2008年09月30日

心身(24)体力は21歳

 夏以来、時たましか行っていなかった銀座のスポーツクラブへ行きました。

 スタジオのプログラムに、骨盤を回す運動のメニューがあったので、物珍しさも手伝って参加しました。

 フラダンスやサンバなどでお馴染の、腰を振ったり回したりするものです。

 ただし、このプログラムは、回すことに専念するものでした。
 左右に揺らすだけでも、なかなか大変です。身体の軸がズレてしまうのです。
 回すとなると、なおさら足が吊りそうになります。

 レッスンの先生から、すぐに肩凝りと身体が硬いことを指摘されました。
 私は姿勢が悪いので、まっすぐに立って腰を回すなど、練習をしないとできそうもありません。
 50分間、ヘソの辺りだけを動かしていました。
 折を見て、時々でもまた挑戦します。

 久しぶりに、自転車を漕いで調べる体力測定をしました。
 だいたいいつも、18歳レベルの体力だという判定をもらっています。

 夏以来、まともに体力作りのための運動をしていません。ひたすら消耗するだけの日々でした。
 どれくらい体力が落ちているか、非常に心配でした。
 結果は、18歳ではなくて、21歳という判定でした。
 意外に体力が落ちていないので安心しました。

 休む暇なく仕事をしてきたので、こうしてスポーツクラブに足を運ぶだけでも、自分の生活に余裕ができたように思います。

 帰りに、ジムでマシンによるトレーニングを少ししました。
 徐々にレベルを上げて、筋力を高めるようにするつもりです。

 今年は、初夏以降は、とにかく慌ただしい日々でした。睡眠時間との戦いでした。
 それも、どうにか落ち着いたので、少しずつ、昨年のような安定した生活に戻すことを心掛けています。
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2008年09月29日

〈源氏物語千年紀〉の源氏展の準備も最終コーナー

 昨日は日曜日でした。
 しかし、源氏展のラストスパートに向けての準備のために、早朝より立川に出勤です。

 誰もいない館内で、無心にただひたすら資料の整理をしました。
 いつもお手伝いをしてくれる人も来てくれたので、作業は捗りました。
 献身的な助力に感謝しつつも、宿題を持って帰ってもらうことになりました。
 いつもながら、申し訳ないことです。

 明日は、早朝より宮内庁書陵部へ、お借りする貴重な古典籍を受け取りに行きます。
 いよいよ〈源氏物語千年紀〉の源氏展も最終コーナーです。
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2008年09月28日

瀑布に打たれ続ける日々

 滝壺の中の生活が、一月半も続いているでしょうか。
 瀑布に打たれる日々の中で、必死に酸素を探し、生き続けようとしているように思います。

 今日ようやく、深呼吸ができるだけのユトリが、ほんの少しできました。
 もっとも、明日からは、また呼吸を意識せざるを得ない日々が待っています。
 『源氏物語展』が始まる10月4日まで、いわば気の抜けない日々です。

 残っている限りの力を振り絞って、開会に向けて突き進むしかありません。
 あとは、押し流されるままに身を任せればいいので、必死に無理をすることはないことだけが、救いと言えば救いでしょうか。

 一昨日、重要文化財三点と重要美術品一点、および貴重な資料の数々を、9時間以上をかけて無事に立川に運び終えました。


080926nijl国文研到着



 美術品運搬専用車に、学芸員として初めて同乗しました。何かあったら、文化財とともに死ね、と言われていた旅です … 。
 朝7時半に京都にある日通・関西美術品支店を出発して、16時過ぎに立川に到着しました。

 3日間、この美専車と言われるトラックの補助席に乗りましたが、あまり乗り心地はよくありませんでした。

080924tenri天理図書館からスタート


 サスペンションがいいと聞きましたが、美術品を収納した後部空間はいいのでしょうか?
 お尻のクッションが固いのと、タイヤの上なので、振動がきついように感じます。2.7トンのトラックの後部座席だったので、足が窮屈だったのと、背中がリクライニングしないのが苦痛でした。
 燃費を考えてか、タイヤも少し多めに空気が入っていたのではないでしょうか。それが、乗り心地に影響したのでは、と思っています。

 2週間前にヨーロッパから帰って来たばかりです。飛行機の方が、エコノミークラスとはいえ、足は伸ばせるし、背中はリクライニングするし、テレビもありました。同じ10時間近く乗るのでも、こんなに違うのです。なかなかの苦行でした。

 それにしても、運転をしてくれた日通の若者は、よく働いてくれました。
 鞍馬寺から与謝野晶子の『新新訳源氏物語』の自筆原稿を運ぶ時は、トラックが上がれないために、4人掛かりで大切に山門まで降ろしました。


080925kurama鞍馬寺下山


 京都からの助っ人の方々も、誠意をもって貴重な古典籍を扱ってくださいました。

 京都南インターから高速に入ったトラックは、制限速度の85キロを守り、2時間走っては20分休憩するというルールを守り、急発進急ブレーキもなく、安心して乗っていられました。機器で監視されているとはいえ、なかなかの好青年でした。
 美術品の取り扱いもしっかりしていたので、今後ともさまざまなところで活躍することでしょう。
 頼もしい若者に出会うと、こちらもいい刺激をもらったような気がします。
 乗り心地の悪さは、彼の若々しさで相殺ということにしておきましょう。

 無事に文化財を運び終えても,荷解きをする間もなくさまざまな問題が降って湧いたように襲いかかり、その対処にさらに数時間を費やしました。なかなか気を休める暇もなく、またまたドッと倒れ込むようにして寝るのが精一杯でした。
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2008年09月27日

気分転換に銀座でイタリア料理

 大役を無事に終えたこともあり、今日は久しぶりに寝たという実感をもって寝ました。寝ることが申し訳ないような気持ちで、時間をかけて寝ました。目覚めると、気分を整理するために、部屋の掃除をしました。

 そして、気分転換にと思い、息子と銀座へ足を向け、イタリア料理を食べました。
 たわいもないことを喋りながら、たまたまソニービルの少し南側の通りにあった、イタリアの店に飛び込んだのです。
 本場のイタリアで食べたばかりでしたが、ここもなかなかおいしい店でした。ドリンクが飲み放題、というのも気がきいていました。

 息子と別れ、銀座の伊東屋で来年度用のリフィルなどの文具を買い、アップルストアを覗いてから、その裏にあるコナミスポーツクラブでひと泳ぎしました。カウンターで調べてもらったところ、1ヶ月以上も来ていなかったとのこと。

 滝に打たれる続ける日々だったとはいえ、本当に、余裕のない毎日だったことが思い起こされます。
posted by genjiito at 23:48| Comment(0) | 美味礼賛

2008年09月26日

井上靖卒読(43)『傾ける海』

伊勢志摩を直撃した大型台風を背景に、群衆を描いた作品です。
追いつめられた状況での、人々の心の中や行動が、丹念に語られています。
お人好しな人々の、人の良い話です。発表当時はともかく、今では作り話めいていて、あまり好まれないかも知れません。しかし、災害時には意外と、このような善人として、親切心に発する行動を取るかも知れません。

阪神淡路大震災の経験があるので、若い人には改めてこのような人々の心根が理解できるのではないのか、とも思えます。助け合いの精神が、災害を機に育まれるのですから。
災害救助のシーンでは、自然とそのようになっていくものの、やはり善人たちだけの世界となっています。
井上靖だからこそ、ここまで徹底して善人が描けるのです。それは、生きる、ということで貫かれています。そして、行き詰まった人間が、生きる明るさを取り戻し、手にしていくのです。
人のため、という行動の美しさに満ちています。

この小説には、特に主人公がいるわけではありません。みんなが、物語の舞台を形作っているのです。
最後は、みんなが目的を持って生きていこうとします。明るい明日が見えてきます。いつもの井上のまとめ方です。

ただし、プローカーの男だけが、特異な存在です。
作者は、この欲望に取り憑かれた男を、うまく描ききっていません。
単なる、逆向きに生きていく人物を、背景に設定しただけなのかも知れません。しかし、私は、この男の生きざまを、井上はどう考えるのか、知りたくなりました。
別の作品で、その回答が見つかるかも知れません。【3】



初出誌︰週刊文春
連載期間︰1959年12月21日号〜1960年7月18日号
連載回数︰31回

角川文庫 - 傾ける海
井上靖小説全集17︰群舞・傾ける海



参照書誌データ:井上靖作品館
  http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
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2008年09月25日

昨春とは異なる忙しさの中で

 毎日休まず書き続けたこのブログも、このところは忙しさの極地にあり、内容が散漫になりがちです。これも、書く暇がないという一つの存在証明であることに変わりはありません。

 誰でも、生きているうちには、こんな巡り合わせの日々はあるはずです。自分だけではないのですが、仕事が一気に押し寄せて来ているので、少し身体が悲鳴をあげだしたのだと、思うことにしています。

 昨年の2月から3月にかけて、人生これ以上の忙しさはないだろう、という経験をしました。

 イギリスから日本に帰って来てすぐに、私にとっても重要な会議で神経をすり減らし、すぐにインドへ飛んでインド日本文学会の国際集会を取り仕切り、帰国してすぐに日本での国際日本文学研究集会を切り盛りし、その最終日に中国へ旅立つ、という、自分が今どこにいるのかがわからなくなるほどの日々が、確かにありました。
 あの時は、中国から帰ってすぐに、私の体ではなくて、ブログを公開していたサーバーがクラッシュしたために、昨年の春先の記事は吹っ飛んだままです。私の身代わりになってくれたのだ、と思うことにしています。
 しかし今度は、あんなに動き回っているのではないのです。昨春とは、較べものにならないくらいに、神経を張り巡らしていて、頭をフル回転させながらの忙しさなのです。

 いろいろな忙しさがあるものです。
 生きている内に、いろいろな体験ができることに、感謝することにします。
 これも、十年もすれば、思い出深いシーンとして回想できるものとなるはずですから。
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2008年09月24日

多忙な日々の中での緊張の緩和

 先日は、ヴェネツィアの宿泊先で、部屋のカギを持たずに出てしまい、マスターキーで開けてもらいました。
 いろいろな国に行き、ホテルを転々とすることの多い私です。しかし、部屋のキーを中に置いたままで出たのは、おそらく初めての経験だと思います。インドのお寺に泊まる時以外では。

 ここには記していませんが、不注意によるミスが、最近はいろいろと度重なっています。

 やはり、先月からの連日の睡眠不足と、仕事が多重する中での、緊張の緩和が狂っているのでしょう。
 体力は、十分にあるのですが、やることがチグハグになってきたようです。
 そういえば、先日の打ち合わせでは、仲間から、反応がいつもと違うけど大丈夫か、と言われました。

 人に言われ、そして自分でもアーァと思うのですから、まだ終末期ではないようです。しかし、普通ではないことは確かです。
 何かが狂っているのは確実です。
 こんなときに、脳梗塞になりやすいのだとか。
 もっとも、今はそんなものになっているほど暇ではないので、しばらくは大丈夫のはずです……。
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2008年09月23日

杜撰なクレジット購入時の署名

 連日手放せない携帯電話で思い出しました。

 現在フルに活用している携帯電話を購入した時、息子と一緒に機種交換をしました。
 手続きを終えて、最後に支払いをする時、息子の方の電話機に料金の追加がありました。
 息子が、クレジットカードを忘れてきたので、私のカードを貸してくれというのです。
 しょうがないな、と思いながらカードを渡したところ、サッサと自分の名前を署名欄に記入して、その書類を店員に渡したのです。
 2人の店員の目の前に、我々親子が対面する形で座っています。息子がサインをするところも、我々4人の目の前でした。しかし、店員は何も言わず、そのまま書類を受け取って一件落着となったのです
 私は、しばらくどうなるのか見ていましたが、何も咎め立てされないのです。

 カードは私のものです。
 書類には、息子が自分の名前を自署しました。
 カードに対応した名前も違えば、筆跡も違います。
 それでも、カードは適正に処理されたことになったのです。

 後日の引き落としを楽しみにしていたところ、案の定というべきか、きっちりと引き落とされていました。
 あの息子の署名が有効だったことになります。
 何といいかげんな。こんなことでいいのでしょうか。
 クレジットカードの署名などは「やりたい放題」というべきでしょう。
 日本は平和な国ですね。
posted by genjiito at 23:42| Comment(0) | TrackBack(0) | ◆情報化社会

2008年09月22日

井上靖卒読(42)「初代権兵衛」「碧落」「チャンピオン」「頭蓋のある部屋」

■「初代権兵衛」
 150円で買った何でもない茶碗が、何と100万円もすることになります。
 意外なことの成り行きが、おもしろおかしく語られます。
 いかにもありそうなことなので、楽しく読み進められます。この明るさが、井上靖の作品の特徴の1つです。
 最後のオチも、小気味よいものです。【4】


初出誌︰文藝春秋
初出号数︰1955年12月号

角川文庫︰満月
井上靖小説全集11︰姨捨・蘆
井上靖全集5︰短篇5



■「碧落」
 競馬に身を投ずる男に届いた妻からの手紙で、話は意外な方向へと引っ張られていきます。
 井上靖にはめずらしく、最後まで気が滅入ったままという、暗い話です。状況の説明はうまいと思います。しかし、この話の展開をみると、執筆時の井上の体調が気になります。
 どんな時期に、どんな状況で書かれた作品なのか、知りたくなりました。【2】


初出誌︰中央公論
初出号数︰1950年11月文芸特輯号

角川文庫︰満月
井上靖小説全集3︰比良のシャクナゲ・霧の道
井上靖全集2︰短篇2


■「チャンピオン」
 後半になるにしたがって、緊張感が出てきます。追いつめられた人間の心の中を、ジッと覗き込んでいる気になります。
 最後は迫力があります。結末には、明日に向かうエネルギーが感じられません。これまた、これを書いていた井上靖の体調のことが気になる作品です。【3】


初出誌︰別冊文藝春秋
初出号数︰1954年10月42号

角川文庫︰満月
井上靖小説全集13︰氷壁
井上靖全集4︰短篇4



■「頭蓋のある部屋」
 作者が、祖父に生き写しだと言われることを嫌った気持ちが、私にはよくわかりました。私も、父親に似ていると言われることが嫌だったからです。
 「頭蓋か筮竹か」という冒頭の命題も、後半で明らかになります。
 おもしろく読み進められます。息子が親を見る目が、とくにおもしろい作品です。【4】


初出誌︰群像
初出号数︰1952年10月号

角川文庫︰満月
井上靖小説全集10︰伊那の白梅・大洗の月
井上靖全集3︰短篇3






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2008年09月21日

立川の謎の回転寿司屋を再訪

 今春、職場が立川に移転してすぐに、不思議な回転寿司屋の話を書きました。

立川の謎の回転寿司屋

 どうしたわけかこの記事が意外と人気で、たくさんの方に読んでいただきました。
 アクセスカウンターが、この記事に異常な反応をしていたのです。

 久しぶりに行ってみようとしたところ、その日は運悪くお休みでした。
 誰も入りそうにない寿司屋だったので、失礼ながら廃業したのかなと思いつつ、今日フラリと立ち寄ると、何と明かりが点いているではないですか。

 嬉しさと懐かしさで、思わず入ってしまいました。

 相変わらず、お客は誰もいません。
 おやじさんとおばさんの2人が、暇そうに座っているだけです。
 やはり、レーンは回っていません。
 ダミーの寿司がポツンポツンと、レーンの上に乗せてあるのは、この前と変わりません。

 ビールを飲みながら、世間話風に、先日イタリアに行った時に食べたシャコが美味しかった話をすると、ウチにもいいのが入っているよ、とのことです。早速、にぎってもらいました。



081008syakoシャコ


 おやじさんの話では、これは東京湾のシャコで、横須賀か三浦沖のものだそうです。
 東京湾のシャコは美味しいので有名なのだとか。
 知りませんでした。
 確かに、噛みしめるといい香りがします。
 口から鼻に抜ける香ばしさが、何とも言えず、さわやかなのです。

 イタリアでは、ベネチアのマドンナへ行きました。
 息子の先生でもある、アルポルトの片岡護シェフが推薦してくださった店です。
 このことは過日、書きました。

 あのシャコは真っ白で、オリーブオイルがたっぷりとかかっていました。
 淡泊な味で美味しかったのですが、このような香りはしませんでした。

 おやじさんにシャコの色を聞くと、みんなこんな赤黒い色をしているのだとか。
 おれはイタリアに行ったことがないので知らないが、日本のシャコはみんなこんな色だな、とのことです。
 特に、茹でたからこんな色になったのではないそうです。

 日本のシャコの美味しさを、改めて見直しました。
 確かにイタリアのシャコも美味しかったのですが、香りの点で、私には日本のものがいいように思います。
 もちろん、イタリアンレストランと寿司屋という違いがあるので、同列に比較はできませんが。

 そうこうするうちに、なんとなんと、若い女性が2人も入ってきました。
 最初は、何かの間違いで来た客なのかと思いました。しかし、少し奥まったところに座って、注文をしだしました。
 どうやら、初めての客ではないようです。
 まさに、「掃き溜めに鶴」です。

 相変わらず、回転寿司屋のシンボルであるレーンは、止まったままです。
 店内には、演歌が流れています。
 どう見ても不似合いな2人の女性が、楽しそうにお寿司を注文して食べています。
 またまた、この寿司屋の摩訶不思議なところを見てしまいました。

 2人が帰ると、またお店はガランとします。
 もう、今日はお客さんが来そうにはありません。
 おばさんは暇そうに座っているし、おやじさんは週刊誌を読みふけっています。

 それにしても、この寿司屋には不似合いな若い女性が、それも2人連れで、さらには間違って入ったとは思われない自然さでお寿司を食べていたことは、驚愕の事実です。

 この店は、ただものではありません。
 以前にも書きましたが、ここのおやじは、やはり銀座でならした人ではないでしょうか。

 ネタのよさと、おやじさんの自信ありげな握り方からして、そうとしか思えません。

 ますます、謎の回転寿司屋となりました。
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2008年09月20日

研ぎ澄まされた日々の中で

 来週は、源氏展でお借りする重要文化財などの確認・集荷・運搬に立ち会うなど、神経が研ぎ澄まされるスケジュールがビッシリと組まれています。
 美術品運搬車での上京の報告は、源氏展が始まってから、可能な範囲でします。

 今取り組んでいる大事な仕事が終わったら、とにかく仕事を忘れて心置きなく休息するしかないようです。

 一日も早く、軽いほろ酔い状態の日々を脱却すべく、今は時の経つのを待つしかないと、諦めの中でジッと我慢をしています。

 しばらくは、自分の体はもちろん、源氏展のスケジュールや展示の行程に問題が起きないことを、ただひたすら祈るのみです。
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2008年09月19日

心身(23)注意力散漫の日々

 台風の通過を気にしながら、新幹線で西に移動しました。
 車中では、『解釈と鑑賞』の「特集 生誕百三十年 与謝野晶子大研究」と、『Mac Fan』と、井上靖の『河口』を読み耽っていました。

 台風の東海地方への接近で、列車が名古屋の前辺りで止まるかと思って乗り込みました。しかし、無事に目的地に到着し、改札を出ようとした時です。何か、身軽なのです。キャリーカーは持っているのに、と思ってよく見ると、ジャケットを着ていないのです。

 蒸し暑かったこともあり、新幹線の網棚(今は網ではないですが)にジャケットを置いていたのを、すっかり忘れて降りたのです。

 すぐに改札の駅員さんに事情を説明したところ、下のインフォメーションセンターへ行けとのこと。
 大至急、窓口で説明をすると、すぐに次の停車駅に電話をしてくださいました。

 それから30分後に、忘れ物を確保したとの電話連絡が入りました。
 安堵しました。宅急便の着払いで配送することもできるそうです。しかし、後日、受け取りに行きます。

 それにしても、新幹線での通勤はいつものことなのに、こうした忘れ物はいままでにないことです。初めてなのです。やはり、忙しさのあまりに、注意力が散漫になっているのでしょう。続きを読む
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2008年09月18日

身辺雑記_多忙な日々の中での緊張の緩和

 先日は、ヴェネツィアの宿泊先で、部屋のカギを持たずに出てしまい、マスターキーで開けてもらいました。
 いろいろな国に行き、ホテルを転々とすることの多い私です。しかし、部屋のキーを中に置いたままで出たのは、おそらく初めての経験だと思います。インドのお寺に泊まる時以外では。

 ここには記していませんが、不注意によるミスが、最近はいろいろと度重なっています。

 やはり、先月からの連日の睡眠不足と、仕事が多重する中での、緊張の緩和が狂っているのでしょう。
 体力は、十分にあるのですが、やることがチグハグになってきたようです。
 そういえば、昨日の打ち合わせでは、仲間から、反応がいつもと違うけど大丈夫か、と言われました。

 人に言われ、そして自分でもアーァと思うのですから、まだ終末期ではないようです。しかし、普通ではないことは確かです。
 何かが狂っているのは確実です。
 こんなときに、脳梗塞になりやすいのだとか。
 もっとも、今はそんなものになっているほど暇ではないので、しばらくは大丈夫のはずです……。
posted by genjiito at 23:54| Comment(0) | 身辺雑記

2008年09月17日

与謝野晶子の自筆原稿画像の試験公開

 国文学研究資料館のウエブサイトから、与謝野晶子の『新新訳源氏物語』の自筆原稿が、画像データベースとして公開されます。
 現在、試験的に一部が見られるようになっています。

 これは、京都の鞍馬寺のご理解とご協力をいただいて実現したものです。


晶子源氏自筆画像


 まだ、用語をはじめとして、いろいろと問題があろうかと思います。

 とりあえずはご覧いただき、そこからのご教示を得ながら、よりよいものにしてから、一般に正式公開としていきたいと思います。

 国文学研究資料館の『源氏物語展』の開催(10月4日から1ヶ月間)に合わせて、調整をしているところです。

 お気付きの点などをお知らせいただけると幸いです。
posted by genjiito at 22:26| Comment(0) | TrackBack(0) | ◆源氏物語

2008年09月16日

ヴェネツィアから(9)イタリア本

 今回も、貴重な本を入手しました。

■まずは『源氏物語』から。
 立ち寄った書店で、何も期待せずに、日本の文学作品を翻訳したものがありますか、と下手な英語まがいの言葉で聞きました。何度か聞き返されましたが、諦めることなく、知っている単語を並べていたら、村上春樹などの本があるコーナーに連れて行かれました。

 そこで、意を強くして、日本の古典文学はあるか、と聞きました。
 「クラッシック」という言葉をなかなか理解してもらえない状況の中で、キーン先生が先日講演なった研究集会のポスターが壁に貼ってあったので、そこへ連れて行き「ゲンジモノガタリ」と言うと、「オーケー、チョット、マチナサイ」という言葉が返って来ました。
 別棟の倉庫にあるそうで、そこへ取りに行かれました。

 そうなのです。

「ゲンジモノガタリ、プリーズ」

で、『源氏物語』のイタリア語訳の本がでてくるのです。

 『源氏物語』は、それほど世界文学としてメジャーなのです。



080913genjibook『源氏物語』



 持ってこられた本を見て、これがアドリアナ・モッティが訳した2冊本を1冊にしたものであることが、見てすぐにわかりました。アーサー・ウェイリーの英訳を重訳したものです。

 イタリア語訳の『源氏物語』としては、1928年にキク・ヤマタがフランス語訳したものをもとにして、1942年にドメニキーニがイタリア語に翻訳しました。

 その後、1944年にピエーロ・ジャイエが訳しています。これもアーサー・ウェイリーの重訳です。

 アドリアナ・モッティのイタリア語訳は、1957年に刊行されています。
 これは、1992年に2冊が箱に入って再版されました。

 今日、私が手にしたのは、2006年に出た第3版ということになります。19.8ユーロ(約3,200円)でした。この頁数が初版と同じなので、これは初版の復刻版なのかもしれません。日本に帰ってから、手元にある本と比べてみます。

 10月からの源氏展の海外の翻訳本コーナーに、この本を追加してもいいな、と思っています。いいタイミングで、いい本が見つかりました。



■2冊目は、ネグリ先生が訳された『和泉式部日記』です。



080912izumi_4『和泉式部日記』



 これは、今回ネグリ先生からいただきました。今年刊行されたばかりの本です。

 ネグリ先生は、一昨年に『更級日記』のイタリア語訳の本を刊行されました。
 その時には、付録としての地図の作製を〈NPO法人 源氏物語の会〉が受け持ち、伊井春樹先生の『更級日記』の付録の地図をイタリア語に改訂して収録したものです。

 イタリアには、平安時代の文学研究者として、オルシ先生とネグリ先生のお二人がいらっしゃるのです。心強いことです。


■3冊目は、円地文子の『女面』のイタリア語訳です。



080912enchi女面




 これは、1999年に刊行されたもので、その翻訳者であるグラジアナさんから、今回の研究集会の会場でいただきました。

 初対面の方でしたが、私が発表の枕に海外における『源氏物語』の現状を話したので、そんな奴なら、ということで献呈してくださったようです。

 海外の翻訳本は、なかなか入手できません。このようにして貴重な本をいただけることは、本当にありがたいことです。大いに宣伝をしたいと思います。
 まずは、このブログで。


■最後は、東洋美術館で開催されたばかりの源氏展の図録です。



080912genjizuroku_2源氏図録



 これは、東洋美術館の館長さんからいただきました。
 この中に、今回の収穫だった『源氏物語画帖』が3図ほど掲載されています。
 写真が不鮮明ですが、「末摘花」「須磨」「明石」だと思います。
 写真の下に、モッティさんのイタリア語訳が付されていました。
 今回、東京外国語大学の学生さんで、今ちょうどイタリアに語学の勉強に来ているという2人が参加していましたので、試しにこのイタリア語を日本語に訳し戻してもらいました。

 こんな感じだということでした。

(1)1巻 2部 4章 P.353
 そして、源氏自身が神に祈るために帰っていった。「私たちの周りに、このような景色と騒音があったら、我々の日々の終わりが来たかどうかを自問することはできない。」しかし突然、この祈りの最中に、これまでに聞いたことのないような、より大きな音を聞き、同時に雷が源氏の部屋のすぐ近くの屋根に落ちた。炎がほとばしり、一瞬で家のその周りが灰と化した。
(※伊藤は「須磨」と認定)

(2)1巻 1部 6章 P.177-8
 源氏が二条院に帰ったとき、彼を待っていた紫の上を見つけた。彼女が彼の元へやって来るのを見ながら、彼女の動きの自然な上品さと素朴さが、何よりも彼を喜ばせ、魅了するものであった(思った)。
 その後、彼女は絵を描き、色をつけ始めた。このように二人は時を過ごした。とてもすてきなカップル(?)であった。
(※伊藤は「末摘花」と認定)

(3)1巻 2部 3章 P.338-9
 源氏は入江に面した縁側に出た。夕日と海のきらめき、高くそびえた山々が、異様なほどの輝きを彼に投げかけていた。それは彼を見ていた人にとって、彼が別世界の人物であると思えるほどであった。入江の沖を船の列が通りすぎていた。船をこぐ波の音に、野ガモの鳴き声が合わさって、ほとんど聞き分けられなかった。
(※伊藤は「明石」と認定)

 突然のお願いに、快くその場でサッと訳してくれたお二人に、感謝しています。本当に、サッとでした。驚きました。

 なかなかしっかりとした文章です。しかも、手書きの文字使いもすばらしいものでした。適切な漢字の用字法も、若い子には珍しく正確です。そのレベルの高さに感心しました。
 しっかりとした日本語の理解と表現能力を持っているお二人なので、イタリア語もきっとすばらしい成果をあげて帰国されることでしょう。日本語があやふやな人は、外国語を勉強しても無駄です(私は、外国語をマスターしたくても、センスの問題で習得できないタイプですが……)。
 娘が大学1回生から4年間、イギリスに留学していました。日本の大学は2回生で退学し、結局はイギリスの大学を卒業しました。
 このお二人も大学の2年生を休学してのイタリア留学とのこと。わが娘の姿を見るようでした。
 どうか、収穫の多い留学生活となるよう、祈っています。
 ますますの活躍を、期待したいと思います。
posted by genjiito at 05:21| Comment(2) | TrackBack(0) | ◆国際交流

2008年09月15日

ヴェネツィアから(8)帰路の機内サービス

 前回のブログ「ヴェネツィアから(8)」は、帰国に向かっての乗り継ぎ地であるウィーンの空港ロビーからアップしたものでした。自由にネットにつながるのは、本当に重宝します。
 あらじめ文章を書いていたことと、写真の加工もしてあったからでもありますが、3分ほどで送信は完了となりました。出国者のための待ち合いロビーの一角で、愛用の MacBook Air を片手で持ちながら、立ったままの姿勢での操作でした。

 オーストリア航空は、2・3回使ったことがあります。あまりいい印象がない会社です。
 今回も搭乗早々に、日本茶を積み忘れたという、機内のアナウンスがありました。
 日本へ向かう便に日本茶を忘れるとは、サービス意識が欠如しています。脂っこくて慣れない食事を強いられた多くの日本人にとって、機内で飲む日本茶は、生まれた国の良さを再確認するものです。

 上空に上がってすぐに出た機内食で、私は照り焼きチキンを選びました。
 食べ物を悪く言うとバチがあたりそうですが、このチキンに添えられたご飯は、日本人を小馬鹿にするものでした。パサパサの長粒米です。それも、臭みの強いものでした。白濁した色といい、食感といい、食は進みません。

 海外の生活では、こうしたお米は我慢をして食べます。しかし、日本へ向かう機内で出すとは、日本人の食生活や食感を冒涜するものです。無神経です。不愉快です。途中で食事を放棄しました。何も、贅沢を言っているのではないはずです。
 オーストリア航空のサービス感覚を疑います。一日本人として、ここに抗議を記しておきます。人に残飯まがいのものを与えるな、と。

 ビジネスクラスやファーストクラスには、まともなご飯を出しているのでしょうか。もっとも、もしそうであるなら、それはそれで侮辱的・差別的な行為ですが……。

 数多くの航空会社を利用したこれまでの経験では、KLMが最低でした。このオーストリア航空は、KLMほどではないにしても、それに準ずる飛行機となりました。
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2008年09月14日

ヴェネツィアから(7)マドンナ

 ヴェネツィアに来たら、イタリアンレストランの「マドンナ」に行くことにしています。
 これは、数年前に、息子の先生である片岡護シェフに教えられた、魚介類のおいしいお店です。

080913madonna




080913madonna2




 リアルト橋の近くのこの店は、小路の奥にあるので、観光客は少ないのです。
 この日も、地元の人が中心です。子ども連れの家族もいました。
 日本語のメニューがあったので、日本人観光客が多い時もあるのでしょう。
 味は超一流ですが、庶民的なお店です。とにかく、新鮮さが信条のレストランです。

 私は、シャコをオリーブオイルに浸けたものと、イカスミのスパゲッティーを食べました。

 イタリアに来ても、いつものように毎日、持参の道具で血糖値を測っています。
 寝起きが、195,166,189となっていました。徹夜をした日は測っていません。
 常に120前後になるように努力しているので、これは大幅にオーバーしています。
 睡眠時間を極端に削らざるをえないヴェネツィアの生活だったので、食事で体力を維持しようとしたせいでもあります。
 それにしても、この数値はよくありません。
 これから帰国しますので、日本に帰ったら、またいつものペースの生活に戻しましょう。
 とはいうものの、これから10月4日の源氏物語展の開会までは、展示の大詰めです。連日の夜を徹しての作業と仕事が続くことは、重々覚悟しています。なかなか、思うような睡眠時間の確保は困難です。諦めつつ、少しでも寝ることを心がけるしかないようです。

 リアルト橋で雨の中を、新婚さんが通りかかりました。これから教会へ行くのでしょうか。

080913bridal


 どんよりと曇った中を進む2人には、スポットライトが当たったかのようで、明るく見えました。

 疲れを意識しながら生きなければならない日々の中で、このような若さを見ると、その余光をと願ってしまいます。
 そう言えば、今日、食事のために修道院の部屋を出ようとした時に、アッと叫んでしまいました。
 部屋にカギをおいたまま、ドアを閉めたのです。自動ロックなので、もう開けられません。
 カギの閉じ込めというトラブルは、これまで一度もしたことがありません。不注意者のすることだと、人ごとでした。それが、何と自分がやってしまったのです。

 入り口の尼僧に、身振り手振りで事態を伝えました。
 尼僧は、ニコニコしながらも、これまた身振り手振りで、今日は外で寝なさい、といい、まったくもう、とオーバーに困った顔をされました。もちろん、終始ニコニコ顔です。楽しくてユーモアに溢れた、母親のような尼僧さんでした。
 とにかく、食事に行ってこいと言われました。
 帰ってくると、待ってたよ、とばかりにマスターキーを持って、サッサと私の部屋の方へ急がれます。必死でついていくと、部屋を開けて、手間がかかるね、気をつなさいよ、という笑顔のメッセージを残して、これまたサッサと戻って行かれました。

 どうやら、集中力がなくなっています。
 帰国までの数時間、機中の人となるまでは、もうすこし気を張って時を過ごすことにしましょう。
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2008年09月13日

ヴェネツィアから(6)点描

 ヴェネツィアは狭い街です。しかし、迷路のように道が走っているので、一人歩きにはなかなか勇気がいります。ただし、私はもう6回目の訪問なので、少し歩くとだいたい行きたい所がわかります。

 朝は、出来る限り散策するようにしました。
 街中を歩き、移動していた時に写したものをアップします。

 ヴェネツィアは、何といっても、至る所に干されている洗濯物が楽しいと思います。

080910venice1洗濯物


 おばさんが洗濯物を取り込んでいたので、申し訳ないのですが、パチリ。
 派手な洗濯物は、今は控えます。


 有名な溜め息の橋です。
 囚人が牢獄に連れて行かれる時、最後にヴェネツィアを見られる橋だと言われています。
 非常に心が痛む名所なのです。しかし、今回行って仰天しました。何と、スポンサーが派手派手とさわやかな広告パネルで、この橋を覆っているのです。

080910venice2スポンサー


 修理資金の関係なのでしょうが、興ざめでした。そこまでしなくても、と思ったのは、すべての観光客だったと思います。

 これも有名な、サン・マルコ広場のフローレンスという喫茶店の前です。

080910venice3演奏


 この演奏中は、飲食代金に6ユーロがプラスされます。
 コーヒーが6ユーロだったので、演奏中に行った私は、12ユーロを支払うことになりました。1ユーロは160円ほどです。旅の途中だからこその贅沢です。

 大運河には、たくさんの杭が立っています。
 そこで休む水鳥にも、なかなか気品がありました。

080912bird水鳥

 サンタルチア駅の近くに、一昨日オープンした、新しいガラスの橋です。
 なかなかオシャレな橋です。

080912gridge新橋

 パリのルーブル美術館の中庭に、クリスタルのピラミッドが出来た時に似た、古い伝統の中の新鮮さに共通するものを感じました。
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2008年09月12日

ヴェネツィアから(5)国際学会

 今回の国際研究集会は大成功でした。

 テーマは「源氏物語の成立と享受 −絵と本文から−」というもので、2日間にわたって行われました。
 これは、國學院大學の豊島秀範先生のもとで進んでいる、科研の成果が報告されるものです。
 イタリア側からの講演が3人、研究発表は日本側から9人、イタリア側が5人でした。

 会場となったヴェネツィア大学(カ・フォスカリ)の大講堂は、とにかく豪華です。

 まずは上を見ると、その天井の荘厳さに打たれます。


080912tenjyo大講堂の天井



 最初の講演である、ローマ大学のオルシ先生の時に、早々と会場は満席状態でした。
 いつものおだやかな話し振りで、詩的な雰囲気のいい講演でした。

080912orsiオルシ先生



 オルシ先生には、娘も息子もローマ大学でお目にかかっていて、いつもやさしく接してくださる方です。

 2日目の講演は、フィレンツェ大学の鷺山先生です。
 鷺山先生にも、息子がイタリア料理の修業中にお世話になりました。息子を学生さんの寮に連れて行ってくださり、みんなと一緒にチーズ料理を作って食べる会を催してくださいました。大喜びの息子は、お礼にあられを作ってあげていました。楽しい交流の時を持てたことが、彼の最大の誇りの1つとなっているようです。特に、学生さんたちの日本語を学ぶ姿勢には、大いに勉強になり、刺激をうけたようです。とにかく、勉強熱心で明るい学生さんたちとの、さわやかで刺激的な出会いでした。

 私の出番は、鷺山先生の後でした。
 記録のためにも、内容を記しておきます。
 実は、この日の朝、一通のメールをうけとったことにより、発表内容を大きく変更しました。
 変わった点は、東洋美術館の源氏画帖のことを中心にしたことです。

「新出・源氏物語団扇画帖と国文学研究資料館の源氏展」
 0 はじめに
    ・世界各国二十三言語による翻訳 −多言語翻訳と文化理解
 1 源氏物語千年紀と立川移転記念の展覧会
    ・十月に源氏展「源氏物語 千年のかがやき」
 2 ヴェネツィア・東洋美術館の源氏画帖 −共同研究の提案
    ・伝土佐光起筆『源氏物語画帖』
 3 国文学研究資料館の新出・団扇画帖の紹介と共同研究の成果
    ・図様の総合的研究と源氏絵の絵引き索引
 4 おわりに
    ・越境する文学研究と絵画研究

 2日目の後半で、イタリアの南端にあるサレント大学のネグリ先生の講演がありました。
 ネグリ先生とは、折を見てお目にかかっている方です。
 きれいで上品な日本語に定評があります。オルシ先生譲りの、本格的な日本語です。日本人が恥ずかしくなるような、そして平安文学を語るのにふさわしい日本語の使い手です。

 その後は、若手の発表です。

080912sugawara若手発表


 非常に落ち着いていて、質疑応答もしっかりとしていました。
 私は、少し固くなった雰囲気を和らげる気持ちから、研究とは少し離れた視点での質問をしました。
 無事に終わってから聞くと、本人は緊張しっぱなしだったとのこと。
 そんな心境が表情に出ないのは、こうした場面では得をしますね。

 すべてが終わってから、ヴェネツィア大学のトリーニ先生の紹介で、先日お目にかかってお話を聴いた東洋美術館のフィオレラ館長と、源氏画帖に関する今後の共同研究について、少し打ち合わせをしました。


080912chairman中央が館長



 まずは、帰ってから書面による共同研究の確認をして、10月の中旬からスタートさせるととなりました。
 ものごとは、うまくいく時には、本当にうそのように、内心慌てるくらいに進展します。その後、いろいろな問題が発生して、なかなかうまくいかないものですが、とにかく幸先のいいスタートが切れたことが、なによりの成果です。
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2008年09月11日

ヴェネツィアから(4)深夜のこむら返り

 宿泊先の修道院の自室でのことです。

 真夜中に、ちょうど文章の整理をしていた時、突然両足のふくらはぎが硬直しだしました。
 しばらくすると、ふくらはぎが収縮し、強烈な痛みが走ります。
 もう、椅子に座っていることが出来なくなりました。這うようにしてベットの上に横たわるのがやっとです。それでも、身悶えするほどの痛さに、体中が包まれました。

 激痛に耐えるしかないと諦め、足をなんとか少しでも延ばしたり、縮めたりと、無駄な抵抗を試みる無為な時間が流れます。呻き声が自然に出そうになるのを、じっと噛み締めて我慢しました。とにかく真夜中です。それも、ここはヴェネツィアです。
 隣室に別のゲストがいることでもあり、ベットの上で体が暴れ出しそうになるのを、とにかく押しとどめます。

 しまいには、悲鳴を上げそうになりました。誰かに電話をして、この苦しみを助けてもらおう、とも思いました。何をしたらいいのかわからないままに、小一時間ほど悶絶の苦しさの中で、今にして思えば一人芝居を演じていました。
 この苦しみを何とかしてほしい、と誰ともなく天井に向かって祈るしかありません。

 どれくらいの時間が経ったのでしょうか。少し、痛みが和らいできました。すると、気を緩めたせいか、また激痛が間歇的に走ります。

 そんな繰り返しの中で、徐々に痛みが緩やかになりだしました。
 何とかベットから下りて、ヒンヤリとしたタイルの上に足を投げ出し、少し冷やすと気持ちがいいのです。
 足を摩りながら、少しずつ足の曲げ延ばしをして、恐る恐る歩き出すと、足がカチカチである割には、痛みは引いていました。

 それから数時間、明け方まで足腰を休めてから、また仕事の続きを始めました。足を意識してブラブラさせながら、キーボードに向かったのです。

 一体、あれは何だったのでしょうか。今にして思うと、不可思議な時が流れていました。
 一日経った今も、少し足の筋肉が突っ張っている感じがします。
 歩くと、足が重たい気がします。しかし、痛みはないので、もう大丈夫なのでしょう。

 恐怖の時間でした。
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2008年09月10日

ヴェネツィアから(3)光起の画帖

 ヴェネツィアの東洋美術館へ、カ・フォスカリのトリーニ先生のご高配をいただき、特別に行くことができました。
 翌日から源氏展が始まるために、準備に大わらわの中を、館長に中を説明してもらいました。
 国文学研究資料館の源氏展の準備をしている私にとっては、それもオープニング前日ということもあり、貴重な内部見学です。

 源氏屏風が3点あり、その他にもなかなか興味深い源氏関連のものが展示されつつありました。いかにも開会直前といった感じで、みなさん慌ただしく立ち回っておられました。
 私も、帰国早々にこうした展示に関わるので、学芸員の方々がなさっていることに注意が向きました。どのように飾り付けるのか、パネルにはどんな工夫があるのか、ライティングはどうしているのか、などなど、現場の空気を体感するいい機会となりました。

03080910tenji1_2展示風景


 その中に、土佐光起筆の源氏画帖がありました。すでに何人かの方がご覧になったことがあるそうです。しかし、あまり興味をしめされなかった、と館長はおっしゃっていました。

05080910genjie1説明板


 この説明文は、おおよそ次のように書かれているそうです。

絵入り源氏物語
紙の上に墨色で書かれている
土佐光起画(15世紀後半)


 1枚の台紙に2枚の源氏絵が貼ってありました。

06080910genjie2_2画帖(1)



07080910genjie3画帖(2)



1巻を2枚で構成しているように見えましたが、どうでしょうか。彩色は薄くなされているようです。枚数は、その場ではわかりませんでした。100枚近くはあるのではないでしょうか。
 館長とお話したところ、日本との共同研究を望んでおられました。すでに写真はすべて撮影済みで、展示会場では、スライドショー式にDVDからの映像を、スクリーンいっぱいに流しておられました。

 事前調査、ということで、今年度にでも何らかの対処ができれば、と思っています。国際共同研究は、いろいろと厄介なことがあります。この画帖との、今後の幸運を祈るのみです。

 ちょうど、向かいの島では、ドナルド・キーン先生が講演をなさっていました。
 街中では、キーン先生のポスターが目立ち、我々の国際集会の方は控えめです。
 それでも、何人かが我々のポスターにも目を留めていたので、来場者数が楽しみです。
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2008年09月09日

ヴェネツィアから(2)ネットの功罪

 イタリアに来てまで徹夜をして仕事をしています。
 来月からの源氏展のための資料に不具合が見つかったりで、いろいろとあるためです。
 一晩中、文章の修正をしたり、メールを出したりしています。
 手元に本が何もないので、大変な作業です。日本にいたらすぐに出来る文章も、海を隔てた地ではとてつもない時間がかかります。
 記憶力の減退を恨みながらの仕事です。

 苦労して作成したテキストをネット経由で送った後、すぐにまたまったく別の問題が持ち上がりました。
 ヴェネツィア大学から次の会場へ移動中だったので、電話で日本とのやりとりとなります。

 海外で使うための専用の電話を持参していたために、こんな時に重宝します。これは、イギリス経由で接続する電話で、いろいろな国からかける私にとっては、料金や支払いが効率的なものです。
 ただし、街中で移動中だったので、行動を規制されています。鞄の中に、ノートパソコンは入っています。しかし、肝心のインターネットの接続ポイントがないために、ネットにつなげられないのです。

 ヴェネツィアにも、インターネットカフェはあります。しかし、私がいた地点の近くには、まったくないとのことでした。宿泊している修道院まで戻るのが一番早い、という結論になりました。
 ヴェネツィアの街中は、ほとんどが徒歩での移動です。

 例えば、大学の入り口は、普通はまったくわかりません。次の写真の入り口は、大学としては珍しく、それらしい門構えとなっています。これでも、なかなかそこが入り口だとはわかりません。狭い道で組み上げた街です。

080912univ_2大学の入り口

 道々に、行き先を示すプレートはあります。しかし、歩いていると、こんな標識に出くわすと、どっちから行こうかと、足が止まってしまいます。

080912rialto案内表示

 同行のみなさんには申し訳なかったのですが、私だけは一旦引き返すことにしました。ただし、迷路のようなヴェネツィアの道を、すぐに帰ることができません。学生さんに連れて行ってもらうことになりました。近道があるとのことで、10分もかからずに修道院に帰り着きました。

 自分の部屋に帰っていると時間がかかるので、入り口にあるロビーの一室で、大急ぎでワイヤレスのネットワークにつなげ、資料をダウンロードして、それに手を入れて返送します。さらに、2本のメールを書いた後、ネットで支払いをして、これまた早業で返信します。
 15分ほどで仕事をやり終え、またみんなの移動地へ向かいました。道案内の学生さんの好判断で、お昼の休憩地であるサン・マルコ広場に急行となりました。ちょうど、みなさんがフローレンスというカフェで一休みのところへ、何とか合流できました。
 いやはや、相変わらず、慌ただしいことです。

 イタリアに来ても、仕事に追いかけられているのです。
 便利なはずのインターネットのありがたさを、あまりにも便利なために、時には恨んだりもしています。
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2008年09月08日

ヴェネツィアから(1)機内での映画

 先週来、怒濤のごとく東京と京都で仕事をこなし、そのままウィーン経由でヴェネツィアに数時間前に着きました。
 先週は、いったい何時間横になって寝たでしょうか。移動する電車の中で休んだだけのような日々でした。とにかくこの十日間は、ほとんど寝る暇もなく校正と編集の仕事に追われていました。
 今日も、ほとんど徹夜の状態のままで、朝早く成田空港に駆けつけました。ヨーロッパに行くときは、行きは寝ない方が翌日が楽です。その意味からも、飛行機の中では可能な限り寝ないで、パソコンに文章を入力したり、機内の映画を観たりしました。

 今回は、あまり観たい映画をしていませんでした。オーストリア航空だったせいかもしれません。仕方がないので、『隠し砦の3悪人』というものを観ました。

 予想に反して、迫力のある場面が多くて、面白い映画でした。
 話の展開にも、無理があまりありませんでした。
 ロクロウタ役の阿部寛は、難しい役所をよく演じきっていたと思います。ユキヒメ役の女性も、上品に、そしてきれいに演じていたのは、好感が持てました。長沢まさみというのでしょうか、今後とも、活躍する女性なのでしょう。少し目のきつい表現が、キリリとしてよかったと思います。
 それに引き換え、副主人公とでもいうべき存在の若い男の子は、いかにも観客を取り込むためのキャストであることが見え見えで、あまりいい配役ではないと思います。表情が、いかにもやらさている、という感じです。無難にやり終えたということでしょうが、この子の演技をもう一度見たいとは思いません。どのような経緯で選ばれたのかは知りませんが、何か背景にプロダクションの取引を感じさせます。見当違いかもしませんが、ミスキャストには違いありません。興行収入優先の制作なのでしょう。しかし、残る映画を目指してほしいものです。
 ただし、全体的には、よく引き締まった、完成度の高い映画に仕上がっていたのではないでしょうか。

 機内食が配られた時、隣に座っていた同級生が、アッと叫びました。
 何事かと思ったら、ミネラルウォーターの採水地が、彼の生まれた家のすぐそばだというのです。いたく感動していました。


080909water北陸の水


私も、かつて平群のショウガを海外の食品に添付されていたものを見かけた時、自分との地縁に懐かしさを覚え、嬉しかったことを思い出しました。この気持ちはわかります。

 iPhoneは、ウイーンでもヴェネツィアでも、インターネットに接続できました。また、GPSによる位置確認と現在地の地図も、うまく表示できました。海外をナビを持って歩くこととなり、安心感が増します。

 ウィーンからヴェネツィアのマルコ・ポーロ空港へ行く時は、小さな飛行機に乗りました。


080909plane小型飛行機



 中は、窓側に2列が並んでいます。アメリカで地方都市に行く時に、2列だけの飛行機に乗ったことがあります。あまりにも小さくて不安になります。しかし、ジェット機と違い、かえって安心できました。いかにも、人間が操縦している、という実感が伝わって来ました。

 ヴェネツィアの空港からヴェネツィアの町中にはいるのに、バスを使いました。
 その時、ヴェネツィアにいる仲間に到着わ伝える挨拶代わりに電話をしたところ、すぐに出てくれたのですが、話がうまくつながりません。そして話しているうちに、何と相手は今はカナダにいることがわかりました。
 突然の電話が、イタリアからカナダへとつながったのです。いやはや、地球は狭いものです。
 私は、11月にハーバード大学で研究発表をするので、そこで会いましょうか、ということで電話を切りました。
 そして、フッと今の時間を確認しました。ヴェネツィアは午後7時です。というこは、カナダは何時だったのかと……。相手がすぐに出てくれたので、あまり迷惑をかけなかったかと思いますが、便利さの中の無神経ぶりを反省しました。

 今、宿泊先の修道院から、1時間3ユーロ(500円弱)でインターネットに接続しています。無線なので、自分の部屋から楽に使えています。MacBook Air は、快調に動いています。
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2008年09月07日

与謝野晶子と『源氏物語』(2)

 堺市の中央図書館で開催された、「与謝野晶子と『源氏物語』」と題する講演会の続報です。

 晶子の自筆原稿については、Aさんが資料をもとにして、詳しく説明してくださいました。
 『源氏物語』の本文で「ことなりぬ」(行事が始まった)とあるところを、晶子が「見えてきた」と訳していることを例にして、晶子の源氏訳の特徴をわかりやすく、そして情熱的に語ってくださいました。
 これだけでも、立派な研究成果の報告です。

 この自筆原稿は、鞍馬寺の自筆原稿を来月から国文学研究資料館のウエブサイトから公開することもあり、共同で調査研究して行く価値が大いにあるものです。この問題は、神野藤昭夫先生が着手なさったばかりのものです。『解釈と鑑賞』の最新号をごらんください。鞍馬寺がお持ちの自筆原稿を例にして、詳細に論じておられます。私も、先生とご一緒に鞍馬寺で読んだものなので、つい内容の面白さに惹かれてしまいました。

 全国の研究者をはじめとして、地元である堺において晶子を愛する方々とともに、残されている源氏訳の自筆原稿を読み解くプロジェクトが組めたら、本当にすばらしいことだと思います。

 与謝野晶子と古典文学との接点を求めるテーマが、具体的に浮上して来ました。
 検討する価値は十分にある、魅力的なテーマです。
 あせらずに、じっくりと取り組んで行きたいものです。


 なお、鞍馬寺が所蔵なさっている晶子自筆の源氏訳原稿については、すでに報告しました。
 興味のある方は、これもご覧いただければ、と思います。
鞍馬寺にある晶子の源氏訳自筆原稿
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2008年09月06日

与謝野晶子と『源氏物語』(1)

 あまりの忙しさに、このブログを書き続けるのが大変になってきました。
 出版社とデザイン事務所での打ち合わせと校正の仕事で、とにかく疲労困憊のまま、深夜の睡魔を迎えています。それでも、身体を守りながらも、いましばらく書き継いでいきます。

 さて、今日は、堺市の中央図書館で、「与謝野晶子と『源氏物語』」と題する講演会がありました。

 節々の痛みと目の重さを引きずりながら、まずは堺市駅へ向かいました。
 市役所のAさんのお世話で、与謝野晶子文芸館で開催中の企画展「晶子さんの1日」を拝見しました。
 ユニークな着眼点で、楽しい展覧会でした。
 中でも、晶子の源氏物語訳の自筆原稿は、鞍馬寺のものを来月から国文学研究資料館で展示することもあり、大変興味を持って拝見しました。とくに、Aさんが翻字や解説をなさっている当事者なので、有益な話を伺えました。至れり尽くせりの資料を作成しておられたので、貴重な情報をいただけたことに感謝したいと思います。

 この企画展は、今月の15日までなので、お早めにどうぞお出かけください。

 文芸館から電車を使って百舌鳥駅まで移動し、仁徳天皇陵の向かいの大仙公演の中にある、堺市立中央図書館へ行きました。
 図書館の前には、生誕百年を記念した歌碑があります。


080906yasano1晶子歌碑


 中央図書館は、木立の中に佇んでいました。


080906yasano2中央図書館


 講演会場は意外に狭く、80人の参加者を予定しておられるものでした。


080906yasano3講演会場


 講師は、平子恭子さんです。

 来賓として、与謝野晶子の末娘である森藤子さんと、お孫さんにあたる浅野脩子さんがおいでになっていました。

 まずは、森さんと浅野さんの紹介がありました。
 森さんは、まさに晶子を彷彿とさせるツバ広の帽子で、大変清楚な方でした。お年が89歳と聞いて驚きました。お若いのです。マイクを握られても、お元気そのものでした。とにかく、すてきなおばあさま、ということばしか思いつきません。
 写真で紹介したいのですが、そういうわけにもいきません。
 何かの折にでも、この日のお姿をご確認ください。

 1時間半ほどの講演終了後は、ロビーでの展示解説がありました。


080906yasano6ロビー展示


 図書館のTさんのわかりやすい解説で、楽しく拝見できました。続きを読む
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2008年09月05日

国文研の隣で建設中の裁判所

 昨日の記事に取り上げた写真の手前の空き地に、今は草が生い茂っていることは印象的です。
 そして、やはり、国文学研究資料館の手前で建設が進む、四角い建物がに注意が向きます。
 これは、東京地方裁判所の立川支部です。

 私が体験したことですが、東京地裁の裁判官の手抜き審理には、本当に呆れました。
 その酷さは、次のホームページで個人裁判体験記として詳細に公表しました。

海外留学と保険契約 −驚くべき損害保険会社の対応を
裁判体験から報告する−


 あんないいかげんな裁判官たちが、この支部にも来るのかと思うと幻滅です。
 裁判員制度といって、自分たちの忙しさを責任転嫁するものとしか思えないことを実現した、法律関係者のずる賢さには頭がさがります。

 東京地方裁判所の裁判官は、忙しさを理由に、提出された訴状すらまともに読まずに公判を進め、そしていいかげんな判決文を臆面もなく書き上げて読んでおしまいにする、という、でたらめな裁判をしていました。少なくとも、私の事例では。

 ありまにもいいかげんな訴訟指揮と判決だったので、地裁で敗訴後に即座に上告しました。すると、高等裁判所の裁判長は、私の地裁判事批判に対して、精神的被害とは何か、という哲学論争で挑んできました。やれば、まともに議論のできる裁判官はいるのです。これまた、東京高裁には、と限定しますが。

 さて、立川支部に出入りする裁判官は、どのレベルの人たちでしょうか。
 相変わらず、忙しさを理由にして、チャランポランな判決で逃げるような場所にならないことを祈りたいと思います。
 国民は、裁判官はチャンと仕事をしている、と思っている人が大多数なのですから。
 その意味では、裁判員制度というのは、本当にまじめに訴訟に取り組んでいる裁判官と、すこぶる手抜きでやり過ごしている裁判官とを目にすることのできる、またとないチャンスです。

 国民の目が感じられたらの、そのような状況ではインチキ裁判はしないでしょうから。
 裁判官に緊張感を持たせ、まじめに取り組むように意識改革をさせるためには、裁判員制度は評価できます。ただし、その制度の内実は、これまたいいかげんなように思えますが、ここからはコメントを差し控えておきます。

 大多数が、まじめに裁判に取り組んでいる裁判官だと思います。しかし、私が体験した唯一の裁判長があんな人だったので、すべてがいいかげんな裁判官に思えてしまいます。

 関係者の方々には、これも致し方なしとあきらめて、そのような裁判官が少なくなるように精進されることを望みます。
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2008年09月04日

移転して半年経った国文研

 国文学研究資料館が品川から立川に移転して、ほぼ半年が経ちました。
 今年の2月の、移転したばかりの様子は、本ブログで次のように紹介しました。

立川での新生活がスタート


 その中で揚げた、建物の全景はこんな様子でした。


080227nijl半年前の国文研




 それが、半年経った今は、こんな景色となっています。



080903tisai東京地裁



 半年前にあった、黄色いクレーンの位置を中心にして見ると、その真後ろにマンションがあります。
 中央後方の、四角くて細長いハードディスクのような箱が、国文学研究資料館です。
 そして、その左横に国立国語研究所が見えます。

(つづく)続きを読む
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2008年09月03日

政局混迷の中を参議院へ行く

 久しぶりに国会議事堂を見ました。地下鉄丸ノ内線の国会議事堂前から地上に出ると、すぐに見えました。


080903turunen1国会裏



 交差点には「国会裏」という標識があったので、国会の裏側になるようです。

 この前見たのは、中学校の修学旅行の時ではなかったかと思います。40年も前のことになります。国会図書館へ行ったときも、議事堂は見ませんでしたので。
 参議院議員会館が目的地です。



080903turunen2参議院議員会館



 途中の衆議院の会館前には、マスコミ各社が暇そうに日陰でグッタリとしておられました。福田総理の辞任を受けて、待機なのでしょう。ご苦労なことです。

 さて、私は、民主党の参議院議員のMartti Turunen(ツルネン・マルティ、弦念丸呈)さんを尋ねて行きました。先月、面会のアポイントメントをとったのですが、ここ数日のニュースにより、今日の面談はキャンセルになるのでは、と思っていました。しかし、快く予定通り応じてくださいました。

 受付で面会証を発行してもらい、2階のツルネンさんの議員室へ行きました。
 その途中で、空港にある金属探知ゲートを潜りました。
 ツルネンさんの議員室は思ったよりも狭い、こじんまりとした部屋でした。

 メールで連絡をとり合っていた秘書の方を通して、すぐにソファで話を伺うこととなりました。

 ツルネンさんは、フィンランド生まれで日本人になった方です。その方に何の用事かというと、『源氏物語』のフィンランド語訳『Genjin tarina』(全4巻)に関する取材です。
 ツルネンさんには、以前からお話をうかがおうと思っていました。しかし、政治家の方に会うのに踏ん切りが付かず、ズルズルと来ていました。

 『源氏物語【翻訳】事典』(笠間書院)も、刊行が延びたために緊張感も緩み、機会を逸するばかりでした。そんな中で、刊行のメドがたったこともあり、内容の充実をはかる意味でも、ツルネンさんに会おうと思ったのです。

 ツルネンさんのフィンランド語訳『源氏物語』は、1981年に出ています。翌年、翌々年と第3巻まで出た後、第4巻はそれから7年後の1990年に刊行されます。ただし、それは、それまで和歌の翻訳を担当していたKai Nieminen(カイ・ニエミネン)さんが単独で刊行したものです。ツルネンさんも、第4巻の中身はまだよく見ていない、とのことでした。



080903turunenbookフィンランド語訳



 日本文学研究者であるニエミネンさんは、今度の11月に京都で開催される国際シンポジウムに呼ばれている方です。その時に、ニエミネンさんにも面談したいと思っています。

 1巻から3巻までは、ツルネンさんが散文(文章部分)を担当し、ニエミネンさんが歌を訳しています。
 長野の安曇野にいた頃に、朝から夕方までずっと『源氏物語』と向き合い、夜は英会話塾で教える生活だったそうです。湯河原で町議会議員になられた1992年から、『源氏物語』どころではなくなったようです。

 一番苦労されたのは、フィンランドにないものをどう訳すか、ということだったとか。
 巻の名前も、工夫されています。「夕顔」巻は、夕方という言葉と顔ということばをくっつけたものになっています。ただし、そのような花がフィンランドにあるわけではないそうです。

 30年も前のことで、ほとんど覚えていない、とおっしゃっていましたが、しだいに思い出されたらしく、いろいろな話をしてくださいました。

 政局混迷の折、浮世離れした取材で恐縮しましたが、結構たのしそうに語ってくださいました。
 詳しくは、今冬刊行される本をごらんください。

 帰りに、一緒に写真を撮りました。


080903turunen3記念撮影


 すると、ツルネンさんもブログに載せたいからと、秘書の方が私との写真を撮られました。
 お互いが、ブログのための写真を撮るのですから、おもしろいものです。

 ツルネンさんのブログは、次のアドレスからどうぞ。

ツルネンさんのブログに掲載されました。

 今日のことが、記事となって掲載されています。
posted by genjiito at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | ◆国際交流

2008年09月02日

耳で食べるイタリア料理

 フランスやイタリアからワインを輸入したり、試飲会などで通訳の仕事をしている娘と、イタリア料理のシェフを目指して修行している息子と一緒に、東京駅北口にあるテレビでお馴染みのシェフの系列店で食事をしました。某アルポルトです。

 飲んだり食べたりすることに関する仕事をしている子どもたちだけに、食べながらよく喋ります。
 私は、ただひたすら聞き役です。
 子どもは、ほったらかしにしておいても育つものです。

 息子は、まずはマニアックなチーズに関する蘊蓄を披露します。
 注文したチーズのうち、青カビのチーズがおいしいと思いました。しかし、息子いわく、おいしくない、と。

 数年前に、息子とイタリアに行き、たくさんのチーズを食べました。日本に帰ると、あまりおいしいと思うものに出会えません。やはり、本場物はそれだけのことはあります。
 息子とは、小学六年生の時に、イタリアに連れて行きました。その時には、息子はプクプクに太って帰国しました。おいしいものを食べ過ぎたせいでしょうか。それ以来、イタリアに惚れ込んでようです。それが、今の仕事に結びついているようです。おもしろいものです。

 また、シャンパンを飲む息子は、私が知るクリスマスのお子様用シャンメリーとの違いを説明してくれました。
 そして、ドンペリにもピンからキリまであるとか。飲んだことがないので、よくわかりませんが。
 ヘー、とか、ソー、と相づちを打つしかありません。

 そんな話に弾んでいた時、向こうの席でガラスの音がしました。
 ウエイトレスが、ワイングラスを倒したようです。
 外人のお客さんのカッターシャツとズボンに、赤ワインが飛び散ったようです。
 お店のフロアーの人が、飛び込んできました。そして、「服は大丈夫でしたか?」と聞いていました。
 息子いわく、「お怪我はありませんでしたでしょうか?」が最初だろう、と。

 そう言えば、確かに接客態度は、あまりいいものではありませんでした。チーズは、忘れかけた頃に出て来ました。つまみのスティクは、2人分しか貰えませんでした。
 有名シェフは、この店にあまり顔をだしていないので、こんな店の状況になっているのだそうです。
 接客業も大変です。味はもとより、お客様へのサービスが一番重要だそうです。
 その意味では、この店は、名前にあぐらをかいているのかもしれません。

 娘は、ワインに関する苦労話をします。
 ワインの製造業者との話を通訳するのも、なかなか大変なことがあるようです。
 娘も、小学六年生の時に、行きたいというフランスへ連れて行きました。そして、イギリスの大学を卒業しただけに、英語はそれなりにできるようです。私は、困った時には、いつも娘に翻訳してもらっています。私がイタリアへ出張で行った時にも、イギリスから飛んで来ました。
 これからどうするのか知りません。しかし、それなりに、何とかして生きていくことでしょう。
 今日はとんぼ返りで、明日の早朝から仕事だと言って、新幹線に飛び乗って大阪へ向かいました。
 子どもは、元気が一番です。

 息子も、これから店に行き、閉店までの手伝いをするのだとか。
 家の中ではダラダラとしていた子どもたちも、外ではそれなりに真面目に生きているようです。

 忙しいのは、自分だけではないのです。
 子どもたちを見ていて、みんなそれなりに多忙であることを、改めて知りました。
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2008年09月01日

心身(22)身体への不安

 50歳を超えてから、突然腕があがらなくなりました。
 電車で吊り革を持つのも苦痛でした。
 夜、寝返りをうつと肩に激痛が走り、目が覚めたことが何度もありました。
 鞄の持ち方にも工夫をしました。
 お風呂で、背中が洗えなくなりました。
 肩こりではなく、50肩だと言われました。

 あんなに苦痛だった肩の痛みが、不自由だった肩の重さが、最近は本当に軽くなりました。
 背中を洗えることが、一番うれしく思う時です。
 医者に行こうかと思っていましたが、ついに行かないままで普通にもどりました。
 本当に、突然よくなったのです。

 ここ数日は、睡眠時間が極端に少ない日々を送っています。
 3時間から4時間でしょうか。やらなければならないことが多すぎて、毎日つい寝る時間が明け方にズレます。

 疲れてくると、目から涙が流れて止まりません。
 そして最近は、両手の指が強ばることが続きます。
 指を曲げようとすると、筋肉が突っ張るのです。
 終日、指に違和感があります。
 血糖値が下がらなくなっていることと関係があるかもしれません。

 目がみえなくなったら、指が動かなくなったら、などと、実際にそうなったときのことを思うことがあります。

 終生、何か書き続けていたいので、パソコンは使い続けたいと思っています。ということは、目が不自由になったら、点字入力か、音声入力です。
 もし指が動かなくなったら,音声入力か棒を操作して入力することになります。

 もちろん、口述筆記ということもありますが、私の場合は資料を片手に文章を綴るので、目がだめになったら、万事窮すです。

 そんな日が、必ずいつかは来ることは明らかなので、今からどう対処したらいいのか、考えることにします。
 現在、ハンディーキャップを負った人のための入力補助具は、どんなものがあるのでしょうか。
 五体満足な状態での日々を送っているので、こんなことは意識していませんでした。

 街を歩いて、ハンディーキャップを負った人のための道具を見かけたら、記録していこうと思います。
posted by genjiito at 23:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康雑記