3『枕草子』ほか



 懇意にしていただいている先生方の翻訳本も、この中に数冊あります。すでに献本していただいていたら、旅先でのこととして非礼をお許しください。
 タイトルも、中身もわからずに、表紙の印象だけを頼りに、そして感で書棚から取り出すという買い方なので、すでに持っている本もあることでしょう。あるいは、表紙だけが代わった、というものもあることでしょう。
 それもこれも、持ち帰ってからの楽しみです。

 探せば、もっともっと翻訳本はあるはずです。
 楽しみながら集めているので、折を見て、少しずつコレクションを増やしていくことにします。

 こうした翻訳本では、原作の日本文化がどのように異国語に、海外の人たちに分かるように置き換えられているのか、興味深いテーマがたくさんあります。
 しかし、残念ながら翻訳されている内容は、とても私の手に負えるものではありません。
 どなかた、精査してください。

 翻訳と文化というテーマは、これからの日本文学研究においては、ますます重要な分野となるはずです。
 日本語しか理解できない自分がもどかしいのですが、これはこれからの若者にバトンタッチすることになります。
 『源氏物語』の本文研究がそうであるように、これまで通り、あくまでも私は資料の収集と整理に徹します。

 『源氏物語別本集成』(おうふう)同様、近刊の『源氏物語【翻訳】事典』(笠間書院)を活用して、異文化コミュニケーションの調査研究が、今後とも盛んになることを期待したいと思います。
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おしゃれなローマ大学

 フィレンツェのサンタ・マリア・ノベッラ駅からローマのテルミニ駅には、このユーロスターで着きました。 
 このホームにも、青色の自動販売機が見えます。清涼飲料水やスナック菓子が買えます。


090313trainユーロスター



 ローマの中心地であるテルミニ駅から5分の所にある、ローマ大学の東洋研究学科の建物は、非常におしゃれです。
 中心地にある、ということのために敷地はせまいのですが、そのセンスの良さは抜群です。


090313univ1キャンパス



 爽やかな色の建物に囲まれています。
 教室は、こんな感じで並んでいます。
 その色が新鮮です。奥の扉の向こうに、先生方の研究室があります。


090313univ2教室



 ここで、ローマ大学の日本語・日本文学に関する現況を、M先生からお聞きしました。
 不況のために日本語能力を生かした就職は困難だそうです。それでも、日本語の勉強をしようとする学生は減らないとか。魅力のある学科となっているようです。
posted by genjiito at 06:21| Comment(0) | TrackBack(0) | ◆国際交流

2009年03月13日

フィレンツェの満月とお寿司

 深夜、お腹がすいたので、フラリとドゥオモの周りを徘徊しました。
 泊まっているところがすぐそばなので、夜の観光です。

 中央市場あたりは少し物騒なので、反対側の、より安全な方へ脚を向けました。

 まずは、24時間営業の本屋さんで、読めもしないイタリア語の本がぎっしりと詰まった書棚を見て回りました。
 地上3階、地下1階の、本格的な書店です。なんでもありそうです。
 文字が読めないので、平積みの本の表紙の絵を手がかりに、何冊かの日本に関する本を見つけました。
 息子への土産として、イタリア料理のレシピを書いた本を買い求めました。
 ここトスカーナは、食材やワインが豊富なところのようです。

 夜10時過ぎの、ドゥオモとジョットの鐘楼です。



090313duomo大聖堂と鐘楼




 ちょうど、満月が見えました。



090313moon満月が



 一際明るいライトの少し右上でドゥオモの壁面のすぐ左に、遠慮がちな満月が天空に置かれています。もう少しここに佇んでいたら、きれいに見上げることができるのでしょうが、寒いのでその場を離れることにしました。

 そこから少し東北に歩いたところで、待望のお寿司屋さんを見つけました。





090313susi1寿司まにあ


 店のネーミングがいいですね。

 世界の回転寿司屋を探索している私としては、回転していなくても、こうしたテイクアウトの店も情報収集しています。

 まぐろとエビとサーモンと巻き寿司しかありませんでしたが、ヴェネツィアには寿司屋が見あたらなかったので、これがイタリアでの初めての収穫です。

 私は、サーモンの手巻きを買いました。これで、700円くらいでしょうか。




090313susi2手巻き寿司


 ご飯の固さといい、サーモンの鮮度といい、満足するものでした。
 お店の方は、海外の寿司屋では中国の人が多いのですが、ここは日本の方でした。

 さて、明日から行くローマは、お寿司の状況はどうでしょうか。
 2年前には、1軒も見つけられなかったので、今回が楽しみです。
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アルノ川の夕焼けと蔀戸

 何かと忙しくて、自由な時間は遅い時間帯となります。

 フィレンツェの街の中心を流れるアルノ川の夕焼けに出会いました。
 ベッキオ橋から西の空が、きれいに見えました。


090313yuugure夕暮れ



 そのベッキオ橋に居並ぶ宝石屋さんたちが、午後7時になると店じまいをします。
 その様子を見ていて、店の戸が、日本の蔀戸とそっくりな仕組みであることに思い至りました。


090313sitomi宝石屋の蔀戸



 写真を見るだけで、半蔀のような状態が、よくわかると思います。
 上に跳ね上げてある戸も、掛け金が日本の物とよく似ています。
 こうした障壁具というものは、世界共通の要素を持っているものなのでしょうか。
 おもしろいなー、と思いながら、しばらく店じまいの様子を見ていました。
posted by genjiito at 13:33| Comment(0) | TrackBack(0) | ◆国際交流

親子3代の似顔絵を描いたおじさん

 息子がウフィッツィ美術館に来たときに、その前でキャンバスを立て並べている1人の似顔絵描きのおじさんに、おもしろい似顔絵を描いてもらって来ました。

 それから数年後、たまたま母がフィレンツェで似顔絵を描いてもらい、持ち帰って来たその似顔絵が、息子の絵とまったく同じタッチだったのです。偶然ですが、同じ人に描いてもらったのです。
 以来、私もこの人に描いてもらおうと思っていました。

 スケジュールの合間を縫って、ウフィッツィの前でその絵描き屋さんを探しました。それは、容易に見つかりました。そして、早速描いてもらいました。
 椅子に座り、ほんの5分ほど前を向いていればいいのです。




090313portreit



 これで、1人のおじさんによる、親子3代にわたる似顔絵が揃ったことになります。

 そのことをこのおじさんに話すと、今度は奥さんとお嬢さんも描いてあげよう、連れておいで、と笑いながら言ってくれました。
posted by genjiito at 13:18| Comment(0) | TrackBack(0) | ◆国際交流

フィレンツェ大学の中へ

 フィレンツェ大学へ行きました。

 煉瓦の家々の中にあるので、どこがキャンパスなのかは、部外者にはわかりません。

 ある学部の建物に入ろうとしたら、入口で学生たちが大勢群がっていました。

090311uyoku小競り合い



 聞いてみると、右派の集団を左派の集団が取り囲んで揉み合っている所だとか。
 かつて、日本でも若者たちが元気だった頃、学生運動が盛んでした。
 東大の安田講堂の攻防は、私が高校2年生の時でした。若者が政治と直面していた時代の話です。

 押し合いが始まり、少し険悪な雰囲気となっていました。
 危険だということで、この建物を迂回して、文学部のある棟へ向かいました。




090311entrans文学部棟



 学部への入口であることは、オートバイや自転車が並んでいることから少しわかる程度です。
 歴史的な建物の中は、小綺麗な教室が並んでいます。
 平安時代の和歌などがご専門のS先生の授業に、飛び入りで参加させていただきました。


090311classroom授業風景




 日本の大学でいうと、学部の2年生を中心とした講座でした。
 授業は、日本の文学について、イタリア語でなさっていました。ちょうど、『源氏物語』についてでした。
 学生さんたちは、真剣な眼で聞き入っています。この知的な好奇心に溢れる姿は、日本の大学の中からは忘れ行くものとなっている部分かもしれません。

 天井を見上げると、梁には太い木材が走っています。





090311roof天井



 煉瓦の建物の中は、木造の建築物が組み込まれているのです。
 歴史と文化を感じさせてくれるので、学ぶ環境としては格好の舞台だと思いました。
posted by genjiito at 12:34| Comment(0) | TrackBack(0) | ◆国際交流

駅のホームの自動販売機

 ヴェネツィアからフィレンツェへは、ユーロスターを使いました。



090311ユーロスター


 2時間40分の、東京から大阪へ行く感覚の電車の旅です。
 ヴェネツィアの出入りに利用する駅は、サンタルチア駅です。
 このホームに、自動販売機がありました。
 写真の列車の両側のホームにある、青色の四角い箱がそうです。珍しいものです。
 飲み物類や、スナック菓子などが買えます。

 そういえば、宿泊した修道院の中にも、温かいコーヒーなどがカップで出てくる自動販売機がありました。スナック菓子も買えました。

 まだ、街中では見かけませんでしたが、今後は徐々に街角にも姿を見せるのではないでしょうか。

 車内では、各シートに電源コンセントがありました。



090311eurostarコンセント


 他のシートでは、各自の席の側面にあります。

 これはパソコンを使うビジネスマンや、カメラやiPhoneの充電をしたい旅行者には便利です。
posted by genjiito at 11:53| Comment(0) | TrackBack(0) | ◆国際交流

2009年03月12日

橋でつないだ街が抱える問題

 ヴェネツィアは石の道です。そして、たくさんの小さな島と島には、石橋が掛け渡してあります。狭くて細長い通路は、まさに迷路です。

 私は、地図を片手に、自由にヴェネツィアを行き来できます。しかし、いつも困るのは、到着時と帰る時に、重たい荷物を、橋に来ると一々持ち上げなければならないことです。これは、何人も避けられない現実です。水上タクシーを使うのも方法ですが、単身で来てすぐに乗りこなすのは難しいものです。

 私は、ビニールザックのボストン型をしたキャリングカーを使っているので、いつも荷物は比較的軽い方です。それでも、やはり橋では、ヨイショと持ち上げます。出来るだけ、目的地までは橋の少ないコースを通るようにしています。しかし、この荷物を引き上げて抱えて橋を渡ることの繰り返しは、行きも帰りもエネルギーを浪費します。

 この街で、ベビーカーが許可されているのかどうか知りません。しかし、ベビーカーに子供を乗せた女性がいました。
 杖を突いた老人もいました。
 体の不自由な方もおられることでしょう。
 みなさん、この橋をどのようにクリアーしておられるのでしょうか。

 がんばって渡るしかない、というのが私の目に映った光景です。
posted by genjiito at 07:57| Comment(0) | TrackBack(0) | ◆国際交流

2009年03月11日

ヴェネツィア大学周辺

 早朝、宿舎の近くを散策しました。
 宿舎は、昨秋と同じ修道院です。部屋に鍵を忘れて出たときに、「外でおねんね、ね」と言われた楽しい修道女がいらっしゃる所です。



090310stay修道院



 昨年の9月もそうでしたが、運河には水鳥がたくさん標識で休んでいます。
 今朝もまた、1羽の鳥を写しました。



090310unga1水鳥


 修道院には食堂がないので、食事は外でします。
 近所のバールで「カフェ」を注文したら、「エスプレッソ」が出てきました。「違う」と言うと、「アメリカンか?」と、少し小馬鹿にしたような笑顔で言って、ニコニコしながら作り直してくれました。
 そうなのです。イタリアでは、エスプレッソが基準なのでした。
 我が家でも、エスプレッソを作る機械を買い、ときどき作っています。濃過ぎる時は、ミルクをスチームで泡立てて、カプチーノに出来る優れものです。

 インドでは「ティー」よりも「チャイ」でした。
 ここイタリアでは、「カフェ」よりも「エスプレッソ」でした。

 ヴェネツィア大学(カ・フォスカリ)の東アジア学科へ行きました。



090310univ1東アジア学科


 普通に観光で訪れた人には、これが大学で、しかも入口がどこなのか、チョッとわかりません。
 右下の青い扉が、入口です。
 そして、中の階段を登って2階に、東アジア学科があります。




090310univ2入り口



 大学の入口で、先日までイギリスのケンブリッジ大学で、宗教の勉強をしていたという先生に会いました。コーニツキ先生の話や、指導教授だったというバウリング先生の話を聞きました。ヴェネツィアで先月行ったばかりのケンブリッジの話ができるのですから、世界は狭いものです。

 しばらくは、いつもお世話になっているルペルティ先生とトリニ先生から、現在の日本語・日本文学の研究状況などを中心とした意見交換をしました。
 文部科学省に提出する資料も、詳細なものを事前に作っておいてくださいました。
 これをもとにして、私は旅行をしながら夜は書類作りをする、という仕事が続きます。

 街中にあるヴェネツィア大学(カ・フォスカリ)の本部にも行きました。
 学長室のある階のバルコニーから、大運河を見下ろしました。



090310unga3大運河



 丁度、S字カーブの角にあたるところなので、すばらしい眺めです。
 レガッタレースの時には、ここでスピードを落とすので、見物には絶好の場所だそうです。
 前方右端に、リアルト橋が見えます。
 このバルコニーの真下に、学長専用車とも言うべきボートが留まっていました。さすが、ヴェネツィアの脚です。




090310gakutyo学長専用車




 ヴェネツィアは、観光客で賑わっています。世界的な不況の中ですが、ここはまだその影響が少ないと言えるでしょう。
 先日のカーニバルの時にも、客足が心配でホテルも値下げしたそうですが、蓋を開けてみると、満員盛況だったそうです。電車も積みのこしが出るほど、人がたくさん集まったとのことです。景気が悪いと、憂さ晴らしに人が集まるとおっしゃっていました。しかし、それだけヴェネツィアに人を集める魅力がある、ということなのでしょう。

 今日も、迷路の街ヴェネツィアは、観光客でごった返していました。
 ここは、元気がある街です。
posted by genjiito at 07:55| Comment(0) | TrackBack(0) | ◆国際交流

2009年03月10日

ローマ空港で待ちぼうけ

 ローマには、当初の予定よりも1時間遅れで到着しました。
 そして、乗り継ぎゲートでヴェネツィア行きを待っていたのですが、いつまで待ってもゲートが開きません。

 そうこうするうちに、ヴェネツィア行きの表示がなくなりました。
 どうやら、搭乗ゲートの変更のようです。
 それがどこなのか、さっぱりわかりません。
 カウンターのお姉さんも、知らない、と言うだけです。
 特に案内はありません。
 周りの様子を見ながら、感で新しいゲートに移動しました。

 新しいゲートには、確かにヴェネツィア行きの表示があります。
 しかし、カウンターには係員がいません。
 とにかく、待つしかありません。

 結局、40分くらい待って搭乗しました。
 ヴェネツィア空港に着いたのは、午前0時前でした。
 大変なヴェネツィア入りとなりました。
posted by genjiito at 16:48| Comment(0) | TrackBack(0) | ◆国際交流

大らかなアリタリア航空の客室

 成田からの飛行機は、1時間半遅れで出発です。
 同時に、ローマからヴェネツィアへの乗り継ぎも、1便遅れてのフライトとなりました。
 この調子では、夜中のヴェネツィア入りとなります。

 ローマまでのアリタリア航空の機内映画は、『マンマ・ミーア』を観ました。
 陽気で明るい展開を楽しみました。チョッと猥雑なところもいいですね。

 先々週のインド行きのJALでは、観たいものが何もなかったので、今回も期待していませんでした。
 しかし、この映画は、旅の途中で観るには、その軽さと音楽が似合います。
 日本では、観る暇がなかったので、ちょうどいい機会となりました。

 映画を観ながら、フライトアテンダントのイタリア人男性に、赤ワインを頼みました。
 すると、

「100円いただきます。白なら600円です。」


とおどけて、しかも英語とイタリア語と日本語を交ぜながら言うのです。
 観ていた映画から抜け出したような、陽気でカッコイイ人でした。

 ワインを飲みながら観ていたら、突然画面が消えました。何とか、自力で復帰せさました。二三度そんなことがありました。
 隣の席の肘掛けは、カバーが壊れています。
 数年前、エア・インディアの肘掛けが捲れあがっていて、配線が剥き出しだったことを思い出しました。感電しないか、心配しながら乗っていました。

 隣の席の人は、大分前に、別の席に移っていました。テレビが壊れていたようです。
 そういえば、目の前の仕切りのカーテンが、レールから外れています。
 運行に影響はないことですが、日本の飛行機会社ではありえない状況です。

 しばらくしたら、隣の席のテレビを直しに、別のアテンダントの女性が来ました。
 直ったのか直らないのか、放置したままで、またどこかへ行ってしまいました。
 最後尾のスペースでは、アテンダントの女性3人が、大声で談笑していました。

 何とも、大らかな飛行です。
posted by genjiito at 16:44| Comment(0) | TrackBack(0) | ◆国際交流

2009年03月09日

銀座探訪(15)突然渡された高級時計

 銀座三丁目の路上で、突然高級外車から顔をだした紳士から、腕時計入りの箱を差し出されました。
 もらってくれ、と。
 中を見ると、金色の、いかにも高そうな時計が、男女2つ入っていました。

 不審がっている私を見て、いろいろと話をしてくれました。
 金融機関から相手にされない。来週から銀座でジュエリーショップを開店する。ロータリークラブの会員だと、胸のバッヂをみせながら。
 よく意味がわかりません。
 すると、今度は、高級財布を、そしてさらには、高級ビジネスバッグを、袋に入れて車の窓越しに手渡してくれるのです。

 身なりのいい人で、ことばも丁寧で、運転手は若いハンサムボーイです。
 その青年の方は、何も言わずに、前を見ているだけでした。

 時計だけでも、数百万円なのだそうです。鞄も数百万円だとか。
 いろいろと、身の上話も聞きました。こちらは路上だけに、置かれている状況がよく理解できません。

 インド帰りだったので、みすぼらしい姿に見えたのでしょうか。
 それとも、意外とお金持ちにみえたのでしょうか。

 とにかく、話の展開が知りたくて、しばらくお話を伺っていました。

 5分以上は聞いた頃だったでしょうか、この運転手に小遣いをやりたいので、いくらでもいいのでお金をくれないか、と言い出されました。
 財布を出して、自分は一銭もないから、と。
 この青年には、少しでもやりたいので、この高級ブランド品をあげる代わりに、小遣いを、ということのようです。

 私は、こちらも無一文であることを財布を広げて示し、一旦手渡された品々をお返ししました。

 その紳士は、何が目的だったのか分かりません。
 いろいろなことが想定されます。

 とにかく、不思議な体験をしました。
posted by genjiito at 10:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 銀座探訪

2009年03月08日

プリンタを修理に出す

 インド行きの直前に印刷できなくなったプリンタでは、大いに不便をしています。
 明日からのイタリア行きで必要な書類の印刷ができないのです。
 さらには、たくさんの校正が届いているので、印刷したいのです。これでは、飛行機の中で、画面で校正せざるをえません。目が疲れることでしょう。
 印刷はあきらめるとしても、今後のこともあるので、製造元のヒューレット・パッカード社のホームページで、トラブルシューティングの確認をしました。

 ウエブサイトには、懇切丁寧に対処法が書いてありました。
 電源を抜く、インクカートリッジを差し直す、接点を確認する、などなど。
 それでも、動きません。そこで、ついにサポートセンターに電話をしました。

 まず、ウエブで指示された対処はしたことと、エラーコードを伝えると、担当者の回答は簡単でした。
 製品を回収する、ということでした。
 ただし、購入後1年以内なら新品と無償で交換するのだそうです。
 もし、1年以上経っている場合は、19,950円(税込)で新品と交換ということでした。

 購入時の領収書や保証書を見ると、よくしたもので購入日が昨年の1月となっていました。
 ちょうど1年経っての故障という、よくあるパターンの話です。

 このプリンタは18,000円で購入した物なので、それより高い金額での交換をする気はありません。
 とにかく、今回のヒューレット側からの提案をパスするのならば、私の方で廃棄処分するしかない、とのことでした。それも、私が自費で処分することになるのだそうです。
 もったいない話です。自然や環境破壊に、自分の手で荷担させられるのです。
 宿舎に置いていた物なので、ほんの少ししか使っていません。それを、粗大ゴミの日に捨てることを、電話口で話しているのですから。このヒューレット・パッカード社の対応は、何か変です。
 これでは、粗大ゴミを撒き散らすことになります。せめて回収をしてもらえないか、というと、そのようなプログラムは用意していないとのことでした。どこか悪くなると、新品と交換するしかなく、部分的な修理は特殊な場合のようです。とにかく、変な話です。

 またまた、愚かなアメリカの会社の論理を聞かされる羽目になりました。

 壊れたテレビやビデオデッキなどを、小型トラックで無料回収している業者がいることを、ふっと思い出しました。
 今日まわってくるともかぎらないので、廃棄の準備をしていた時です。保証書の裏に、購入したビッグカメラの3年間保証のシートが見つかりました。
 普段は、販売店の保証の延長などはしないのですが、どうしたわけか、このプリンタには付けていたのです。よく見ると、カードのポイントを利用しての延長保証でした。

 すぐに、ビッグカメラの保証センターに電話をし、回収に来てもらうことになりました。ただし、私はこの宿舎に午前中にいるのが、次は3月の28日なのです。一応、ひとまずは28日の午前中に引き取りに来てもらうことにしました。これで、5月の連休明け頃に修理が終わるそうです。気の長い話です。

 そして、今度は大至急、購入した有楽町のビッグカメラに電話をし、持ち込み修理のことを聞きました。
 持ち込みによる修理の受付もOKとのことだったので、早速、ボックス型のプリンタを大きな袋に入れて、有楽町まででかけました。
 このプリンタは、複合機として製作されたもので、プリンタ以外に、スキャナやコピーができる、ネットワーク対応のものです。部屋に配線が不要で印字やスキャンができるので、非常に重宝します。

 いずれにしても、ラッキーでした。廃棄処分をしなくてもよくなったのですから。

 それにしても、昨日、インドから帰国し、今日は大きなプリンタを有楽町に持っていき、明日はイタリアです。
 やれやれ、という思いです。
posted by genjiito at 22:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑記

伽羅の香りの水

 インドから帰国する時のことです。

 インディラガンディー空港へ行く前に、最近は必ずネルー大学のアニタ先生のお宅に立ち寄ります。


090306anitahome


 空港近くの、日本で言う麻布十番にお住まいなのです。
 そこで、昼食をいただき、空港へと向かいます。空港までは、30分ほどかかるでしょうか。

 今回も、小さい頃から知っている食事係の坊やが、実はもう結婚したとのことでしたが、おいしいインド料理を作ってくれます。
 私が大好きな小豆のカレーや、なすびの炒め物、そして、これまた大好きなパニールやサラダなどなど、年々腕を上げているようです。
 今回は、チャパティやナンの完成度が高かったように思います。

 最後のデザートの時に出たアイスクリームが、得も言われぬおいしさでした。


090306icecreme伽羅の香りのアイス


 伽羅の水を混ぜているとのこと。
 名前は、「ケバラ・ウォーター」と言うそうです。
 伽羅のお香は、私も時々焚きます。しかし、それが食事と関係するとは。
 ちなみに、このアイスクリームが乗っているランチョンマットの絵は、アーノルド・シュワルツネッガーが描いたものです。

 いろいろと聞いている内に、どうやらこの水が手に入るとか。
 出発までに少し時間があったので、わがままを言って、近所のマーケットへ連れて行ってもらいました。


090306market1マーケット


 インドのお店はいろいろです。
 このマーケットは、相当いいお店が並んでいました。
 いずれも、個人商店が集合して、マーケットを形成しています。

 カウンターは、こんな感じです。


090306marketカウンター


 手に入れた水は、こんなボトルに入っています。

 
090307kyara


 紅茶やケーキなどに入れるといいそうです。

 娘が、よくケーキを作ってくれるので、一本お土産に買いました。
 ついでに、自分の紅茶用にも。

 インドの生活に入り込むと、こんな楽しいものに出会えます。
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2009年03月07日

ナント80GのUSBメモリー

 インドから帰る途中で、ニューデリーの中心地のコンノート・プレイスの電気屋へ行きました。
 そこで、驚愕のUSBメモリーを手に入れました。
 なんと、80Gもの容量のものなのです。これは、もうハードディスクの感覚です。


090307memory80g80Gメモリー


 先月、これまで使っていた8GのUSBメモリーを、16Gに換えたばかりでした。それが、一気に5倍ものアップです。
 それも、その価格に度肝を抜かれました。1,500ルピーだったので、日本円に換算すると3,000円です。イギリスの製品なので、大丈夫なのでしょう。今のところ、問題なくマッキントッシュで使えています。

 この勢いで行くと、今年中に250GのUSBメモリーが出ることは確実のようです。

 コンピュータを使い出して二十数年、この小さなメモリーに感動しています。
posted by genjiito at 22:04| Comment(2) | TrackBack(0) | ◆国際交流

2009年03月06日

デリーの空港が大変身

 ニューデリーのインディラガンディー空港が、驚くほどに変わりました。
 まず、無料でネットに接続できます。
 これは驚異です。イギリスでも、クレジットカードを要求されました。アメリカでもそうです。
 ヨーロッパのオーストリアでは、まったく不自由なく、ネットが自由に使えました。
 このインドが、こうしてネットを自由に使えるとは。すばらしいことです。

 空港内の売店が、きれいで広くなりました。


090306delhiairport新装の空港



 品数もたくさんあります。
 ただし、どこかイマイチなのがインドです。
 この空港の売店では、その場で食べるもの以外は、すべてドルしか使えません。

 一体、帰国の待機ロビーで、ドルを持っているのは、どんな人なのでしょうか。
 みんな、先ほどまで使っていたルピーをどう使い切るか、ということしか考えていません。
 このルピーというインドの通貨は、日本に持ち帰っても、銀行をはじめとしてどこでも換金できません。
 だから、出発前に手持ちのルピーを使いたいのです。

 ドルしか使えないとは、物を売る気がないことになります。
 みんなのために、というサービス精神を、ぜひとも今後は育ててほしいものです。
posted by genjiito at 22:53| Comment(0) | TrackBack(0) | ◆国際交流

慌ただしい帰国の準備

 帰国の準備をしながら、デリーからの最後の報告です。

 土産を買うヒマもなく走り回っていたので、昨夜はようやくお店に行きました。
 いつものINAマーケットは、人だかりがすごいことになっていました。人混みはテロの心配がありますが、そこは住民に紛れての買い物です。

 ニューデリーの中心地であるコンノート・プレイスは、かつて私が住んでいたホテルがあるところです。懐かしさと共に、エンポリウムという政府公認の物産館でタクシーを降りようとしたところ、クローズだというのです。午後7時までだそうです。時計を見ると、ジャスト7時です。仕方がないので、宿舎まで引き返しました。

 途中で、サウスエクステンョンでチョッと降ろしてもらい、本屋で地図を買いました。
 私が持ち歩いている地図は、5年前のものなので、いろいろと変わっています。
 たくさんの書き込みがあるので、それを転記するのが大変なので、そのまま使っていました。しかし、デリーの変わりようが激しいので、そろそろ買い換えることにしたのです。

 いつも行く本屋は、何でもあります。便利に使っています。

 食事の後、これも恒例のジュース屋さんに行きました。
 いつものおじさんがいたので、いつもののものを注文しました。果物を、お皿いっぱいに盛って、サービスしてくれました。
 私のジュースを作ると、すぐに息子と替わって、ザクロを袋にいっぱい詰めて帰って行きました。また、今年の12月に再会を約束してわかれました。もちろん、身振り手振りです。

 これから、慌ただしく雑務をこなし、ネルー大学のアニタ先生のお宅で、旦那さんともどもお食事をして、空港へと向かいます。

 みなさんのご好意のおかげで、無事に帰路に着けることに感謝しています。
posted by genjiito at 12:49| Comment(0) | TrackBack(0) | ◆国際交流

2009年03月05日

ウルドゥー語訳『源氏物語』をインドで発見

 インドのニューデリーにあるネルー大学の図書館へ、日本文学の本を拝見しに行きました。
 以前にも、一度行ったのですが、今回は『源氏物語』のインド語訳がないものか、という目的がありました。
 あらかじめ調べてもらったところでは、何もないとのことでした。
 念のためと思い、5階の外国語の書棚をブラブラと見ることにしました。どうせ文字が読めないので、行き当たりばったりの、偶然にまかせるしかありません。
 探しているのは、アッサム語訳、ウルドゥー語訳、オリヤ語訳、マラヤーラム語訳の4種類の『源氏物語』です。

 一通り書棚の間を彷徨きましたが、特にめぼしいものには出会えませんでした。
 4階にも日本の本があるとのことだったので、移動する途中に、図書カードの詰まったケースがありました。
 ものは試しと、{GENJI}ということばのカードを探していると、こんなカードが見つかりました。

090305card_2図書カード



 「GENJI KI KAHANI」というのは、ヒンドゥー語訳『源氏物語』と同じ書名です。
 しかし、「1921」という年号らしき数字があります。
 ヒンドゥー語訳『源氏物語』は、1957年に刊行されているので、それとも違います。
 アーサー・ウェイリーの英訳『源氏物語』の第1巻は、1925年に刊行されているので、それ以前の翻訳です。これはおかしいと思い、司書の方にお願いして、本を確認することにしました。
 コンピュータで所蔵図書を調べてもらうと、これは「1971」年にサヒタヤ・アカデミーから刊行されたウルドゥー語訳であることがわかりました。
 とにかく現物を確認するために、一緒に書棚のところまで案内してもらいました。
 本は、すぐに見つかりました。しかし、ウルドゥー語のところではなく、まったく別のチャイニーズ・フィクションのところでした。これでは、わかるはずがありません。

 表紙と外観は、こんな感じです。



090305hypusi表紙




 元の表紙と扉などは失われています。そして、JNU(ジャワハルラル・ネルー大学)が製本をし直したものです。そのために、奥付にあたる情報がありません。しかし、改装する前にメモが残されたらしく、コンピュータに書誌データには、さらに情報がありました。

出版社は、サヒタヤ・アカデミー、頁数は367頁、翻訳者はSyyed Ehtsan Hussain(サイエッド・エタサン・ホセン)で、この人は出版後1年経った時に、死去したことになっていました。

巻頭部分の「桐壺」は、こんな感じになっています。




090305urudug巻頭・桐壷



 本は、探している人に「おいでおいで」をするといいます。
 今回は、まさにそれでした。

 とにかく、偶然の積み重ねから、こうして探し求めていた本に出会えたのです。
 私にとっては、大発見です。偶然に感謝します。

 今日は、ネルー大学の学生さんたち20人ほどと、懇談会を持ちました。
 研究のことや、将来の就職のことなど、自由に話をしました。
 そして、あろうことか、その学生の中に、ウルドゥー語を使える男性がいたのです。小さい頃に、ウルドゥー語で育ったのだそうです。
 上記のウルドゥー語訳『源氏物語』に関する情報は、彼の読解に依るところが多いものです。
 彼との出会いも、ラッキーでした。

 その後、ネルー大学で日本語日本文学を担当しておられる先生方にお目にかかり、食事をしながら情報交換を行いました。詳細は、帰国後の報告書に記します。

 それにしても、探し求めていたウルドゥー語訳『源氏物語』が見つかったのです。それも、サヒタヤ・アカデミーから刊行された本です。

 これで、あとは、注文をしているアッサム語訳と、マラヤラーラム語訳、そしてオリッサ語訳の、合計3冊となりました。
 もう一歩まで、追い詰めました。
 今後とも、『源氏物語』の翻訳本を追い求めたいと思っています。
posted by genjiito at 23:01| Comment(4) | TrackBack(0) | ◆国際交流

2009年03月04日

デリーの停電

 朝の5時頃でした。宿泊先の部屋でパソコンを使った仕事をしていたところ、突然テーブルの上のライトが消えました。そして、部屋が暗くなったのです。ただし、非常用の照明が一つだけ点いています。
 しばらくは何があったのか、わかりませんでした。やがて停電であることに気づきました。以前にインドにいた時、何度も停電があり、ひどいときには1日に4時間も使えなかった日がありました。その後、電力事情は改善されたと思っていたので、気を許していました。

 幸いノートパソコンを使っていたので、電源のトラブルはありません。
 それから2時間ほどの間、点いたり消えたりを繰り返します。気持ちのいいものではありませんが、構わずにノートパソコンを使い続けました。
 今回宿泊している施設には、非常用のバックアップ電源がありました。そのため、真っ暗な状態に身を置くことは避けることができました。

 今日は、国際交流基金のニューデリー日本文化センターで、〈第4回 インド日本文学会〉が開催されました。



090304jf国際交流基金ニューデリー日本文化センター



 今回の訪印の目的である情報収集の場として、こうして研究者が集まる機会は、非常に意義深いものがあります。この研究集会の世話人の1人に私がなっていますので、いろいろな準備もして臨みました。



090304speech開会の挨拶


 〈第4回 インド日本文学会〉は、国際交流基金の所長である遠藤氏とデリー大学のウニタ氏、そして在インド日本大使館の内山氏の挨拶の後、私の基調講演となりました。




090304ito_2


 用意していたタイトルは「インド語訳『源氏物語』への大きな期待」です。
 お話を始めて5分を過ぎた頃だったでしょうか、突然会場が真っ暗になりました。停電です。
 マイクが使えなくなったので、大声で話を続けました。しばらくすると、電気が点きました。それでは、ということでiPhoneを使ったプレゼンに切り替えようとしたところ、先ほどの停電でプロジェクターがリセットされたようで、事前におこなったセッティングがキャンセルされたのです。カラー画像を大きく映すことは諦め、レジメの中に白黒で印刷した資料で話を進めました。

 この停電は、他の人の発表の時にも何度かありました。
 インドのインフラの整備は、まだまだ時間がかかりそうです。インドにおける研究発表では、プレゼンテーションの方法を工夫しておく必要があります。

 何でもありのインドなので、私はそれなりの対処をプリントでしていました。それが的中したわけですが、こんな事情をよくご存じの方々が多かったので、あまり被害はなかったと言えましょう。

 ランチは、国際交流基金のご好意とご協力により、立派な食事会となりました。
 会場の袖では、焼きたてのナンやチャパティなどが作られていました。このご配慮にも、感謝です。



090304cook




090304lunch




 今回は、先生方と一緒に学生の方々が多かったので、今後のインドにおけ日本文学研究の発展が楽しみです。
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2009年03月03日

デリー大学で学生と交流

 今日は、デリー大学に行きました。デリーの市街からは、北の方にある大学です。ようやくメトロが開通し、工事用のフェンスがなくなったため、すっきりとした大学の街になっていました。

 今回は、デリー大学における日本文学研究の現状について、先生方からいろいろとお話を伺い、参考となる資料をいただきました。これは、文部科学省から依頼を受けた、現地調査の一環として行うものです。
 デリーには、知り合いの先生が多いので、大変助かりました。

 私は、5年前に客員教授としてデリー大学の招聘を受けて以来、毎年このデリー大学を訪れて、先生方や学生さんとの交流を続けています。そのこともあり、今回も好意的に、さまざまな資料を提供していただきました。
 お付き合いは、継続していくことの大切さを、今回も実感しました。

 デリー大学の学生さんたちは、大変親しみやすい人が多いのです。日本語の運用能力も高いので、普通に楽しく雑談ができます。3年間でこんなに日本語がうまくしゃべられるのかと、いつも感心します。
 今回は、修士課程の学生さんたち20人が集まっていました。


090303delhi30学生たち



 学生さんたちの研究発表も聞き、その内容や話し方についてのアドバイスを伝えました。みんな、一生懸命に勉強しています。
 ただし、日本語を話すことに必死になり、その語る内容が置き去りにされている学生さんがいました。これは、訓練と、日本人に直接アドバイスを受けることにより、格段に進歩するはずです。
 インドの若い人たちに期待したいと思います。

 来月から、国費留学生として日本に来るアンビカさんと、来日後のことをいろいろと相談もしました。彼女は、近松門左衛門の研究をしています。私とは専門分野が違いますが、縁あって私が、国文学研究資料館で2年間ほど世話をすることになっています。
 現在預かっているクマール君はネルー大学の出身で、このアンビカさんはデリー大学の学生さんです。
 共にコツコツと勉強するタイプなので、成長が楽しみです。

 大学の中を歩いていると、インドらしい牛が荷物を運んでいました。




090303usi_4


 右端が、サイクルリキシャ(人力車)です。学生たちが利用するので、たくさん、至る所で客待ちをしています。

 帰りに、ヤムナー川に寄ってみたところ、川岸を行く行者さんにあいました。
 いかにも、という写真が撮れました。
 街中でもよく見かける行者さんですが、背景がそれらしいと、時間を遡った異空間の映像になります。
 インドが安易に被写体になるのは、こうした光景が日常の中に混在しているからでしょう。




090303gyoujyaヤムナー川の行者


 夜、いつものジュース屋に、昨日はいなかった大好きなおじさんがいました。
 この大きさでいいか、とコップを翳すので、OKのジェスチャーをします。このおじさんは、よくわからないことばを喋ります。私の片言の英語も通じないので、いつもお互いが仕草で会話をしています。
 早速、作ってもらいました。やはり、昨日の若い人とは、味が格段に違います。
 手からこぼれるほどの果物を、たくさんもらいました。



090303ojisanジュースのおじさん


 縁もゆかりもないおじさんと年に一度会い、目と目でコミュニケーションがとれるのですから、人間のおもしろさを感じます。
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2009年03月02日

ジュースで栄養補給

 サトウキビのジュースを飲みました。青臭いかと思ったのですが、意外と口に合いました。



090302jyuceサトウキビのジュース



 数年前に、バンガロールで飲んだことを思い出しました。あの時よりも、今日のジュースの方がトロリとした感じがしました。また、味もマイルドでした。

 夜に、宿の前のマーケットの中にあるジュース屋さんにも行きました。
 昨日もそうでしたが、今日も、いつものおじさんはいませんでした。
 ビタミンを補給するためもあって、若い人に作ってもらいました。
 やはり、おじさんが作ってくれたジュースとは、比べものにならないくらいに、味が違います。
 トロリとした感触がないのと、水っぽい気がしました。マサラパウダーの調合も、明らかに違います。
 おじさんの復帰を、心待ちにしています。

 スンダルナガルにある、紅茶の専門店「ミッタル」で、おいしい紅茶も買いました。
 アーリー・スプリングの2009年ものの新茶です。



090302teaアーリースプリング



 試飲できるので、いろいろと飲んでみました。高級茶葉といわれるものは、香りや味が微妙に違うのがわかります。

 バタバタするだけの日々に、薫り高いティータイムを入れてみようと思うようになりました。
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2009年03月01日

■夜中の結婚式

 デリーに来ると、いつもお寺に泊まります。
 日本のお寺ですが、ホテルのような部屋が用意されているのです。
 詳細は、数年前になりますが、ホームページに書きましたので、興味のある方はどうぞ。


 過去のインドの記録



 晩ご飯は、ご飯に味噌汁のようなカレーをかけたものと、野菜を煮たものです。質素ですが、インドに来たことを実感します。
 食後、お寺の周辺を散策しました。何も変わっていません。
 ただ、新しいカフェが出来ていました。チェーン店なのでしょうか、2軒ありました。
 お寺のすぐ前にあるサプナシネマの周りは、多くの人たちで賑わっていました。映画館は、人が集まるところです。

 来ると毎日行く、ジュース屋さんにも立ち寄りました。しかし、いつもの国籍不明のおじさんはいませんでした。息子の方だったので、今日は飲みませんでした。
 おじさんのジュースは、他の人がつくるのとは、一味も二味も違うのです。ザクロのジュースに混ぜるマサラパウダーの調合に、どうやら秘伝があるようです。

 今日は、やたらと戸外が賑やかです。結婚式が、近所であるからでしょう。
 来るときに、道ばたで白馬や音楽隊を見かけました。
 その集団が、お寺の私の部屋の下を、大騒ぎをして通りました。
 花火を打ち上げながら、笛や太鼓やラッパを鳴らしながら、大勢の人が列をなして通ります。


090301bridal1_3



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 ライトで照らしながらの行進です。

 照明用の電気を供給するための、バッテリーを積んだ車も、馬車の後ろから付いて来ています。

 馬車には、新婚の男女が座っていました。



090301bridal3



 後ろからは、子どもたちも、はしゃぎながら付いて行きます。
 新婚馬車が通り過ぎると、また静かな住宅街に戻りました。
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■インドの匂い

 インディラ・ガンディー空港に降り立つと、いつも懐かしい匂いがします。
 埃っぽい、少し煤けたような、それでいてマサラの匂いが混じっています。
 以前は、牛が多い関係かと思っていました。しかし、今はデリーの街中から牛が郊外に追いやられてしまいました。ほとんど、街中では、牛をみかけません。
 この匂いは、やはり土なのでしょう。
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●映画『私は貝になりたい』

 インドへ行く機中で『私は貝になりたい』という映画を観ました。
 人生の、人間として生きていく上での、不条理というものを痛切に感じました。
 戦勝国としてのアメリカの、その独善的な東京裁判の危うさを、冷静に、客観的に描いていました。
 絞首刑台に登る直前に、主人公である清水を見送る米兵の辛そうな表情を映し出したのは、この映画監督のせめてもの人間に対する温かさだと思いました。
 世界中の人々を殺しまくっているアメリカ人への、ささやかな抗議のメッセージだと観ました。人間には、心というものがあるのだ、というメッセージです。
 この映画は、一人でも多くのアメリカ人が観るべきものだと思います。
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●出発間際のトラブル(3)

 昨夜は、睡魔と戦いながら荷造りをしていたせいか、成田空港までの路線情報の検索で勘違いをしてしまいました。
 近くの駅のホームに余裕をもって着きました。しかし、あらかじめ調べてあった電車が来ません。曜日を間違えて検索したのかと思って、プリントアウトを見ると、検索した日付が「4月1日」となっているのです。今日は3月1日の日曜日なので、4月1日は平日なのでしょう。
 調べた時が、日付が3月に変わった直後だったので、れをよく画面を見もせずに、クリックして次の4月にしたようです。
 そのせいもあり、予定より少し遅れてチェックインカウンターに着きました。
 座席はあらかじめ決めてあるので、時間的には何も問題はありません。
 出発早々の、かわいいハプニングです。
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●出発間際のトラブル(2)

 出発間際に、旅行に持って行くキャリーバックに躓きました。
 右足の爪先を、思い切り強打しました。
 痛さを我慢しながら、成田空港へ向かいました。
 空港で靴下を脱いでみると、右足の中指が紫色に変色していました。
 これなら、時間と共に消えることでしょう。
 インド行きのさい先早々、いやなことをしてしまいした。
 さて、どんな旅になりますか。
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出発間際のトラブル(1)

 昨夜、というよりも今朝方、旅行に持って行くための各種資料を印刷していました。
 すると、突然プリンタが異音を発しました。
 ヒューレットパッカードのプリンタで、スキャナの付いた箱型は、私の好きな機種です。そのプリンタの表示パネルを見ると、インクシステムのエラーが発生した、とあります。
 表示の通りに電源を入れ直しても、同じことの繰り返しです。表示されているエラーメッセージは、説明書のトラブルシューティングには掲載されていません。

 これが、マーフィーの法則なのでしょう。
 ここ、というときに、いつもは何でもないことが突然起きるものです。

 とにかく印刷は諦めざるをえません。
 幸い、先方で渡す書類はプリントできていたので、これは一安心です。

 私が、飛行機の中でしようとしていた仕事のプリントが、土壇場でだめになりました。
 パソコンの画面で文字校正をするのは辛いのです。
 光の点でできた文字は、紙に印字された反射光で見る文字と比べると、やはり目の疲れ具合がぜんぜん違います。
 これは、飛行機の中では仕事はするな、という神の思し召しなのでしょう。
 そういえば、昨日、仏壇の中にある父母の写真に向かって、「今年もインドへ行ってくるよ。土産はいらないね。」と、旅の安全(?)をお願いしてきました。
 その返事が、これなのでしょう。
 そう思うことにします。
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