2008年11月30日

源氏千年(76)エスペラント訳『源氏物語』

 『La Movado』(第687号、2008.5)という関西エスペラント連盟が発行する機関誌に、藤本達生さんが『源氏物語』のエスペラント訳の連載を開始されました。

 九州のAさんから情報をいただき、やっと藤本さんにお会いすることができました。
 銀閣寺道の喫茶店で、いろいろと楽しい話をお聞きすることができました。

 藤本さんは、18歳の時にエスペラントをはじめ、以来5年間ずっとエスペラントに関わって来られた方です。

 今年が『源氏物語』の千年紀であることに端を発し、エスペラント訳を思い立たれたのです。
 中井和子さんの『現代京ことば訳 源氏物語』を参考にして、「桐壺」を終えられたところです。ますます意欲を燃やしておられる方です。

 お父さんが『源氏物語』の講義を寺子屋形式でなさっていたそうです。本文を手で写したものを配って、購読をなさっていたのです。「末摘花」の購読用の印刷物を拝見しました。平成4年のものなのですが、活字印刷されたものではなくて手書きの本文資料を作成なさっていたところに、そのこだわりが感じられます。

 そんなお父さんの環境なので、藤本さんが『源氏物語』をエスペラント訳なさるのは必然のことだったように思われます。
 エスペラントのベテランだけあって、2、3時間で原稿用紙5枚は訳しておられるようです。この世界では、相当早い方だ、とのことでした。

 これまでに、『源氏物語』のエスペラント訳に挑まれた方は2人いらっしゃるようです。

 まず、田村復之助さん、2人目が大越啓司さん、そして3人目が藤本さん、ということになります。
 これまでのお2人の源氏訳の詳細はわかりません。しかし、大越さんの源氏訳は、「桐壺」だけだそうです。これは、サイデンステッカーの英訳を参考にしておられるようだ、とのことでした。

 現在、エスペラント学会の会員は、1300人いらっしゃるそうです。
 今後とも、エスペラント訳『源氏物語』の情報を収集したいと思います。
 この件についてご存知のことがありましたら、ご教示の程をお願いします。
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2008年11月29日

京洛逍遥(47)紅葉の京洛



京の晩秋は真っ盛りです。

同志社大学の裏に相国寺があります。その境内の一角が、真っ赤に焼けていました。


081129syoukoku相国寺


水上勉の『雁の寺』の前を抜け、さらに真っすぐ西に向かって自転車を走らせると、堀川通の銀杏の黄葉が絨毯になっていました。


081129horikawa堀川の黄葉


さらに西の千本通にある千本閻魔堂・引接寺に足を留めました。


081129enma1千本閻魔堂



ここには、紫式部の供養石塔があります。


081129enma2紫式部供養塔



重要文化財に指定されているこの石塔は、十重塔です
二重の宝塔と、十三重塔の残欠である八重を組み合わせた貴重なものです。
この塔を、紫式部の供養塔としているのです。
刻まれた銘によると、至徳三年(1386年)に建立されたことがわかります。
このお寺は、小野篁が開基とされ、本堂に祀られています。
紫野の島津製作所北の紫式部の墓の隣りにも、小野篁の墓があります。紫式部と、小野氏という氏族文芸集団との関わりが想像されます。

この石塔の前には、千年紀の記念事業として式部像を鋳造しているという高札がありました。
一口千円の志を募っているとのことなので、協力の気持ちを届けました。
すると、こんなかわいいストラップをくださいました。
 「紫式部 恋愛成就」とあります。紫式部も忙しいことです。



081129strapむらたストラップ




帰り道では、大徳寺に立ち寄りました。
芳春院という塔頭の紅葉が夕陽に照らされてきれいでした。


081129housyun1大徳寺塔頭



081129housyun2大徳寺塔頭


大徳寺の境内には、たくさんの塔頭があります。
その中の一つの大慈院には、紫式部碑があるそうです。今日、初めて知りました。しかし、この前に大慈院の中にある泉仙という鉄鉢料理屋に行ったのですが、そのようなものは見当たりませんでした。今日も大慈院の周りを散策したのですが、見つかりませんでした。本堂の前にあるそうなので、この次にはどなたかに聞いて行きたいと思います。
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2008年11月28日

読書雑記(10)交渉するための秘術『神の交渉力』

 たまたま手にした本が、予想外におもしろいものでした。一気に読みました。

 『スティーブ・ジョブズ 神の交渉力』(竹内一正、リュウ・ブックス アステ親書2008・6)

 アップルのCEOであるスティーブ・ジョブズの人間像を語った本です。

ジョブズのエネルギーは、半径一〇メートル以上離れている人々を熱狂させ、半径五メートル以内の人々を恐怖に陥れる。(91頁)


とあるように、ジョブズの魅力が存分に書き綴られています。

 人間としての破天荒さから垣間見えるジョブズの姿が、わかりやすく記されています。

 「気力」「熱意」「独創」ということばが、この本の内容をカバーすると思います。人を前向きにし、やる気を起こさせる本です。

 「妥協」が無意味であることを、この本を通して実感として体得したように思います。
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2008年11月27日

iPhoneをリセット

 iPhoneを使っているうちに、いろいろと不都合に出くわすようになりました。
 一番困ったのは、電話を終えた時に、通話を終了するボタンが表示されないことです。

 iPhoneは、タッチパネルを操作して電話をかけると、本体を耳に当てている時は画面が消えます。
 そして、耳から離すと、画面が表示されます。省エネ設計です。
 それが、耳から離しても、画面が消えたままなのです。
 電話を切られないし、切れたかどうかの確認も出来ないのです。
 しかたがないので、電源を切っていました。
 それが、先週ハーバードへ言っていた時に、何件か日本に電話をした時にも出くわしました。
 海外では、発信も着信も電話料金がかかるはずなので、電話が切れたかどうかは大事な問題です。

 アップルストア銀座で、この不具合を見てもらいました。
 動作確認ということで、カウンターから電話をかけてもらいました。すると、これまでに見たことのない動きをしたのです。パッと点いて、すぐに画面が消えるのです。

 メーカーの方の目の前では、なかなか不具合の再現ができないことが多いのに、なんと立派に新たに変な動きをしてくれたのです。

 担当者からいただいたアドバイスは、パソコンを使って、バックアップから復元することでした。
 いくつかのデータはバックアップできないので、それを保存して、新たにインストールをしなおすのです。

 早速行なったところ、いくつか設定をし直すことになりましたが、電話はもとのように使えます。
 詳しいことはわかりませんが、とにかく不審な動きは治まったようです。

 機械のことですから、いろいろあるのは承知です。
 iPhoneは、楽しく快適に使える文具として、なかなかおもしろい道具です。
 iPhoneが単なる電話ではないことを、いろいろな場面で実感しています。
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2008年11月26日

日本の五重搭と三重塔

 朝日新聞の夕刊で、日本一の搭についてアンケートしたところ、第1位は法隆寺でした。

 これは、平山郁夫さんが案内人として朝日の会員制ネットの「アスパラクラブ」で実施したものだそうです。

 法隆寺が6190人の支持を得たのに対して、第2位は薬師寺でしたが、なんとその得票数は半数の3020人でした。第3位は興福寺の2381人でした。法隆寺の一人勝ちです。

 試しに、私もこれまで訪れた各地を思い出しながら、自分なりに塔のリストを作ってみました。

【五重塔】
 法隆寺
 室生寺
 東寺
 海住山寺
 興福寺
 瑠璃光寺
 長谷寺

【三重塔】
 浄瑠璃寺
 法起寺
 薬師寺
 長命寺
 清水寺
 三室戸寺
 岩船寺


 好きな順ではなくて、映像として思い出しただけのものです。
 期せずして七つずつとなりました。
 この内、奈良と京都以外は、山口の瑠璃光寺と滋賀県の長命寺です。
 瑠璃光寺は、高校1年生の時にヒッチハイクで行ったので鮮明に思い出しました。
 長命寺は、西国札所巡りをした時の印象です。

 それぞれに、行った季節や状況が異なるので、一概に好き嫌いを云々できません。
 それでも、秋の海住山寺と室生寺、そして夏にライトアップされた興福寺と薬師寺は、目に焼き付いています。

 法隆寺と法起寺は、奈良に住んでいた頃に、子どもたちを連れてよく行った所なので、もう家の庭の塔のように思っています。
 東寺は、京都に住むようになってから、自転車で何度も通りかかったので、これまたご近所の塔です。

 塔を見上げる時の気分は、何とも言えない解放感がありますね。
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2008年11月25日

ハーバード(8)機体不良で離陸延期

 帰国の途は、ボストンからワシントン経由です。
 乗り継ぎのワシントン・ダラス空港で、来た時にシカゴ空港でやったように、預けた荷物を引き取りに行きました。ところが、移動バスが変な方向に走るのです。そして、手荷物受取所でいくら待っていても、ターテーブルに私のバッグが出てきません。

 空港職員に聞くと、私の荷物は東京まで運ばれる手続きがしてあるとのこと。
 荷物を預けた時に、よく確認しなかったための勘違いです。

 乗り継ぎは1時間しかなかったので、国際線の出発ロビーに急ぎました。
 出国手続きのパスポート検査がなかったのですが、よかったのでしょうか。
 イタリアではよくあることですが……。

 搭乗ゲートでは、すでに搭乗がはじまっていました。
 セーフです。機内の席について、ホッとしました。しかし、いくら待っても出発しません。
 機内放送によると、コミュニケーションの部品に不具合があり、大至急取り寄せている、とのことです。
 一体どんな部品なのでしょうか。
 30分後に、あと10分で部品が届くとアナウンスがあり、その後、交代の機長がこちらに向かっている、など、あわただしいことでした。
 そして、結局は出発時刻から2時間経った時に、別の同型の機体と交換するため、一旦ロビーで待機してくれ、とのことでした。
 先程搭乗したC7ではなくて、C4ゲートから出発するという放送も入りました。
 そして、午後5時に機体が到着してから機内に搭載品をセットし、手荷物を積み直すので、再度の出発は6時になるそうです。
 ということは、成田着は夜の10時です。成田でのホテルを心配しました。

 ロビーにしばらくいても、何も連絡がありません。午後3時近いので、昼食を食べ損なった乗客は、三々五々ターミナル内へ食事に出かけました。私も食べるものを探したのですが、ハンバーガー屋さんとサンドイッチ屋さんしかありません。しかたがないので、サラダとビールでお腹を満たしました。

 再度出発ロビーに戻ると、カウンターの前にビスケットと缶ジュースがあり、自由に持って行っていいとのことです。
それならそうと、もっと早く言ってくれれば、とその場のみんなが思ったことです。
 とにかく、どうすればいいのか、何も説明がありません。機内で放送があっただけです。せめて、ロビーに係員を配置するなり、張り紙をするなりして、再出発までの報告をすべきです。
 これが、もしJALだったら、こんな体たらくではなくて、そつなくやったことでしょう。
 今回は、全日空とUAの共同運行便でした。それも、全日空の共同とは名ばかりで、UA主導の運行としか思えない対応でした。もし全日空の人がこのことに絡んでいたら、こんなに無責任な対応はしなかったことでしょう。
 責任は後に先延ばしにする、アメリカ流のやり方です。

 結局、午後6時頃に飛び立ちました。
 帰りの便の映画は、アメリカの軽いものだったので、一つも見ずに、本を読んでいました。
 成田には、夜の10時に着きました。
 出口で、ユナイテッドからのお詫び状が配られました。そこには、返信したらUAの利用券を郵送する、とありました。ただし、米国内からの投函なら無料とのことです。成田で配られたこのカードをアメリカに郵送する人は、いったい何人いるでしょうか。

 最終の電車に間に合いましたが、夜の10時半ということで、たくさんの方がどうすべきか思案しておられました。

 何とか宿舎の近くの駅に着きました。ところが、外は雨です。なんとも、運のないことです。
 大雨の中を、傘をさしてもずぶ濡れで帰宅となりました。
 旅行用のキャリーのボストンバックも、ずっしりと雨を吸いました。
 帰ってからの荷物の処理がたいへんでした。とにかく、中のものが濡れているので、一つずつを乾かすこととなりました。

 いつも思うことですが、海外の現地での収穫が多いからいいものの、行き来の時間と時差による生活の乱れから失うものは、これはこれで甚大だと思います。

 時間と空間を飛ぶことの素晴らしさは知りつつも、もっと別の移動方法がないものかと、ふと思ったりします。
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2008年11月24日

ハーバード(7)おもしろい本たち

 2日目は、絵と本に関する発表でした。

 絵は、見ていて一緒に考えられるので、話の内容に入りやすいテーマが多いように思います。

 本については、近代から現代の実物の本を、会場に回してくださいました。

 豪華な本や、贅を尽くした本など、人々の遊び心がうかがえて、非常に興味深く手に取ってみました。

 英語での発表でしたが、物があるせいか、何となくわかりました。

 発行部数の少ない本には、心憎い工夫が凝らしてありました。

 30部の印刷などは、宝石のような本です。

 そういえば、私も父のために3冊の私家版を手作りしました。

 心を込めた本には、作者と製作者の姿と人柄が伝わってきます。

 本を大切にする人が多いことに、ホッとしました。

 充実した2日間の研究発表を聴き、改めてレベルの高さに、ドッと疲れが出ました。

 しかし、これは心地よい疲れです。

 最後に、みなさんとの、名残惜しい懇談でお別れです。
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2008年11月23日

ハーバード(6)古写本『源氏物語』2冊

今回の国際研究集会のプログラムの一つとして、ハーバード大学付属サックラー美術館所蔵の貴重な古典籍を参加者で閲覧する、ということが用意されていました。

研究集会初日の午後は、みんなでフォグ・アーツ・ミュージアムへ行き、特別室で拝見しました。

私は、ハーバード大学所蔵の『源氏物語』に関する研究発表をした関係で、一応この本の紹介役をさせられました。
ハーバード大学所蔵の『源氏物語』(「須磨」と「蜻蛉」の2冊)は、非常に古い古写本です。鎌倉時代の写本です。
古典籍に詳しい何人かの先生も、みなさん鎌倉中期以前で初期に近いものだとの評価でした。鎌倉時代の初期の本、と言ってもいいのではないでしょうか。
平安時代の面影を残す写本だとも。
いい雰囲気を持った写本です。表紙はありませんが、書写された紙面に品格があります。
同席されていたクランストンフミコさんに再確認したのですが、ハーバード大学本は、反町氏からハイド氏の手を経て、ハーバード大学に収まったものです。

この写本のツレが、千葉県の佐倉にある歴史民族博物館にあります。中山本の「鈴虫」がそれです。国の重要文化財になっています。
先月の国文学研究資料館で開催した源氏展でも、この中山本は展示しました。
墨流しの料紙に書写されていることなどが、ハーバード大学本との関係を納得させてくれます。

現存する『源氏物語』の写本の中でも、特に古いものと思われるこのハーバード大学本と歴博の中山本は、いつか一緒に見られるような機会を得たいものです。
日本の重要文化財をアメリカに移動するよりも、このハーバードの本を日本に持ってくる方が問題は少ないようです。所蔵先の担当者も、問題はないとのことでした。
近い将来には実現したいと思っています。

異国の地で、海を渡った日本の古典籍と対面しました。
この『源氏物語』は、3年前に拝見して以来です。
かつて一緒にあった本(中山本)は、つい先日まで国文学研究資料館で展示していました。
なかなか得難い体験をしています。
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2008年11月22日

ハーバード(5)初日の報告


国文学研究資料館とハーバード大学が主催する国際研究集会は、朝の9時から開会です。
タイトルは、「The Artifact of Litelature : Japanese Books,Manuscripts,and Illustrated Scrolls」(日本文学の創造物 書籍、写本、絵巻)です。

まずは、クランストン先生の開会の挨拶です。

081121cranstonクランストン先生


続いて、伊井先生の基調講演がありました。

081121ii伊井先生



そして、第1パネルの「和歌・物語・翻訳」となります。

ディスカッサントであるイエール大学のケイメンズ先生から、このパネルの趣旨と発表者の簡単な紹介がありました。

081121kamensケイメンズ先生

英語によるものだったので、理解するのに大変でした。

さて、このパネルのトップバッターは私です。

081121ito


前日から用意をしていた読み上げ原稿は、会場の雰囲気を察知して、ほとんどを端折って進めることとなりました。
会場にお集まりの方々に分かりやすく語るために、できるだけ原稿は読まないようにも心掛けました。すると、内容を平易に伝えようとすればするほど、冗漫になっていきます。
これは、分かってもらいながら進めようとすれば、当然のことです。
伊井先生からいただいた『源氏物語』の本文を整理する課題に、30年もかかって今日ようやく1つの回答を報告できることになった、ということから語り始めました。
時々、先生の反応を窺いながら、他の参加者の表情を見ながら、発表原稿に沿って話を進めました。
今、我々はどんな本文を読んでいるのか、という問題提起の時には、会場の最前列においでのハルオ・シラネ先生が真剣に聴いてくださっているのがわかりました。お昼を食べながらと、午後の美術館特別観覧の時に、『源氏物語』の写本のことを聴かれたので、何とか言いたかったことが伝わったことがわかりました。
とにかく、会場の方々が聴いてくださっていると思うと、さらに分かってほしくなります。
『源氏物語』の本文は、〈青表紙本・河内本・別本〉という分類ではなくて、〈河内本群〉と〈別本群〉という2分別すべきであること、そして今日からは〈甲類〉と〈乙類〉と称する分類概念で仕分けをすべきであることを、とにかく一所懸命に訴えました。
「5分前」という紙が掲げられているのが目に入った時には、手元のタイマーは25分を指していました。
持ち時間は20分のはずです。すでに5分もオーバーしています。
大急ぎでまとめに入りました。

私たちのパネルは、4人で編成されていました。4人目の方は、日本人ですがアメリカの大学の先生ということもあり、発表は英語でした。
画像を提示しながらの発表なので、おおよそはわかりましたが、私には、とにかく心もとない理解に終わりました。

最後に、ディスカッサントであるイエール大学のケイメンズ先生が、このパネルを総括されました。
英語で話されましたが、あらかじめその概要は伺っていたので、何とか分かりました。
4人の発表者1人1人に対して、丁寧なコメントを付けてくださっていました。
私に対しては、いくつかの質問がありました。
ただし、お答えする時間も場面もなかったので、後でお話する機会を持つことにしました。
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2008年11月21日

ハーバード(4)寿司屋が新規開店

 明日の国際研究集会の打ち合わせの合間に、ハーバード大学付属のフォグアーツミュージアムで、今回研究発表の対象となっている作品の調査を行いました。


081120artmミュージアム


 貴重な古写本と絵巻を、じっくりと見ることができました。
 クランストンご夫妻のご高配に感謝します。

 明日の会場であるバーカーセンターも、下見をしました。


081120barcarcenterバーカーセンター

 夕暮れの中の建物は、ハーバードらしい雰囲気を醸し出しています。

 宿泊先のホテルに帰ると、明日の資料が届いていました。


081120rejyme予稿集



 研究発表の原稿を1冊にまとめた予稿集は、立派なものに仕上がっています。
 ずっしりと重い冊子です。
 自分の発表はともかく、みなさまの発表が楽しみです。

 夕食は、この前に来た時に行ったインド料理屋にしました。
 タリーのベジタブルを食べましたが、非常に辛いものでした。
 私には少々刺激がきつかったので、無理をせずに半分ほどにしておきました。

 このインド料理屋の隣では、寿司屋がオープンしたばかりでした。


081120susi寿司屋新規開店




 回転寿司屋ではないのが残念ですが、この次には、ぜひこの店に入ってみましょう。
 
 今夜も、冷たい風が肌身に染みます。
 早々にホテルに帰り、明日の発表の準備をしています。
 持ち時間が20分なので、微妙に短いのです。
 1人でブツブツと、iPhoneをストップウォッチにして練習です。
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2008年11月20日

ハーバード(3)明け方の電話とメール

 いつもお世話になっている室伏信助先生にお願いして実施した、連続講演「千年紀の源氏物語」の全5回が、ハーバードに来る前日に無事に終了しました。

 自分のメモも兼ねて、少し記します。
 以下の日程で、以下のタイトルで行ったものです。

第1回 9月30日
  「幻想から理想へ ―源氏物語大島本の本姿―」
第2回 10月14日
  「「人なくてつれづれなれば」 ―一本を見つめるということ―」
第3回 10月28日
  「竹取物語からうつほ物語へ ―源氏物語の承けたもの〈その一〉―」
第4回 11月11日
  「伊勢物語と在五が物語 ―源氏物語の承けたもの〈その二〉―」
第5回 11月18日
  「紫式部日記という物語」

 優しい語り口で、毎回聴衆を惹きつけてのご講演でした。
 私は、最初と最後にマイクを持つだけでよかったので、後ろでジッと聴くことができました。

 岩波書店の『新大系 源氏物語』の校訂本文をお作りになった経験を踏まえて、貴重なお話を伺いました。第2回目までが、そうした『源氏物語』の本文に関するお話でした。

 続く第4回までは、平安時代の物語としての『竹取物語』『宇津保物語』『伊勢物語』についてです。
 先生は、角川文庫で『竹取物語』をお出しになっていますが、とにかく一番お好きな作品なので、脱線がおもしろい講演でした。たくさんの本を回して見せてくださいました。

 最終回は、『紫式部日記』と『源氏物語』についてのお話でした。
 これまた、興味深いコメントを交えての、30分も超過してのご講演でした。
 紫式部の日記は、実は物語なのだと。

 この最終回では、まず、室伏先生に直衣を着ていただき、そしてお話を伺うという趣向で行いました。
 直衣の着装実演は、國學院大學の大学院生の畠山大二郎君です。

 一昨年の最終回は、神野藤昭夫先生に狩衣でご講演をしていただきました。
 その時の写真が、先頃刊行された『知られざる王朝物語の発見 物語山脈を眺望する』(神野藤昭夫、平成20年9月、笠間書院)の裏表紙カバーの見返しに、著者紹介を兼ねて掲載されています。
 この写真は必見です。
 そして、この本は、脚注がじつにユニークな本です。
 本文はもとより、この下の注記をぜひご覧になってください。
 神野藤昭夫先生のお人柄がにじみ出ている、出色の出来栄えです。
 変な紹介ですみません。
 もちろん、上段の本来のお話とその構成も、贅沢なまでに盛り付けられたすばらしい本です。

 室伏先生の今回のご講演も、この笠間書院のシリーズの1冊として、来年以降に刊行されます。
 詳細は、そのご本をごらんください。

 室伏先生のご講演が終わってから、ご一緒に立川でお食事をしました。
 これまでにも、立川にある例の皿が回転しない謎の回転寿司屋へお連れしたりと、いろいろな機会に直接お教えを受けています。
 この日も、数時間後に成田からアメリカへ飛び立つことをすっかり忘れて、自然食屋さんで楽しく話をしてしまいました。

 ちょうど同じ日に、トルコでお世話になったH氏が私を訪ねて来てくれていました。
 トルコからサウジアラビアへと赴任地を変え、それを終えて先月日本へ引き揚げて来たばかりの彼も、講演会の後ろの席で興味深く聞いていました。

 連続講演終了後の食事には、彼も参加し、海外のおもしろい体験談を聞くことができました。
 室伏先生の思い出話、トルコとサウジアラビアというイスラム圏の話、そして直衣を始めとする衣装の話と、実に多彩な話題で盛り上がりました。

 夜中に宿舎へ帰り、大急ぎで海外出張用のボストンバッグに荷物を詰め、少し寝て、そして成田へと移動し、今このハーバードにいるのです。

 今回もたくさんの仕事の中を出かけているので、今は朝の4時ですが、日本がちょうど夕方のため、いろいろな方と電話とメールで連絡をとっています。
 ここでも、iPhoneが大活躍です。

 成田からシカゴに着くと腕時計の時間を前日に戻し、ボストンに着いてさらに時間を戻しました。
 もう、自分の時計の時間がどうなっているのか、よくわかりません。
 空港の時計に合わせて、腕時計の長針をクルクル回しているだけです。
 iPhoneの時間は、日本のままです。
 
 昨日着き、今日は打ち合わせ、明後日までの2日間が国際研究集会、そしてすぐに日本にトンボ帰りです。
 このハーバードの街から出る暇すらありません。残念です。
 せめて、ボストン美術館だけでも行きたいのですが、とにかく時間がないので諦めます。

 そういえば、9月に行ったベネチアでも、4日間の内の2日間は源氏展の仕事で徹夜でした。毎晩、メールと電話で展示のための仕事をしていました。
 今回もその悪夢が……。
 先程から、電話とメールで、いろいろな方と打ち合わせをしています。
 時差ボケを口実に、身体を騙しダマシの生活です。

 朝日新聞をPDFにして送ってくださったK先生からも、身体をイタワレとのご指導が書き添えられていました。
 その先生も、連日の過酷なスケジュールをこなしておられます。
 同病相哀れむ、ということばが今とっさに思いつきました。
 ありがたいことです。
 大先輩からの温かい忠告を心に刻み、これから朝食まで少し寝ることにします。
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ハーバード(2)朝日新聞を見る

 当地ハーバードは、マイナス1度です。
 東京の感覚で来た私は、とにかく寒い思いをしています。

 一仕事終えてからの夕食には、ホテルの近くのシーフードレストランへ行きました。
 シーフードサラダが1700円でした。アメリカらしく、どっさりと来るのですが、物価は全体的に高いように思います。

 インターネットは、部屋から無線LANで接続しています。ただし、1日1000円なので、これまた高いと思います。
 3年前にハーバードに来た時には、ホテルのネットよりも野良電波を捕まえて、インターネットに接続していました。

 今回は、飛び交う電波がすべてセキュリティがかかっているので、高くても料金を支払って利用しなくてはいけません。
 いいホテルなので、これくらいはサービスをしてもいいと思うのですが……。

 ロビーには、フリーのインターネットが使えるパソコンが、1台だけですがあります。しかし、これは日本語が使えません。使えるのでしょうが、ウインドウズマシンなので、マッキントッシュユーザの私には、手も足も出ません。
 ハーバード大学の方がお世話してくださったホテルなので、すばらしいのですが、このネット環境だけは残念です。

 フロントでいろいろとお尋ねしていると、対応してくださっている方が、上智大学のご出身であることがわかりました。
 海外を歩いていると、いたるところで日本語がうまい人に出くわします。
 みなさん、日本語のよさを理解して、こうして海外の地でも、その成果を活かしておられます。

 メールをチェックしていたら、いつもお世話になっているK先生が、私のことが掲載された朝日新聞(11月20日付、東京板)をPDFファイルにして送ってくださっていました。
 異国の地で自分のコメントが掲載された新聞記事を読むとは、思っても見ませんでした。
 複雑な思いがします。不思議な感覚で、二三度よみました。

 私に関しての記事内容は、来年の2月に『源氏物語【翻訳】事典』を笠間書院から出すことと、『源氏物語』が現在25種類の言語で翻訳されていること、そして、今後の新しい『源氏物語』の研究の胎動についてのコメントです。そして、翻訳本の写真が掲載されています。

 過日、取材を受けてお答えしたことと、私の元にある翻訳本の撮影に協力したことが、うまくまとめてありました。
 白石さんは、綿密な取材を多方面でなさっており、膨大な情報を適切にうまくまとめておられます。さすがはプロの仕事です。文学がご専門ではないのに、とにかく取材内容をバランスよく配して記事をお書きになります。

脱帽です。
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2008年11月19日

ハーバード(1)寒さに震える

 成田で、円から米ドルへの両替のレートは、ちょうど100円でした。
 円安が騒がれていますが、小旅行ではあまりお得感はありません。

 ジェット気流に乗ったとはいえ、東京からシカゴまで10時間。
 昨日に向かって飛ぶ長い旅です。

 機内では、2本の映画を観ました。『まぼろしの邪馬台国』と『赤いハンカチ』です。
 前者は、竹中直人と吉永小百合が大熱演でした。

 話の中身は大したことはありません。その台本の不出来を、2人が懸命に盛り上げようとしていました。
 夫の一部になろうとして献身的に尽くす妻と、目が見えなくても夢を追い求め続ける夫の物語です。
 観るものの心情に訴える状況設定は、最初から用意されています。そこに加えられるものを期待しました。学説や研究者というものを映画の中でどう扱うのか、興味を持って観ました。
 しかし、すべてが「努力」の一語でぼかされました。
 情に流れてしまったのが、この作品の評価を低くせざるをえない決定的な要因です。広く一般に、というのでは、この種のテーマでは難しいと思います。

 『赤いハンカチ』は、音声が聞き取り難かったので、集中して観られませんでした。
 それでも、おもしろい作品でした。
 カッコいい石原裕次郎と、キレイな浅丘ルリ子でした。

 シカゴで乗り換えです。
 入国審査では、両手のすべての指紋を採られました。おまけに顔写真も。
 ボストン行きのチェックインでは、靴まで脱がされました。

 テロ防止というお題目のためなら、何でもしていいのがアメリカ流です。

 ボストンからケンブリッジにあるハーバードに入りました。
 アメリカのケンブリッジというのは、イギリスのケンブリッジと紛らわしいですね。
 ハーバード大学の方からのメールに、ケンブリッジより、とあるのには、いつも勘違いしてしまいます。

 ここには、3年前の2月にも来ています。あの時は、雪が積もっていました。
 今日は、道端の水溜まりに氷が張っていました。
 風が耳を切るように吹きます。予想以上に寒いのです。

 もっと衣類を持ってくるのだったと、早くも後悔しています。
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2008年11月18日

インド人留学生の眼(1)日本人はシャイか?

 インドから来た留学生を一人預かっています。
 現在は、「総合研究大学院大学 文化科学研究科 日本文学研究専攻」(基板機関は国文学研究資料館)という、長い名前の大学院大学の研究生として来日している国費留学生です。

 彼は非常に好奇心が旺盛で、見聞きしたことを、よく私の部屋に来て話してくれます。
 おもしろおかしく、眼をキラキラさせながら … 。

 私一人が聞いていているだけでは、もったいないと思うことがよくあります。
 彼は日本語は流暢だし、文章もうまいので、日常での見聞を短文にまとめてみないかと、勧めました。
 本人も書いてみたいというので、私のブログを通して、彼のものの見方を共有したいと思います。

 私は、毎年インドへ行きます。インドの先生と設立した〈インド日本文学会〉を運営しているからでもあります。
 インドの皆さんのものの考え方には、いつも発見があります。話をしていて、心弾むことが多いのです。

 インドから来た留学生の、コラム風の文章を読んでみてください。
 多少の日本語の危うさは、ひとまず大目に見てください。というよりも、日本語を運用する上での問題点が見えてくるので、あえて私はほとんど手を入れずに公開するつもりです。混乱している場合には、多少は校正して調整することはあるかも知れませんが … 。

 まずは、第1話です。



日本人はシャイか?

 去年のことです。
 ある日、JR駅の公衆トイレに行きました。男の人が皆、立ち並んでおしっこをしていました。
 ある女の人がトイレ掃除をしていたのに、男の人皆が、遠慮なくおしっこをしていました。

 日本での男女のその平等さを見て、日本初のカルチャーショックを受けました。頭が真っ白になっていました。
 掃除が終わってから、私も皆と一緒に立ち並びました。
 するとそこで、ある珍百景に目が止まりました。
 「もう一歩進んでください」と目の前に書かれていたからです。
 面白かったです。そして、考えるようになりました。

 それで、一緒に住んでいる留学生に聞いてみました。他の国にない風景だと分かりました。

 人は普通、心にもやもやと考えていることや、感じていることを、口に出したり、訴えたりするのです。
 それを本心と言うでしょう。
 つまり、トイレのその書き込みは、掃除の人が燃えていた考えの単なるしるしではないかと思いました。
 他の国でも、チョコ漏れ(?)の問題があるはずですが、そこまで遠慮なく、公然と書けるのは日本しかないと思います。

 日本人はシャイだとか、本心を言わないとか、インドで勉強してきました。しかしこの様な場面を経験して、間違えたことを勉強したような気がしました。
 成人向けの雑誌であふれるコンビニのコナーや、新宿の道端は、目の前の飲み込めない事実でした。その上、そのシャイな日本人はそんな雑誌を電車の中で、みんなの目の前で読むのです。それを見て、ノーコメントです。

 私は、インドで日雇い通訳者として、日本人と働いたことがあります。
 そこで、お茶を一緒に飲むくらい親しくなると、すぐに「君、何歳」「彼女・彼氏いる?」まで聞くのです。

 本心を言わないよりも、本心を隠せない日本人は、現場でもプロではないという気がしました。

 「私はインドから来ました」と日本人に教えると、何回も「カーストは何?」「向こうでターバンを巻くよね?」とか「学校には象に乗って行きますか」、ということまで聞かれたことがあります。

 一緒に住んでいるチュニジアの友達は、自分の指導教官に「チュニジアに道路ある?」「ビルある?」と聞かれたそうです。

 日本人は好奇心が強くて、何でも知りたいのだと、私は思います。
 何にもためらいなく、他人に年齢や彼女・彼氏のことまで聞ける日本人は、何で、自分をシャイで本心を言わないというレッテルを貼るのか、不思議に思っています。
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2008年11月17日

心身(27)お通夜から帰って来て

 青木周平さんのお通夜から帰ってきました。

 今日は早朝に京都から上京し、すぐに溜まりに溜まっている膨大な書類を作成し、息つく暇もなく会議に出席し、その会議が終了して10分とたたない内に、副館長と一緒に品川にある桐ケ谷葬祭場へ急ぎました。立川に移転する前の職場の近くです。

 ここは、副館長と私の大学院時代の指導教授であった、内野吾郎先生の葬儀が営まれたところでもあります。
 内野先生からは、副館長は近世国学を、私はドイツ文献学を学びました。
 青木さんも、我々と同じ恩師の元で『古事記』の研究をされていたのです。
 恩師と研究仲間の葬儀が同じ場所であることに、五反田からのタクシーの中で副館長と語らいました。

 たくさんの方が弔問にお出ででした。
 その多さに、とにかく驚きました。
 そして、青木さんの人となりを納得しました。
 たくさんの仲間の顔を見かけました。
 話をしたのは数人でしたが、懐かしい顔をたくさん見ました。

 帰り道に、最近の自分の血糖値が下がらないことに思いを致しました。
 糖尿病の合併症のことがあるので、そろそろ食餌療法だけを頑固に続けるだけではなくて、医者に今後の対処を指導してもらうしかないか、と、これまで拒み通していた道を考え出しました。
 自分で毎日血糖値を測ることによって、自己管理できると思ってきました。しかし、それが難しくなったことを自覚せざるをえません。毎朝の空腹時の血糖値が、150前後が続いているのです。

 これまでは、毎朝の数値が120前後を推移していたのに、夏場から下がらなくなりました。
 『源氏物語展』のために、全生活を投げ出していたことが、大きな要因であることは明らかです。
 何かとやるべきことが多すぎて、3日に1度寝るという日々が約2ヶ月も続きました。
 よく身体が持ったものだと思います。今にして思えば、こうして生きているのが軌跡としか思えません。
 
 もう、独力で自分の血糖値を維持するには、気力が続かないように思えます。
 大きな仕事をした直後なので、急激な緊張の緩和によって余計に意気消沈しているのかも知れません。
 そうであっても、自力ではなくて、医者と相談しながら身体を労ろうと思います。

 明後日からは、ハーバード大学で開催される国際研究集会で研究発表があるために、しばらく渡米します。
 今は慌ただしい真っただ中なので、帰国後に医者のところへ行こうと思っています。

 先程、妻とも電話で相談しました。
 毎週末の京都の自宅で食事のことを配慮してもらっても、平日の東京での生活が時間に追われており、食事が不規則なので、どうしようもありません。

 疲労困憊の日々では、食事をする時間は乱れ、食べるものもその時に好きなものとなります。
 そして、煩わしさを1秒でも早く忘れるために、お酒も欠かせない日々が続きます。

 不健康な日々を背負いながらの生き様には、いいことがないのは自明の理です。

 お通夜から帰ったばかり、というせいではなくて、素直に医者の力を借りる、という時期に自分が置かれていることを自覚したところです。

 情けないことですが、自分を守りにかかっている今日の心境です。
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2008年11月16日

源氏千年(75)京都御所の一般公開

今秋の京都御所公開は、『源氏物語』がテーマでした。
それも、「いづれの御時にか … 」です。
『源氏物語』の千年紀ならではの趣向のようです。

まず、諸大夫の間に、光源氏と玉鬘が和琴を演奏する場面が再現されていました。


081116gosyo0和琴


パネルの説明は、次のように書かれていました。

和琴
日本が起源の弦楽器です。日本古来の歌謡である国風歌舞などの演奏に用いられます。『源氏物語』二十六帖では、源氏が玉鬘に琴を教えています。




説明が短いので、ほとんどの方にはこれがどのような状況なのかはわからなかったと思います。
せっかく、『源氏物語』の千年紀で『源氏物語』の理解者が圧倒的に増えた昨今、この程度の説明ではみなさん不満に思われたことでしょう。『源氏物語』の第26帖が「常夏」の巻であることも、明記してよかったと思います。

この右には、伝狩野尚信の「源氏の図」がありました。
源氏展のための図録で、さまざまな源氏絵を調査したせいか、一場面一場面が目に浮びました。



081116gosyo1源氏の図



紫宸殿の裏に回ったところにある清涼殿では、弘徽殿の上の御局に扇を持った立ち姿の女性がいます。
説明はありませんでしたが、朧月夜のようです。
この極めのポーズは、源氏ファンならどなたも気づかれたことでしょう。


081116gosyo2朧月夜



小御所では、絵合の場面を再現していました。
なかなかの力作です。
臨場感があり、イメージ作りに役立ちます。


081116gosyo3絵合


中央に藤壷がいます。
この絵合の場面の再現は、製作者の拘りが伝わってきて、本当にすばらしいできだったと思います。

さらに進んで、御常御殿には、囲碁をする女性がいました。
空蝉と軒端荻をイメージしたものでしょう。
ここにも、説明はありません。


081116gosyo4囲碁


全般的に、御所の一般参観では、説明が少ないように思います。
特に今回は、『源氏物語』をテーマにしているので、もうすこし場面の説明があってもよかったのではないでしょうか。


たくさんの人を掻き分けながら、一条通を北西に向かって自転車を漕ぎ、人形の寺として知られる宝鏡寺へ足を向けました。


081116gosyo5宝鏡寺


今回は、「秋の人形展 −源氏物語千年紀によせて− 御所の女性たち」が開かれていました。
歴代の内親王や和宮の生活や文化が紹介されていました。
『源氏物語』に関する遊技具や調度品を、ゆったりと見ることができました。

賀茂川を散策しながらの帰り道で、鴨がたくさん集まっていました。
ちょうど、夕方でもあり、これから琵琶湖へ向かって飛び立つところだったのです。


081116gosyo6鴨たち


一羽づつ、下流に向かって飛び立ち、低空飛行で比叡山を目指しているように見えました。
みんなで、一斉に飛ぶのではないのですね。
実際の飛行コースはわかりませんが、みんなは北大路橋を目がけて飛んで行きました。

また明日おいで、と声をかけたくなりました。
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2008年11月15日

源氏千年(74)源氏をテーマにした細工寿司

 新聞を整理していたら、「源氏物語をテーマにした細工寿司」の記事を見つけました。

 今月9日の京都新聞の「京日記」のコーナーです。

 記事によると、今月8日と9日に、京都市伏見区のパルスプラザで「第28回 京都ものづくりフェア2008」がありました。その中で、『源氏物語』に関するお寿司が展示されたようです。

 毎日1食はお寿司の生活を送る私としては、どうしても無視できない情報です。
 また、『源氏物語』の受容史を研究テーマとする者としては、これは初耳です。

 詳細をご存知の方は、どのようなものだったのか、教えてくださいませんでしょうか。
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2008年11月14日

井上靖卒読(51)『白い炎』

昭和31年の恋愛小説です。

時代背景の説明がないと、若い人には古くさく感じることでしょう。
例えば、列車の二等車や特二等がどのようなクラスの鉄道車なのか、私も怪しいものです。

連絡を取るのが電報であったり固定電話なので、待ち合わせの場面では焦れったい思いをします。
私の高校時代には、クラブ活動に来ない仲間を電報で呼び出していたので、この時代の様子がわかります。しかし、携帯電話に慣れた現代人には、もどかしさを感じることでしょう。


私がチェックした言葉を、いくつか引いておきます。

男は一つことを思いつめる時は幸福な明るい顔をするが、女は反対に静かな不幸な顔をする。
(150頁)


ここには、井上の「夢」というものに対する理解が語られていると思います。

わたし、婚約している人、あまり好きじゃないのよ。でも、その人を愛そうと思うの。愛して平和な家庭を作り上げようと思うの。人間ってみんなそんなもんよ、きっと。(207頁)


愛そうと努力する女には、その先に何が待ち受けるのか。読み進むのが楽しみになります。井上の作品によく見られる手法です。

木津と的場に挟まれて苦悩する那津子。『源氏物語』の「宇治十帖」を初めとする、三角関係の物語のイメージが揺曳します。

木津との京都旅行を何度も逡巡する那津子の心の動きが、行ったり来たりする様は、本当に巧く描かれています。
そして木津と合流しないままに、的場のアパートに走ります。
これまた巧い展開です。

また、的場と那津子の間を彷徨う木津が、読んでいる者の心に引っ掛かるように描かれています。これも巧いと思います。

背景に点綴される義父が、那津子の生き様の指南役として存在しています。
井上靖の作品によくある設定です。

そして、最後まで、みんなが善人です。いつものように。【4】



初出誌︰週刊新潮
連載期間︰1956年8月13日号〜1957年2月4日号
連載回数︰26回

文春文庫︰白い炎



映画化情報

映画の題名︰白い炎
制作︰松竹
監督︰番匠義彰
封切年月︰1958年3月
主演俳優︰大木実、高千穂ひづる



参照書誌データ:井上靖作品館
  http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
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2008年11月13日

英語の短歌を読む

 先日、本ブログ「続・英国からの朗報」(11月 5日)で紹介した、英国ヨークの中村久司先生の短歌集『The Floating Bridge』(「浮橋」)が届きました。



081113tanka表紙と裏表紙



081113tanka1内容紹介



5行の英語短歌が70首ほど収録されています。
『百人一首』の英訳本は読んだことがあります。
しかし英語の現代短歌を見るのははじめてです。
英語はわからないので日本訳しようとしました。
ボキャブラリーに乏しいため映像が浮びません。
声に出して見ると何だか感じるものがあります。
これはまずは音読するといいのかもしれません。
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2008年11月12日

青木周平さんの突然の訃報

『古事記』の研究者として、第一線で活躍中だった國學院大學の青木周平さんが、昨夜お亡くなりになりました。
学生時代を共にした、同い年の先輩です。
青木さんは私には親しみを込めて「君」付けでしたが、私は研究者としては先輩なので敬意を表して「さん」付けで接していました。

信じがたいことです。しかし、いくつか連絡が入ってくるにしたがって、その事実を認めざるを得ないことを知りました。

学生時代から、そして卒業後や再度上京してからと、専門分野は上代と中古ということで異なりましたが、折に触れて話をしていました。職場を共にしていなかったので、気楽に話ができました。

私が大学院の修士課程で研究生活を辞め、高校の教員として大阪に帰ることを決心した時、たまたま船上で夜空を見上げながら、しばし研究というものについて、いろいろと語り合う機会がありました。「それもいいじゃないか」と言ってもらいました。

そして、私が研究者として上京して4年後の2003年に、奇しくも『国文学研究資料館データベース古典コレクション 兼永本古事記・出雲国風土記抄 CD−ROM』のお仕事を手伝うことになりました。青木さんは非常に忙しい時期でもあり、ことあるごとに「ごめん ごめん よろしく」という言葉が口をついて出ていました。
この仕事が、青木さんとの、最初で最後の仕事でした。

その後、青木さんの教え子の論文を、関係していた論文集や雑誌に紹介してあげたりと、ささやかではありますが言わず語らずの交流が続いていました。

青木さんの研究室の隣に、私が時々出入りしていたので、目が合うと簡単な挨拶をしていました。
「周平ちゃんとは、小さい時に一緒にピアノを習いに行っていたのよ」という私の研究仲間との話になると、眼をキラキラさせて明るい笑顔で遠くを見るようにして思い出を話されるのが、非常に印象的でした。

先週の土曜日に、青木さんの研究室の隣に用事があったので、その前を何度か通りました。電気が消えたままだったので、今日はもう帰られたのだな、と思っていました。しかし、あれは入院しておられたからだということを、今日知りました。

突然の知らせは、悲しいものです。

ご冥福をお祈りします。
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2008年11月11日

井上靖卒読(50)「澄賢房覚書」

 謎解き仕立てのストーリーに引き込まれていきました。

 数奇な運命のもとに姿を消した澄賢の一生が、ここに炙り出されています。

 事実か否かは問題ではありません。いかにもあり得る人の生き様が語られており、我が身に重ねてしまいます。
 みんな、いろいろなことがあって生きているのである、と。その仲間の一人の生き方を、かいま見た思いがします。

 井上靖の文章も丁寧です。澄賢への、作者の眼差しが温かいのです。思いやりの深い筆致に、一人の人間が立ち現れてきます。
 無名の人間が、生命を与えられて再生しています。そして最後は、美しく話を閉じています。

 人の一生というものを感じさせてくれる作品となっています。【4】



初出誌︰文学界
初出号数︰1951年6月号
備考︰『澄賢房覚え書』の表記もある

新潮文庫︰ある偽作家の生涯
井上靖小説全集15︰天平の甍・敦煌
井上靖全集2︰短篇2


参照書誌データ:井上靖作品館
  http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
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2008年11月10日

ポルトガル・へブライ・セルビア語訳『源氏物語』の事

 現在、『源氏物語』の外国語訳について、情報を整理しています。

 その過程で、ポルトガル語訳・へブライ語訳・セルビア語訳の『源氏物語』に関する情報が不正確なままです。

 へブライ語訳については、国際交流基金のデータベースに「Maase Genji (源氏物語)Hebrew[HEB](ヘブライ語)1971」とあるのですが、現物が確認できません。

 どなたか、この3冊に関してご存知の方がいらっしゃいましたら、ご教示いただけませんでしょうか。
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2008年11月09日

自分だけのための1日

 今日は、24時間ずっと、自分だけのために使える日です。
 何でもできる日を、半日以上も横たわっていました。
 気ままに小説を読んだり音楽を聴いたりと、忘れ去っていたことをしました。

 こんなにも贅沢な時間が、自分の身の回りを流れていくことに、あらためて至福を感じました。

 昨日は、私の誕生日であり、また結婚記念日でもありました。

 しかし、始発の新幹線で京都を発ち、早朝からの渋谷での研究会に出席したのです。
 午後には、私も源氏絵に関する報告をし、夜には交流会に参加し、その後に打ち合わせ会がありました。
 交流会では、パリからお越しの先生と、久しぶりに歓談の時を持ちました。
 昨日の12時間以上を、渋谷で過ごしたことになります。

 渋谷は、私が7年間も大学生活を送った街です。

 妻とは大学の同級生でした。
 40年近くも前に、学生として共に歩き回った渋谷での1日。
 昨日は、妻は横にいませんでしたが、これまたよき結婚記念日と言えるでしょう。
 イギリス式に言うならば、昨日は珊瑚婚式に当たるのだそうです。

 学生時代に、妻と2人で新宿伊勢丹のブライダルコーナーに飛び込み、日にち指定で結婚式場を探しました。
 そして、35年前の昨日、東京タワーの下にある小さな会館で式をあげました。
 参会者は20人。親兄弟と友人3人を呼んでの、ささやかなものでした。
 ウエディングケーキなどはありません。2列の対面でのお食事会といった方がいいでしょうか。
 仲人は、私と妻の恩師です。
 私は『源氏物語と唱導文芸』について、妻は『小野小町』に関する卒業論文を一緒に出してすぐのことでした。
 まだ学生生活を続けていた私は、妻に養ってもらっていた頃のことです。世に言う「ひも」です … 。
 お酒の大好きだった恩師とは、妻が酒豪だったこともあり、渋谷、新宿、中央線沿線を飲み歩きました。
 私のアパートは、渋谷、東中野、阿佐谷、高円寺、荻窪と、転々としていました。
 妻は、中野の後に三鷹のアパートにいました。
 今、中央線の立川に通勤しているのも、何か不思議な縁だと思えます。
 そして、当時と変わらずに三鷹のすこし先にお住まいの先生は、今もお元気です。

 昨日は研究報告の発表資料を作成するために、ほとんど寝ないままに新幹線に飛び乗ったので、2時間以上もイスに蹲っての仮眠でした。
 こんな日々が、この3ヶ月ほど続いていたのです。
 それがなんと、昨夜はすべてを忘れ、本当に心おきなく床につきました。
 これが、自分への誕生日と結婚記念のプレゼントとなりました。

 妻や子どもたちとは、来週末に京都の自宅でお祝いの食事をすることになっています。
 お祝い事は先延ばしができるのでいいですね。
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2008年11月08日

突然の日本通訳協会の閉鎖で検定試験中止

 娘が通訳検定を受けるために、12,000円を支払って受験の準備をしていました。
 しかし、試験日の3日前に、突然の検定試験中止のハガキを受け取ったのです。
 主催母体の日本通訳協会が事業を閉鎖することとなり、今回の検定試験を中止する、という知らせが来たのです。

 そのハガキには、以下のような文面が記されています。


081108tuuyaku通訳検定中止通知


受験生の皆様へ

日本通訳協会閉鎖のお知らせ
創業以来35年間以上に亘り、通訳技能検定試験
(通検)そしてボランティア通訳検定試験(V通
検)、中国語・日本語通訳試験(中日通検)を日本
通訳協会は実施して参りました。しかしながら、こ
の度、今般の経済不況の中で必要な金融支援も受け
られず、日本通訳協会は止むなく閉鎖せざるを得な
くなり、通検、V通検、中日通検等の各試験も実施
を断念せざるを得なくなりました。
各試験の直前でもあり、皆様方には大変なご迷惑
と混乱をお掛けいたします点、深くお詫び申し上
げます。
なお、予定しております2008年11月9日(日)
の各試験および12月14日(日)の通検2次、
2009年2月1日(日)の通検3次のいずれも
中止いたしますが、業界の各社と協議中であり、皆
様方の受験料が無駄にならないように努力していく
所存です。協議の進展に伴い、今後の方向が決まり
次第、皆様方にはご通知いたしますが、11月下旬頃
には今後の連絡先も含めまして概要をウェブサイト
http://www.jipta.net/)に掲載してお知らせした
く患っていますので、それまでお待ちくださるよう、
お願いいたします。
ご迷惑をお掛けします点、重ねてお願いいたします。
  2008年11月4日
              日本通訳協会
               代表 向 鎌治郎


 先般、八王子自動車教習所が突然閉鎖したことにより、免許取得をめざしていた人たちが、説明会に殺到しているニュースを見たばかりです。

 英会話のスクールでも、よく似たことが再三あったことを思い出します。

 上記のハガキにあるように、明日の日曜日の検定試験実施の数日前に、突然このようなハガキを受け取った娘は、試験勉強をして準備をしていたこともあり、途方にくれているようです。
 「業界の各社と協議中」というのも、無責任な説明です。

 ただし昨日、検定試験の申し込みをした窓口の紀伊国屋書店から電話があり、受験料を返金するとの連絡があったそうです。

 受験手続の窓口として間に入っていた紀伊国屋書店は、誠意としてこのような対処をすることにしたのでしょう。
 企業としての誠実な対応は、すっかり気落ちした受験生に対する、ささやかながらも慰めの1つにはなることでしょう。

 それにしても、ひどい話です。

 ハガキの文面によると、「今般の経済不況の中で必要な金融支援も受けられず、日本通訳協会は止むなく閉鎖せざるを得なくなり、通検、V通検、中日通検等の各試験も実施を断念せざるを得なくなりました。」ということです。

 どこまで本当かは分かりませんが、受験日間際の事業放棄はいけません。
 英会話スクールや自動車教習所と違い、今回のケースは、前もって多額の授業料を払うことはありません。受験料だけです。それだけに、もっと早く手が打てなかったのかと、疑問が生まれます。
 打てなかったから、打たなかったからこそ、このような事態になっているのです。それはわかりますが、受験生への配慮が足りません。もっとも、配慮などという悠長なことは言っていられないからこそ、このように突然の協会閉鎖となったのでしょうが … 。

 それにしても、安心して受講や受験もおちおちできない社会となっています。
 入会や申し込みに先立っての事前の調査等は、しても実際には意味がありません。
 そうだからこそ、こうした運不運が生じているのです。

 運が悪かったと諦めるしかないようです。
 それにしても、やる気を削ぐようなことは、ぜひとも避けてもらいたいものです。
 前に向かって生きていこうとする人々を、もっと大切にする社会にしていきたいものです。

 そんな折も折、「通訳ガイドの育成策を検討」という京都新聞(共同通信)のニュースを眼にしました。


 観光庁は8日までに、外国人旅行者の受け入れ態勢を強化するため、国家資格の「通訳案内士(通訳ガイド)」の育成策を検討する有識者懇談会を、11月中旬にも設置することを決めた。
 懇談会は通訳ガイドの団体や旅行業界の関係者ら約30人で構成。来年1月までに3回程度開き、同庁は議論の結果を今後の施策に反映させる。
 観光庁によると、通訳ガイドの免許登録件数は今年4月現在で約1万2000件で、政府は2011年に1万5000件に増やす方針。ただ、語学力を試すために試験に挑戦する人も多いとみられ、国土交通省の今春のアンケートでは免許登録者で実際に仕事をしている人は26%だった。




 検定試験の中止と、この育成強化のニュースは、どこに接点があるのでしょうか。
 日本通訳協会の閉鎖との関連はあるのでしょうか。

 私は、日本人みんなが英語を勉強し、しゃべれるようになる必要はないと思います。
 ただし、英語をはじめとする外国語を習得したい人には、最大限の援助をすべきだと思います。
 先週の源氏物語国際フォーラムでは、日本語を英語に通訳してくださった方々の奮闘があってこそ、海外の方々は正確な情報を得られたのですから。

 私は英語がまったく話せません。また書けません。
 そうだからこそ、英語が得意な人が身の回りにいてくれたら助かります。
 それも、日本の文化と歴史のことを知っていて、なおかつ英語が堪能な方は、もっともっと育成すべきです。

 国際化とは、英語が話せる人を育成することではありません。
 自分の国の文化や文学や歴史などを語れることが、国際化の第一歩です。
 それを忘れた英語教育偏重の気風は、英語はしゃべれるが日本のことは何も語れないという、哀れな日本人を育てる愚かなことになりかねません。

 単に英語がしゃべれることだけを優先してはいけません。その語る中身が問題です。かえって、日本のことをねじ曲げて海外に伝える愚かな人材を増産することになりかねません。

 まずは、しっかりとした国語教育をしましょう。
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2008年11月07日

源氏千年(73)文化財返却の旅−源氏展を終えて

美術品運搬専用車に乗って、源氏展のためにお借りした展示資料を返しに行きました。

京都の西にある陽明文庫に始まり、北の京都府立総合資料館、三条にある京都文化博物館と古代学協会、そして奈良の天理図書館と、9月にお借りした時と同じくトラックでの移動でした。

とにかく、無事に『源氏物語』の展覧会を終えることができたので、お預かりした貴重な文化財を返し終えて、ひとまずホッとしています。

貴重な資料をお借りして展示するということの意味と、信頼関係という目に見えない糸によって展覧会が実現するということを、改めて教えていただきました。

これまでは、資料に書かれている内容を読み取ることしか考えていませんでした。
それが、展示というものを通して、資料のありように目がいくようになりました。

資料という物の貸し借りと管理についても、知らなかったことをたくさん勉強しました。

今年は、得難い経験をたくさんしました。
今後に活かしていきたいと思います。
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2008年11月06日

続・英国からの朗報

 昨日、英国・ヨークの中村先生の吉報をお伝えしたところ、いろいろな方がこの記事をご覧になったようです。

 本ブログは、海外からのアクセスも多いので、引き続き、中村先生からの報告を紹介します。


昨年、英語歌集を出しました。
序文に和歌の簡単な説明と新古今を中心とする和歌数首を英訳して掲載しました。
その後、英語で歌作したTANKA70首を載せています。
歌集名は、The Floating Bridge: Tanka Poems in English です。「浮橋」です!
アメリカ・イギリス・ニュージーランドでは書評が出ましたが、日本では発売していないので、数人しかご存知ありません。



 この歌集を入手できる方は、ぜひご覧になってはいかがでしょうか。


 また、「日英短歌協会」について、以下のような状況だとのことです。


18ヶ国から200人くらいが加盟していますが、「日英」なのに、日本人の会員は3名です!



 興味のある方は、どうぞ協会のホームページをご覧になり、ご一緒に楽しんでいただきたいと思います。


日英短歌ソサエティー
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2008年11月05日

英国からの朗報

 昨日のニュースとして、イギリスで活躍中の中村久司先生(ヨーク・セント・ジョン大学)が、外務大臣表彰を受賞されたとの報に接しましたので、ここに速報として紹介します。

 在英国日本国大使館/在ロンドン日本国総領事館のホームページによると、次のようにあります。



外務省は、日英外国関係開設150周年を記念し、日英両国間の交流親善に永きにわたり貢献された9名1団体に対し、外務大臣表彰を行うことを決定しました。



 そして、この中に、中村久司先生の名前があるのです。


(8) 中村久司(ヨーク・セント・ジョン大学日本プロジェクト・オフィサー)
ヨークを中心とする北東部イングランドにおける日英文化・教育交流の中心人物として、日英交流に貢献。



 詳しくは、以下のホームページをご覧ください。



外務大臣表彰報告



 中村先生は、日英短歌ソサエティーを主宰なさっています。
 その活動の一端は、次のホームページをご覧ください。


日英短歌ソサエティー


 中村先生とのお付き合いは、娘が最初に英国に留学した時に遡ります。
 娘がいろいろとお世話になったのが中村先生でした。
 そして、その中村先生が、国文学研究資料館のデータベースを利用なさっていたのです。
 いろいろと接点があるご縁で、私の銀婚旅行の折にも、妻と娘ともども、先生の所に足を運びました。
 娘が英国の大学を卒業するときも、いろいろと相談に乗ってくださったようです。
 本当に、きさくな先生です。そして、情熱的な先生です。

 今回の受賞の報を知り、これまでの地道な活動が評価された事を、我が事のように嬉しく思っています。

 人様に自慢のできる快挙として、いろいろな方に語りたいと思います。

 とにかく、おめでとうございます。

 そして、ますますのご活躍をお祈りいたします。
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2008年11月04日

源氏千年(72)京都の源氏漬け最終日

連日の源氏フォーラムも、ついに3日目となりました。
みなさまお疲れのようですが、それでも会場は熱気に満ちていました。

今日は、海外からの報告や研究成果がたくさん発表されました。
アメリカ、中国、トルコ、韓国、オランダ、フィンランドと、実に多彩な顔ぶれでした。
後でチャッカリと、現在編集中の『源氏物語【翻訳】事典』の原稿などを、何人かの先生にお願いしました。

今日の発表者の中では、カリフォルニア大学のエメリックさんが光っていました。
今回の参加者では最年少の若者です。
実は、エメリックさんは国文学研究資料館で2年間勉強しておられたので、個人的には知っていました。しかし、今日の発表ぶりは、実にみごとでした。
発表の構成がよく練られていました。さらに、ユーモアを交えて、会場を包み込んでの話でした。
末松謙澄の再評価には、まったく同感です。
この発表に対する質疑応答も、充実していました。
今後のエメリックさんの活躍が、ますます楽しみになりました。

後半には、金剛流の能「玉葛」が舞われました。
会場が能楽堂だっただけに、みごとな企画であり、見事な舞いでした。

ただし、私は一つだけ気になったことがあります。
それは、場内を我が物顔で写真を撮るカメラマンのシャッター音です。
参加者には撮影が禁じられていたので、おそらく会場側が手配した写真屋さんなのでしょう。しかし、私が最後列にいたせいもありますが、耳元でカメラの連写音が立て続けに響きます。また、頭上でも、パシャ、パシャ、パシャ、パシャと、休む暇なくシャッター音が鳴り響きます。ゆうに数千回を超していたと思います。
とにかく、お能を鑑賞するなどという状況ではありませんでした。気が散って、とても見続けられなかったのです。
連日の疲れが溜まり、機械的な音の連続に神経が苛立ったのかもしれません。
よほど、耳元や頭上で構えられたカメラを叩き落とそうかと思いましたが、場内の雰囲気を壊してもいけないので、ジッと我慢しました。

もう、公害に等しいシャッター音でした。
続くパネルディスカッションでも、一人の発言者を数百回もシャッターを切るのです。千に近い数百です。それを、10人のパネラーの一人ずつに対して、もう気が狂ったかと思わんばかりに、連写のボタンを押し続けておられました。

これさえなければ、このフォーラムは素晴らしく盛会で終わったことでしょう。
この一事だけが、私にとっては非常に残念でした。

最後に、秋山虔先生が挨拶なさいました。
全日参加されたのです。そして、若返ったと思う、とおっしゃっていました。

夜の交流会も、大盛会でした。
司会者の話では、今回は15カ国、40人の方が参加されたとのことでした。
『源氏物語』の海外での注目度が、これだけでわかります。

『源氏物語』のミャンマー語訳にチャレンジしだした方は、以前一度お目にかかった筑波大学を卒業なさった方でした。
さまざまな言語で『源氏物語』を翻訳しようとなさってる方々とお話ができて、本当に充実した4日間でした。

最後に、こんな表彰状が、参加者全員に渡されました。
なかなか粋な配慮です。


081104syoujyo表彰状



明日は、お客様を京都にご案内する予定です。
秋の京都を、しばし満喫したいと思います。
posted by genjiito at 23:54| Comment(0) | TrackBack(0) | ◆源氏物語

2008年11月03日

源氏千年(71)京都の源氏漬け2日目

今日の源氏物語フォーラムでは、12人の発表がありました。
会場は、昨日の国立京都国際会館から金剛能楽堂に移りました。

昨日が、基調講演を含めて10人のお話を聞いたので、源氏漬けも満腹です。
みなさん、そろそろお疲れのようです。
しかし、それでも熱のこもったお話に、興味深い質問が続きました。
『源氏物語』のさまざまな切り口を堪能しています。

私が今日のプログラムの中で一番おもしろかったのは、お香の松栄堂の社長である畑正高さんの「源氏物語と薫り」でした。

畑さんには、今年の初夏に、聞香の席でお目にかかりました。
詳細は、次のブログで報告した通りです。

聞香の体験報告

さて、本日のお香の話では、日本の四季とお香の関係のおもしろさが印象的でした。
焚香文化は世界的にあるそうですが、日本の場合には、四季との結びつきで、さまざまな組み合わせがあります。
また、衣服に革を使わなかったことから、臭いを誤魔化す必要がなく、純粋に薫りを楽しめたのでしょう。
会場からの質問が、ツベタナ先生と河添先生からありました。専門的でありながら非常に興味深い質問だったので、興味深く聞くことができました。

日本のお香の特徴として、その組み合わせの妙にあることに及んだときに、「1年中シャネルの5番は最悪」という発言が印象的でした。
薫りは、季節や雰囲気によって、さまざまに変わるのです。

この話題が盛り上がったのは、日本での我々の生活に身近な文化だからではないでしょうか。

ものの見方を変えて楽しむことのおもしろさを、存分に味わうことのできた一時でした。

さて、明日は3日目の最終日です。
海外の先生方の翻訳に関する発表が多いので、現在『源氏物語【翻訳】事典』を編集中なので、いい情報収集の機会となりそうです。
posted by genjiito at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | ◆源氏物語

2008年11月02日

源氏千年(70)京都の源氏漬け初日

 今日から、源氏物語国際フォーラムが3日間開催されます。
 源氏物語にどっぷりと浸かる日々となります。

 初日は、昨日記念式典が行われた京都国際会館と同じ会場です。
 朝の10時から夜の8時半まで、本当に長丁場でした。

 最初の挨拶で秋山虔先生が、「もし源氏物語を読まなかったら人生どれだけ損をしたことか。」とおっしゃたことを、後の講演者の方々がいろいろな形で触れておられました。
 また、秋山先生をして、『源氏物語』はいまだに自分から遠いところにあるものである、と言わしめる『源氏物語』の魅力を、じっくりと噛みしめて見ました。

 休憩時間に、秋山先生からお声をかけていただき、国文学研究資料館の源氏展はすばらしかったとのお褒めのことばをいただきました。また、図録もよかったと。言い知れぬ苦労をしたことが、先生のお言葉をいただいたことによって、自分の中で包み込まれる感じになりました。ありがたいお言葉として、私にとっての勲章にしたいと思います。

 以下、本日の講演と研究発表から、記憶に鮮明に残っていることをいくつか記します。

(1)平川裕弘先生の「ウェイリー源氏の衝撃」という講演は、非常に刺激的なものでした。
 ウェイリーの『源氏物語』の英訳は、20世紀の英語芸術作品である、とのことでした。
 そうなのです。イギリスの文学史の中にも、立派な芸術作品として君臨するものなのです。


(2)タチアナ先生のお話の中で、「源氏物語によって豊かな人生となった。」とのことばは、非常に印象的でした。
 また、『源氏物語』をロシア語訳していた時には、よく源氏絵巻を見ていた、とのことでした。やはり、絵巻はイメージ作りに欠かせないものです。
 早朝、会場でタチアナ先生を見かけてすぐにご挨拶に行くと、「うれしい! お久しぶり」といって、握手をする間もなく私の腕を強く握られました。一昨年にモスクワで数日をともに過ごして以来でしたが、いつも若々しくて表現が素直で、とてもさわやかな先生です。


(3)ツベタナ先生の「月の影」の話は、ユーモアを交えたいつもの語りの調子で、会場を楽しく話題に巻き込んでいました。パワフルな発表でした。
 『源氏物語』には、「限り」はあるが「けじめ」がないとか、『源氏物語』で汗を流すのは女性ばかりだとか … 。とにかく楽しくて説得力のあるお話でした。

 交流会では、海外からお越しのたくさんの先生方とお話ができました。
 それにしても、日本の平安文学を研究している仲間の数が少なかったのが残念でした。
 海外からの先生方と、一般参加の方々の集まりとなっていました。
 日本の先生方も、このような機会を有効に利用して、海外の先生方との親睦を計るべきではないでしょうか。
 折角のチャンスなのに、もったいないことだという感想を持ちました。
posted by genjiito at 23:41| Comment(0) | TrackBack(0) | ◆源氏物語

2008年11月01日

源氏千年(69)「古典の日」宣言を両陛下の前で

 今日11月1日を「古典の日」にしよう、ということで、京都では大きなイベントがありました。

 そもそも源氏物語の千年紀とは、『紫式部日記』の寛弘5年(1008)11月1日の記事に、紫式部が家庭教師役として仕えた藤原道長の娘彰子が敦成親王を生んだ五十日の祝いの席で、藤原公任が「このわたりに若紫やさぶらふ」と言ったことが記載されていることによるものです。

 このことから、『源氏物語』に関する記録の最古のものとして、今年の今日を記念しようということになったのです。

 ちょうど千年前の今日、ということで、京都は大いに盛り上がっています。

 今日は国立京都国際会館で、「源氏物語千年紀記念式典」が開催されました。

 天皇、皇后両陛下もご出席になるということで、会場は満員でした。
 別会場では、モニタで式典の様子を中継していました。
 出席者は、2400人とか2800人ということなので、一大イベントです。

 今日の式典では、源氏物語千年紀のイメージキャラクターを務めている女優の柴本幸さんが、十二単姿で「古典の日」宣言を読み上げました。
 しっかりと力強く、引き締まった宣言でした。

 両陛下が同じ壇上においでの場面でもあり、今日の11月1日を「古典の日」にしようということで法制化を望んでいる人々には、効果的な演出ともなっていました。
 つまり、国民の祝日にしよう、というものです。
 文化勲章を受章されたばかりのドナルド・キーン先生の講演や、塩谷文部科学大臣の来賓挨拶などがあったので、祝日法案に乗せる準備は整ったといえましょう。

 11月1日を古典に親しむ「古典の日」にしよう、という趣旨の宣言がなされたわけですが、その宣言文がネットに見当たりません。
 しかたがないので、本日会場でいただいた資料をもとに入力してみました。




「古典の日」宣言

 『源氏物語』は日本の古典であり、世界の古典である。
 一千年前、山紫水明の平安の都に生まれたこの作品は、文学はもとより美術、工藝、またさまざまの藝能に深い影響を及ぼし、日本人の美意識の絶えることない源泉となってきた。一九三〇年代に英訳されて以来、近年では二十余の外国語に翻訳されて、世界各地の人々に愛読され、感銘を与えている。
 この物語について『紫式部日記』に記された日から数えて一千年。この源氏物語千年紀を言祝いで、私たちは、今後十一月一日を「古典の日」と呼ぼう。
 古典とは何か。
 風土と歴史に根ざしながら、時と所をこえてひろく享受されるもの。人間の叡智の結晶であり、人間性洞察の力とその表現の美しさによって、私たちの想いを深くし、心の豊かにしてくれるもの。いまも私たちの魂をゆさぶり、「人間とは何か、生きるとは何か」との永遠の問いに立ち返らせてくれるもの。それが古典である。
 揺れ動く世界のうちにあるからこそ、私たちは、いま古典を学び、これをしっかりと心に抱き、これを私たちのよりどころとして、世界の人々とさらに深く心を通わせよう。
 そのための新たな一歩を踏みだすことを、源氏物語千年紀にあたって、私たちはここに決意する。
 紫のゆかり、ふたたび。
 平成二十年(二〇〇八年)十一月一日
              源氏物語千年紀よびかけ人
              源氏物語千年紀委員会




 なかなか力強い宣言文です。
 日本は、歴史と伝統のある、文化国家です。
 その中で、「古典とは何か」という問い掛けは、非常に大事なことです。

 新聞各社とも、「揺れ動く世界のうちにあるからこそ、私たちは、いま古典を学び、これをしっかりと心に抱き、これを私たちのよりどころとして、世界の人々とさらに深く心を通わせよう。」というフレーズを引用した記事を書いていました。

 日本のことが理解できず、日本のことが説明できないのに、国際化と言って英語教育を最優先課題とする考え方に、私は反対しています。まずは、日本語の運用能力を高め、日本文化をしっかりと学ぶべきでしょう。

 その意味からも、この「古典の日」はぜひ国民の祝日として、みんなで伝統や文化について考える日にしたいものです。

 ただし、この宣言文の中には、一点だけですが、私には理解できないことが書かれています。
 それは、「一九三〇年代に英訳されて以来、近年では二十余の外国語に翻訳されて、世界各地の人々に愛読され、感銘を与えている。」という箇所です。

 『源氏物語』が英訳されたのが「一九三〇年代」ということは、これは誰のどの翻訳を指しているのでしょうか。

 『源氏物語』の翻訳史をまとめておきます。
 1930年代というと、以下の翻訳書が確認できます。


1930 昭和5 【オランダ語】Ellen Forest(Arthur Waley訳)『HET VERHAAL VAN PRINS GENJI』Van Holkema and Warendorf

1932 昭和7 【英語】Arthur Waley『源氏物語(The lady of the boat)』「匂宮〜宿木前半」

1933 昭和8 【英語】Arthur Waley『源氏物語(The bridge of dreams)』「宿木後半〜夢浮橋」

1935 昭和10 【英語】 Arthur Waley The tale of Genji George Allen & Unwin / Random House



 これはすべてアーサー・ウェイリーの翻訳書です。この宣言文が言う「一九三〇年代に英訳されて以来」というのは、アーサー・ウェイリーの英訳のことを言っているようです。しかし、翻訳史を見ると、それまでにもいろいろなものがありました。



1882 明治15 【英語】末松謙澄『源氏物語』「桐壺〜絵合」

1911 明治44 【ドイツ語】(Suematsu)(Inada, H. I., Bibliography of translations from the Japanese into Western languages from the 16th century to 1912. Tokyo: Sophia University Press, c1971による)

1925 大正14 【英語】Arthur Waley『源氏物語(The tale of Genji)』「桐壺〜葵」

1926 大正15/昭和元 【英語】Arthur Waley『源氏物語(The sacred tree)』「賢木〜松風」

1927 昭和2 【英語】Arthur Waley『源氏物語(A Wreath of cloud)』「薄雲〜野分」

1928 昭和3 【英語】Arthur Waley『源氏物語(Blue trousers)』「行幸〜幻」

       【フランス語】Kiku Yamata『源氏物語』「桐壺〜葵」

       【スウェーデン語】 Alkman, Annastina (Waley) Genjis roman Bokforlaget Natur och Kultur



 アーサー・ウェイリーの英訳の完成は1933年ですが、その前から順次刊行されていました。

 それよりも何よりも、末松謙澄の『源氏物語』の翻訳が明治15年(1882)であることを忘れてはいけません。
 もちろん、末松訳は全訳ではなくて、第17巻「絵合」までです。
 しかし、『源氏物語』の外国語への翻訳という場合には、この明治15年(1882)の末松謙澄の例をあげるのがもっとも適切ではないかと、私は思います。

 別会場では、書籍販売のコーナーがありました。
 そこでは、『源氏物語』をテーマにしたマンガや雑誌が多数並べられていました。
 国文学研究資料館の特別展示図録である『源氏物語 千年のかがやき』も、平積みされていました。
 嬉しくなり、手に取って見ました。格別の手応えがありました。

 私の目を惹いたのは、フランス語版の大型本(3冊セット)でした。重さが10キロもする本です。定価は、今日のレートで36,855円でした。
 また、徳川美術館の光則画帖も箱入りで1点だけあり、値段は367,500円でした。

 明日からは、3日連続で「源氏物語国際フォーラム」が組まれています。
 全日参加しますので、また様子を報告します。
posted by genjiito at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | ◆源氏物語