2009年01月04日

井上靖卒読(54)『紅花』

 この物語の主人公は亜津子のようです。しかし、私はこの亜津子を仕事の面で助ける番頭役の斎田に注意して読み進めました。斎田は、物語を底で支える役割の男です。

 登場人物が、それぞれに自問自答する場面がいくつかあります。井上靖の作品に、よく使われる手法です。
 「うむ」と低い唸り声をあげる癖のある男として、斎田と佐久二の二人がいます。これも、井上の作品によくあるものです。

 物語の進行の中で、相手との連絡が固定電話のため、本人同士がなかなかうまく情報を交換できません。居場所が、うまくつかめないのです。
 こんな場面に出くわすと、現代の携帯電話が持つ便利さを痛感します。
 今の若い人が読むと、いかにも作り話めいて感じることでしょう。終戦前後を中心として執筆していた、井上の初期の作品を読むときには、時代背景の理解が求められるようです。

 作中で、一人の女と三人の男の恋愛心理を描くところで、喪服の例えはうまいと思いました。


亜津子は三木に会いたいと思った。いまの亜津子はもう未亡人ではなかった。由良夏代の訪問のお陰で、ふいに亜津子の肩から喪服がずり落ちてしまったのである。
(200頁)


 読み終えてみて、亜津子が物語の主人公のように思って読み進めていたことに気づきました。
 しかし、後半の彼女をめぐる展開では、斎田・三木・佐久二の三人の男たちの心の揺れ動きが、実に巧みに描かれているのです。彼女は、最後までマドンナ役なのでした。

 それにしても、最終章は中途半端な気がします。無理やり、話をまとめざるを得なくて書いた、という印象が強く残りました。
 直前までがせっかく盛り上がったところだったので、私には失速感が大きかったのです。
 なぜ作者は、このような最後を付け加えたのか、いつか考えてみたいと思います。
 今は、読者に対する親切心から、ということにしておきます。【3】





初出紙︰京都新聞、他
連載期間︰1964年9月19日〜1965年5月15日
連載回数︰236回


文春文庫︰紅花



〔参照書誌データ〕
 井上靖作品館
 http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
posted by genjiito at 12:07| Comment(0) | TrackBack(0) | □井上卒読